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青色吐息 作者:かいとーこ
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20話 知識1


 聖良は火の微調整をしつつ、明かり取りの窓から、よく晴れた空を見た。
「最近温かくなってきましたねぇ」
「そうねぇ」
 コタツに入るフレアが頷く。聖良は鍋の上に置いた器の氷が溶けたので、水が入った器を持ってフレアの元へ歩いた。
「氷のストックが無くなってしまったので、これを凍らせてください」
 アディスからそう遠く離れていないので聖良にも出来る事だが、メモ用紙を取り出さなければならないので面倒臭かった。
「いいけど、何を作ってるの?」
「え、化粧水です」
「変な作り方ねぇ」
「私の生まれた所では、割とポピュラーですけど」
 聖良は弱火にかけた鍋の前に戻ると、ひっくり返して置かれた鍋の蓋に、氷の入った器を乗せる。
 理屈はともかく、やり方はちょっと変わっているように見えても仕方がないかもしれない。
「煮てるの?」
「蒸留してるんです。氷は、蓋を冷やすためです。
 ほら、冬って、冷たい窓とか壁とか、水滴がつくじゃないですか。冷やすと空気中の湿気でも水になるんです。鍋の蓋の取っ手あたりを冷やして、下に置いた器で受けて止めると、中にたまったのが精油とハーブウォーターです」
「へぇ、そんな風に作るの。なんのハーブ?」
「竜血草です」
「…………ひょっとして、世界一高級な化粧水じゃない?」
 聖良は首を傾げた。山ほど生えるわけではないが、ここでは珍しい草ではないため、何に使っても惜しくないのだ。
 高級品だと聞いた当初は引っこ抜くのも恐ろしくなったが、いくらでも生えてくるのでそんな恐怖も既になくなっている。
「精油は日持ちするから、どこかに売ってもらいましょうか。たくさんいらないですし」
 化粧水は日持ちする物ではないから、度々作るうちに、あまり使わない精油は余っていた。
「でもセーラはそんなものつけなくても、肌荒れなんてしないんじゃないの? 脅威の回復力があるし」
「それが、手荒れとかするんですよ、乾燥とか。あかぎれにはなりませんでしたけど」
「いまいち分からない身体ねぇ」
 聖良はコタツに戻ると、コタツの熱で溶かしたミツロウに別のオイル類と精油と前回作った竜血草水を混ぜた。
 都会から離れているため、消耗品で作れる物はすべて自作しなければならないのが田舎暮らしの面倒な所だった。
「超高級クリームできました」
「やーん、試させて試させて」
「はいはい」
 匙についたクリームをフレアの手に乗せる。まだ温かいので、とろけて肌を滑り落ちる。
「これが最高級の美容クリームなのね」
「おかげでカランの肌もすっかり綺麗です」
 荒れてガサガサだった頬も、子供らしい毛穴の見えないすべすべの肌に生まれ変わった。まだ手は少し荒れて固いが、次第に手の甲もすべすべで柔らかくなるはずだった。
「そういえば、アディス達は何をしているの? 待てども姿を見せないけど」
「狩りに出ています。私は危ないからお留守番です」
「一人で留守番?」
「いえ、裏でハノさんが窯を作っています。そのうち焼き物をしたり、炭焼きをしたりしたいそうです」
 フレアはしばし無言で家の裏がある方向の壁を凝視した。
「…………あの人達、いつまでここにいるつもりなのかしら」
「さぁ。いられるだけいるんでは?
