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青色吐息 作者:かいとーこ
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10話 聖都 2


 カジノ、というのは聖良が想像していたのとは少し違った。
 彼女の知るカジノはゲーム内にあるようなもの、映画に出てくるようなもの。はっきり言えばラスベガス。
 しかし始めに足を踏み入れたのは、賭博場といった雰囲気の狭いところだった。
 テーブルでさいころを振っている。ルールを知らないので何をしているのかさっぱり分からなかったが、やはり想像と違う。
「しょっぱなから違法賭博に……」
 私服姿のユイが隣でブツブツ言っている。ここを選んだのはアディスだ。彼は「お金が私を呼んでいます」と、ここに入った。
 彼が、初めての場所で、自らここを選んだ。
「違法なんですか?」
「神殿で許可されないとダメなんだよ」
「ほっといていいんですか? 問題ないですか? 後で大変な事になりませんか?」
「いいんだよ。ここは違法って言ってもまともなところだから。素人がやってたら通報するけど、薬を売り始めたりしない限りは面倒だから見て見ぬふりが一番だね」
 ゲームの内容もよく分からないので、隠れ蓑であるバーでジュースをもらって飲む。
 そうしていると、アディスはにんまりと笑いながらすぐに戻ってきて、明らかに多めの代金を支払って店を出た。
「勝ったんですか?」
「ええ」
「奇跡ですね」
 ついてない人間の代表のような彼でも、ギャンブルに勝つ事があるのだ。
「奇跡だなんて……私は金運と悪運はいいんですよ。お金に困っていたりしないでしょう?」
 そういえば彼は裕福だ。組織も私設して潰れていない。聖良と違って、お金がある。聖良はお金が一番なかったのだから、この差は大きい。
 いや、違う。
 アディスには才能もあった。聖良よりもよほど恵まれた金運と才能。この二つがあるのだから、十分だろう。本当に運のない人は、完璧な条件がありながら、夭折してしまうタイプの人だ。
 しかし人間のアディスは死んでいるから、それも当てはまるとも言える。
 どこまで奇妙な生き方をしている男だろう。
「アディス、そんなことに運を使っていいのか? 運を使いすぎる、後でしっぺ返し来ないか?」
 女性だからと顔を隠す格好をしたミラが言う。ネルフィアも神殿の外に出るならと、同じヴェールをつけており、時折鬱陶しそうにしている。
「ミラさんが迷信めいた事を言うなんて珍しいですね」
「猪を避けた先にあったくぼみに足を取られて崖から落ちる奴、反動で死なないか心配」
 それはミラにすら心配されるほど異常な光景なのだ。聖良が知らない所で、アディスがそんな目にあっていたとは思わなかった。聖良が外に出ると危ないからと、薪を拾いに行く程度だと留守番している事も多かったのだ。
「大丈夫ですよ。賭け事をしてもしなくても私生活は変わりませんから。だったらお金は稼いだ方がいいじゃないですか。美味しい物はそれで大概食べられます」
 アディスは小さく笑って懐を叩く。
 大概とつくのが、金を出したのに美味しくなかった場合か、何かトラブルがあって台無しになった場合か、彼の場合は判断がつかない。
 アディスに手を引かれて、今度はもっとまともそうな店に入った。白いテーブルが並ぶ明るいカジノだった。とても明るい。カジノと言ったら派手な雰囲気を想像するので、上品で綺麗でやけに明るいこの店に驚いた。白いテーブルに、白いツボに白い花。そのまま服が並んでいてもいいぐらいなのに、カジノなのだ。
「なんて白い」
 アディスも驚いた様子で、壁やら天井やらを見る。天井に張り付いている照明は、グリーディアの物だろう。炎の明かりではなく、魔法の明かりだ。この白さは、あの蛍光灯のような白い光を放つあれでないと生かせないだろう。
「セーラ、一緒に遊びますか?」
「私は金運もないのでいいです」
「…………そうですね」
 一緒にいたら大負けしそうだとか思ったのだろう。肯定され、聖良は少しいじけてミラと手をつないだ。
「ユイ君達と一緒にいます。どうせルールを一つも知りませんし」
「そうですか。ユイ、セーラをお願いしますね。これで遊ばせてください。なくなったらこちらに来てください。チップをわけますから」
