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青色吐息 作者:かいとーこ
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4話 竜の里 5


 ラゼスが夕飯の支度をしているから遊んでおいでと言い、少しばかり聖良は戸惑いを覚えながらも、夫婦で話したいこともあるだろうと思い子供達について外に出た。竜の作る料理だから、期待はしない。
 外にはだいぶ暗くなってきたのに子供達は大勢いる。もっともこの村に不審者などいるはずもなく、いても返り討ちにしそうな子供達ばかりで、危ないから帰るというような発想はないのだろう。火も吹けるので、暗くてここがどこなのか分からなくなることもない。
 竜というのはつくづく心配するだけ損をする種族だ。
「オレをこいつにしてくれ」
 浮かれた様子の子供が、聖良に竜のものと思われる頭蓋骨を差し出した。
 人間の頭蓋骨よりは大きいが、思ったよりも小さな頭蓋骨である。
 アディスを見ると、首を横に振る。
「あの術は波長が近くないと他人にかけるのは難しいんですよ。セーラは私の血を飲んでいるから魔力が届きますが、異種族では無理です」
 子供達は不満らしく、ピィィと威嚇するように高い音を出す。ネルフィアも時々出す音だが、アディスはしない。コツがあるのだろうか。聖良はちょっと可愛いと思っている。
「じゃあ、代わりに人間がこれに化けてくれよ」
 聖良は竜の頭蓋骨を手渡され、戸惑ってアディスを見た。
 竜に化ける。少し楽しそう。
 アディスを見ると、彼は困ったような顔をして子供達に問う。
「どうしてその子の姿がいるんですか? 竜と人間は身体の構造が違うので、人間がばけても上手く動けませんよ」
「立ってるだけでいいんだ。
 そいつが死んでから、そいつの兄貴のトロアがずっと落ち込んでるんだ。幽霊の振りして慰めれば、きっと元気が出るだろ」
「ああ、そういうことですか」
 アディスは子供達の理由に納得した。純粋な動機を聞いて、聖良も手を貸してやりたくなった。
「でもしゃべるとばれますよ」
「え? 幽霊はしゃべらないだろ」
 子供達は不思議そうに見下ろしてくる。聖良とは逆に、人間の幽霊はしゃべるのかと思っているのだろう。
 聖良はもう一度アディスを見た。
「元に戻るのが大変になるかも知れないから、私が人の姿になっておきますよ」
「うん」
 聖良は荷物の中からアディスのマントと頭蓋骨を取りだした。彼の肩にマントを引っかけて、頭に頭蓋骨を乗せる。準備が整うと、長いだけの呪文を唱えた。
 終わると彼は銀髪の美青年へと変身し、マントで身体を隠す。
「おおっ」
 ミラが声を出してアディスの前に立ち、その顔をぺたぺた触る。聖良にとってアディスの顔に触れるのは大変だが、この世界の平均的な身長よりもさらに少し高そうなミラにとっては難しい事でもないらしい。
「ちょ、手を突っ込まないでくださいっ!」
 マントの中も気になるらしいミラは、アディスの抵抗を受けて不服そうにする。聖良が服を渡すと、彼は背を向けて手早くそれを身につけた。
「今のどうやるんだ? 早口で呪文が聞き取れなかった」
 ミラが好奇心一杯の目で聖良を見る。
「ダメです。これはアディスが秘密裏に作ったものですから、世間に知れては困るんです」
 アディスは戸惑いながら拒絶する。彼等がグリーディアとは無関係な外国人だから、目の前で変身したのだろうが、迂闊だった。
「……アディス…………アディスか。確かグリーディアの魔術師長か何かの名前だよね?」
 ユイが顎に手を当てて言った。
 アディスは偉いのだろうとは思っていたが、そこまで偉かったとは思っていなかった。それはいなくなったら大騒ぎにもなる。
「まだ長ではなかったですよ。強い反対がありましたから。
 私は外国でもそんなに有名なんですか?」
「うーん……僕も魔術師だから、興味があるから知っているだけかな?」
「使い魔だけじゃ無くて、ご自分も魔術師?」
 アディスはちらりとハノを見た。
「ずいぶんと複雑な身の上ですね」
