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青色吐息 作者:かいとーこ
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19話 子育て4



 聖良は喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉が好きだった。忘れたい事を忘れられるのは素晴らしい事である。
 聖良は事なかれ主義であった。
 見ざる聞かざる言わざる。
 素晴らしい言葉だ。類似した言葉は世界中にあるほど、人類に共通する困った時の対応なのである。
 聖良は常時持ち歩いている包帯を切って耳に摘め、見なくていいように目に巻いた。
 平穏だ。ただの闇は平穏だ。心頭滅却して焼け死んだ坊主が存在するのだから、心頭滅却すればホラーなど意識の中には入ってこないのである。
「つまらない」
 包帯越しに耳元で、息を吹きかけるように男の声が囁かれた。
 包帯程度では音を防ぎきる事は出来ない。
 生暖かい吐息が耳にかかって鳥肌が立ち、聖良は手で耳を塞いだ。
「目隠しをする姿も可愛らしいと思ったが、可愛い顔を隠されてはつまらない」
 目隠しを取り上げられた。だが目を開けなければいいのだ。
 闇の中。見えない。聞こえない。何も言わない。
「生きた人間の唇は血色が自然で良いな」
 顎を持ちあげられ、唇を指がなぞった。
 気配が近く、あまりにものおぞましさに、さすがの聖良も目を開いて顔を背けた。
「鳥肌が立つからやめてください」
「なぜ」
「好きでもない人に顔を触られたら気持ち悪いです」
「…………そうか」
 仮面の下の目が落ち込んだように伏せられた。
 聖良は一瞬だけ同情しかけたが、彼が生身の人間に触れてこなかった理由が理由なので、追い打ちをかけた。
「はい、鳥肌が立ちます」
「…………そうか」
「好きな人ではないからベタベタと触れられたくありませんし、仮面をつけた怪しい人は怖いから、目に入れたくありません」
 人形師は息を吐いて仮面を外した。綺麗な人形のような顔が現れる。
「残っていた人形もお前の後ろに下げた、仮面も外した。これで少しはいいか?」
「まあ、仮面付きよりは……」
 真顔でも柔和な顔立ちのためにそれほど恐ろしくはない。
「でも、だからって触られたくありません。私は愛玩動物じゃないんです」
「人形を下げても、仮面を外してもダメなのか?」
「触るのはダメです。女の子には易々と触っちゃダメです」
「あの男には触れさせているのに?」
「あれはいいんです。あなたにとってのフレアさんみたいなものですから」
「私はフレアを触ろうとは思わない」
「…………せっかくの兄弟なのに」
 聖良はため息をついた。思わず出された菓子に手が伸びそうになり、とどまった。
 間が持たないからと、何が入っているか分からない物を食べるほど落ちぶれてはいない。
「これだけ人形があるのに、どうしてまだ欲しいんですか?」
「お前がいればいい」
「死ににくそうだからですか?」
「私より先に死ぬ事はないだろう。だからフレアもお前達も、好ましい」
 聖良は頭を掻き、言葉を探した。彼の凶行は素質があった事に加え、孤独であったがためだ。
 蓄積した狂気は、簡単に否定できるものではない。
「竜や悪魔はいいな。自分で自分に釣り合う伴侶を作る事が出来る。半悪魔にはない力だ」
 聖良はさらにため息をついた。
「だったら、初めから自分に近い存在を友達にする事を目指せば良かったのに」
「私が強いられているのはこの街の観察だ。探しに行く事も出来ない」
「友達が欲しいって親に訴えてみるとか」
「男はいらない」
 以前にも同じ言葉を聞いた。
「どうして男じゃダメなんですか?」
「男と男など気色の悪い」
「いや、友達なら気色悪くないですよ」
「…………いらん」
 聖良は頭を抱えた。
 少しでも同情すれば、馬鹿を見ることになるのを聖良は理解した。
 しかし男友達を作らせるのは名案のはずだ。男友達の良さを、この人形師に教える方法を、聖良はない知恵を絞った考えた。
「男同士で酒を飲んで話し合うとか」
「何か楽しいのか?」
 言葉で良さを示すのは、無理だと聖良は悟った。
「人の考えを変えるのは難しいですね」
「そうだな」
「私と貴方は永遠に平行線でしょう」
