挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
青色吐息 作者:かいとーこ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

11/110

3話 異世界の醍醐味 3

 椅子やテーブルの脚には彫刻が施されているが、華美と言うほどでも無い落ち着いた家具が揃えられた部屋で待つ事しばし。
 どんな恐そうな女性が出てくるかと思えば、淑やかな雰囲気のブロンド美人だった。
 優しそうだけどどこか艶めいて、歳はエイダよりも少し年上だろうが歳など関係ない美女だ。
 その隣には穏やかな雰囲気の男性がいた。お似合いの恋人か、夫婦か。
「すごい、綺麗な人……」
「あら、可愛い」
 ものすごい美女に微笑みを向けられて、聖良は少しドキドキした。
 彼女は向かい側の席に着き、優しげに目を細めて聖良を見つめた。
「アディス、いけない子ね」
 やんわりと美女に叱られ、アディスは視線をそらして拗ねる。兄と呼べと言うわりに、幼い事をしている。
「その子に助けられたのですって?」
「ええ。記憶にありませんが」
 聖良は小さく頭を下げる。男の人が聖良を見て、安心させるように優しく笑う。
 見た目はとても雰囲気がいい。アディスという前例があるため、その雰囲気を全て信じることなど到底不可能だが、ほんわかとしてしまう雰囲気を彼は持っていた。
「セーラです。セーラ、こちら二人は魔術師長のクレアと夫のハロイド陛下」
 耳に覚えのある言葉の意味を思い出し、口の中が乾いた。
 王様がいるとは聞いていたが、まさかいきなり目の前に出てくるとは予想外だった。
「この方が……。すごくお若いんですね」
 王様というのは、もっと年を取った者だと思っていた。先代が死んでから次の代が継ぐため、若くて素敵な格好いい王様というのは少ないはずだ。彼はまだ三十代に見えた。アディスのように作り物めいた美形では無いが、とても魅力的な笑顔の男性だ。
「アディス、可愛らしい子だけど……どうしたんだい」
 ハロイドの頬がわずかに引きつっている。
 この微妙な表情から、彼が知っているのが分かった。彼は絶対にアディスの性癖に感づいている。
「そうですね。可愛らしいでしょう。これでエリオットよりも年上なんですよ」
 ハロイドが立ち上がり、聖良を凝視する。
「……いくつなんだ?」
「ご婦人にそんな事を聞くのは失礼ですよ、ハロイド様」
 彼は戸惑った様子で聖良を見つめる。
 聖良の胸は悲しみの余り締め付けられるようだった。
「魔女ではないと聞きましたけど、変わった話し方をされるのね。それは何語?」
 クレアに問われ、聖良は戸惑った。
「えっと、日本語です」
「ニホン語?」
「大したことじゃないので、気にしないで下さい」
「大した事ですよ。私にはそんな知識はありません」
「こんな話し方をするのはこの国で私だけですから、知らなくても仕方がありませんよ」
 クレアは頬に手を当てて首をかしげ、アディスを見た。
「彼女はちょっとした事故で遠い所からこの国に来てしまったようです」
「事故?」
「本人にも分かっていないので、私にも分かりません」
 諸悪の根元が、と罵りながら首を絞めたい衝動に駆られ、聖良は必死に耐えた。
「そう。なら質問を次に移すわね。
 どうしてすぐに戻ってこなかったの?」
「今の私は、セーラと一蓮托生なんですよ。つながっているんです。ですから離れる事は出来ません」
 嘘では無い。詳しい事を省いているだけで、すべて本当の事だ。
「何をしたの?」
「死にかけまして、色々と」
「話しなさい」
「話せませんよ。クレアだって、私に教えてくれない術があるでしょう。これは私達だけの秘密です。自分の秘術を他人に教える馬鹿はいませんよ。
 セーラは私のご主人様。だから私は彼女と共にいなきゃいけません」
 婿の次はご主人様とは、一気に卑屈になった。呆れて物も言えない。
「ああ、でも、定期的に戻って来ます。山奥で仙人のような生活をしているので、買い出しとかありますし。持っていく物は持っていくので用があればディアス達を使って呼び出してくださってかまいませんよ。ただ、彼女のお母様が恐ろしい方で、長期滞在は無理です」
 恐ろしいのはアディスの母なのだが、聖良にとっても母である。ペットとして。
 聖良は口寂しくなり、青みの付いた花形の甘いお菓子を口にした。久々の甘みなので、とても美味しく感じる。ただ独特の甘味が強く、数は食べられない。
「嬉しそうに食べますね。セーラは甘い物が好きですか?」
「好きですが、少し甘味が強く感じます。アディスは甘い物は嫌いですか」
「好きではありませんでしたが、味覚が変わったのか好きになりました。これは慣れないと癖のある味ですよね。慣れれば意外と癖になるんですよ。
 今まで質素な生活を続けたから、よけいに食べにくいかもしれませんね」
