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青色吐息 作者:かいとーこ
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14話 空からの訪問者 8

8

 尋問が終わると聖良はレンファに服を借りた。
 薬は効きが良くて後遺症もほとんどない代わりに、時間が短いのが欠点らしい。出血多量で弱っているのもあり、誘拐犯の彼は眠らせている。
「セーラさんは我が国の衣装がとてもよくお似合いです。なんて愛らしいのでしょう。私が連れ去ってしまいたいほどです。せっかくお似合いですから、そちらは差し上げます」
 手を握られて、聖良は笑うしかなかった。
 エンザの服は前合わせの服で、基本的に腰帯で調整する、ゆったりした物が多い。少し袖は長いが、困るほどでもない。
「ありがとうございます。とっても着やすくて、温かいです」
「ええ、そうでしょうとも。エンザの紡績は世界中から高く評価されています。この自慢の布地を使い、エリータさんにデザインをお願いするのです。
 彼女の流行に対する情熱に、この国の女性達のファッションに対する情熱に、私は心を打たれました」
 そこから分かるのは、各方面の実力者と話をしているらしいということだ。
 その網に、アディスの部下が何人か引っかかっているのだ。
「やっぱり高いんですか?」
「いいえ。むしろ世界中で最も高価な布の生産地は、この国です。
 ユイ様がお召しのコートはこの国の最高級の生地をさらに専門家が加工した物。
 神殿の神子達を守る丈夫さに、美しさも備えています。この世で最も薄く軽く丈夫な鎧と言えるでしょう。
 ファッションなら悪魔のことで気にする必要もありませんから、大々的な輸出も可能です。
 性能を落としてでも大量に安く作れるようになれば、産業にも利用できます。破れない、燃えない布など、どれだけ使い道があるか。
 例えば飛行船に使用できれば、確実に安全な物になるでしょう」
「それはすごい計画ですね」
 それなら通りがかりの竜が好奇心でつついても、簡単には穴が開かない。竜がつついても穴が開かないというのは、一部の竜の性格を考えると大切な事である。
 トロアを見て、聖良はそう考えていた。
「あ……ひょっとして、ユイ君の服を着れば、突撃されても怪我しないんでしょうか」
 もちろんトロアの突撃だ。その意図を察すると、ユイはとんでもないと首を横に振った。
「いや、あれは無理だよ。無理。この服は万能じゃないよ。圧迫されるのには弱いんだ。それにミラに切られたらさすがにダメになるし。少しでも防げるのは、ミラがどれだけ強くても普通の道具を使っても人間だからだし」
 トロアの突撃は、力や体格差の問題であると言いたいようだ。
 聖良は残念だと肩を落とす。
「それよりも、そろそろ捕まったかな」
 ユイがスパイ二人のことを気にかけた瞬間、爆音が響き渡った。
 テレビで聞いた事のあるような爆音だ。魔術ではこんな音が出た事がない。
「ば、爆弾!?」
 聖良は驚いて傍らにいたアディスにしがみついた。何だかんだ言って、これが一番頑丈で、盾になってくれるからだ。
「ここでおまちください。様子を見てきます」
 レンファが部屋を出て行こうとすると、それよりも先に彼の部下がやって来た。
「支店長、大変です。奴ら、爆薬で壁に穴を開けて逃げましたっ!」
 レンファが頭を抱えた。
 ここは新築だ。食事会は続いているというのに、爆発音に犯人逃亡。
「爆薬?」
「爆発させるための火薬とかの固まりですよ」
 そういう物に疎いアディスに聖良がそっと教える。この世界にも黒色火薬ぐいらはあっておかしくない。
「くっ……追うだけ無駄か。
 お客人達の警護を優先しろ。あと、この男を取り戻されるような事が決してないように、地下牢にでも入れておけ。
 私はこの方達とホールに向かう。決して、お客人達に動揺させる事がないように。爆発は事故だとでも言っておけ」
 母国語で話すので、レンファの言葉は少し乱暴だった。彼は指示を終えると笑顔で振り向く。
「次から次へと申し訳ありません」
「いいえ、国が絡むと大変でしょう。誰か絵の上手い者に逃亡した者達の似顔絵を書かせてください。魔術師誘拐を企む犯罪者として、手配書を作らせましょうか。そうすれば角も立ちません」
 アディスの提案に、レンファがばつの悪そうな顔をした。
「そうですね。そうしていただけると有り難い。エキトラとはこちらで交渉いたします」
「ええ。表向きはその方がよいでしょう。
 グリーディアは特殊な国です。犯罪組織ならともかく、他国が狙っていると知れば結界を張って鎖国ぐらいしてしまいます。どこの国かは関係ありません」
 この国も陸の孤島。島国体質を持っている。
 レンファにとっては手痛い失態だ。エンザさえ動かなければ起こらなかった事態とも言えるのだから。
「感謝いたします」
「この国は今、難しい時期ですからね。他国に対する好奇心と、よそ者に対する警戒心のバランスを崩されたくはないのですよ。
 国王陛下には私から伝えておきましょう。壁の事は魔導具が突然爆発したとしておいてください。たまに、素人が触れると危険な粗悪な物もあります。それを見直す切っ掛けにもなりますから」
「お心遣い恐れ入ります。
 さて、そろそろホールに戻りましょう。せっかくの料理が冷めてしまいますから」
 料理を食べに来たのを、聖良は今更思い出した。
 コースはだいぶ進んでいるだろう。
 贅沢なフルコースの一番良い状態を食べ損ねている。そう考えるとうずうずして、隣に立つミラも指をくわえて頷いた。
「走ったらお腹すいた」
 ミラの呟きで、皆は慌ててホールに戻った。
 彼女は空腹だからと暴れたり、人間を取って食ったりはしないのに、大袈裟である。





