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青色吐息 作者:かいとーこ
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16話 エンザ5



 聖良は腕を組んだ。
 聖良は出会ったほとんどの男に子供扱いされてきた。年齢を告げてもそれは変わらない。この国の男達もそうだった。
 魔術師アディスの妻であるから、ちやほやしているようだが、きっと子供のようだと思っているに違いない。
 それが正しい。
「セーラさん、どうされましたか。難しい顔をされていますね。アディスさんの事が気になるのですか?」
「いや、アディスはいない方が静かでいいです」
 声を掛けてきたレンファに、適当な返答をする。
 なぜ自分は変なのにだけ、変な風に好かれるのかを考えていたところ、とは言えない。
「愛情たっぷりですからね。まだ新婚だそうですが、彼の愛情は重いですか?」
「重いというか、愛玩的ですね。それさえなければ……」
「確かに」
 あと、ロリコンがなければ。
 何々がなければ、と言うのは、ろくでもない男に引っかかって逃げないダメ女の条件だと聞いたことがある。
 しかし今のところは、なで回す以上のことはしてこないので実害はない。暴力がないから、逃げなければならないほどではないはずだ。
「ああしている分には、格好いいんですよね。ずっと外向けの顔でいればいいのに」
 そうだったら、聖良だってもっと素直に恋していたかもしれない。
 商人達と談笑する一見格好いいアディスは、家に戻ると見る影もなくだらだらになる。だらだらするのに飽きれば、聖良を膝の上に乗せてまたなで回し、飽きたらまた寝てしまう。
 人間の頃は昔はそうではなかったらしいので、野生暮らしに慣れて、行動が刹那的になってきたような気もする。
「では、セーラさんも息抜きに夜景などいかがですか」
「夜景、ですか?」
 一瞬、テレビで見た都会の夜景が思い浮かび、グリーディアですら、そこまで明るくない事を思い出して否定する。
「セーラさんの国の夜景も美しいそうですが、始めはイーリンも驚いていましたよ。彼女はまだ言葉が完璧ではないので、例え方が分からないそうですが」
「へぇ」
 それは少し見てみたい。
 聖良は夜景らしい夜景を見た事がない。せいぜい駅前のクリスマスのイルミネーションを下から見たぐらいだ。
「急にいなくなるとアディスが心配するから、断りだけ入れてきますね」
「ええ、どうぞ」
 聖良はアディスに断りを入れると、先ほどからひたすら食べている、ミラを連れていくならいいと言うので、仕方なく彼女を連れて行く事にした。
 彼はミラの戦闘力と、聖良は守るという意志は信頼しているらしい。
 持ち主であるユイよりも、アディスの方がまともに人として扱っている。
 ミラは満腹で食後の運動代わりにいいと言ってついてきてくれた。それを見てレンファは苦笑しながらも、参りましょうと言って案内してくれる。
「セーラ、夜景とは何?」
 階段を上る途中、ミラは唐突に問うてきた。
「夜の景色ですよ。街の明かりだったり」
「見て楽しい?」
「人によりますね。でも、一度見て見ればどんな物が分かりますよ。知っている事は知らないよりもいい事です」
「なるほど」
 ミラは素直に納得する。
 それを見てレンファが笑う。
「お二人のやりとりは、本当に和みますね」
「でもけっこう命がけですよ?」
 回復力があるから死んでいないが、まともな人間なら二、三度死んでいるだろう。彼女の何気ない肘鉄一つでも死にそうになる。聖良の場合、喉や顎あたりにくるからだ。
「さあ、到着しました。こちらです」
 レンファは見張りに下がるように言って、屋上に出た。
 宮殿の中でも高い所で、他に人はいない。
「ここは王族や高官の許可がないと入れない場所なので、穴場なんですよ」
 レンファは振り返ってセーラの手を引き、夜景の見える位置に立たせた。
 街はそれなりに明るかった。商業の街だけあり、夜でも活気がある。しかしそれも星羅の知っている夜景に比べれば暗い。
 それよりも、その向こうの海の青い輝きに目を見張った。
 海全体を覆うほどではないが、海の所々に青い光がキラキラと走る。
「な、なんですか、あれは」
「この時期の名物、青クラゲの大群です」
「クラゲ?」
