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青色吐息 作者:かいとーこ
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3話 異世界の醍醐味 7

 少女達はぴったりとくっついていたアディスから身を離すと、先ほどの視線が嘘だったように朗らかに微笑む。
「新しい子ですか? とっても可愛い方」
「どんなお部屋にしましょうか。壁紙は白がいいかしら、ピンクがいいかしら」
 二人は無邪気に新しいお友達を迎えるようにはしゃいで聖良を囲んで手を取った。
「いいえ、彼女は客人。一度ここに案内をと思ってね」
「森……モリィです。よろしくおねがいします」
 頭を下げると、二人は戸惑った様子で聖良を見た。
「すごい話し方でしょう?
 今後から彼女独特の話し方をするモリィと名乗る者が尋ねてきたら、老若男女を問わず招き入れるように通達しなさい。迷ったならお前達が聞けば分かるでしょう。
 いいですか、どんな姿をしていてもです」
 アディスは念を押し、うっすらと笑う。
「どんな姿をしていても老若男女問わず、ですか?」
「ええ、ひょっとしたらディの姿をしているかも知れません」
 可能性がないとは限らないが、頻繁に頭蓋骨を頭上に掲げて呪文を唱えたくない。普通の女性は頭蓋骨など見たら脅えるものだ。
 巣の中に普通に転がっているので聖良はすっかり慣れたが、この慣れこそ異常なのだ。
 しかし彼女たちの視線が普通ではなく、聖良は自分が珍獣の用に見られているのを自覚し、憂鬱になった。しかしそれを否定するのはやぶ蛇で、聖良に出来ることは何一つない。
「ただし、この話し方をするモリィを名乗る者だけ。彼女のような話し方をする者は他にもいますから」
「他にも!?」
 少女達は聖良を見て信じられないとばかりに首を振る。
 もう一人とはもちろんアディスと一緒にいる『聖良』の事だ。
「モリィも、何かあったら彼らに頼るといいでしょう。私がいる限りはそのようなことはありませんが……なにぶんモリィの事です。歩いているだけで散々な目に合う事もあるだろうから」
 否定できないほど頻繁に死にかけているため、彼の言うことに反論などできなかった。アディスと離れたら危ないのは、十分に理解している。聖良はアディスの側を離れると魔力が届かず魔術を使えない。その時の彼女は、異様に回復力があるだけの無力な少女。もしもの時に助けてくれる人がいるのは有り難い。
 しかしあの暗い路地を通り、上にいた恐そうな人達に耐えてここまで来るぐらいなら、素直にお城に行って助けを求めた方がいい。
「あの……アーネスにだけは言われたくないんですけど。私はあなたほどは運悪くないし」
 確かに道を歩いていたら突然召喚されたのだが、彼もデートをしていたら竜に連れさらわれたのだ。話を聞く限りでは日常的にさんざんな目にあっているらしい。聖良もそこまでひどくなかった。こちらに来てから悪化したが、アディスよりはいいはずだ。
「長……今度はどんな不運な目に?」
「今回は長かったから本当に心配しました」
 恋人達が彼を心配そうに見つめた。
 聖良はため息をついて出されたジュースを飲んだ。自然になっている果物よりも甘く、それが少し懐かしい。匂いもいい。さっぱりしていて、ほんのりと甘みのある香り。アロマとかの事はよく分からないので、これがどんな系統の香りか分からないが、とても飲みやすい。もちろん今食べたりしたら太ることは間違いなく、このジュースも飲まない方がいいのだが、少し歩いて喉が渇いたため、つい飲んでしまう。
 己の自制心にうんざりしていると、扉が開いて男が入ってきた。撫で付けた髭が滑稽な、痩せた中年男である。
「お帰りなさいませ、アーネス様」
「ウィル。早いな」
「もちろんですとも。アーネス様がお戻りになったとお聞きして、飛んで参りました」
 聖良はきょとんとしてその男を眺めた。あまりセンスの良い男性ではない。
「実は明日売りに出す予定の、いい娘がいるのですよ。ですから、ぜひアーネス様にと思いまして」
「ほう」
「礼儀も何も知らぬ田舎娘ではありますが、純朴な愛らしさはアーネス様が必ず気に入ること間違いなしでございます、はい」
「お前がそこまで薦めるとは珍しい」
「ええ、それだけ上等な娘でございます。アーネス様以外に売るのは忍びないほどに」
「ほう。それほどいい子なのですね」
 聖良は音を立ててグラスをテーブルに置いた。
