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青色吐息 作者:かいとーこ
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16話 エンザ12



 聖良は一通りを終えると息をついた。
 なんとか芋汁を食べてくれたし、水分補給のためのジュースも用意した。水で薄めたので、熱があっても飲みやすいはずだ。
 額に置いた濡れハンカチをもう一度水で冷やし、額に戻す。
「大丈夫? 寒かったら言ってね」
「あ、ありがとう」
 熱で顔を赤く染めた女の子は、笑顔を作って礼を言った。とても可愛い子だ。
「私、お水を変えてくるから」
「うん」
 他人の看病は疲れる。だからといって、大ざっぱな連中に任せてはおけない。
 外に出ると、水を汲むために川に向かった。
「水か。俺が持つよ」
 外で見張っていた男が、聖良の抱えたバケツを持ってくれた。
 誘拐犯一味の一人で、変質者ではない方だ。
 彼は聖良をじっと見てくるので苦手だった。睨んでいるわけではないので怯える必要はないが、とにかく視線を感じて気になる。
 彼は看病している間も、じっと聖良を見ている事が多かった。
 今だって、ちらちらと聖良を見ている。
 監視というよりも観察だ。
「あの……何かついてます? 寝癖とか?」
「いや……」
 彼は笑って首を横に振る。
 見た目はどこにでもいそうな青年だ。これがワニとコモドドラゴンのハーフもどきに変身するなどとは信じられない。
 しかし歩いていると、そこらでひっくり返っている爬虫類姿の鱗族が目に入り、現実であると思い知らせてくれる。
「君は」
 声をかけられ、聖良は驚いた。
「え、はい?」
「いつもこのようなことを?」
 このような事と言われて、聖良は首をかしげた。人の世話を焼くと言う意味ではない。看病という意味でもなさそうだ。
 常識で考えれば、誘拐されたのにこんな事をしている女というのは、かなりおかしい。
「いつもというわけじゃないですよ。目に余る時とか。
 小さな子供がちゃんと看病してもらえないなんて可哀相」
 可哀相だと思われる状況なのが可哀相なのだ。本人は意外と平気だと思っていても、端から見ると違う。回りに悪意や無関心があれば理不尽だと思えるが、回りも大丈夫だと思っている異常な状態だったから動いた。
「鱗族って、そんなに頑丈なんですか?」
「ああ」
 竜といい、この世界の生き物はどうしてこんなに頑丈なのが多いのだろう。
 爬虫類系が特別頑丈に出来ているのかもしれない。
「人の血が混じったからと、あれだけ弱くなるのは珍しい。だから皆、どうしていいのか分からないんだ。人ほど弱くはないから、人のように扱うのも可哀相で、なおさらな」
 弱すぎず、強くもないから扱いに困るのだ。壊れ物でもないから、特別扱いは可哀相。
「事情があるんですね」
「先に俺が生まれていたから、なおさらな」
「あなたも人間のハーフなんですか?」
「ああ。父がエキトラ人なんだ。だから名前もアスベレーグという」
 エキトラ。
 前にも聖良を誘拐しようとした国の名前だ。彼らはそこに聖良を連れていこうとしていたのだ。
「そういえば、他の人と顔立ちが違いますね。だから人間の振りをして街に?」
「ああ。獣人にも気付かれにくい。
 というか、君と会うのも二度目なんだけどな」
「え……?」
 聖良は首をかしげて男をよく見た。
 聖良はこの世界の男性の顔を覚えるのが苦手だ。背が高いから。なんとなく、どこの国にいてもおかしくない雰囲気の青年をじっと見上げる。
「ひょっとして、ミラさんに腕を切られた人?」
 外国人で印象にあるのはあれぐらいだ。ドタバタしていて、相手の顔はあまり覚えていなかった。あの時は腕の事ばかり気にしていた。レンファ達よりも少し濃い顔立ちだと思った記憶がある。
「あの時はとんだ失態だった」
 彼は苦笑いするが、笑い事ではない。
「恩を仇で返さないでください」