「理屈は分からないのですが、その時期、よく晴れた月の日に光るんですよ。
 セーラさん達は運がいい。これほど美しい日も珍しいのです」
 ミラもさすがに興味を持って、屋上の柵に手をついて食い入るように見つめた。
「美味いのか?」
 少し、人とは違う興味の持ち方だった。
「いやいや、食べられませんよ」
「そうか」
「別のクラゲでしたら、もう食べていらっしゃるはずです。イーリンの料理の中に、こりこりした食材が入っていたのを覚えていらっしゃるなら、それがクラゲです」
「あれがクラゲか」
「サイズははるかに大きく、加工に手間暇が掛かるので高級食材ですよ」
 ミラは残念そうに肩を落とした。
 彼女は面倒くさい事が嫌いで、何事も手早いのを好む。
「帰りに買いましょう。酢の物にすると美味しいんです。私、そういうのすごく好きなんです」
「うん」
 ミラは嬉しそうに頷いた。彼女のこの素直さは、可愛い。
 と、そこで聖良は目の前の景色にはたと気付く。
「ああ……こんな綺麗な景色を見て、食べ物の話しばかりはさすがにあれですね。
 レンファさん、お時間があったら、この国について教えていただきたいんですけど」
 食い気ばかりよりは、そういう話の方がいい。地元の歴史に触れるのは、旅行の醍醐味である。
「もちろんいくらでも話をしましょう。下も部下が仕切っているから、国にいると私はとても暇なんです」
 暇は嘘だろうが、レンファはこの国の簡単な歴史、ここから見える街の主要な建物について語ってくれた。
 国の事が誇りであることが、語る態度で伝わってくる。歴史は難しくて聞き流してしまったが、今の女王が素晴らしい王であり、商人である事は理解できた。国を動かす女王は、次に何をして儲けるかを考えているらしい。飛行船が出来上がったとき、グリーディアと定期的な交易を行うことを真っ先に提案したのは、その女王であったそうだ。
 話を聞いている最中、突然ミラがレンファの襟首を掴んだ。
「動くな。何かいる」
 ミラは周囲に殺気を放ちながらレンファを伏せさせ、持っていたスプーンを構える。
 聖良はもちろん言われる前に身を低くしている。
 何かがいることよりも、ミラがレンファを守る気がある事に驚いた。
 彼は聖良のついでとはいえ、ミラにうんと餌付けをしていたからかもしれない。ミラは食べ物を与えてくれる相手には敵意を持たない。
「馬鹿な。ここに簡単に入れるはずが」
「レンファ、セーラの近く、危ない。低くして少し離れろ」
「は?」
「セーラの近く、一番危ない。何かあるとしたら、セーラの所。お前、的が小さいから、大丈夫。
 セーラはそこ、動くな。的が小さくてもセーラは当たる」
「うう……大丈夫です。結界を張りますから」
「そうか。近いから強度は強いか。ならレンファ、やはり聖良の隣に」
 近いとは、アディスとの距離のことだ。距離が離れるほど、分けてもらえる魔力が減るのだ。
 聖良はアディスに教わった結界を張り、体育座りをして終わるのを待つ。
 決壊の中は狭いが、そうなってしまった物は仕方がない。聖良は魔術を使いこなしているのでなく、正しい発音で完璧に呪文を唱えているから、たまたま発動しているだけなのだ。
 アディスも聖良が術を使ったことに気付いて向かってくるはずだ。その前に、殲滅の悪魔は相手を皆殺しにしてしまいそうだが。
「ミラさん、出来たら生け捕りが」
「できたら。でも、身を守るため殺す、ユイは認めている。忘れたらごめんなさい」
 ミラは先に謝って、スプーンを投げた。
「ぐあっ」
 スプーンは、塔に隠れていた誰かに当たる。
 顔を覗かせていたのか知らないが、少し出ているだけでミラは当ててしまうのだ。
「ミラさん、殺しに関しては噂通りのですから、どうにかなると思いますけど、レンファさんに心当たりは?」
「狙われる心当たりならありすぎるぐらいですが、ここまで入ってくるほどの心当たりはないですね。私が女王陛下であったならともかく、ただの外交官ですよ」
「が……外交官だったんですか」
「兼、商人です。ここが国外であれば利用価値は山ほどありますが、国内で私一人をどうにかしても、大したことは出来ません。
 彼らはたまたまここに潜んでいたのでしょうが」
「たまたま?」
「この騒ぎで見張り台の者が気付かないなら、あそこから降りてきたのでしょう」
 彼らが潜んでいた塔を指さす。
「でも、ミラさんって、殺気とか悪意がなければ殺しに行けないので、こちらに手出しをする気はあったみたいですよ。無差別に殺しているんでしょうか」
「それはないでしょう。
 もしどちらかが狙われていたとすれば、私よりもセーラさんの可能性が高いですね」
 聖良はきょとんとして、同じ体勢で座るレンファを見た。
「私ですか?」
「私よりも、セーラさんの方が目立ちます。
 アディスさんはグリーディアの高官。本人を狙うのは、魔術の天才であるのでリスクが高いですが、セーラさんのように幼く見える上に小柄な妻であれば、比較的簡単に誘拐は可能です。
 前にもグリーディアで動いていた連中がいたでしょう。その時に目を付けられている可能性もあります?」
「私なんて誘拐してどうするんです」
「利用価値は山のようにありますよ。
 アディスさんを脅迫することも、セーラさんが魔術師ならあなたでもいい。現にこうして魔術を使っていらっしゃる。
 あなた方が思っている以上に、欲しがる者は多いでしょう」
 ミラが一人片付けて、ぽいと捨てた。まだ何人かいるらしく、姿が見えなくなる。
「でも、グリーディア以外にもいるんですよね? しかも迫害されている人達が」
「彼らの目標は悪魔との契約。少なくとも、そう思われてしまいます。
 神殿の目を気にするなら、迫害しなければなりません。
 囲っている金持ちも多くいますが、神殿に見つかれば一族は皆殺しです。
 係わっても殺されないのは、グリーディアの魔術師だけ。しかも学問として成立していますから、レベルが違うんですよ。
 ただ火を出すのはそれほど難しくはないそうですが、言葉が通じるようにするなど、グリーディア人以外で出来る者はいないでしょう。歴史と質が違うんですよ」
 住んでいると、その価値はいまいち正しく理解できないが、とにかく価値はあるようだ。
「この前の事があるから、エキトラの者である可能性は高いですね」
 結界の中は、とりあえず落ち着いている。
 一度だけ、ミラのナイフがかすって、結界を破壊した。その先にいた侵入者を一撃で仕留めてしまったので、ただ巻き添えを食らっただけのようだ。
 自分に落ち着くように言い聞かせながら、結界を張り直した。
「あっさり結界が壊れましたけど、大丈夫ですか?」
「ミラさんだからですよ。彼女はアディスの結界も叩き壊せますから、私程度の結界は、紙みたいな物です」
 ミラが間違えて聖良を狙わなければ何の問題もない。
「本当に、どうやって彼女をあの少年が支配できたのやら」
「ユイ君はミラさんの育ての親に顔が似ているそうです。ユイ君自身もも魔術を使えるから、驚いてたら支配されてしまったと言っていました」
「彼は、魔術師だったんですか……」
 神殿に迫害される側だったのに、神子になったのだ。
「神殿の中では一番強い神子ですから、皮肉ですよ。迫害するんじゃなくて、育てればいいのに。
 そんな事をしたら、神子の価値が下がるからなのかも知れませんけど」
 力を持つ者が増えれば、神子の価値は下がるだろう。
 尋常ではない力が、彼らの価値なのだから。
「セーラ、終わった」
 ミラが人間を二人引きずって戻ってきた。
 ナイフが刺さり、倒れている男を含めると三人。使用人が着る制服を身につけていた。
「今日も私、怪我しませんでしたね」
「よかったな。セーラ、最近少し運がいい」
「ええっ!?」
 レンファが聖良達の会話で戸惑いの声を上げた。
 聖良は結界をといて立ち上がり、尻に付いた汚れを払う。
「ミラさんのおかげです」
「危ないから、戻る。レンファ、これどうする? それは死んでいる。この二人死んでいない」
 一人は男、一人は女。
「女の方、変な武器使う。こちらが上」
「ああ、それは参考になります。こんなにか弱いセーラさんを狙うなど、許せない輩どもです」
「こいつら、レンファも殺そうとしていた」
「私をですか? 一石二鳥の場面だったという事ですね。いやぁ、ミラさんのおかげで助かりました」
「セーラ、不運。お前、運がよかった」
 二人は頷き合い、聖良はため息をついた。
「今日は誘拐されなかった」
 ミラが言うとおり、実に運がいい。
 誘拐されるのを前提に話されたりもするが、聖良だって誘拐されない日もあるのだ。
 聖良はぐっと拳を作り、これからもこうであればと願った。

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