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青色吐息 作者:かいとーこ
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4話 竜の里 1

 
 羽ばたきの音が聞こえ、聖良はアディスとしていたカードを置いて洞窟の外へと走り出た。
 家長を迎え出るのは居候の身としては当然だ。
 しかし見上げてから、いつもと違う気がして後ずさる。
 竜であるのは間違いない。しかしシルエットが少し違う。ネルフィアよりも少し小柄だし、角の生え方も少し横に広がっている。逆光で分かるのはそれだけだが、それだけ分かれば逃げ帰るには十分だった。
「あ、あでぃ」
 後からゆったりとした足取りでついてきたアディスへと飛びつき、声にならぬ声をあげて外を指さす。
「どうし……誰です?」
 アディスは巣の前にとまった姿を見て顔をしかめる。
「人間?」
 それは聖良達を見て呟いた。
「ち、違いますっ」
 聖良はアディスの背に隠れ、アディスは呪文を唱えて元の姿に戻る。
 竜の姿をしたアディスの背に触れながら、そっと顔を出してその知らない竜を見る。
「人化の術!?」
 竜はネルフィアとは違って静かに洞窟内に入ってくる。
「生まれたばかりの子供に出来る術じゃないぞ。あいつ、一体何を食べさせたんだ……」
 自分よりも弱い竜を捕まえて食べさせた、というような可能性でも思い浮かべたような様子だ。
 ネルフィアよりもスマートで、白っぽい皮膚の竜だった。アディスの色と似ている。シルエットや顔立ちもネルフィアよりは、はるかに似ている。並べば親子にしか見えないだろう。
「……ひょっとして、アディスのお父さん?」
「さあ。ここを誰かが訪ねてきたのは初めてで……」
 聖良はじっとその竜を見つめる。襲って来ないので怖くなくなると、とても格好いいと思えてきた。アディスは身体が大きくなっても、なんとなく幼い雰囲気だ。しかし彼はいかにも大人の竜といった雰囲気がある。ネルフィアのような精悍な顔立ちではなく、気品すら感じる格好良さである。
 アディスも大人になったらああなるのだろうかと、将来が少し楽しみになった。
「どちら様ですか? 母は外出中ですが」
「僕のことは聞いていないのか?」
「はい」
 彼は落ち込んだ様子でうつむいた。ネルフィアの口からアディスの父親のことはあまり聞かない。数少ない情報は、頭と顔がいいから選んだという事だけだ。
「違ったら失礼ですが、ひょっとして私の父なんですか?」
 竜はこくりと頷く。
「格好いいお父さんですね」
「お母さんが頭と顔で選んだって言うぐらいですからね」
「顔も重要ですもんね。アディスも大きくなったらあんな風に格好良くなってくださいね」
 人間にしても動物にしても美形であるに越したことはない。
 その竜はじっと二人を見つめて、ため息をついた。
「坊や、名前は決まったのかい?」
「アディスです。お父さんは?」
「ラゼスだ。あともう二つほど聞きたいんだが、何を食べたんだい?」
「私の知識の元になっている者という意味でしたら、この国で一番優秀だと噂の人間の魔術師を」
「その人間は? まだ子供のようだけど」
「私が血を与えた人間です。お母さんがさらってきて死にかけていたので助けました」
「あともう一つ聞きたいんだけど、どうやって人間の姿に?」
「こちらのセーラに術をかけてもらうんです。お母さんのことだから、賢い餌をたくさん食べさせようと思ったんだと思います」
 ラゼスはうずくまって尻尾を抱える。その様子は可愛らしいが、彼の今までの苦悩が窺い知れた。ネルフィアには振り回されてきたのだと、この様子だけで分かる。
「お父…さん? どうかしました?」
 アディスは父の様子を見て、不安げに問う。
「いや、すまない。本当はもっと早くに来て君を取り上げようと思ってたんだけど、長老達に止められてね」
 迎えに来ようとして止められる。
 ネルフィアは、竜の中でも変わり者の部類に入るのが確定した。
 アディスが振り返り聖良を少しのあいだ見つめてから、再び前を見る。彼にも色々と不安があるのだ。竜というものをネルフィアしか知らなかったから、かなり戸惑っている。
「大変だっただろう」
「ちょっと大変でしたけど、私はお母さんとの生活に満足していますよ」
「本気で言っているのか?」
 ラゼスはアディスにずいっと顔を寄せた。