「そうか」
 聖良は目を背け、人形師は聖良を見つめる。しばしの時が流れ、人形師が目を逸らした。
「……誰かが外で騒いでいる」
 呟きを耳にすると、聖良は振り返ってドアを見た。数体の人形が控えていたが、少ないので恐ろしいというほどではなかった。
「アーネスですか」
「おそらくそうだろう。早かったな」
 聖良はほっと息をついた。
「ご主人様。フレア様がお呼びです」
 ドアの前にいる人形が、人形師に話しかけた。
「そうか」
 人形師は目を伏せ、聖良は首を傾げた。
「お人形さん、どうしてそんな事分かるんですか?」
「人形同士はつながっている。ペミアはその中でも中継点だ。情報を集めている」
「ペミア……っていうんですか、妹さん」
「そうだ」
 聖良の後ろに残っているのは、フレアが気にしていた、人形師によく似た人形だ。
 美しく、無機質で、冷たく、心がない。
「私には、あんな物を作る貴方が理解できません。動物だってなんだって、生きていない人形よりは慰めになります」
「動物など見ていてもつまらない」
「そんな事ないですよ。犬とか忠実で癒されますし、猫とか見てると楽しいですよ」
「すぐ死ぬ生き物は好かない」
「死んでしまうけど増やせば寂しくないですよ」
「……竜ならいいな」
「それはダメです。それ以外の長命な魔物にしてください」
「基本的に悪魔と竜以外は、それほど寿命は長くない」
「エルフとかは?」
「生きてせいぜい400年。200年も過ぎればババアだ」
「そーですかそーですか」
 聖良はため息をついた。
 男、歳を取る女、動物、すべてダメでは打つ手がない。
 他に何か趣味でもできれば、彼は幸せな余生をおくれるし、若い女性にも平穏が訪れるというものだ。
「ご主人様、フレア様が参りました」
 人形が再び人形師に声を掛けた。
「通せ」
 帰してくれる気は本当にあるようで、聖良はほっと息をついた。
 少しでも早く、生きた人間らしい友人達の顔を見るため、立ち上がって出口に向かう。
 ドアの前に立つと外から勝手に開いたので、聖良は廊下に出た。
「セーラっ!?」
 竜のアディスの声につられて視線を向ければ、アディスの姿はなく、その部下二人と、カラン達と、ディの背中に白い子供が一人いた。
「げっ」
 子供は竜のアディスの声を出して、ディの背中に隠れた。
「ディさん、今、すごく可愛いのがいませんでした?」
 何がいたと言われれば、可愛い子だった。
「ああ、長だ。ちっこくならないと道を通れないから、頑張ってこんな姿になって迎えに来たんだぜ」
 ディが背を向け、子供の姿のアディスを見せた。
 身体の至る所は竜の皮膚のまま、マントに隠れているが、翼が少しはみ出ている。とても可愛い。
「ちょ、何をしてるんですか! 絞めますよ」
 聖良はディの背中で暴れるアディスを見上げ、手を伸ばした。
「私も、私も」
「はいはい。ご指名ですよー」
 ディの背中から下ろされたアディスは、聖良よりも小さく、不完全な人の形で、とても微笑ましかった。
「可愛い」
 思わず抱きつくと、アディスは大人しく受け入れる。
「だからいやだったのに」
「どうしてですか。可愛いのに」
「私は男です。好きな女性の前に、こんな不完全な姿を晒すなど……」
 大袈裟ではなく、冗談でもなく、唇を尖らせて素で洩らした彼の言葉に聖良は戸惑った。
「完璧な姿はどうでもいいんです」
 深く考える前に、聖良はそう言いきった。
「この可愛らしいバランスがいいんです。誰か分かっているのに抱きしめたいほど愛らしいんです」
「私の目標を全否定しないでください」
「完璧な人は、家でごろごろしません」
 ごろごろしててもいいのは、子供と動物だけだ。
「手厳しいですね……。
 それよりもモリィ、怪我はありませんか? 何か嫌な事をされませんでしたか?」
 アディスは鋭い爪がついた指で聖良の頬に触れた。氷のように冷たい手だ。ただでさえ体温が低いのに、地下だから冷えてしまったのだろう。
「見つめられ続けただけです」
「ああ、私がもっと早く駆けつけていればっ」
「私が怖がったらお人形さんも見えない所まで下げてくれたし、仮面も外してくれし、私が目隠しと耳栓で自衛していたので、そこまで怖くはなかったですよ。この廊下が一番怖いです」
「そうですね。帰りましょう」
 アディスが聖良の手を取り微笑んだが、すぐに顔を顰めて見上げた。
