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青色吐息 作者:かいとーこ
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7話 魔道士 1

 
 都会も良いけど、自然もいい。
 虫はいるし蛇はいるしと最悪だが、聖良は比較的平気な方なので噛んでこなければ大丈夫。
 食事の時の衛生と、寝る時に羽音が煩かったり、虫に刺されなければよいのだ。普段いるのは虫が来ない崖の上で、下にいる時ももらった虫除けの薬を持ち歩けば大丈夫だった。冬に向かっているため、徐々に虫も減ってくるはずだから、雪が降るまでは過ごしやすいだろう。
 しかし自然にはいろいろと不便がある。
 食物の確保が難しい。肉や魚は手に入るが、野菜がなかなか手に入らない。だからいつも遊ぶ湖のそばに、もらったハーブの苗を植えてみた。
 強くてどこにでも生えているが、あくの強い毒草と見分けを付けにくいため自分で安全なものを植えて育てた方が良いそうだ。似てはいるがさすがに並んで生えていたら分かるらしく、間違ってどこかから種が飛んできても大丈夫らしい。聖良にとって毒はすぐに解毒されてしまうが、不味いらしいのでこうするのが一番よい。
 春になったら色々な野菜も植えよう。しかし野生動物に食べられてしまうかもしれない。プランターを崖の上に置くのも考えてみる。
 時間は腐りそうなほどあるのだ。
 他には香りの強い花を摘み強い酒に入れて香水を作ってみたり、お菓子を作ってみたり、自然にこだわらない色々な試みもしている。
 最近、少しだけ調理器具も増えた。
 かまどを作って調理して、パンを焼いたりした。
 ネルフィアも食べてくれた。甘いお菓子が気に入ったらしく、作ると小さくなって食べてくれる。大きなままだと味わえない。これは味を楽しむ物だから、腹はふくれなくてもいいと始めに言うと、彼女はとても驚いた顔をしていた。
 その表情が、ちょっぴり可愛いかった。
 今日は少し趣向を変えた物を作っている。
 色々と練習した結果、ケーキを焼くのに成功した。電子機器やタイマーの代わりに、魔法によって温度を一定に保ったのだ。少しばかり硬くて膨らみが足りなかったが、素人作品なので許容範囲内だった。
「あのぉ、これは何ですか?」
「生クリームですよ」
 アディスには、生クリームを冷やしながら泡立ててもらっている。城のコックさんにもらったものだ。菓子にはあまり使わないようで、用途を説明したら驚いていた。
 採ってきたばかりのブドウほどのサイズの果物を綺麗に洗い、冷めたスポンジを半分に切った。あとはデコレーションだけだ。
 アディスの力強い腕は聖良がするよりもうんとはやく泡立っている。男の人はこういう時に頼りになる。
 しかし、成功して少し驚きもあった。
 濃い奴を用意してくださいと言ってあったが、泡立たなかったらどうしようと少し不安かあったのだ。当たり前のように必ず泡立つ濃度のクリームが、パックにされて売っている世界にいた彼女は、瓶に入れられていたそれが泡立つのが不思議で、少しばかり感動した。
「あ、ちょっと貸してください」
 ほどよい八分立て状態になったのを確認して、聖良はヘラでそれをすくい、スポンジに塗る。果物を置き、上に生クレームをかぶせて、スポンジで挟む。あとは生クリームで全体を包み、デコレーションケーキにする。
 アディスがそれをのぞき込んでじっと見つめてくるのが少し邪魔だったので、ボールを渡してもう少し泡立てるようにお願いした。デコレーション用はもう少し堅くした方がやりやすい。出来上がったら手製の絞り器で、簡単に飾る。
「美味しいですねぇこれ」
「私の世界で考え出されたんです」
 生クリームの歴史は古いが、ホイップするようになったのはそれほど前ではないと聞いた。生クリームが菓子のすべてではないが、聖良は生クリームが大好きだった。
 ケーキを綺麗に飾ると、冷蔵庫にしている熱を通しにくい素材の箱に入れる。
