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青色吐息 作者:かいとーこ
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14話 空からの訪問者 7

 どこかからセーラの悲鳴が聞こえた。
 トイレぐらいと思ってミラと二人で行かせただけなのに、なぜセーラの悲鳴が聞こえてくるのか、アディスには想像もつかなかった。
「どうした。まさか間違えて夫人トイレに男が入ったんじゃあないだろうな」
 レンファは母国語で部下に問いながら自分も会場の外に出た。もちろんアディス達も。
 声のした方、トイレの方に向かうと、セーラが駆け寄って来るのを見た。
 彼女は無事のようだが、なぜかなぜかなぜか、人間の腕らしき物を持っている。床に血が点々と滴って、彼女のドレスも汚れていた。
「セーラ!?」
「ユイ君、ミラさん止めてぇっ」
 セーラは腕を抱えたまま足を止めてユイに訴えた。
「ど、どうしたの!?」
 ユイはセーラの様子にとまどいながら、ミラの姿が見えないことに不安を見せながら問う。必死にミラの姿を探し、見つからないことに恐怖を覚えていた。
「変な人に連れさらわれそうになってついミラさんに助けを求めちゃったんです」
「大変だっ。ミラ、待って! 殺しちゃダメっ」
 セーラが連れさらわれそうになったことより、ミラが暴走したことの方がはるかに大変である。セーラのはいつものことだからと片付けられるほど見てきたが、ミラの暴走は片付けられる問題ではない。
「誘拐なんてっ……アディスさんならともかく、なぜセーラさんをっ!? とにかく、警備員を集めなさい」
 レンファが戸惑いながらも部下に目配せをする。
「この話し方をしているからでしょう」
 アディスは額に手を当てて言う。
 この国に住んでいれば、彼女の話し方がどれだけ特殊か……魔術を使う者を見たことがあればこれがどれだけ特殊か分かるはずだ。言葉は勝手に翻訳されても、話方の雰囲気や発音はそのまま耳に届いている。
 この国の人間でないレンファには、分からないのかもしれない。
 ユイは走ってミラを追い、アディスも後を追った
「ま、待って」
 なぜかセーラは腕を抱えたまま追ってくる。
「そんなものぽいしてください」
「冷やしておかないと、壊死して元に戻せませんよ」
「誘拐犯を気遣ってどうするんですか」
 抱えているのは冷やしているからのようだ。まだ気温が高かった頃に教えた魔術を使っている。
「まったく、服が血で汚れてるじゃないですか」
「ああ、ごめんなさいっ。気をつけてたつもりだったのにっ」
 セーラがよく服をダメにするのは、切り捨てるべき物を分かっているからでもある。後になって後悔するのだが、そんなところもセーラらしい。
「ほら」
 アディスはセーラを抱き上げて二人を追う。幸いというか、血を流してくれているので臭いでたどれる。ケダモノの本性か、血のにおいはよく分かるのだ。
「トロアさん、回り込んでください。セーラを誘拐しようとした理由を聞きたいので、犯人を殺さないように捕らえてください」「ん、わかった。ミラに殺させないようにすればいいんだな」
 言うや否や、トロアは窓から外に出て、すばらしい勢いで去っていく。
 彼なら少し切られてもピンピンしているだろうから、他の誰かを行かせるよりも安全だ。
「ミラさんはユイ君の命令であんまり激しい動きは出来ないみたいだから、たぶん追いつけます」
 追われているのは腕を切り落とされて、血を失いながら走る男だ。
「こんないたいけな少女を誘拐しようとする変質者が入り込むとは、警備員は何をしていたのか」
 レンファが母国語で愚痴った。
 幼気、と言い切るあたり、セーラのことはしっかり幼いと感じているらしい。
 しばし走ると、その途中に当て身を食らったのか、使用人がばたばたと倒れていた。
「誘拐犯一人に何をしているんだ、まったく」
「ごめんなさい。たぶんうちのミラの仕業です」
 ユイが申し訳なさそうに言った。
「でも誰も一滴の血も流していないってことは、ちゃんと命令を覚えている理性は残っていたのかな。これなら相手は殺さないかもしれない」
 それを聞き、セーラが少し安心したように息をつく。
 普段から走り回っているユイはともかく、レンファは商人のくせに足が速かった。アディスはミラを止められるユイに合わせて走っているが、並の男なら置いてかれている速さだ。レンファはユイよりも短い足と動きにくそうな服で、平然とついてくる。
