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青色吐息 作者:かいとーこ
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19話 子育て3

3

 カランとハーティを置いてきた店に戻ると、ちょうどエリオット──フレアが戻ってきた所で、人形師はフレアの知る場所にはいなかったと首を横に振った。ディは箱庭関係者を使い聞き込みをさせているが、目撃情報はまだ何も届いていないと言う。
「いるとしたら地下だと思うけど、私も知らない所が多いのよねぇ」
「自分の家なのに?」
 フレアが爪を噛んで言い、ジェイが首を傾げた。
「家じゃないわよ。我が物顔で使ってるだけ。地下がどれだけ広いと思っているのよ」
「それはそうか。そうなるとしらみつぶしになるけど……あれから陛下の命令でかなり調べたそうですが、それらしき場所は見つからなかったようです」
 ジェイは自分の言葉に頭を痛めて首を横に振った。
「まあ、お兄さまはもう人形にしようとは思っていないだろうから、まだ安心できるけど」
「まさか、悪戯をされたりは……」
 アディスは不安を覚えて呟いた。
「ないわ」
「言い切れるんですね」
「セーラって純粋無垢って感じじゃない。そういう穢れ無き少女は清らかでいて欲しいってタイプだから、ただ眺めてるだけだと思うわ。やられている方は、すっごくストレスが溜まるだろうけど。怖いのよね」
 エリオットのトラウマは、人形達の視線だ。
 既に大人のセーラなら、人と目を合わせる事すら出来なくなったりはしないがが、しばらくうなされる可能性は高い。
 彼女は平気な振りをして、夜にうなされるのだ。痛い目はともかく、怖い目に遭った時はそうなる。
「ああ、トロアさんを連れてこれば良かったっ!」
「でも実家にいるんでしょ。言っても仕方がないわ」
 春になると翼がよく動くため、竜は浮かれて動き回る。もう少し時期が遅ければついてきたはずだ。いつもタイミングが悪い。
「……嘆いていても変わりません。とにかく地下を探しましょう。フレアの知らない場所を優先して探せば、どうにかなるかも知れません。
 カラン、まだかかるので、アジトに戻っていてください」
 カランは立ち上がり、アディスのコートの袖を掴んだ。
「行く」
「行くんですか?」
「ユイ様に言われた。ウル様にユイ様の言いつけ、よく聞くよう、言われている」
「つまり、ユイに頼まれたから頑張ると」
 カランは頷き、アディスは苦笑した。
「では行きましょう」
 もしもの時、戦力としては大きいカランは、荒事においては頼もしく感じた。もしもセーラを帰さないといった時の戦力としてだ。
 アディスはカランと手をつないで外に出ると、隠されているマンホールを探した。目を凝らして人気のない路地でマンホールを発見すると、地下に潜り下水路の壁を探った。
「方向ぐらい分からないの?」
 フレアに尋ねられ、アディスは首を横に振る。
「よく分からないんですよ」
「竜の姿になったら? 本能で分かるかも知れないじゃない」
「…………確かに、セーラとの繋がりを考えれば」
 アディスも前回よりは成長しており、可能性はあった。魔術師としての感覚が通じないなら、竜としての本能の方が役に立つ。
「ちょっとあちらを向いていなさい」
 アディスは服を脱ぎ、竜の姿に戻った。セーラが見つかるまではアーネスの姿には戻れないが、仕方がない。
 目を伏せて息を吸う。
 離れすぎていなければ、魔力は送られる。その魔力を辿る。
 ほとんど分からないため、距離は遠い。しかしおおよその方向だけは分かった。
 アディスは身体に力を入れて、身体を縮める。
 白い竜の手足が、白い人のような形をした手足となる。ズボンをはいてベルトを締め、裾を曲げてコートを羽織れば準備は完了だ。
「いいですよ」
 靴を上着で包んで持ち上げながら皆に言う。
「って……何ですか、その姿」
 ジェイが驚いて後ずさり、水路に落ちかけた。
 今のアディスの姿は、翼と所々に鱗を生やした、人の子供に近い物ものだった。手の間には水かきのように皮膜が出来ていたり、人に近くとも人とは遠い姿である。
「アーネス様、すごいです。もうそんなに出来るんですね!」
 ハーティが目をキラキラと輝かせて手を合わせ、アディスの姿を上から下まで見てはしゃいだ。
「それが出来るなら、もう自力でアーネス様に化けられるんじゃないすか?」
 ハーティの期待に満ちた問いに、アディスは首を横に振る。
「無理です。身体が上手く動かせないので、発音や制御の難しい術はまだ使えません」
「ああ、確かに俺も使えるようになるまで苦労したっけ」
 ディが額に手を当てて、過去の苦労を思い出すしてため息をついた。
 アディスだけがそんな術を開発できたのも、理論が出来ても本当に発動するかどうかも怪しい難しい術だったからだ。
「でもなんでそんな姿に? ちっさくて歩きにくくないですか?」
 ジェイが自分の腰ほどしかないアディスの頭に触れて言う。
「竜の姿でこんな所を歩けますか。セーラに接近したら戻りますよ」
「えー、なんで戻るんすか?」
 ディがアディスのコートからはみ出た翼をつついて問う。
「セーラにはもう少し育って、完璧に化けられるようになってから見せるんです」
「そのままで良いと思うけどなぁ。それはそれで可愛いし」
「可愛いですか? 鏡を見ていないのでよく分からないのですが」
「まあ、父親似? 母親の雰囲気も混じってるなぁ」
 どちらに似ても男としてなら問題ない。ネルフィアの凛々しい雰囲気が混じっている己の姿は、アディスには想像も出来なかったが、将来が安泰な事だけは理解した。
「それよりも、私を背負いなさい」
「俺が?」
「他に誰がいるんですか」
「……まあいいですけど、場所は分ってるんすかぁ?」
「方向は分かります。あちらです」
 アディスが指を指す方向は壁だった。
 ジェイが水路を飛び越えて壁に触れるが、何かがある様子はない。
「この方向です」
 道ではなく方向だ。
「地上を走った方が早くないっすかねぇ」
「それだと私が外に出られません。身体をすっぽり隠すにしても、方角を確認するのにわざわざ地下に戻るのも馬鹿らしい」
 それこそ時間の無駄だ。
「大丈夫よ。だいたいの道は分かるから、微修正してもらえれば行けるわ。こっち」
 フレアが走ったのを見て、アディスはディの背に飛びついた。
「走りなさい」
「ちっさくても態度はそのまんまっすねぇ」
「当たり前です」
「セーラにそのままの姿を見せたら絶対に喜びますよ、自分よりも小さいから! ははははっ!」
 ディがアディスを背負って走りながら笑う。
「それが……嫌です」
 男のプライドの問題だ。中途半端な姿で、彼女の前には出たくない。
「いつまで見せない気すか。勝手に大きくなったら、あいつ怒りますよ」
「怒りますかね」
「その姿なら、構ってくれると思いますよぉ。ガキとか見るとほっとけないタイプでしょ、あれは」
「確かに」
 カランは構われている。その分、アディスに構う時間が半分以下に減っているぐらいだ。
「そうですよ。可愛いですもん。
 竜の間でも、そういう中途半端な時期は可愛いって言われるんですよ」
 ハーティはアディスの顔を覗き込みながら、にこにこと笑う。いつもの緊張した雰囲気が薄れ、子供に向けられる柔らかい色が含まれていた。
 アディスは少しだけ考えた。
「それはいいけどさぁ、生後一年でこんなにでかいもんなのか?」
 ディは赤ん坊のはずのアディスを見て、気味悪そうに言った。
「えと……他の生き物と違って、個人差が大きいんです。なんていうか……」
 ハーティは言葉を詰まらせ、あー、うーと唸る。
「たