挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
青色吐息 作者:かいとーこ
38/110

8話 グリーディアの魔物 2

 街に一番詳しいアディスは、仕方がないのでいつものブティックに連れてきた。幸いミラは平均的な体格をしていて、既製品が着られる。
 かなり大きな財布がいるので、店員達もカモにする。髪も簡単に鋏を入れて整えてもらい、カジュアルで動きやすい服を見繕ってくれた。
 ミラの財布であるユイは、店ごと買われてもいいという顔だ。神子は有能な魔物狩りなので、金は腐るほど手に入る。
「ミラ、こういうのは?」
 ユイは気に入ったらしい、色気のある女性に似合いそうなワンピースを差し出し、ミラの顔に不機嫌の色が浮かぶ。すぐに諦めて、今度はセーラに似合いそうな可愛らしい上着を見せて同じことを繰り返す。
 どうやら二人の趣味に大きな差があるようだ。その差が埋まらず、こうやって今の関係が出来てきたのだろう。
「ユイ、こういう時、男は意見を求められるまでは黙っているものですよ。そして黙って財布を出す。それがいい男ってもんです」
 アディスは見かねて口を出した。
「それって、財布だけの存在になれってこと?」
「もちろん、試着後には感想を述べるべきです。女性との買い物とは、そんなものですよ」
 だから子供との買い物の方がまだ楽しい。可愛いし、無邪気だし。セーラは何を着ても可愛いので楽しいが、大人の女との買い物は口にはしないが嫌いだ。
 不満など言ったら自分が不幸になる。ただでさえ不運体質なのに、自分から墓穴を掘るような真似はしない。
「セーラ、このリボン可愛いわ。きっとセーラに似合うわ」
「フレアさん、今日はミラさんの……」
「つけましょつけましょ、ああ、可愛いわ。買いね。私が出してあげる」
「…………ありがとうございます」
 セーラがフレアに押し負けた。そんなセーラも可愛い。
 人形遊びの感覚で選ぶだけあり、フレアが似合うと言ったリボンも可愛いらしい。数種類のレースが使われていて、彼女の黒髪によく似合う。
 そんな可愛いセーラを見られるだけでアディスは幸せだった。
 ミラの方も女の子らしい服に着替えたら、前よりも若返り、年相応に見えた。数年前に出会えていたらと惜しく思う。もちろん手を出そうなどという無謀な考えは無い。
「ミラさん、格好良い」
 足が長いので、足のラインが出るパンツがよく似合う。
「やはりどんな女性でも、可愛くしていた方がいいですね」
「ミラが女物を……」
「いや、泣かないでください、恥ずかしい。別にドレスを着たわけじゃないんですから」
 セーラのように可愛い服を着たら、アディスも少なくない感動を覚えるだろうが、彼女はボーイッシュな雰囲気の服しか身につけていない。
「次はスカートはいてみましょうよ。これなんか動きやすいですよ。下にユイ君みたいに短いズボンはいてればいつもみたいに動いても大丈夫ですし」
 ミラはこくと頷いた。動きやすければいいらしい。
 ユイの事はもう完全に無視して、アディスは店長と話しをする。
 最近街で何か変わった事はないか調べる時は、城下で聞いた方がいい。こういう店は、それなりにうわさ話が舞い込む。飲み屋はゲスな話題だが、この店は上流階級の噂も入ってくる。
 女性というのは、とにかくおしゃべりが好きなので、情報はデマが誇張されて話されている事も多いが、それを見極めるのが聞き手に必要な技能だ。
 その中で、気になる話を一つ仕入れた。
 この都の近くで魔物が出たらしい。この国は魔物自体が少ないのに、人里付近というのは珍しい。
 この国に神子が進出できない理由は、悪魔がいない事、魔物が出ても人間の魔術で仕留めてしまう事が原因だ。
 神子いらずの国。
 そのため、神殿を作ってもお布施は少ない。だから神子は国の体制が崩れるきっかけになる、悪魔でも出ない限りはこの国に手を出さない。
「その魔物は仕留められたんですか?」
「軍が探してるんですが、先日も街から出た商人の親子が……」
 老夫婦がいなかったのが気になった。食料は定期的に届けられているし、薪も十分なほど用意してあった。しかし、どうして離れていたのか。
 しかし、今更焦っても仕方がない。帰り際に探す事にした。
