挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
青色吐息 作者:かいとーこ
76/110

16話 エンザ 2


 郊外で待ち合わせをし、荷物が大量に乗りそうな飛行船を見上げる。
「前のよりも大きいですね」
「ひょっとしたら、私の知っている飛行船とは色々と違うのかも。中身とか、素材とか」
 セーラに問われると、アディスは連れの竜達を見た。
 ハーティは自分よりもはるかに大きなこれに怯えを隠せないでいた。
 他の面々は楽しんでいるが、ハーティにはまだまだそういった余裕を持つ事が出来ないのだ。ラゼス達がネルフィアに振り回され続けてきたせいで、余裕がありすぎるだけとも言うが。
 子供に化けさせているが、ハーティも成竜に近いため、今回は帰る事が決まっている。
 アディスは行かなければ話にならないので、香水を振りかけて気配を誤魔化す事にした。グリーディアの香水は魔力を含んでいる物があるため、これで気づきそうな化け物と出会っても、竜の子供の気配ぐらいは誤魔化せる。
「今回は仕入れた物を搬送するのがメインです。
 ですから、客室は男女に分かれて一部屋ずつと狭くなりますがご了承下さい」
「かまいませんよ。夫婦のための小さな家にこれだけの人数が押し掛けている状況に比べれば」
「…………この人数が?」
「暖房を付けたら根が張ってしまったようです。皆は床で寝ていますよ」
「それでは夫婦の生活もままならないのでは」
「それでも充実した日々ですよ。セーラが甲斐甲斐しく世話を焼く様はとても和みます」
 レンファが一瞬だけ悔しげな顔を見せた。
 実はその夫婦生活の一番肝心な部分がないのだが。
「さて、入る準備が出来ました。中を案内いたしましょう」
 レンファはセーラの手を取り、入り口の段差を登らせる。二人とも背が低い分、足も短いので大変そうに見える。
 中は搬入が終わっていないのか、時折、指示をしたり、指示を仰いだり、合図を送る声が聞こえた。
 ファシァはあちらの監督をしているようだ。
「こちらが皆さんにお使いいただく区域です」
 レンファがドアを開き招き入れ、思ったのとはずいぶん違う部屋に驚いた。
 決して広くはないが、内装の豪華さはごく普通の客船のようであった。
 明るく、絵が飾られ、煌びやかである。さすがに転がりやすそうな飾りはないが、その分、明かりを反射させるためガラスが多く使われている。
「これ、輸送用じゃ……」
 セーラが驚いた様子で手を握り続けるレンファに尋ねた。
「ええ。お客様がいらっしゃらない場合は、こちらも隔壁を取り払って荷物を置きます」
「壁が取り払えるんですか。そういえば溝が……あそこにはめ込むんですね」
「はい。さすがはセーラさん。説明するまでもなく理解していただけるとは。
 すべての隔壁が取り外し可能です。
 明かりは用途によって付け外しが出来るようになっています。すべてをこのように作っておけば、いつでもどのような時にも対応できますから。
 とは言いましても、ここは客室にするのを前提として作られているので、壁紙を張っています。窓もありますし、素晴らしい眺めですよ」
 セーラはレンファの手から逃れ、窓の外を見た後、隔壁に触れたりして遊び出す。押すとさすがに少し動いてごとごとと音が鳴る。ただの仕切りの壁なら仕方がない。
「就寝時には、さらに壁を設置して、寝台を用意します。船員の部屋は別にあります」
「船員さんは何人いるんですか?」
「私とファシャを覗けば四名です。海行船などよりもよほど簡単に動かせる事が、この飛行船の素晴らしい所です」
「見たところ、ガスを入れる部分に比べて、ゴンドラが大きいような気がするんですが、よく飛びますね」
「……ガスの種類によるのでは? 素材もなるべく軽く丈夫になるよう、工夫が凝らしてあります」
「そうですか」
 セーラが納得して頷く。
 彼女は何を知っていて何に疑問を覚えるのか、知りたいところではあるが今は聞けない。
 聞いても理解できず、ただ文化の違いに驚くだけの結果となることも多々ある。
「動力は何を使っているんです?」
 セーラがまた、普通の女性は興味を持たない部分を気にする。
「この国の魔具を使用しています。本来は用途が違うのですが、それを改造いたしました。魔の関係ない部分の加工なら、私達の得意とするところですから」
