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青色吐息 作者:かいとーこ
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14話 空からの訪問者 4

4

 それから聖良は、いいように使われた。
 レンファは商人であると同時に、外交官でもある。むしろここでは外交官的意味の方が強い。それでも商売するのだから、彼は根っからの商人だ。
 そんな彼が聖良にはほいほいと物を買い与えるのだから、クレアが聖良を利用しようとするのは当然だ。
 食事にもアディスと神子一行が誘われ、残ったハーティとトロアはエリオットと一緒にいる事になった。ハーティーはともかく、トロアはなんとか『手で食べない』事を知っているレベルだから、連れるのは危険だ。
 聖良は王様との夕食に戸惑っていたが、それ以上に戸惑っているユイを見て落ち着く。
 彼は必死にミラを抑えていた。聖良以上にマナー知らずというか、マナー無視の彼女に、最低限の事をさせるのは大変だ。ただしミラはマナーを知っているので、無意識に変な事をしないかどうかが問題なのだ。彼女は無意識に何かをする事が多い。給仕には、彼女の後ろに立つなと言ってあるが、ユイは恐ろしくて目を離せない様子であった。
「でも美味しいです。さすがはプロですね」
「っていうか、これ、セーラのレシピじゃないですか」
 聖良は驚いてアディスを見上げた。
「え、そうなんですか?」
「そうですかって……自分で作った物でしょう」
「いや、マヨネーズが使ってあるだけですし。かなりアレンジされてますし、もう別の料理ですよ」
 聖良が作ったのはタルタルソースをかけたムニエルだ。しかしこの料理には、この国の調味料が混ぜられて、食べた事のない魚に使われていた。聖良の中ではまったく別の料理である。
 色は白っぽいものの、味はマヨネーズとオーロラソースぐらいの違いがある。それでもアディスにとっては聖良のレシピと言ってしまうほど、祖国の味とはかけ離れているのだ。
 聖良にとっては珍しくもなく簡単に作れる料理だけでも、この国で創作料理の店を出せそうだ。
 カレーはきっと珍しがられそうだが、材料が足りない。
「あー……スパイスが山ほど欲しいです」
 ターメリックがあるかどうかも分からない。スパイスの種類が違うから、全部味見して試行錯誤が必要だ。本格カレーなら、スパイスから作るカレーセットで何度か作った事があるが、未知のスパイスからは作った事がない。時間と失敗と努力が必要である。
「セーラさんはお料理が趣味で? 素晴らしい。
 よければ、当社のスパイスをお見せいたしましょうか」
 レンファが二人の会話を聞いて口を挟んできた。
 この国だけで聖良の求めるスパイスを揃えるのは無理だ。だから有り難い申し出であった。
「本当ですか?」
「ええ。この国で価値のある商品となるかどうかを見るために用意した物です。近い内にクレア様を会食にご招待しようと思っていたのですが、この国に合う使い方を模索中でして、ぜひご意見を頂ければ、と」
 商売に絡めて、協力してくれと言う言い方なら断られにくい。
 上手い口実に、アディスがレンファを睨み付けている。
 アディスにも自覚はあるのだ。ロリコンと小柄な女性が好きという意味の差を。
 聖良だって、ロリコンだから気に入られたよりは、小さいから気に入られる方がまだ良かった。聖良だって、こうだから好き、という異性に対する趣味はある。ペットのロヴァンの事だって、可愛いから好きなのだ。恐かったり、不細工だったりしたら好きにはならない。
 つまり聖良の中で、人間としては今のところ、レンファの方が上の位置にいる。それをアディスが理解している。
 この差は大きいから、睨み付けずにはいられないのだ。
「私も行きたい」
 突然、ミラが主張した。
「ミラ、食べ物と武器だけに反応するのやめて」
 ユイが顔をまっ赤に染めてミラの手を握る。
「もちろん、美しいお嬢さんなら大歓迎ですよ。ユイ殿も是非おいでください」
 レンファはニコニコと笑っているが、獲物を狙う蛇のような印象を受けた。
 空まで飛ぶ彼らなら、情報網はしっかりしている。神子のユイとミラの事を耳にした可能性もある。
 自分よりも背がうんと低いという意味で、聖良に好意を持ったのは本当だろう。しかし聖良の事も何に利用しようとしている。問題は、何に利用使用としているかだ。
 出来るだけ客観的に見ているつもりだが、当事者としてのひいき目も出ている。だから聖良は自分の直感は信じない事にしていた。
「アディスはどう思いますか?」
「まあ、いいのでは? この国のスパイスだけでは物足りないのでしょう。セーラが私のために料理をしてくれるのは、私の一番の楽しみですからね」
 アディスがいいと言うなら、行くだけなら問題ない。
 他に考慮すべき点があるかも知れないが、それを恐れていてはどこにも行けない。