 聖良が振り返れば、人形師が二人へと迫っていた。
「お兄様、私怒ってるのよ! どうしてモリィをさらっていくの!?」
 フレアの抗議など耳にも貸さず、人形師はアディスとセーラを見下ろした。
「可愛い」
 アディスと聖良の頭をなでる。聖良は抗議しようかと手を上げたが、すぐに思い直した。
「人形師さん、可愛いと思うなら、たまには男の子の友達を作りましょうよ」
 聖良の言葉を聞いて、アディスは狼狽えた。
「ちょっ!? 何言って!?」
「黙ってて」
 聖良がぴしゃり言えば、彼は口を閉ざす。
「これはアーネスか。実力の割に情報がないから不思議な男だと思っていたが……」
 アディスはぷいと顔を逸らした。
「子供は大人の男と違って可愛いな。また今度遊びに来るといい」
「いや、その……」
 アディスは目を逸らし、全身から来たくないと言いたそうな雰囲気を放っていた。
「この先長いんですから、お友達にぐらいなってあげましょうよ。じゃないと女の子がまた犠牲になるんですよ」
「そんなのエルフの美女でもさらってこればいいのに」
「さっき提案しましたけど、エルフでも劣化が早いそうです」
「…………そうですか」
 アディスはため息をついた。そしてカランを見た。
「人形師、何か面白い魔導具をこのカランに見せてもらえませんか」
「魔導具? 人形達は魔導具の一種だが」
 それを聞いたとたん、カランが興味深げに人形に触れ、スカートをめくろうとしてフレアに止められた。
 それから一時間ほど色々と見せてもらい、聖良が罠にはまって串刺しになったので、慌てて地上に出た。





 カランは楽しげに木を削る。細部にまで拘り、見本の絵の通りに仕上げる。
 彼が作っているのは、ただの木枠のランプである。
 染料とニスをハノが作り、それを塗って、乾かして完成した。
 それを早速聖良に見せてくれた。
「上手ですね。カランは器用だから、きっと立派な使用人になれます」
「本当?」
「ええ。ちゃんとマナーを覚えて、判断力を身につければ良いんです」
「頑張る」
 ウルのために貪欲に学ぼうという少年は、褒められて照れたように笑った。彼が笑うのは珍しく、聖良は泣きそうになった。
 また誘拐されてまで、街に連れて行ったかいはあったようだ。
 まるで普通の男の子のように、平和的で、害のない、一話傷つける要素のない普通の工作である。
「カラン、これはどこに起きますか?」
「外に置く。風呂場に」
「そうですか。それは便利ですね」
 カランは小さく頷き、近くにいたハノを見た。
「はい、取り付けましょうね。肩を貸すので、自分で取り付けてみますか?」
「はい」
 ハノはもしも父親になるなら、いい父親になれるだろう。
 ごろごろしているアディスとは大違いだ。そのアディスは聖良の目の届かない所で特訓をしている。
「カランは、頑なな子にはならないでね。
 人に頼ったり、努力する姿を見せる事は恥ずかしい事じゃないから。
 お客様や知らない人ならともかく」
「はい」
 カランは素直に頷き、立ち上がった。
「次は、もっと大きな物を作りたい」
「大きな物?」
「罠」
 聖良の頬が引きつった。人形師の家には、罠があった。
「大切な物は、触れられないように守ると、人形師言っていた」
 聖良は頭を抱えそうになるのを堪えた。
「いや、でもそれは、高価な物があるからです。ここにはありません」
 彼は首を傾げた。
「必要のある場所とない場所があるから、ここには必要ないんですよ? アディスの匂いでこの辺りは安全です。
 あんなものは必要ありません。
 だから引っかかるのは私かアディスです」
 カランは少し残念そうに、しかし心から納得したように俯いた。
「それに、基礎は大切ですよ。ゆっくり学んでいきましょうね」
「順番に学んで、ウル様の屋敷のお役に立てるよう、頑張る」
 最終目的は、ウルのためになる事なのだ。
 聖良は目を逸らし、考えた。彼はいつか、成長すれば実験のために作りそうだ。その時、少しでも被害を減らす方法を考えたが、これも考えるだけ無駄な事であると、数時間後に結論づけた。
 せめて、スプーンは物を食べるため、包丁は料理をするための物あると教え、正しい使い方を身につけさせ、人に向けないように教育することにした。

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