「……お父さんがお母さんをどんな風に見ているかは知りませんが、悪くはない生活ですよ。
 こうして人間の女の子が普通に生きていますし」
 聖良はこくこくと頷く。
 食事も出来るし、腹の弱い日本人が飲んでも下さないような綺麗な水もある、寝床もある、と住めない場所ではない。
「そんな馬鹿な。あのネルフィが……」
「そんな風に思ってるのに今まで放置してたんですか」
 ひどい話だ。アディスは皆から見捨てられていたということになる。
「で、ようやくその長老達とやらを説得をしてここまで来たんですか?」
「いや、もうすぐネルフィの祖母の百周忌だから、さすがに彼女も来てくれるだろうと思ってね」
 竜というのは気が長いにもほどがある生物のようだ。百年したら墓参りも忘れてしまうそうなのに、彼らは覚えているらしい。
 彼等の時間感覚については、恐ろしいので深くは考えないことにする。
「待たせてもらってもいいかな」
「何もないところですがどうぞ」
「本当に何もないね、相変わらず」
 竜でも家具を置くのだろうかと聖良は困惑した。
 服は着ないため、ベッドが考えられる。ネルフィアは巣に使っているような、藁や布を敷き詰めただけのところに寝ているのだが、これよりも文明的な寝床があるのだろう。
「このベッドだって僕が整えたんだよネルフィは盗んでくるだけだし」
「そうなんですか。その節はお世話なりました。おかげで快適に過ごしています」
 アディスが父親似向かって頭を下げた。
 これがなかったら、厳しい毎日だったはずだ。地面で寝たら腰は痛めるし寒いし最悪だった。
「…………ちゃんとまともな人間を選べたんだ」
 礼を言うアディスを見て呟くラゼス。
 ネルフィアの見る目がないと言うなら、彼を選んだことも見る目がないということになるが、本人は自分をどう評価しているのが分からない。
 彼は日陰になる場所まで来ると、身を震わせてアディスよりも一回り大きいほどのサイズになる。アディスが大きくなれるのだから、彼が小さくなるのも不思議ではない。
「お茶を出したいんですけど、買ってくるのを忘れてしまいまして」
「買ってくるって……人間の姿で?」
「はい。人間の記憶が強いから、無いと不便に感じる物が多かったので買い物に行きました。それに女の子は必要な物がいっぱいありますし」
 たくさん買った。化粧水や色々使える軟膏、可愛い匂い袋に香水に石けんに洗髪剤に、月に一度必要なあれにと、色々だ。聖良には当たり前の物も、この世界では高価なので、かなりの贅沢である。
 ただ、下着はあまり好みではなかった。カボチャパンツに近い物で、フィット感がなくて少し心許ない。もちろんない物はしょうがないので贅沢は言えない。
「どんな人間を喰わせたら、生後三ヶ月でこんなにしっかりするんだ……」
「人間の知識があれば、普通こうじゃないんですか?」
 アディスはこくりと首をかしげた。その仕草が人間の時と違って可愛い。
「そもそも人間を食べようとも、そこまでしっかりする子供なんて初めて見たよ。
 普通はすべて身につけられる物じゃないし、混乱してなかなか使いこなせないんだ。大きくなるにつれて奥の方に眠っていた知識が少しずつ出てくる事はあっても、すぐに使いこなせたりはしない」
 それはアディスの中身は完全に人間であるという証拠になるだろう。今までは少しだけ、彼は自分というものに不安を感じている様子もあったが、それが解決した。
 おめでとうと心の中で祝ってやる。
「セーラの影響ですかねぇ。頭のいい人とお話しするのは、刺激が大きいですから」
 ネルフィアには聖良はすごく頭のいい人間だということで通っている。この世界のことをほとんど知らないというのに、皮肉な話だ。
 ラゼスはじっと聖良を見つめて、アディスに似たしぐさで尻尾を丸めて首をかしげる。
「人間だから十歳ぐらいだよね」
「十八です」
「いやいや。竜だからって、人間の年齢ぐらい分かるさ。僕はけっこう人里に行くしね」
「冗談ではなく十八歳です」
「……魔女?」
「普通に十八歳です」
「大人をからかっちゃダメだよ」
 聖良は悲しくて、巣に隠れて背を丸めて泣いた。
 竜にすら信じてもらえない。たかが数年のことなのに、信じてもらえない。
「え、泣いてるの? どうして?」
「本当に十八歳らしいんですよ。異国の人だから、人種的にこの大陸の人間よりも平均身長が低くて、その中でも下の方らしいので子供のように見えますが」
「でも泣く事ないじゃないか」
