夕方 滅入る You got Mail(2/9)PDFで表示縦書き表示RDF


夕方 滅入る You got Mail
作:Jun Mu



静かなる予告


 春雨の降りしきる中、僕は歩いている。

 小学校の周りに桜の木もここ数日の雨ですっかり散り落ちて、道端に桃色の絨毯を作ってしまった。

 傘を片手にもう片方の手で煙草に火をつける。真っ黒い傘の中から白い煙がゆっくりと外に逃げ出している。

 ふぅっと軽く息を吐き僕は欝陶うっとうしい雨に濡れないように重い足取りで駅の方へ歩いていく。
 
 雨の日の電車は乗りたくない。これが一番の憂欝ゆううつの原因だ。

 僕が毎朝乗る電車は通勤ラッシュ時間帯、人が溢れる時間帯だ。その上濡れた傘を皆が一様に手にしている。

 そういう僕も通勤途中、例外なく傘を片手に電車に乗り込むことになる。

 いつものように改札機に定期を通し、いつものように、いつもの場所で電車を待つ。こういう習慣化された日常を挙げればきりがない。

 恐らく僕の周りにいる同じように電車を待つ人々とも毎朝顔を合わせているのだろう。ただ一度でも顔見知りになるということはない。

 電車の中というのは、見ず知らずの人と密着するがあくまで自分のテリトリーは誰しもが見失わない。自分一人のスペースだけは自分の部屋と同様に使うことができ、周りのその他を一切排除することができる。非常に特殊な環境だ。

 僕はいつもの指定席、二両目のドアに背中を預けすぎに鞄の中から本を取り出す。これが僕の電車の中での過ごし方だ。

 すぐに僕の周りにも人が溢れかえるがお構いなし。目的の駅まで本の世界に逃避する。本を読み、その世界へ入っていく。その間は全くの別世界へ行くことができる。

 電車での通勤も悪くない、そう考えている主な理由はこれだ。欝陶しい電車の中も別の世界へ逃げ込むことによって、毎日を過ごしている。

 途中一度乗り換えをして、目的の駅へ着く。電車からまた人が同じ流れで動きだす。積止められていたダムが決壊したかのように。あるいは巣へ帰る蟻の行列のように。僕もその行列の一部だ。前の人に付かず離れず進む。
 
 駅から徒歩一分。僕の一日の大半を探すオフィスに入る。これが僕の出社風景だ。毎日、毎朝変わらない。いつもと同じように鍵を入れノブを回す。

 挨拶をいう人間もいない。
 いつものように電気をつけ、PCの電源を入れ、コーヒーメーカをセットする。PCを立ち上げ、メールをチェック。

 大抵が開ける前にDeleteされる。読むべきメールなど1/10以下だ。

 だが今日は違った。その中の奇妙なメールに動きを止めてしまった。タイトルには貴方を殺します……と。

 ピー、ピー、ピー。コーヒーができたようだ。とりあえず、コーヒーを入れ席に戻る。

 カーソルが『貴方を殺します』を指している。

 一度、煙草に火をつける。ふぅっと息を吐く。 今日二本目の煙草だ。

 質の悪い迷惑メールだ、そう思いすぐに削除をしようとしたが、宛先が気になった。

 タイトルをクリック。PCいっぱいにメールが広がる。



200X年4月9日0:17
差出人:安登蔵基樹
受取人:安登蔵基樹
件名:貴方を殺します

今日から7日以内に貴方を殺します。

宜しくお願い致します。

塚本香織



 差出人は安登蔵基樹あとくらもとき。僕だ。受取人も安登蔵基樹。本文を口に出して読んでみた。

『今日から7日以内に貴方を殺します。宜しくお願い致します。――――塚本香織つかもとかおり

 誰だ。聞いたこともない。僕はそのメールを一枚プリントアウトし、メールをDeleteした。差出人が自分というのは気持ちが悪いが……。

 結局はたちの悪い迷惑メール以外に思えなかった。恐らく偽装くらいできるのだろう。結局その日はそれ以上気にしなかった。



  *

 私は夜中ベッドを抜け出し、PCを立ち上げました。

 夜中に起動の音が響いていたのを今でも覚えています。

 どうしてわざわざメールで知らせるようなことをしたのか、でしょう?

 どうしてだと思われます?

 もちろん何も告げずに彼を殺すことも可能でした。

 でも知らないままお別れは淋しいでしょう。

 どうせ最後ですし、教えて差し上げようと思いましたの。



 塚本香織という女性からのメールをDeleteした直後、玄関からガチャガチャと音がした。そのまま足音が近づいてくる。

 僕のデスクからは直接音の主は見えない。

 ……。

『おはようございます。遅くなりました』

 事務員の中村さんだった。時刻は10:00過ぎ。まぁいつものことだ。

『おはようございます。体調は大丈夫ですか?』

 彼女は最近病気がちであり朝は遅刻が普通だ。特に問題はない。僕が困るわけではない。

『えぇ、お陰さまで。毎朝遅刻で申し訳ありません。安登蔵さん、コーヒー頂きます』

 僕が作ったコーヒーを彼女がカップに入れる。

『安登蔵さんのも注ぎましょうか?』

『まださっきのが残っているからいいですよ。ありがとうございます』

 彼女は30代後半だろうか、僕より年上なのは確実だ。同じ会社とは言え女性に年齢を尋ねるのは気が進まない。

 自然と敬語になるのは仕方ない。彼女との会話もいつも通りだ。

 朝の雑談もそこそこに、彼女もPCを立ち上げ仕事に取り掛かる。オフィスには僕と彼女の二人しかいない。フロアにはデスクが20席はあるだろうか。もったいないことに、今動いているPCはたったの2台だ。

 しかしここの家賃を僕が払っているわけでもない。大きなお世話というやつだろう。社長がそれでいいと言うのなら、それでいいのだろう。
 
 それから僕はその日の仕事をいつものようにこなした。

 ある客先へは電話を入れ、またある客先へはメールを、打ち合せにも外出し、事務員の中村さんとも多少会話をしたかもしれない。内容は覚えていない。恐らく他愛もない会話だったのだろう。

『先に上がります』

 これだけは伝えたかもしれない。その後は朝と同じだ。本の世界へ逃げ込み、短い一日が終了した。



   *

『貴方は信じてないのね』

『君は、誰?』

『塚本ですよ。ご存じないかしら』

『塚本……』

『もう一度メールを送らなければだめかしら』

『……メール。……塚本』

『早くお気付きになって欲しいわ』

『僕のことを知っているのか』

『もちろん存じておりますわ。安登蔵さん。……あと6日。楽しみにしております』







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