「ミラ、待て、待て、拷問してからでないとっ! アディスが言ってた」
 向かう先から、トロアの全くもって心外な発言が聞こえた。
「ミラ、殺すの待った!」
 ユイは犯人が逃げ込んだ先、倉庫のような場所に飛び込むと真っ先に命令する。
「むぅぅぅぅぅ」
 ミラは腕しか切っていないので不満げだった。むくれて意外と可愛い声を出す。思わず笑ってしまった。
「あ、そうだ。アディス、腕」
「はいはい」
 アディスはトロアが押さえつけている男の元へとセーラを連れて行く。
「っ、離せっ、くそっ!」
「死にたくなければ大人しくしていなさい。それ以上の出血は死にますよ。
 セーラ、腕を」
 アディスは男の腕をハンカチで縛って出血を抑え、セーラからよく冷えた腕を受け取り、それを男の腕に固定する。
「こんなものでしょう。セーラ、支えていてください」
 セーラが物怖じしながら腕を支え、心配そうにアディスを見上げる。冷やすために抱えていたくせに、今更になって怖くなったようだ。
「さてと」
 呪文を唱える。
 幅広く何でも出来る万能型と言われたアディスは、昔であれば苦労しながら行っただろう高度な癒しも、竜の魔力で簡単に男の腕を仮止めできた。今すぐ完全にひっつけることも出来るが、さすがにそれが出来たら怪しいし、この男に対する保険の意味もある。
「セーラ、もういいですよ。誘拐犯さん、下手に動くとちぎれますから大人しくしていなさい。これ以上の出血は貴方が死ぬだけです」
「完全に引っ付かなかったんですか?」
「これは応急処置です。先に軽く尋問してから本格的に治療します。
 私は自分の妻を誘拐しようとした男の治療など、本当はしたくないんですが、死なれては意味がありませんし」
 セーラは聖人君子ではないが、それでも助けられる命は助けたがる。そんな彼女がアディスは愛おしかった。
「魔術は切られた腕もひっつくのですか。すばらしい。さすがはハーネスの生まれ変わりと言われるだけはありますね」
 レンファがひっついた腕に触れながら言う。
 異国の人間までもアディスの噂を知っている事に驚いた。
「ファシャ、この男の口を割らせます。お前は他に共犯者がいないか、館内を早急に調べさせなさい」
「すでに手配はすんでおります」
 さすがに手早い。
 彼らにとっても国の要人のように見えるアディスの妻が、自社の敷地内で誘拐未遂など、洒落にならない大事件だ。
「で、お前はなぜセーラさんを誘拐しようなどとした。彼女はこんな所に乗り込んでまで誘拐する方ではないはずです。通りすがりの変態は、警備を破ってこんな所で誘拐などしませんからね」
 何か事情があるのは間違いない。男は目をそらす。とくに女性二人は見ない。
 一人は恐怖、一人は恩と罪悪感。
「あのー、すっみませーん」
 突然遠慮がちに声がかけられ、しかしまったく遠慮せずに男が入ってくる。
 この聞き慣れた声は確認するまでもない。箱庭のディとハーティだった。
「拷問するなら、うちで作った自白剤なんてどうですか」
「ああ、ディオス殿」
 ディアスの偽名の一つだ。皆はディはディオスのディだと思っている。もちろんディオスが本名だと思っている馬鹿はいないだろうが。
「いたいけな少女の誘拐は見過ごせません。魔術師の少女を狙うのなら、うちのも狙われますからね」
 ハーティは小さく頭を下げた。
 可愛らしい淡いピンク色のワンピースを着せられ、凝った髪型に可愛らしい髪飾りをつけている。人目がなければ褒めちぎってやりたいところだ。彼女は自分に自信のないタイプなので、褒める時は褒めてやるべきなのだ。今ここで無視をしてしまう分、後でたっぷりと褒めちぎらなくてはならない。
「それは頼もしい。ぜひお願いします」
 赤の他人だから、レンファは容赦なく怪しい薬屋に男を引き渡す。
 口さえ割れば、廃人になろうがどうでもいい。薬の出来を見るにはちょうど良い機会だ。
「アディス、自白剤って合法なんですか?」
「販売は禁止ですが、販売でなければ目をつぶるしかありません」
 合法にするには、自白剤を投与するのは薬師本人でなければならない。そして薬以外の名目で金銭を受け取れば、灰色ではあるが非合法ではない。
「終わったら点滴打ってやるから、はーい、あーん」
 ディアスは男の鼻を掴み口を開かせ、それに抵抗されている間に隠し持っていた注射器を男の腕に突き立てた。
