3rd Stg第46話「Oscar Rabindranath-3」
試合が終わった直後の選手控え室のドアを、案内人が軽くノックするとそうっとドアを開けた。数人の外国人選手が、何事かと三上教授らを見たが、特別何の反応も見せることはなかった。
選手は試合に負けたにもかかわらず、落ち込んでいるよう様子は微塵も感じられなかった。そればかりか、とっくにシャワーを浴び終わり、今夜の観光のことを会話しているのが聞こえてきた。三上教授は、ロッカーの前で仲間たちとふざけあっている、ある選手の背後から、大きめの声で話しかけた。
「久しぶりじゃの!ジーナ!!」その声に、面倒くさそうな顔をしながら振り向いたその男は、教授の顔を見るなり表情は一転した。
「あ、教授!!お久しぶりです。」下手な作り笑いを見透かしたように、教授の表情は笑顔を見せることはなかった。
「まったくお前は、あいかわらず独りよがりのプレーが目立つな!大学のサッカークラブにいたときと、まったく一緒だ!!なにもかわっとらん!!」
『急に控え室に入ってきていきなり説教かよ・・・』そんなジーナの心境が、そこにいたオスカーにも手に取るように解った。ところがジーナから勢いよく続いた台詞は、耳を疑うような言い訳の嵐だった。
「日本に来てまだ時差ぼけが直ってなかったんですよ。なにせ、飛行機で14時間もかかるんですから。それに、アウェイではサポーターの応援もないしですね・・。なによりも昨日飲んだ、日本酒がいけなかった・・・。あれは体に悪い。なんであんなもの日本人が好きなのか、私には到底理解できない」
「酒が無理やりお前の口に飛び込んできたというのか?」三上教授はあきれた様子で聞いてみた。
「これはきっとあの時いたウェイトレスが、今日試合だと知っててわざと飲ませたんだ。日本に勝たせたくてね。」薄ら笑いを浮かべてなんとかその場を取り繕うと必死の様子だった。教授はそれ以上何も言わず、じっと彼を見つめているだけだった。
そこへチームの監督がドアをあけ、疲れた様子でその姿を見せた。突然、なにか嫌な空気が流れたように、一瞬にして雰囲気が暗くなってしまった。全員がうつむき、目を合わせないようにしているのが解る・・・。特に姿勢を正すわけでもなく、せっせと着替えたり髪を直したりと、個人の行動をもくもくと続けるだけだった。
監督は教授に小さく礼をすると、ジーナを睨んだ。
「ジーナ、お前また・・・」監督が注意しようと口を開いた瞬間、またもやジーナはナイアガラの滝のように喋り出した。
「I'm very disappointed about today’s game. Next game we must win.(今日は残念でした。今度は勝ちます!)」
「・・行こう、重森君」三上教授はそれ以上この男と話すつもりはなかった。二度と会うこともないだろう。大きくため息をついて、挨拶もなくとっとと部屋から出て行ったしまった。オスカーも彼の態度にはなにやら気に入らないと感じていたようだ。西洋の国では、言い訳をする人が多いとは聞いていたが、これほど露骨だとは思ってはいなかった・・・といったほうが正解か・・・。
二人は続いて日本選手の控え室に向かった。ドアが開き二人は部屋へ入っていくと、全員背を正し挨拶をする選手たちだった。この状況で誰かが部屋に入ってくるということは、VIP以外に考えられないからだ。
「さっきの雰囲気と全然違う・・・」
オスカーは文化の違いを肌で感じた。そこへ一人の男が駆けつけてきた。
「三上教授!!」色黒のその男は、泥が付いたままのユニフォーム姿のまま、教授に握手を求めた。
「久しぶりだな、河合君。おめでとう!見事な試合だった。」
「いえ・・けっこうミスも多かったですから、今、反省しているところです。これがオリンピッククラスではとても、かないませんし・・。監督に怒られるんじゃないかと心配です。」
「監督はそんなことは言わないだろうよ。たぶん、君たちのミスは私のミスだ。何てこと言うんじゃないかね」
「あはは」いかにもスポーツマンらしいこの青年は、屈託のない笑顔を見せた。
「VIPチケットありがとう。久しぶりに興奮したよ。」そう言った教授も満面の笑顔だった。オスカーは久しぶりに笑った教授に安堵感を覚えた。
「大学でお世話になった恩師ですから、これくらいのこと・・・今度の試合もぜひ見に来てください。今度は恥ずかしくない試合を見せたいです。」