「すまない。この国で見つけて、水が巡り帰ってきたと思ったんだ。まさか本当に結婚しているとは思わなかった」
 聖良はため息をついて頭をかいた。
 どこまで見た目で損をすればいいのだろうと、地面を踏みにじりたい衝動に駆られた。
「過ぎた事をとやかく言うのは好きではないから、もう言いませんけど……どうやってグリーディアを出たんですか? 検問とかで、普通に船とか調べられたし、船を隠しておくにしても、海は港以外は危険だし」
 だから犯人は国内に潜伏していると、魔術師達に気をつけるようふれが出たのだ。
 犯人がどのようにして陸の孤島と呼ばれるグリーディアから脱出したのか、聖良には想像も出来ない。
「それは、鱗族だから泳いで」
 がさっ
 どこかで葉の擦れる音がした。思わずそちらに向かうと、肩を掴まれ止められた。
「兎や栗鼠ならいいが、狼や虎かも知れない。滅多に来ないが、たまに紛れ込む」
 男が石を拾い、音のした茂みに投げつけた。
「うがっ」
 明らかに人間の呻きと、倒れる音。
「ちょ、アディス、大丈夫?」
「額が割れてるな。でもどうせすぐ治る」
 聞いた事のある少年と女の声。
 聖良は頭が痛くなった。
 迎えに来るのはいいが、
「なんて間抜けな迎えの仕方を……」
 迎えに来てもらったのだが、呆れてしまう。
「額が割れっ……」
 アスベレーグの顔から血の気が引いて青くなった。
「アディスなら大丈夫ですよ。額で受ける間抜けさがアディスらしいというか……」
 額から血を流したアディスが、頭に枯れ草を引っ付けて出てきた。目が据わって、かなり怒っている。
「おい、そんなに力むと傷口が」
「もう治しました」
 額の血を拭い、アディスはアスベレーグを睨み付ける。
「本当だ……人間なのに頑丈だな」
 彼は感心したように呟いて、ヒュッと口笛を吹いた。
「アディス、仲間を呼ばれたぜ」
「じゃあ、さっさとセーラを連れて戻りましょう」
 アディスがいる。ミラもいる。知らない人もいるが、エリオットの姿が見えない。
「そんな事よりも、エリオット君は?」
「そ……そんな事って……ここは感動の再会でしょう?」
「頭から血を流して私を迎えに来たんですか? それよりもエリオット君はどこです? どうせいるんでしょう。アルティーサさんを迎えに行ってください」
「いや、だからセーラ」
 アディスはたまに夢見たような事を要求する。そんなうるさいアディスを黙らせる方法は一つだ。ついでに、鱗族と争わせない方法でもある。
「小さな女の子が高熱で死にそうなんです」
「アルティーサさんはすぐそこに」
 アディスは即座に切り替えた。切り出した聖良が驚くほど、普通に返してきた。
「ほんと、子供が絡むと物わかりがいいですね。さっさと連れてきてください」
「ハノさん、お願いします」
 今のやりとりで呆気にとられていたハノは、顔を引きつらせて頷いた。
「あなた方は……たまに変な意思疎通の仕方をしますよね」
「お互いに子供好きなんですよ」
「子供好き……ですか。おかしな話ですね。
 わかりました。アルティーサさんだけ連れてきます。ユイ危ない事はしないように」
 ハノは子供の子供好きに笑いながら姿を消した。
 子供だと思っていれば微笑ましい。
「おいおい、なにを悠長な。鱗族の子供なんてアルティーサさんにどうしろっていうんだ。囲まれているぞ」
 知らない男がまっとうな反応を示した。感動の再会を求めるアディスも、聖良の反応に慣れて普通にしているユイ達も少しおかしい反応だった。
「セーラが見立てたのですから、大丈夫なのでしょう」
「そうじゃなくてな」
「安心してください、カイヤさん。
 束になって私達をどうこうできると思ったら大間違いです。あなたの身の安全は保証しますよ。早く帰ろうとしたのは、手荒なまねをしないためです。
 しかし妻が願う事があるなら、叶えるのが夫の責務ですから」
 自分が小さな女の子を見捨てられないだけなのを、人のせいにしている。
「獣人か……。人間達はともかく、なぜ獣人がいる」
 アスベレーグが聖良の肩を押さえたまま吐き捨てるように言う。
