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青色吐息 作者:かいとーこ
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5話 あべこべのヒロイン気分 2

 アディスが目を開くと、暗い場所に横たわっていた。
 彼の目は星明かりでも周囲が見えるから、わずかに漏れる明かりで部屋の広さと家具の配置は見えた。
 起きあがろうとして、身体が痛くて動かないことに気付いた。血の臭いがする。
「…………なん」
 薬を打たれたとかそういう感じではない。身体の奥から、何か違和感を覚えた。
「ご主人様、目覚めました」
 女の声が聞こえ、ちらとそちらを見る。あまりにも微動だにしないから置物だと思った人の形をした何かから声がした。意識して見るが相変わらず動かない。人間多少は動いてしまうものだが、彼女は人形のように動かない。気配がない。
「人形……」
 あれは人形だ。動く人形。
 足音が近づいて来る。
 明かりを手に、階段を上って部屋に入った男を見て息を飲んだ。
 ──人形師。
 黒いスーツに黒いマント、顔には仮面の人形師。
 その人形は生きたように動き、思考して主に仕える、完全なる恋人であり妻であり娼婦である。
 この生きたような人形を手に入れるため、どれだけの人間が彼に挑んだか、アディスは知らない。
「本当に起きた。あれで死なないとは、竜とは頑丈な生物だ」
 どうやら動けないのはかなりの重傷を負ったかららしい。聖良が動けなくなったのは、腰をやられたからだ。アディスもどこか動けなくなるような怪我をしたのかもしれない。
 もしそうであるならば、召喚が失敗でもしたのだろう。
 竜でなかったら死んでいる恐ろしい目に合ったようだが、ここはセーラのように軽く流す事にした。
 問題は過去ではない。
 今まさに身体がろくに動かない事と、竜の姿をしている事と、この究極の変態と有名な男に捕らえられているらしいという揺らぐ事無い事実。
 アディスは人形師を睨み上げた。
 彼に召喚されたのだ。
 セーラの背後に光るものが見えた。つまりは手当たり次第アディス達が通りそうな場所に召喚陣を敷いていていた。竜だけに反応するのは難しいが、魔力を持たない動物では反応しないような召喚陣は簡単だ。その簡単は、アディスにとってはという意味だが。
 実際にこうして間近で対面するのは初めてだが、人形師の魔術師としての腕は聞いている。噂は正確だったらしい。
「しかし残念だ。せっかく優れた子供の竜なのに、もう血を分けているとは」
 竜が血を分けていることを確かめるのは簡単だ。舐めて、自分を傷つければいい。
 つまり分けた相手──セーラの事は気付かれなかったのは幸いだ。
 こんな見るからに変人の極みを行くような男が、今更ながら不老不死が欲しいなど信じられない。この男が顔を隠しているのは半悪魔としての模様を隠すためだと言われていて、悪魔の血が強かったのか十分すぎるほどの魔力と寿命を持っている。わざわざ竜を捕らえて魔力を得なければならないほど魔力を必要としているようには思えない。
 この男は何を考えているのだろうか。
「どこまでやれば死ぬか試してみたいものだが」
 それはつまり、死ぬまで拷問。
 冗談ではない。
 アディスは必死に身を起こした。
「ダメよお兄さま。お兄さまの知的好奇心を満たすために捕まえたんじゃないでしょう」
 男か女か分からない声が下の階から聞こえた。
 階段を上る床のきしみが響き、女性の姿をしたそれが現れる。
「ちゃんと傷を治してからじゃないと」
「分かっている」
 それは兄と呼んだ人形師に背後から抱きついて、アディスへと微笑みを向けた。
 華やかな美人だ。丁寧にセットされた巻き毛に、手の込んだ化粧。色気はあるが身体のラインを隠す赤いドレスに、動きやすそうなかかとのない靴。
 これのことも知っている。
 フレアと呼ばれている半悪魔。半悪魔としての模様はほんの少し頬に掛かる程度の目立たず薄い物で、それも化粧で隠されているため、半悪魔だとはなかなか気付かない。そのため、魔術師としての腕だけで評価されている変人兄弟。
 そう、弟だ。
 男なのだ。
 似合っているのでアディス的には問題ないが、ぱっと見は女なのでたちが悪いらしい。
「お前が式を間違えたからだろう」
「だって、夜中ってよく見えないんだもの」
「下準備をしたのは昼間だろう。夜にしたのは判を押すだけのような作業だ。竜を欲しがったのもお前だ」
「えへ」
 兄の前にいるせいか、噂に聞くよりも可愛らしい印象を受けた。
 しかし半悪魔のはずの弟が、なぜ竜を欲しがったのか。
「まったく、本物の竜のぬいぐるみが欲しいとは」
「それぬいぐるみ違うっ」
 思わずアディスは口に出した。
