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青色吐息 作者:かいとーこ
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16話 エンザ 3



 翌々日には、エンザに到着した。
 エンザ国の首都、ウルベは予想に反して、石造りの町並みだった。レンファから受けるイメージはアジアだったので、予想外だった。グリーディアの方がよほど木の建物が多く、町並みを入れ替えた方が、聖良の中の違和感が減るだろう。
 宮殿も白亜の城といった感じで、神様でも住んでいそうな所だ。しかし住んでいるのは、商人だという。
「飛行船の着陸を城で行うとは……」
 アディスが感心しながら地上を見下ろす。
 ここは宮殿の屋上で、町並みがよく見える。
 搬入用エレベーターもあるらしい。
 聖良の世界でもエレベーターの歴史は古いので、飛行船がある世界でなら、あってもおかしくはない。
「ここは本殿ではありませんから。
 このために、いくらか手を加えました。飛行船を乗っ取られたりして、襲撃された場合でも、着陸ができないようにすることも可能です。
 もちろんポートは町中にもあります」
 面白い国だった。日本とどちらが変な国だろう。
「さて、セーラさん、今夜はささやかな祝賀会を行います」
「祝賀会?」
「はい。グリーディアとの空路での商売が成功した祝賀会です」
 聖良の知らない間に、商売は着々と進んでいたらしい。
「ほとんど独占的ですからね」
 アディスが苦笑して言う。
「竜につつかれる危険がなくなれば、完璧とも言えます」
 ネルフィアのようでなくても、竜ははた迷惑な生物らしい。
 大人しいハーティですら、機会があったら人間の振りをして、秘密結社に入り込むほどだ。好奇心旺盛で積極的な竜が全体の一割にも満たなかったとしても、十分すぎるほど脅威である。
 元の世界に竜のような空飛ぶ巨大生物はいなかったので、そのような脅威は感じた事はなかったが、もしも竜のような生物がいたら、どうなっていただろうか。
 技術が発展するには幾分か恵まれていたのだろう。オカルト的なものがないからこそ渇望し、発展したのだから。
「つつかないでくれって、竜に言って聞くかなぁ?」
「大人につつくなというお願いぐらいならなんとかなるのでは?
 難しいのは、飛べるようになったばかりの子供でしょう」
 ユイとハノが不安を煽るような事を言う。
 彼らの仲間には竜を支配する者もいる。アディス達とは違う、もっと一般的な竜のことをよく知っているはずだ。
 レンファにとって、難しい問題が山積みだ。
「パーティ用のお召し物はこちらで用意します」
 レンファが無言で顔をしかめていた聖良を見つめて、そう提案してくれた。
 勘違いがあったようだが、パーティ用のドレスは持ってきていないので、有り難い提案だった。
「それはどうも」
「セーラさんなら、きっとお似合いでしょう。
 まずは部屋までご案内しますそれから部屋に服を運ばせます。
 セーラさんの体に合うものあるのでご安心ください。袖や裾ぐらいならすぐに直せます」
 直しやすそうなデザインなのは確かだ。
 オリエンタルな雰囲気の服装だが、やはり例えるべき物が思い浮かばない。
 あえて言うなら和中折衷なファンタジー風である。
「それが終わりましたら、城内をご案内します。
 ここは宮殿ですが、あちらに見える建物は商館です。獣人のことを知る商人もいるはずです」
「まあ、ほんとうですかぁ? 人間の商人さんはぁ、本当に物知りねぇ」
 アルティーサはよく言えば上品に、悪く言えばとろく、人の半分ぐらい速度で話す。
 そのくせ、目を離すと消えていたりするので、子供達は気が気でないらしい。
「美女の頼みとあれば、知っている限りの事をお聞かせしようと、列が出来る事でしょう」
「まあ、親切なのね」
 他の誰かの言葉なら、かまととぶっていると聖良は思っていただろうが、アルティーサは疑いようもなく天然である。
 天然さがにじみ出る彼女は、しっかりと守ってやらなければという気持ちになるようで、アディスでさえ彼女には保護欲らしきものを発揮する。
 アルテは母の暢気な態度を、見てその腕を掴んだ。
「母さん、絶対に一人になっちゃダメだよ。ついて来いって言われても、行っちゃダメだよ。危ない人だってたくさんいるんだ。父さんのときだって、たまたま悪い人じゃなかったからよかったものの……」
 アルテはそこまで言ってため息をついた。