「大人扱いされた事がないからじゃないですか? セーラ、そんなところで落ち込んでないで戻って来てください。大人気ないですよ」
 聖良は白い布で涙を拭い、それをそのまま抱えて彼らの元へと行く。床に敷いてその上に座ると少しだけマシだと思える。
 正座をして二人を見上げると、小さいと言ってもやはり竜だから大きい。
「本当に人間がこんなところで生活して不自由はないの?」
「不自由は自分でどうにか出来ますから」
「わざわざこんな場所に住む必要はないんだよ。血でつながっていたら一緒にいたいと思うらしいけど、この子が独り立ち出来るようになるまで人として里で暮らせばいいんじゃないか」
 それも考えないでもないのだが、生活力も常識もない聖良がそんなことをして、生きていけるかどうか分からない。養ってもらうにしても、ボロを出さない自信はない。
「この国には知り合いもいないので」
「親御さんは?」
「事故で」
「事故……ネルフィに殺されたわけじゃないんだね。よかった」
 聖良はそれを想像して、ある意味自然災害的な被害だなと思えた。
「この国にも、悪い人に無理矢理連れてこられて、帰り方も分からないので。おか……ネルフィアさんはとても親切にしてくれますし」
「あの女が、親切?」
 彼は少しも信じていない様子で言う。
「いや……あなたの中で彼女はどんな扱いなんですか」
「通り過ぎるのをただ待つしかない天災」
 同じ種族のはずなのに、人間視点と同じ印象というのは一体何なのだろうか。
「あの……お父さんは、どうしてお母さんとつがいになったんです?」
 アディスは恐る恐る問う。結婚と言わないのは、二人の雰囲気が夫婦に見えなかったからだろう。
「なりたくてなったわけじゃ……ここにだって無理矢理連れ込……いや、何でもないよ。気にしないでくれ」
「…………え、それって逆レ」
 聖良は何か言おうとしたアディスの足をぱしりと叩いて立ち上がる。
「こらっ!」
 聖良はアディスを引っ張って巣の裏側に回り込み、二人で布をかぶって顔をつきあわせる。
「そういうときはきょとんとしてナニソレーな顔をしてるのが子心ってものですよ」
「そういうものですか?」
「そういうものでしょう。いかにも華奢な人ですよ。さすがにそういうことは、子供に知られたくないでしょう。
 生まれたばかりの子供だっていう油断があるからぽろっと言っちゃったんですよきっと。
 この場合は、子供らしくしてた方がいいですよ」
「でもなんというか……男として情けないというか……」
「お母さん相手じゃどうにもならないでしょ。アディスは抵抗できるんですか?」
「…………それもそうですねぇ」
 聖良達は元の位置に戻ると、同じ位置に腰を下ろす。座布団代わりにしている布だが、さすがに折りたたんで使っても冷たいし固い。今度は平たいクッションを買って貰おうと思った。
 ラゼスに胡乱げな視線を向けられながら、二人は誤魔化す笑顔を向ける。
 それからいかにも子供らしい旺盛な好奇心を発揮したアディスの、可愛らしい質問攻めにあい、ラゼスはほんの少し嬉しそうだった。
 どんな経緯があったとしても、自分の子供というのは可愛いらしい。アディスは可愛い息子を演じる義務がある。
 そんな事をしていると、羽ばたく音が聞こえて聖良は外へと走る。今度こそ間違いなくネルフィアで、いつものように獲物を捕らえていた。
「お母さんっ、ラゼスさんが来てます」
「ラゼス……ああ、あいつかい。何の用で」
「何の用でって、自分の息子を見に来たとか理由はいっぱいありますよ」
「せっかく賢くて男らしい子に育ちつつあるのに、弱々しいのが移っても困るんだよ」
 だから遠ざけられているらしい。利用するだけ利用して、用がなくなるとぽいというのは、さすがに彼が可哀相だ。
「お母さん。親の不仲は子供の成長に悪影響を及ぼしますよ。アディスがグレちゃうかもしれません。
 両親は仲良く、明るい家庭が理想です」
「そうなのかい?」
「そうです。父親とは尊敬できる人でないとダメです」
「そうかい。でもあれじゃあちょっと難しいねぇ……」
 確かにネルフィアとラゼスの相性はあまりよくなさそうだ。
 しかし子供可愛いという共通点はある。
「お父さん、どうしたんですか」
 突然アディスが、ラゼスの背をさすりながら心配して問うた。
「いや、ネルフィアの声を聞いたら胃が」
 ラゼスは絶望的にネルフィアと相性が悪いらしい。

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