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青色吐息 作者:かいとーこ
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15話 人形 3


「年を取らないことに驚かれるのに飽き飽きしているだけで、顔は普通だぞ」
 仮面を外した人形師はそういった。
 予想通り美形ではある。
 美形だが、予想とは違ったのだ。
「……私の中のイメージとかけ離れていました」
 アディスは呟き、聖良も頷いた。
 目がくりっとして唇は薄く、可愛いらしい顔立ちだった。色が真っ白で、肌はきめ細やかで、年頃はフレアと同じ程で、まるでお人形のような美少年。
 普通にしているのに、柔和な印象を受ける、系統的にアディスに近いタイプの美形である。
 アディスも黙って立っていれば柔和で甘いタイプの美形なのだから。
 ただ、なぜか見覚えがあるような気がしたのが不思議だった。
「自分で人形になればいいのにって、可愛い顔です」
 まさかこんな美少年が、あの仮面の下にあるとはなかなか予想しづらい。
 聖良は仮面の下はフレアに似た兄なのだと思い込んでいた。
「おにっ……」
 兄の顔を見たフレアは、肩を震わせていた。震えそうになる拳を強く握りしめ、歯を噛みしめていた。
「……お兄さまの馬鹿っ」
 どういうわけか、フレアが部屋を飛び出た。
 自分よりも可愛かったので悔しかったのだろうかとその背を見送る。
「そういえば人形師さん、あの人形、人形師さんに似ているような気がするのですが」
 ファシャが部屋の隅のインテリアと化した人形を指さした。
 今までも何度か見た、よくフレアの世話をしていた人形だった。
「あ……」
 どこかで見た顔だと思ったら、確かにあの人形とよく似ている。可愛らしい目元、薄い唇、フードからはみ出る髪質と、結い上げられた人形の髪質も似ている。
「…………身内ですか?」
 アディスがおそるおそる尋ねた。
「元は妹だった」
 母親ではなくて良かったと、聖良は少しだけ安堵した。そのように一瞬思ったが、妹だからと喜べるはずもない。
「なぜです。半悪魔なら、こんなことをしなくても……」
「あれは人間だ。父の子ではない。出入りしていた人間との子だ」
 浮気、という単語が頭に浮かぶ。
 その場合、あの悪魔は魔女をどうするのか──
「母君は?」
「運の良い事に、アレを生んで死んだ」
「運が良い? 死んだのに?」
「父に始末されることなく、最後まで魔女として生きられた。幸運だろう。
 この娘は大きくなっても、見栄えがいいだけで使えなかったから父に押しつけられた」
 聖良はフレアが出て行った方を見る。
「いいのですか。あの様子では、実の母親を人形にしたんだと勘違いしてますよ」
「子持ちの女に興味はない」
 アディスがドアを指さして言い、人形師はさらりとひどい言葉で返す。
 子が出来て身体が崩れるのは女だけ。男はどれだけ子を持っても体に影響はない。
 聖良はそれが理不尽でならない。
「それに、母と妹、何か大きな違いが?」
「…………」
 身内に対して惨いことをしているのに違いない。大きな差はない。ただ、実の母と、種違いの妹では、意味合いも思いも少し違うが。
 それでも不思議そうに聖良を見つめる人形師の様子で、聖良は悟った。
「あなたにあるのは顔の問題でないことはよく分かりました」
 根っからの、人間性の問題だった。
 仮面の下は、むしろ女を安心させるタイプである。
「あなたは邪魔だから、さっさと弟を追って、たまにはご機嫌を取りなさい」
 アディスが命令するように言う。
「なぜ」
「男といえども、一緒にいてくれる相手でしょう。トラウマを植え付けるだけ植え付けて、それでも今の関係が続くとは思わない方がいい」
 アディスは怒っていた。
 エリオットが人の目を恐れるのは人形師のせい。エリオットが女装を始めたのも、綺麗な女しか見ない人形師のせい。
 それでも彼の所に通っていることが、アディスにとっては面白くないはずだ。
「身内がいることに感謝できないのは、それが当然の状態であるからなのでしょうかね」