「お風呂もトイレも、リーザと離れちゃダメ。でもセーラと二人きりは危ないからもっとダメ」
 分かっているが、失礼すぎやしないだろうかと聖良は憤慨した。
 一番危険なのが、聖良と二人きりなんて、失礼にも程がある。
「セーラは私がついている。心配ない」
「ミラがついてたら余計に心配だよ。ああ、リーザ、しっかりと見張っていてね」
「うん」
 信頼のなさに聖良は泣きそうになった。
 しかしこれが日頃の行いの結果だと、分かっているから何も言えない。
「セーラ、元気を出してください。セーラと一緒にいて生きていけるのは私だけですから」
 アディスが嫌な慰めをした。
「私が危ない目に合うのは、半分ぐらいはアディスのせいです」
「お互い様ですよ」
 彼は聖良よりも突発的な事故に巻き込まれやすい。
 聖良を追ってきたら、上から落ちてきた蛇に噛まれたり、腐った木が倒れてきたりしたり。
「さあ、セーラ、可愛い格好をさせてもらいに行きましょう」
 このようなアディスを見ていると、子供を着せ替え人形にして喜ぶ親とかを思い出す。
 他の小さな女の子に魔の手を伸ばされても困るので、変な格好でない限りは好きにさせる事にしている。
 もう少し、落ち着いた服も着たいのだが、そういうのは室内用で、外出する時は手の込んだ可愛らしい服装が基本だ。
 この国では、どうなるのだろうか。



 高級ホテルのスイートルームのような広い客室に、次々と衣装が運ばれてきた。
 数着どころか、数えるのも馬鹿らしい、さすがにぎょっとする数だ。
 女性が多いとはいえ、これはさすがに多すぎる。どこの姫君だという規模だ。
「いや、あの……」
「ご心配なく。これはただの見本です。商人達が張り切っているのですよ。
 グリーディアは私達にとってほとんど手つかずの市場。グリーディアの方に触れていただきたいという、商人達の情熱の結果です。とくにセーラさんは、流行を作った経歴があると聞きます。
 先に連絡用の鳥を放っておいたので、それが伝わったのでしょう」
 聖良の頬が引きつった。邪険にもしにくく、対処に困った。
「いらない物は商人達の元に帰るだけです。遠慮せず選んでください。
 ああ、イーリン、いいところに」
 荷物を運んできた中にいたポニーテールの女性が、レンファに呼ばれて近づいて来た。背丈はレンファと同じほど。今まで見た中で、アジア人っぽい雰囲気の人だ。
「ひょっとしたら貴女と同じ国の出身なのではと思いまして」
「この子…………確かに、顔立ちは」
 聖良は彼女の呟きを聞いて首を傾げた。
 魔術のおかげで、彼女の言葉の意味は分かった。
 しかし音はレンファ達の言葉とは違う。
「それにセーラーっぽい変な服。でもセーラー服ってわけじゃないし」
「この方は記憶喪失なのだそうです。前のことを覚えていないんです」
「記憶喪失? 小さな子なのに可哀相」
 元の言葉を聞く気でよく聞いたら、聞き覚えのある独特の話し方だった。何に似ているか、思い出して呟く。
「どこかで聞いたことあるような……」
「えっ、日本語!?」
 その言葉を聞いて、聖良は自分の耳を疑った。
「日本人!? 何でこんな所に日本人が!?」
 何でと言われて困った。
 まさかこんな風に異世界人だと露見するとは思いもしていなかった。
 言い訳をしようにも、日本人と特定されてしまったので、否定するのは怪しい。
「さあ。あなたは?」
 まずは相手の出方を見ことにした。彼女はアジア人だが、発音的に日本人ではない。日本語を知っている外国人だ。
 聖良は召喚された。
 彼女はこの国にいるという事は、少なくとも餌にされるために召喚されたという事はない。
「私、台湾人で、気付いたらこの城の庭にっ」
 聖良は理解できずにアディスを見た。彼は小さく頷く。
「たまに異界から生物が落ちてくる事があるらしいですよ」
 彼は自分の人種に比べれば童顔なイーリンを快く思ったらしく、笑みを向けている。現金な男だ。
「ほとんどは高いところから落ちたり、海の中に出たり、地中の中に出でたりするそうです。
 生きているのは本当に珍しいんですよ」
 イーリンの顔が引きつった。
 自分がどれだけ危なかったか、今さら事実を知ったらしい。
「そんなによくあるんですか?」
 レンファが問うと、彼は首を縦に振る。
「よくはありませんが、特別珍しい事でもないはずです。
 ただ普通は植物や動物が多く、人間が落ちてくるのは珍しいはずです。
 ひょっとしたら知らないところでたくさんあるのかもしれませんけどね」
