3rd Stg第34話「Fort Foyon」
寝静まったフォイオン国の宮殿では、庭の真ん中にある噴水だけが静かに音を響かせていた。今夜の月はものの見事に美しかった。青白い月明かりが、そこにある噴水から流れ出ている水を、キラキラ反射させていた。
その反面、裏庭は豪華な装飾品で飾り立てられた美しい建物の雰囲気とは正反対に、ベースボールスタジアムのような3X発掘現場が、音もなくひっそりたたずんでいた。
元はといえば、宮殿の拡張工事が最初だった。国の中枢である国会議事堂と防衛省緊急対策室一式をこの宮殿内に移転するため、広い裏庭を掘り起こしたのがきっかけで、3Xは発見された。そんな発掘現場付近にある森の中から、どこからともなく聞こえるセントリーガンの動く音だけが、小さくかすかに聞こえてくる。
宮殿の2階中央にあるアンドレの部屋では、豪華なキングサイズベッドに寝ていたサラが静かに目を覚ました。ふと隣を見ると、アンドレが隣りで静かに寝ている。
彼女は、前髪をゆっくりかきあげながら、記憶を手繰り寄せてみた・・・。
『・・・そうか・・・・クライブに捕まり、やつらのアジトから脱出して・・・ヘリでここに帰ってきたんだ・・・』
サラはアンドレを起こさないよう、静かにベッドから降りた。
『無事に帰っては来たものの、私はシャワールームで倒れて・・・それから意識がはっきりしない。・・・あ!!』
サラは、月明かりがきれいな夜空を見ようと、テラスのほうに歩き出そうとしたとき、長いドレスの裾を踏み体勢を崩した。そのとき側にあったテーブルをひっかけ、その上にあったベッドライトが倒れそうになり、あわててそれを手で押さえた。
「ん・・・サラ?・・・」その音に目を覚ましてしまったアンドレは、ゆっくり体を引き起こした。
「ご・・・ごめんなさい。起こしてしまって」
「あ・・・良かった。ようやく目を覚ましてくれたのですね。」
「ようやくって・・・」サラは彼の言葉に驚いた。
「・・・かれこれ3昼夜、ずっと寝込んだままでしたから、みな心配していたのです。」
アンドレはゆっくりとベッドから降りて、サラの方へ歩き出した。
「そうだったの・・・あの・・・この服は・・」
アンドレはそこにいたサラの姿に眼を奪われた・・・。窓から入り込む月の光をバックに、サラの薄くて長いブルーのネグリジェ姿は、とても美しかった。うっすらとサラのしなやかな体のラインが浮き出て見えた・・・。
「・・・あ・・あの、・・・・すみません。」彼はとっさにそんなサラから眼を背けた。
「・・・シャワールームで倒れているあなたに、・・・メイドが私の母のものを勝手に着せてしまって・・・」
「・・・・ありがとう・・・・・・あの、これは?」サラはソファにおかれたテディベアを指差した。
アンドレはソファに近付き、テディベアを抱き上げサラに手渡した。
「これはオスカーからのお見舞いですよ」
「オスカーが?・・うん、中になにかコンピューターチップでも入っているのか?」
テディベアを突っつくサラにアンドレは苦笑いした。
「そんなこと・・・。あ、この花はホウィからのプレゼントです。私が勝手にここに飾らせていただきました。」
「女に買ったやった花が余ったんだな」
「あはは。・・・それと、このフルーツはパブロから・・・」
「あいつ、いつもビタミンは体に欠かせないと言っていたから。やれやれ健康フェチなのは変わっていない」
「そして、・・・・これはベンからです。可愛いでしょ?」ハローキティの置時計を見せた。
「あいた・・爆竹音の出るアラームかも」サラは苦い顔をして見せた。
「・・・・・サラ・・・そんなことはありませんよ。全部あなたを心配してお見舞いに持ってきてくれたものなんです。でも・・・ちょっとサラの意見に納得できますけど・・・」
「フフフ・・・ん?これは・・」テーブルの上の小箱を見つけたサラはそれを指差した。
「あ・・・これは・・・私からです。」そういって小箱をサラに手渡した。
「サラからもらった腕時計のお返しです。」
「腕時計?・・・あれは・・・便宜上のもので、任務上不可欠だから渡しただけで・・」
「はい、ベンから聞いて知っていますよ。そんなことはどうでもいいんです。これは私の気持ちですから」サラは小箱のラッピングをはがし、中を確認した・・・。
「指輪?」サラはきれいな指輪を見つけ、そして驚いた・・。いかにも値の張りそうな高級品だ。
「婚約指輪・・・ではなく契約指輪です。不思議なものですね・・仕事上ではあなたは婚約者ということですが、実際にはそうではない・・・。でも今回の事件で、私の心の中に押さえ込んでいた気持ちが、とうとう我慢できなくなってしまいました。特に・・こんな月の光がきれいな夜は・・・」
そういうとサラに近づき、彼女の体を抱きしめた。
「ウィル・・・でも・・私は・・・・・」