 最悪の場合、アディスは先に戻ってネルフィアを説得して、三人に探してもらうことになる。
 便利な夫婦だったから、死んでいてもらっては困る。あと五年はこれで問題ないと思っていただけに、困るのだ。
 この国に住み着くような、知性もないケダモノ如きに計画を壊されるなど、実に腹立たしい。





 ミラの身なりがかなり良くなったところで荷物が増えてしまい、食器は今度にして帰ることにした。フレアも一緒に行きたがったが、来てどうするとアディスに冷たくあしらわれ、泣く泣くといった雰囲気で手を振ってお別れした。
 都を出てからアディスが急ぐと言い出した。
 最近は魔物が出るらしく、姿が見えなかったあの老夫婦がアディスは心配らしい。だったらもっと早く帰れとも思ったが、あの時点でさらわれていたのだとしたら手遅れで、急いで帰っても早すぎればまだ帰っていない可能性もある。
 馬車を飛ばして小屋にたどり着くと、やはり人の気配はなかった。家の中は生活感があり、長く開けていた雰囲気はない。来た時に馬達の様子も普通だったし、今朝まではいたのだと思われる。
 ユイが馬を小屋に戻してくれている間に、アディスは空を飛んで周囲を見回り、聖良は小屋の周辺で、夫婦で仲良くうたた寝でもしていないかを確認し、見つけられなかったので外に置いてあるベンチでアディスを待つことにした。
 一回しか会ったことのない人達だが、その時はめんこいねぇと言ってお菓子をくれた。いいおじいちゃんとおばあちゃんだった。
 アディスが戻ってくると、彼は首を横に振った。
 いつものように人型に化けると、木の影で着替えをして出て来る。
「どうしましょう」
「二人は見つけられませんでしたが、怪しい屋敷がありましたよ。
 隠されていますが、さすがに屋敷一つともなれば私の目は誤魔化せません。並のレベルでは誤魔化されます。
 魔物よりもあそこの方が怪しいかも知れませんね」
「そうなんですか?」
「魔物にさらわれたにしては血の跡もない。あの夫婦はこの小屋からそれほど離れないように言ってありますから、血が出たのなら私の鼻で多少はかぎ取れるんですよ。しかしなんの違和感もない。あるのは花の香りだけ」
 確かに、寝室にポプリが飾ってあった。アディスは声をかけてからすぐに飛び立ったので、そこまでは行っていない。竜の姿だと、やはり鼻はきくようだ。
「その屋敷に行く?」
「ええ。私が降り立つと目立つから、馬で行きましょう。働き通しで悪いですが」
 アディスは馬小屋に戻した、水を飲んでまったりとしている馬をなだめすかして背にまたがる。
「僕も行くよ。ミラ、セーラとここに」
「わかった。アディス、ユイを頼む」
「ミラ……あのね」
 ユイは何か言いたそうだったが、アディスが行くのでついていく。
 あの人はミラに比べれば弱いのは確実だが、世間に比べるとどうなのだろうか。彼が実力を発揮するのはミラを止める時以外に見たことがないので、素人とか以前に何も分からない。
「ミラさん、ユイ君って普通レベルから見て実力はどうなんですか?」
「ユイ、神子なのに魔術使える。とても珍しい。魔術師としては悪魔が欲しがる程度には実力がある。しかし私から見たら子供だまし」
 彼女から見たら、ほとんどの達人が子供だましなのではないだろうか。
「ミラさんは突き抜けているから……」
「ユイ、神殿の神子の中では一番。でしゃばらないから皆気付いていないが」
 ミラがユイを褒めるなど珍しい。本人がいないからだろうか。
「認めてるんですね」
「神殿に属さないすごい神子がいる。それが自分ほどではないが、自分の次だと言っていた。神子としての実力は私には分からないが、神子の頂点から見ても認められるものらしい」
 ミラが褒めているということは、その頂点に立つ神子はどこまでもすごい人物なのだろう。
「その人は、どうしてユイ君の知り合いなんですか?」
 神子はすべて神殿に属していると言っていた。属さなければ、死と。
「私の知り合い」
「ミラさんの? お友達ですか?」
「違う。知り合い。私を育てた男とは友人だったが私は違う」
「男の人なんですか」
「分からない」
「え…………」
「皆知らないらしい。知らなくても問題ない。距離を置きすぎても、近づきすぎても危ない。だから知り合い」