 アディスは手を振って行ってしまう。初めての国で初めての場所のはずなのに、なぜこうも慣れた様子なのか理解できない。聖良が元の世界のカジノに行っても、出来そうなのがスロットだけだ。このように人と対面して行うような場所は無理である。これでも人見知りが激しいのだ。
「アディス、楽しそうだな。あの子があんなに浮かれるなんて珍しい」
「子供らしくていいじゃないかい」
 竜の夫婦が暢気な事を言うが、子供らしい遊びではないのを理解していない。人間が持つ金銭への執着も理解していないのだから仕方がない。
 大金を渡されたユイは、ため息をついた後、聖良に向き直った。
「低レートで簡単に遊べるところにいこうか」
「はい」
 現金をチップに替えて、ガラス製の、球体に近いダイスを転がすテーブルに来た。
 無色、青、赤、紫のダイス。とても綺麗で高そうだ。
「一番大きな目が出るダイスはどれかをかけるんだ。単純でしょ」
 四分の一確率。それなら大丈夫かも知れない。すっても、長く遊べればいいのだ。
「セーラ、どれにかけるんだい?」
 ネルフィアに聞かれて、うーんと悩む。
「じゃあ、青」
「紫あたりだね」
 四つのダイスの内、聖良が指定した青の対角線上に置かれたダイスを選ぶネルフィア。従うユイ。本当に紫が一番高い数になるダイス。
「で、セーラ、次は?」
「透明」
「赤だね」
 と、再び繰り返される悪夢。
 ネルフィアにまで聖良の不運っぷりは理解されていたらしい。選ぶ道に何かあると確信させる程度には。
 聖良の選ぶダイスはハズレの確率が高く、それ以外から選ぶので二度に一度は当たった。低レートなのでチップは大して増えていないが、減ってもいない。損はしていないのに悲しい。
「ネルフィ、単調すぎて飽きない? セーラがそろそろ立ち直れなくなるから別の所に行こう」
 ラゼスが親切に止めてくれる。泣きそうになりながら別のはけ口を探そうと振り返ると、遠くに人だかりが出来ていた。
「何でしょうか」
「あれはアディスがいるところだな」
 トロアの言葉に聖良はぎょっとした。
 あの不運の申し子の事だ。とんでもない人に不幸な事故でとんでもない事をしている可能性がある。つまみ出されるだけならともかく、大きな問題になってはたまらない。
 ミラが手を引くのでおそるおそるそちらに向かう。
「彼は見た事がないが何者だ?」
「さあ。いかさまでもしているんじゃ?」
「上着も脱いでいるし、袖もまくっている。隠す場所はないだろう」
 ミラと手を離し、人だかりをすり抜けて前に行くと、アディスが囲まれていた。
 普通にゲームをしている。
 しかし異様なほどチップを巻き上げている。
「おや、セーラ。どうしました?」
「ネルフィアさんが私に選ばせてそれ以外を選んで稼ぐので飽きました。私が近くにいるとよくないと思うので他所に行ってます」
「…………ちょ、セーラ!?」
 自分には向かない世界だ。子供扱いだし、気落ちする。
 アディスはああやって稼いで聖良に服も買ってくれているから、せめて邪魔だけはしないようにしないといけない。今でも十分すぎるほど世話になっているのだ。邪魔はしていけな──
「ふきゅ!?」
 誰かの足が引っかかり、バランスを崩して前のめりに倒れた。倒れて手をついた瞬間、背中に衝撃が走った。痛みと冷たさ。
 顔が濡れた。酒臭い。
 倒れたところにグラスを落とされたようだ。落としても仕方がない。突然目の前に誰かが倒れてきたら、驚いてグラスも手放す。人もたくさんいたから、不注意から足が引っかかることもある。
 今回はついていないと言うよりも、ただの不注意だ。
 運がないのと、うっかりは違う。
 情けない。情けなくて涙が出てきそうだった。
 自力で起きると、髪も服も濡れていてげんなりした。酒臭い。高い服なのに汚してしまった。悲しい。背中は見えないが、どうやら色のきつそうな酒だ。手にとって分かるほど赤黒い。ワインよりも強烈な色。
 悲しくて涙が溢れそうになった。
 聖良は自分が世界一ついてない女なのではないかと思いそうになる。そんなことはないのだ。世の中には可哀相な人がたくさんいるし、今のは自業自得でしかない。
 情けなく、悲しくなるのはいいが、勘違いな悲嘆にくれる資格はない。
「お前、わざと足を出したな」
 ミラの声が耳に響いた。響くような声ではないが、それが聞こえて何度も頭の中で繰り返される。
「ミラ、落ち着いてっ」
 聖良が顔を上げると、ミラが若い男と向き合っていて、ユイがしがみついていた。聖良が止める必要もない。気力がないから、説得も面倒だ。
「こいつ、わざと転ばせた。殺す」
「ミラ、ミラっ! どうして刃物なんて持ってきたの!? 連れてって欲しかったら置いていけって言ったのに!」
「これ、ペーパーナイフ。刃物違う」
 確かに刃がなければ刃物ではない。しかしペーパーナイフでも、ミラにかかれば十分殺傷能力がある。
 ユイはミラがそこまでして聖良と遊びたいのだと思っていたらしいが、ミラはミラなりの妥協点を見つけただけだということを、予測できていなかった。
「ミラさん、落ち着いてください。殺すなんてとんでもない」
 アディスが人をかき分けてやって来くると、聖良の手を取って起こしてくれた。
「すったからと、女性に八つ当たりとは情けない。どれだけしたと思っているんですか」
 アディスは白いレース部分に酒がしみこんだのを見て顔を顰めた。聖良が首を少し回しただけでその有り様が分かる。基本は黒なのだが、レースやら刺繍などは白いのだ。その部分が一部赤黒く染まっている。いっそレースを染めてしまった方が早そうだと思うような色である。これはプロに頼んで洗濯してもらった方がいい。それでも綺麗には落ちないだろうが。
「それも金で買ったのか。やはり天才ギャンブラー様は違うなぁ」
「高かったのはこの服ですよ。怪我をしないように、グリーディアの最高級品を揃えているんです。その上私の大切な妻に足をかけるなど、どうしてくれましょう。
 いっそ呪い殺してくれましょうか」
 その言葉でアディスが魔術師である事を察したのか、その男は小さく息を飲んだ。
 彼はまだ妻とか言っている。だったらいかにも少女趣味なデザインの服ばかり着せるべきではないが、彼は自分の趣味だと、聖良が何を言っても押し通すのだ。
「支払いがまだ済んでいないおろし立てですから、弁償はしていただきます。あちらでお話しをしましょう。
 あと、誰か彼女をシャワーのあるところに。服の替えも。ユイ、ミラさんのことは頼みます。
 私は彼とお話しをしてきますから」
 アディスはにっこりと笑って、ボーイに案内されて去っていく。聖良を転ばせた男性の背を押すようにして。
 聖良は仕方がないので、別のボーイに案内された部屋でシャワーを浴びた。
 テレビで見たような、ホテルのスイートルームのように広い部屋で、部屋にはシャワーがついていた。グリーディアでは魔動技術を利用したポンプを使って屋根の上に水をためているらしいが、ここがどうなのかは分からない。
 酒臭いので、香りのよい石鹸で身体と頭を洗う。高い物だろう。使うのが躊躇われたが、アディスも儲けていたし、請求は普通先ほどの男に行くだろう。できれば持って帰りたいぐらいの石鹸を、贅沢に使った。
 そろそろ小さくなってきたので、明日は石鹸を買ってもらう事にした。
 他にもかさばらない、グリーディアにはなかった便利な物を買うつもりだ。
 ふわふわの、ちゃんとしたタオル地のバスタオルで身体を拭いて、アディスに習った呪文を唱えて髪を乾かす。聖良が着ていたアディス好みの可愛いワンピースは選択を頼んであるので、代わりの服を用意してもらった。子供服では胸が入らないので、やはり大人の女性の服だ。袖まくりをしなければならないが、酒臭い服を着ているよりはいい。
 風呂場から出ると、案内してくれたボーイとは違い、女性が待っていた。先ほどのボーイには仕事人としての気品があったのだが、彼女にはそれがない。服装や部屋の片隅にあるシーツを入れるようなリネンワゴンからして、ルームキーパーのようだが、気配が違った。
 そう、彼女は場違いなのだ。
 彼女は美人だった。仕事人ではなく、貴婦人のような凛とした美人が、なぜか使用人の服を着ている。
 元がそれなりのデザインなので似合うが、明らかに違うのだ。間違っていると感じさせたのだ。
 彼女にこのような仕事は似合わない。
「……どうも」
 挨拶すると、彼女は笑みを浮かべた。
「災難でしたね。お茶はいかがですか? あちらはまだ時間がかかるようですわ」
 やはり穏やかで、気品がある。男街で女性の従業員など珍しいだろうに、その上これだけの美人。こんな美人が、ルームキーパーとは、とても信じられない。文化の差だとしても、意味が分からない。
 少なくとも、彼女は受付など、人のいる場所にいるべき人で、もしも聖良が支配人なら、間違いなく異動させる。