 神殿もミラさんは怖いから、近くにいて欲しくないと思ってるみたいですし。来年の冬も泊まる気満々ですし」
 聖良は出来上がったクリームを小分けし、コタツから出て床下の保冷庫にしまった。コタツ虫になっていたフレアも、抜けだして保冷庫の中を見る。
「色々入ってるのね」
「はい。化粧水以外にも、開封したお酒とか、干物とか。お外に出しておくと、食べられちゃいますし」
 フレアは白い瓶を引っ張り出して匂いを嗅ぐ。
「それはヨーグルトです」
「あら、そうなの」
「ヨーグルトはお通じと美容に良いんです」
「そうなの?」
 フレアは女装が趣味なだけあり、美容に対する関心は高かった。
「出来上がった化粧水、少し持って帰りますか?」
「え、いいの?」
「どうせ必要なのは手間とアディスのダシだけですし」
「ダシ……確かにそうだけど……」
 聖良は鍋を外から眺め、時間を見てからコンロを操作して火を止めた。
 蓋を開けてミトンで器を取り出す。
「いい香りねぇ」
「だから私も普通のハーブだと思い込んで、クッキーに入れて普通に食べてたんですよ」
 上澄みをすくい小瓶に移し替える。残りを別の瓶に入れた。
 化粧水はちょうど瓶二本分だ。入れると日持ちするようになるオイルと保湿剤を混ぜて、手作りの巾着に精油と化粧水を入れる。さらに保冷用に水の漏れない皮袋に氷を入れて、巾着に収めた。
「ちゃんと保冷してくださいね。都会だともう温かいですから、日持ちしませんよ」
「ありがとう。レンファの奴に自慢してやろっと、ふふふ」
 楽しそうに身をよじるフレアを見て、聖良は頷こうとして、ある事が頭に浮かんだ。
「フレアさん……レンファさんの事、そんなに好きなんですか?」
「からかうのが好きなのよ。私が一番好きなのはセーラだから安心してちょうだい」
「そうですかそうですか」
 正体もばれていて、構ってもらえるからよく遊びに行くだけのようだ。
「あーん、つれない」
「好かれる理由が分かっていると、何を言われても虚しいもんですよ」
「ロリコンと一緒にしないで。私は本気よ」
 そう言って、ぎゅっと拳を作り、聖良よりもずれた所を見るフレア。
 聖良はふっとため息をついた。
「そういう事は冗談でも、せめて目を合わせられるようになってから言ってください。
 おませな事を言っても、ぜんぜん様になりませんよ」
 聖良は顔を寄せて、フレアの頬に触れる。その間、彼は必死で目を逸らしていた。
「エリオット君はそろそろ本気でこの病気を治した方が良いですよ」
「だってぇ……」
「そんなんじゃ、お兄さんみたいになりますよ」
「…………」
 フレアの顔から表情が消えた。聖良はそこまで気にするのかと、驚いた。
「そんな……」
「だってそうじゃないですか」
「…………」
 聖良はため息をついた。先は長い。





「聞いてよ聞いて!」
 レンファは商会の支社に乗り込んできたオカ──女装趣味の少年と向き合い、笑みを浮かべた。
 何か有用な情報を持っている可能性も高い、有能な魔術師である少年の愚痴を聞いてやるのも、仕事の一つとして割り切っている。
 根は子供のフレアに、慣れた様子の使用人が温かいココアを出す。
「あ、これ好き。ありがとう」
 チョコレートがあるなら、ココアはないのかとイーリンに問われ、彼女の記憶から元に作られた飲み物だ。
 そのようにして作られた物は多い。技術が発達している異世界の知識というのは、年端もいかない子供のものでも貴重なのである。
 使用人が退室するのを確認すると、レンファは切り出した。
「で、何を聞いて欲しいんですか?」
「あのねぇ、セーラったらひどいのよ。私が勇気を出して愛の告白をしたら、せめて目を合わせられるようになってから言えって」
「そりゃそうでしょう。友人ならともかく、恋人が目を会わせてくれなかったら、女性が不安に思うのは当然です。
 女性というのは、曖昧な態度に不安を覚えるものです」
「もう、レンファまで」
「だいたい、ちゃんと目も合わせられるアディス殿が側にいるのです。目も合わせられない貴方など、問題外でしょう。あの方は顔良し、権力もある、甲斐性もある、女性からすれば完璧な男性とも言えます。欠点も多いようですが」
「むぅ」
 頬を膨らませるフレア。エリオットの時とはずいぶんと様子が違うのは、格好とメガネがないせいもあるが、上を向いているかいないかも大きい。
「愚痴を言いに来たんですか?」
「練習しに来たの」
「目を合わせる?」