 アディスがびくりと震え、ゆっくりと聖良を見た。その様子から、一瞬彼女の存在を忘れてしまっていたのが分かった。
 幼い女の子のこととなると、彼は周囲が見えなくなるタイプなのだ。
「せ……モリィ?」
 アディスの声が少し震えていた。聖良が睨み付けると顔が引きつる。
「モリィ。ひょっとしてものすごく怒ってます?」
 アディスが立ち上がり、テーブルを迂回して聖良へと近づいてくる。
「モリィが妬いてくれるなんて、思いもしませんでした」
「妬いてません。ただデリカシーのなさに呆れて怒っているんです」
 部下二人が頷き合っているところを見ると、一般的に見ても彼の行いは非常識なのだ。自分で女の子を連れてきておいて、その目の前で人買いの話をする。どんな世界でも非常識である。
「モリィ、怒った顔も可愛いですけど、女の子は笑顔が一番ですよ」
 頬を突かれ、その手を叩き落とす。
 目が据わっているのが分かる。不愉快極まりなかった。
「そういうことは、私の目の届かない場所でやってくださいね。まあ、私の目の届かない場所へ行けると思ったら大間違いですが」
「ご、誤解ですよ。ただ、魔力の高い小さな子を引き取ってそだてるのが生き甲斐なんです」
「へぇ、誤解?」
「ええ、誤解」
「それで誤魔化せると思ってるんですか」
 アディスの肩にディアスが手を置いた。
「長、素直に二度としませんって謝った方がいいんじゃないっすか、今後のために」
「そうですよ。二度と戻って来れなくなりますよ」
「うぅ」
 アディスは呻き、ちらと聖良を見る。
「モリィも機嫌を直してやれって。この人は自分のハーレムを作るためにこの組織作ったぐらいなんだから」
「何ですかその最悪な組織は。まだ悪の秘密結社って言われた方がマシなんですけど」
「ははは。何事にも金がいるからな。金を作るには地下に潜るのが一番。裏の世界の偉いさんになれば、周りが好みの少女を献上してくれるしぃぃぃぃぃぃっ」
 ディアスはアディスの電撃を身に受け、パタリと倒れる。
 部下に対してなんて乱暴なんだろうかと、憤慨してアディスを睨んだ。
「火に油を注ぐようなことをっ」
「それは分かってるんですね」
 なら初めから我を忘れなければよいのだが、彼はとても欲望に弱く、口が軽い。
「や、本当にこれからはモリィ一筋になりますから」
「それは求めてませんよ、気色悪い」
「気色悪いとは何ですか」
「ロリコンなんて最悪じゃないですか。彼女達が大人になったらどうするんですか」
 二人の少女を指さして問うと、皆が口を閉ざした。
 二人は手を取り合い、不安げにうつむいている。
 彼女たちも理解しているはずだ。
「遊び人は嫌いです」
「やっぱりモリィ一筋になれと?」
「実家の里に行って、可愛い女の子を捜したらどうですか」
 竜の里に行って、竜の恋人を探す。今のアディスにとって、これが一番正しい道だ。
「それだけは……ちょっと。
 モリィ、機嫌を直してください。モリィのふくれ面も愛らしいですが、やはり笑顔が一番です」
 頭をなで、火に油を注ぐアディス。
 何度やったか分からないが、またその手を払い睨み付ける。
「何でも買ってあげますから」
「別に欲しいものはありません」
 長く我慢しすぎたためか、買えるだけの金銭を手にして、欲しいと思った物が目の前にあっても、買おうとは思わなくなった。見て想像しているのが一番楽しい。
「そう言わずに」
「私のような年増のことは構わず、好きなだけ本物の幼い女の子と戯れてくればいいじゃないですか。私なんてどうせ可愛げもないチビでデブで生意気な年増ですよ」
 初対面で年増と言われ、小さい小さいとけなされ、肉が付きすぎていると馬鹿にされた。なぜそんなことを言われなければならないのかと、怒りが沸々と湧いてきた。
 今まで気にしないようにしていたのは真実だし、養われている身だったからだが、よくよく考えれば彼は聖良がいないとこうして人間になって遊びに来ることも出来ないのだ。
 感謝されるならともかく、さりげなく胸をえぐられる言葉ばかりかけられなければならない覚えはない。
「長、あんた普段からどんなひどい事を……」
「い、言ってませんよ」
「言いました。言葉は多少違っても、意味的に同じ事を全部言われました! 毎日のように言ってます!」
 自覚がないからタチが悪い。相手は子供ではないと思うと遠慮がなく、本当にさらりとひどいことを言うのだ。
「長、あんまり怒らせない方が……」
「怒らせているつもりはないんですが」
「たぶんそれに一番腹を立てているんじゃないでしょうか。紛れもなく本音だから」
 ジェロンの常識人ぶりには涙が出てきそうになる。この世界の人間が皆アディスのようでなくてよかった。中身だけでいいから二人を取り替えたいと、聖良は本気で思った。
「あの……アーネス様。今日の所はお預けということで、よろしゅうございますか」
 今まで黙っていた商人が、手をすりあわせてアディスに問う。
「ウィル。お流れです。お流れ」
「左様でございますか。しかし可愛らしいお嬢様でございますねぇ。アーネス様が夢中になられるのも無理はございません」
「そういう関係ではありませんよ。強いて言うなら……姉のような方です」
 身体は子供と言ったことを根に持ったのか、人には散々言っておいて、少し反撃したらこれだ。聖良はぶすっとふくれた。
「だから長、怒らせてどうするんだよ」
「そうですよ。ますます不機嫌になってますよ」
 アディスは不思議そうに聖良を見る。
「どうしたんですか。今日は本当に機嫌が悪いですね。
 ああ、ひょっとしてホームシックですか?」
「一晩もたってないのにホームシックになるほど可愛くできていません」
「寂しくて私の部屋に来たくせに」
「知らない所で、少し不安だっただけです」
 知らない所で、近くに人の気配がないと怖くて眠れなかっただけだ
「私、帰ります」
「おねむですか」
「だから、子供扱いするか大人扱いするか、一体どちらなんですかっ」
 どちらかに統一してくれれば苛立ちも減るが、彼はどちらともとれる扱いをする。聖良は立ち上がり、来た道を戻る。
「ああ、待ってください。やる事があるんですよ。少し待ってください」
 聖良は無視して出口に向かう。
 彼女は紛れもなく無力だが、鞄の中に入っていたスタンガンは持ってきている。バイトをしていた新聞屋さんの奥さんがくれた物だ。珍しいものなので、きっと怯んでくれるだろう。距離的にも墓場までは魔力がまったく届かなくなるほどではない。きっとなんとかなる。
「せっ、モーリィ。危ないから待ちなさい。送っていきますから」
「お待ち下さい。長が送っては逆効果です。私が責任を持って送り届けますので、長は溜まった仕事を片付けてください」
 聖良は足を止めた。
 追おうとしていたジェロンが動きを止めて聖良を見る。
「本当にお仕事なんですか?」
「そうです。まあ、悪い癖はありますが、基本的にこの組織を作り維持しているのは、長が自発的にしている事です。ずいぶんと行方不明でしたから、久々に再会した養い子達とゆっくりしたいという気持ちだけは、理解して上げてください」
 行方不明になっていた期間を考えると、彼の仕事はたまっていてもおかしくはない。彼一人がいなくなってまったく動かなくなるような腐れた組織ではないだろうが、いなければいないで大きな事は出来ない。諦めて次の頭を探すには短い期間であったし、それに関しては納得した。
「でも、人買いする気満々だった気がしますけど」
「……ほら、自分に素直な方ですから」
 聖良にもそれは分かっていたことだ。怒っても仕方がない。
 アディスは足を止めた聖良に、苦笑しながら声を掛けた。
「モリィ、いい子ですね。一時間ほどで終わらせますから待っていなさい」
 そう言われると、ここで帰るのはとても我が儘で子供っぽい事のように思えた。
「ほら、お前達も遅いから寝なさい。子供はもう寝る時間です。
 明後日にでも昼間に来ますから」
「本当ですか?」
「ええ、本当です」
 彼は二人の少女に笑みを向け、頭を撫でて納得させた。さすがに今から女の子に何か悪さをしようという気はなくなったようだ。
「……本当に一時間で終わるんですか」
「ええ。終わったらすぐに帰りますから。
 寂しかったら私の部屋で待っていてください。暗いところが怖いのでしたら、持続性がある明かりを用意させましょう」
 アディスは子供に向ける笑みを聖良に向けた。一時間なら、仕事以外に何か悪さをする事もないだろう。
「…………一時間ぐらいなら、待っていてあげます」
 聖良は部屋の中に戻り、ソファに腰をおろした。
「あと、べつに暗いところが嫌いなわけじゃありませんから」
 暗い部屋に一人でいるのが恐いのだ。
 それでも彼が気付いていたのには驚いた。明かりもあったし、アディスが側にいるから分かるような行動や態度をとったつもりはなかった。
 何だかんだと言って、見るべき所はちゃんと見ているのだ。
 少し、嬉しかった。
 今までこれほど気にかけてくれる他人はいなかったから。

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