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青色吐息 作者:かいとーこ
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12話 恋する乙女5



 聖良は気がつくとベッドの中で朝を迎えていた。暗くてよく見えないが、知らない寝室だ。この部屋に入った記憶すらない。
 いつもなら同じベッドに入ってくるアディスの姿も見当たらない。いつものなら、聖良が叩き起こさないと起きないのに。
 それよりも、今、モリィの姿をしている聖良が着ている、ゆったりとしたネグリジェは誰が着せたのか、あとで尋問しなければならない。
 壁には木の窓があるらしく、隙間から光が差し込んでいる。開くと外が見えた。ここは二階建ての二階部分のようだ。
 窓を開けて室内が明るくなったところで、テーブルに用意してあった服に着替え、部屋を出た。どうやらここは集合住宅か宿のような場所らしく、いくつもドアが並んでいる。一階に下りると、見覚えのある酒場。
「やあ、おはよう」
 掃除をしていた男が手を振ってきた。いつものバーテンだ。
「おはようございます」
「今日はアーネス様は少しお出かけだよ。シファとロゼに遊んでもらいなさい」
「お出かけですか? 聞いてません」
「少々トラブルがあってね。たまには長に動いてもらわないと。
 君がよく眠っていたから、起こせなかったそうだよ」
 昨夜は勉強していたはずだ。なのに眠ってしまい、着替えさせられても起きなかったようである。
「ハーティは?」
「彼女は起きてたから長と一緒に」
「私、そんなに寝てました?」
「いや、君はお寝坊したんじゃないよ。明け方だったんだ」
 本当に熟睡していたらしい。二人なら問題ないだろうから、聖良は先に朝食について考えた。すると急に空腹を覚え、腹に手を当てた。
「お腹がすいたかい? みんなの所に持っていったのが残っているから、食べなさい」
「はい」
 朝食の問題はクリアした。バーテンはカウンターに入って手を洗うと、パンに茹でた野菜とベーコンを挟んだ物を皿に乗せてくれた。
「美味しいです」
「そりゃよかった」
 何の肉か知らないが、美味しかったのでぺろりと食べた。指に付いたソースを舐めて、グラスを手に取り唇をつけた時、入り口のドアが開いて冷たい風が入ってきた。
「モリィ!」
 どう聞いてもフレアの呼び声に、飲んでいた水を吹き出した。
「ひょっとしたらと思って来てみたら、本当にいたわ!」
 後ろから抱きつかれ、聖良はこれ以上水を吹かないように必死に口の中の水を飲み込む。
「ちっちゃくて可愛い」
 頬をすりすりされる。動こうとしたバーテンの男を手で制し、身をよじりながら問う。
「なんでこんな所に」
「昨日、セーラ達に会ったの。箱庭の本拠地は知ってたから、ひょっとしたらと思って」
「っていうか、誘拐騒動起こして喧嘩売った組織だって忘れてませんか?」
「大丈夫よ。アーネスはきっと気にしないわ。だって弱味は握ってるもの」
 確かに弱味だ。一番の弱味だ。
「モリィ、アーネスは?」
「お仕事です」
「じゃあ、今日はお姉さんが遊んであげるわ。何でも買ってあげる」
「お姉さん……ですか」
「お兄さんでもいいわよ。でも今は女の子の格好だから」
「今日は勉強を見てもらう予定なので」
「勉強? あ、そっか。セーラの知識が元だから、読み書きは出来ないのね。
 だったら、実際に街に出た方が役に立つ単語を覚えられるわよ。アーネスがいないなら行きましょう」
 フレアは聖良をひょいと抱えた。
「あの、なんで抱えるんですか」
「お兄さまの事は心配しなくていいのよ。日が暮れる前にはここに帰ってくるから。
 そこのお兄さん、アーネスによろしくね」
 フレアはバーテンに投げキッスをして店を出て行く。
 聖良は無言で手を振った。
 ふざけた『お姉さん』だが、聖良にはこの腕から抜け出す力はないので、害があるまではされるがままになる事にした。どうせ昨日のように、ただ飾り付けて遊びたいだけだ。





「モリィは元の姿もとっても可愛かったけど、その姿も小さくて可愛いわ。セーラみたいなその話し方も大好きよ」
「そうですか」
 オシャレなカフェで、彼はニコニコと笑って言う。
 男の格好をしていたらさぞかしの美男子だろうに、もったいない。
「でも、フレアさん目が悪いでしょう。よく後ろ姿で分かりましたね」
 以前、コテコテの見間違いをした事のある彼が、よく無言で食べていた『モリィ』を見分けたと、少し不思議だった。
「モリィが小さくて可愛いから見えるわ」
「意味が分かりません」
「それっぽい後ろ姿だったから、とりあえず声を掛けたのよ」
「偶然だったんですか……」
