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青色吐息 作者:かいとーこ
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5話 あべこべのヒロイン気分 4


 まあなんだ。
 人としての通る欲望の道は一通り体験した。人肉まで味わってしまったほどだ。自分の肉だが。
 アディスはそう心の中で独りごつ。
 紳士的で健康的なのが一番と結論づけて、最近ではゼロ歳児になってしまったので驚くべきほど禁欲生活に楽しく浸っていたのにこれとは、過去の罪は罪という事なのだろうか。
 幼い頃のような青臭い無茶はもうしないのに、容赦のない事だ。
 せめて、このオカマだけでもどこかに行ってくれないだろうか。
 ついには名前を「ディシア」などと決めてくれたらしく、かなり浮かれながらアディスの尻尾を引っ張って、リボンを付けてくれている。
 なぜ尻尾にリボンを付けたがるのか、女心は理解できない。彼は男だが。
 身体の方は回復した。セーラのあれが回復したのだから、竜であるアディスが回復しないわけがない。
 それ以外でアディスに出来ることは、飛ぶこと、火を噴くこと。
 火を噴いて火事にしてしまうというのもいいのだが、彼ら相手ではあまり通用しないだろう。子供なのでそれほど広範囲に届かないのだ。
 彼らは竜が火を噴くことなど分かっているから、対策ぐらいはしているはずだ。しかし火事を起こすのは簡単にできる。ここは木造建築だ。アディスの身体は炎の中に立っていてもそれほど苦痛を感じない身体である。
 しかし問題は檻だ。出られなければ意味がない。
 ここがどこなのかも分からない。条件によっては、火事にするのもいい。魔力は強いが身体は人間の脆さを持つ彼らは、火事に巻き込まれてはひとたまりもないはずだ。
 悩んでいると、階段を上る音が聞こえた。
「フレア」
 人形師が顔を出し、道具を引きずって持ってきた。なにやら先のとがった鉄パイプやら、錐のような物やら、怪しげな薬剤やら。
「兄様、それ、どうするの?」
「どう作るか悩んでな。内臓を取り出して剥製のようにするか、人間のように作るか」
「人間のように作りたいわ。その方が綺麗に出来るもの。竜は服で隠せないのに、傷を作るのはイヤよ」
「しかし、血抜きが大変だ。人間なら吊しやすいが、そのサイズを持ち上げるのは大変だぞ。天井が抜ける」
「じゃあなんでこんな所に召喚したの?」
「この国から出たことがないから、竜の子供を見たのは初めてだ。もっと小さなものを想像していた」
 だから檻が窮屈なのか。
「やぁねぇ。人を乗せてるって言ってたじゃない。お兄さま何を聞いていたの?」
「男の話は聞いていてもつまらない」
「もう、お兄さまったら」
 お前の弟も男だろうがと突っ込んでやりたいが、危険だ。寝たふりをして、もう少し近づくのを待つ事にした。
「一階でしましょうか」
「これを移動させるのか? 人形をもう少し連れてくるか……。
 まずはその前に、薬を打たないとな。変色してはせっかく綺麗な色が台無しだ」
「そうね」
 薬、と聞いてアディスは息を飲んだ。変色させないという事は、ろくでもない薬だ。殺す事が前提なので、身体に悪いものでもかまわないのだ。
 二人が近づき、檻の中、アディスの顔に手を伸ばした。
「っ」
 顔を上げて、思い切り息を吐く。
 普通に息を吐くときと違い、少し奥の何かを押し出すように息を吐く。
「おっと」
 吐き出した炎を、人形師は腕の一振りでかき消してくれた。
「子供の竜よ。ここで火事を起こしたら大変だ。控えろ。防火術はかけているが、万一のこともある」
 顔は見えないが、口元は余裕に笑みを作る。腹立たしいことに、放火すら防がれた。
「ディシアよお兄さま」
「そうか」
 おざなりに返事をして、傍らの人形にアディスを押さえるように命令した。人形が檻の鍵を開けようとしたので、爪で引き裂いてやろうと構えたが、彼女は手を止め、スカートの下から短銃を取り出した。
「眠らせます」
「いいわよ」
 避けられない。
 眠ったら何をされるか分からない。
 しかしまだ一つだけ手はある。意識がある今なら、一つだけだが、手がある。しかしそれが意味する事を考えると、命が掛かっていると分かっていても躊躇ってしまう。
