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かんぽう恋薬(こいやく)  作者: 神夏美樹
第六話:白き翼の微笑み
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ACT-1

「来なさい!」


 梅雨の重くて湿った風が貴子のポニーテールを揺らす。両手を組んで肩幅に足を開き、右手には老人に貰った杖、そして突き刺さる様な鋭い眼光。


 対峙する老人は貴子の宣言を聞くと同時に光の球で包み自らを防御する。

だが、貴子は果敢に戦いを挑む。老人目掛けて全力で走り寄ると、彼に向って杖を振るう。


「天空の剣!」


 貴子の叫びと同時に杖は2メートルくらいの光の剣となり老人に切りつけた。

しかし、貴子の動きはまだまだ遅い、老人はさらりとかわして貴子の背後に回ると自分の杖をいかずちを纏った槍に変え、同時に貴子に向って振り落とすと、そのまま突きの体制になる。


「光輪の盾!」


 再び貴子はそう叫ぶと左腕に光の盾を纏い老人の攻撃をかわして、懐に飛び込もうとする。


「風神召喚!」


 今度は貴子の背後で空間が歪み、台風の様な物が現れる。それは風の塊を老人に飛ばし続けた。だが、その風の塊は当たらない、楽々とかわされて、何の効果も無かった。


 ただ、その隙に老人の懐に入り込む事は出来たので、彼に向って剣をふるい続けた。彼の動きは老人と思えない程に早く、切りつける度にかわされて、段々と貴子の息が上がり始めた。


「こんのぉ~、眠りの妖精召喚!」


 そう叫んで貴子は妖精を召喚しようとしたのだが、老人は彼女の顔の前に自分の掌を突きつけ、ちょっと待つ様に貴子に伝えた。


「ちょっと待て、貴子!」


 杖を振り下ろそうとしたポーズのまま、彼女の動きが止まる。


「な、なによ爺、盛り上がって来たのに」


 老人は貴子を真正面から捉え、思わずこう尋ねた。


「なんで術を繰り出す時に、技の名前を叫ぶんじゃ?」


 貴子の眼が点になる。


「――え?お約束でしょ?」

「莫迦物、繰り出す技の名前をいちいち叫んでたら、絶対避けられてしまうぞ」


 老人の言葉を聞きながら頬を杖の先端で、ぽりぽり掻き明後日の方向を見ながら、ぼそぼそと答える。


「だって、なんにも言わないで技を繰り出すと変な物が出るんだもん」

「だもん、と言われても、それは致命的じゃぞ」

「精神統一出来なくてさ、魔方陣が上手くイメージ出来ないのよ」


 老人は、はあっと溜息をつくと、貴子の顔を見上げた。


「宜しい、今日はこれまでじゃ」

「え~~、まだ出来るよ」

「その前に、何時何時でも魔方陣をイメージ出来る様にしなければならん。後は座禅でも組みながら、心を鍛える様に努める事じゃ良いか?」

「――はぁ……」


 妙な返事をした貴子を老人は再び見上げると、ちょっと落ち込んだ貴子に、ニカッと笑って見せる。


「ま、そう落ち込む出ない、何とかなるさ。では又会おう、ばいび~~」


 老人はそう言って彼女の前から姿を消した。貴子は夜空を見上げたが、星は一つも見えなかった。


「修行が足りないってか……」


 ぼそっと心に中で呟くと同時に、老人の『何とかなるさ』と言う言葉に救われた様な気がした。そして自分の足元に杖でぐるりと円を描くと「光の導き」と叫び、自分の部屋にワープした。そして、貴子はシャワーを浴びてから、パジャマに着替えベッドの上で座禅を組み精神統一の練習を始めた。


 が、結局そのままばたっと寝てしまい、何の練習にもならなかった。


          ★


 紀美代はパジャマ姿でぺたんとベッドの上に座り込む。黒く深い霧に包まれながら。


 彼女は憑りついた魔物にほぼ完全に体を乗っ取られていた。瞳は赤く輝き口角を上げ、この世の者とは思えない不気味な微笑みを作る。


「――ワタサナイ、ダレニモ」


 そう呟く彼女の声は、まるで嗄れた老婆の様で、16歳の少女を想像できる物ではない。


 だが、彼女の心の最後の壁が魔物を否定している。その中での葛藤は、まるで修羅の世界。かろうじてその心が勝利して、少女の姿を保ち続ける。しかし、それも間も無く取り払われて姿を保つ事も出来なくなる筈だ。そうなってしまった方が、遥かに楽になれるかもしれない。


 紀美代の戦いは今夜も続く。陽が昇り、朝の光が差し込むまで。しかし、その時間ときは永遠の様に訪れ無いのかも知れない。

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