 ハーティはいつものように落ち込んでいた。
 己は劣等感の固まりだと投げやりになって、心の内で小さく丸まっていじけている。それを現実でも行う度胸はないが、憂鬱な雰囲気は出ているのか、子供達が腹痛かと心配してくる。
「ハトラ、何落ち込んでるんだよ」
 仕事から戻ってきたディアスがハーティに話しかけてくる。
 複雑な心境だ。
 ここには男の子の格好をしたフレアに、本来の姿をしたディとジェイがいる。
 そして彼らと夕食を食べている。
「アディス様と一緒にいられないからって、落ち込んでるのか。俺がいるだろ」
「はぁ」
「セーラも向こうにいるから落ち込んでるのか?」
「そ、そういう……わけでは」
 二人が一緒にいるのは当然の事だ。アディスはセーラを愛していて、セーラはアディスの血を飲んだのだから。
「神子連中も一緒だもんな。同居してる中で一人外れてるのが嫌なんだろ」
 ディ──ディアスの言う通りだった。一人だけ、外れている。トロアも一緒だが、彼は暴走しやすいし、一緒に住んでいるわけでもない。
「でもさ、こっちのメシも美味いだろ。食材のランクが低くて、見た目に凝ってないだけで、味付けは似たようなモンだ。なぁ、おばちゃん」
「そうだね。メニューはほとんど一緒だよ。ソースは同じ物使ってるしね。今日はセーラちゃんに教わったソースだって、張り切ってたよ。やっぱ若い女の子が相手だと浮かれてねぇ」
 言われてみればセーラがたまにアディスに作らせているソースと似ていた。やや辛味があり、どろっとしていて美味しい。でも油だらけだから、たくさん食べると太ると聖良は言っていた。ハーティは竜なので、この程度では太らない。むしろもっと食べなければならない。
 一緒に食事をしていたトロアが、頬杖を突いてため息をついた。
「セーラ、あのちびに嫌な事されてないかな」
「さすがに商人がそんな空気読めてない事しないって。あれでも『人妻』って事になってるから」
 よほどおかしいのか、ディアスが肩を震わせて笑いながら言う。
「でもおおっぴらに髪を触ってたんだ。セーラは嫌がらないし」
「本人が触られ慣れてるからだろ。ベタベタしすぎのアディス様が基準だったらしゃーねーって」
「アディスと他人は違うだろ」
 自ら血を飲ませた相手というのは特別だ。トロアのような少し常識外れの竜でも、その事に代わりはない。
「似たようなもんだって。セクハラまがいのことをされたら、いつものように抵抗するだろ、あの子は」
 セーラは小柄で華奢で上目がちだから、気が小さそうに見えるが、実際のところはまったく逆だ。
 彼女は滅多に怒らないが、怒るときは怒るし、剛胆である。
「そうだな。セーラはキツイところあるもんな」
「アディス様もいるし、ただ食事してるだけだろ。心配すんなって。もうそうそう会わないだろうし」
 ケラっケラと笑いながら彼はデザートを口に含む。
 箱庭で食べるものよりも美味しい。
「やっぱりセーラの味に似ている……」
「そりゃ、ここの料理人達がセーラの味にはまってるから。
 メシと服にけっこう影響与えてるんだ。下手な外国より目新しいから。
 これからはエンザのものが流行るかもしれねぇな。あっちは痩せた奴が多いから、ダイエット食としてもう一部で少し出回ってるんだ」
 人間の女性は体形を気にする。くびれたウエスト、豊満な胸と尻。細くありたいのに太くもありたい矛盾は、竜の中にはない。
 それよりも、生まれ持った翼の形や角の形が重要だ。
「ハトラ、これから暇か?」
 デザートを食べ終えたディアスは、テーブルに手をつき身を乗り出してくる。
「え……はい」
「じゃあ付き合え」
「え、どこに?」
「あそことか」
 あそこ。箱庭。
「は、はい」
 反射的に頷いてしまったが、幹部につられて箱庭に行くなど、人々に注目され、緊張する。アディスの時も緊張するが、まだセーラがいるから良かった。
 でも今回は二人きりだ。
「おかわり欲しかったら言えよ」
「こ、これでいいです」
「んじゃ、行くぞ。トロアさんは大人しくしててくれよ。セーラが困らないように。エリオット、トロアさんを見張ってるように」
 彼は立ち上がってテーブルを迂回し、ハーティの前まで来て手を差し出した。恐る恐るその手の上に指先を置くと、やんわりと手を掴まれた。
 食事に夢中になっていたエリオットが行ってらっしゃいと手を振った。そして再び食事に戻る。
 アディス達がいないから、彼は動かない。
 ハーティのことなどどうでもよく、動く意味がないから。
 きっとあの二人も、帰ってきた頃にはいつものように二人で眠っているのだろう。
 だからやきもきする意味はない。意味はないが、むなしさを覚える。
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