 その偶然に当てはまってしまうのは、いつもの自分の運の悪さなのだと聖良はため息をつく。
「人違いだったらどうする気だったんですか。せめて眼鏡をすればいいのに」
「眼鏡なんてしたら、私の美貌が隠れるもの。それに、よく見えない方がいい事もあるのよ」
 彼なら眼鏡でも美形であることは変わらず、色気が増すような気がしたが、本人が嫌なのであれば仕方がない。
「見えない方がいい事って、例えばどんなことですか?」
「例えば、人形達の虚ろな目を見なくてよかったり」
「それもそうですね」
 精神衛生上、見えない方がいい事もたくさんある。フレアはそれが特に多いのだ。割り切れない部分も飲み込まなければやっていけない。その手段として、自分の目の悪さをそのままにしているのだ。
 眼鏡をしない理由に納得して、聖良はため息をついた。
「フレアさんも大変ですねぇ」
「モリィほどじゃないわ。どうしてモリィはアーネスなんかと一緒にいるの? セーラと血を分け合ったんでしょう?」
 普通に考えたら、そうなるのだろう。言葉遣いや言語は誤魔化せないので、隠しようがない。両方の姿を知っていて、聖良との繋がりを思いつかない方がどうにかしている。
「そうですね」
「アーネスはロリコンの変態って有名よ。何かされてからじゃ遅いの。アディスの方がずっといいわよ」
 同一人物なのに、ずいぶんと評価が違うものだ。半悪魔ですらアディスの外面の良さに騙されるのだから、普段どれだけ聖良の前で本性を見せているのかよく分かる。
「嫌がる事は──抱きついてくるぐらいしかしませんよ」
「十分ダメじゃない。危ないわ」
「そう悪い人じゃないですよ。本当の嫌がる女の子には何もしないらしいですから。あの人、顔はいいですからもてるんですよ。もてる人はそんな切羽詰まった事はしません」
「そりゃあ、顔はいいわね。アディスほどじゃないけど」
「フレアさん、アディスは評価しているんですね」
「そりゃあ」
 少し照れくさそうに、まるで恋する乙女のように身をよじる。
 彼はノーマルだと思っていた。思っていたが……
「フレアさん、アディスの肩を持ちますね」
 聖良が不気味に思って言うと、彼女は頬に手を当てる。
 聖良は少しだけぞっとした。他人が誰を好きになろうとも関係ないが、アディスが知ったら許してはおかないだろう。
 しかしなぜアディスなのか。接点はあれが初めてのはずである。どこでどう惹かれたのか、聖良には分からなかった。
「アディスは人気なのよ」
「そーなんですか」
 本当にどこまで外面がいいのだろう。それを家にいても発揮してくれと思った。
「でも、モリィの事も大好きよ」
「どうしてですか?」
「どっちの姿でも可愛いもの。それに人間じゃないし」
 寿命の問題だろう。だからこそ彼の兄は人形を作るのだ。
 いつかアディスやアーネスという人間を捨てる日が来たら、モリィも消えてしまうかも知れない存在なのにと、少し後ろめたく思った。
「でも、アディスがセーラと結婚しちゃったのはショックだわ。私、セーラの事も好きだったの。女の子だからお嫁さんに欲しかったの」
「そうですか……」
 理由が理由なので、美形にお嫁さんに欲しがられても嬉しくない。しかも女装癖がある変態だ。
「あの二人はいいとして、モリィは変な男に捕まって欲しくないの」
 端から見れば、捕まっているのだ。ずるずると引きずられて生きている。
「モリィはまだ小さいから分からないのね。
 モリィが言うようにアーネスが本当に嫌がる子に何もしないとしても、絶対に気を許してはダメよ。男なんてろくでもないんだから。アディスは別だけど」
「本当にアディスは信用しているんですね」
 それほど有名なのだ。ロリコン本性さえ隠せば、彼はこういう見方をされる。
 実際に普段はただの子供好きの格好いいお兄さんである。勘違いしても仕方がない。いや、勘違いされるように生きてきたのだ。その鬱憤を、アーネスになって晴らしていた。勘違いされて当然なのである。
「どっちもどっちですよ」
「そう、モリィにはロリコンなんて分からないのね。確かに、それがなければアーネスも出来るいい男だもの。秘密結社の長だけど……それもモリィには分からないか……。よく言えば研究熱心なだけだものねぇ」
「そういうのはわかりますよ」
 大人びた子供のふりをして、分かっているような顔をする。子供の言う事だから、フレアはクスクスと笑うだけ。本気にはしていない。
「ところでモリィ、セーラって異世界から召喚した生贄でしょう」
 聖良は持っていたカップを落としかけた。
「なんですか?」
「ふふふ、動揺してる」
 するに決まっている。他の事ならともかく、それは予想外だった。
「竜について調べていたら、古い……すっごく古い本にあったのよ。
