挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
青色吐息 作者:かいとーこ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

9/110

3話 異世界の醍醐味 1


 ホットケーキは安くて手早くできて簡単な主婦の味方な安心おやつ。
 主婦じゃないけど聖良は大好き。
 バターのコクと塩気、シロップの甘さが絶妙で大好き。
 何枚も何枚も焼いて、何枚も何枚も何枚も焼く。
 アディスはそれを次々食べる。
 ネルフィアもそれを次々食べる。
 だから聖良は何枚も焼く。
 誰かが喜んで食べてくれると嬉しい。不味いと文句を言いながら無理な物を作らせる人達よりも、ずっと好き。
「セーラ、もっと」
 アディスが聖良の肩を揺さぶる。
「そんなにいっぺんに出来ないですよ」
「もっともっと」
 アディスが聖良を揺さぶる。
 アディスがガクガクと。
 アディスが──
「おい、起きろっ!」
 聖良は目を開き、男の手を感じてとりあえず、ここ最近はいつも傍らに置いてある、棒にくくり付けた石で殴る。石器時代の石斧のような物だ。研磨すればまともな石斧になるだろうが、目的はアディス撃退であるため、落ちいてたままを使っている。
「ぐおぇっ」
 聖良は撃退したことに満足して再び目を伏せた。アディスは退屈するとすぐこれで、困った自称二十四歳のお子様だ。
 それに聖良はまだホットケーキを一枚も食べていない。一枚だけでも食べなければ気が済まない。
「セーラさん、起きてください。私達ですよ。ジェロンです。衣料と食料を持ってきたんですよ」
「そんなことアディスにいってぇ」
 朦朧とした意識の中、聖良はなんとかそれだけを言い再び眠りにつこうとする。
「起きてくださいって」
「もぉ……なんですか」
 手を払い、布を頭にかけて耳を覆う。口元はむき出しなので息苦しくはない。
「何ですかって、また来いって言われたから来たんだろう」
「じゃあアディスを起こしてくださいよ。まだ日の出前じゃないですかぁ。」
 いつもは朝日が巣の中を照らし、暗い洞窟の中が明るくなってから起きる。そうすると、ああ朝だよく寝たと、すっきり爽快に起きられるのだ。
「こ、声が大きい」
 口を押さえられ、聖良は寝起きの不機嫌さと、もう慣れた巣の中という安心感からその手を払ってそのまま寝返りを打つ。
「だから、アディスに言ってくださいって。私まだ眠いです」
「それはこっちも同じなんだよ!」
「うぅ……」
 寝起きにいきなり、しかも久々に怒られて、考えがまとまらず泣けてきた。
「ちょ、泣くなよ。長に見つかったら殺されるだろっ」
「うぅ……大丈夫ですよ。アディスは竜の姿だとちょっと叩いたぐらいじゃ起きません。お母さんも」
 剛胆なネルフィアの遺伝なのか、竜という生物が鈍感すぎて触れても気づかないのかは分からないが、突然起きる事をおびえる必要はない。
「無理言わないでくださいっ! あんなの起こせませんっ!」
「大丈夫ですって。見た目はちょっと迫力ありますけど」
 聖良は布を頭からかぶって再び夢の世界に行こうとする。それをジェロンが揺り起こし引き戻す。
「もう、何なんですかぁっ」
「しぃ。起きたらどうするんです」
 ジェロンは指を立ててちらと眠るネルフィアの方を見た。巣の壁で見えないが、慣れた聖良でも向こう側に威圧感を覚えるほどだ。
 唇の前で指を立てる仕草は、この世界でも同じ意味なのだと、寝ぼけ頭でふと思った。このまま倒れたくなったが、怯える彼等をそのままにするとまた睡眠の妨害を受けるのは間違いなく、何とか堪えて、頬を二度手の平で叩いて目を覚ます。
「だからぁ、お母さんは起きませんよ。アディスは自分で起こしてください」
「起こそうと試してみたんですが、起きないんですよ」
「がつんと殴ってください」
「出来るはずがないでしょうっ。竜でなくとも、相手はうちの長──アディス様ですよ」
 気の小さい男だ。
 聖良とアディスは対等ということになっているが、彼らは部下だから仕方がない。
 アディスも女の子がすることと笑っているが、同性がやったと知れば痛くなくても怒るかもしれない。
 聖良は渋々起きあがり、再び石斧を構えて振り下ろす。
「ちょ……」
 二人は何か言いたそうに手を伸ばすが、聖良は無視して再び振り下ろす。
 三度目でアディスは目を覚まし、頭を撫でて聖良を見上げた。
「痛いんですが……なにもこんなに殴らなくても」
「優しくしていたら起きないでしょう。この人達が何か用らしいです。じゃあお休みなさっ」
 眠ろうとした聖良を両脇から伸びた手が阻む。眠気が勝手に閉じようとする瞼を、なんとか薄く開いたまま、唇をとがらせる。
「何ですか」
「この状態で寝ないでくださいっ!」
「そうだ! 恐いだろっ!」
 上司と分かっていても相手は竜。聖良はすっかり慣れてしまい平気だったが、他人はそうではない。
「なんだ。ジェロンとディアスじゃないですか。どうしてこんな時間に?」
「あの竜が起きている時に来る度胸はありません。下手に出かけてから行っても、間違えて捕食される可能性もありますし」
 アディスはため息をついて尻尾を丸める。
 二人とも、ネルフィアが気になって仕方がないらしく、意識は左斜め後ろだ。
「一度紹介したら襲いませんよ。むしろ寝起きの方が危険です。竜がうっかり動くと人間は大けがをします」
「そうですよ。私もよくアディスに引っかかれます。人間の身だから生傷が絶えないんですよ」
 しばらくすれば傷も痛みもなくなるのだが、普通の身体なら何度も死んでいる。
 聖良は本格的に目が覚めてきたので、伸びをして腕を回す。瞼は重いが、いざ眠ろうとしたらなかなか寝付けそうにもない。
「セーラ、おはよう」
 アディスがネルフィアのように顔を近づけてきたので、持ったままの石斧を振り下ろす。力では勝てず、手で殴れば痛い思いをするのは聖良の方で、素手は抑止力がないに等しい。人として知恵を絞った結果、考えついたのがこれだ。
「痛い。ひどい。どうしていつまでたっても私の挨拶を受け入れてくれないんです?」
「お母さんはいいけどアディスはいや。なんかいやらしい」
「ひどい。差別です」
「差別と区別の違いが分からない人は嫌いです」
 ぷんとそっぽを向いて、ふと目に入ったアディスの部下達の持つ荷物を見た。
 食料と衣服。
「そういえば服!」
 服があると言っていた。
「セーラも女の子ですね。食べ物よりは服なんですか」
 空腹はないのでまずは服だ。穴が増えた服や大きすぎる服は嫌だった。
 ジェロンに袋を貰い、中から女物らしき服を引きずり出す。広げてみて──
「…………なんか、寒そうなんですけど」
「ふつーの服だとサイズが大きすぎるし、子供サイズだと胸囲が足りないだろ。とりあえずそれを持ってきた」
「っいうか、セクシーですね」
 まるで踊り子が着るような服ばかりで、聖良はほんの少し腹が立った。
 現在は虫の多い季節の森の中、これから雪も降る時期に向かっている山の中、こんな服を着ている馬鹿を見たら、誰もが指をさして笑うだろう。
「何を考えているんですかお前達。私のセーラにこんなはしたない格好をしろと? セーラの愛らしい顔立ちに、こんな淫売の着るような服が似合うものですか!」
「アディスは言い過ぎ」
 元の世界でも、胸元出し腹出しというのは当たり前だ。これを否定されたら、聖良の世界の女の子達の多くは否定されることになる。聖良もキャミソールぐらいは着ていた。
「でもこれ着るなら男物の方がマシです」
「そうですね。大きな服をちんまり着る姿は愛らしいですね」
「アディスの変態的意見はどうでもいいです」
 彼は黙っていればとても可愛いか格好いいのに、口を開くと変態で困る。しかも口数が多い、とてもおしゃべりな男性だ。
「あ、アディスの服もありますよ。ほら」
 見たこともないような異国情緒溢れる服ではなく、なんとなく日本にでもありそうな雰囲気のシャツとズボンだ。人型のアディスならよく似合いそうだった。
「お前達、私の部屋に入ったんですか」
「入り用な物を持ってきて欲しいんでしょう。別にコレクションには触れてませんから」
「当たり前です」
