3rd Stg第44話「Oscar Rabindranath-1」
朝を迎えた別荘セイレンでは、海の向こうから朝日が昇り、まぶしい太陽がキラキラと海を輝かせていた。まるで昨晩起きた事件などなかったかのように、ここだけは別の時間が流れているようだった。
アンドレとサラの部屋にも、窓から太陽の光が差し込むと、大きなベッドに埋もれるように寝ていたサラを起こす声が聞こえてきた。
「サラ様・・・そろそろお目覚めになりませんと・・・。」メイドの女性が困った顔をして彼女を起こしていた。昨晩の疲れもあって、目覚めるのが随分と遅くなってしまったようだ。
「ん・・・今何時?」やっと目覚めたサラは、ベッドの中からメイドに聞いた。
「10時です」
「・・・10時!?・」サラはガバッと毛布を跳ね飛ばして起き上がった。確か今日はアンドレ国王が文科省へ会議に行く予定だ。サラは慌てて腕時計を確認すると、やはり時計は10時を指している。彼女は続いてベッド横のテーブルに置いてある、ハローキティの時計を確認した。アラームは何故かオフになっている。
「おかしいな・・昨日の夜、確かにアラームを7時にセットしておいたのに・・・ベンからもらったこの時計、壊れたのか??あ・・ウィルは?」
「アンドレ国王は、今朝すでに会議にお出かけになりました。」
「え?誰が一緒に?」
「ベンジャミン様とパブロ様がご一緒に。」
「また怒られる・・・」サラは前髪をかきあげ顔をしかめると、メイドは笑いながら答えた。
「それはないと思います。アラームがなる前に、アンドレ王がベンジャミン様の目の前で、この目覚ましをお止めになりましたから。・・夕方にはお帰りになりますよ。あ、先ほどオスカー様から電話がありました。」
「わかった。」やっとベッドから這い出て洗面室に向かったサラだった。
一夜開けた宮殿前庭の様相は、まるで地震直後ようにめちゃめちゃに壊されていた。サラは車をやっと開通したゲートを通り抜けると、中央の噴水あたりで車を止めた。サングラスを外し車から降りると、辺りを見回したサラだった。
「やっと起きたか。白雪姫」後ろから声がした。白いワイシャツに黒のスラックスをはいたオスカーが、少しいつもよりリラックスした雰囲気で現れた。
「オスカー・・・あ、ごめん。遅くなって・・・。まさか、こんなにひどく破壊されていたとは・・・」
オスカーはメガネをかけなおすと、宮殿と噴水の中間に位置した黒いしみのような部分を指差した。その周りには機関銃の射撃のあとが無数に残っていた。
「あそこ・・・みたか?・・・マシューとジョルジュがヘリから撃たれて死んだ場所だ。」
サラは、彼らの死に場所をじっと見つめると、無言でその場にたたずんだ。
「サラに一言、謝らなければいけない。今回の件は私のミスだ、悪かった。地下ばかりに意識が集中して、上空の監視を怠ってしまった」
「いいのよ・・・。誰も空からの攻撃があるなんて考えもしなかったわ。この私もね・・・。相変わらずオスカーは実直な人ね。わざわざそれを言いたくって電話してきたの?」
サラは立ち上がり、オスカーを見て少し微笑んだ。
「本当は昨日の夕食時に言おうかと思ったんだが、タイミングを失してしまった。君があまりに楽しそうだったからね。」
「やだな、オスカーったら・・あいかわらず観察力鋭いんだから・・で、建物の被害は?」
「少々、ヘリからの20ミリ弾が被弾している程度で、たいした被害はない。裏庭にも相当食らってはいるが、例の発掘現場への直接的被害はないと言ってもいいだろう。」
「よかった・・・。セントリーガンは無事?」
「ひとつがお釈迦になった。やつらはガンの設置に関しては情報を掴んでいたようだが、まだ例のものがここで発掘され研究が進んでいることはまだ知らないようだ。なぜなら、例の建物は攻撃対象ではなかった。」
「了解。はやいとこ石っころの行く末が決まってくれるといいのに」
「まだ時間がかかるだろうな。なにせ、物が物だし・・。しかし、サラ。そいつの未来が決まったら、ここに残るのか?」オスカーは噴水を見ながら聞いた。
「・・・・わからない。あなたは?」
「日本の企業から誘われている」
「IT関連ね」
「まあね・・。」
二人はオスカーのオフィスでもあるICCトラックに移った。
昨晩の資料が、まだあちらこちらに散乱しているその状況は、昨晩のあわただしい雰囲気を代弁しているかのようだった。オスカーがサラにコーヒーを手渡した。
「ありがと。確かオスカーのおじいさんは日本人だったわね」
「重森和幸。旧日本陸軍の少佐で、第2次世界大戦後もインドネシアに残り、独立派郷土防衛義勇軍PETAとともにオランダによる植民地支配に抵抗し、そして独立を勝ち取ったと聞いている。」
サラは一口飲んだコーヒーをテーブルに置くと彼の話にのめりこんだ。
「終戦後に?日本に帰らないで?PETAって一体・・・」
「Tentara Pembela Tanah Air、略称PETA「ペタ」は、1943年10月、日本軍政下におかれた東インド・・・現在のインドネシアにおいて民族軍として結成された、日本式青年軍事組織だ。日本の敗戦後いったんは解散したんだが、日本の統治前に植民地支配していたオランダが、またいそいそ戻ってきたんだ。しかし、日本式の軍事思想を持った彼らは、かつてとは違っていた。この郷土防衛義勇軍出身(PETA)の軍人らは、オランダと徹底抗戦し、インドネシア独立戦争で中心的な役割を担った。そのPETAの中には、敗戦後であるのに日本に帰らず日本の武器を開放し、インドネシアの独立に身を投じた旧日本軍が2000人近くいた。」
「その中におじいさんが・・」
「ああその通り。なぜ戦争に負けた日本人が、祖国に帰ることができるのに、日本国軍籍を捨ててまで他国の独立戦争に加担するようになったのか、最初は私にもわからなかった。」
実はサラとオスカーの付き合いが、他の誰よりも一番長かった。フランス外人部隊に入る前の、イギリスSAS陸軍に所属していた頃からの付き合いだ。
今ようやく、彼自身のことを知ることになったサラは、今までそのことを知らないでいた自分を恥ずかしく思った。
オスカーをじっと見つめるサラに、彼はゆっくりと語り始めた。
「日本の大学に入ったときに、その理由がわかったんだ・・・・。」
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