「わかっています。あなたが私の世界に入ることをためらっているのは・・・。だったら私があなたの世界に行くっていうのはどうですか?」
「・・・え?」
「私も傭兵になります」にこやかに笑うアンドレに、サラは声を大にして反対した。
「な!!だめよ!!絶対にだめ!!ぜんぜん世界が違うもの!やつらは野蛮で汚いし、態度は横柄だし、口は悪いし、がさつだし・・・」
「こう見えても、体力には自信があるんですよ」
「そういう問題じゃないの!!」サラは自分を抱きしめているアンドレを突き放した。
「あなたはたった一人のスタインベック王家の末裔・・雇い軍人になるなんて許されないことよ」
「兄がいます」
「・・・・・ロイ?」アンドレはソファに座って、テーブルに置いてあるホウィからの花をつつきながらつぶやいた。
「クライブと名乗っていた男・・・たぶん・・・ロイ兄さんです。覚えていますか?」
「ええ・・・でも、彼がここに戻ってきてくれる保証はないわ」
「またきっと、どこかで会えるチャンスがあるはず。本来なら兄さんが正式な国王の継承者。生きているのならそれは当然のことです。・・・サラ、明日からパブロが教官になってくれるそうなので、私は彼から軍事訓練を受けることにしました。」
「ええ?」
「見ててください。今度は私があなたを守って見せます。」
「ウィル、お願いだからやめて・・・」アンドレのところへ駆け寄ったサラは、またもや、着慣れないドレスの裾を踏んでしまった。体力も回復していないサラは、そのままソファの傍らに倒れこみそうになった。
「サラ!・・・」アンドレが慌ててサラの体を受け止めた。
「この身動きが取れないドレス・・・まったくまどろっこしい!」そう言ってドレスの裾を引っ張り上げ、足をばたばたさせた。アンドレは笑いながらサラの体を引き寄せ、そうっとソファに座りなおした。
「でも・・・とても素敵ですよ。よくお似合いです。」アンドレの膝の上で抱かれたサラは、おもわず彼の目をじっと見てしまった。
アンドレはサラが持ったままの小箱から指輪を出すと、それをサラの左手薬指にはめようとするが、ちょっとためらって右手薬指にはめた。
「契約指輪ですから・・・残念ながらまだ契約破棄できる可能性があるわけです。でも・・・いつか、その気になってくれたら・・・この指輪をぜひ左手に・・・」
「ウィル・・・」彼の腕の中にいるサラは、まるで吸い込まれそうな彼の目をじっと見ていた。
そんな頃、宮殿近くの地下の下水道にライトを持って歩く2人の男の姿があった。時々ねずみが2人の歩く前方をチョロチョロ走りまわっていく・・。
「まったく、くせえ仕事ってのは嫌だね。なんでこんな下水道になんか・・・。ついこの前危ないところを逃げおおせたばかりだってのに、休む暇なく次の捕獲作戦かよ。」
ジョルジュは腐った様子でそう話しかけた。下水道の中は彼らの声をよく反響し、エコーがかかっているようだった。
「Bossが捕獲したいのはアンドレ王だか、サラだか知らんけどな・・・」
「あんな下品な女・・どこがいいんだか・・」
マシューが手元に持っている機械をじっと見ながら次の台詞を繰り出した。
「あと1クリックで宮殿前庭の下にたどり着くはずだ」
クリックとは軍隊用語でキロメートルを指す。マイル単位を使っている国の軍隊でさえも、都合上キロメートル(クリック)を使っていることが多い。
「間違っても、裏庭に穴あけるなよ・・・顔出した瞬間セントリーガンで蜂の巣だー」
「水道局の幹部に、多額の金を払ってやっと吐かせたんだ。間違っちゃいねえとおもうが・・・気をつけろよ、宮殿は大昔には軍事要塞だったらしいから、昔の兵隊さんたちがこの下水道にもトリックを構築しているかもしれん。」
「この下水道にか?昔の兵隊さんたちがまさかセントリーガンや赤外線照準装置を?ははは!まさか!!」ジョルジュは下水道にこだまするのを楽しむかのように大声で笑った。
「太古の軍事技術をあなどるんじゃない・・・幾万の敵兵からの攻撃にも持ちこたえた、歴史上有名なフォイオンの未陥落要塞なんだ。どんなトラップが仕掛けてあるか・・・・」
「ふーん。フォートフォイオンと呼ばれる所以ってわけねー」
フォートとは要塞を指差す。昔軍事拠点であった名残が、時折地名にそのまま使われていることが多い。有名どころとしてはアメリカテキサス州のハブ空港、ダラスフォートワース空港などがそうだ。
「あの先だ!」
ライトを照らすとその先には、丘を登るように斜め上方向に下水道のパイプがつながっていた。
彼らの新しい作戦は、地下深く密かに始まっていた。クライブ達はなぜそんなにも執拗に3Xを欲しがるのか、またその巨大な資金源はどこから来ているのか・・・、クライブはアンドレの兄なのか・・・そしてアメリカとの関係は・・。物語は少しずつ、動き始めていた。
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