挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
青色吐息 作者:かいとーこ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

96/110

18話 教育と躾け4



 今日は別の菓子を教えて、代わりにこの国の美味しい伝統料を教えてもらうため、理張り切っていた聖良は、翌朝、その至福の予定の変更を余儀なくされていた。
 昨夜アディスが狩りに行くと言い出したのだ。
 すると国王夫妻も参加するなどと言いだし、その周囲がてんやわんやの大騒ぎとなった。
 これでは、新しい料理どころではない。
 馬車で二時間ほどかけて狩り場にたどり着くと、聖良は木陰で胸を押さえて吐き気を堪え、アディスに気分の良くなる魔術をかけてもらいどうにかこうにか立ち上がった。
 怪我と違い、酔いは簡単に治らないのが不便だ。
 胸の奥に残る物はあるが、吐き気は落ち着いたので、準備を終えた男性陣を見た。
「狩りって何を狩るんですか?」
「何でも、適当な動物です。
 子供には、動かない的ではつまらないようですから」
 ゲーム感覚で力を使えば上達するのは当然だ。
「エスカも少しは自然に慣れた方がいいでしょう。私はマデリオについているので、モリィはエスカ達とここに一緒にいなさい。ハーティもいますし、アスベレーグ達は残るそうですから、まあ大丈夫でしょう」
 聖良は護衛についてきた男達の中にいる、獣人と鱗人を見た。微妙な距離が、二人の心の距離でもある。あからさまな嫌悪感は見られないが、決して仲が良いわけではない。
 通りすがりの野生動物に襲われるなどの、咄嗟の混乱に彼等が対応できるのか、甚だ疑問であった。ハーティも強いが、少し頼りない。
「私もここに残るので安心してください」
 ハノがテーブルと椅子を用意しながら聖良に笑みを向けた。彼の主であるユイは、張り切って剣を振るミラのお目付役だ。
 ミラは雪が積もる森で、秋の頃のように狩りをする気にはならないらしく、彼女にとって久々の生きた肉切り機会であった。
 ミラの暴走を止められるのは彼しかおらず、複雑な人間関係である。
「ユイ君、色々な意味で頑張ってください」
「頑張るよ……」
 ユイは始まる前から既に疲れた顔をしている。
「ミラさん、ほどほどに」
「美味い肉、狩ってくる。余ったら燻製」
「だったらララ用のおやつも作れますね」
 ララもロヴァンも肉は大好物だ。
「そっか。ララのおやつか。ララ、待ってろよ」
 ララはつぶらな瞳でマデリオを見つめた。
 本能で相手が悪魔だと分かっているのか、まだ懐いていない。
 懐かせるには餌付けが一番。
 彼らを見送ると、男達が用意した折りたたみの椅子に腰掛ける。
 座る中に、マリス王もいた。
「マリス様は行かれないんですか?」
「私はマデリオが成長した姿を見たくて来たからね。私が行くと護衛達もぞろぞろついていき、獲物が逃げてしまうよ」
「そうなんですか。楽しみですね」
 使用人が湯を沸かし始め、テーブルの上には菓子が置かれた。
「見たことのないお菓子」
 聖良はその菓子に興味を持った。
「君に色々と教わったから、この国の流行の菓子を食べて欲しいと、料理人が作った物だよ」
 聖良は菓子の外観を観察した。
 薄茶の菓子。焼き菓子とは違う。
 そのままの手で食べようとするエスカの手を、魔術で作り出した水で洗わせてから、聖良は菓子を一つ手に取る。
「いただきます」
 一つ口にすると、聖良は笑みをこぼした。
 ヌガーに似ていた。ナッツやドライフルーツが入っていて、懐かしい味がした。
「すごく美味しいです」
 太りそうだが、とても美味しい。
 ケーキやパイなど、華やかな印象のある菓子の作り方は知っていたが、こういった作ってまでは食べない菓子の作り方を知らない聖良は、嬉しくてもう一口食べた。
「そういえば君はどうして手をそこまで洗うんだい?」
「ん……」
 どう説明するか聖良は悩む。
「目には見えない毒というのは、そこら中にあるんです。
 腐った水を飲んだらお腹を壊しますが、停滞した水の中では、その原因になる毒が増えるんです。
