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青色吐息 作者:かいとーこ
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10話 聖都 1

 
 港に着いた翌朝、本当に神殿からの迎えがやって来て、朝食も食べる間もなく連行された。途中で買った魚の揚げ物とパンと水を、朝食件昼食として、馬車の中で取った。クインシーが文句を言わなければ、これさえなかったかもしれない。
 日が傾いた頃にようやく神殿に到着し、未婚の女性は出入り禁止のはずの男街に普通に入り、普通に男神殿に到着した。
 ネルフィアは人妻として。聖良は子供として。
 なんだかとても腹が立った。
 それを察しているのか、アディスが気にしている様子だが、その態度がいつものごとく腹が立つ。
 男神殿は、白が基調の石の建物だ。どこぞの大聖堂とギリシャ神話に出てくるような神殿を足して割ったような立派で見物しがいがある建造物だ。
 柱の一本一本に細かな彫刻が施され、天井まで続いている。質素とはほど遠い、絢爛豪華な造りはいかにも宗教関係の建物である。
 緊張した様子の中年神官に案内されどこかに向かっていると、アディスが足を止めて聖良の肩を抱いた。何事かと思うと、上から声が降ってきた。
「セーラ!」
 ミラの声だった。間違いなく、彼女の声。
 上向くと、梁に隠れていたらしきミラが降ってくるのが見えた。視界からあっという間に消え、気がつけば後ろから抱き上げられていた。
 人形の気分である。
「セーラ」
 まだ別れてそれほど経っていないのだが、そんなに浮かれるほど待ち遠しかったのだろうか。
「ミラさん、セーラが困って回りが脅えているので落ち着いてください。セーラは持ち上げられるのがいつぞやの変態のせいで苦手ですから」
 アディスの説得でミラはおろしてくれる。
 おろして、頭を撫で始める。
 みんな同じだ。それほど撫でやすい位置にこの頭はあるのだろうかと内心で愚痴りながらも、そんな事はおくびにも出さず振り返る。ミラ相手に、アディスのようには怒れない。怖いから。
「こんにちはミラさん」
「こんにちは」
「ずっとあそこで待ってたんですか?」
「そう」
「退屈だったんですね」
「そう」
 彼女は上機嫌だ。周囲はかなり引いている。彼女の上機嫌が珍しいのだろう。
「途中で美味しいお菓子を買ってもらったから、ユイ君達と食べましょう」
「ユイ、いない。仕事」
「ミラさんは行かなかったんですか?」
「悪魔殺してすぐに戻ってきた。事後処理、一緒にいても退屈」
 ひょっとして、希望を持たせたからご丁寧に待っていてくれたのだろうか。それに恐怖を覚えた神殿の男達が焦っていたと、そういうことだろう。聞いてみない事にははっきりしないが、そんな空気だ。ユイが一緒にいれば違ったのだろうが、今は彼女が一人で、ユイが不在。
 皆が脅える気持ちだけは理解できる。
「ユイ君達はいつ戻ってくるんですか?」
「知らない」
「じゃあ、先に食べましょうか」
 ミラはこくこくと頷き、聖良の手を取って歩く。
 アディスが顔を引きつらせるクインシーに別れの言葉を述べて、ネルフィア達を促し付いていく。
 前方にいた案内の神官が壁にびたっと引っ付いて道を空ける。行く道を塞ぐ人間、魔物は皆その調子だ。
 普通に魔物がうろうろしているのに少し驚いたが、神子とやらがうじゃうじゃいる場所なので当たり前の光景なのだろう。彼らにこの反応をさせるミラが当たり前でないだけだ。
「なんか、ユイが大袈裟なのかと思っていたら、みんな大袈裟に恐怖しながら感動してますね。普通の女の子みたいだって」
 アディスが皆の様子を見て言った。
「彼らにしてみたらきっとネルフィがしおらしいぐらい珍しい事なんだよ。ネルフィが乙女チックになったら、僕だってビックリするよ」
「あたしもびっくりだね」
 本人も認めるほどだから、ネルフィアに『女らしさ』などはないのだろう。ミラは周囲の言葉など気にせず、浮かれた調子で他人を壁に張り付かせながら進み、ある部屋の前で止まり、ポケットから鍵を取り出した。
