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青色吐息 作者:かいとーこ
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11話 狩り 2

 イライラしながら目の前の少女を見る。
 アディスが彼女について知っている事といえば、彼女がハーティという偽名を名乗り、魔力が高いくせに不器用で覚えが悪いという、それだけだった。
「長、なんですかその格好。変装……にしては背丈も違うし」
 赤の他人ですと言い切るのは今更無理だ。彼女はアーネスの弟子の一人なのに、ついアディスの姿で名を呼んでしまった。
 頭が痛い。
 なぜこうも行く先々で知り合いに会うのだろうと、自問する。
 住んでいるのは陸の孤島と言われるグリーディアなのに。
「長だからどんな手段で化けても不思議はないですね」
 幸いな事に、彼女はアディスの姿を知らない。
 ではどうして彼女はアディスがアーネスであるか見抜いたのか。
 匂いで見分けるのは、トロアの個人スキルらしいので、普通の竜では個人特定までは難しいらしい。
 しかし彼女はトロア系の不思議な少女なので、完全に否定も出来ない。二年ほど前から箱庭に出入りしているが、数ヶ月顔を出さない事もあるので、変わった子だとは思っていた。
 まさか竜だとは思いもしなかった。竜の子供の話が来たときは、とりあえず誘拐してみようと話をしていたのに、反対をしていたいう話も聞いていない。
 ここで始末をすべきか、悩むところだ。
「お前はなぜこんな所に? 神子が来ていますよ」
「知ってます……。どうして長がそんな格好で神子と?」
「それはひとまず置いておきなさい。なぜお前がここにいるんですか。しかも町を襲ったそうですね」
 話を逸らし、始末すべきかどうかの材料を収集することにした。
「あたしじゃありません! 確かに、その場にいましたけど、やったのはあたしじゃないんです!」
「じゃあ誰がやったというんですか」
「よその奴です。悪魔と一緒にいました」
「竜が悪魔と?」
 あまり聞かない組み合わせだ。互いに興味を持たないというか、何でも自分の退屈を紛れさせる道具扱いする悪魔を、竜はあまり好いていない。悪魔は魔女は作るが、それは格下の存在であり、同族や同等の相手とは群れない。竜は基本的に群れる。この違いも大きいだろう。
「あたしじゃあないんです! 信じてください!」
 ハーティはじっとアディスを見る。涙を浮かべ、それをこらえるような姿は可愛らしい。なかなか老けないは思っていたが、竜なら当然である。
「で、様子を見に来たと」
「はい。あの悪魔ども、女子供も皆殺しにしていたんです! それで止めようと思って出て行ったら、あいつらすぐにいなくなって、気付いたらあたしのせいになってました……」
 その不運っぷりには同情する。彼女がここでこんな言い訳をする意味もないから、その流れに偽りはないだろう。本当に犯人だったら、さっさとグリーディアに逃げ帰ればいいだけだ。
 分からないのは、悪魔と竜。分からないのでしばらく考えは保留にする。
 ハーティは神子達には突き出せないから匿う必要がある。しかし匿っていると思われてもいけない。厄介だ。始末して厄介払いしたい気持ちもあるが、使い道もたくさんある。
 彼女は魔力が高くて不器用な人間では無く、勤勉で魔術が使える器用な竜だ。
「まったく、厄介なことに」
「申し訳ございません。まさか長に迷惑をかけてしまうとは……。
 なんとお詫び申し上げればいいか」
「侘びはいりません。私も神子達には正体を知られたくありません。長と呼ぶのはやめなさい。誰かに見られても呼びかけないでください」
「は、はい」
 女の子にしゅんとされると胸が痛む。
 こんな場面をもしも聖良に見られたら、何も言わないだろうが、白い目で見られていただろう。彼女の目は口以上に饒舌だ。何も言わないところが、彼女は怖い。彼女は腹にため込むタイプだ。きっと黙って離れたから、今ごろ怒っているだろう。