 もう一度炎を吐くか。
「もう少し離れた方が良い。小さいからといっても、十分大きい。炎は届く」
 余計なことを人形師が言う。
 人としてやりたいと思っていた一通りの事はしたが、二つ心残りがある。
 いつも人気のない所にこもるエリオットの将来と、セーラの事だ。
 まだやり残した事はある。助かる方法もまだ一つだけある。しかしこれをしたら、セーラはアディスを責めはなくても、悲しむだろう。城からどれほど離れているのかだけが気がかりだが──
 階段がきしむ音がした。
 人形が視線をそらしてくれた。
 人形の追加かと構えてみれば、開けっ放しのドアから知った顔が覗いた。人形師がそれを確認し、唇を結ぶ。フレアは腰に下げていた鞭を手に取り床を打つ。その光景を見てディが呟く。
「危機一髪?」
「ええっ!?」
 悲鳴を上げて、アーネスの姿をしたセーラが飛び込んできた。鏡以外で見るのは少しだけ不思議な感じがした。
「アーネスっ!」
「アーネス様っ」
 セーラに続き、ロゼまで姿を見せた。
 竜の姿の自分をアーネスということは、彼女たちに説明したのだ。
 何にしても助かったが、相手は人形師とフレアだ。
 しかしセーラはともかく、ロゼを連れてくるなど正気とは思えない。あの二人はロゼに逆らえない所があったが、ここまで押しに弱いとは。
「あら、青のアーネスじゃない」
「違います!」
 セーラはアーネスの顔で頬を膨らませて怒っていた。いい男はどんな表情も似合うが、イメージが崩れるのでやめて欲しかった。
「ほほほっ、何を言うのこのロリコンのド変態っ! 変な話し方をしても、そんな声の人間がいくらもいるはずないでしょう」
「なんで人に話しかけながら、ジェイさんに指を突きつけてるんですか」
 彼女は目を細めて二人を見比べる。そうとう目が悪いらしい。眼鏡をすればいいのだが、おそらく自慢のお顔を無粋なもので隠したくないのだろう。
「とにかく、私のアーネスは返してもらいます」
「あなた、ペットに自分の名前を付けたの」
「ペットじゃありません! 私です!」
 セーラはフレアを睨み付け、その脇を通ってマントを外しながらアディスの元へと来る。見た目がアーネスのため、手を出しあぐねているようだ。下手に手を出せばしっぺ返しを食らうとでも思っているのだろう。乗り込んできたのだから、それなりの準備はしていると。
「モリィ?」
「すごく心配したんですから!」
 彼女は本来なら冷ややかな美貌を誇るアーネスの顔で涙を浮かべ、アディスの前に膝をついた。いい男には涙も似合うが、イメージが崩れる。
「すみません。ちょっと相手が悪くて」
「あとで私の身体、返してくださいね」
 返す。
 つまり化けたのではなく、入れ替わっていたと説明したようだ。
 ジェイとディだけでここまで早急に探し出すことは不可能だから、仕方がない事だが、今後どうするか考えないといけない。
 セーラは檻の隙間からアディスの頭にマントをかぶせ、それに隠して頭蓋骨を置いて呪文を唱えた。すっかり慣れたらしく、何も見ずにアディスには到底できない完璧な発音の早口呪文で、あっという間に術を完成させた。ここまで早口だと、誰かに呪文から内容を推測されることもない。羨ましい特技だ。
 アディスの身体が小さくなる。
 今ではすっかり慣れた感覚。いつもよりも小さくなって、アディスは裸の少女の胸を見てため息をつく。
「何を見てるんですか!」
「み、見ているわけじゃないですよ。竜の格好もいいですけど、人間って落ち着くなぁと」
「まったく、この非常時に」
 近くにある自分の顔を見て、手を伸ばす。
 セーラはどんな姿をしていてもセーラだ。仕草の一つ一つが彼女らしい。
 自分の中にエリオット以外の心残りが出来るとは思ってもみなかったアディスは、セーラを見つめて笑みを浮かべた。
「また会えて嬉しいですよ」
 頬に触れて、そのまま首の後ろに手を回し、引き寄せ、口付ける。
 女の子が男とする口付けは、アディスが知るものとは少し違い、新しい発見をしたような気分になる。
 アディスはマントをきつく巻き付けて立ち上がり、呪文を唱えて檻の鍵を破壊する。
 自分の姿に助けに来られるのも複雑だが、助かったので良しとした。