「案内だよ。お前ら臭いから、簡単に追えたぜ。まあ、お前は混じり者だからか、臭いはあまりしないみたいだけどな」
 鱗族と獣人が睨み合う。
「仲悪いんですか?」
「雨が少なくなるたび、水場を狙って襲ってくる連中だ」
「よくある理由ですね」
 水場は生きるのに最も大切だ。水の無い場所では誰も生きられない。輸送手段も発達していないので、なおさら水場は大切だ。
「治水もせずに使うだけ使い、なくなったらいきなり他種族を襲う野蛮人どもだ」
「治水……ダムとか作ってるんですか?」
「そうだ。この野蛮人達はここの地形が、勝手に出来た物だと思っているのかもしれないがな、苦労して水が溜まりやすいようにしているんだ」
「それは……確かに野蛮ですね。治水ってすごく大切なのに」
「だろう。ため池ぐらい、自分達で勝手に作ればいいのに。
 やはり君は種族で差別しないいい子だな」
 彼は差別されているのだろう。
 差別される理由……変身後の不気味さがあるからだと聖良は納得した。
 リーザのような獣は、恐ろしくもあるが神々しさも感じる。
「な、なんで助けに来たのに非難されなきゃならないんだ?」
「確かに、環境の改善は自分達でやった方がいいかと思いますよ」
「こいつらは雨が降らないと、生贄を残酷に殺すような種族だぞ」
「それぐらいグリーディアでもやっています。外国から食料の輸入が難しい地形ですから、どうしてもという時は、儀式魔法で人の命を使います」
 聖良は驚いた。
 そのような儀式が公的に行われたのは、ハーネスという魔術師の噂を聞く限りは理解できる。しかし、これから先も機会があれば行うような言い方をしたのに驚いた。
「ただし、土着の信仰と違い確実な根拠があってこそです。よぼどの事がなければ、魔力のある者の血で事は済みます」
 本当に滅多にない大干ばつ限定なのだ。
「兄さん、百人がかりの大魔法で威張ってどうするの」
 エリオットが、アルティーサを連れてやって来た。相変わらず、女物の服を着たままだ。
「まったく、迎えに来たのに誘拐犯を看病しようなんて、セーラは人が良すぎるよ」
「そう、エリーちゃん、そうだよな!」
 獣人がエリオットの加勢を受けて頷く。
「エリオット、ハノさんは」
「代わってもらったよ」
 彼はぷりぷりと怒りながらアディスの隣に立った。
「兄さんも兄さんだよ。セーラに言われたからって、何でもほいほい言う事聞いてどうするの」
「病人がいるのだから仕方がありませんよ。小さな子を見捨てられません」
「もう、小さな子が絡むとほんっとダメなんだから」
 エリオットは眼鏡を外してため息をついた。獣道を歩いたので眼鏡をしていたが、綺麗な道に出たので外したのだ。
「ほら、さっさと行くよ。カイヤさんは喧嘩しそうだから戻ってリーザと一緒にいて」
「いや、でも……」
「いいから戻ってて。リーザ達が心配だから」
 リーザまで来ているとは思いもせず、聖良は大所帯に呆れた。最低限の人数でいいのに、アルティーサまで連れてきているのだ。
 おかげで助かったが、頭は痛い。
「あ、そういえば水を汲みに行く途中だったんです」
「そんなのこれだけ水の気があるんだから、魔術で集めればいいよ。氷も作れるから」
「はい」
 氷が作れるなら、夏場にはかき氷も食べられる。
 宇治金時がたまらなく懐かしいが、ないのでシロップと練乳ぐらいで我慢しなければならない。
「ほら、さっさと行く」
「はい」
 エリオットはアディスの手を引いて歩き出す。微妙に道から外れていこうとしていたので、アディスが逆に手を引く。
 本当に、愉快な兄弟だ。



 アルティーサは女の子の症状を見ると、外に出て薬草を摘み、慣れた手つきで薬を煎じた。
「これは小さな子にはよくあるのよぉ。ほっておくと危ないけれど、ちゃんと温かくして栄養を取っていれば一週間ぐらいで治るわぁ。だからセーラの看病の仕方で正解なの」
 彼女はにこにこ笑いながら、女の子を看病している。
「この国はやっぱり温かいからいいわねぇ。うちはさすがに寒くって」
「いくらエルフが寒さにも強いからって、あそこで暖房無しで暮らしていたのがどうにかしてるんだよ」