 鍵というものが、あまりにもミラには似合わなくて意外だった。
 鍵を開けて中に入ると、立派なリビングだった。
「ここは?」
「ユイの部屋。部屋が五つある」
「い、五つ? なんでそんなに!?」
「神子、普通はペットがたくさんいる。だから一人一人の居住区広い。力が強くなるとどんどん広くなる」
 扉の間隔が長いとは思っていたが、まさかそんな事になっているとは。
「ユイ、三人しかいない割には広い部屋使ってやっかまれている。
 一部屋余っているし、ユイ達いないから好きに使え」
 ユイが帰ってきたらどうするのだろうか。聖良は間違いなくミラに拘束されるように部屋に連れ込まれるのだろう。森でもそんな感じでずっと一緒にいた。だから少しだけアディスが拗ねていた。
 ミラはあまりべらべらと話すタイプでもないので一緒にいても苦痛はないが、すっかり迎えにきた神官の思惑通りになっているのだろうと思うと、少し腹が立つ。彼等の安心のために、聖良は馬車で尻を痛めたのだ。
 しかしここは目の前の事をどうにかしなければならない。
「お茶を淹れますか?」
「お茶淹れる」
 珍しい事を言いながら、ミラがキッチンへと向かう。
 食材を持ち込めば立てこもれそうな、立派なキッチンだ。ミラが湯沸かしポットのような物を操作しており、聖良は驚いた。
「あれなんですか?」
「うちの国の特産物ですよ。湯を沸かして保温できるんです」
 アディスが答える。
 まさしく湯沸かしポット。どんなにファンタジーな世界でも、やはり技術は生活に便利なように、機械で出来る事と同じ方向性に発達していくのだと感心した。
 おかげで聖良は大して混乱もなく過ごせている。理解に苦しむような効率の悪い方向に技術が発展し、理解できない事を理解してもらえなかったらノイローゼになっていたかもしれない。
「このお茶、美味しい。セーラのために用意した」
「ありがとうございます」
 退屈なので買い物でもしたのだろうか。お茶を買うとは成長したものである。
「なあなあ、お茶もいいけどあとで探険したい!」
 トロアが浮かれた様子で他人の部屋を見て回りながら言う。
「これを食べたら案内する」
 ミラは得意げに言うが、絶対に行く先々で嫌がられるだろう。パニックにならなければいいのだが、ミラも普通に接すれば普通の女の子だと理解してもらえる可能性もある。ここに友達の一人でも作れば、聖良も必要なくなる。しかし、なかなか難しい話だ。彼女と向き合うには、いろいろなものに堪え忍ぶ必要がある。目の前で凶悪そうな魔物や人間が、片手でひねり潰されても、笑っていられるような忍耐力が必要なのだ。これを他人に求めるのはなかなか難しい。止めるにしても言葉を選ばなければならないから、ストレスが溜まる。聖良は、彼女の扱いには慣れたが、切られても簡単には死なず、普通の人間ほどの彼女に対する恐怖がない事が要因だろう。
「じゃあ、食べましょうか」
 おやつの時間には少し遅いが、小さな焼き菓子がぐらいなら、夕飯前に食べても問題ないだろう。
 街の観光は明日という事になりそうだ。





 すべての人が自然に道を空けてくれるという光景を、聖良はここに来て生まれて初めて目の当たりにした。皆が壁に張り付くから、それは見事な道っぷりだ。
 その道を譲ってくれる人々は、ミラに対して恐怖し、手をつないで歩いている聖良には驚愕する。
 ミラは珍獣扱いなのだろう。怖がりながらそれでも見ている。道を作られ、ひたすら背中を見つめられる。ついでに聖良と、その後に続く竜達も。
「ここ、聖堂。一般人は休日にしか入れない。あの扉の向こうまで」
 外は礼拝堂にでもなっているのだろう。お布施を回収する所はあるはずだ。宗教とはつまり金である。少なくとも、聖良はそう思っている。教主とは金銀財宝に埋もれているのだ。しかもここだとほとんど不老に近い。
 金持ちめ、憎らしい。
「立派ですねぇ」
 立派すぎて腹立たしいのだが、そんなことはおくびにも出さない。それが大人の女というものだろう。
「あそこの壁をくりぬいて彫られた像の顔がありませんけど、何か意味があるんですか?」
