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第十二話 シーフよりもたらされた驚くべき計画、その段階的進行


 都市の主要上水道の一つ。

 ここも都市の他のあらゆる場所同様に拡張が求められる場所で、地底湖のように広い空間のそこかしこで松明の炎が灯り、石工が上水道の壁面に注意深く新たな石を積み上げている。ここに大量の物資を運んでくるには船、トロッコ、そしてエレベーターが不可欠で、当然エレベーターが動き回るための装備も充実していた。

 エレベータボーイは通行量を払ってダンジョンの主シャフトから上水道へと自分の籠を入れた。籠は上水道の天井に敷かれたレールにぶら下がっていて、エレベーターボーイの両腕が、レールに沿って張られた鎖を引っ張って籠を前に進めている。

 前方に他の籠が停まっていた。エレベーターボーイのものより小型で、だが、普通のエレベーターの籠にはない物々しさがある。壁面には銃眼までが開けられている、ダンジョンに属するエレベーターの物だ。

 エレベーターボーイは自分の籠の速度を上手く調整したので、彼の鋼鉄の籠は羽毛が水面に浮かぶような静かさで、前方の籠に連結した。がらりと格子扉を開ける。

「やっほー、エレベーターボーイ」

 前方の籠の主、D号ダンジョンの女エレベーターボーイ、エンチルが片手を上げて挨拶した。金髪を肩口で切りそろえ、ブルーマー姿の彼女は、エレベーターボーイという職業ならではの力強く、器用な四肢の持ち主だ。彼女と会うのは、先日のギールとシャルナの92階層制覇の際の、騒がしかった祝祭以来だった。

 彼女は規模は小さいが油断ならないダンジョンを受け持っていて、ミスの少なさに関しては冒険者からも評判が高い。また、彼女は籠を、シャフトの中で横に回転させるとかいう不思議な特技も持っているらしい。

 エレベーターボーイという職業は孤独な職業だが、彼らはプロ同士の敬意をもってして互いに接触を保っていた。

 彼女の籠の中には彼女の弟子と思しき二人の若者が背を丸めてボードゲームに熱中していた。

「D号ダンジョン産アブサン、一杯どう?」

 そう言って彼女はなにやら黒い液体に満ちたグラスをエレベーターボーイに押し付ける。

「自家製か」

「もちろん。闇の味がきつ過ぎて外界の人間に飲める代物じゃないけどね」

「俺にとっても十分ひど過ぎる味なのだが」

 少し口をつけてエレベーターボーイは言った。エンチルは笑う。

「貯蔵熟成したアルコールが安価に、大量に手に入った時代があったのは、今日の都市では想像するだに難しい」

 エレベーターボーイはゆっくり戸棚にグラスを置いた。

「都市の異常成長を止めねばならんとは思わんか? さもなくば、いまの混乱が大した物とは思えぬ日が遠からずやってくるぞ」

「それは政治家とか企業組合の仕事じゃないかい?」

「連中は異常成長を止める気がなさそうだ」

「……何をたくらんでるのさ?」

 エンチルの顔が鋭くなった。エレベーターボーイは奥の二人へ目をやり、声を低くした。

「エレベータボーイギルドなる組織の設立の案をまとめておる。このギルドという名前は少し問題ありげだが」

「同業者組合?」

「いや、エレベーターボーイの間の結束を目に見える形にしたようなものを考えておる。商人たちは、企業組合を含めて皆、横のつながりを持っておるが、俺たちエレベーターボーイにはそれがない。個々に雇われ、ダンジョンの中では命さえかけているのに、尊敬されることもない」

「確かに私たちの結束が提唱されたことはなかったわね。もしかしたら、面白いことになるかもしれない。でも、どうして、急にエレベーターボーイの職種全体の命運になんか興味を持ったの?」

 エンチルが鋭く質問してきたのに対して、エレベーターボーイはかすかに笑みの残骸のようなものを顔に浮かべた。

「エレベーターボーイの職種全体の命運に興味を持っただけではない。俺たちが結託すれば企業組合をとめれうることに気付いただけの話だ」

 エンチルの表情がこわばった。

「そして多少なりとも、俺たちは都市の進みすぎた時計を巻き戻すことができよう。商人の勢いを弱めて、労働者を以前のように家に帰して生活できるようにしてやれる。その後に、都市がより多くの人口に備えて正しい形に成長するのを待つのだ。今のままでは、都市はまったく秩序を見いだせぬ場所となろう。ダンジョンと同じだ。ただ、住んでいるのが人間であるということの他はな」

「なんとまあ……」

 エンチルは額に手を当てた。

「企業組合に対抗しようと言うのかい」

「奴らの力は強大だが、俺達エレベーターボーイは奴らに真似できぬことをやっている」

「そりゃそうだけどね……ふう。まったく……相手があんたじゃなけりゃ、こんな危険な話題から耳塞いでさっさと自分のシャフトに戻るんだけど。ちょっと考えさせてよ……」

 エンチルはエレベーターボーイから目をそらして、口の中で何かぶつぶつつぶやきはじめた。真面目に考える時の癖だろう。

 エレベーターボーイはコップをとり、黒い液体に口をつけた。ダンジョンの闇が、ひどい味とともに喉の奥へ下りていくのを感じて、ひやりとした。なるほど、こいつは刺激的だ。

 だが、やはりエレベーターボーイは多くは飲まない。

「あまり長々と考えている暇はないかもしれぬぞ、エンチル。俺の勘は近いうちに何かが起こると告げておる」

「分かってるさ。この話、他に誰に言うつもりだい?」

 エレベーターボーイは何人かの、信用できそうな名を上げた。

 そこに含まれているのはダンジョンを職場とするエレベーターボーイたちだけで、普通のエレベーターボーイの名はなかった。

「普通のエレベーターボーイどもがどれほど味方になってくれるかはいまいち分からぬ。連中は我々ダンジョンのエレベーターボーイに軽蔑と尊敬の念を奇妙に合わせ持っておる。だが、普段から命がけで仕事をしていない奴がどう動くものか」

「そうだね。だとしたら、彼らはあんたと企業組合の、旗色のいい方につくんじゃないかな?」

「かもな」

「でも、ダンジョンのエレベーターボーイたちは違う」

 エンチルはエレベーターボーイの目を見て、

「あんたがギルドを旗揚げすりゃ、無条件に参加する奴は少なくないはずだよ。なんたってあんたは最高のエレベーターボーイだ」

 彼女は鋭く笑いかけた。

 エレベーターボーイは、ショックを感じた。

 自分はそれほどの、伝説的な人間となりつつあるというのか?

 たしかにエレベーター操作に関しては他のどんな奴にだって負ける気はないし、自分の受け持つダンジョンが最高のダンジョンだろうことも知っている。

 だが、自分がエレベーターを操っているのは自分の幸せのためだし、エレベータ-ボーイと名乗っているのも、他に名乗るべき名がなかっただけの理由からだ。

 エンチルはエレベーターボーイの混乱を見るのを楽しんでいるようだったが、急にその顔から感情をかき消し、低い声で言う。

「全てはあんた次第だよ、エレベーターボーイ。全てはあんたが上手く始めるかどうかで決まるんだ」

「分かっておる。事が始める前に俺が消えては話にならぬ」

「そして、忘れない事だ」

 エンチルの声はダンジョンの物のように不吉に響く。

「エレベーターにはどうにもならない弱点があるって事を」

 エレベーターボーイはうなずく。

 忘れるものか。





 話をする相手は慎重に選ばねばならなかった。

 企業組合が大きな利益を上げるダンジョンの中、利用者の冒険者の足であるエレベーターボーイが企業組合からの独立をたくらむのだ。十分に足下が固まる前に、エレベーターボーイの間の秘密結束エレベーターボーイギルドが企業組合にばれるような事があってはならない。

 エンチルの後には、魔王の顎ダンジョンのジードや、7号ダンジョンの黄色いカステラのようなエレベーターの籠に乗るクロウラルに話して、双方から好意的な返答を得た。事が起こった後には、彼らは多いに頼りになる事だろう。

 そして、焦りはエレベーター操作のとき同様、禁物だ。

 遠方の腕利きエレベーターボーイには、直接会って説得というわけにはいかない。ホロンの真似をして、信用できる急使を探さねばならなかった。


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