「やめっ…………」
 抵抗する間もなく目が虚ろになる。
「ちょ、いくらなんでも、速効すぎじゃないですか?」
 セーラが驚いて後ずさる。
「さすがは魔法薬! 素晴らしい!」
 レンファが手を叩いて喜んだ。
 問題はここからだ。
 彼の持ち込んだ物が、どれだけ効果があるか。
「もうちっと待って下さいよ。これで少し意識が戻ってきたら……。
 そこにある椅子を借りてもいいですか。この男を座らせたいんで」
「どうぞ。手伝いましょう」
 ディアスとレンファは男を椅子に座らせた。
 この館にいて違和感がなかった、レンファに近い人種にも見える男だ。ただし、この国にいても違和感がない程度に中途半端な顔でもある。
「ん……そろそろいいかな。
 おい、分かるか?」
「何を」
 まともな答えが返ってくる。
「俺はお前の主だ。だからお前は俺の問いに答えろ」
 自白剤というよりも、洗脳薬と言った方が近い。ディアスらしい薬だ。
「お前、なんであの子を誘拐しようとした」
「魔術師を誘拐するように言われました」
「魔術師で……なぜ彼女を選んだ」
「彼女こそ最も優秀な魔術師ではないかと」
「なぜそう思った」
「話し方が特別で、アディスが手放さないから」
 どうやら、利用するために嫁にしたと思っているようだ。
「年齢を誤魔化し妻にしたから」
「私は十八です! 失礼なっ!」
 セーラが切れて怒鳴り付けた。彼女の年齢に対する沸点だけはとても低い。
 普段なら微笑ましいが、今は邪魔になるので口を押さえて黙らせた。
「攫ってどうするつもりだった」
「国に連れ帰るつもりでした。エンザだけに魔術が渡れば、バランスが崩れる」
「どこの国の者だ」
「エキトラ」
 軍事力で有名な国だ。エンザにとっては商売相手。エンザばかりが技術を持っては、他国を支配するもエンザのさじ加減であるのも確かで、危機感を持つのは仕方がない。
「セーラさんがいなければ、アディスさんを誘拐するつもりだったんでしょうか」
「私を? どうやって? セーラのようにか弱くはないし、色仕掛けでほいほいついていくような間抜けでもありませんが」
 何か不運があって誘拐される事はあるが、それ以外の理由で誘拐できると思われたのは不満だ。
「どうなんだ? アディスさんを誘拐するつもりだったのか?」
「彼は普段隠れている。だからこそ、力の弱そうな方を狙った。人質にして、二人とも連れて行けるかも知れない。連れていった先でも命令をきかせやすい」
 男の言葉に嫌悪感を覚えた。
 ミラがいたからこそ無事だったが、そうでなかったらと思うとぞっとする。
「命令したのは誰だ」
「ウメイル様」
「誰だ、それは」
「エーメル官長」
「誰だ、それは」
「エーメルは諜報機関」
 諜報部のお偉いさん。
「お前はどうやってこの国に入った」
「商船で」
「何の目的でだ」
「神殿には秘密で魔術を手に入れるため」
「じゃあ、仲間はどこにいる」
「厨房とメイドが一人ずつ。他は分からない」
「全員、お前達の国の者か。見分けは付くか」
「血が混じって、この国にもとけ込む者がほとんど」
 ハーネスがいなくなった事で、昔に比べれば外国からの船が増えた。もちろんたどり着けない事も度々あるのでその数は多くないが、アディスよりも年下の若者であれば、混血もいるし、外国人が街を歩いていてもそれほど驚く事ではない。
 さすがにセーラは身体的特徴や人種が離れすぎて目立つが、口を開かなければ騒ぐほどではない。田舎ならともかく、ここは都だ。
 今後はその点をどうするかが焦点になるだろう。
 均衡を崩さないために魔術師を縛り付ける必要はある。均衡が崩れて崩れて悪魔達の協定まで崩れれば、どれだけ国が乱れるか分かったものではない。
 この国には悪魔を嫌悪している魔術師も多いが、永遠に近い命に魅力を持つ者──悪魔の機嫌取りに必死になってでもいいと考える魔術師もいる。とくに女性は。
 彼らがこの国を出て悪魔に契約を求めないのは、悪魔はそれをした魔術師を無視するか殺してしまうからだ。
 永遠を手に入れるため、均衡を崩そうとした魔術師は過去にかなりの数いたらしい。
 アディスもアーネスとして、見つけ次第に葬っているが、外国の手で行われるのは防ぎようがない。
「では、分かっている者の名は」
 レンファが名を聞くと、ファシャに捕らえろと命令した。
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