「あれ、私が壊した。壊れやすいから無駄が多い。どうせ形だけのくせに」
 光景が目に浮かぶ。壊して、ユイ以外誰も叱れないのだ。仕方がないからユイが厳しいとは言えない調子で叱る。もちろんミラは反省しない。
「でも、こうやって立派な聖堂があるからこそ、がっぽりとお布施を落としていくんですよ。権威は見た目からです」
「なるほど。見せ物小屋と同じか」
「そうです。宗教なんて、それらしい見た目と洗脳とパフォーマンスです。金目の物は壊しちゃいけませんよ。ミラさんも今はそれでご飯食べるんですから。
 苦労して職人が作った刃物を、用途以外で壊したらもったいないでしょう」
「わかった」
 納得してくれた。食べ物か刃物を引き合いに出すと彼女は納得してくれるのだ。ちなみに彼女は鍬や斧でもこれが通じる。
 こんな事を理解していくから、猛獣使い扱いされているのだろう。ここの連中もミラに刃物を貢げばいいのだ。きっと機嫌がよくなり、くれた相手に好意を持つ。刃物を持たせるのは怖いだろうが、どうせ初めから持っているのだ。数が増えても持てる限界は変わらないので、危険が増えるという事もない。
「セーラは面白いこと言うなぁ」
 壊された石像をこんこん叩いていたトロアが振り返って言う。
「相手による言葉の選び方がなんとも絶妙なんですよね」
「ネルフィの扱いも上手いよな。こういうタイプの女の扱い方をラゼスも見習えよ」
「ははは」
 トロアとアディスが気楽に言う。ミラの説得はさすがに聖良だって緊張するのに、暢気なものだ。
 ミラに手を引かれ、聖良はさらに奥へと進む。
「セーラ、あれが、神様」
 神様で思い浮かぶような像ではなく、もっと抽象的な、前衛的な、像と言うよりもオブジェのような物体である。
 そう、まさに物体という感じだ。
「こんな偶像は初めて見ます」
「神、形ない。いろいろ。各地で神と崇められているのはすべて同じ神。名前と姿が違うだけ。だから定まった形のないものを表現している。
 と、ユイが言っていた。どうせなら美人の女神像にすれば人がもっと人が来るのにって」
 ユイでもそのような事を言うのだ。少しショックである。男はどんなに真面目そうに見えても、考える事は同じなのだ。なぜだか無性に悲しく、裏切られた気分になった。脅える姿と泣いて喜ぶ姿と無邪気な姿に騙された。
 もちろんそんな事は口にしない。ミラに変な事を植え付けてはいけないから。
「確かにこの前衛的な芸術系のオブジェをわざわざ拝みに来るのも何だかなぁですね」
「セーラ、聞こえてますよ」
 アディスに言われて、遠くからこちらをのぞき見ている男達を見た。目が合った瞬間に引っ込む。
 聖堂なのに中には彼女たちだけだ。ミラが現れた瞬間、人々は壁伝いに逃げたから。
 だから心おきなく話していた。
「あの人達は何がしたいんでしょうか」
「怖いけど心配だから見たい、見たいけど怖いって事じゃないですか」
「あんな距離、ミラさんなら一瞬で追いつくから離れるだけ無駄なのに」
「あの位置は壁とかの関係で心が安まるんですよ。そっとしといて差し上げましょう」
 思い切り避けても、普通に避けても同じと分かっていながら思いきり避けているような情けない連中だ。聖良はそれ以上は視界に入れないように心がけた。
「ミラさんは取って食うわけでもないのに」
「扱い方を間違えなければ危なくない、むしろ便利な道具も、危ないという印象が先走って嫌われる事がありますから」
 いきなり肩を抱いたり、後ろからそっと忍び寄れば殺されるだろうが、すれ違うぐらいで怒るはずもないとは思わないのだろうか。
 恐怖は伝染する。皆が脅えるから脅えるのだ。
「セーラ、こっち食堂」
 聖堂の次はいきなり食堂。実にミラらしい。
「食堂かい。あれはいいね」
 船の中の食堂が気に入ったネルフィアは乗り気だ。手を引かれて行くと、食堂ではなく厨房へと案内された。いつも食べ物を作っているから、キッチンが好きなのだと思われているようだ。聖良は料理が好きなわけではない。自分がやらないとろくな食生活が望めないから料理をしているのだ。もしも彼女自身が一攫千金で大金持ちになったら、使用人を雇って炊事洗濯をしてもらう。
