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青色吐息 作者:かいとーこ
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2話 幸せと不幸せ 2

 アディスの頭の上に乗り、高いところにあった見たこともない果物を、白い布の端を結んで作った袋に入れていく。試しに一つ食べたが、酸味は強くも無く、口に合わなくはなかった。甘い果実に慣れた聖良にとっては物足りなく感じたが、自然になっている果物なのだから仕方がない。こんな所に日本人好みの、糖度の高い果物などあるはずがない。
 今までの生活が贅沢だったのだ。テレビが無くとも、冷蔵庫が無くとも、コンビニが無くとも、食べられる事に怯える必要の無い、平穏な日常は幸せだ。
「アディス、そろそろ限界です」
「はいはい」
 聖良はアディスの頭の上に座り、かがんだ彼の首を滑り落ちるようにして降りた。
 竜といえども雑食で、艶のよい肌を作るには果物のような栄養も必要だと主張し、彼は既にけっこうな量を腹に収めている。残ったのが少し高いところばかりになって、聖良が彼の頭の上に登ったのだ。
「私にはいっぱいだけど、アディスには少しですね」
「少しでいいですよ。量を食べるなら、肉を食べますから。口直しとして食べるだけで十分です。先ほどはつい食べ過ぎましたが」
「つい……ねぇ」
 人間の感覚だとつい食べ過ぎたという量ではないが、悲惨な食生活の後では、つい夢中になって食べ過ぎるのも仕方がない。
 彼は今まで一人で耐えてきたのだ。
「それよりも、この禁欲生活が辛いですよ。酒やたばこなどとは言いませんが、温かいスープや煮込んだ肉や野菜が食べたいですね」
「調味料が少ないので、スープは……」
 肉に振り掛けて味付けするだけでも、控えているほどだ。スープに使うなど、夢のまた夢。部下の二人が調味料を持ってきてくれるのを待つしか無い。
「ああ、テーブルについたら勝手に料理が出てくる暮らしが懐かしい」
 彼は尻尾で地面を叩いて哀愁に浸る。
「前は裕福な生活をしてたんですよね」
 部下がいるぐらいなので、庶民の聖良とは違う世界に生きていたのは間違いない。ボロボロになった服も、かなりいい生地と仕立てだった。
「これでも表の身分は王室付魔術師ですからね。金に困った事だけはありません」
「そーなんですか」
 金に困った事がないという言葉に、聖良は少し呆れ、妬んだ。人間の頃は彼好みの童女も騙せそうな美男子だ。彼が持っていなかったのは運と無口という言葉だけだろう。
「私が生まれた時に大きな国の改革があったのですが、その時に幼い内から魔術師の育成に力を入れるようになり、私が第一号なんですよ。
 物心ついた頃には宮殿で生活し、溢れんばかりの才能で、このような天才に成長しました。まあ、目立つ容姿と才能のおかげでこんな目に合ってますけれど」
「目立つんですか?」
「そりゃあ銀髪ですからね」
 彼は物憂げに何も無い頭部に触れる。
「あの髪、やっぱり珍しかったんですか。てっきりこの世界では普通の色なのかと」
「もちろんです。自慢の髪でした、ええ、自慢の」
 今はすっかり禿げてしまっているのだ、切なくもなる。
「でもっ、ついてないですね。せっかく成り上がったのに」
 ハゲを誤魔化すように、聖良は話題を変えた。
 そのまま国に仕えていれば、彼はもっと偉くてお金持ちになっていたのだ。落ちぶれ具合は聖良よりもはるかにひどい。親の記憶がある分、彼よりはきっと救いがある。
 そう考えると聖良は優しい気持ちになる事が出来た。人間とは、自分よりも悲惨な人間を見ると少し元気が出てくるものだ。
「きっといいことがありますよ。成長すれば前よりも強くなるんでしょう」
「そうですね。生まれ持った資質だけは変えられません。私の知識と、この力を使いこなせれば、あのクソババア共だってひとひねりです。そう思うと、力が湧いてきます」
 尊大に構えた自信家の彼が、一捻りできないと思っている老人が複数いるらしく、聖良は少し驚いた。彼は自分より上の存在を認められる人間のようだ。
 絶対に他人を自分よりも上だと認めないタイプではなくらしく、聖良は少し安堵した。そういう難しいタイプの男と一緒にいるのは難しい。聖良は難しいタイプとは関わり合いになりたくない。
「一捻りできるといいですね」
 そう言うと、布をアディスの背に、袈裟懸けに縛り付けた。
 聖良は非力なので、こんな物を持って歩いてはすぐに疲れて、腕が上がらなくなってしまう。
「他は何があるでしょうか」
「もう少ししたら、もっと木の実とかも落ちてそうなんですけどね。まだ少し早いですね」
「木の実ですか。今は秋なんですか?」
 上の方は夜は肌寒いほど涼しいが、下はずいぶんと暑く、木々に遮られて太陽も光も優しいので、腕まくりをしている。
「そろそろ秋といっていい季節でしようね。だから防寒具だけは早急に手に入れておかなければなりません」
 その言葉を聞いて、聖良は周囲を見回した。真上にある広葉樹の葉は色めいている。少ししたらこの木の葉もすべて地面に落ちるのだろう。
「そっか。冬かぁ。やだなぁ」
 聖良は冷え性だ。しかもあの洞窟はよく冷える。しかし鍾乳洞は年中温度が変わらないから、逆に外よりは暖かい可能性もある。
 アディスがもっと毛皮でふかふかだったら助かったのだが、現実はどう見ても、夏場に抱いたら涼しそうな外観だ。部下二人が暖かい毛皮でも持ってきてくれることを祈るしかない。
 薪も集めておいた方がいいかもしれない。もしも雪がよく降るなら、食料よりも優先して集めなければならない。
「大丈夫ですよ。暖を取るだけなら、最悪魔術でどうにでもなります」
「そうですか。でもやっぱり毛布とかは欲しいですよね」
 寒さ対策ができるなら、最悪の心配をする必要は無い。食べ物があって、寒くなければ幸せな事だ。
 聖良は安心したところでスキップなどしながら前へと進む。幸いな事に聖良は運動靴をはいているので、日本の山ほど険しくないなだらかな獣道を下るぐらいなら、意外と都会っ子でも苦はない。運動神経がある方では無いが、新聞配達のおかげで、体力はそこそこあるのだ。
「こらこら、はしゃぐと転びますよ」
 確かにそうだと足を止める。足下はよくないし、いつ木の根に躓いたり、何かで滑るとも限らない。足を止めた時、その足下でキノコを見つけて聖良は座り込んだ。
 キノコは聖良の大好物だ。
「キノコ! ああ、でも毒とかあったら……竜って毒とか効くのかな?
 ねぇアディス、これ食べられるかギャ」
 突然に襲った衝撃で、聖良はみっともない悲鳴を上げた。
 体が痛い。打った部分も痛いが、覚えのある違う痛みに閉じていた目を開く。
 景色が動いている。痛い。何かが腹と背中に刺さっている。
 嫌なのだが、自分の状況を理解した。
 聖良は今、何かの口の中にいる。
 この前は爪で、今度は牙。
 立て続けでこんな痛みを味わうなど、と考えて意識が薄れ行く。
 遠くで、アディスの悲鳴が聞こえたような気がした。
 気を失えた方が、起きていているよりも幸せだ。





