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青色吐息 作者:かいとーこ
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4話 竜の里 2


 竜の集落にたどり着くと、聖良は想像と違う様子に驚いた。
 皆が小さいのだ。ネルフィアのように大きな姿をしている者がいない。常識的に考えて、大きな姿では生活しにくいだろうから、自然とそうなっていった事は分かるのだが、やはり意外だった。
 聖良と人間の姿をしたアディスは、ネルフィアの背から降りて、集まる竜達を見回した。皆は心なしか脅えている気がする。
「ら、ラゼス、お帰り。息子さんは? それだれ?」
 内の一人が周囲を見回し、子供の竜が見あたらないので尋ねてくる。脅えていても仲間であるため、物陰に隠れてちらちらこちらを見ているということはなく、かなり緊張しながらラゼスの方に話しかける。
 ネルフィアとは視線を合わせない事から、脅えられているのは間違いないようだ。
 アディスは背負っていたザックを聖良に手渡し、マントに隠れて服を脱ぐと、聖良が呪文を唱えて元の姿に戻る。元に戻るなら自力で出来るのだが、さすがにそれを皆の前で見せるのはよくないという事で全て聖良がすることにした。服は脱ぎやすく着やすいものを選んできている。
 聖良は頭蓋骨をザックの中に入れる。街に行ったときにコーティングして竜が踏んでも割れないほどの強度になっているらしいので、思う存分乱暴に扱える。
 アディスが人の姿になったのは、ネルフィアに長い時間乗っていると、途中で聖良の力が尽きて落ちるといけないからだ。竜の姿ではうっかり聖良を傷つけてしまう。
「人間に化けさせられてたのか」
「あれ? あれって他人にかけられるの?」
「っいうか、もう一人誰?」
 離れたところで話し合う竜達を横目に、ラゼスに案内されてたくさんある石造りの家の一つに向かう。そう、家があるのだ。なんでもそういうのが得意な種族の者に作ってもらい、おかえしに外敵から守っているらしい。
 竜というのは人間が思っているほど凶悪な種族ではない。凶悪と思われるのは、人間の中にでもよくいる凶悪なタイプが力に任せて暴れ回る事が稀にあるからだ。
 つまり、ネルフィアのようなタイプが一人で竜の評判を落とすのである。
「セーラ、悪いんだけどここで待ってくれるかな」
「え……」
 ラゼスに止められ、聖良は周囲を見回す。竜がこちらを見ている。
 ここに連れてきて貰ったのは、人間が一人であんな所にいると危ないからという理由だったはずだが、知らない竜ばかりというのは危なくないのだろうか。
「ネルフィアみたいのはいないから、襲われたりはしない。安心して」
「……はあ」
 人間も知り合いが家畜を家の前に置いておいたって、いきなり取って食べてしまう者はそういない。
 聖良は緊張しながら家の中に入る皆へと手を振り、玄関の横の壁にもたれ掛かって待つことにした。
 そっとしておいて欲しいと思っていたのだが、ネルフィアの姿がなくなった瞬間、彼らは群がってきた。
「ひっ」
 アディス一人なら可愛いと思う。
 ラゼス一人なら格好いいと思う。
 しかし群れで来られると、竜を見て始めに感じた恐怖が蘇る。
「お前、ひょっとして人間か?」
「は、はい」
「なんでこんな所にいるんだ」
「さぁ、なんででしょうね」
「よくネルフィアに食われなかったな」
「とりあえず今は食べようとしません」
「さっきあのチビちゃんに変な術をかけていたのはあなたよね。どうやったの?」
 襲われはしないが、怖いものは怖い。しかし皆、意外と好奇心旺盛だ。目をつぶると人間とそれほど変わらない。
「頭蓋骨を使ってその骨の生前の姿に化けるんです」
「何にでも化けられるのか?」
「変な物に化けると元に戻れなくなるので、人間並みに舌が回る生物なら」
「すげぇ。人間ってやっぱり器用だなぁ」
 人間の数少ない美点の一つだ。竜達に比べれば、小さな子供でも器用になるだろう。
 竜についてはまだあまりよく分からないのだが、今聖良を囲んでいる彼らは全体的に丸っこく、まだ若い竜に見えた。もっと大人の竜は、遠くの方で子供達の様子を見守っている。
 子供達は珍しい動物を見つけた気分なのだろう。
「なあなあ、さっきの俺にもやって。俺も人間に化けてみたい」
「ダメですよ。アディスがいいと言わないと」
