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青色吐息 作者:かいとーこ
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3話 異世界の醍醐味 5

 食事についてはあまり不自由しなかった。
 スプーンとナイフが混じったようなもので切ったりすくったりして、二股のフォークでそれを押さえたり刺したりする。細かなマナーはあまりないらしく、フォークナイフがずらりと並ぶようなこともなかった。おそらくあの光景が異常なのだ。日本だと箸で何でも食べてしまうし、素手で食べる国もある。
 食事の味もやや薄味にしてもらったので、美味しく食べられた。凝った料理は少なく、シンプルな調理法が多い。ブイヨンスープは少し癖があったが、美味しかった。
 それなりに楽しい食事を終えると二人で城に帰り、聖良は客室へと通された。アディスのすすめで部屋についていたシャワーを浴びた。髪を洗うとさっぱりしたが、リンスをしても髪がキシキシして絡んだ。石鹸はどうしてもこうなる。手櫛でときながら風呂から上がると、待ち構えていたアディスが手招きした。テーブルと椅子が移動しており、聖良にはアディスに背を向ける形で置かれた椅子に座れと、椅子の背を叩いて指示している。
「何ですか?」
「髪の綺麗な女性に譲ってもらいました。塗ってあげます」
 アディスは瓶を見せる。テーブルには櫛も置いてあった。
「自分でやります」
「いいからいいから。さあ座って」
 聖良が椅子に腰掛けると、アディスは手のひらに瓶の中身を出し、髪に触れた。絡んだ髪に塗り込み、櫛を通しながら魔術で髪を乾かす。
 他人に髪をとかれるのは気持ちがいい。小さなころ、母に髪をといてもらったのを思い出す。しかし手は母とは違い、男の筋張った手だ。
 良い香りがして、気持ちよくて、部屋は広くて綺麗で、どこかの高級ホテルに来ているような感覚に陥る。
「さあ、これで髪に最初の艶が戻りましたね」
 アディスの手が止まると、少し眠くなっていた聖良は、名残惜しさを覚えた。あのまま眠ることができたら、最高に心地よかっただろう。
「明日はこういった身の回りの物を買いに行きましょう」
「そうですね」
「おや、おねむですか?」
 アディスは眠そうにしている聖良の顔をのぞき込み、子供相手にするように笑った。
「今日は疲れましたからね。では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 アディスが部屋から出ると、部屋が静まりかえった。部屋が広いからか、ぽかぽかしていたのに急に冷えてきた。
 聖良はすることもないからベッドに潜り込んで、まだ暖まっていない清潔なシーツの中で、ぶるりと震える。
 至れり尽くせりの一日だった。
 ここもかなり上等な客室に違いない。そう考えると、
「……落ち着かない」
 知らないところに一人でぽつんと居ると、少し──かなり不安になった。しかも高級な香りのする王宮の客室。
 意識をしてしまうと、先ほどまではあれほどあった眠気がどこかに行ってしまった。
 それでも目を伏せるが、最近はすっかり慣れてきたアディスの気配と、ネルフィアの見た目に反して可愛い息づかいを感じない。
 明かりを消して暗くすると恐いし、自分が作る光は明るすぎて落ち着かない。
 時々誰かが部屋の前を足音が通り過ぎる。
 目が冴えて眠れないのに、テレビもラジオもないので退屈だ。本棚はあるが、読めないので問題外。
 人がまた部屋の前を通る。響くほど大きい音なわけではないが、静寂の中では耳に残る。
 枕に顔を埋めて足音が通り過ぎ、遠ざかるのを待つ。
 ベッドが柔らかくて、煎餅布団や、布を敷き詰めただけの床に慣れた彼女には合わない。そのせいでよけいに寝付けない。
 この部屋は、聖良には豪華すぎるのだ。
「うう、私の貧乏性」
 染みついた物は、数時間で抜けるとは思えなかった。
「……アディス起きてるかな」
 もう寝ているかもしれない。しかし起きているかもしれない。