 あとはネルフィアが帰ってくるのを待つだけだ。
 アディスがボールにこびりついた生クリームの残りを指ですくい食べているので、呆れてそれを取り上げて奥の水場へと向かう。
 道具を洗ってから戻ると、ちょうどネルフィアが獣をくわえて戻ってきた。
「お母さんおかえりな……」
 アディスが駆け寄り、背から降りる人間達を見て足を止めた。
 ユイとミラとハノの三人。
 ハノは腰を抜かして地面に座り込み、ユイの心なしか顔色が悪い。
 アディスの飛行は穏やかだが、ネルフィアの飛行は、事前にお願いをしないと激しい。
「……本当に来たんですか」
 アディスは三人を見て、言った。
 しかも途中でネルフィアに出会って背に乗るとは、驚いた。
「セーラ」
 ミラが聖良の元へと走ってきて、ひょいと抱き上げる。
 気に入られているようだが、人形のような扱いを受けている気がした。
「お、お久し振りです」
 ネルフィアと喧嘩できる女性に持ち上げられていると思うと少し怖いが、笑顔で挨拶した。
「いい匂い」
「さっきお菓子を作ってたんですよ。甘いの」
「甘いの」
 ミラは心なしか嬉しそうにする。聖良は下ろしてもらって、アディスにお茶を入れるように言い、冷やしていたケーキを六等分に切り分ける。二きれずつ食べられるかとも思っていたが、これでほどよく人数分。
「すみませんねぇ。陶器はここまで持ち運ぶのに割れてしまうと思うんで、こんなカップしかないんですが」
 アウトドアで使うような、スライドさせて組み立てる携帯カップだ。素材はよく分からない物だが重宝している。
「これ何、この白いの。メレンゲかな?」
「生クリームを泡立てたんです。美味しいですよ」
 アディスが作ってくれたテーブルにケーキを置いて、椅子が人数分無いので立って食べる。
 ちなみに、ネルフィアは一口だ。
「こんなお菓子初めて食べるよ」
 他国を旅するユイが言うのだから、本当に泡立てる使い方はされていないようだ。
「ただし超高カロリーだから、ばくばく食べると太るんですけどね」
 それが乙女の悩みの種。太らなければいくらでも食べられるのに。
 度々生死の境を彷徨って復活しているので、太らない可能性もある。しかしそれに賭けるほど、聖良は無謀では無い。
「セーラ、私これ好きです。チビ達にも食べさせてやりたい」
 アディスも幸せそうに食べながら言う。子供達に行き渡るように作るのは、聖良は嫌だ。腕が死ぬ。ぜひ職人にまかせたい。
「作り方は簡単だから、都に行ったら教えますよ」
 コツは冷やしながら、砂糖はいっぺんに入れない。それぐらいだろう。
 あとは職人がいくらでもアレンジしてくれる。
 食べ終えると聖良は皆の分の食器を片付ける。ユイが手伝ってくれて少し助かった。食器を拭き終えて、カゴに入れるとユイが持ってくれる。
「ところでユイ君、どうしてここに……っていうか、何でお母さんと?」
 ひょっとしたら本当に来るかも知れないと思っていたので、ここに来たこと自体はいい。不思議なのは、あの光景だ。
「実はここまで来たの、君に会いに来たわけじゃないんだ。ちょっと獲物を追っていて」
「獲物?」
「魔道士だよ。悪魔の契約者。
 悪いことをした彼らを狩るのも僕らの仕事」
「悪いこと?」
「この国への侵入」
「それが悪いことなんですか?」
「悪くはないけど、悪さをする可能性がある。だって悪魔どころか魔道士もいない国だよ。なのに魔道士が入ってくるなら、ろくでもない理由があるってね。ミラがいるから僕らに押しつけられたんだ」
 でここまで追ってきたと。
「で、僕らが追っていたら、ネルフィアさんに呼び止められて、目を離したら逃げられた……。
 まさか彼女に文句も言えないし」
 言えるわけがない。
 気持ちはよく分かる。
「で、なんかこっちの方に逃げてきたから、たぶん山越えをしたいんだと思って、ネルフィアさんにとりあえず見晴らしのいいところがないかって聞いたら、ここに……」
「確かにうちは見晴らしはいいですねぇ。
 この上に行くのも、ここをロッククライミングするのが一番安全だそうですよ」