 料理など、しなくていいならしない生活の方がいいに決まっている。アディスに我が儘を言えばそれぐらいは可能だろうが、それは聖良の力ではないので肩身が狭くなる。
「ん、なんだミラか。今日はもう切る物ないぞ」
 ユイは、ミラのストレスが溜まると厨房にやって肉や野菜を切らせてもらっていると言っていた。比喩でも冗談でもなく、本当の事だったようだ。
「って、その女の子はどうしたんだ」
「友達」
「友達? そっか、女の子の友達が出来たのか。よかったな」
 にっと笑う厨房の男性達。
 ユイに心配されていた割には、ちゃんと知り合いはいるらしい。彼らも聖良に近い気持ちなのだろうか。あんまり近づくと怖いけど、あまりにも生き方が不器用でほっておくことも出来ない。扱いを心得れば危険でもないし、役にも立つ。
「じゃあ、今夜は祝いに偉いさん用につくったデザートのあまりをやるな。形はあんま綺麗じゃないけど、味はかわらねぇしな。特別だぜ」
 ミラはこくと頷く。
 このコック、やはりミラの扱い方の基本を心得ている。聖良の存在がこれほど珍しがられるのに、彼はそうでないのだろうか。同性であり、友人であるのが彼らにとっては大切なのだとしたら、見る目がない。
「ところでユイ様はどうした?」
「ユイ、事務処理。置いてきた」
「ははっ、相変わらずだな」
 ミラは薄く笑い、聖良の手を引いて厨房から出る。
 連れ回すのが楽しそうなので黙ってついていくが、そろそろアディスが飽きてきている。口にはしないが、聖良の髪に触れたりと、退屈している時の行動を取っているのだ。しかし他の竜達は大きな建物の中をうろうろするだけでも楽しいらしい。
 ミラとネルフィアさえ満足してくれていれば危険はないので、ここはどこまでも付き合うしかないのだろう。
 新しく手に入れたペットを見せて回っている雰囲気はあるが、相手はミラ。聖良もアディスも甘んじるしかない。





 神殿に帰ってくると、まるで初めてミラが来て数日後ぐらいの状態に戻ったかのような混乱状態であった。あの時は神子の中でもかなり上位クラスの男が使役する悪魔を、ミラが殺さない程度に串刺しにしていた。人間なら確実に死んでいる、悲惨な姿だった。
 今日は何だろうと恐る恐る聞くと、ミラが神殿中を数人の人間を引き連れて歩き回っているのだという。しかも手をつないで上機嫌で。それが恐ろしいらしい。この世の終わりだと脅えている者もいるそうだ。いくら何でも失礼である。
「セーラだね」
「この世でミラさんにその反応をさせられるのは彼女だけじゃないかな」
「混乱が大きくなる前に回収しないと……」
「もう大きいよ」
 皆の行方を聞きながら走る。疲れているが走る。セーラが可哀相だ。アディスもいるだろうが、あの二人の不運っぷりをしばらく目の当たりにし続けてきた身としては、とてもではないが放置できない。
 森の中で暮らしていた頃、ミラが仕掛けた罠に、二人はことごとく引っかかっていた。そのため事前にどこに仕掛けたか聞いて、その方角には行かないように気をつけていたのに、風で飛ばされた洗濯物を追って罠にかかるという、そんな人達だ。
 落とし穴の中で身動きできずに「何が悲しいかって、自分の間抜けさが悲しいんですっ」と泣いていたセーラを思い出す。あれは切なくなった。
 ユイはセーラを助けるべく、様子のおかしい神官を見つけては声をかけた。
「あの、ミラを見なかった?」
「あ、あっちに」
「この先って、宝物庫があるような気がするんだけど……」
 ここに立っているという事は、彼等は許可がない者を追い返すためにいるはずなのだが。
「だだだ、だって、止められるはずがっ!」
 それはそうだが、他に見知らぬ者もいたというのになぜ通すのか。ユイが攻撃されない限りは危害を加えてはいけないという命令をしている事は有名だ。
「部外者がいたのに、何を考えているんだっ! ミラも悪いが、君も悪いぞ!」
 ユイは舌打ちして男の脇を通り抜け先に進む。
 行く先々で同じやりとりをして血管が切れるかと思った。