 人間としてのアディスの両親は死んでいる。だからこそ、少し恐ろしくても愛情を持って接してくれる両親がいる今が、決して不幸せには見えないのだ。
 いつも撫でられてばかりの聖良は、アディスの頭を撫でてやる。
「仕方がない」
 人形師は再び仮面を身につけ、部屋を出て行く。
「麗しい兄弟愛ですね」
「心にもない事を……」
 アディスが冷めた目でレンファを見る。
 本当に心にも思っていないだろう。
「で、ようやく静かになりましたが、結局は何の用ですか。クレアにはできないお願い事でしょう」
「はい」
 レンファは手をすりあわせて笑みを浮かべる。
「魔具の密輸でもする気ですか」
「まさか」
「薬、竜血草です」
「薬?」
 レンファは瓶を取り出した。なんと書いてあるかは読めないが、ドライハーブだ。
「身近に、このような植物は生えていませんか?」
 レンファはそっと白い紙の上にドライハーブを乗せた。
 ぱっと見わからなかったが、匂いを嗅いでそれがどのハーブであるか分かった。
 家の近所によく生えているから。
「これ、いつもお風呂に入れてるやつですよね?」
「なんて贅沢なっ」
 レンファが身を引いた。
「これ、高いんですか?」
 いつも街に帰るときは色々な薬草を摘んでいくが、これはたくさん生えていても少しずつしか持っていかないのだ。
「高いですよ。強い魔物──その中でも竜が出るような奥まった森にしか生えません」
「え、じゃあ、お母さん達がいるから生えてるんですか?」
「きっとそうですね」
「いっぱいあるのに、なんでもっと持って行かないんです?」
「たんさんあると価値が下がるでしょう」
 最近のアディスの羽振りの良さは、半分ぐらい聖良を遠慮させないためだと思っていたが、本当に大きな臨時収入があったのだ。
「あんなに群生しているのは、竜クラスが住み着いている付近だけです。その中でも最上位の力を持つお母さんがいるからこその群生ですよ。本来なら採るのも命がけですから、高くなるのは当然のこと。
 近づいた人間なんていい餌ですからね」
 アディスは聖良の髪を撫でる。
「身内だからこそ、安全に採取できるんですよ。さもないと、割に合わない装備を身につけて、なおかつ遺書を書いてこなければなりません。この子の母親は、それはもう凶悪です。この子がこんなに可愛らしくていい子なのが信じられないほど」
 聖良はあの部下二人の事を思い出す。
 もしも薬草が目当てなら、割に合わないような装備を身につけて往復していたのだ。
「春になったら花を摘みましょう。それの半分をそちらに売ります」
「花!」
 レンファは飛び上がりそうな程顔を輝かせる。
「あれってそこまでする効果があるんですか」
「美容にいいということは、若さを保つのにいいということです。滋養強壮にいい、まさに竜の血のごとき薬草。だから竜血草。
 我が家に、その恩恵を受けるような者は一人としていませんが」
「宝の持ち腐れですねぇ」
「ですから、少しだけ控えめに使ってください。竜の汗が染みついた湯をやっているので、どれだけ摘んでもまたすぐに育つのですが」
 アディスが湯で水やりをしていたのは、そんな意味があったのだ。
 聖良は雑草に水などやらなくてもいいのにと思っていたのが、少しだけ恥ずかしくなる。
「高いなら使いません。使いませんけど、焼いてきたクッキーどうしましょう?」
 聖良は夜食にでもと思って、ハーブ入りのクッキーを焼いたのを持ってきたのだ。
 おやつをもらってしまったので、食べる気にはならず、ポシェットから取りしだし、テーブルに置いた。
「レンファ殿に差し上げては? お疲れのようだから」
「はい」
 クッキーを差し出すと、彼はいい笑顔で遠慮無く受け取った。
「いやあ、竜血草のクッキーなんて贅沢な。採取できる場所といえば、竜の島の崖の上やら、神殿近くの竜の群れの近くぐらいですからねぇ。ありがたくご相伴にあずかります」
 レンファとファシャは一つずつクッキーを食べる。
「崖の上……じゃあ、お父さんの里の方が安全ですね」
 ハーティの里はラゼスの生まれ故郷でもある。