 聖良は軽い調子で、現実的ではないことを言う。
 見晴らしが良すぎて、この中から一人捜すのは大変だろう。むしろ下から崖を見上げていた方が、見つけやすい
「……噂以上に恐ろしい森だね」
 他の道がどう危険なのか、聖良はまだ聞いた事がないが、どんな事をしても聖良には越えられない山だという事だけ理解している。
「でも、こんな所でのんびりしていいんですか?」
「相手も動けなくてじっとしているところだよ。この森じゃあ、休もうにも落ち着いて休めないし、体力は削られる。かといって戻れないから進むしかない。森の外には仲間がいるから。
 だから時間の経過は僕らにとって有利になるんだ。もうすぐ日も暮れるし。
 出来れば今日は泊めてくれるとありがたいな」
「かまいませんけど、雑魚寝ですよ」
 聖良が言うと、ユイは首を横に振る。
「それはかまわないよ。魔物に襲われないってだけで有り難いから。
 ミラは見張りに起きているようなタイプじゃないし。襲われたら勝手に起きて一人で対処するから……」
 彼女に協調性を求めるのが間違いなのだろう。
 入り口付近の広場に戻ると、聖良は食器を棚に戻して階段を上って巣の中に入る。この世界で一番落ち着く場所だ。
「あ、靴脱いでくださいね」
 顔を出したミラに言う。
 布が敷き詰めてあるから土足禁止である。
 裸足で歩くのは日本人である聖良には安心感と安らぎをもたらす。最近はクッションを作ったりして、インテリアも整えた。寝る時に寒いので、毛糸の靴下も編んでいる所だ。
 こんな場所でもちゃんと文明人が出来るのである。
 初めと違って服もあるし、古くさい感じだが下着の替えもあるし、生活感が出てきた。
 ずいぶんと改善されて、その事に関してはアディスに感謝している。
「可愛らしい。こんな所なのに女の子の部屋っぽい」
「セーラが暇していろいろ作るから……」
 ユイがクッションを手に取って言う。そのクッションすらぬいぐるみ風。
 耳とかつけて可愛いのだ。中には乾燥させた、香りの良い草花を混ぜてあるから、芳香剤代わりにもなっている。ミラが気に入ったようでぎゅっと抱きかかえている。
「この匂い好き。セトがよく作っていた匂い袋に似ている」
「ポプリを作って混ぜてますから。好きな匂いが混じっていたのなら、余っているのをわけましょうか?」
 彼女はこくりと頷いた。
 なぜこれほど素直な人が、悪魔だと呼ばれているのか、聖良には理解できなかった。
 剣を持ち、易々と人を殺せる事さえ気にしなければ、彼女は簡単に他人に害を与える存在ではない。触らぬ神に祟りなしというように、不用意に触れなければいいのだ。
 おそらく危害を加えるようなそぶりがいけないのだろう。
「相変わらずミラの扱いの上手い……」
「普通に接しないからいけないんじゃ」
「普通に接すると後で痛い目に合うんだよ」
 深く付き合っているとそうなのかも知れない。目は離せないだろう。
「あ、セーラ、さっきお母さんからちょっとお肉わけてもらいましたよ。保冷庫に入れてあります」
「んー、今夜は何を作りましょうか」
 パン種はアディスが多めに作ってくれたから今夜の主食は足りる。肉を使った料理は、何がいいだろう。仕入れてきたばかりで、ミルクもバターもあるからシチューでも作ろうかと考えた。客が来たときぐらいは凝った物も作らないと失礼である。
 前の暮らしは便利すぎるほど便利だったが、慣れてしまうと自分でパンを作るのも慣れた。手抜きサバイバル料理の腕ばかり上がる。
 ここは一つ、客人にだけでも聖良は料理上手で出来る女の子だと認識していただく事にした。





 翌朝、崖がよく見える位置で、皆で一緒に食料集めをした。
 この時期は木の実がたくさん落ちていて、それを炒ったり、潰してお焼きにしたり、美味しい季節だ。
 聖良は現代っ子だが、幼い頃は田舎暮らしをしていたのでサバイバルスキルはそれなりに高い。食べられる物は何でも潰して焼くか煮込んでしまえばいい。あく抜きは大切だ。天然の植物はあくが強い物が多い。
「これ食べられる」