 とっても複雑な儀式が必要な召喚術で、魔術のない世界から生贄を召喚して、それを食べさせるの。竜は魔術が苦手だけど、魔術の使い方を覚えると子供でも身体の動かし方を覚えてしまうのですって。
 神殿が介入してくる前は、昔は今ほど魔術は発展していなかったけど、使える人はよその国にもたくさんいたのよ。
 餌渡部させて、間違って少しでもそういう知識があったら厄介でしょ。だから魔術のない世界から呼ぶの。こちらの言葉も、思想も、何も知らないまっさらで、見た目ではそうと分からない人間。きっと自分の腕を試したかったのもあるんでしょうね。一度はやってみたい気持ちは理解できるわ」
 聖良は見た目だけなら子供に見えるから、明らかな人選ミスのはずだ。しかしネルフィアはあっさりと騙されてしまったから、騙される竜は他にもいたのだろう。
 アディスは人間としての本能が邪魔をして竜の動きを妨げているが、火を吐いたりするのはほとんど始めから出来たらしい。
 あの身体で火を吐かれるだけでも、十分危険な生物である。
「う……よく分かりません」
 こういう時、とにかく分からないと言うのが一番だ。本当に分からない分野の事なのだから。
「アーネスが呼び出したのよね」
「よく分かりません」
 おそらくはジェロンだろう。彼は器用に魔術を使うタイプだと言っていた。
「アーネスが呼び出したのっ。すっごく考えた末の結論なんだからね。
 それはいいんだけど、やっぱりアディスが係わっているのが不思議で仕方がないの。どうやっても、アディスの存在が理解できないのよ」
「ああ、アディスはお散歩しているところを、お母さんに誘拐されたって言ってました。人生で一番ついてない日だったそうです。いつもついてませんけど」
「…………そうなの」
 これで矛盾はないだろう。
 そこまで調べ上げて推理してくるとは、よほど関係が気になったらしい。
「そういえば、アーネスも金運以外には見放された男だって聞いたわ。この前だって誘拐されたし」
「だから似たもの同士なんですよ」
 あんな不運な男が世の中に二人もいる事が不自然なのだ。
「そういう意味だったの?」
 そういう意味にしておいて欲しい。
「でもあの術何なの? 入れ替わりなんて」
「私はよくわかりません」
 フレアのいう通りなら、モリィは魔術の知識がない、魔術師に育てられているだけの竜だ。分からないで通しておくのが無難である。
「そうよねぇ。見て分かったら勉強する必要ないものね」
 その通りだ。分からなくて当たり前なのだ。
 本当にただ葉っぱの代わりに、頭蓋骨を頭に乗せて化ける術という事以外は分からない。
「あ、そうそう。アディスの知り合いで、セーラの兄だって言い張る人もいるでしょう」
 聖良は首をかしげた。
 彼は確かにトロアには会っていたが、気にされるほどの時間ではなかったはずだ。
「それが?」
「あの人はなぁに? どうしてセーラの兄なの?」
「無くなった妹に似ているんだそうです」
「セーラが? どうやったら」
 見た目からして人種すら違うのに、似ているというのはおかしな話だ。
「さあ。変人の考えることは分かりません」
「そうね。変人の考えることは分からないわね。それは仕方がないわ」
 聖良はあっさり納得する彼の様子に少し同情を覚えた。
 変人、変態の頂点に立ちそうな男の弟なのだ。そして本人も世間から見たら女装の変態である。それが、兄が男に興味を持たないために始めたことだとしても。
「私からも質問していいですか?」
「なぁに?」
「フレアさんは普段何をしているんですか?」
「お仕事よ」
「どんなお仕事です?」
「な・い・しょ」
 聖良の時とほとんど変わらない。
「でも、モリィが大きくなって、私の所にお嫁さんに来てくれたら教えてあげるわ」
「そうですか」
「もう、そんな反応までセーラそっくりね」
 そんなに特徴のある反応だろうかと聖良は考える。普通に、これ以外に何を言えばいいのか分からない。子供らしくお嫁になるとでも言えばいいのだろうか。アーネスの嫁になるもんと逃げるのも手か。
「もう少し真剣に考えてくれてもいいのに。
 私達、長命種同士だからすぐに老けて死んじゃうアーネスよりもいいわよ」
 アディスのようなロリコンなのではなく、将来を考えての話らしい。兄を見ているから、一緒にいてくれる女の子が欲しいと思うのは仕方がないだろう。
「でも、お嫁に行くなんて言ったら、この街、火の海になりますよ」
「…………そうねぇ。ちゃんと独り立ちしてから、ご挨拶に行ってからじゃないと危ないわね。でも、モリィのためなら頑張るわよ?」
「頑張ると危ないですよ」
 子供ならではの少しずれたことを言ったみた。
 彼との会話は、うっかり変なことを言ってはまずいので、少し疲れる。

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