 寒がりのエリオットが言う。
 遊びに来ても家からは滅多に出ないし、出る時は魔術で温かくしてからだ。
「ねぇ、アルティーサ。しばらくこの子を見ていてくれる?」
「はい」
 エリオットはアルティーサに任せると、手招きをして皆を外に出した。
「どうしたんですか、エリオット」
 アディスが問うと、彼は近くに置いてあった樽に腰掛ける。
「情報って、大切だよ。どんなつもりで、どんな条件か話だけ聞いておくのも悪くないよ」
 といいながら、アスベレーグを見た。
「それこそ、誘拐犯の話を聞くつもりなんですか?」
「だって、よくわからないけどグリーディアに出入りする方法があるんでしょ? なんか泳いでどうこうってわけのわからない事をハノが言ってたけど」
「私もそれは気になります」
 兄弟揃い、気になるところが同じ。そして同時にアスベレーグを見た。
「船を使うよりも、泳いだ方が安全だ。竜の島で竜の匂いのする草をとって、それを袋に入れて首から提げて泳ぐと、魔物の類は絶対に襲ってこない」
「竜の島に出入りしているんですか?」
「竜にとって鱗族は不味いらしくて、食べられる事もないからな。
 世間で思っているよりも陽気な連中だよ」
 トロアも島の竜は雪に悩まされないから脳天気だと言っていた。
「船は島に置いてある。小さな船で別の島まで移動して、そこから大きな船を使うんだ。
 もちろん島まで泳ぐなんてのは脱出ルートであって、本来ならエキトラの船で帰る予定だった」
 聖良は思わず安堵した。
 泳いで帰ると言われたら、誘拐されそうになった聖良はどうやって運ばれる予定だったのかということになる。
「やっぱりエキトラなんだ。
 エキトラは魔術師を誘拐してどうするつもりなの? 不老を狙ってるなら、それこそ君に竜でも捕まえろって無茶を言う方がずっと近道だし」
「それはない。不死を目指して魔術師を誘拐しても、悪魔に連れて行かれるだけだ。だからこそハーネス殿は外に出す魔術師も厳選して、厳しい規律をもって互いを守らせていた」
「ハーネスが生きている頃からエキトラに?」
「ああ。一度だけ、話をした事がある」
 エリオットはちらとアディスを見た。
「ハーネスは意外と他国によく出向いていたそうです。この方と会った事があるというのは、ハーネスは人間以外の身体にも興味があったのでしょう。観察対象としてはなかなか面白い」
「そうだね。人間の寿命は短いし、長い寿命の種族を手に入れるのは大変だし。
 でも、長い寿命を手に入れたところで、居場所がなければ意味がないけれど」
 アディスは無言でエリオットを見た。
 まだ見た目通りの年齢だが、これからそうでなくなる者ばかりが揃っている。
 いつか今の場所は、自分の居場所ではなくなってしまうだろう。
「魔術師は魔術師で、外に出れば群れていないと悪魔に狙われ、人に狙われ、差別される。
 エキトラは魔術師をさらってどうするつもりだったの? 何か対策でもあったの?」
 エリオットは目を細め、アスベレーグの隣の木を見て問う。それを見てやや戸惑いながら、アスベレーグは答えた。
「もちろんだ。神子の前では言えないが」
 神子の前では言えない方法。
 ユイは渋々神殿に従っているだけなので、密告するような事はないが、そんな事を彼が知るはずもない。
「ひょっとして、木の股から生まれたばかりの大物悪魔を囲ってる国って……」
 ユイの言葉に、聖良は耳を疑った。
 今、彼は何と言った。
「なぜそのことを知っている!?」
「悪魔って木の股から生まれるんですか!?」
 アスベレーグと聖良では、驚いた点が大きく違った。
「木の股から生まれたっていうのは、物の例えだよ。ほとんどの悪魔は両親がいるけど、いつ生まれたかわからない、精霊みたいに自然発生する悪魔を、親無しの意味を込めてそう呼ぶんだ」
 聖良は安心した。安心できるような事でもないが、安心した。本当にそんなところから生まれるなら、それを話題にしている今この瞬間、そこらの木から這い出てくる可能性だってあるのだ。
