近づく予告
ピピピピッ、ピピピピッ……。目覚ましで目が覚めた。何だか疲れが取れていないような気がする夜中に僕はどこかを徘徊しているのだろうか。仕事で疲れているわけではないのだが……。
コーヒーメーカをセットし、そのままシャワーを浴びる。朝のコーヒーと煙草は欠かせない。一通り新聞に目を通し出社する。特に目を引く記事もない。
いつもと同じ時刻に家を出て、いつもの指定席へ滑り込む。昨日の続きに目を落とし、世界を遮断する。そのまま無人のオフィスへ入り、昨日と同じ作業を繰り返す。PCを立ち上げ、メールをチェックするとまた例のメールが届いていた。ただの悪戯と思い特に何も考えていなかったが、これで二回目。今日は一番にそのメールをクリックする。
200X年4月10日0:47
差出人:安登蔵基樹
受取人:安登蔵基樹
件名:貴方を殺します
貴方は信じてらっしゃらないようね。
何も知らないまま貴方を殺すのは簡単です。
でも私は貴方に気付いて欲しいのね。
残りは6日ですよ。
塚本香織
これで二日連続だ。ただの迷惑メールではなさそうだ。一瞬頭の中が真っ白になった。この前のメールと同じように、差出人も受取人も安登蔵基樹。ただ文章の最後にはまた塚本香織の名前が……。
塚本香織……。
もしかしたら同級生だろうか。学生生活、友人が少なかったわけではない。だが自分に関わりのあった人間くらいは記憶に留めているはずだ。その前にこの塚本香織が本名かどうかも正直怪しい。こういう脅迫めいたメールを普通本名で出すか…。僕なら出さない。ただ偽名なら名乗る必要がない。僕が認識できることが前提で、塚本香織は名乗ったはずだ。
塚本香織……。
調べなくてはならない。恐らくただの悪戯だろうが、それならそれでいい。万が一にも、あの文面通りの内容だった場合が気になる。あのメールには僕を殺すと書いてあるのだから。しかもリミットまで。あと6日……。塚本香織からのメールをまたプリントアウトした。ファイルの中に前回のメールを出力したものが入っている。そのファイルに今日のメールも挟み、鞄の中に入れる。今回はメールはDeleteしなかった。何かのときに証拠にはなるだろう。
僕はそれからコーヒーと煙草で一息ついた。今度は気にしないとも言っていられないだろう。あまり乗り気ではないが、多少積極的に相手が誰なのかを探さなければならない。
プルルルルッ……。
『ありがとうございま……』
こちらを遮るように声の主は話しだした。
『あ、安登蔵さん、お疲れさまです。中村ですぅ』
一瞬塚本香織が頭に過っていた。だが中村さんの病欠の連絡のようだ。
『お疲れさまです。体調でしょ?』『はい、すいませぇん。体調がすぐれなくてお休みを頂きます……』
彼女の勤怠を僕が了解するわけではない。その証拠に彼女の語尾も頂きます……だ。
『あぁ、構いませんよ。それにしても大丈夫ですか?』
『本当申し訳ないです……。ご迷惑を掛けますがよろしくお願いします』
『はい、いいですよ。ゆっくり休まれて下さい』
やり取りを終え電話を切った。中村さんが病欠ということは社内には僕一人。塚本香織のことを調べたいと思っていた手前、僕にとっては好都合だった。これは警察へ連絡するべきだろうか。警察に塚本香織を捜し出してもらう方が効率がよいのではないか。考えながら、僕はまた煙草に火をつける。
『今日は吸いすぎだ……』
僕は深く白い煙を吐いた。まずは自分で調べよう。今この段階では警察も取り合ってくれるとは思えない。塚本香織が動いてきたら、そのときは警察へ連絡をしよう。
*
二回目のメール。
やっと只の悪戯ではないと思って頂けたようでした。
ただまだ殺すには早いわ。
安登蔵さん、私に気付いてはないんですもの。
僕はとりあえずPCの検索窓に塚本香織の名前を入れ検索を掛けてみた。案の定、それらしいことは全く出てこない。ここで正解が出てくるはずもないか。自分の名前も同時に入れて検索を掛けてみたが結果は一緒だ。塚本香織という女は明らかに僕を知っている。それにしても全く心当たりがないことには変わりはない。僕はその日ほとんど仕事が手に付かなかった。もちろん塚本香織の手掛かりも全く掴めないままだった。
その日の夜、学生時代の友人を呼び出して飲みに行くことにした。目的は酒ではない。僕はその夜行きつけの居酒屋で持ち合わせた。呼び出したのは学生時代の同級生、笹木慶子。笹木とは20:00に待ち合わせをしている。まだ19:20。カウンターに座り、また煙草に火を付けていた。
『安登蔵くん、どうしたの?心配事でもあるの?暗いよぉ』
カウンター越しに店長が話し掛けてきた。
『何にもないですよ。生おかわり』『はいよ。いつもに比べて暗いけどなぁ。仕事でなんかあったか?』