「お嬢様、お茶をどうぞ」
「あ、どうも」
 日本人の癖で、ついついぺこぺこしてしまう。
 アディスはこの仕草が可愛いと気に入っている。あの男は小柄な女性なら、怒っても転んでも泣いてもドジしても可愛いというに違いない。事実、子供達に対してはすべてが可愛いと言い切っている。
 お茶を淹れてもらったので、椅子に座りそれを受け取る。いい匂いだ。味も少し甘みがあって美味しい。
 お風呂に入ったせいか、リラックスするハーブだったのか、急に眠くなった。頭がふわふわする。
 きっと疲れていたのだろう。こんなところで眠ってはいけない。帰って、用意してもらっているはずの客間に──……





 アディスは今まで、報復する時は相手のすべてを奪うつもりでやっている。
 それで相手が自ら命を絶ったとしても、欠片も同情などしない。
 彼のもう一つの名前、アーネスとはそういう男だ。国に仕える魔術師としての自分との差をつけるためにも、そうするように心がけた。
 しかし今はアディス。グリーディアの魔術師。あのまま十年もしたら筆頭となっていただろう、子供が好きで、温厚な男。だから今は下手な事が出来ない。この男を追い詰めるために、過ぎた事は出来ないのが悔しかった。
 国とは関係なく自分の組織の船でも使ってくればよかったかと少し後悔している。しかし、アーネスの船は遅いのだ。それでも立派には立派だが、さすがに国が金を惜しまずに作った船には遠く及ばない。あの船の半分ほどの装備しかない。もちろん飛ばない。
 ミラの事もあるからアディスで来たのを忘れてはならない。アディスで来たのは間違った選択ではなかった。
 そう自分に言い聞かせるが、暗い衝動に駆られるのだ。
 だから派手で下手な事は出来ないが、下手な事を可能な限りしようと心に誓った。
 この男はそれだけの事をしたのだ。
 人垣のせいで現場は見ていなかったが、ミラが転ばせたというならそうなのだろう。彼女は異常なほどに周囲の動きに鋭い。悪意は逃さない。
 その上、わざと酒までかけてくれたのだ。
 落ち込んだセーラの背中に漂うあの哀愁。おそらく、また自分が悪かったのだと我慢していたのだろう。
 アディスのちょっかいや子供扱いされる事以外は何もかも飲み込んで吐かないから、またため込んでいないか心配でならない。
 あの抵抗やらふくれ面やら諦めた遠い目やらがまた可愛いのだが、落ち込まれると、どうにもまいる。そんな可愛い彼女に、またあの顔をさせたこの男は、どうしても許せない。許されるのはセーラが許容しているミラだけだ。
 しかもあの暴言。
 確かに珍しい人種の女性を着飾らせて連れ歩くような男は、金で買っている場合も多いが、そうでない事は見れば分かるだろう。
 この男の愚かさが、あの発言に現れているのだ。
「ざっと計算してこれだけです。レースの汚れは落ちないでしょうから、作り直しが必要になります。しかし何せグリーディアでも数少ない職人の技ですから」
 きっと作り手の彼女たちも怒るだろう。自分達の仕事の結果をくだらない理由で汚されたのだ。生地も特殊だが、グリーディア独自の特殊な縫製だ。あの仕立屋ですら二人しか職人がいない。だから人手を優先的に買い取る金額が高かった。
 あの酒の汚れを落とそうと思うなら、せっかくのレースが痛んでしまう。あのレースというのは高い物は本当に高い。どんな職人の手で、どれほどこだわった物か切々と語ってやりたい気持ちになる。セーラだからこそ贅沢をしたのだ。
 加害者の彼は大ざっぱに書かれた内訳を見てふるふると震えている。いい年してギャンブルで負けて喧嘩を売り、その連れの少女に悪戯をした報いだ。ギャンブルは誰かが負けるからこそ儲ける者がいるのである。
「だからといって、この値段はないだろう!」
「何を言っているんですか。物は神子が着ている物とほとんど同じですよ。あれはもっと戦闘に特化しているのですが、こちらはデザイン的に高いものですから、似たような値段でしょう。襟の白いラインも、魔術的に意味のある物ですからね」
 神子が着ているのは服の生地などは、グリーディアから品輸入したものである。セーラの服は可愛く可愛くとにかく可愛く仕上げてあるので言われても信じられないだろうが真実だ。案を練る内に楽しくなり、必要ないデザインにしてしまったが、レースは汚れやすいのでつけるべきではなかったのだと少し反省した。血や泥は簡単に落とす方法があるのだが、それ以外を考えていなかった。食事の時はソースが飛ぶような位置は隠されるから、問題ないと。