「いいですか。とりあえず、グリーディアに戻っていなさい。あそこに潜伏してしまえば、神子も無茶な追跡をしません」
「はい……」
「気になるのは理解できますが、お前が支配されるようなことがあるなら、その時には私の手で殺さなければなりません」
「覚悟しています」
「何があっても冷静でありなさい。お前が賢くあるならば、私はお前の味方であれます」
 こう言っておくのが無難だろう。信頼されていると思えば口も堅くなる。
「そうだ。問題の悪魔はどのような特徴でしたか。覚えている限りを話なさい」
「あ……えと、悪魔の方は金髪で、執事のような格好をしてました」
「し……執事?」
 悪魔は長く生きすぎて、趣味が前衛的になり、他者には理解できない格好をするようになる場合があると聞く。だが執事の悪魔など、知っているのは一例だけ。
「名前は聞きましたか」
「竜が『ろばっさん』と呼んでいました」
「ろばっさ……ロバ……」
 もしもそれが『ロバスさん』が正解であれば厄介だ。
 アディスも悪魔に詳しいわけではないが、読む本に度々出てくる悪魔のことは記憶している。その中でもロバスという悪魔は変わり者で、執事のような使用人の姿で人々の前に現れ、時に破滅を、時に幸運をもたらす都市伝説的な悪魔だ。契約者ではない他種族を連れていることも多い事から、悪魔のくせに交友範囲が広いと言われている。
 一番の問題は、その悪魔が使用人の姿をしている理由が『人間』に使えているからというものである。悪魔を服従させる人間。つまり神子。
 人を殺させてのうのうと自由に生き続ける神子が主という事から、主だと言われている人物は、実在し、現在も健勝で、噂通りの人物像である証拠になる。
「これは、係わらない方がいいようですね。神子に支配されたくなければ逃げなさい。私も早急に逃げます」
「逃げるって」
「堕落のウルなど相手に出来ますか。聞いたことがあるでしょう。歴史上最悪の神子ですよ」
 ミラが数少ない『殺しにくい』知人として名を挙げた、伝説の人物だ。
 以前は眉唾物だと思っていたが、ミラどころかユイまでもが出会ったことのあると言っているので、実在するのは確かである。そしてあのミラが「殺すのは難しい」と感じるならば、今のアディスでは無理なのだ。十年ほど時間があればもっと竜の力を使いこなして太刀打ちできる可能性もあるが、今は無理だ。この身体では、ミラと喧嘩をしても勝てる気が全くしないのだから。
「お前、ウルに何かしたんじゃないでしょうね」
「い、いいえ。あそこに向かっていたのも偶然ですし。ほとんど争うこともなく消えてしまったので」
 消えてしまったから、一人残った彼女が犯人になってしまったようだ。竜は飛べるが、転移は出来ない。
 その街が何をしたかは知らないが、堕落のウルに繋がるのは極力避けたい。現在のアディスは、目をつけられても抵抗するのが難しい、狙われやすそうな素材だからだ。アディスがウルだとして、魔術を扱える生まれたばかりの竜などがいたら、空きを作ってでも手に入れたいと考える。
 だからとてもまずい事態だ。
「そういえばお前、魔術を使える竜ですね。まさか魔術など使っていませんよね?」
「え、まずかったですか? 消火するために使いましたけど」
「まずいに決まっているでしょう。神子は喉から手が出るほど欲しがりますよ。
 それじゃあ一人で逃げるのは危険ですね」
 箱庭独自の魔術の知識を持ったまま、破滅のウルの元へなど行ってもらっては困る。
 ユイだけならともかく、他の神子がいては説得も難しい。神殿にとっては竜を手に入れるチャンスなのだ。彼等には、本当は誰が犯人で、どのような事情があるかなど関係ないだろう。
「アディス」
 名を呼ばれ、飛び上がりそうなほど驚いた。
 ミラだった。問題なのはミラではない。アディスの名を呼んだ事である。
「アディス、セーラ、心配している。アディス、何をしている?」