 ミラがキノコや木の実を次々とカゴの中に入れていく。危険なキノコの見分け方も教えてくれる。都会っ子のアディスよりもよく知っていて、頼りになった。
「アディスはユイ君と何を話してるんでしょうねぇ」
「魔道士の捕獲についてだと思う。見つけるの大変。あれはそのうち森に馴染む。慣れれば生き延びる。弱っているこの数日の間が勝負。ハノは崖と他の道見張る。だから追い詰めるのは私達。
 魔術師にとってもこの国に魔道士がいるのは不愉快。害ある異端は狩るのは道理。それに逆らえる力を持たない魔道士が悪い」
 逆らえる力を持つ異端がミラなのだろう。
 同情もしていないようで、弱いその『魔道士』を下に見ている。
 何があったのかは分からないし、分かろうなどとは思わない。彼女の生き方を否定など出来ないし、否定できるほど聖良は清く正しくない、どこまでも名前負けした人間だ。
 だから彼女には何も言わない。言っても無駄だと思っている。
 聖人君子のように命を大切にと説いても彼女は理解しないのだろう。
「あ、これ芋。食べられる。美味しい。あとで焼いて食べる」
 ミラはどこからか取り出した幅広の刃物で地面を掘る。引き抜くと、聖良はぱちぱち拍手した。
 ころころとした、里芋のようで美味しそうな芋だ。
 醤油が恋しい。
 さすがにそんなものの作り方など知らないし、大豆や麹もない。
 せめて魚醤のような調味料があればいいのだが、醤油と言って通じなければ、説明のしようがない。
 ちょっと焦げた味が忘れられない。
 その他には、味噌汁と梅干しと納豆が食べたかった。
「……どうした」
「生まれたところを思い出していて」
「なぜ」
「美味しい物があったんです」
「…………」
 彼女は同情の目を向ける。食に関してはそれなりに執着があるらしい。
「セーラの作るの、美味しい。どこにある?」
「…………何というか……よく分からないんですよね。小さな島国で」
「そうか。残念」
 ため息。
 帰りたいと思わなくても、連載中の漫画の続きが気になったりとか、あそこのパフェが食べたかったとか、そういう心残りは山ほどある。まだキャビアもフォアグラもトリュフもフカヒレもツバメの巣も食べた事がなかった。
 なんて俗な心残りだろう。心の底から会いたいなと思うのが、新聞屋のご夫婦と従業員だけという体たらく。
「セーラ、いっぱい取れましたね」
 カゴの中を見てアディスが言う。
 話は終わったのだろうか。
「私はちょっと周囲を見て回ってくるので、ミラさんといっしょにいてください。ミラさんならセーラを任せても安心ですし。くれぐれも離れたりしないように。少しでも目を離すと、また誘拐されかねません」
 どこまで人のことを誘拐されやすい人間だと思っているのだろう。ここに召喚されたのを含めれば三回だ。アディスだって二回目だから、人のことは言えないはずである。むしろ次はアディスが心配だ。
「気をつけてくださいね」
「大丈夫ですよ。アルテのところに行くだけです。彼らはこの森に長く住んでいますから、手段も持っているでしょう」
「あ、そか」
 彼らは時々湖にやってくるので、釣った魚と引き替えに森の色々を教えてもらっていた。他の知能が高い魔物の知り合いもいるだろう。見返りを与えれば協力してくれる可能性がある。
「いってらっしゃい」
「ええ、行ってきます」
 アディスはしゃがみ込んで聖良の額にキスをする。
 よく分からないうちにお休みのキスをするようになり、なぜかこれが日常的になった。
 彼は足取りも軽く、浮かれた様子でユイを連れて去っていく。
「どうしたんだろう」
「買収されたんだろう。神子の手口だ」
 手口。
 何で買収されたのだろうか。帰ってきたら問いただしてみよう。
 聖良は考えながら、木の実を拾う。
「セーラ」
 聞き覚えのある──そう、リーザの声に立ち上がる。
 アディス達はなんとタイミングが悪いのだろうと思っていると、リーザと白い狼が姿を見せた。
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