 まったくなんと恐ろしい兄弟だろうか。たかが竜が欲しいなどという理由で、あれだけのことをするなどあり得ない。
 アディスは飽きるほど生きているだろう、人外の生物に対して恐怖した。
 どこぞの愚かな王族や大富豪の道楽でもここまではなかなかしないはずだ。
「大丈夫だ。中身を綺麗に取り除いたら、少しだけ縫うことになる」
 アディスはあまりの台詞に頭を抱えた。
 救いといえばセーラがここにいない事。
 着替えのためにすぐに離れたから、彼女は巻き込まれなかった。賢い彼女なら、どうにかして頼れそうな相手を探し、ジェロンとディアスに助けを求めてくれるだろう。
 離れているので元の姿に戻れないかもしれない。
 しかし、幸いにも彼の可愛い弟子達には、モリィの事は伝えてある。きっと何とか上手い言い訳を考えてくれているに違いない。
 そう信じたかった。
「元気な竜ね。可愛い」
「気に入ったか。良かったな」
「お兄さま、完成にはどれぐらいかかるかしら?」
「数日中に。最終的に内臓は取るが、薬を効かせるためには完全である方がいい。わずかな時間を惜しんで、出来上がりが悪くては意味がない。皮膚がくすんでしまったら台無しだ」
「分かったわ」
 フレアは人形師の肩に頬を擦り寄せる。
 アディスはちらとここを見張っていた人形を見た。
 人間と見まがう出来の、しかし人間ではあり得ない完璧な状態の人形。さすがにこの暗さでは細部まではよく見えないが、噂ではほんのわずかな色むらなどがあるらしい。『無い』のではなく、『有る』のだ。
 彼の人形の材料は、生きた人間だという噂がある。
 どうやら本当だったようだ。
 アディスはふと、食べられた時の事を思い出す。
 あの時は必死だった。
 しかし何だろう、今のこの──絶望感は。
 セーラはネルフィアに攫われるときに、何も考えないようにして恐怖を紛らわせたと言っていた。彼女は立派だ。人はいざそれをしようと思っても出来るものではない。
「待っててねチビ竜ちゃん。痛くないし、苦しくもないのよ。真っ白な心のまま、永遠の少女になるの」
「これはメスなのか?」
「どちらでもいいけど。可愛いもの」
 アディスはとにかく、この二人が部屋から出て行ってくれるのを待った。
 表面に出して混乱して脅えるのは後からでいい。
 今はどうやって逃げるか考えるべきだ。
 だから、お願いだから一人にしてくれと願った。





 組織のボスの愛人というのは、ものすごかった。
 子供だてらに大人に命令し、調査を始めた。
 聖良はする事がなくて、もう一人の愛人のロゼ女といっしょにお茶をしている。少しぽっちゃりとした、ふわふわとした金髪の女の子だ。ものすごく子供らしくて可愛らしいが、シファよりも年上の十四歳らしい。フリルをたくさん使ったドレスはお人形のようで本当に可愛い。
「モリィ、アーネス様の姿でそんな顔しないで。ドキドキしちゃう」
「…………すみません」
 年下の女の子に慰められる自分の弱さが情けない。
「アーネス様ならきっと大丈夫よ。自分で帰ってくるんじゃないかしら」
「魔術使えませんよ。まだ発達途中で舌が回らないから」
「…………」
「力は強いですけど、まだ子供なのでそれだけです。お母さんみたいに強くありません」
「…………大変」
 だから落ち込んでいるのだ。自分が何も出来ないから。
「アーネス様は運がないから、今頃危険な目にあってないかしら」
「はう……」
「って、泣かないでっ。落ち着いて。そんなこと出来る人達は限られてるから、今確認取ってるから! モリィの身体は大丈夫だよっ!」
「生半可な事じゃ死なないのでそれほど心配してないんですけど、彼だと思うともう不安で不安で。私達、出会った頃から不運に付きまとわれて……。
 もし綺麗な尻尾が切れたりしたら……」
 トカゲのように生えてくるかもしれないが、生えてこないかもしれない。
 そんなことになったら、聖良の楽しみがなくなる。あの尻尾を見るのは楽しかったのだ。
「お願いだから泣かないで。
 もう日が暮れたから、そろそろジェイさん達が来ると思うわ。だから何とかしてくれると思うから。ね?」
「はい」
「……ところでモリィ」
「はい?」
 聖良は声の調子を変えて顔を寄せてくるロゼを見つめ返す。
「本当にアーネス様とは何でもないの?」
「は?」
「何もしてないの?」
 ナニがナニを指すのか理解して、むすっとして唇を尖らせる。
「しません。するわけないじゃないですか」
「アーネス様って、一度不味そうなものも食べたがるタイプなのよ」
「不味そうって、失礼ですね。けっこう可愛いんですよ」
 モリィはもちろん、竜のアディスもミリアも、セーラの姿が関わらないため、みんな美少女だ。
「ところで、不味そうなものとは具体的に……」
