2nd Stg第16話「The Dance Party」
海岸線を走るハイウェイ沿いの高級ホテルは、にわかに華やぎ眩しくきらめいていた。その玄関前には、スウェーデン大使館主催のダンスパーティが開かれる旨が記載されたボードが表示されている。
スカンジナビア半島に位置するスウェーデン国も、フォイオン同様王国である。国王カール18世の親族であるマリア嬢が、このフォイオン大学に留学しており、彼女の20歳の誕生日パーティが執り行われるところであった。ホテルの周囲には、大勢のSPや警察車両が取り巻いていた。それもそのはず、このダンスパーティにはわざわざ母国から、マリア嬢の両親も訪れていたからだ。
ホテルの裏手にある屋外パーティ会場に、続々と高級車がなだれ込んできた。突如、交通統制役の警察官がホイッスルを吹きはじめ、身軽な動きを見せるオートバイは、赤色灯を点滅しそこに入ろうとしてくる車を、全部道路右端に停車するように誘導しだした。
大きくスペースを空けた道路の向こうから、同じくオートバイに誘導された車が3台、ゆっくりホテルに向かってくるのが見える。
車は2台目の後部座席を、会場へと続く赤いじゅうたんの端にぴたりと合わせて停車すると、ホテルドアマンが緊張した面持ちで駆けつけドアを開けた。
優雅に車から降りてきたのはアンドレ国王だ。黒と灰色を配色した背広姿に、ブルーのワイシャツを着た彼は、まさしくどこかの映画スターのようだった。その反対側のドアからは黒のロングドレスをまとったサラが、おどおどしながら地面を踏みしめた。
「いきましょう。サラ」そういうと、彼は自分の左腕を差し出した。サラはためらいながらも彼の腕に自分の右腕を絡めた。少し離れたその後ろをベンとホウィが付いて行く。
「オスカー、聞こえるか?」ベンは背広の襟を口もとに寄せ、そこについている小型無線に向かって目立たないように語った。
数キロはなれた公園の駐車場には、ここにも警察や若干の陸軍兵士に警備されたICCトラックが停車していた。内部で、たくさんのスクリーンを見ながら監視をしているオスカーはこう答えた。
「感度良好・・・クリヤーですベン。今のところ怪しい奴はいないようです・・・・。ひきつづき監視します。」
「頼む・・・」ベンの声がトラック内に響き渡った。オスカーに新しい部下ができたようだ。若い3人のルーキーが、必死になってそこにあるコンピューターワークを理解しようと、努力している様子が伺えた。
パーティ会場へと続く赤いじゅうたんの上を、ゆっくり歩いていくアンドレとサラに、大勢のセレブ達が挨拶をしてきた。サラはそのたびにどうしたらいいものか解らず、ただ怯えて身をすくませている猫のようだった。
ここにいる皆が、『この女性は誰?』といいたげにサラのことを見る。
どうせなら『ボディガードとして仕方なく付いているだけの元傭兵です。』と答えることができたら、どんなに幸せだろうか。
突如、彼らの行く先から、かわいらしい女性が走ってくるのが見えた。サラは少しだけ警戒した。しかしアンドレはそんなサラに、大丈夫だといわんばかりに優しく微笑んで見せた。ピンク色の可愛いドレスを着たその女性は、途中で彼の名前を呼んだ・・。
「アンドレ国王!!ウィルヘルム様!!」彼女が無邪気に走ってくるその後ろを、側近らしき男も慌てて追いかけてきた。
「マリア嬢・・今日はお招きいただきありがとうございます。」アンドレはサラと組んでいた腕を解放すと、今日の主役であるマリア嬢をそうっと抱きしめた。
「今か今かと、クビを長くしてお待ちしていました。」
「これはまたステキなドレス・・よくお似合いです。それにこのネックレスはブルガリのパッソドッピオですね。」
「まあ、おわかりになるなんて・・。あ、こちらの女性は・・」マリアは今日のこの日に限って、アンドレが初めて連れてきたサラを気にしていた。
「私のフィアンセ、サラ・ブルックナー嬢です」アンドレはすらっとそういって見せた。
とたん、マリア嬢の顔が曇る・・。
「え?フィアンセ?・・・・」
「は・・はじめまして」サラはどうしたらいいのかわからず、ただそう答えるのが精一杯だった。『だから、・・・任務上の婚約者役なんだから、そこまで言わなくても・・・。』サラは心の中でそう思った。マリアはとたんに悲しそうな表情を見せうつむいた。
「・・そんな・・・こんなショックなニュースを・・なにも私の誕生日に知らされなくても・・。」
「・・マリア嬢・・・」アンドレはそんな彼女の姿に、なにかよい言葉はないか考えていたが、不意にそばにいた彼女の側近が、丁寧にこう諭して見せた。
「マリア様、せっかく皆様がいらしているのですから、そんな悲しいお顔をされては・・」
「あとで、私と一曲踊ってください。」アンドレもその言葉の後に続いた。
「はい、喜んで。ではアンドレ王・・失礼・・」彼女は実に素直で純粋な心をもつ女性だった。20歳になってすこし大人びたのか、ショックだったであろうその言葉にも、自分を取り乱すことはなかった。『ステキなLadyに成長した・・。』アンドレはそう思っていた。
「かわいらしいお姫様ね・・・わたしよりお似合いよ・・」サラは感じていたままをそう伝えると、アンドレはただ微笑んだだけで、彼女をエスコートするかのように、腰に手を回しそしてまた歩き出した。
南欧の独特の海風が、屋外のパーティ会場に心地よく吹いてくる。色とりどりのドレスを着たセレブたちが、そこで楽しそうに話をしていた。