「ケチ。じゃああいつがいいって言ったらいいんだな?」
「まあ、いいって言ったら?」
「よしっ!」
 子供達は顔を見合わせ、ガッツポーズのような仕草をした。
 聖良はやはり拒否しようと思った瞬間、子供達は蜘蛛の子を散らすように、一斉に去っていった。
「え、ちょっ!?」
 止める間もなかった。
 何を持ってくる気なのか、少しだけ不安になった。
 子供達が一斉に同じ事を考えて行動する。行動原理は人間も竜も一緒のはずだ。子供らしい発想──。
 問題は頭蓋骨だ。子供が変身してみたい頭蓋骨。
「まさか……今から狩りに……はないか」
 子供では街まで行けないだろう。だからアディスもネルフィアの背に乗ったのだ。竜の子供といえば人間に狙われることぐらい、親なら教えているだろうから、誰かが止める。
 考えられるのは、何か身近な頭蓋骨。
 何かを殺してくるのでなければいいのだが、行ってしまったし、大人達がのんびりしているのできっと問題ないだろう。
「うぅ……きっと大丈夫」
「何が大丈夫なんですか?」
 横を見ると、アディスがドアから身体半分を外に出して立っていた。
「あれ、お話しは?」
「子供には退屈な話なので、ご挨拶だけして逃げてきました」
「……別にいいんですけどね」
 子供の振りをしたいならすればいいし、一人では少し不安だったところだ。
「近くに綺麗な湖があるそうです。見たいですか?」
「えと……見てみたいです」
 どうせ退屈なのだ。子供達に何をさせられるかも分かったものではないし、観光も悪くない。
「じゃあ行きましょう。歩いていくと大変ですから、背中に乗ってください」
 聖良はアディスの背にヒモを付けてから、ぎゅっとしがみつく。
 竜の背に乗って空を飛ぶのは、初めのうちは恐かったが、今では一番の楽しみになっている。
 ネルフィアの広い背中からではよく見えなかったが、アディスの背中の上からだと、この場所がよく見える。空気が乾燥していてるのか、いつも以上に唇が乾き、まだ秋の入り口のこの季節にコートを着ていても寒いほどだが、日差しそのものは暖かく癒される。
 湖とやらは、日の光を浴びて輝き、巣の近くにある湖とは違うその姿に聖良は魅入った。
 旅行などほとんど行ったことはないし、世界の旅番組も見ていると空しくなるからほとんど見たことがないので、元の世界なら何とか自然公園とかに指定されていそうな景観だという発想しか出て来ないが、それほど美しい景色だった。自然の美しさに、言葉で表現できるような際立った物は必要ない。ただ自然豊かで、水が綺麗で、湖面が輝いている。それだけで見入ってしまうには十分だった。
 それでも、例える場所が分からないほど、自分の世界のこともほとんど知らずに過ごしていた事に、少しだけ後悔した。
 湖の傍らに降り立つと、聖良は何をするでもなく景色を眺めた。
「せぇらっ」
 アディスがちょこんと座って聖良を見つめてくる。
「セーラぁ」
「人が景色を堪能しているのに邪魔しないでください」
 感傷に浸っていたのに、空気の読めない男だ。
「景色なんて見てもつまらないじゃないですか」
「つまらないと思うところに連れてきたんですか」
「だって竜ばかりの中にいるのは嫌じゃないですか。本当は部外者なのに」
「…………それもそうですけど、もう少しなんて言うか……」
 聖良はため息をついてしゃがみ込む。アディスを風よけにすれば、日向ぼっこしているのは気持ちがいい。
「退屈ですぅ」
「ちょ、のしかからないでくださいっ! 貴方、中身は大人なんですから!」
「私はゼロ歳児でいいですから、座ってないで遊びましょうよぉ。探険ごっことか」
 しがみつかれて、聖良は近いその顔を押し離そうと、身をねじって腕を突き出したとき、太陽の光が遮られその向こうに輝くものが見えた。
 次の瞬間、バチバチと、ものすごい音とともに火花が発生した。散るなどという生やさしいものではなく、今すぐに逃げなければと生存本能に訴えるほどの光と音である。
「なっ、なっ」
 聖良が腰を抜かしていると、アディスが彼女を抱え上げてその場から翼を使い飛び退る。
 高鳴る胸を押さえて顔を上げると、人間の女の人が首をかしげて手に持つ剣を見つめていた。手入れのされていない長い髪と、簡単に確認できるだけで二本の剣と三本のナイフを帯び、薄汚れた白い外套を羽織った、二十歳前後の女性だ。
「なんでこんなところに女の人が!?」
「竜でも狩って一攫千金狙ってるんでしょう」