店長は作業をしながら話を続けた。
『何かあれば報告しますよ』
『はい、生ね』
『ありがとう。忙しいんでしょ。お仕事に戻っていいですよ。一人で飲んでますから』
『おう。じゃぁ、ごゆっくり』
ここの店長は人がいい。仕事での相談も以前に乗ってもらったこともある。ここを僕が気に入っている理由の一つだ。それにしてもそんなに顔に出てたのか……。少しは気を付けないと。
灰皿に煙草が五本並んだ頃、笹木がやってきた。
『遅くなってごめんね。仕事が終わらなくて』
笹木は申し訳なさそうに席に付いた。彼女の生を注文して話を続ける。
『こっちこそ、急にごめんね。無理言って……。最近仕事忙しい?』
『まぁそこそこね。昔みたいにのんびりっていう年でもなくなったしね。今は仕事が生き甲斐って感じかなぁ。そっちは?』
店長が近づいてきて、一度話が途切れた。
『ほい、生ね。ごゆっくり』
僕が口を開く。
『まぁこっちもぼちぼちそれなりにやってるよ。まぁ仕事が生き甲斐とまではいかないけどね』
僕は煙草に火をつけながら続けた。
『話変わるけど、最近昔の同級生とか連絡取ってる?』
今日の本題はこれだ。塚本香織の件……。
『最近?いつものメンバだけって感じよ。優美子や恵理、あと森田くんとか…。覚えてる?』
笹木の口から懐かしい名前が出てくる。
『あぁ、何となくね。元気にしてるんだ』
笹木も煙草をくわえる。
『年に何回かは集まっているからね。それなりにみんな年を取っているけど』
僕もその集まりには誘われたことがあった。参加したことはなかった……。
『安登蔵くん、何か心配ごとでもあるの?そんな顔してるけど』
店長に続き二人目か。
『特に大したことはないんだけどね』
『ふぅーん』
お互い三杯目のビールを手にしていた。僕は塚本香織のことを切り出した。
『笹木、学生時代に塚本香織って同級生にいた?』
少し緊張していたかもしれない。
『誰……?塚本香織?いないと思う』
笹木は一度上を見て答えた。
『私、前から同窓会の幹事みたいなことさせられたでしょ?中学、高校ともさせられたんだから。でもその中に塚本香織って名前はなかったと思うな』
笹木は軽く頷きながら続けた。
『念のために帰ったら確認してあげようか。エクセルで作った住所録があると思うから』
『ありがとう。でも確認はこっちでするよ。手間も掛かるし。ファイルだけ転送お願い』
『分かった。じゃ今日夜帰ったら転送しておくね。でもその塚本香織って何?気になる存在とか?』
『まぁそんなとこ』
嘘だ。
それからしばらく懐かしい話に終始し、23:00過ぎ笹木と別れた。家に着いたのが0:00過ぎ。とりあえず僕は帰宅後すぐにシャワーを浴びた。シャワーから上がりPCの電源を入れる。煙草に火をつけて、メーラを開く。笹木からメールが来ていた。
200X年4月11日0:27
差出人:笹木慶子
受取人:安登蔵基樹
件名:名簿の件。
笹木です。
さっきはありがとう。
言ってた同窓会名簿を送るね。
中身までは確認できていないけど、中学と高校の二つ分があるから。
また近いうちに飲みに行きましょう。
ではでは。
笹木慶子
笹木にはすぐに返事を書いた。それから僕は添付されていた中学の名簿ファイルから開いた。
クラス毎に氏名と連絡先、現住所が羅列してある。1組から順番に見ていく。覚えていない名前が大半だ。5クラス全ての名簿を見た。その中には当然、僕の名前も笹木の名前も載っていた。しかし塚本香織の名前は見つかられなかった。
僕は煙草に火をつけ、夜中に光るディスプレイを睨んでいた。時刻は2:00を廻っていたが、続けて高校のファイルもクリックした。今度は9クラスだ。一つ前のファイルと単純に倍くらいの情報量の差がある。ただしこちらも同様に文字列の羅列のみだ。同じく1組から一人ずつ自分の目で検索を掛けた。こちらは中学の名簿よりは多少覚えている名前が多い。しかしそれ以上の発見はなかった。灰皿に吸い殻の山が出来た頃、僕は全てをスキャンし終えた。ここにも塚本香織の名前はなかった。
今まで気にならなかった秒針の音を立てながら、時計は4:30を示していた。僕は大きく背伸びをして欠伸をした。しかしもう一つ調べたいものがあった。大学の卒業アルバム。高校までのアルバムは恐らく実家に置きっぱなしだが、大学のだけは今手元にある。なぜ持ってきていたのかは覚えていないが、本棚の一番下で埃を被っていた。そのまま大学のアルバムを引っ張りだし、巻末の名簿を上から下になぞっていく。
目は疲れていた。 多少チカチカしていた。7:30。僕はアルバムを閉じた。灰皿の山は二つになっていた。塚本香織の名前はついに見つからなかった。僕はひどい疲労感に襲われたが、シャワーを浴びそのまま出社した。 |