「ありがとう。楽しみにしているよ。では怪我には十分気をつけてな。」また互いに握手をすると、教授は教え子との別れを、少し名残惜しそうに背を向け部屋から出て行った。
東京に流れる河川敷には、オレンジ色に輝いた夕暮れの太陽が、そこにある景色すべてを飲み込むかのように包み込んでいた。教授とオスカーは草むらに座って缶コーヒーを飲みながら、目の前で行われている少年野球を見物していた。
「あの・・・教授はいったいサッカーとは・・」やっとここに来てオスカーはずっと気になっていた質問をぶつけてみた。
「びっくりさせてしまったかな。実は私は、ジーナと河合が大学にいるころからの知り合いでな。彼らのサッカー部の顧問をしておった。もちろん、私はこのとおり棺桶に片足を突っ込んだ老人だから、トレーニングはもっぱら若いコーチに任せっきりだったけどな・・。」
「では、今日はあの二人も久しぶりの再会だったんですね。」
「当時、留学生だったジーナは、傲慢な男での。まったく私たちの指示に従わなかった。サッカーだけではない・・。日本独自の習慣や生活環境に文句ばかり言って、まったく馴染もうとせず、そのくせ夜な夜な女の子と遊んでばかりいたよ。どことなく日本人を下級に見ていたふしもうかがえた。あの性格はまったく直っておらん。それに負けた理由をシャーシャーと言ってのける根性。あいつのポケットには五万と前もって準備された言い訳がいっぱいだ。やつの台詞、覚えているかね?」
「今回のゲームは非常に残念だ。次は勝ちます・・・。ですね」
「英語のニュアンスもあるがね。残念だっていうのはファンや観客が言う台詞で、参加した選手が言う言葉ではない。まるで蚊帳の外にいるみたいな、自分はまったくゲームと関わっていなかったような口ぶりだ」
「はい・・・確かに」
「やつの脳みそには優越主義と責任転嫁、これがすべてだ。」
「それは残念です。」オスカーは教授の目を見てそうつぶやいた。
「君に忠、親に孝、自らを節すること厳しく、下位の者に仁慈を以てし、敵には憐みをかけ、私欲を忌み、公正を尊び、富貴よりも名誉を以て貴しとなす」
「それは・・・天皇陛下の言葉ですか?」
「いいや。日本人の持つメンタリティだ。外国人にはわかりにくいことかもしれないが、これは戦争中に私の中で固まったひとつの方針でもあった。戦友を見捨てず、常に自己には厳しく、現地住民たちを差別せず、敵兵にも憐みをかける。そんな武士道精神がわれわれに中にまだ潜んでいるのだ。」
「武士道・・・」
「戦争当時は今の時代とはまったく違った価値観を持つ世界だった。およそ、想像もつかない非常識な考えが往々としてまかり通っていたんじゃよ。例えば、ジーナのような白人至上主義が横行し、アジア諸国は欧米列強の植民地の奪い合いだった。植民地にされたアジア人の生活環境は一変した。もちろん、それを歓迎する者もいたが、おごそかな神社仏閣にタンクトップ、短パンでやって来て、読経している僧侶の横で、大声で笑う外国人に憤りを覚えたものも少なくない。」
「現地人の文化や習慣を軽視して、横柄な態度をとっていたんですね。それはおごりだ。」
オスカーの言葉に教授は黙ってうなずいた。
「1942年に日本はインドネシアに侵攻し、当時植民地支配していたオランダ軍を一掃した。最初は南方資源の確保が目的だったが、なぜか終戦の色が濃くなるにつれ、日本軍はインドネシアの青年たちに、高度な軍事教育を施し、武士道を教え込んだ。それがよりいっそう日本軍人とインドネシアの青年たちとの間に、固い仲間意識を持たせる結果になってしまった。」
「君に忠、親に孝、自らを節すること厳しく、下位の者に仁慈を以てし、敵には憐みをかけ、私欲を忌み、公正を尊び、富貴よりも名誉を以て貴しとなす・・・か」
オスカーは言葉を噛みしめた。その時二人の目の前で行われている少年野球が終わった。帽子を脱ぎ、頭を下げ礼を尽くす子供たちだったが、よく見ると負けたチームの子供たちはみな泣きじゃくっていた。勝ったチームは喜び勇んでいるわけでもなく、一生懸命負けたチームの子供たちを励ましていた。
「・・・・それが武士道・・・」
東インド(インドネシア) 1945年
「先生!!私たちに武器をください!!」日本軍人の前で、一生懸命何かをお願いしているインドネシア青年たちの姿があった。
「・・それはできない・・連合軍の命令により、各占領地域を現状維持のまま、上陸する連合軍部隊に引き渡すことになっているんだ。独立派への武器引渡しも厳禁とされている。」