「神殿は、そんな情報を既に掴んでいるのか!?」
「神殿は知らないよ。神殿で知っているのは僕だけ。調べたのは堕落の神子、ウル」
 ミラの友人の、怖い神子の事だ。影武者までいる、悪魔や竜を支配しても余りある力の持ち主。
「神殿はあのウルと接触しているのか……」
「いや、個人的にね。ウルはこのミラの友達だから、友達の家に遊びに行っているだけ。
 神殿も知っているかもしれないけど、ミラの関係だから禁じると後が怖いって思って何も言わないけどね。
 ウルとミラは神殿にとっては黒い歴史だから。
 で、最近その歴史に加わりそうなウル寄りの人材が、どこかの国に飼われているってウルが言っていたんだ。まだ神子も悪魔も小さい子だから、ウルも悪魔達も様子を見ているって。力だけで見たら、ウルの所の悪魔よりも上らしいよ。ちょっかいを出して暴走されたらたまらないって」
 危うくそんな危険のただ中に連れて行かれるところだったと知り、聖良はぞっとした。小さい子は好きだが、普通の人間の範疇での話だ。
 しかしアディスはそう思わなかったらしく、
「その子は男の子ですか? 女の子ですか? 可愛らしい子ですか?」
「おい」
 聖良は思わず足に蹴りを入れた。
「可愛かったらほいほい行くんですか?」
「それは大切ですよ。いい子ならともかく、我が儘放題の子供だったら危なくて近づけません」
 それを可愛いかどうかで聞く根っからの『子供好き』に腹が立った。
 聖良の気持ちを理解してくれるのは、呆れ顔のエリオット一人だ。ユイ達はアディスの本性は知らないのだから。
「とてもいい子達だ。まだ十歳の女の子で、我が儘一つ言わない純粋な子だ」
「可愛い盛りですね」
 聖良はもう一度蹴りつける。
 本当に何を考えているのかさっぱりわからない。
「どうやって維持をするつもりであったかは理解しました。悪魔に興味がないというか、既に自分達で飼っているのも理解しました。
 グリーディアの魔術師を欲したのは、その悪魔のためでもあるのですね」
 悪魔は知恵のある魔女によって知識を得ると聞いた。
「まさか、私を魔女にするつもりだったんですか?」
 どうせなりたくても聖良ではなれなかったが、もしも別の魔術師だったらと考えると怖い。
「それはない。魔女になりたいような魔術師なら逆に不要だ。普通の悪魔などいらない」
 普通の悪魔にしてしまっては、飼い殺しには出来ない。聖良の想像だが、そういう理由だと確信した。
「できれば一度でも夫婦で来ていただきたかったが……」
「誘拐、来てもらうとは違う」
 ミラが珍しく常識的な発言をした。あまりにも常識的で、ユイがまた感動している。
「そうでもしないと、話をするだけ無駄になる」
「なるほど」
 アディスは腕を組んで、首をかしげた。
「結局、その神子と悪魔で何をするつもりですか? 元々軍事力の強い国でしょう。それ以上力を付けてどうするのです」
「軍事力を強めるのは国を守るためだ。エンザの商人は何でも売る。エキトラの技術をかすめ取り、大量生産して武器をばらまく死の商人だ。商人にとって、戦いは特需を生む。島国で攻められにくいのをわかっていて、自分達には害が及ばない範囲で世界に適度な混乱をばらまき、自分達の利益としている」
 そうだろうとは聖良も考えていた。わざわざアーネスに会いに来るのだから、善人ではありえない。むしろ利益のためなら悪事に手を染める事も厭わない。そんな人間だ。
「もちろん、争わなくていいならそれに越した事はない。うまく育てれば抑止力にはなる。しかし育て損ねたら持て余すだろう。後から神殿が気付いても同じだ」
 ユイを既にもてあましている雰囲気はある。神殿最強がこれでは、持て余すのも仕方がない。
「確かに、育ってから気付くと、神殿も手の出しようがなくなる」
 ユイは腕を組んで考え込む。
「しかし、育つ前に知られれば、神殿による粛正の可能性もあります」
「簡単に手を出せる場所にはいないし、マデリオ……あの悪魔は、神子がどれだけの魔物を送り付けてきても玩具にしてしまうだけだ。あの悪魔を手に入れた時点で、既に神殿には手に負えない神子になったんだ」