 なぜこういう時に限って名前を連呼するのだこの女は。
「アディス………って、あっ! ああっ! あああっ!?」
「何だこの女。頭でも打ったか?」
 アディスを指さしてわめくハーティを見て、ミラが首をかしげる。
 この反応は気付いてしまったのだろう。この姿はよくも悪くも目立つのだ。アーネスなら若干地味なので、逆なら覚えられていなかったかもしれない。しかし、アディスは目立つのだ。国仕えなどしているから、それなりに目立つことをしてきたのだ。
「な、なんでそんな格好!?」
「落ち着きなさい。だからお前は成長しないんです。私の言うことは理解できませんでしたか?」
「は、はい。申し訳ありません」
 ハーティは頭を垂れて黙る。これでもう黙っているだろう。混乱して当然だが、今は黙っていてもらうしかない。さすがにアーネスの事まで知られたくない。
「アディス、どうした? その女、殺さないのか」
「殺してどうするんですか。生け捕りにする予定だったんじゃないんですか?」
「あの女、その竜は無理。器が足りない」
「分かるんですか?」
「分からないのか?」
 そう言うミラは本気だった。
「私には分かりません」
「竜でも分からないか」
 また余計なことを言う。
「竜を支配できる神子を見分けるなんて出来ませんよ。魔力とは違いますし」
「そうか」
 無理矢理誤魔化す。ごまかし切れたか分からないが、アディスは流すためにも話を続けた。
「それよりも、ミラさんのお友達に堕落のウルがいますよね」
「友達違う。ただの知り合い」
「何でもいいですけど、それの悪魔と竜が犯人らしいんですけど」
 無駄と知りながらも、アディスは試しに進言した。
「神殿は犯人が誰とか関係ない。機会があるかないか。機会がある限り、犯人捜しなど面倒なことは後回し」
「そうだとは思っていましたけど」
 ため息をついてアディスは考える。
 どちらにしても、神殿は犯人を彼女にでっち上げてとりあえず支配を試みたいと考えるはずだ。それはアディスが困る。
 一番アディスに被害がなくて簡単な方法は、あの巫女を殺してしまうこと。
「そうだミラさん、あの巫女さん殺しませんか」
「人殺す、ユイに禁止されている。おびき出すとか、手伝えない」
「そうですよねぇ」
「アディス、その竜、知り合い?」
「グリーディアに魔術を学びに来ているんですよ」
「魔術使えるか。なら、ますます支配無理。ユイなら出来ただろうけど、空きない。どうせ無理なら差し出せばいい。私達が殺さないなら、それ、殺されることない。あいつら、殺せない。ユイは無抵抗の者を私に殺させない」
 アディスは自分の頑丈さと再生能力を思い出す。
 殺せないだろう。首でも切り落とさないと、簡単に復活する。
「ミラさん、悪いんですが、こっそりユイ……よりも主にハノとセーラに相談してきてください」
「ユイではなくハノか。賢明だ」
「ユイはなかなか殺せないタイプですからねぇ。内緒にする必要はありませんけど、相談するだけ無駄というか」
 ハノはユイのために必要があればするタイプだ。
 ユイがあまり考えた行動を取らないから。
 取れないのではなく、取らない。
 彼は考えた選択肢が気にくわなければ捨ててしまうのだ。偽善的ないい子で、あまり頼りにならない。
「人としてはそれが正常なんでしょうが。
 まあ、穏便に済めば私もそれが一番ですし、お願いします。堕落のウルなどと関わり合いになりたくありません」
「それがいい。アディス、狙われる」
 ミラが言うと、寒気が走る。冗談ではない。
「本人が来る前に帰るのがいい。グリーディアまでは来ない」
「なぜですか」
「海とか空は酔う。ウルは乗り物酔いに弱い。ロバスが行ける所がウルの活動範囲」
「納得しました」
 人間、やはり欠点があってくれた方がいい。完全無敵ではかわいげがないし、助かる。
「ウルの事で脅せば神殿は手を引く。ユイにウルと関わり持たせたがらない。もう手遅れだが」