「ああ、そうか」
 しばらくの間続いた食生活のせいで、薄味に慣れたから、甘みを強く感じるのだ。最近は味の薄い果物と薄味の魚や肉ばかり食べていた。
 一緒に出されたブドウジュースのような物もおいしかった。少し柑橘系の味がするため、ミックスジュースか、ブドウとは違う果物だろう。
「この国に害をなさないのなら、お前がそこまで言うんなら認めるけど……」
 ハロイドが言って自分の菓子をアディスに差し出す。
「好きになったんならもっと食べろ。俺が焼いたんだ」
「王様がお菓子を!?」
 聖良は思わず声をあげた。
「この国では男性がお菓子を作るのは一般的なんですか?」
「いや、まったく。あの人の趣味です。男性で料理を作るのは専門職の方ばかりです」
 菓子作りの趣味がある男性というだけなら、一般的ではないが、珍しいわけではない。しかし、菓子作りが趣味の王様は、珍しい。
「クレアが酒に走らないように、甘い物を作り始めたそうですよ。クレアは甘い物で酒を飲むのも大好きだと発覚して、それ以降は本人の趣味になったそうですが」
 人は見かけによらない。
 アディスというとんでもなく見た目からかけ離れた男もいるので、これぐらいは可愛いと思わなければならない。
「君はもう少し癖の無い物が好きなのかな。今度はもっと違うお菓子を焼くよ」
「いえ、数は食べられませんけど、おいしいですよ。とっても綺麗ですし。
 私の住んでいたところには、こんな焼き菓子はありませんでした」
 とても綺麗なお菓子だ。お菓子が大好きだった亡くなった聖良の祖母が見たら、乙女のように目を輝かせていた事だろう。
「セーラ?」
「何でもありません」
「そうだセーラ、今夜は何が食べたいですか? 久々でしょう」
「この国の料理分かりません」
 昼は街に入ったばかりの所に売っていたタコスのような物を食べた。聖良はあれを何というのかすら知らない。
「じゃあ、二人で美味しい店に行きましょうか」
 二人きりというのは、アディスが知っている、聖良が知らない人に囲まれているよりも安心する。
「こらアディス勝手に決めるな。彼女の食事も部屋も用意させるし、そんな風変わりな格好で出歩いたら、変なのに目をつけられるぞ」
「この服は可愛くて気に入ってるんですよ。お人形さんみたいに小さくて本当に可愛い」
 聖良はアディスを睨み見上げる。
 可愛い可愛いというのが聖良を怒らせることを、彼はまだ理解していない。もしくは怒らせて楽しんでいる。
「それに、食事というのもあなた方との同席でしょう。この国の作法を知らないセーラでは、緊張して味わうことも出来ません。今日は私と二人きりのディナーでお勉強です」
 聖良もこれには素直に深く頷いた。
 王様とディナーなどとんでも無い話だ。この国ではどんな食器で、どのように食べるのかも聞いてもいない。異国人だからという以前の問題だ。
「それに服も仕立てないと。背丈なら子供服サイズですが、子供服は胸が入らないんですよ」
「…………あらまあ」
 クレアが聖良の胸を見つめて呟いた。
「セーラさんのお国の方は、小柄な方が多いんですか?」
「セーラは腰の曲がったおばあさんよりは大きかったと言っていましたが」
「…………」
 クレアはそれ以上何も言わなかった。
 その沈黙が、とてもとても痛かった。



 場が気まずくなり、ようやくクレア達から逃れ、アディスに連れられたのは、城の外ではなく敷地内の別の建物。
 まだ時間は早いし、久々に友人と会ったりするのだろう。
「アディス」
「変な所には行きませんから安心してくださいね」
 アディスは聖良の手を取り歩いている。
 そんな心配はしていない。ただ、知らない人がたくさんいるのが少し嫌だ。みんな背が高いし、見下ろされるし、少し恐そうに見える。
 アディスが建物の中に入ると、玄関ホールにいた子供達が振り向いた。
 子供達なら、あまり見下ろされなくてすむ。
「アディスにぃ!」
「本当に生きてたんだっ」
 子供達が寄って集まり、聖良はそれから逃げるようにアディスの手をふりほどいて離れる。子供達はそれ幸いとアディスを囲み、その騒ぎが別の子供を呼び寄せ、いつの間にか十人を超える子供達がアディスに群がっていた。
 そのほとんどが女の子である。男の子もいるようだが、女の子のように可愛い子ばかり。
 どんな子を可愛がっていたか、よく分かる面子だ。アディスは顔が可愛ければ、男の子でも可愛がるらしい。
 子供をどう扱っていいのか分からない聖良は後ずさりして彼らから離れた。落ち着いたら声をかけてくれるだろうと、壁ぎわに立つ。
「ああ、本当にあいつ帰ってきた!」
 快く思わぬような調子の声を聞き、聖良は部屋の中に入ってきた少年達を見る。可愛らしい顔とはほど遠い少年達で、十代半ばと聖良よりも下だが年は近い。
「くそっ、せっかくいなくなったと思ったのに!」
