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青色吐息 作者:かいとーこ
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4話 竜の里 3


「君は普段何にも興味を示さないで人間としてのあらゆるものを捨てているのに、変なことにだけ興味を持って僕の命令を本気で忘れるぐらい暴走するのはなんでかな? 僕の言葉ってそんなに軽い? どうでもいい? 刃物よりもどうでもいい?
 そもそもねぇ、僕が口うるさく言うのは君のためなんだよ。君が人としてまっとうに生きるための──」
 聖良は延々と続くその説教を、アディスと並んで眺めていた。
 ミラという女と、もう一人の年長の男はおそろいの外套を羽織っている。細長い菱形を斜めに交差させたような紋章が胸元についている。どこかの制服だろう。
 基本的にユイという少年も同じようなデザインなのだが、根本的に違っているというか、間違っている。
 他の二人は山に入るのにそれほど問題はない格好なのに、彼だけなぜか外套の丈が長く、その下には太股までむき出しの半ズボンをはいているのだ。
 一昔前に小学生がはいていたような、とにかく短いズボン。ホットパンツ。
 そのむき出しの白い太股には、奇妙な入れ墨が彫られていて、なんとなくそれ系のバンドマンだと思った方がしっくりくるような、今まで見た中で一番アニメ的なファンタジー衣装だった。
 そして長い長いほんの少し緑がかった金髪を、三つ編みにして肩に垂らしている。実にアニメチックで現実味がない。
 この世界がますます分からなくなった。
「……アディス、私この世界のファッションセンスって分からなくなりました」
「いや、あれは違いますよ。あんな短いズボン普通ありません。神殿の連中は変人揃いで有名だから、そっとしておいた方がいいですよ」
「よく分からないけど分かりました」
「分からないでっ!」
 説教をしていたはずのユイが、聖良達へと怒鳴りつけてきた。
 囁き合っていたのに聞こえたのだ。
「僕だってこんなイカレた格好したくないよっ! でもこのアザを見せるために上が勝手にデザインしてくれたんだから仕方ないだろっ!
 これでも機能的には防刃、防火、防寒、防熱と、金がかかってるから、捨てるに捨てられないし、高いから作り直させるのもできないし、丈夫だから当分は破れないんだから仕方ないだろっ」
 彼は泣きそうな顔をして吼えた。
 聖良はその足にある、入れ墨ではなくアザだというそれを見る。男の子の生足をマジマジと見るのは恥ずかしかったが、好奇心が打ち勝ったのだ。
 文字のような模様のような、足に絡みつく植物のような、不思議なアザ。細身の少年なのでまだ見栄えはいいが、大人になってあれをしていたらかなり引く。太ったらそれで終わりだ。恥ずかしくて外を出歩けない。
「アザ……あっ……ああ、ああ、そうですか。貴方が噂に聞く神子」
 アディスが口にした知らない言葉の意味を考える。便利な物で、漢字は勝手に当てはまる。しかし肝心の意味が分からない。神殿と言っていた。神様の子。救世主だろうか。
 非現実的な言葉にますます混乱する。
「何ですか、それ」
「神子ってのは、神殿が集めている神の加護を持っていると言われている人達です。
 神の加護が本当かどうかは知りませんけど、特徴的なのは人間とは比べものにならない強い種族を従属させる能力です。
 契約は強制的で、される側に自由はありません。契約できる魔物の数は、本人の器と支配する魔物の力の関係によって決まり、その自分の器を示すのがアザで、支配するごとに色が濃くなっていくそうです。彼の場合はかなり埋まっているようですね」
 はっきりと見えるアザを見て、アディスは得意げに言う。
「へぇ。さすにアディスはそういうことには詳しいですね」