 アディスは宮殿に戻りクレアと相談し、夜が更けてから箱庭に向かった。
 ディアスが宿舎に戻っていないから、彼もいるはずだ。
 事は慎重に進めなければならない。ハーネスがいれば、と言われるようになったらお終いなのだそうだ。
 内政に関心のない聖良は、ただついてくるだけでいいと言われている。ついたらジュースでも飲んでいればいいと。
 誘拐されないように抱き抱えられていたので、移動も楽だった。
「戻りました」
 アーネス姿のアディスは、いつものバーに入り一言告げた。
「アーネス様、モリィ、こんばんは」
「こんばんは、ロゼさん。夜遅くまでお仕事なんて、大変ですね」
 ロゼは食器を磨いていた。
 働くついでにアディスを待っていたのだ。いじらしくて可愛い。
「アーネス様、お客様がいらしています」
「きゃ……」
 客と言い終える前にアディスは沈黙した。
 視線の先には、ディアスとハーティと、見た事のあるその連れ達。
「ディ、その方は」
「エンザ商人のレンファさんとファシャさんです」
 聖良はしまったと唇を引き結んだ。
 幸い、レンファには発音の差が分からない。聖良とモリィをつなげる要素を理解できない。
「わざわざここを調べて、いらっしゃったんです」
 シファが笑みを浮かべ、聖良はアディスの胸にしがみついた。
「始めまして、アーネス殿。私はレヤ・レンファ・エンザと申します。これは秘書のファシャ」
「……エンザ?」
 名前の中に国名がある、というのは……。
「エンザ王家とは少しばかり血のつながりがあります。レヤが父の性、エンザが母の性となっています」
 国王と遠縁だから、この若さで重要なグリーディアの支店長を任されたのだ。もちろん彼が無能というわけではない。部下の使い方は心得ていたし、言葉の面でも意思疎通に問題ない。クレアには気に入られて、あの誘拐事件以外に問題はなかった。あるとすれば、人妻を背が低いというだけで口説くような真似をした事だけだ。その人妻も、なんちゃってなのだが。
「ようやくお会いする事が出来きました。
 表の最強に会ってきたので、ぜひ裏の最強と言われる貴方にお会いしたかったのですよ。噂以上に影のある美男子で驚きました」
 姿一つで、人の印象はがらりと変わる。
 アーネスはアディスよりも背が高く、影があり、妖しい男だ。アディスは自分の容姿を知っているから、その印象を引き立てる動きをし、言葉を発する。
「あんな男と比べないでいただきたい」
「アディスであると、分かりましたか」
「私と比べるのは、年の近いあの男でしょう。ハーネスの遺産を持つあの女はまた別格だ。比べるのが間違っている」
「さすがは知識の庭の長。若くいらっしゃるのに、しっかりとした考えをお持ちですね」
 アーネスは聖良をカウンターの席に座らせ、自分はレンファの座る向かいの席についた。
「あちらのお嬢さんは? アディスが連れていた少女に似ていますが」
 ファシャが問う。アディスとディアスとハーティが一瞬だけ固まった。
「だとしたら、意外にも私と趣味が合うといことでしょうか」
「見た目は似ていません。言葉が似ています。とても印象深い癖です」
「よくある癖ですよ」
 外国人相手だからと適当な事を言って席に着く。
 ロゼがレモン水を出してくれたので、聖良は子供っぽくそれを飲む。
「で、私に何の用ですか」
「いえ、ただのご挨拶です。これは心ばかりの品です」
 差し出された包みをアディスは受け取り、巻かれた布を外して中を確認する。
「ふぅん。いい品だ。良すぎる品だな」
「さすがはアーネス殿。物の価値がお分かりになる方で、とても嬉しく思います」
 アディスは箱を肩の後ろに出し、それをシファが受け取る。
「で、何が望みなのですか」
「いえいえ、望みと言うほどの物はありませんよ、今は」
「なるほど。何かあった時のために、ということですか」
「ええ。お国ばかりに目を向けていては、いい商売は出来ません。貴方のような物の価値の分かる、柔軟な考えをお持ちの方とのつき合いは、商人にとっては重要です」
 レンファは手を合わせて、目で訴える。
 実に、彼は商人らしい商人だ。期待を裏切らない商人だ。
「あなたとは、長いつき合いになりそうな気がしますよ」
 アディスは観念したのか、そう認めた。
「ええ、ぜひともご贔屓にお願いいたします」
 レンファが笑みを浮かべて頷いた。
 聖良はレモン水と一緒にため息を飲み込んだ。
 それから難しい話を始めたので、モリィの事を生まれて間もない竜だと思っているロゼは、親切にベッドを用意してくれたので、遠慮無く寝る事にした。

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