 確かにミラは強い。悪魔や竜も殺すというのは、神子にとっても脅威だ。しかし彼女は鞘に収まった剣。抜く許可を出していない。許可を与えるのは襲う馬鹿だ。皆知っているのに恐れる。
「意気地のないっ」
 セーラを見ていてつくづく思うのだ。
 不死身に近いからだとはいえ中身は普通の女の子だ。痛みはある。すぐに抜く事も、剣を振るう事に躊躇がない事も、人を殺す事も、竜とまともにやり合える事も知っている。
 実際に目の前で人を殺すところを見た事はないので実感がないのかもしれないが、それはここの者達も同じだ。ミラがここで殺した数など、片手で足りる。その殺された者は殺されるだけの事をしたから殺された。
 恐れる者達はただ意気地がないだけなのだ。
「まったく」
 宝物庫にたどり着き、脅えて中の様子を見ているだけの守衛を睨み付けた後に中に入る。
 ミラがいた。セーラがいた。アディスがいた。その他の竜達もいた。内一人の女性は知らない。
 赤毛の大柄な女性だ。なかなかの美人だが、どうにも誰かを思い出す。
 彼らは何とかという昔の偉い人の甲冑で、無邪気に遊んでいる。
 誰だろう。
 いや、考えるまでもない。
「……ネルフィアさん?」
 名を呼ばれて彼女はユイを見た。
「おや、帰ってきたのかい!」
 にっと笑う。人の姿でもワイルドで逞しい。
「…………なんでネルフィアさん達までっ」
 この世の恐ろしい女の上位二人が揃っている。ミラには首輪があるが、赤の魔王にはそれがない。中には本能的に悟って逃げまどっていた者もいただろう。そういう者には、悪い事をしたような気分になる。竜がこれだけいては正体を見抜くまでは無理でも、冷静ではいられないのも頷ける。
「いちゃ悪いのかい?」
「いや、てっきり二人で来ると思ってたから」
 まさか、このトラブルの元を連れてくるとは思わなかったのだ。
 なぜ来たかは、聞くまでもなく理解できるが。
「子供達だけで遠出なんてさせられるはずないだろ。常識を考えな」
 普通の子供だけよりもネルフィア込みの旅行の方が心配だ。その上、二人は普通の子供ではない。セーラは普通かもしれないが、アディスは普通ではない。世慣れしすぎている子供だ。
「…………でも、なんで宝物庫に」
「ミラが案内してくれたんだよ」
 ちらとミラを見ると、彼女は大好きな聖剣を見つめていた。彼女はこれが好きで、時折これを見に来ている。ハノに連れてきてもらっているので守衛は知らないだろうが。
 それでいいのかともたまに思う。
「ミラ、ここは部外者は立ち入り禁止なんだよ」
「なぜ? 取らないのに」
「壊れたら洒落にならないからね。神殿の宝物庫なんて、僕には価値が分からないけどすごい物ばかり置いてあるんだよ、きっと」
 目の前にしても価値は分からないので、曖昧に言葉を濁す。
 しかしアディスは内の一つの皿を叩いた。
「大したことのない物ばかりですよ。これなんて、多少の金持ちなら簡単に買える物です。一晩カジノで遊べば簡単にお買い上げ出来ます」
 アディスはとても子供とは思えない発言をする。
「その聖剣とやらも偽物でしょう。剣自体は業物ですが、肝心の石が偽物です」
 アディスは大人びた表情で、皮肉るように笑う。
 彼が知り合いでなければ、きっととてつもなく怪しく、何か企んでいるように見えた事だろう。
 彼はごく稀に、黒幕めいたやたらと黒いヴェールに包まれているように見える気がするのだ。何かと知りすぎているからそれが余計に目立つ。
 魔術師アディスとは、これ以上に黒い物を腹に抱え込むような人物だったのだ。竜のアディスはまだ子供だから、それが透けて見えるので多少は安心できるのだが、それが透けなくなった頃が心配だ。
「たぶんここ、多少高い物とよくできた偽物が置かれている場所ですよ。きっと本物は別の場所にある」
「ええっ!?」
 そんな場所があるなど聞いた事がない。ユイはまだ若いから信用がないので教えられていないだけかもしれないが、それらしき場所も知らない。
「ここが神殿で、クインシー達に連れられたのでなければ探し出していたところですが──敵に回しても厄介ですからね」