 だから水が綺麗で、町も住民も清潔にして、手洗いを徹底するだけで伝染病の類は減るんですよ。
 神子の天敵は病だそうですから、エスカちゃんには日頃から清潔にする習慣をつけさせた方がいいと思います」
「なるほど」
 日頃の習慣が長生きの秘訣だ。
「あと、お野菜をたくさん食べて、料理の塩気を少し薄くした方がいいですね。塩分過多は病気の元。ほどほどが一番です。
 あと常識だと思いますけど、ちゃんと火を通して食べるのも大切です。
 人は生活と食べ物に気をつけていれば、普通の人でも百年だって生きられるんです」
 気をつけていれば防げる病気を考える。
「当たり前ですが、カビた物を食べたらダメです。物によっては毒になります。
 んー……だからわけの分からない物は食べちゃいけません」
「え……」
 ハノが聖良の顔を凝視した。
「私は新鮮な植物しか手を出しません」
「それは、解毒が前提じゃないですか。あまり変な物を食べてはいけません」
「……はい」
 聖良は小さく返事をした。
「モリィはそんなに何でも食べるの?」
「食べられる物は一度口にしてみないと気がすまないようですね」
 エスカに問われ、笑顔で答えるハノ。聖良は目を逸らした。否定できなかったのだ。
「本当に、セーラにそっくりだな」
 アスベレーグの呟きを聞いて、聖良は頬を膨らませる。
「セーラって、アスが会った女の子?」
「彼女も、いつも何か食べ物の事を気にしている人だったな。
 子供が寝込んでいるのを知って、粥を作ってくれて、看病が出来ていなかった私達は叱られたよ。
 彼女も健康に気を使う人だった。」
 それを聞いて、聖良は不安を覚えた。
 病人の介護方法も分からない生き物たちに、か弱い女の子を任せる事になるのだ。
「やっぱり、病気にならない事が一番ですね」
「そうだね。僕等は滅多に病気にならないけど、あれはけっこうきつかったなぁ」
 アルテが呟き、お茶をすすりながら遠い目をして言う。
「アルテ、病気になったのか」
 フラクが驚いたように問う。
 病気になった事に、本当に驚いたような顔をするのだ。
 聖良の中で、ますます不安が大きくなる。
「僕とリーザがね。さすがにちょっと寒かったから治りが悪くて。
 あ……アーネス達が様子を見に来てくれたからすぐに治ったけど。
 やっぱり冬はあったかい所がいいね」
 聖良はアルテを見た。
 そしていつものように自由にそこらの草花を採取しているアルティーサと、照れ隠しのようにその後をついてまわるリーザに。
「この国は温かいから、ここに住んだらどうだ」
 父親であるフラクが、期待を込めて家族を見た。
「いや」
 きっぱりと、リーザが言った。
「な、なぜ」
「知らない所、いや」
 リーザはふるふると首を横に振る。
「リーザは森からほとんど出た事がないから無理だよ。
 旅行ぐらいならいいみたいだけど」
 知らない所にいきなり住むかと問われて、頷けるほどリーザは好奇心の強い子ではない。
「徐々に慣れるしかないですね。リーザも年頃なんですから、少しは外に出ないと」
 人の姿も獣の姿も可愛らしい彼女が、出会いもなく一人でいるなど間違っている。
「外に出ないと彼氏も出来ませんよ」
「か、彼氏!?」
 聖良の言葉に、父親と兄が同時に反応した。
「か、彼氏はまだ早いよ!」
「そ、そうだ。まだ子供じゃないか!」
 聖良は二人を眺めリーザを見た。年の頃は聖良とそう変わらない。
「男の人って、どうして身内の女の子を子供扱いするんでしょうね。
 リーザはもうほとんど大人です」
「あら、アーネスに子供扱いされて拗ねているの?」
 クラッセカがからかうように言う。
「本当に子供の内はいいんですけどね……」
 子供を子供扱いするのは悪い事ではない。
「あら、ひょっとしてあの方は、理想の女の子を育てる趣味をお持ちなのかしら」
 なぜそんな方に話が飛ぶのか、聖良には理解できなかった。
「そんな事はありません。
 あの人は可愛い子なら誰でもいいですよ。
 ハーティも可愛いですけど、本部には多種多様な綺麗どころが揃ってますね」
 ハーティも頷いた。
 聖良の知らない女の子もたくさんいるのだろう。
「あれだけいい男だもの。もてるんでしょうねぇ」