 アーネスの姿をしたセーラも、中身がセーラだと思えば、締まりの無い顔をしてしまいそうなほど嬉しかった。
「お兄さま、やっぱり女の子だった」
「竜が人化するのも初めて見た。呪文が必要だとは聞いたこともない」
 浮かれる弟と、いらぬ知識がある兄を睨み、アディスは言う。
「この身体はまだ幼いから、誰かの手を借りなきゃならないんですよ」
 余計な詮索をされないように手を打つと、アディスはなぜか檻の前で座り込んでいるセーラを見た。
「何してるんですか」
 呆けてしまって、こちらを見ない。
「長、不幸慣れしていても自分の顔にキスされれば……」
「そだって。もっと雰囲気とか、せめて状態とか選ばないと」
「アーネス様、いくら女の子だからって、竜にまで手を……」
 ひどい言われようだ。これだけ大切にしている女の子は他にいないというのに。
「ただちょっと、おやすみのキスもさせてもらえないのが心残りだったんですよ。モリィはかたくなで、私との間にはまだ壁がある」
「心残りって……」
「やっぱり心残りはしらみつぶしにしたいじゃないですか。私でもうっかりこんな目に遭う事もありますし」
 この不運はアディスだからとも言えるのだが。
「じゃあほっぺたにしてくれればいいじゃないですかっ!」
 抗議は呆けていたセーラから上がった。
「檻が邪魔で頬には難しかったんですよ。心のゆとりがないので、つい」
「ついで人のファーストキスを……。
 本気で心配してれば、何くだらない心残りを思い浮かべてたんです!? もっと他にあるでしょう!」
「くだらなくはないですよ。他人にはしたのに、私にはしてくれないじゃないですか」
「子供じゃないんですから変なこだわりを持たないでください」
 感情をむき出しに怒鳴る「アーネス」もいい男だ。
「だって、他に考える事がなかったんです。自分の命と他の命を天秤にかけるのはぎりぎりでも出来ますし。大声でお母さんを呼ぶ以外に手は無かったんですけど、それを考えるとさすがにちょっと余計に暗くなって」
 竜は人間と違い特殊な音を出せる。その音はとくに親子間であればかなり離れていても届き、彼女なら彼らが準備をしている間にやって来たはずだ。薬で多少のダメージは出ていたかもしれないが、殺されるまでには間に合ったはずだ。
「そんなことしたら火の海じゃないですか」
「だから今まで我慢してたんですよ。ちょっと本気で呼びかけましたけど。せ……モリィが来てくれて、本当に助かりました。助かったはいいけど、お母さんの暴走を止めることを考えると、もう……」
 アディスはセーラへと笑みを向け、それから変態兄弟へと視線を向けた。
 兄の方はいつもと変わらぬ様子だが、弟の方は不服そうにアディスを見ていた。
「中身がアーネス?」
「そうですよ」
「どうやったの?」
「血を分けているからできる事です。他人には出来ません」
「初めから言えばよかったのに。中身が変態だと、ぬいぐるみにしたら変な風になる。私は可愛いぬいぐるみが欲しいのっ!」
「言って信じたんですか」
 その上、その後に危険なのはセーラである。
「……じゃあ、何で入れ替わってるわけ? 女の子の中に男がいるなんて気色悪い。その子の身体をどうする気だったのよ」
「モリィは空を飛ぶのが苦手なんですよ。しかし私は何でも器用にこなす人間ですから」
「じゃあ、さっさと元に戻って。そっちの方がいい。可愛い方がいい」
 セーラがぶんぶんと首を横に振ってアディスを抱きしめる。誰だって変態の玩具になどされたくはない。
 現実を目にした以上、これ以上の手出しはしないだろうが、関わらないに越したことのない二人だ。最近姿を見せるようになったフレアの方はともかく、ハーネスの記憶の初期の頃からすでにこの街に潜んでいたという人形師の方は、関わりを持たないに越したことはない。
「帰りましょう。その前に服を着たいんですけど」
「すぐ近くで馬を預かってもらってます。そこでお着替えさせてもらいましょう。あ、遊んでいってて言われてるんで、遊んでいってくださいね」
 遊んでいけという店なら、少なくとも女性が何かサービスするような場所なのだろう。馬屋があるということは、可能性は絞られてくる。そんな場所で本当に遊んだら、アディスが楽しんでいなくてもセーラが不機嫌になりそうなものだが──