 今度はもう少し考えないといけない。レースや刺繍にも完全防汚加工をしてもらう事にする。かなり値は上がるが、今回のもうけがあれば何着か作れるはずだ。
 が、それは汚してくれた男には関係ないので、責任を追及する手は抜かない。本来なら、あのワンピースは汚れていなかったのだから。
「奥様を大切にされているのですね」
 空気の険悪さを和らげるためか、支配人が口を挟んだ。
「そう、大切な方ですよ。まだ背が伸びるかもしれないと、もう何年も成長していないのに、なかなか腕輪を作るのを良しとてくれなくて、ようやく説得したのに……。
 へそを曲げる姿は子供のようで可愛いのですが、呪文を唱えたりと実害があって苦労するんですよ。グリーディア以外で育っていたら、魔女になっていただろう人ですから、なかなかおっかないんですよねぇ」
 一般人は魔術師という物に対して、未知に対する恐怖を持っている。悪魔の使いになってしまう彼らを、人々は偏見を持って接する。だから人材が育たない。悪魔の使いっ走りになるなど冗談ではないという魔術師もいただろうに、偏見があるから大きな事は出来ない。人目を気にしてろくな研究がされないから、魔術に偏見が持たれ続ける。
 少ない資源とコストと手間で半永久的に稼働するものを作る事が出来ることをほとんどの人間が知らない。
 地下にあった人形師のあれがまさにその手本のような出来具合だった。後にそれを見に行った専門の研究者は、その美しさとやらに涙を流して魔術の可能性は無限大だぁと叫びながら走り回ったらしい。研究棟の半引きこもり達、興味のある分野になると、とたんに活発的になって外に出て走り回る、不思議なタイプの人間が多いため、よくそういった奇行話はよくネタにされる。
「さて、私はそろそろ彼女のところに行かないと。
 支配人、後の事はよろしくお願いします。妻はどちらに?」
 ちらと固まっている男を見てからアディスは立ち上がった。アディスの待遇が妙によいので呆けている。支配人まで出てきているのは、側にユイがいたからだろう。ひょっとしたら、この部屋に来る前にユイが声をかけたのかも知れない。ただたんにグリーディアの魔術師だから恐れているのかも知れない。店が呪われるなど、偏見に満ちた事は考えてそうだ。
「ご案内いたします」
 アディスはセーラの機嫌をどうやって取ろうか悩みながら部屋を出ると、ミラが走って駆け寄るのが見えた。
 セーラが怒って愚痴でも吐いたのだろうか。ミラにだけは言わないと思うのだが、誰かに漏らしたのを聞いていて、怒って脅しに来たのかも知れない。
「アディス、セーラ、いない」
「は? 一人でうろついてるんですか?」
 人の世話を受けるのが苦手らしいので、一人で戻って来ようとして迷っている。そう考えると笑顔で迎えに行ってやりたくなる。
「違う。部屋、カップが割れていた。セーラ、そのままにして行かない。欠片は拾ってから掃除道具探しに行く」
 まさしくその通りだ。
「トロア、匂いが途切れていると。部屋にある石鹸の匂い、外に出た形跡ない」
 トロアが言うならその通りだろう。彼なら犬のようにセーラが歩いた道を探し当てかねない。
「誘拐されたかもしれないとユイが」
「またですか……」
 口から出たのは「なぜこんな所で」とか「一体誰が」とかではなく、それだった。
 彼女ならどんな理由でどんな事件に巻き込まれてもおかしなところなどこれっぽっちもないのだ。
「アディス、探せるか? 探せないなら使えそうなのを神殿で捕まえてくる」
「大丈夫ですよ。前回の事で反省しました。彼女には常に目標となるペンダントをつけているようにと……」
 ミラが差し出したのは、髪留めとペンダント。
「シャワー浴びたから」
 アディスは支配人に掴みかかってやろうと思ったが、それを聞いた瞬間に控えていた使用人に命令を始めたのを見て我慢する。
「では、別の方法で探しましょう。外国人の旅行者の誘拐なんてどうせ身代金目当てです。私が荒稼ぎしていましたし、傷つけられる事はないでしょう。ここに人形師はいないので探査も難しくはないはずです」
 しかし、本当にまた誘拐されるとは思いもしなかった。
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