「速度はどれぐらいですか?」
「帆船の四倍は速いですよ」
「へぇ」
 セーラは頷くと帆船がノットがどうこう言いながら指を動かす。
「セーラ、どうした?」
「いや、計算を」
 ミラに尋ねられ、セーラは指を止めて答えた。
「その手の動きは?」
「算盤……って、ありますよね?」
「知っている」
「計算する時、イメージして計算するんですよ。指を動かすと計算しやすくて」
 ミラが首をかしげる。
 セーラとミラの思い浮かべた算盤の姿が違うのだろう。
「セーラさんはどのような算盤を?」
「あ、えと」
 セーラが商人と商人らしい話を始めたので、アディスは窓の外を覗く。
 窓ガラスは透明で、外がよく見える。
 外には再び見物人が集まっていた。もう二度目で、街からも離れているのに、見に来たいほどの存在らしい。
 飛び上がり、雲の上を知らぬ者がこの窓から下を見れば、さぞや感激するだろう。
 それが当たり前の竜達は、ひたすら壁やらに興味を持ち、勝手に外して隣にいたファシャに叱られたりする。
 隔壁がなければ、柱が立つだけのだだっ広いホールにもなりそうだ。搬送用なので面白い所もあまりなく、この調子ではすぐに飽きて帰るだろう。
 操縦したいと言い出す前に追いかえすのが一番である。
 やがてファシャがやってきて、出向すると伝え、その後、セーラの使う算盤を説明するために取り出した紙とペンに興味を持って熱心に話していたレンファに加わる。
 商人は見た事のない物には食い付きがいい。
「飛び上がりますよ」
「これ差し上げますから、どうぞ」
 そう言ってペンを渡してセーラは窓にへばりつく。
 自分の世界には存在したらしいが、今では珍しい物らしく、乗った事がないらしい。
 それよりも高価だが速く跳ぶ船には乗った事があると言っていたのに、それでも興味があるのだ。
「わぁ。本当に飛んだ」
 セーラが浮かれて言う。
「飛びますよ、そりゃあ。飛んできたんですから」
 飛ぶと知っているのはセーラなのに、浮かれている。
 感情に蓋をしがちな彼女が、小さな子供のようだ。
「セーラは本当に可愛い」
「は?」
「ほら、手を振っているから振り返してあげないと」
 セーラが手を振り、地上から離れていく。あっという間に人が見えなくなり、前方には広い海が見えた。
「わぁ。上から見ると違いますね。海綺麗!」
 二人は海の方には飛んで来た事がない。ここまで飛ぶと、人目に付かずに着陸するには夜しかない。夜は危ないので、馬で来ていた。
「夏になったら海水浴にでも行きましょうね」
「はい」
 可愛い笑顔で頷かれ、背後から抱きしめて外を見た。
 視界の端で、ミラとネルフィアとアルティーサが備品で遊んでいるが、害はなさそうなので放置する。
 ある意味、三人とも救いようのない天然だ。気が合うところもあるらしい。
 それについて回る男三人と、のんびり窓の外を見ているトロアとリーザ。この三組の間には、越えられないような壁がありそうだ。
「兄さん、ずるい。僕も」
 大人しくしていたエリオットは、眼鏡を外して擦り寄ってくる。眼鏡がないととたんに気が強くなるとは、弟ながらおかしな男だ。
「ハーティも寂しそうにしてるよ」
 忘れていたわけではないが、レンファに構われるセーラの事を気にしすぎていた。
「ハーティ、遠慮していてはいけませんよ。こうやってって空を飛ぶのは初めてでしょう。楽しみなさい。
 今回はリーザのお父さんの探索もあるから帰ってもらいますが、次は一緒に行きましょう」
「はい」
 セーラも可愛いが、ハーティも可愛い。
 両手に花。
 ついでに弟。
 自分は恵まれているとしみじみ実感した。



 竜の姿をしたトロアの背に乗る三人を見て、レンファの頬が引きつっていた。
 勝手に想像して、彼が聖良なりアディスなりに血を飲ませた竜だと思ってくれれば御の字である。
 しかしさすがに竜の姿を間近で見て、少し腰が引けている。
「ハーティ、ロヴァンの事、お願いします」
「うん、わかった。餌あげるね」
「餌だけじゃなくて、帰ってきたら足を拭いて、ブラッシングもお願いします。
 汚れたままでごろごろさせないで下さいね」
「う、うん」
 注文が多いせいか、彼女は少し緊張気味だ。
「あと、トロアさんが変な事しないように見てて下さいね」
「セーラ、俺の事を何だと……」