 アディスは聖良を後ろ手に隠すようにして立ち、目配せしてきた。
 聖良は頭蓋骨を取り出してアディスの後頭部にそれを押しつけて小さく呪文を唱える。
「今の結界。竜、こんなもの使わないのに、なぜ?」
 彼女はこくんと首をかしげた。その姿だけ見ていると普通の綺麗な女の人なのだが、竜を狩りに来たのだと思うと恐くなる。
 竜を狩る自信がある実力者だということなのだから。
「まあいい」
 彼女は疑問を投げ捨てて、剣を構えずに前に出た。
 呪文など間に合うはずがない。聖良はどうするか少し迷ったが、女性の動きを見てアディスの背後から飛び退いた。転んで膝を擦りむいたが、どうせすぐに治ると気にせず振り向けば、アディスは聖良のいた場所で翼を広げてさらに後ろへと下がっている。
 本能に従ってよかった。
 そう思った瞬間、浮き上がっていたアディスの翼が切りつけられ、地面に落ちる。
「アディスっ」
 聖良は頭蓋骨を取り落とした。
 結界が一度しか持たなかった。
 いつも自信過剰なほどだが、それは人としてのアディスだ。
 竜になったと聞くと強くなっているように思うだろうが、彼の場合は弱くなっている。彼は人間の時の方が人間としての経験があるため強いのだ。
「もう再生する? 再生能力の高い個体なのか、前のが特別劣っていたのか」
 女は剣を振り上げもう一度翼を傷つける。観察するように、その再生を見る。アディスは肩を踏みつけにされて、動けないで呻いている。女の人に踏まれたからと、動けなくなるほど非力ではないのに、なぜ抵抗しないのか。
「頭をつぶしても生きていられる生物はいるか?」
 彼女は恐ろしい疑問を口にして、無表情に剣を逆手に持ち上げる。
 考えるまでもなく、考えるのも恐ろしく、聖良は自分の思考をひどく鈍く感じて、自分が走っていることに気付いたのも、それが終わった後だった。
 無駄にある魔力を有効利用しようと、二人とも結界を張っていた。アディスだけではなく、聖良にも。
 アディスの頭の上へと倒れ込んだ瞬間、彼女に仕込んであった結界が過剰反応して火花を散らす。
「だ、だめっ」
 首をかしげるその女性を睨み上げ、聖良はうわずった声を出す。
「どうして殺そうとするんですか!? 生きて捕まえなきゃ意味ないんじゃないですかっ!?」
 彼女は明らかに殺すことを目当てとしていた。こんな所まで竜を狩りに来て、殺してしまっては意味がない。
「…………どうして?」
 彼女は頬に手を当て、逆に尋ねてきた。
「ええと……殺してもいいって言われたから。でも人間は殺しちゃダメ。命令。逆らえない。どうしよう」
 自問自答した彼女は、心底困ったという雰囲気で後退する。
 変な人だった。アディスなど比べものにならないほど変な人だ。変な人ほど何をするか分からなくて恐いのだが、とりあえず人間である聖良は殺せないらしい。
 聖良はアディスの頭を抱えて彼女を睨んだ。
「ミラっ!」
 甲高い少年の声が響き、女は声の主をすぐに見つけて不服そうな顔をした。
 その視線を追い、人間らしき少年と青年が走り寄ってくるのが見えた。
「邪魔された」
「邪魔されたって言うか、どう見ても襲われてるんじゃなかったのに、なんで続けて殺そうとしてるんだっ!?」
 聖良はわけが分からずアディスの頭を膝に乗せ抱え込み、その様子を見る。
 これ以上襲ってくる雰囲気ではなくなった。
「でも、殺していいってユイが」
「僕は襲われてるから助けてこいって言ったんだろ!? 最悪殺してしまっても仕方がないとは言ったけど、極力穏便にすませとも言っただろっ」
 聖良はアルテの事を思いだした。
 二人でいる所を他人に見られると、いつもこのように誤解を受ける。
「竜相手に手加減する、馬鹿。竜は人も食べる。対処を間違うと危険」
「だから、状況を見れば判断がつくよねっ!?」
 彼女は首をかしげ、
「面白かったから忘れていた。竜が結界張っていたと思った。でも人間の魔術師だった。つまらない」
「忘れっ……」
 少年は頭を抱えて地団駄踏む。
 本当に理解に苦しむが、とりあえず不幸な誤解がこの悲劇を生んだようである。アディスも回復して、半眼閉じて呆れ眼を二人に向けている。
 生きていると実感すると、聖良は脱力してため息をつく。
 新しい服を着てきたのに、もう土と嫌な汗で汚してしまった。

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