「なるほど」
「もちろん、悪意のない相手になら、普通に可愛らしい子供達だ。マデリオはやんちゃだが、悪さはしない」
 聖良は心の中で、それ以上アディスを刺激しないでくれと願った。彼は可愛ければ男の子も好きなのだ。
「まあ、既に持ってしまったなら仕方がありません。放置すればそれはそれで問題が大きくなりますね」
 嫌な予感がした。
 この男は、珍しい幼女と悪魔を見に行くためだけにまた外国に行くつもりかもしれない。
「しかし国仕えをしている私が干渉しては、いらぬ刺激を与える事になるでしょう。困ったものですね」
 困って終わるならいい。本当に危機感を覚えて動くのもまだいい。
 幼女目当てでなければ。
「私は無理ですが、興味を持ちそうなフリーの魔術師なら紹介できますよ。腕は私に遜色劣らない男です」
 聖良は愕然とした。
 アディスに劣らない魔術師となると、方法は一つしかない。
 この男は自分の名を傷つけなくていいように、変態を隠さなくていい姿の方で行くつもりなのだ。
「あまり好きな相手ではありませんが……」
「好きではない相手?」
「グリーディアにいたのなら、アーネスという男の名を効きませんでしたか」
 聖良は自分の『夫』のわかりやすさに絶望した。
 こんな夫はもう嫌だ。
「青の箱庭の? どうしてあなたが魔術結社の長と知り合いなんだ?」
「最近、知り合いたくもないのに知り合ってしまいました。あれなら悪魔の扱いで失敗するような事はないはずです。その点に関してだけなら信頼できます。それでいいなら紹介できます。それ以外でフリーの優秀な魔術師は知り合いにいないので、紹介できません。下手な魔術師と接触させるぐらいなら、自力で大きくなってもらった方がよほどいい」
 アスベレーグは目を伏せた。
 会った事もない魔術師に大切な悪魔を任せるなど不安なのは仕方がない。
「どこで接触すればいいんだグリーディアに迎えに行くにも、かなり時間が掛かる」
「グリーディア以外ならいいのであれば、来週、竜の島にでも」
「竜の……」
 アスベレーグは絶句した。
「ある意味、最も権力争いとは遠いところですから、待ち合わせ場所としては悪くないでしょう」
「人間が近寄れるのか?」
「竜は基本的に少人数の敵意のない人間を襲ったりしませんよ。子供をさらいに来そうな規模だから襲われます」
「…………そうだな。子供にさえ手を出さないのなら竜は腹が空かない限りは手を出さない」
「あの周辺は竜が食うに困る要素はありません。島の端に上陸するぐらいなら、意外と安全に出来るものですよ」
 中に入っても歓迎される身の上のくせに、自分自身でいくつもりのくせに、偉そうな事を言っている。
 知っているエリオットは笑うかと思えば、素知らぬ顔をしている。
 彼も引きこもった振りをしてついてくるつもりなのかもしれない。
「あのさ、僕らも行っていいかな」
 唐突に、ユイがそんな事を言い出した。
「神子が?」
「神子と言っても、僕は今の神殿で一番力を持つ神子だし、ミラのおかげで意外と自由だからね。山越えをしてしまって今はグリーディアから出られない事になっているから、冬の間は戻らなくてもいいんだ」
 忘れそうになるが、彼らはずっといるわけではない。春になれば組織に戻る身だ。
「神殿の神子といっても一枚岩じゃないんだ。僕もどちらかというとその小さな女の子の側だと思う。
 もし僕の行動が神殿にバレても、ウルに対抗する切り札になるかもしれないと言えば手出しを出来なくなる」
「なぜだ? 手を出さないどころか、取り込もうとするんじゃないか?」
 ユイは首を横に振った。
「堕落のウルが、そんな事になるのを黙って見ていると思う? 彼は自分をどれだけ生かす事が出来るかを楽しんで生きているんだ。もしも神殿に僕とその子が揃ったら、ウルにとっては捨て置く事が出来ない驚異になると、神殿は考える。今、下手に手を出して潰されるよりは、少し育つのを待つのも手。そういう風に吹き込めば手を出さなくなる」
 神殿の事は聖良にはさっぱり分からない。