 知識を披露する時の彼は、とても生き生きする。
 神殿というのがどういった宗教のことなのか知らないので、正しく把握できていないのだが、必要最低限のことは理解した。
 聖良はユイを見て、ふと気付く。
「支配された魔物はどこにいるんですか?」
「近くにいるんじゃないですか? 一人はその青年のようですが」
 聖良は男性を見る。優しげで目鼻立ちの整った二十歳前後の青年だ。
 顔にはユイのアザとは雰囲気が違う、奇妙な入れ墨はあるが、人間に見える。化けているのかも知れない。
「この国にはあんなアザのある人が多いんですか?」
「あんな不自然なアザがあるのは神子と半悪魔ぐらいですよ。悪魔は自分の模様を隠せますけど、他種族の血が混じるとそれが難しくなるみたいですね。つまり彼は人間ではないから、支配対象になるんですよ」
 聖良はふむと頷き納得する。悪魔というのがよく分からないが、アディスが気軽に語ると言う事は、聖良が想像するような、神話的な存在ではなく、竜と同じ一つの『種族』と思っていい態度だ。
「じゃあ、あのミラって女の人は?」
「あれは人間ですよ。剣に魔力を乗せて結界を破り、踏みつける足に魔力を込めて身動きを封じていました。事前にそういう術を用意していたんでしょう。まさに人間だからこその繊細な技術です。
 まさか魔術を禁じているはずの神殿に、これほどの魔術師がいるとは思いもしませんでしたよ。魔術大国であるグリーディアでも珍しい、腕の良い術者です。」
 以前アディスは個々の戦闘力でなら神殿が一番だと言っていた。しかし神殿は侵略戦争など絶対にしないので、脅威ではないと。
「でも、さっき命令がどうの言ってましたよ」
「………………」
 アディスはミラを見て、すっかり黙って視線をそらすユイへと視線を移す。
「人間を従属させたんですか?」
「不可抗力だよ」
「試すこと自体どうかと思いますよ。半悪魔だって人間とのハーフでしょう」
 他の生物を無理矢理従属させるなどひどい話だ。しかも同じ人の姿をして、同じように話す生き物だから、本当に人間のする事ではない。
「ハノは幼い頃からの知り合いなんだよ」
 その言葉を聞いて、アディスは頷いた。
「ああ、かくまうために支配したんですか。半悪魔は差別がひどいと聞きます」
「半悪魔ってのは、どうして差別されるんです?」
「悪魔というのは、人を誘惑し、堕落させる生き物だと言われています。不相応な力を与えて魔女にしたりするんです。
 半悪魔は堕落した人間と悪魔の間の子だから差別されます。
 神殿は悪魔と接触するきっかけを作るため、魔術を禁止しています。半悪魔は魔術が使えるため、積極的に狩る場合があると聞きます。
 グリーディアには悪魔が入ってこないので、半悪魔への差別を実際に見た事はありませんが」
 仮にも神官が従属させているならおおっぴらに差別できないので、ユイがした事も理解できた。
 ではあのアディスが褒めるほどの魔術師で、剣を振り回していたミラは何なのだろうか。
「それよりも、どうして君みたいな子供の竜がそんなに人間の事情に詳しいんだ。普通は知らない事ばかりだよ」
「竜は初めて食べた強い意識のある生物の記憶を得ますから」
「竜の知識取得はそんなにはっきりしたものじゃないはずだよ。まるで人間の知識ある……魔術師と話しているみたいだ。そっちの女の子も話し方すごいし、なのに君の方がよく知っている」
「色々とあるんですよ」
 アディスは聖良に頬ずりをして言う。今更無邪気を装っても意味はないのだが、彼なりに誤魔化しているつもりなのだろう。相手も人には言えないことをしているようだし、お互い様だ。
「竜が人間と一緒にいる。珍しい。なぜ?」
 ミラが先ほどの事は無かったかのように、何食わぬ顔で尋ねた。
「……セーラは私の血を分けているし、身寄りがないので一緒に生活をしています」