 彼等はアディスに良くない扱いを受けていたようだ。それとも彼にとっての好きな子が、あの輪の中にいるのかもしれない。
 少年らを観察していると、地団駄踏んでいた子が聖良に目を向けた。一瞬戸惑い、無難に微笑んだ。引きつっているかも知れないが、無愛想にしているよりはいいはずだ。
「お前、新入りか? 外国から来たのか?」
 聖良はふるふると首を横に振る。
「この国で生まれたのか」
 違う意味に取ったらしい。どのように受け取られようとも問題ない。自分でそんなことを言った覚えはないのだ。想像してくれるならそれでいい。
「お前、胸に何入れてるんだ」
 何も入れていない。そう言おうと思ったとき、近づいてきた少年が聖良の胸に触れた。触られた。握られた。
「いやっ!」
 少年の手を払い、胸を庇って壁沿いに後退する。
「ほ、本物!?」
「当たり前じゃないですか! こんな所に何で物詰めなきゃいけないんですっ!?」
 涙目になって怒鳴りつけると、少年は顔を赤らめて後ずさる。逃げるかと思ったとき、その首根っこを背後から捕らえられた。
「こら。セーラを泣かしてるんじゃねぇよ。アディス様が切れるぞ」
 着替えたディアスが、少年を背後から揺さぶった
「もう切れてますよ」
 子供達の間を縫って出てきたアディスは、少年を睨み付ける。
「女性の胸に触れるなんて、そんな風に教育した覚えはありませんよ」
「てめぇには折檻された覚えはあっても、教育された覚えはねぇ!」
「愛の鞭が理解できないなんて、可哀相な子ですね」
 可愛らしくない男の子には、理不尽な事をしているのだろう。何が行われてきたか、想像もつかない。
 聖良は自分が女であったことには少し感謝した。
「セーラ、驚いたでしょう。すみません、懐かしくて貴方のことに気をかけるのを忘れていました。まさか痴漢が出るとは思いもせず……。
 わざとではないようですし、一日食事抜きぐらいで許してやってください」
「いや、食べ盛りの子にそれは可哀相ですよ」
 たくさん食べて、大きくならなければならない。
 彼はまだ聖良と違ってもっと大きくなれるのだ。
「じゃあ、馬小屋の大掃除にしましょう」
「別に罰なんて与えなくてもいいですよ。悪気もなかったみたいだし、子供のしたことですし」
 子供と言っても、聖良とそう年は違わないが。
「セーラ、私にはすぐ殴るのに……」
「心から子供に戻ってから言ってください」
「つれないこと言わないでください」
 頬を突かれ、その手を払う。
 竜の時にはあまり触れられることはないので、アディスにこうして触れられるのはそれなりに緊張する。聖良も年頃の娘で、相手は見た目だけなら素敵な男性だ。彼はそれを理解してくれずに触れてくる。
「アディス様、その子新しい子?」
「違いますよ」
「分かった、魔女でしょ。どうしてお兄ちゃんが魔女なんかと一緒にいるの? この国には入っていけないんだよ」
「魔女ではありませんよ。普通の人間です。少し、特殊ですが」
 子供達に問われ、アディスは普通の優しいお兄さんの顔をして答える。これが彼女たちを下心たっぷりの、淫猥な目で見ている変態だとは、知っていても信じられないほどだ。長年被り続けてきた猫は、彼女達の前では完璧のようである。
「でも変な話し方」
「外国の方ですから。一応身体の年齢は十八歳だそうです」
 聖良はアディスの腕を叩いた。今の言い方では、何らかの詐称をしているようだ。
「何をふくれているんですか。セーラの話し方は羨ましいですよ」
「呪われそう」
 アディスに続いて小さな幼稚園児ぐらいの女の子が言った。
 この世界の人にとって、聖良の話し方は印象的なのだろう。子供ならではの素直さが辛い。
 聖良はアディスの腕を押し、行けと手で追い払う仕草をした。
「好きなだけ可愛い女の子達を堪能してきてください」
「何を拗ねているんですか」
「拗ねていません。傷ついているだけです。一人でいたいからほっといてください」
 拗ねているのとは違う。一緒にされるのは腹立たしい。皆から子供扱いされて、聖良の繊細な心は風穴だらけだ。アディスはそれを助長するようなことを言うし、ここを出る気配はないし、一人でいた方が気が楽だ。
「セーラ、待って下さい。これから服を作りに行くんですから。
 夕飯を食べたら帰ってくるから、みんないい子にしているんですよ」
 アディスは子供達に言い含め、聖良の背を押した。
 服が必要なのは確かだ。
 制服は丈夫に出来ているが、あのサバイバル生活を続けていれば、すぐに穴が空いてしまう。数少ない自分の持ち物を、そんな事で駄目にしてしまいたくは無い。
「じゃあ外で、子供扱いするのはやめてくださいよ」
「していませんよ。でも可愛いからこうなるんです」
 普通でない彼に、普通の態度を求めるのが間違っているのだろうか。聖良は、自分が無駄な抵抗をしているのだろうかと悩んだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