「そう」
 レンファは肩をすくめる。
 トラウマの原因はあの恐ろしいほど美しい人形達だ。子供の頃にあれを見てしまっていたら、容易く治せるものではない。
「私は商人です。時は金なり。見返りのない時間を提供することはいたしかねます」
 見返りを寄越せと言ってみれば、フレアはにっこりと微笑み、小瓶を差し出した。
「竜血草からとったエキス」
「…………なんて贅沢なっ」
 元手はタダとは分かっていても、高級品だという認識があるレンファにとっては、宝石にも優る宝だった。
「これは誰が?」
「セーラよ。鍋を変な使い方して集めてたわ」
「鍋?」
「蒸留してたんですって」
「じゃあこれは精油か……」
 レンファは蓋を開けて匂いを嗅ぐ。独特の甘味がある香りは、間違いなく竜血草。
 自分なら、絶対に作ろうとは思わない物だ。
「暇してよく作ってるみたいよ。余ってるから、誰かに売ろうかなって言ってたわぁ」
「お願いします」
 セーラ達がどこに住んでいるか分からない以上、瞬間移動できるフレアに頼むのが一番手っ取り早い。
 それをにらめっこの練習一つで引き受けてくれるなら安いものだった。
「そうそう、他にも聞きたい事があるんですよ。ですから是非一度、アディスさんのお宅にお伺いしたいと思うのですが」
「無理よ。今でさえ狭いのに。ひどいと本気で足の踏み場もないのよ」
「そんな狭い所に住んでいるんですか?」
「二人暮らしのために作った所に、後から後から住人が増えたのよ。大型犬ぐらいのサイズの魔物も飼ってるし」
「……そんなのを室内飼いですか?」
「暖かいから中に入りたがるのよ。ま、連れてきてあげるから待ってなさい」
 どうせ無駄だが、就寝時間まで付き合えば彼も納得するはずだと、レンファは快く頷いた。
 イーリンから彼女の祖国について詳しく聞いて以来、聞きたい事は山のようにあった。





 聖良達はレンファに呼び出されて、エンザ商会グリーディア支部の応接室にいた。革張りのソファなどではなく、木の椅子とテーブルだ。椅子にはクッションが置いてあるため、尻が痛くなる事はない。聖良のクッションだけ三つも重なっている事が、少しだけ彼女の気にさわったが、喚く程の事ではない。
 レンファと向き合いながら、聖良はココアっぽい何かを飲んだ。レンファの隣では、既に懐柔されたフレアが、女の子のようにカップを持ってココアを飲んでいる。
「ああ、懐かしい」
 一口飲んで、本当にココアに似ていて、聖良は思わず呟いていた。
「何ですか、これ」
「たぶんチョコレートと同じ原料の物です。脂肪分と分離すると、ココアと、ココアバターになるんです。ココアバターがあるなら欲しいです。保湿にいいんですよ」
 アディスに問われ、聖良は思い出しながら答えた。
「よくご存じですね」
 レンファが上機嫌で言う。
 聖良は不気味な物を感じた。最初は竜血草についての商談だと思っていたが、それとはまた違う何かがあると直感した。
「単刀直入に聞きますけど、何の用なんですか?」
「いやいや、大した事じゃないんですよ。ああ、お菓子もどうぞ」
 レンファはニコニコニコニコ笑いながら、菓子をすすめた。
「イーリンからセーラさんの故郷については色々と聞きましてね。誰にでも動かせる、馬よりも早く走る乗り物や、竜よりも早く空を飛ぶ乗り物など……そう、エンジンとかいうものの原理を知らないかと思いまして」
 それを聞いて聖良は驚いた。
「そんなもの、なんで私が知ってると思ったんですか?」
 知るはずがないし、普通は知らないはずである。
「いや、イーリンが日本人なら知っているのではないかと」
「そんなの分かるのは、もっと専門の人です。私はただの学生だったので分かりません。
 分かりやすく言うと、普通の学問と魔術ぐらい離れています」
 そのとたん、レンファは肩を落とす。
 エンジンがガソリンを使って中で具体的に何をしているかなど、聖良には想像もつかない。
 もっと原始的な機械なら分かるが、エンジンは普通の女子高生には難易度が高すぎる。
「…………あ、ガソリンエンジンでなくてもいいのか……」
 聖良が口にすると、レンファが顔を上げた。
「なんですか」
 聖良は答えようとして、ちらりとアディスを見た。彼は首を傾げる。
「ちょっと相談してきて良いですか?」
「どうぞどうぞ」
 レンファは快く見送った。
 拒否して何も話してもらえないよりは、協力的になって少しでも話してもらえる方が良いという判断だ。
 聖良はアディスを廊下に連れて出た。
 彼は不思議そうに聖良を見下ろしている。
「あの、うっかり口を滑らせそうになったんですけど、不味いですかね。技術革新が起こりそうなんですけど」
「どんな革新ですか?」
「えっと、乗り物とか、織物を作る装置とかを作れる原理です」
「素晴らしいじゃないですか。魔導具でやったらメンテとか大変ですよ」
「それで職を失う人とかたくさん出てきますし、たぶんそのうちもっと技術が進んで、魔法みたいな事が出来るようになります」
「いいんじゃないですか」
 気楽に言うアディスを見て、聖良は頭を掻く。
「戦争とかの規模が世界規模になったり」
「セーラの世界のようになると」
「はい」
 アディスは首を傾げた。
「話を聞く限り、とても便利そうでいいと思いますけど。その頃には私も人間の生活は捨ててるんで、まさしく人事ですし」
 聖良は眉間にしわを寄せる。
「不老長寿を狙って、竜を兵器で追い詰めるような事とか」
「……でも、そのうち勝手に開発されるのではないですか。セーラは大衆が受ける基本的な教育を受けている途中だったんですよね。
 素人が手を出せるそういう技術、つまりは原理は専門外の学生レベルって事ですよね。
 ほっておいてもいつか誰かが開発してしまう物です。
 例えば魔術でもそれは言えます。
 国外でも、魔術は地下でそこそこ発達してます。
 目的を持って研究すれば、粗悪でも、時間は掛かっても、いつかは辿り着くのです。
 しかも魔術と違って神殿に潰されませんからね。
 エンザはそれが出来ると知ってしまったからには、そのうちどうにかしてしまいます。
 夢物語でないと知っているのですから」
 聖良は腕を組んで考えた。彼等は飛行船を作ってしまったのだから、可能性はある。
「だったら、最初から介入して恩を売っておけば良いんですよ。
 それに、楽しそうじゃないですか。
 悪魔の気持ちが少し理解できます。わくわくしますよ」
「……そういえば、そんなのもいましたね」
 瞬間移動できる彼らを殺す方法など、聖良の知る兵器をもってしても考えつかなかったのだ。
 人間がどれほど暴走しても、魔物の力を持つ神殿が止めるはずだ。
 ウルという、自分の支配下だけは絶対に守っている神子も存在する。
「もちろんタダで情報は売りませんけどね」
「どうするんですか?」
「とはいっても、今必要な物はないので、後で困った事があったら吹っかけましょう。今は恩を売っておけば良いんですよ。それはセーラが知る知識の一つに過ぎないのでしょう?」
 アディスは笑いながら部屋に戻り、聖良も続いた。レンファはエンザ風の椅子に座ったまま、アディスを見上げた。
「話はまとまりましたか?」
「はい。あとは報酬ですね」
「話の内容によります。もちろん、内容によっては相応の支払いはします。
 私達は商人。価値のある情報には、それだけの対価をお支払いします。
 お得意様に対してケチな商人は、いい商売など出来はしませんからね」
 アディスは頷いた。
 聖良はため息一つついた。
「蒸気ですよ」
「は?」
 アディス含めて、素っ頓狂な声をあげた。
 蒸気の力というのは、体験しなければ理解できる物ではない。
 聖良は必死になって記憶を絞り出す。
 基本的な蒸気機関の構造は、とても簡単だ。
「水蒸気の力を利用するんですよ」
「水蒸気って、湯を沸かした時に出る湯気の事ですか? 雷とかではなく」
「うーん……電気は発生させる理屈は簡単ですけど、利用する方法が……。細い針金みたいなのとか、炭とかに電流を流すと光るってのを知っているぐらいです。
 そういった技術は積み重ねで発展していく物ですし、発展した結果を使っていたので、間の知識がないんですよ。
 扱いが難しいですし」
「なるほど。電池の作り方はイーリンも知っていましたが、私達も扱いに困っていたんですよ。
 先に単純明快な飛行船ができました」
「原動力は魔導具なんですよね? それじゃダメなんですか?」
「自然現象を起こすのは得意なのですが、複雑な事をさせるとなかなか安定せず、重い物を動かすにはあまり向いていないようなのですよ。
 そういう物はいきなり値が上がりますし、メンテナンスが必要でグリーディアでも道楽扱いをされているようです。
 グリーディアの高速艇のように、常に魔術師が何人も乗り、要人を運ぶために利用するならともかく、とても商売には使えません」
「そうですか」