 ユイが聖良に哀れみの目を向ける。
 人間ですらない者に育てられている、哀れな少女だと思われているのだ。
「そうだ、そういえば謝罪がまだだったね。ミラ、謝って」
「なぜ?」
「…………まあ、とにかく謝って。こんな小さな子達に恐い思いをさせたんだから」
 彼女は一瞬むっとして、
「ごめんなさい」
 おざなりに言って剣についた血糊を拭いて鞘に収める。久々に、本当にファンタジーだなと感心した。異形に慣れてみると、現実的なことが多かったので、少しだけときめいた。女性が強いというのは、格好いい。
「本当にごめんね。恐かったでよね」
「や、過ぎたことですし」
 喉元を過ぎれば気にするのも無駄だ。とくにこういう人知を越えた悪意なき人達のしでかした事は、気にするだけ損をする。
「セーラ、その年で悟りすぎるのもどうかと思いますよ。もう少し恐かったって泣くとか」
「恐い目になら散々あってるから、過ぎたことを気にかけても仕方がないですよ。痛いのが続くなら恨みもしますけど、すぐに治るから忘れられます。だいたい、その度にウジウジネトネトしてるのって、鬱陶しいじゃないですか。悩むべき所は悩むべきだけど、悩んでいても仕方がない事には悩まないんです」
「悩むべき事?」
「お金がないとか……友人が犯罪に走ってるとか」
「あぁ……いや、そうだけど、もう少しだけ可愛らしく」
「だからそんなことを私に求めないでくださいって何度も言ってるじゃないですか」
 アディスはしゅんとして尻尾で石ころをはねとばす。最近尻尾の扱いが上手くなってきて、尻尾で物を取ることもある。
 そんな聖良達を見て、ユイが笑みを向けた。
「小さいのにしっかりしてるんだね」
「小さ……って、私、たぶんあなたよりは年上です」
 ユイは理解できないという顔をして聖良を見る。
「私はもう十八です。竜の血とか関係なく、私は身も心も十八歳なんです」
 彼はぎょっとしたように身を引いた。本当に失礼だ。
「私と同じだ」
 ミラが初めて笑って言った。もっと年上だと思っていたから意外だ。アディスも年下の女の子に足蹴にされたのでは、男としての面子も丸つぶれである。
 当のアディスは周囲を見回し、空を見上げて手を振った。ネルフィアとラゼスが飛んでくる。
 二人は並んで地上に降り立つと、部外者三人を見た。
 ミラが前に出て、剣に手をかける。害がないのは、アディスや聖良の様子を見ていれば分かるはずだ。
「お前は……」
 地上に降り立ったネルフィアはミラを見て、その目が険しくなった。
 瞬間、二人は動いた。
「お前達、逃げろっ」
 ラゼスが叫び、アディスが聖良を抱えてその場から離れる。
 アディスで見えないのだが、背後からものすごい音がして、空気の温度が一気に上昇する。
 なぜか、アディスの向こう側がとても明るい。
「な、何なんですかっ!? あの女性はっ」
 少し離れたところで聖良を地面に下ろしたアディスは、ネルフィアと喧嘩を始めたミラを見てユイに怒鳴りつける。
「アディス、もっと離れないと危険だ。前にあの二人、山を一つ丸裸にしたんだぞ」
 ラゼスの言葉に聖良は呆れた。
 ネルフィアはいい。理解できる。
 問題はミラだ。
 炎を魔術で弾き、ネルフィアに比べると針のような剣で彼女の肌を傷つけている。竜の皮膚を普通に傷つけている。あんな細身の剣で。動きが早く、距離があるため、何が起こっているのかさっぱり分からない。
「ああ、ミラ、ちょっとミラ!? やめなって! 何楽しげにしてるんだ!? 話を聞けぇぇぇえ」
 ミラがちらと振り向いた。
「ミラ、やめなさぁぁい!」
 ユイが金切り声に近い声を振り絞る、人間の脚力では不可能な高さまで跳んでいたミラが、渋々と言った様子でネルフィアから離れる。それを見たネルフィアは、やる気を無くした相手ではつまらないのか大人しくなった。