「女と金には不自由した事がないんじゃないですかね」
「だから育てる事に楽しみを見出したのね」
「育てる事は楽しいみたいですよ」
 愛人兼、弟子までいるのだ。嘆かわしい。
「楽しそうねぇ。私も若かったらあんな素敵な先生に教えていただきたかったわ」
 カルチャースクールに通いたがるような気軽さで言う。
 彼女ほどの美女が、現在エスカほどの年頃であれば、アディスの餌食になるのは間違いない。
「ほんと、格好いいよね」
 エスカが言った。
 聖良はこの場にアディスがいない事に感謝した。聞いていたら調子に乗るに違いない。
「見た目だけですよ。中身は子供と変わりないんですから。
 家だとずっとごろごろしてるし」
 顔に惹かれてアディスに興味を持たないように、それとなく少しだけ幻滅されるように言った。
 完全に幻滅されるのは、今後に支障を来す。
「亭主関白なのねぇ」
「独身で既に亭主関白って最悪じゃないですか。
 ハノさんみたいに自分から快く手伝ってくれる人の方がいいです」
「彼も素敵ねぇ。三つ編みの子も可愛いし、女装している子も綺麗だわ。
 男の子達が素敵で羨ましいわ」
 頬に手を当て、息をつくクラッセカ。
 彼女は若い男が好きなようだ。
「すまないね。妻は昔からこうで。見ているだけで満足するから、気にしないでやってくれ」
「はい」
 マリスに謝られ、聖良は声に感情が出ないように気を付けながら頷いた。
 気付かれてはいけない。
 あれが『気まぐれに理想の女を育てている男』ではなく、ただのロリコンだと。





 子供の成長は早い。
 悪魔という素質だけは立派な生物であるこの少年は、遊びながらの訓練で、あっという間に物にした。
 仕留めた動物を満足そうに眺めていたが、しかし突然顔を顰めた。
「でもウサギとか、女はギャーギャー言わないか?」
「エスカは言うんですか」
「エスカはオヤジが猟師だったから言わない。でもモリィは都会育ちだろ」
 セーラは品の良い子だ。テーブルマナーも教えればすぐに身につけた。
 まだ故郷の癖はあるが、国が変わればマナーも違うため、実はマナーに疎いのを気付かれにくい。
「あら、少しは頭が回るようねぇ」
 誤魔化すように、フレアが言う。
「少しはってどういう意味だよ」
「モリィは都会育ちだけど、今は森暮らしよ。あのエルフ達だって森で生きる種族なのよ。
 しかも調理しているのはモリィなのよ。食べる事だけが趣味なんだもの。
 喜々として調理してくれるわよ」
 何を食べても幸せそうなセーラ。モリィの姿では想像できないが、元の姿の時なら、食べるために自分で罠を仕掛ける姿も想像できる。
「食べるだけが趣味とはひどい言いぐさですね。
 家事全般が趣味なんですよ」
「ただの潔癖症でしょ。趣味といえるのは小物作りまでだと思うけど。
 あなたが不精だから働いているだけで」
「箱庭でも家事をしているんですよ」
「職業病かしら」
 それがセーラの可愛い所だ。
 だから彼女の好きにさせる。ちょこちょこ動く彼女は可愛らしい。
「モリィはいつも家事をしてるのか?」
「そうねぇ。じっとしているのは勉強しているときか、寝ている時だけね」
「そっか」
 マデリオは仕留めたウサギを弄びながら笑った。
 ウサギに鳥と、動く標的にも難なく当てられるようになったので、あとは距離の問題になる。鳶でも狙わせるかと考えていると、どさりと音がした。
 振り返ればミラが自分と同じ程の大きさの生き物を投げ捨てていた。綺麗に首を落とされているので、どんな生物かは分からない。
「何ですか、それ」
「肉、癖がなくて美味い。セーラ好きそう」
 猪の一種だろう。小さいから、硬くはないだろう。
「セーラに持ち帰るんですか?」
「ん?」
「モリィも忘れないであげてくださいね」
「ん」
 変装しているのを思い出し、ミラはこくりと頷いた。
「モリィはシシ肉の方が好きなのか?」
 マデリオは首のない動物を見て猪と言った。
「食べた事のない物。きっと喜ぶ」
「食べた事のない……珍しい生き物」
 マデリオは呟くと、ウサギをぽいと捨てた。
 子供らしい発想でどこかに行こうとするのを、フレアが頭を殴って止めた。