 無駄にたくさんの魔力があれば空を飛ぶ事も出来るが、魔導具だけではそれが出来ないようだ。
 なら今ある力を動力に変換する方法を考えた方が良い。
 蒸気機関との組み合わせはかなり有効である。
 細かな温度調節不要の、スイッチオンオフだけの熱源にするだけなら、メンテナンスはほとんど必要ないのだ。
 コンロぐらいなら、違法改造でもしない限りは爆発したという例もないと説明を受けていた。
「蒸気機関は工夫する点はたくさんありますが、力の使い方はとても分かりやすいです。
 そもそも電気を大量に作るには、やっぱり蒸気機関とか、その手のものが必要なんです。
 だからとりあえず蒸気機関について簡単に説明しますね。
 知識として知っていれば、この世界の技術で代用できる可能性もありますし」
 蒸気機関もエンジンの一種である。
 蒸気機関は現在でも火力発電などに利用されているため、過ぎ去った技術ではない。
 イーリンが言ったのはガソリンエンジンだろうが、いきなりそこまで飛ぶから無理があるのだ。
 何事も段階を経る事が大切である。だから遡って原始的になればなるほど、聖良の知識でもどうにかなるものだ。
 蒸気機関の理屈はそう難しくない。
 作るのと、効率を上げるのが難しいのだ。
 設計図を書けと言われたら聖良には無理だが、学者などの頭の良い人間であればぴんとくるはずだ。
 しかし相手は商人であるため、説明に困った。
 レンファは博学ではあるが、勝手に察してくれるほど深い知識があるとは思えず、言葉に迷っていた。
 逸る気持ちを抑えて、基本から進む必要がある。
 蒸気機関も作れないのに、ガソリンエンジンやジェットエンジンなど作るのは無理だ。
 爆発するような力に耐えられなければならないのだから。
「蒸気圧──気体の力ってすごいんですよ。たとえば、炭酸の強い物って、栓を抜く時に飛んだりしませんか」
「ああ、確かに」
「あんな力を利用するんです」
 聖良は彼らにも理解できる身近な例えを探しながら話す。
 多少違っても、イメージ的に合っていればいいのだ。正しい事は学者や技術者が知っていればよかった。
「普通の水から出来る水蒸気も凄いんですよ。水蒸気になると、水の時よりもかさが増えるんですよ」
 聖良は聞く彼らの表情を見て、少し困った。
「飛行船があるから、気体に嵩があるのは分かりますよね。
 袋が膨らむって事は、目に見えないけど嵩があるって事です。水のように」
「はい」
 聖良はレンファが用意していた紙を手に取った。
 それを折り、風船を作る。それにぷぅっと息を吹き込んで膨らませる。
「もしたばこでも吸ってから同じ事をすれば、この中には煙が充満していたはずです。こうすれば」
 聖良はレンファの顔に、紙風船を指で押し潰して、中の空気を吹きかけた。
「こうやって押し出せば、風を作る事も出来ます」
「水を蒸発させ続ければ押し出されて、ずっと風のようなものが出来るという事ですね」
「はい。
 この紙風船中身が勝手に増えたら、当然ここから漏れて、それ以上の早さで増えれば耐えられなくなって破れますよね」
「そうですね」
「だから金属で作っても、口が詰まってしまったら、爆発します」
 爆発という言葉にレンファの頬がひくりと動いた。
「瓶に栓をしてから暖めると、栓は外へと押されるじゃないですか。その押す力を利用するんです。
 だから素材の問題もあるんですよね。
 大きくて、正確に、頑丈に作れるかどうかが一番の山だと思います。鉄製なら錆の問題もありますし」
 聖良にはこの世界の製鉄や鋳物について知らないため、どこからが出発点なのかが分からなかった。しかし全て研究して無駄になる事ではない技術で、いつか通る道だ。
 続けようとした聖良を止めるように、レンファが手を差し出した。
「セーラさん、ちょっとお待ちを。ファシャ、せっかくだから技術者を連れてきなさい」
「はい」
 ファシャは部屋を出ると走り、五分ほどで三人の技術者を連れてきた。一人は老人、一人は中年、一人は人間のアディスと同じ年頃の若者である。
「さあ、続きをどうぞ」
「えっと、今、蒸気機関について説明してるんですよ。蒸気を使った装置って知ってます?」
 彼等は顔を見合わせて、首を横に振った。実用化されていない技術を、学者でもない彼等が知っているはずもない。
 聖良は悩みながら、蒸気機関について説明した。
 聖良に分かるのは、簡単な構造だけである。