「…………んしょ」
 足を絡めつつ、大きなベッドからなんとか抜け出し、パジャマの上に、貸してもらった上着を羽織ると廊下に出る。魔法の薄明かりで照らされる廊下をゆっくり歩き、そう遠くないアディスの部屋へとたどり着いた。
 耳を澄ますと、中から少し声が聞こえる。潜めたような声で、複数。アディスといつもの部下二人だろう。
 聖良は恐る恐るドアをノックした。
「取り込み中です」
「……ならいいです」
 部屋に帰ろうとした瞬間、ドアが開いて聖良は中に引きずり込まれた。
 アディスと分かっているので怖くないが、そうでなかったらどれだけ怖い思いをするか、彼は理解しているのだろうかと、疑問を抱いた。
「セーラならいいんですよ。どうしたんですかこんな夜中に」
 抱きしめられて頬ずりされて、聖良はじたばたともがく。体格が違いすぎて、彼の冗談は聖良にとっては恐怖だ。
 寂しいという思いは吹き飛んだが、今度は鬱陶しいという思いに支配される。
「だから私は人形じゃないんですから抱きつかないでください」
 アディスの腕から抜け出して彼を見上げると、予想と違い知らない人がいて後ずさる。そういえば声もアディスではなかった気がする。アディスとはタイプが違う、影のある美男子だ。たとえ格好良かろうと、知らない男性だ。
「だれ……」
 ここはアディスの部屋で、彼はアディスそのものの行動をした。まさかこの国にはアディスの他にもう一人似たようにタイプの人間がいたのかと恐怖して後ずさった。
 怖い所に来てしまった。
「部屋は間違えていませんよ」
 黒髪の男性は、陰のある綺麗な顔を笑みにする。するととても優しそうに見えるのだ。
「あ……でぃす?」
 彼は見慣れた仕草で二度頷く。確かにこの仕草はアディスだ。
「怯えるセーラも可愛いですね。でも、女性がそんな格好で出歩いてはいけませんよ。途中で万が一の事があったらどうするんですか」
「でも、お城の中ですよ」
「ここには男の方が多いんです。無防備にうろついていたら暗がりに連れ込まれて襲われることもあります」
「…………」
 お城の中がそれほど危険だとは思わなかった。
 聖良が考えていると、部屋の前を足音が通ってびくりと震えた。
「だから、もう夜中に部屋の外に出てはいけませんよ」
 頭を撫でられ、聖良は少し落ち着いた。
 いつもの手ではないが、撫で方は同じ。
「その格好……どうしたんですか? 二人は……あれ、さっきと違うような……見た事あるような」
「そりゃあ、最初に来た時の姿ですから、見覚えがあるでしょう」
 聖良はまじまじと二人を見つめた。
「そっか。外国人の顔って区別つかないから分からなかったです。ああ、アディスは見分けがつきますよ」
「ふふ、私のような美しい人間を見た後では、彼等は没個性的に見えるのでしょう。仕方がありません」
 彼は肩までの中途半端な長さの黒髪を掻き上げた。
 聖良は改めて彼等の姿を眺める。部下二人は茶色の髪で、顔立ちはジェロンが気の良さそうな好青年で、ディアスが少し悪そうな格好良い青年。元の姿も同じほどの容姿レベルで、街ですれ違って名乗られれば、間違っていても本物の方だと勘違いしてしまう。
 聖良は三人の容姿よりも、格好が気になった。
「なんでみんなそんなに暗い格好なんですか?」
 暗色系の服と紺色のマントを羽織っている。
「今から出かけるんですよ。聖良は寂しくなったんですか?」
「ね……眠れなくて退屈だったんですっ」
 図星を指され、聖良は不機嫌に視線をそらした。知らないところで一人になると寂しいし怖い。そう思うのは仕方がないことだ。聖良は子供扱いするなとは言っても、未成年の少女である。怖い物は怖く、不安な物は不安なのだ。
 部下二人がぷっと吹き出し、聖良は頬が熱くなるのを感じた。
「ああ、なんて可愛いらしい」
 アディスが抱きついてこようとするのを避けてから、聖良はもう一度問う。
「出かけるってどこに行くんです? わざわざ変装して。いつもの頭蓋骨はどうしたんですか?」
 わざわざ別の人間に化けたのだから、理由があるはずだ。
「あれは万が一の時のために持って行きます。