 人間が突然居なくなるのは大事だが、珍しいことでもない。マスコミが取り上げるのも、本当に理由がないごく一部でしかない。聖良が知らないだけで、実はたまにある事なのかもしれない。
「だからこちらから繋げて引っ張ってくる事も出来ますよ。大物を狙わないようにしっかりと条件付けをしないといけませんが」
「大物はダメなんですか?」
 ファシャは不思議そうに尋ねた。
「出てきたのが悪魔や竜、それよりも最悪な魔物だったらどうするんですか?」
「あ……」
「人間には制御不可能なものを召還しない事が、絶対に必要な条件です。とは言っても、自分の力量に合わないような生物はまず呼び出せないと思いますが、万が一のことがあったら大変です。それで世界が滅びる可能性もあります」
 アディスは軽く言ったが、世界を巻き込む可能性がある術が存在するという事実に、円座の人々は驚愕していた。
「安心して下さい。意図的にそういった強い生物を呼び出すような、つまり悪魔や竜を本人の承諾無しに呼び出すような条件付けは、無理です」
「そうなのですか。だから簡単な方の条件をつけるんですね」
「そうです」
 アディスの言葉を聞いて、イーリンが震えながらアディスを見ていた。さすがに彼もそれに気づき、彼女に視線すまなそうな顔を向けた。
「ああ、すみません。呼び出す事は容易ですが、こちらに来た生き物を戻す事は出来ません」
 アディスはそれ以上の期待を持たれる前にそう言った。その瞬間、目に見えてガッカリする彼女に、皆は同情の目を向けた。
「物を投げ縄で引っかけてたぐり寄せるのは簡単でも逆は無理です。それこそ全く違う世界の空中に出たりと、そんな事にしかなりません」
 なるほど、と聖良は頷いた。
 そんな危険を冒すなど、絶対にダメだ。聖良なら絶対に元の世界にたどり着けない。たどり着けたとして、どこかの危険な秘境に出るだろう。
「それは逆に、こちらの人間がそちらに迷い込むような事があるのでしょうか?」
「私には分かりません」
 アディスはイーリンに視線を向けた。すると彼女は首を横に振る。
「そんな話は聞いたことがありません」
 つまりあちらからこちらに来るのは簡単でも、逆は難しいのだ。
 聖良はふと気になり、イーリンに尋ねた。
「イーリンさんはいつからこちらに?」
 聖良はイーリンに尋ねた。
「五年前です」
 彼女は今でも下手すると十代だ。聖良よりも幼い頃にこの世界にやって来たのだ。
「そうですか……大変でしたね。ああ、でも出た先がここでよかったですね。ヘンな生き物もいませんし」
 しっかりした場所で働けているようで何よりだ。レンファに名前まで呼ばれているし、顔色もいいし、肌も綺麗だから、今は苦労している様子は見えない。
「イーリン、セーラさんは衣装選びがあります。話したいことはあるでしょうが、後にしなさい。
 セーラさん、あとでイーリンのおしゃべりに付き合っていただけないでしょうか。彼女もずいぶんとこの国の言葉を覚えましたが、まだまだ通じないところがあります。貴方達のようにすんなりと話が通じるのは久しぶりなんですよ」
 言葉の面ではほとんど問題が無いので、彼女の苦労がどれだけの物か、聖良には理解出来なかった。
「そういえば、中国語が話せるの?」
「いえ、私は日本語でしか話していません」
「え?」
「この人の魔術のおかげです」
 イーリンはきょとんとしてアディスを見上げた。
「彼はグリーディアの一番優秀な魔術師です。言葉を通じるようにするのは、高度な術だそうですが」
 イーリンが目を見開いた。
 彼女の苦労を考えると、この点で楽をしてしまった聖良は目を逸らした。
「その術は、どれぐらい持続性があるのですか?」
 術の話に食いついたのは、イーリンではなくレンファだった。
「もって一ヶ月です。だからセーラも、もしもの時のために言葉の勉強はしていますが」
「なるほど。長くもなく、短くもない期間ですね」
 一年以上持続するなら、術者がグリーディアにしか居なかったとしても便利だろうが、一ヶ月ではあまり使い道がない。
「さあ、セーラさん、そしてミラさん達も、一番似合う服を探しましょう」
 忘れていた、大量の衣装に目を向けた。
 当然のように、アディスがあれやこれと服を当てて可愛い可愛いと、レンファまで一緒になって連呼した。
 二人の服の趣味は合うらしく、互いの選ぶ物を悔しげに褒めたりと、何だかわけの分からない事になった。

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