 セーラがさらわれて一人残されたアディスは、慌てて追いかけたものの、竜が森の中で獣の足に敵うはずが無く、すぐに見失ってしまった。
 獣──魔獣だ。
 ただの獣ならともかく、魔獣が竜の連れをさらうとは考えられない。彼等には知恵と本能があるため、自分よりも上位の存在から得物を引っさらうような真似はしない。
 アディスの知識では、子供であろうが竜とは最も格の高い生き物だ。ネルフィアもそう思っていたから、認識が現実とずれているなどという事は無い。
 しかし現実に事は起きていて、咥えられていった。
 何か理由があるかも知れない。
 何の理由か──
「馬鹿馬鹿しい!」
 それが分かるほど魔獣に詳しくもなく、竜生活は長くない。この森の事も知らない。
 だから考えるだけ無駄だ。一分一秒でも早く彼女を助け出すことが先決である。
 幸いな事に、どちらの方角にいるかは、なんとなく分かる。血のつながりというのは、こういう事なのかと、アディスは感動すら覚えていた。
 このつながりで、あれは自分の物なのだと実感する。
 彼女はまだ生きている。
 完全に四つ足の獣の姿をしていたため、性的な乱暴を受けることもないだろう。なら生きていれば何とかなる。
 後はどうにか間に合うのを祈るしかない。
 今の彼は竜の子供。竜は地上を走って速い生物ではない。だから森の中を走るなど竜にとっては有り得ない事だ。しかし空などろくに飛べない彼には、せいぜい走るしかない。
「いや、まて」
 アディスは目の前の高い木を見上げると、翼を使い木の枝に飛び乗り、それを繰り返して一番高い場所まで登る。その高い木の枝から飛び、翼を使って滑空する。
 練習してなんなとなくコツを掴んだため、午後からは本格的な練習をしようと思っていたことだ。高所から飛び降りるのは、翼があっても足が竦んだが、勇気を出して飛び出せば、思ったよりも上手くいき、手頃な木の枝に降り立っては飛ぶと繰り返す。
 地上を走るよりはずいぶんと早い。しかも数回繰り返すうちに慣れてきて、翼を動かせば上昇し、木の枝に止まる回数が減る。
 必要があれば人間嫌でも上達するものだが、竜になってからそれを実感するとは思わなかった。

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