「ああ、気にしないで。モリィの気にするべき事はないから」
「まあ、あの人が何をしてようが構わないんですけどねぇ」
「もう少し気にしてあげても……」
 気にするなと言ったり、気にしろと言ったり、子供というのは難しい。
「アーネスにはアーネスの生活がありますから。危ない事とか、あり得ないぐらいの悪ささえしなければ、何をしてようと」
 安全ならいいのだ。安全でないからため息が漏れる。
「元気出して。きっと身体は無事よ」
「アーネスの事も心配してますよ?」
「もちろん分かってるよ」
 身体だけが心配とでも思われているんだろうか。
 その他にも心配な事がありすぎて困っているのだ。
 元に戻れないかとか、ネルフィアとか。
「ああ、もうなんでこんなに運がないんですか私達はっ!」
 八つ当たり君に叫んで立ち上がった瞬間、部屋のドアが開いた。
「長が竜で誘拐されたって!?」
「いるじゃん!」
 ジェロンとディアスが混乱極まった様子で入ってきた。聖良は悩み、二人を手招きする。
「こんばんは。モリィです」
「…………どうなって」
 聖良はちらとロゼを見た。それに気付いはジェロンは、手招きして聖良を隣室に招いた。
「一番初めにシファさんに見つかってしまい、とりあえず身体を入れ替えて、私が竜だって事にしておきましたので」
「お前、それでいいのか」
「隠して探せるとも思えませんし、見つけたときに言い訳が……」
「確かに、ずっと隠し続けるには無理があるよなぁとは思ってたけど。
 どうやってもあんなのが飛んでたら目撃情報出るからな」
「目撃されたから仕掛けられたんでしょう」
 ディアスとジェロンがため息をついた。
 遅かれ早かれだ。
 これからは来る時の方法を考えなければならない。
「あの魔術の事が知られるよりは、良かったでしょう」
「まあ、お前さんの話し方ならな説得力あるしな。血のつながりのある自分達以外は出来ないで通せば良いし。で、お前さんがとっても不器用だから長がいないと何も出来ませんって」
「失礼な……本当に何も出来ませんけど」
「ま、長のことはジェイに任せておけ。こいつの探査魔法なら、一晩あればなんとか」
 探査魔法。
 聖良はふと、自分とアディスの距離のはかり方を思い出す。
 光を出すための呪文を唱える。
 出てきた小さな小さな光は、だいたい半径五キロ以内ぐらいの魔力だ。
「どうした?」
「今思い出したんですけど、私達って血のつながりがあるから、魔力を分け合ってるんですよ。で距離によって届く魔力が変わるんです。
 彼、今半径五キロ以内にいます」
「そういうことは早く思い出せ」
「計ったはいいけど、いつも一緒だから忘れてたんです。これが出来るって事は、生きているんだと思うので急ぎましょう」
 聖良はロゼが大人しく待っている部屋へと戻り、微笑みを向ける。
 年下の女の子に心配をかけて、慰めてもらってしまった。反省せねば。
「アーネスを見つける方法があるから、二人と行ってきます。
 必ず連れてきますから、待っていてくださいね」
「わ、わたしも行く」
 聖良が行こうとしたら、ロゼが立ち上がった。
「危ないからここにいて下さい。私は行かないと意味がないので行きますけど」
「ダメ。お迎えに上がらないなんて失礼なこと出来ないわ。
 シファ、なんか居場所が分かるみたいだよ。おいでっ!」
「ええっ、本当!? さっすがジェイ様」
 ここで出てくるのがジェロンの名であるのに、信頼の差を感じた。
「あの、いや……危ないですから」
「大丈夫。私達はただアーネス様のお人形をしているわけじゃないのよ。アーネス様は使えない女ってすぐに飽きるから、飽きられたくなければ使える女にならなきゃならないの。努力しているのよ」
 聖良はジェロン達に救いを求めるが、彼らは首を横に振る。
「だめだ。言い出したら聞かない」
「子供を好きにさせてどうするんですか。大人の威厳は」
 幹部ならビシッと言わないと。
「危険だからここにいなさいってのがまず無理なんだよ。シファはともかく、ロゼの方は下手な部下連れてくよりも役に立つから」
「長は子供の育て方が上手いんですよ」
 実に彼らしい特技であるが、そんな特技はこの際邪魔である。
 しかし彼女はとっとと進み、馬の手配をしている。
「むしろ一番足手まといはモリィです」
「仕方ないじゃないですか。私でないと術かけられないでしょう」
「あれが私にも出来たら、あなたは安全なところにいてもらうんですけど」
 彼らはため息をつく。
 聖良はまた泣きたくなった。役立たずなのは彼女のせいではないのになぜ悩まなくてはならないのか。
 すべては秘密結社など作っているアディスが悪いのだ。
 見つけたら、可愛いリボンをつけまくってやる。

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