 信用できるほどの事を何かしただろうか。
 信用できない事はたくさんしたが。
「じゃあ、気をつけて。お土産を買ってきますから」
「二人とも、気をつけて。本当に気をつけて」
 ハーティが心配そうにアディスを見る。彼女の心配はもっともすぎる。
「セーラはまた誘拐されないように気をつけるんだぞ」
 トロアは余計な言葉を残して飛び立った。そう言われると、また誘拐されるからやめて欲しかった。
 死亡フラグは聞いた事あるが、誘拐フラグなんて馬鹿らしいもののある人生は嫌だ。
 外に飛び出たトロアは、すぐに見えなくなり、聖良はため息をついた。
 エンジンを止め、停止した状態で搬入用の扉を開いているので、危険は全くない。
 扉を閉めると、船員が作業に戻り始める。
「思ったんですが、彼がいれば竜の島付近も通れたんじゃないですかねぇ?」
「中に竜がいても、会話をするために外に出るまでに時間が掛かるでしょう。つつかれたら意味がありません」
 レンファとレンファの会話は、竜の好奇心旺盛な本質を突いていた。
「竜の島は避けているのですか?」
 アディスが問う。
「はい。襲われる心配というよりも、好奇心からじゃれついてくるのが恐ろしいのです」
「確かに、レンファさんが乗っていた飛行船を見て、トロアさんのお友達が興奮してトロアさんの村に来たそうです。つつきに行く悪ガキでなくてよかったですね」
 レンファの顔から血の気が引いた。
「もしよければ、トロアさん経由で、飛行船を襲わないように説明させますが。
 セーラがトロアさんを説得すれば、快く引き受けてもらえると思いますが」
 一生のお願い、などと頼めば、きっと彼はやる気になる。
 しかし、それによって求められるスキンシップで聖良がどんな目に合うかと思うと、ぞっとする。
「それは有り難い! しかし、セーラさんとトロアさんは、どのような関係で?」
「彼の亡くなった妹さんが、セーラに似ているらしいんですよ。
 頼れるお兄ちゃんをしたくてたまらないようです」
「なるほど。それで……」
「セーラは変な物に懐かれますからね。魔物使いで、竜使いで、ミラさん使いですよ」
 レンファは商品に興味を持って触ろうとし、ユイにすがりつかれて止められるミラを見て、複雑そうな表情を見せた。
「あのような女性が、殲滅の悪魔とは」
「魔力の使い方は世界一ですよ。育ての親がグリーディア人混じりのエルフだったらしくて、野心さえあったらハーネスに並ぶ魔術師になっていたでしょうね。
 ミラさんは、かの堕落のウルが唯一自分と対等であれる人間としているそうです。
 その上、あの体術。しかも無意識に人を斬りつける分には、ユイの命令の範疇外なので、彼女の背後には決して立たないように。彼女の一撃は必殺ですから。
 それを支配するユイも、ウルに次ぐ実力者です。ミラさんはウルが支配できなかったんですから」
 とてもそうは見えないところが、ユイらしさだ。
 見た目は、ただ尻に敷かれるヘタレな生足少年である。
 人間、見た目では判断できないものだ。
「ミラさん、触って壊したら大変ですよ。部屋に戻ってカードで遊びましょう」
「セーラが負けて、アディスが勝つから面白くない」
 聖良は傷ついた。聖良は毎回のようにカードに恵まれずに負ける。
 人生の運を、才能とギャンブルにつぎ込むアディスは、カードに恵まれて勝つ。
「では、こちらで用意するゲームはいかがですか。頭の回転が物を言うゲームなら対等でしょう。商人が行うゲームは、頭を使う物が多いんですよ」
 なるほど。それなら対等だ。
「母さん、綺麗だからって触っちゃダメ」
 一人、何も聞かずに綺麗な箱に触れていたアルティーサは、息子に止められて不思議そうな顔をしていた。触るぐらいいいではないかという顔である。
「……エルフには何度か会った事がありますが、警戒心を解くとあのような感じなのでしょうか」
「いや、息子の方がまだエルフっぽいのではないかと」
 アルティーサはリーザに手を引かれ、のほほんと部屋に戻ろうとして、アルテが手に何かを持っている事に気付いて奪い取り元に戻す。
 母親がしっかりしていないと、子供はしっかりしてしまうものらしい。のんびり屋のリーザですら、アルティーサの前ではしっかり者に見えるのだから。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