 アディスを見上げると彼も首をかしげた。
「このままだと、近い内にミラをウルにぶつけようなんてジジイが出てきそうだから、三すくみ状態は願ってもない事なんだ。神殿の予想よりも早くその子が成長してくれると助かる」
 ユイ君の真剣な表情を見て、聖良は初めて、彼がミラ以外の事でも悩みがあるのだと知った。ミラ関係だが、ミラの頭が痛い行動ではなく、神殿の行いに対してであってミラの行動には関係ない。
 当のミラは理解はしているが、関心がないと言った様子で、それが危機感を募らせる。
「だから神殿には関係ないし、連れ帰るような事は絶対にしない。
 この服は脱いでくるし、変な干渉もしない。神子として必要な事があれば教える事も出来るよ。それに僕は魔術師でもあるし」
「魔術師? 神子が?」
 出会った頃はあまり気にならなかったが、グリーディア以外の魔術師を敵視しているらしい神殿に、魔術師でもある彼らがいるというのはおかしな話だ。
「僕の母は魔術に係わる者という名目で神殿に監視されているんだ。僕が神殿にいる限りは何もしないはずはないけれど、僕が神殿に従う理由にはなっている」
 ミラの一挙一動だけが気がかりのように見える彼でも、大きな悩みがあって、危機感を覚えていたのだ。
 アスベレーグはユイと目を会わせて考え込む。
 魔術師ならともかく、彼は神子だ。敵対しかねない巨大な組織の一員である。
「ウルは自分の所に来るなら、僕の母も保護すると言っている。さすがに領民以外は餌ぐらいに考えてる人のところに行くのは怖いから出来なかったけど、その子にまだ余裕があるならウルが面白がってくるかもしれない。
 君たちが本気で三竦みを狙っているなら、早く仕上げないと危険だよ」
 ユイは本気だ。
 アスベレーグはふっと息を吐いた。
「わかった。知られてしまっている以上は、信じた方が得策だ」
「ありがとう」
 話はまとまってしまった。
 ユイがまともな理由で、しかも母親の身の安全に関係する事を、アディスが浮かれているからと反対できるはずがない。
「さて、セーラも無事だった事ですし、帰るまではアルティーサさんの旦那さんを探さないと」
 アディスが言うと、アスベレーグは振り返って小屋を見た。
「あのエルフの夫?」
「ええ。確か名前はフラクさん」
 アスベレーグは腕を組んだ。
「知ってますか?」
「フラクっていうのは、この国ではありふれた名前だ。エキトラにもそういう名の獣人が一人いる」
「は?」
「そういえばあいつは、他種族の妻がいると言っていたな」
 アディスは押し黙った。代わりにエリオットが口を開いた。
「ねぇ、どうしてフラクさんはエキトラに?」
「神子は悪魔を支配していると言ったが、獣人も一人支配している」
 エリオットはそれ以上何も言わなかった。
 言えない。
「アディス、どうしますか? 言います?」
「か……確認を取ってからにしないと、無駄に期待をさせてしまいます。よくある名前なら、別人かもしれません。期間内はこの国を探し、情報を収集しましょう」
「そうですね」
 それが一番だ。
 貴女の夫は神子に支配されましたなどと言ったら、アルティーサと言えどもショックを受けるかもしれない。
「じゃあ、一週間……少し余裕を取って、十日後に竜の島ということで。この事は他の連れの前では口にしないで下さい」
「わかった。そちらも色々と大変なんだな。こちらのフラクが別人である事を祈っているよ。決して悪い環境に住んでいるわけではないが」
 フォローを受けても、神子に命を握られているという事実に変わりない。神子が死ねば、支配されていた者達も死ぬ。
 そして、今はその神子が今後どうなるかわからない、不安定な時期だ。
 別人である事は祈りたいが、しかし本人であれば、今も迎えに来られない理由が説明できる。
「この国で見つかるといいですね」
 聖良は呟き、自分のそんな願いが叶うはずがないと気付いてため息をついた。

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