『本当に私とは住む世界が違う・・・。』そんな会場をぐるっと見渡した彼女は、ひとつため息をついて見せた。
「任務を忘れるな・・・」突如アンドレはこの場にふさわしくない、まるでサラを兵士扱いしているような声色で、彼女の耳元にそうっと近づきつぶやいた・・。
「!・・・ウィル?」耳元でささやかれた経験など皆無に等しい。戦場での声を出せない状況では、普段はハンドシグナルが主流だ・・・。それに、そんな風にささやかれたら、女性ならくすぐったいに決まってる。『それに任務を忘れるな・・・って・・』
振り向いたサラにアンドレは笑った。
「 ふふ、こんなときそう言えとベンに教わりました。どうでしたか?」
サラは小さく笑った。それを見て安心したのか、アンドレはちょうど通りかけたボーイの持つウェルカムワインを2つ手に取り、その1つをサラの前に差し出した。
そしてテーブルにもたれかかると、メイン会場にある誕生祝賀パーティのサインをじっと見つめた。
「サラの誕生日はいつなのですか?」
「1月31日ということになってるわ」
「と・・いうことになっている?」
「・・・実は、私は生まれてまもなく捨てられたそうなの。1月31日の雪の降る寒い冬の朝、イギリスの教会のまえで泣いているのを発見された・・・と聞かされたわ。」
アンドレは黙って彼女の身の上話を聞いていた。ベンから聞いたのは、戦場でのサラの話ばかりだった・・・。
「孤児院で育った私を、戦争の国からの商売人が男の子と間違えて私を買った。砂漠の乾燥した空気の中で、無我夢中で弾薬を運んでいたことだけ覚えている。」
ふと大きな拍手が会場を包んだ。中央席ではマリアが久しぶりに出会った、父や母と再会を喜び、お互いに抱き合っている姿が飛び込んできた。
「だから、・・・・私はあんなふうに父や母に誕生日を祝ってもらったことなどない・・」
そこへ生バンドの演奏がスタートした。周りにいた出席者たちは、それぞれの飲み物をテーブルに置くと、中央のダンスフロアーへ移動していった。
「では・・・」アンドレはそう言って、右手を差し出しサラをダンスに誘おうとした。
「私はいいわ・・・踊れないから。」そう言った瞬間、マリアが駆け寄ってきた。
「アンドレ国王!First Danceを是非私と・・」アンドレはサラをじっと見つめた。彼女は黙ってうなずくと、マリアはまるで子供のようにアンドレ王の腕を引っ張って、中央のダンスフロアーに消えていった。そこで優雅に、そして美しく踊る二人の姿は、そこにいた女性出席者を魅了した。
「まあ、今夜のプリンセスがこの国の王と・・なんて美しいのでしょう・・」
「アンドレ王の華麗なダンスは、いつ見てもすばらしいですわね・・私も一度彼と踊ってみたいわ」
そんな会話がサラの耳に飛び込んできた。彼のダンスはまことしやかに流れるように、ダンスフロアーを滑っていった。
『本当にきれい・・。そしてお似合いな二人・・・』サラもそんな彼の姿に見とれていたことはいうまでもない。
「異常なし」突如、サラの左手からいつもの声が聞こえてきた。振り返るとそこには背広姿のベンがいた。
「マシューとジョルジュの二人は、おとなしくしてた?」
「相変わらず口の減らん奴らだったよ。一発かましてきたけどな。奴らのBOSSは相当腕に自信があるらしい」
「やはり例のものが目当て?」
「まちがいない。石っころ拾いに無我夢中だ。ま、ちょっとやそっとじゃ発掘現場には入れんから安心だがな。それよりも行事の多いアンドレ王のほうが心配だ」
「・・少しは行事を減らせないの?こんなダンスパーティに毎回参加させられちゃ、たまったもんじゃない」
「腐るなよ。昼夜なく、王のボディガードをすることがお前のMissionだ。」彼の台詞はいつも的確すぎて、反論もできやしない。たしかに昼夜なくボディガードするために来たことには違いないが・・・。彼女はもう一度フロアーにいるアンドレを見つめた。
「・・・・・・ん?あの男・・・」サラは自分の視線上に、ある男を捕らえた。
「どうした?」
「今日、宮殿にベッドの配達にきた・・・なんで配送人がこんなパーティに来てるの?」
高級なスーツを着た、その男の右頬にある傷が何よりの証拠だ。間違いない・・。
サラの心を激しく駆り立てた・・。ベンは襟に付いた無線機を口元に寄せる。
「オスカー、ホウィ。14番テーブルの紺色の背広、髪は黒、右頬に傷がある身長170センチほどの男をマークしろ」
「了解」彼らから即座に返答が来る・・。その間もじっとこの男を注視していたサラは、ベンにゆっくりとこう伝えた・・・。
「ベン、奴の右手。親指がない」
「・・・爆発物か・・」彼らがそう推測するのは当然だった。爆破物の製造や解体作業に従じるものは、その事故などから指を無くしているものが、圧倒的に多いからだ。
「会場の警備員に、付近に怪しい荷持がないか確認を。発見したら触らずに私に連絡して」
「・・・ほかに誰も解体できる者がいなかったらな・・・。」過去、ウクライナ陸軍で爆破物処理教官をしていたサラは、ここでは自分が解体するべきだと感じていた。
『彼女はいつでも自ら率先して、危険な道を選択したがる・・・。彼女が死んだら、誰かが悲しむということくらい、解らないのか??』
ベンはまたひとつため息をついた。
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