「遊んでいくって、意味分かってるんですか?」
「だからアーネスに言ってるんですよ。大人なんだから、付き合いとか我慢してください」
 見た目に反して耳年増の彼女は、何をする場所か分かって言っているらしい。そして大人の女性しかいないと思っているから、我慢することになると考えているのだ。
「そういうのは、そっちの二人に言ってください。
 あちらの二人は私と違い、少女から熟女まで美人なら来る者拒まずですからね」
「…………まあ、男の人なんて普通はそうでしょうね」
 二人が何か抗議しているが、アディスは聞く耳持たずにセーラと一緒にその商店を出た。
 アーネスであることを知ったためか、兄弟は追いかけてこなかった。





 聖良は店の一室を借り、姿を取り替えて服を着ると、部下二人をそこに残し、ロゼとシファと一緒に青の箱庭の本部に戻った。
 その後、聖良とロゼとシファで一緒にお風呂に入り、色々と話をした。ロゼは娼婦の娘で、シファはアディスに助けられたそうだ。まだ幼く綺麗な二人にも、色々と今の方がマシな過去があるらしい。
 風呂上がりで眠い目をこすり、やけに大きなアーネスのベッドに腰掛ける。
 当然とばかりにロゼとシファもいて、部屋で待っていたアディスとイチャイチャしていた。
 聖良も少しだけ擦り寄ろうとしていたのだが、その光景を見て我に返った。自分は子供ではないのだから、節度ある態度で臨まなければならない。
「どうしたんですか、モリィ。そんな隅の方に座って」
「…………なんか、邪魔っぽいし」
 聖良はあの中には混ざれない。恋人でもないし、本物の家族でもない。
 付き合いは二人の方がずっと長くて、好意だって二人の方がずっと深い。
「邪魔なはずがないでしょう。おいで」
 手招きされるままにふらふらと近づくと、アディスは聖良の頬に手を添えてこめかみにキスをしてくる。
「おや、抵抗しないんですね」
「……まあ、なんか今更って感じが。でも、口にはしないで下さい」
「恥ずかしがり屋さんですねぇ。寂しがり屋のくせに。
 一人でいると、不安でしょう。もっと甘えてくれていいんですよ」
 抱き寄せられ、膝の上で撫でられる。ロゼとシファが左右からじっと見つめてきて居たたまれない。
「モリィ、子供はもっと甘えるべきよ。アーネス様は普通のお兄さんとしても素敵よ」
「そうよ。子供は素直が一番」
「いやあの……」
 竜の子供が、何歳まで子供というのか分からないので否定しようにも出来ない。
「二人とも。モリィの身体は子供でも、知識的には大人なんですよ。竜は知能の高い生物の知識を一度だけ自分のものにする力がありますから」
 それはお前だと言ってやりたい衝動に駆られるが、大人しく甘んじる。自分も悪いのだ。
「話半分に聞いてましたけど、こんなにはっきりしてるものなんですねぇ」
 二人はまじまじと聖良を見つめてくる。竜なのだと思われながら見つめられているに違いない。竜になったのは、あなたたちの長ですと言ってやりたくてむずむずした。
「モリィ、これからは一人歩きをしてはいけませんよ」
「一人歩きしたくてするわけじゃありません。私にだって運が良くない自覚はあります。誘拐されるのだって、どちらかというと不注意というよりも不幸な事故だったじゃないですか」
「私と違って自衛方法が少ないから、気をつけるに超したことはありません」
「気をつけていることとは別のことで死にかけてるんですよ」
 運悪く召還されたり、勘違いで助けていただいたり、感極まって絞め殺されかけたり。
 考えれば考えるほど、聖良の不注意とは関係の無い所で、不運になっている。
「……ひょっとして、モリィって女版アーネス様?」
「出会うべくして出会った雰囲気が……」
「だからアーネス様は余計に可愛いのね」
「他人事とは思えないのよ」
 美少女二人はアディス越しに囁き合いながらアディスに抱きついている。
 自分はなぜここにいるのか、聖良はほんの少しばかり疑問に思ったのだが、その夜は大きなベッドを使って、四人仲良く眠った。
 慣れた肌の温もりは心地よく、喪失の恐怖を知った後では、一人でなど恐くて眠れそうにもない。
 だから今はとても幸せだった。

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