「馬鹿ね。食べられる物、食べ物に見える物限定よ。
 あんたゲテモノ持ってくる気でしょ。
 そんなもの持ってったら、ただ呆れられるだけよ」
 フレアの時のエリオットは、子供相手と言えども容赦ない。
 ユイが苦笑しながら、ふくれるマデリオの頭に手を置いた。
「食べて美味しい生き物ってそういないんだよ。
 肉が硬くて食べられない事の方が多いんだ。
 とくにモリィは顎が弱いから、硬い肉が嫌いなんだよ」
 噛めば柔らかくなる硬いパンなら食べるが、かみ切れない肉は好きではないらしい。
「だから君の持っていたウサギは大好物だよ。鳥も好きだね。
 食べた事のない物だとまあ好奇心から喜ぶけど、ようは美味しければいいんだよ」
 全てはそれだけだ。
「でも必要以上の殺生は嫌うから、別の生き物はまた今度」
 綺麗事ばかり言うようになられても困るが、命は必要最低限、大切にしなければならない。
「分かったよ。また今度だな」
 マデリオはつまらなそうに魔力を木の幹に飛ばして八つ当たりする。
 アディスはその場から少し離れ、フレアを手招きする。
 しかし近眼の彼は気づかなかったので、石を投げた。
「いきなり何すんのよっ」
「まあまあ」
 近眼が悪い。優れた悪魔の血を引いて、近眼になる彼がおかしいのだ。
「で、何よ」
「何というか……」
 マデリオをちらと見た。
「彼女の特技は餌付けとアレな感じのに好かれる事ですからね」
 フレアは顔を顰めた。アレの中にはアディス自身とフレアも含まれている。
 ここしばらくの様子を見る限り、マデリオがセーラを意識をしているのは間違いない。
 エスカは彼にとって別枠の存在だ。
 それ以外の女というのが、問題だ。
「力を与えて手下を作るのは悪魔にとって本能みたいな物だから、魔力の強さに惹かれるのよねぇ。
 特に若い悪魔にとって、力を手に入れるには一番手っ取り早い方法だもの」
 セーラの魔力は竜であるアディス経由だ。二人はマデリオの前で離れた事もないので、セーラの力であると悪魔が錯覚を起こしてしまうのは仕方がない。
「目を離さなければ大丈夫よ。合意の上でないと意味がない事だし」
「それはそうなのですが」
「変な気を起こしても、彼女なら適切に叱って受け流すわよ。
 いくらあんたが変態だからって、あんたに口説かれて靡かないんだから分かるでしょ」
 子供に何を言われたからと、簡単に折れる女ではない。
 もしもそんな提案を述べれば、マデリオは馬鹿にされたような、哀れみの目で見られるはずだ。
「ただ、相手は悪魔ですからね。精神操作をしてくるかもしれません」
「ま、どちらかを常に見張ってればいいでしょ」
「そうなんですが」
「心配性ね。あの子に何かあるとしたら、そんな事じゃなくて、もっと突拍子もないような事よ。
 マデリオに誘拐されるような事はないでしょうし」
 生まれて数年。本当に力の使い方も分かっていない子供だから、どこかに隠れ家を持っているという可能性もない。
 エスカという、彼にとってはかけがえのない本命もいる。
 だが、最近はそこまでひどい事が起こっていないから、そろそろひどい目に合う事になりそうなのが、心配だった。
 アディスは何かがあるというのだけは確信している。
 それが何なのかが分からない。
「ユイ」
 ミラがユイを呼ぶ。
「大変」
 いつもの調子で、何が大変なのか分からない言葉も少なく、抑揚のない言葉だ。
「何が大変なの?」
「たぶん、ウル」
 ユイが、アディスが凍り付いた。
 ウル。ミラの友人で、誰よりも命を軽く見ている、最悪最強の神子。
「すぐ戻ろう。ハーティが危ない」
 大変だった。
 ハーティも危ないが、やはり一番危ないのはセーラだとアディスは信じて疑わず、マデリオの肩に触れた。
「マデリオ、戻りますよ。敵が来ました」
「敵って?」
 ウルについてよく理解していないマデリオは、のんびりとした口調で問う。
「エスカの敵です。彼女が殺されないうちに戻りますよ」
「な、なんだとっ!?」
 ウルについては分からなくても、エスカの命が危ないという言葉は、すっと呑み込んでくれた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