 アディスはそれ以上追求しなかった。
「ああ、そうそう。今『アディス』が完全にいなくなっても問題がありそうなので、この事は神殿に報告しないでくれませんか? 権力には興味ありませんが、知識欲はあるので今後も利用したいんです」
 竜の姿も聖良の姿も見られた以上、隠しても仕方がない。なら下手に街で会って変な事を言われる前に、変な事を言われないため、こうしてお願いするのがベストだ。
「別に他国の要人の事なんて、報告する義務は無いからいいよ」
「有り難うございます。
 この格好じゃないとセーラを一人で街に行かせることになるので、報告されるとすごく困るんですよ。珍しい毛色の女の子が一人で歩くなんて危険ですし、買い物に行かないと、女の子は困るでしょう」
「困るのか?」
 ミラは理解できないらしく呟く。
「困るんですよ。あなたも女性なら困ってください」
「ああ、鍛冶屋に行かないと困る」
 彼女は、本当に武器が好きなようだ。
 アディスは最後の方は諦めて、聖良の頭頂部をなで始めた。
 撫でられて撫でられて、聖良はむくれる。
 竜の時は可愛いのに、人間になると腹が立つのはなぜだろうか。
「セーラ、またむくれて」
「だから上から見下ろして頭を撫でないでください」
 その見下ろし方が、聖良の背後から頭の上を越えて覗き込むという身長差があるからこそ出来るものだ。
「どうしてです? セーラの髪はサラサラで撫でがいがあるのに」
「鬱陶しいっ」
 貰ったばかりの仕込み杖で殴る。ミラはこれを杖だと言っていた。
 聖良は子供達から頭蓋骨を受け取ると頭に乗せる。聖良の頭よりも大きくて、すぽっと被ってしまった。複雑な心境になりつつも人目のない場所にまで移動して、コートの下で服を脱いで呪文を唱える。
 竜になると思うと、聖良の心が躍った。アディスの背に乗り、少しだけ憧れていたのだ。
 呪文を唱え終えると、視界が明るく、うんと高くなった。明るいというか、暗いのによく見える。人間とは比べものにならないほど目が良くて、遠くまで見える。
 人間とは感覚が違った。
 腕を動かしてみると、身体の構造も人間とは違うので、転びそうになった。少し歩くと、とりあえずは転ぶほどではなくなる。
「わぁ、面白い」
 と、ふと気付いた。
 明るい。よく見える。
「セーラ可愛……」
 寄ってきたアディスは聖良の爪を突きつけられて沈黙する。
「ちょっとお伺いしますけど、いつも人がお風呂にはいるときに何で隅の方に居座ってこっち見てたんですか」
「あ……」
 気付いて視線をそらすアディス。
 覗いていたのだ。人が信頼していたのに、卑劣にも覗いていたのだこの変態は。
「ほら、鉄砲水とかでセーラが溺れたら危ないですし。セーラが心配で心配で」
「その事は、帰ったらゆっくり話しましょうねぇ」
 アディスがこくこくと頷き、媚びるようにへらへら笑って誤魔化す。睨み付けていると、気まずくなったのか手招きをした。
「セーラ、屈んでください」
 アディスがほらほらと手を差し出すのでしぶしぶ従うと、彼が頭部に触れる。撫でるわけではなく、不思議な感じが流れ込んでくる。
「ほら、いいですよ。もっと可愛いサイズになりました」
 身を起こすと皆と同じほどの大きさになっていた。彼がコントロールしてくれたらしい。
「ありがとう」
「女の子の竜ですね。可愛らしいですよ。普通に舌も回ってますし、心配する必要はなかったようですね」
「そういえば」
 問題は舌が回らなかったときだ。元に戻れないというのは悲惨である。
 聖良は自分の身体を見下ろして、アディス達よりも少し濃い青の身体だと認識した。アディスは白に近いが、聖良の身体は少し青みが強い。
「で、私は誰を慰めればいいんです?」
 尋ねると聖良を見ていた少年達ははっと我に返り、こっちだと尻尾で招きながら歩き出す。
 時折ちらちらと見る目は、珍しさというよりももっと別の感情のように見えた。どこか、ぼーっとみとれるような。
 ひょっとしたら、本当に可愛い女の子なのかも知れない。化けるのは美少女ばかりとは、聖良は元の自分のを思うと、少しだけむなしくなる。