「安全ではありません。竜を避けるようにして魔物が住み着くので、入る側からすると魔物が層になるように生息しているので危険です。
 神殿の方も下手に手出しする者がいないよう目を光らせてもいます。
 その見返りに、神殿に竜血草をお裾分けしていると聞いたことがあります。だから竜血草をたくさん持つのは神殿なんですよ。よく効く傷薬にもなりますから」
 だからミラはあのハーブに慣れていて、その価値も理解していなかったのだ。
「どうですか。最高位の竜の魔力で育った薬草は」
 アディスは聖良の手を撫でながら問う。
 いちいち触れるのはいつものことだが、聖良の姿の時よりはセクハラ感がない。
「普通に美味しいクッキーですね。胸がかっとなるようなこともない」
「ファシャ、そんなあからさまな薬物、子供に食べさせるはずがないでしょう。
 しかし香りの良いハーブですね。生地もしっとりして実に美味い。モリィちゃんはいいお嫁さんになれますね」
 よく言われる。
 そんな相手はいないのに…………いや。
 聖良はアディスを見上げた。
 いつの間にか結婚させられていたのを思い出す。
「ん?」
「ううん。何でもない」
 前を向くと、レンファ達が温かい目でこちらを見ていた。
 今、とても恐ろしい勘違いされたかもしれない。
 しかし否定すると余計に怪しく見えそうだ。
「モリィちゃんは本当に可愛らしいですね。
 良いものを頂いたお礼に、お土産用のお菓子とレシピ本をプレゼントします」
「ありがとう」
 レンファが持ってきたのなら、聖良の口に合いそうだ。デタラメに作るより、レシピを元にアレンジする方が無難である。
 可愛くラッピングされた本と菓子をもらい、聖良は満足した。
「なぜそんな物を……」
「別の女性に贈る予定なのですが、中身はいつでも手に入る物です。どうぞお受け取り下さい」
 聖良に贈る予定だった可能性が高い。
「可愛いモリィ。私のために今度は何を作ってくれるんですか?」
「読めないから、まず読めるようになります。お菓子の本は、専門用語が多くって、辞書を見ながらまとめないと」
「……そういえば、まだ字は勉強中でしたね。おしゃべりがとても上手だから忘れていました」
 字の勉強にもなるし、一石二鳥だ。
「さて、そろそろ私達もフレアのご機嫌取りにでも行きましょうか。彼は大切な足ですから」
「うん」
 アーネスだから嫌味っぽく言うが、心の中ではとても心配しているはずだ。
 本当は出ていったとき、すぐにでも追いたかったはずだ。
 しかし、アーネストがフレアに対してそのような好意を見せるのは、怪しすぎるので、追えなかった。
 だからまるで追い払うように、人形師を行かせたのだ。
 少しはあの兄弟の仲もぎこちなさが無くなっているといいのだが、簡単に関係が変わるものではな──。

 ばかっどさっ

 落ちた。
 廊下に出ようとしたら、いきなり目の前にいたアディスが穴に落ちた。
「お、落とし穴っ!? 無いって言ってたのに!」
「ええ、わ、私でしょうか!? 私はただ、壁の飾りに触れただけでっ」
 レンファが何かをいじったらしい。
 聖良はとりあえず呪文を唱えて光を作り、下に投げ込む。アディスはアーネスの姿のまま横たわっていた。
「の、登れます? 起きてます? ああ、気を失ってるっ」
 聖良はあたふたした。この程度で死ぬような竜は存在しないから、ただ気を失っているだけのはずだ。
「まさか箱庭の長が、落とし穴で……」
「アーネスは、すごく運が悪いんです。お母さんに誘拐されたりするぐらい」
「…………そういえばあの子達」
 あの子達とは、シファやロゼの事だろう。
 そんなことよりも、問題はどうやって引き上げるかだ。だいぶ深いので、アディスでも自力で登れないだろう。
「ろ、ロープ」
「さすがにロープの持ち合わせは……。
 一緒に人形師さんに借りに行きましょう」
「は、はい」
 聖良はレンファとファシャに手を引いてもらい、兄弟を捜して恐い屋敷をさ迷った。
 アディスを救出したのは、それから約三十分後のことだった。
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