 ラゼスはミラがこちらに歩いてくるのを見て、脅えて後ずさる。
「お父さん、あの二人はお友達同士なんですか?」
「アディス、あれのどこが友人の再会に見えるんだ」
「喧嘩友達という分類かなぁと。血の気が多そうな二人だから、ありのような気もして」
「会ったのは一度だけ。痛み分けで互いにどうにか引いてくれたから良かったものの、続けられていたらどうなっていた事やら」
 本当に苦労している男性だ。責任感が強くて不幸になるという生き見本である。完全に他人と切り捨てられたら、彼は今よりは幸せになれそうだ。
「ミラ……突然切り掛かるなって言っているだろ。あの雰囲気でどうしていきなり攻撃を仕掛けるんだ! しかもここは竜の里なのに、竜がいるのは当たり前だろっ」
「あれ、赤の魔王。賞金もかかってる。問題が?」
 ミラがネルフィアを指さして言う。
「ちょ……ミラ、赤の魔王ってあの?」
 隣でアディスが頭を抱えて蹲っている。
 魔王とはまたすごい。アディスも知っているのだろう。だから母とイコールされて衝撃を受けた。
「ミラ、その赤の魔王と何があったの?」
「前にやりあった。火傷して大変だった。さすがに強かった。火傷は後が痛い」
 ユイはミラの焦げた髪に触れ、火傷した手に触れる。女の子が髪を焦がしているのに、さして気にしていない。
「あたしもあの時はびっくりしたよ。怪我なんてしたのは初めてだったからねぇ」
 ミラに続いてやってきたネルフィアが言う。
 生まれて初めて傷つけられたというのも、すごい。
 双方すごい。
 聖良は少し引いた。
「うっかり忘れていたけど、どうしてお前がいるんだい。人間も魔物も竜も悪魔も構わず殺して回っているんじゃなかったのか?」
「そんなことはしていない。降りかかる火の粉、放置すると火事になる。手遅れ。その前になぎ払うだけ」
 聖良は生まれて初めて人間に対して、ネルフィアに向けるような『畏怖』を覚えた。彼女の中で、ミラはネルフィアと同じ天災ポジションへと昇格された。
「悪魔も……まさか、殲滅の悪魔」
 アディスがかなり身を引いて呟いた。
「なんですかそれ」
「行く先々で殺戮の限りを尽くす少女のことです。今まで都市伝説の類だと思ってました」
「…………はぁ。それで」
「驚かないんですか?」
 聖良は悩む。驚くが、あまりにも大層なので驚くに驚けない。ネルフィアと喧嘩してほとんど怪我もなく生きている方がよほど驚きだ。
「その噂についてよく知りませんし、危害を加える人が悪いんじゃないですか? 今はユイくんの命令は絶対なんでしょう?」
 人間は餌であるネルフィア相手では、喧嘩になるのも理解できる。
「その暴走の最中に仕方なく使い魔にしたんだよ」
 ユイが言う。
 では、本当に人を殺して回っていたのだろうか。それはなぜか。
 考えて分かるはずがない。何かありそうなので、本人には聞きにくい。
「お前はどうしてここにいるんだい」
「ギセル族に会いに来た。一番近かったのこの集落」
「なんで」
「薬。彼らの作る薬は素晴らしい。分けて欲しい」
「なんで」
「病人」
「そうかい。じゃあ、うちに来るかい」
「うん」
 あっさりと喧嘩をした垣根を跳び越えて家に招き、招かれる。
 清々しいまでに何も気にしていない。後腐れのなさは、世の中のスポーツマンと、そのファン達も見習うべきだと思うほど。
「ミラさんって……お母さんに似てますね」
「ええっ!? 君はお母さんまでそんな人なの!?」
 ユイが驚きと哀れみとの入り交じる目で見てくる。
「ネルフィアさんのことですよ。私の実母はこれでもかってぐらい普通の人でした」
 ネルフィアを指さすと、ユイはしばし悩んで沈痛な面持ちで頷いた。
 誰が見ても、二人は似たもの同士である。

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