 怒ったような態度を取ったアディスは、服を見る目は上機嫌で、触れることが出来ずにもどかしそうだ。
「アディスの服借りようかな」
「いいですよ。セーラの肌を下郎共に拝ませることなんてありません。女の子は大切な人以外に肌を見せるべきではありません」
 アディスの言葉を聞いて、聖良に悪寒が走った。言っていることは正しいのだが、しかし気味が悪いと感じてしまう。
 聖良の場合は年増のため、顔だけ観賞用として見られているらしく、寝ぼけているとき以外に身の危険を感じることはないのだが、どうしても寒気がする。それとも彼がノーマルだったら、照れて頬でも赤らめていたのだろう。
「あ、そういえばこいつも持ってきたんだった」
 ディアスが荷物の中から手提げ袋を取りだした。
 校章入りの、紺の手提げ鞄。
「わ、私の鞄っ!」
 聖良はそれを手にして感動に打ち震えた。
「使い方わけわかんねぇ光るのとかあって、気になるんなら本人に聞いた方が早いってことになってさ。呪われたらこぇし」
 携帯電話のことだ。新聞配達のバイトをしていたのだが、そのときにもしもの事があるといけないと、親切な店のおじさんが用意してくれたものだ。思えば、あの優しい夫婦が一番親切な大人だった。
「あ、あった」
 聖良は中に入っていたそれを見て喜びで跳び上がる。
 これが必要なのだ。これがあるとないとでは、雰囲気がずいぶんと違ってくる。
 聖良は制服を取り出しぎゅっと抱きしめた。
「何ですかそれ」
「学校の制服です」
 セーラー服。
 やはりこういう身の上には、こういう服が似合うのだ。今更だが。
「可愛らしい服ですね。風変わりですが、聖良の顔立ちが異国風ですから違和感は持たれませんよ」
「やっぱり異世界に来たらセーラー服ですよ。とってもヒロインって感じです。
 あ、着替えてきますね」
 聖良は巣の壁をよじ登ってその向こうの影で着替えをする。彼女の制服は前開きのもので、スカートの丈はちょうど膝あたり。リボンを結んでできあがり。乾かしてあった靴下をはくと、これぞ女子高生という姿となった。
 着替え終えると巣によじ登り、スカートの裾を押さえて飛び降りる。
「ああ、可愛いです。なんて愛らしいんでしょうか。いいですその服。異国のお姫様って感じですね」
 アディスは喜んで聖良にすり寄ってくる。しかしお姫様というのは言い過ぎだ。黒っぽいので分かりにくいが、何年も着て薄汚れている。こんな古い服を着る姫君がどの世界にいるというのだろうか。
「でも口を開くと数千年生きた魔女が無理してますって雰囲気出るよな」
 ディアスの言葉に聖良はかちんときたが、服を持ってきてもらった手前強くは言えない。
 しかしこの怨みは忘れないだろう。
「セーラ、お母さんが起きるまでに準備をしましょう」
「何のですか?」
「せっかくだから、今日行きましょう」
「行くって、人里にですか?」
 まさかこれほど早く出発する事になるとは思ったおらず、聖良は胸を押さえた。不安と期待が入り交じり、心臓が早鐘を打つ。
「そうです。下手に先に帰して彼らがへまをしないか不安ですからね。お母さんは話せば許してくれると思います」
 アディスはここ数日で少しサイズを変える事に成功し、聖良と重りを乗せて無事着陸まで出来るようになった。一度墜落して聖良は死にかけたが、いつものように回復して事なきを得た。
 他にも普通の人間なら死んでいるような事に巻き込まれたが生きている。ただし痛い事に変わりなく、死ぬ事の辛さなどを痛感した。聖良はこの先こうして、何度も死ぬ痛みを味わって生きていかなければならないのだ。そう考えると恐ろしい。
 しかしそれでも、人類が作り上げた文明に触れるためだと思えば、耐えられた。
「まずは朝食です。栄養を付けないといけませんからね。三人も乗せて飛ぶのは初めてですから、力を付けないと」
 飛行初体験の二人が、無言で身を強ばらせる。
 生後間もない竜が、人を乗せて空を飛ぶ。その無謀さは、聖良が一番よく知っていた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