 ネルフィア達が興味津々なのだが、アディスは気付いていない。あの好奇心の強い竜の前でろくでもない事を言ってくれる。気を逸らさなくては。
「そ、そうだ。夕飯を食べたら街に行く? 遊ぶところも多いんだよ。さっきアディスが言っていたカジノとかは、男街が一番多いんだ」
 ネルフィアがきょとんとしてユイを見る。
 竜には無縁の場所だった。彼女では存在自体知らないだろう。知っているアディスがおかしいのだ。
「ネルフィ知らないの? お金をかけてゲームをするところだよ。やった事ないからよくかわらないけど、お金を増やす事も、破産する事も出来るんだって」
 ラゼスは知っていてくれたようで、自分なりに説明を始めた。
「楽しいの?」
「さぁ。そういう場所があるって事以外はよく知らないよ」
 ラゼスですら存在しか知らないのだから、ネルフィアが知らなくて当然だ。他に何か彼女が食い付きそうな楽しいことはないだろうかと考える。
「カジノですか。資金を稼ぐのにいいですね」
 アディスが皿を元に戻しながら言う。
「し、資金?」
「国では出入り禁止扱いなんですよね」
「出入り禁止?」
「セーラ、たっぷり稼げたら、君の欲しがっていたもの全部プレゼントしますよ」
 ユイと似たような表情で固まっていたセーラは、額を押さえて首を振る。
「私が欲しいって言った物、覚えてます?」
「オーブンに圧力鍋に食器に…………調理器具ばかりですね」
「お金の問題と言うよりも、運ぶのが大変だから買わない物ばかりですよ。食器なんて、まだ自分で木で作ったり、土器でも焼いた方がいいですし」
 竜の背中で持ち帰るなど、どれだけ割れるか分からない。オーブンなど、くくり付けるのも大変だ。セーラが乗れなくなる。
「宝石とか、ドレスとか」
「いりませんよ。あ、オイルとかは欲しいです。お化粧水に入れるオイルとか、いい香りの精油とか」
 彼女はハーブを煮出して肌に塗っている。どんなに見た目が幼くとも女の人なのだと感心したものだ。あの肌の美しさも、そんな努力の賜なのかも知れないと。
 ミラにも見習って欲しい物だ。
「ここのカジノにドレスコードはないんですか?」
「場所によるよ」
「セーラの服は正装でも通用するでしょうか」
 セーラの服を見る。
 きっと高い服だろう。彼女の髪に合わせてか、黒が基調の可愛いワンピースだ。子供のよそ行きの服としてなら、十分だろう。
「問題ないと思うよ。ただ、入れるかどうかが問題で。子供を預かる場所もあるからひょっとしたら……」
 ひょっとしたらそこに押し込められる可能性もある、という言葉を飲み込んだ。
 セーラが先ほどから瞬き一つせずに睨み付けてくる。彼女のコンプレックスは理解しているが、子供に見える事実は覆らない。
「でも、セーラぐらいの子だと、大人について見ていたいということも可能だと思うよ」
 子供扱いだと認識されているらしく、じとっと睨まれる。諦めと憤怒が入り交じった、複雑な視線。彼女のこれは気にしていても仕方がない部類の恨み言だ。彼女自身も理解している。
「その前に軽く夕飯食べようか」
「……そうですね」
 セーラが視線を前に向け、宝物庫を出ていった。不機嫌だ。彼女を不機嫌にさせるとミラまで不機嫌になる。
「明日はトワナ……夫婦街に行こうか。あっちならもっとセーラが喜びそうな可愛い店もあるからね。本当は女街に行ければいいんだけど」
 行けない事もないのだが、子供と女性と隠れ住むようにしているその伴侶がいるようなところに、行って落ち着けるはずがない。
「ユイ、明日は暇なのか」
「僕以外に出来る事は他人に押しつけたよ」
 捕獲出来れば有り難かった魔物がいたのだが、抵抗されて神子が一人殺された。その場に、それを使役できる人材がいないので殺した。
 ただそれだけだから、ユイがしなければならない事は少ない。殺されたのは気を抜く馬鹿が悪い。
「だから、しばらくはゆっくり出来るよ」
 ミラが嬉しそうに笑う。
 セーラがいると、彼女は本当によく笑う。笑う彼女はとても魅力的だと、脅えるだけの皆にも知らしめたいのだが、難しそうだ。
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