 あちら側に行かれては、手に負えないミラまでもが敵に加わる。アディスが神殿側でも、ぞっとする。
「とりあえず私は適当にこれを目立たないようにしてますから、お願いします」
「分かった」
 ミラは来た時と同じく、気配を感じさせない速さで去っていく。それを確認すると、ハーティが口を開いた。
「……長、その姿、ハーネスの生まれ変わりとか言われている魔術師の姿では? なぜ身体を入れ替えていらっしゃるんです? 血を分けてもらった竜としか出来ないんじゃ……」
 その言葉でようやくアディスは、セーラが苦し紛れについた嘘を思い出す。
「黙っていなさい。今はそんなことはどうでもいいんです。自分の身だけを案じなさい」
 嘘を嘘で塗り固めるか、いっそ長い付き合いになる可能性も考えて正直に話して口を固めるか、どちらかに決めたとしても、それが裏目に出るのがアディスの体質である。
 ため息をついて考える。





 聖良が子供達と遊んでいるとミラが戻ってきた。彼女が居ない間にユイ達が戻ってきており、ミラの落ち着いた様子を見てほっと息をつく。
 しかしミラは戻ってくるなり、セーラとハノの手を引いて人気のない場所に連れていった。普通なら不審に思って誰かにつけられてもおかしくないが、相手は恐怖の権化。殲滅の悪魔。主以外にそんな勇気は無い。ミラには呼ばれていないが、ユイだけは付いてきた。ミラは不服そうにしていたが、命令には逆らえないので彼が話を聞くのを許可した。
「どうしたんですか?」
「アディス、問題の竜といた。知り合い。アディスが魔術教えていたと言っていた」
 聖良は悩む。ミラの言葉は理解するのに時間がかかる。
「つまり、竜はグリーディアでアディスに魔術を習ってたの?」
「そう。人の姿化けてたから、アディスは知らなかったと」
 聖良の理解を超えていて、言えることはただ一つ。
「さすがはアディス。数奇な人生歩んでますねぇ」
 頭を抱えている姿が容易に想像できる。
「それで、捕獲を中止してほしいって言ってるんですか? 切り捨てるか自分で殺しそうなものなのに」
「犯人はウル。犯人でない上に、ウルはあの竜が魔術を使うことを知った可能性ある。支配したり殺したりしたら八つ当たりする」
 ユイの顔色が変わった。
「ウルさんが……来る!? あのウルさんが!?」
「アディスがそう言っていた。アディスだからたぶん来る」
「…………」
 不吉な予感ほどよく当たるものだ。アディスの場合は特に。
「アディス危ない。さっさと二人で帰すといい。アディス、竜だから私よりは支配できる可能性がある。ウルなら今いる竜を殺してでも欲しがる」
「なんて恐ろしいっ。とにかくアディスを保護しないとっ! アディスとウルさんが組んだらよけいに怖いよ!」
「セーラも持って行かれる」
 聖良には彼らの話が何のことだかさっぱり理解できなかった。
「そのウルさんって、そんなに危険人物なんですか? 何度かミラさんに聞いたような気がしますけど」
 聖良はユイよりも器の大きい、アウトローな神子だと聞いている。しかしそれがどう危険なのか分からなかった。
「堕落のウルといえば、最悪の神子だよ。欲しい物は何をしてでも献上しろと命令して、逆らう者は一族郎党皆殺しにさせる。
 ミラはただ殺すだけだけど、ウルは恐怖させ、苦痛を長引かせ、親の前で子を惨殺させるようなタイプなんだ」
 想像して、聖良はぞっとした。聖良の想像する暴君そのものである。
「恐ろしい事に、ウルさんはそれを実行して生きていけるだけの魔物を抱えているんだよ。
 しかも僕なんかと違って、悪魔に竜にその他数十、下手すれば百近い数の魔物抱えて、まだ六から七割程度しか容量が埋まってないんだ。ミラも欲しがってたみたいだけど、当時は人間相手にどこまで空きを作ればいいか分からなかったから諦めたらしいけど……。
 あれだけ巧みに魔術を使える竜、欲しがるに決まっているよ! ミラと違って予想も付かないわけじゃ無いしね」
 必死の力説に聖良はこくこくと頷く。