 この仕組みだけは簡単だ。難しいのはちゃんと圧力がかかるように作る事だ。
 聖良は紙に本当に簡単に絵を書いた。
「こっちに蒸気がたまってぐぐっとこの真ん中の仕切りを押します。するとこれが押されて開き、さっきまで水蒸気を入れていた入り口が閉じて……えっと、どこから出るんだろ」
「このあたりでいいだろ」
 説明している聖良よりも、頭の柔軟な若い技師の方が理解してしまったようである。
「ああ、そうです。さすがプロの人は違いますね。まあ、そんな感じの繰り返しです」
 聖良もだいたいの『動き』は分かっていたが、本当にこれだけで動くのかは知らなかった。
 あとは学者が自分達の創意工夫で何とかするはずだ。
「で、この前後の動きを、回転に変えるんです。
 前後させると車輪が回るような構造までは知らないですけど。
 動力を別の動きに変換することで、単純作業を行ったり、推進力に出来ます。
 ひょっとしたら水蒸気以外に効率がよくて簡単な方法がこの世界にはあるかもしれませんけど、研究して損はないと思いますよ」
 それは考え方次第だ。
「なるほど。で、分かりましたか?」
「なんとなく?」
「作ってみない事には……」
 レンファの問いに、技術者達が曖昧に答えた。
 蒸気圧については理解していなくとも、動きは理解したはずだ。
「ここら辺は、小さい模型でも作って確かめてもらわないとよく分かりませんが、けっこう色んな事が出来るはずです。
 あとは、タービンですね」
「タービン?」
 レンファは眉間にしわを寄せた。
「風車みたいなものです」
「……ああ、風の代わりに水蒸気で風車のような物を回すんですね?」
「そうです。私の世界では、その方法でたくさんの電気を作っているみたいです。
 どちらの方法を使うにしても、イーリンさんが言っていた空を飛ぶ乗り物は、もっと先の技術で、蒸気機関すら作れない技術力では無理です」
「なるほど」
 簡単な事からコツコツと、階段を上るように確かめていくのが一番確実である。
「あと、最初に飛行機を完成させた発明家は、功績を横取りされました。
 利権絡みとか、後発の発明家が先を越して権威の人達が妬むとか、足を引っ張ったりする事が、歴史に残っているだけでもたくさんあります」
 立ち回りが上手い者、宣伝が上手い者が功績を独り占めしてしまうというのは珍しくない。
 いつか分かってもらえると思っていても、運が良くなければ分かってもらえないのだ。失意のままに亡くなって、後世に認められる人はまだ運が良い。
 失意のまま埋もれてしまった天才の方が多いのだから。
「つまり、派閥間や若手の台頭などで関係ない争いが起こらないように目を光らせて、優秀な技術者はちゃんと認めてやらないといけないという事ですね」
 技術者が他所に流れる理由は、認めない、相応の対価を払わないからだ。
「水蒸気を発生させるために石炭を使っていたんですが、魔導具ですむならその方がいいと思います。
 石炭を大量に燃やすと、たぶん周囲の人が病気になります。
 煙がひどくて、霧の都と揶揄されていた都市があるほどです。
 その煙はすごく身体に悪くて、咳が止まらなくなったりします」
 化石燃料を使わなければ、大気汚染される事はないだろう。
 魔導具を使うと割高になるが、燃料費が必要ないなら長期的には安くなるかもしれない。
 熱や風をどこまで効率よくエネルギーに変換できるかが、この世界独自の発展の鍵となる。
「なるほど」
 次にエンザに行った時、大気汚染されていたら、聖良は居たたまれなくなる。
 エコな方向に発展してもらいたい。
「とりあえず、方向性は理解しました。色々と研究させてみようと思います」
「そうですね。専門家に丸投げするのが一番ですよ。
 改造の天才が混じってれば気付いたらすごい物が出来てますよ、きっと」
 いつか電気が通い、テレビやネットが出来る時代が来るかも知れない。
 竜の血が確かなら、聖良はそれぐらいの時間を生きる事になる。老後はクーラーの効いた部屋で、テレビの娯楽番組を見ながら、楽をしてのんびり暮らせるかもしれない。
 電子レンジがあれば完璧だ。
 聖良がそんな事を考えながら、指を組んで頷いていると、フレアが身を乗り出した。
「ねぇねぇ、ちょっと考えたんだけどさぁ、エンザだけ技術が進みすぎたら、そのうちグリーディアみたいに悪魔に保護されるようになったりして」
 冗談めかして言うが、他の面々の表情が固まっていた。考えられない事では無い。