日本は戦争に負け、身柄を連合軍に預けることになり、キャンプでは武器を一点集中管理させ、倉庫に集められていた。しかし日本がここを統治する前までは、オランダの植民地だった彼らの国は、ここに来てまたスリ寄ってきたオランダに、またもや植民地支配されることを嫌った。
「私たちを見殺しにするつもりですか?どんなときにも仲間を見捨ててはいけないと、先生は教えてくれたじゃないですか!!」
「・・・俺はお前たちを兄弟のように思っている。しかし、わかってくれ・・・われわれは戦争に負けたのだ。どちらにも加担することはできない」その少佐は一生懸命説得した。
「先生・・・・また他国の植民地になるのはイヤだ!!」
彼らの言葉にその将校は黙り込んだ。
「・・・・・・君たちをこんなつらい目に合わせてしまったのは、われわれ日本人の責任なのかもしれない。すまない・・」
「重森先生・・・」一人のインドネシア青年が彼の名前を呼んだ・・・。
「軍籍を捨て、私もここに残ろう・・・」
「ええ!!重森少佐!それでは日本にいる家族が・・せっかく生き残ったというのに!!」
「いいんだ、三上少年兵。彼らをこんな風にしてしまったのは日本のせいでもある。誰に責任を転嫁するつもりはない。私の兄弟たちが祖国独立のため立ち上がろうとしているときに、ただ傍観しているわけにも行くまい。」
「では私も、お供します!!」そばにいた彼の部下が重森少佐に歩み寄った。
「私も!!少佐殿が残るなら!!」
「最後まで一緒に!!」重森少佐は彼らの表情を確かめるようにしてうなづいた。そしてそこにいた幼い表情の三上少年兵に歩み寄った。
「三上、これを千葉にいる私の家族へ渡してくれ」そういって日本の国旗章をはがし渡した。
「私も一緒に行きます!!」三上少年兵はそれを受け取ることを拒んだ。
「お前はだめだ。日本へ帰って我々の歴史を後世に伝えてほしい。それに17歳の君はまだ未来がある。これからの日本をよろしくな。」少佐は無理やり彼の胸ポケットに、国旗章をねじ込ませた・・・。
現在の東京河川敷に座ったオスカーは、教授からのこの話を聞くとぎゅっと缶コーヒーを握った。うつむいたままの教授がゆっくりオスカーに視線を移すと、彼の表情をじっと見つめて言った。
「君はどこか・・・雰囲気が、重森少佐と似ているな・・・」
「教授・・・・」
「もうあきらめかけていたところだった。家族に少佐のことを伝えることを・・。なぜなら、彼の家族も終戦の3日前に無差別空襲で亡くなっていたからの・・・。」
上着のポケットから紙袋を出すと、その中から重森少佐の国旗章がでてきた。
「これで約束を果たすことができた。」それをオスカーに手渡すと同時に、彼の目から大粒の涙がこぼれてきた。
「三上教授・・・」涙はオスカーも一緒だった・・・。思い描いていた祖父の在りし日に、こんな形でめぐり会えたことに感謝していた。三上教授は、流れる涙をそのままにしながら、そうっとオスカーの肩に手をやった・・・。
「そんなことが・・・」フォイオン国ICCトラック内でサラは彼の話に感動していた。
「あれから1年後、三上教授は病に倒れ、この世を去った。あのときの教授の教えがなかったら、サラと出会ってもなんの感動もしなかったのかもしれないな」
「感動?」
「ほら。俺がイギリスSAS本部にハッキングセキュリティの監査要員として臨時で雇われたとき、君は上司と大喧嘩中だった」
「ああ、あれね」ちょっとはにかんだサラは、照れて視線を彼から外した。
「エリザベス女王通行予定の道路脇に仕掛けられた、爆破物の除去。地元警察ではなく自分がいくと言い張った。テロ活動多発現場になってしまったロンドンでは、すでに2度の公共交通手段への爆破が起きてしまった危険な場所だった。・・・ロンドンの町をこんな風にしてしまったのは、イギリス国家のせいでもある。誰かの責任をどうこう言うつもりはないが、私たちの守るべき国民が危険と隣りあわせでいるのに、軍人が出ずに警察に処理を任せるなんてとんでもない!こんなときにただ傍観しているわけにも行かない!!・・・と」
「よくおぼえているわね・・そんなこと」
「もちろん。だから私はここにいるんですよ。あなたから依頼があれば、どんな依頼でも即刻引き受けるとね。」
そういって重森少佐の国旗章をICCトラックの鉄板にマグネットで取り付けるオスカー
「・・ありがとう。オスカー・・・」
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