「つまり、感覚としては、ミラさんぐらい強くって、ミラさんよりも容赦なく残忍に人殺しする人が、アディスを狙うって事ですね?」
 猟奇殺人系の最悪なタイプ。
 人の命など軽く思っているアディスでも、猟奇系は嫌がる。薄情なところはあっても、アディスは残虐なタイプではない。ミラだって殺すなら一撃でという慈悲は持っている。
 惨殺するような人間は、聖良の理解の範疇に無い。
「自分では手を汚さないところがまたタチが悪いんだよ。
 神殿の事なんてどうでもいいから、ミラ、そこに連れていって」
「珍しく積極的だ。そんなにウル嫌い?」
「好き嫌いの問題じゃなくて、彼はあんなでもまだ子供なんだよ。大人だったら自分の身ぐらい自分で守れって言うけどさ。
 アディスはちゃんと両親揃って、愛されてるんだ。離れる必要もないんだ。
 なのに親から離したら可哀相だろ」
「…………うん」
 ユイは親から引き離された子供なのだ。今でさえまだ幼さがあるのだから、当時は親と一緒にいたい年頃だっただろう。
 ミラも育ての親を殺されたような事を言っていた。だから親を殺す時は子供も殺すらしい。間違った方向に歪んでいるが、子供が親と離れるのはよくないと思っているようだ。
「じゃあ、ユイくんが神殿の人達に話をして、アディス達は可及的速やかに帰国ってことでいいですか」
「そうだね。空でも海でもいいから出ていって、ほとぼりが冷めるまでグリーディアにこもっていた方がいい」
「じゃあ、アディス達のところに行きましょうか」
 そう言ったとたん、ミラに担がれた。
「ミラ、落としたらダメだよ」
「分かっている。お前はさっさと神子達をどうにかしてこい」
 ミラは自分が言いたい事を言い終えると、聖良に疑問を口にする間も与えられず走り出した。
 聖良は舌を噛まないように口を閉ざす。
 この扱い、もう二度目だ。手足を縮めて、ただ恐怖に堪える。
 そうしていると、意外に早く足が止まり、ミラは周囲を見回す。
「アディス」
「はい」
 木陰から出てきたアディス。その後ろから、女の子が付いてくる。
 女の子だ。
 可愛い女の子だ。
 しかも十代半ばと、まだアディスの守備範囲内。
「…………親切にしていると思ったら、女の子ですか。そぉですか」
「ち、違いますよ。これは箱庭に出入りしているからっ」
「へぇ、箱庭。分かってましたけど、ロゼとシファだけじゃなかったんですねぇ」
「だから、違うんですって。どこまで聞いたんです!?」
「魔術を教えていたそうですねぇ」
「いつも私が直接教えていたわけでありません。覚えが悪いから、他の者が教えていました」
「いいんじゃないですかぁ。竜でしょう。可愛いじゃないですか」
 将来を考えたら、彼女のように竜で魔術に興味のある女の子の方が、一緒にいるメリットは高い。
 ロリコンといっても、彼女ならぎりぎり世間から後ろ指を指されない年齢だ。
 アディスにとってはメリットばかりだろう。
「妬いてるんですか。冷たいセーラも可愛いですねぇ」
「そうですか。で、逃げないとヤバイ人に気付かれたかもしれないんですよね。彼女を連れてさっさと山越えて帰ったらどうですか? 私は船に乗せてもらいますけど」
 雪山の上空など絶対に飛びたくない。聖良は人間なのだ。
 それを聞いたハトラは、首をぶんぶんと横に振る。
「雪山の上を飛ぶなんてとんでもない!」
「無理なんですか?」
「無理って言うか、人間をつれてなんて……」
 どうやら、まだ肝心なことはかろうじて秘密に出来ているようだ。
 聖良はじっとアディスを見つめてみる。
「ど、どうしましょうかねぇ」
「なんで私に聞くんですかぁ?」
 尋ねてくるアディスに聖良は笑みを向けた。
「いや、ほら、私達は夫婦だし」
「腕輪は買ったけど、夫婦になった覚えはないですけど」
 自分に都合のいい男である。
「祝福してもらったじゃないですか」
「は?」
 聖良は顔をしかめた。観光客気分でやってもらった儀式が、祝福とか呼ばれていた。
「あのぴかっと光る溶接の事ですか?」
 神官が杖で腕輪のつなぎ目を撫でて、それだけで『溶接』されたのだ。あっさりと終わったので、珍しかったがそれほど特別だとは思わなかった。
「ええ。それです。あれが夫婦の誓いなんですよ。正式な夫婦として登録されました」
 聖良はアディスの腹に、丈夫なブーツで蹴りを入れた。
「人の了解も得ずに勝手に正式に結婚させるなんて何考えてるんですっ!?」
「え、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてません」
「ほ、ほら、自分の中の常識って、相手も知っているものってイメージがあるじゃないですか」
「見苦しい言い訳をしないで下さい。帰るんならさっさと帰ってください」
「そんな。一緒に船で帰ります。どうせ悪魔がいるんですから、港まで送ってもらって、船で待機してればいいんですよ」
「そーですか。まあ好きにしたらいいんじゃないですか」
「もう、ヤキモチ焼きさんですね」
「私は勝手に籍を入れた事の方に怒ってるんです」
「どうせ形式だけですよ。私達はグリーディアに住んでるんですから、正式なのは向こうでしましょう。ぱーっと。
 セーラがそんなに結婚に夢を持っていたなんて意外でした。可愛いウエディングドレスを作りましょう」
「そうやってすぐ誤魔化すのやめてください。まあ、話し合いは後でいくらでも出来るから、とにかく移動しましょう。
 危ない人だからって、お母さんでもあるまいし、大きな街で大暴れたりはしないでしょう」
 話を聞く感じでは、ネルフィアやミラと違い、知能犯っぽい。小さな街とは違うのだ。しかも神子の本拠地。
「そうですね。とりあえず戻りましょう。先に帰るにしても、荷物取りに戻らないと」
 アディスは聖良の手を握り、ご機嫌伺いをするような笑みを向ける。
 彼に振り回されているが、もう心の中では仕方がないと諦めていた。
 慣れとは実に恐ろしい。
「…………で、彼女はどうするんですか」
「うーん。とりあえずウチに連れて帰りますか。一番に狙われているのは彼女です。私の事はウルにはばれてませんし」
「…………」
「彼女とは本当に何でもありませんよ。本人にも訊いてください」
「まあ、それだけは信じてあげますが。そういうのを、アディスはあんまり隠してないですし」
「大切なのは過去ではなくこれからです」
「で、そのこれからはどうするのか決めたんです?」
「……うーん」
 悩むのは当然だが、思い切りが足りなくても見ているとイライラするものだ。
 聖良はあまり関係ないから口を挟むつもりはないのに、挟んで欲しそうにしているところが鬱陶しい。
「じゃあ、帰ってから好きなだけ考えてください」
 アディスは不服そうな顔をして聖良の髪をいじくる。文句はたくさんあるが、早く帰らないと、アディスの事だから、不幸な目にあうに違いない。不幸な目にあってしまえと思うには、不幸の度合いが他人と違うし、何よりもそう思うほど情は薄くない。
「アディス、セーラ」
 ミラが足を止めて振り返る。
「今、ユイから連絡があった」
「説得できそうです?」
 ユイは珍しく凛々しかったから、頑張ったのかも知れない。
「違う。今、真犯人が来たからこっちに来るなと。外れたところにいて良かった。たまには運がいいな」
 ミラが嬉しそうに言うが、ちっとも嬉しいことではないし、運がいいとは言えない。
「本当に運がいい。ウルが来ていない」
 ウルは来ていないが、その他は来ているという意味になる。
「ならいいんですが」
「アディス心配性」
「見つからないようにじっとしていますか」
「じっとする」
 下手に逃げるとそれはそれで見つかりそうなので、じっとしているのが一番だ。
 聖良は空腹を覚え、弁当を持っていることを思い出す。
 こんな時に何だが、何があるか分からないので腹ごしらえをしておくとしよう。
+注意+
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