 沈黙が落ちる中、口を開いたのはアディスだった。
「で、報酬はいかほど?」
 可能性は可能性に過ぎないため、丸っと無視してアディスは試すように意地悪く笑いながら問う。
「どれだけをお望みですか? 金銭で不自由している様子はありませんから、物でお支払いするという手もあります。例えばセーラさんの好きな甘味や嗜好品など、珍しい物を見つければお持ちします」
「そうですねぇ。何がいいでしょうか」
 アディスはくすりと笑って、少し困ったように言った。
「地位も名誉も優れた容姿もお持ちで欲のないアディスさんに、差し上げる物などなかなか思いつきませんね」
「思いつかないのであれば、必要な所に惜しみなく研究費を出していただきたいですね。
 基本的に魔導具は大規模な物がないんですよ。一番規模の大きな物は、この都の結界です。
 高熱を発する大規模な魔導具は、私も知りません。しかしそれは、おそらく必要がないからです。
 欲しいのであれば、研究費を出してもらう必要があるでしょう」
「なるほど。お心当たりは?」
「クレアには話を通しておいた方が良いでしょうが、これに関しては国仕えの魔術師よりも、金目当の研究もしている私設の組織──箱庭などの方がよほど向いていますね」
 顔を顰めて言うアディスに、レンファは驚いた。
「おや、箱庭の事は嫌っているのではないのですか?」
「あそこの元締めが個人的に嫌いですが、必要悪というのもありますから。
 表に出せない実験もしているのでしょうが、表に出ている部分は合法です。
 その部分で資金を得て、地下に流しているんですよ」
「そこまで知っていても、何も咎めないのですか?」
「証拠がありません。それにあまり締め付けると、国外に行ってしまいます。
 神殿も厳しいですが、探査技術でグリーディアに劣っているので、本気で隠れれば発見されにくいでしょう。
 枷のない研究者は研究のためなら手段を選ばないのは、よく知られています。
 だから人体実験や『ハーネス』になろうとしなければ、少しは見逃されます」
「国内で最も適しているのは箱庭だと」
「国内で私達以外なら、一番技術が高いでしょうね。
 逃れたハーネスの信者も、一部はあそこに落ち着いているようです」
 アディスは頭を押さえて言う。
「もし親しくなったら、本当にヤバイ研究をしていた場合、知らせてくれれば有り難いですね」
「それは……ハーネスのような?」
「そう。ハーネスのような。
 犠牲になるのは才能だけある幼い子供なので許し難いですね」
「噂通り子供がお好きなんですね。アーネス殿も才能ある人間を大切にしているようですし、ご本人の体質的にないと思いますが」
「本人はともかく、その周辺が問題です。
 無駄に才能があるモラルのない人間が揃っているんですよ。信じられません」
 聖良とフレアは呆れてアディスを見た。彼は生真面目そうに唇を引き結んでいる。
「おや、もし私がその知識を欲しがったりしたら?」
「貴方には才能がないから不可能なので大丈夫です」
「……まったく?」
 少しだけは本気の様相のレンファを見て、彼は吹き出し、手の平の上に淡い光を作る。
「頑張ってこのぐらいですね」
「……絶望的ですね。少しぐらいは憧れていたのですが」
 レンファは儚く消えようとする光を見て悲しげに息を吐いた。
「この国は優秀な魔術師同士の婚姻が推奨されて血筋が作られているんですよ。
 私やアーネスのように、ハーネスの身体候補だった者は、とくに優秀な血統なんです。
 これからは意図して作られないので、私レベルの術者は少なくなる可能性はありますね。
 血統は重視されて政略結婚も多いですが、私達のように恋愛結婚も多く出てくるでしょうから」
 一般人になったのに魔力のある相手と結婚しろと言われても、普通の人間なら反発する。特権階級にでもしない限りは、薄れていくのを食い止めるのは不可能だ。
「その分、アーネス殿がたくさん増やすのでは?」
「はははは」
 アディスとフレアが笑う。
「浮気したらチクっちゃおっと」
 フレアは頬に手を当て、身をよじって言う。
「どなたに?」
「モリィを溺愛するとっても激しいお兄さん。キレると怖いのよ」
「それはそれは……恐ろしい」
 妹の血を飲んだ男が浮気をした。人間で言えば婚約しているのに浮気をしたようなニュアンスに近く、レンファは空笑いした。

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