 赤の他人ならその他大勢として殺しそうなミラを見ていると、距離を置きすぎるのも危険というのは理解できる。それが悲しい。
「ユイ、会うといつも脅えている。怯えさえしなければ、もっとマシになるのに」
 ミラに駄目な男だと思われているなど、彼は知らないのだろう。後でこっそり教えてやろう。知らなければ何に不満を持たれているのか分からないから。不満を言わないで不満を持たれるのが一番対応が難しい。
 ベンチに座って、そんな取り留めもない話しを続けた。少し日が落ちて、もしも上空をネルフィアが飛ぶようなことがあったら止めるための相談を始めた時だ。
 ミラが立ち上がり、剣に手をかける。
「人の気配。セーラ下がれ」
 言われるがままにミラの後方に隠れ、様子を見る。
「誰だ」
 問われ木々の間から姿を見せたのは、異様な姿──仮面をつけた魔術師だった。
 目をつぶって回れ右して昼寝をしたい気分である。しかしそれをしていては前に進まない。
「人形師さん、なんでここに……」
 腕に鳥肌が立っている気がするのだが、長袖なので確認は出来ない。また服が汚れたり破れたりしそうで恐ろしいが、今日はミラという盾兼矛がある。一人相手なら彼女は最強だ。問題は人形であるのだが、彼は結界の外、聖良は結界の中。破られそうになったら騒がしくなるのでアディスには分かるらしい。
 彼とはそれほど離れていないだろうから、習った呪文を唱えて補強もできる。完璧だ。
「近くを散歩していたら、女の子の声が聞こえた。セーラ、今日も愛らしい。その女性も美しい」
 人形師はミラにまで目をつけた。
 なんて無差別で無謀な男だろう。
 確かに今日のミラはボーイッシュで綺麗だが、聖良が子供扱いというのも腹が立った。
「この人、殲滅の悪魔です。手を出そうとしたら即殺です。あと、私達同い年なんですけど」
「セーラは竜の血を飲んでいたな」
「肉体年齢が同じなんですけど」
 彼は二人を見比べる。
 凸凹だろう。
 聖良から見ればミラはモデルのような体型の美人だ。長身で細くてうらやましい。
「セーラは小さい。小さいものは可愛い」
 誰の受け売りか知らないが、ミラは慰めているつもりのようだ。
「……まあ、いいんですけど。
 で、人形師さんは今この付近に住んでいるんですか?」
 近所というか、アディスが見つけた屋敷に住んでいるのだろう。確信しているが、念のために確認した。
「それは言えない」
「別にいいですけど……ご老人に興味は?」
「ない」
 あったらそれはそれで怖い。
「ですよねぇ。ここに住んでいるおじいさんとおばあさん、知りませんよね?」
「すまないが、興味のないことは頭に残らない」
「都合のいい頭ですね」
「長く生きていると身につく」
 そんなのは彼だけだろう。セーラは身につけたくないし、最近出会った相手を忘れるような風にはなりたくない。
「セーラ、そこから出てこないか?」
 人形師が結界の外から手招きした。
「出ません」
「甘い物でも馳走しよう」
「アディスを待っているんです」
「あの男はいらない」
 寒気がして腕をさする。やはり怖くて気持ちが悪い。
「い……いるいらないの問題じゃないでしょう。そろそろフレアさんが帰ってくると思いますよ。さっきまで一緒にいましたから」
「フレアは別の所に住んでいる。帰らない」
 意外だとも思ったが、確かに彼と同居したらこちらまで病んでしまいそうだと納得もした。フレアがそれを理由に同居していないのだとは限らないが、常に共にいないのは彼のためにもいいだろう。
「ん」
 人形師が空を見上げる。つられて見るが何もいない。
「どうしました」
「客が来たらしい」
「ひょっとして、近くの屋敷に住んでいませんか?」
「それは言えない」
「アディスが行ってるんですけど」
「そうか。一緒に来るか?」
「いいんですか?」
 言えないと言った矢先に。
「人形を見られたら同じ事」
 確かにそうだ。普通の人から見たら元気のない人に見えるが、アディスは見破るだろう。
 時間は、まだ大丈夫だ。
「…………ミラさんどうします?」
「退屈。行く」
 ミラは結界から出る。もちろん警戒はしているようだ。仕方がないので聖良も出た。一度は帰してくれたのだから、危害はもう加えないのだろう。
 きっと。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