 アディスは聖良を可愛いというが、二重といっても奥二重の、日本人らしい癖のない顔をしている。悪くもなく、取りたてて褒められる部分も無い。そんな顔だ。
 だからこのように見られるのは悪い気はしないが、少しばかり情けない。
「でも、慰めた後どうするんですか? 逃げる方法とか用意してもらえないと、さすがにちょっと……」
「ええと……こっそり忍び込んで後ろから殴り倒す」
「…………竜ってのがネルフィアさんと同じ生物だとようやく実感しました」
「うえっ……と、眠らせるっ!」
 よほどショックだったのか、少年竜は慌てた様子で、多少穏やかな方法を提案する。
「どうやって?」
「睡眠薬があるんだ。誰か取ってこい」
 はぁい、と言ってアディスよりももっと白い竜が飛んでいく。
 ここの竜には赤、白、青といるらしい。白は一番少なく、赤が多い。もちろん赤と言っても原色の派手な色ではない。もう少しくすんだ、落ち着きのある色をしている。
「竜に効く薬があるんだ……」
 ユイが小さく呟き、子供達ははっとして彼を見る。
「人間はダメだ! 人間が知ると悪用する!」
「しないよ、悪用なんて。する必要もないし。
 再生能力はないし竜ほどではないけど、僕らは普通の人間と違って寿命はけっこう長いからね」
 それはもう人間と言えるのか疑問だ。
 人間の腹から生まれたのに普通の人間とは違うなど、理解できない世界である。
「君たちが始末される覚悟のあることをしてない限りは、僕らは何もしないよ。
 ネルフィアさんだっけ? 彼女ぐらいのバケモノになるつもりがないなら、もし下に降りても、人間は襲わない方がいいよ。人間は特に復讐心の強い生き物だからね。偉い人から仕事として依頼されたら、僕らは基本的に断れないんだ」
「魔物狩りなのか?」
「神殿の神子だよ。個体にもよるけど、稀に徒党を組んで悪魔も狩るような凄腕がいるから、人間は恐いものと思ってた方がいい。君らみたいな竜なら、嫌でも使役されることになって大変だし」
「使役?」
「人間の中には強い魔物を支配できる連中がいるんだよ。悪魔とか竜は滅多に見ないけど、いるにはいるからね。そういう強い使い魔を得て、さらに強い魔物を使役したり狩ったりするんだ。中には『空き』を作るために、今まで使役していた使い魔を殺す場合もあるから、運が悪い中でもさらに運が悪いと、生きている心地がしないよ」
 子供達は人間って恐いなと囁き合う。
 かなり珍しいごく一部の例外の話だが、素直な子供達は信じてしまった。危険は犯さないに越したことはないので、彼らが脅えてくれるならその方がいい。
 ネルフィアのような無謀な竜にならないのは、彼らにとってよい未来だ。
「っと、戻ってきた。おお、これこれ」
 竜の少年は薬を確認して可愛い仕草で頷く。
「たぶん沈んでると思うから、適当に慰めてくれ。頃合いを見て眠らせる。事前に合図するから息を止めておけよ」
「……まあ、やれるだけのことはやってみますけど」
 聖良は妹を亡くして落ち込む兄を、どうすれば慰められるか考えた。
 やはり泣いてすがってくるところを、優しく抱き留めるべきだろうか。
 それで起きたらいなくなっていれば少しは心が軽くなるかもしれない。
 引きこもっているならこれ以上ひどくもならないだろうし、試してみる価値はある。
 鍵のないドアを開いてそっと入ると、本当に明日はこの世の終わりかと言うぐらいの様子で固まって動かない竜がいた。こんな暗いところに一人でいたら、誰だって嫌なことを思い出し鬱々としてしまう。
 そっと近づくと、彼は気だるげに顔を上げ、突然立ち上がった。
 聖良は思わず声を出しそうになったが、何とか堪えて微笑んでみる。
 笑い方が人間と同じなのか分からないが、努力はした。彼は硬直している。しかし、やがてふるふると身を震わせ──
「み……ミリアァァァァァア」
 そこから覚えているのは、突撃されて抱きしめられたことまで。
 気付くと、巨大なソファの上で寝ていた。

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