 これから私がやっているサークルのようなものに顔を出しに行くんですよ」
 聖良は試験に皺を寄せた。
「サークル? こんな時間にですか?」
「ほら、大人の付き合いというか」
「変装して?」
「前に言いませんでしたか。組織のこと」
「それならそうと言えばいいのに……」
 下手に隠し立てするから怪しく見える。アディスがろくでもない事をしているのは、今更隠すような事ではない。何せ竜を捕獲するために、何の恨みもない他の世界の人間を食べさせようとした男だ。彼がどんな卑劣な犯罪行為に手を染めていても、今更驚くことは何もない。
「その頭蓋骨はどうしたんですか?」
「私ほどではないですが、なかなかの美形でしょう。ずいぶん昔の有名な俳優のものですよ」
「お墓を暴いたんですか。悪趣味な」
「そういうときもありますが、これは買ったんですよ。誰も本物を知らなくて、とびきり美形となるとなかなか見つかりません。
 それでも私には劣っているのですから、どれだけ自分が恵まれて生まれてきたのかと思うと恐ろしくなりますよ」
 聖良はため息をついて、倫理観の乏しい、これからの人生における相棒を仰ぎ見た。自信家だとは思っていたが、ここまでナルシストだとは思っていなかった。
「セーラもまぜて欲しいんですね。セーラは強がっていますが、意外と寂しがり屋なんですよね」
 彼は嬉しそうに姿の違う二人の部下に言う。反論しようと思ったが、彼が夜な夜な何をしているのか、知らっておいた方がいいと思い口をへの字に曲げた。しかし知るのもまた恐い。暗い世界に足を踏み入れるのは、恐いというか不安だ。だが、ネルフィアにはアディスをよろしく頼まれている。竜のアディスはまだ穢れなき身体だ。アディスの思うまま汚してはならない気もする。
「お前さんも行きたいのか。そうかそうか」
 ディアスが荷物の中から何かを探り出して、差し出した。いつも見るよりもずいぶんと小さい、頭蓋骨だ。
「用意しといたから、これ使え」
「……こんな物を、ずいぶん簡単に用意できるんですね」
 頭蓋骨など、普通の社会なら簡単に手に入るものではない。
「墓に行けばいくらでもあるだろ。色々と変装できる種類があった方がいいんだ」
「こんなに頭蓋骨泥棒して、平気なんですか? ばれないんですか?」
「バレるも何も、この術は封じられた古い術をアディス様が解読してアレンジしたんだ。古い理論を元に、ほとんど新たに作ったような術だから、知っているのはお前さんも含めて俺達四人だけだ。クレアですら知らない。万が一の時も、何か怪しい研究に使っている馬鹿がいるとでも思うだろう」
 聖良はその小さな頭蓋骨を眺め、きっと小さな女の子の物だと確信しながら呪文を唱えた。自分にこれをかけるのは複雑な心境だが、このまま部屋に戻っても眠れないし、きっと巣に戻っても気になって眠れなくなる。
 ちょこんと頭蓋骨を頭に上に載せたまま呪文を唱え終えると、聖良は手の平を見た。呪文を唱え終えたときに実感はなかったが、いざ見てみると、自分の手では無く、色白の子供の手になっていた。そして視界の隅に映った髪は金髪。ジェロンが壁の鏡を指さしたので、聖良は恐る恐るそれを覗く。
 見知らぬ美少女がいて目を丸くしていた。
 まるで人形のように綺麗な女の子で、聖良は少し呆れた。間違いなくアディスの趣味だ。
「ああ、なんて綺麗な子なんでしょうか。死んでしまったとはもったいない。あ、もちろんセーラも同じぐらい可愛いですよ」
「こんな小さな子と比べられても嬉しくないです」
 それから隣の寝室でディアスが用意した子供用のローブを身につけ、フード付きのマントを羽織った。胸がないので普通に子供服が着られる。肩も軽い。首が楽。
「……胸がないのって、こんなに楽だったんだ」
 小学生の頃からの付き合いなので、ずっと忘れていた。
 聖良の胸など、アディスに彼女が大人だと思い出させるぐらいの視覚効果ぐらいしかないので、胸だけはこのままでいたいと思った。

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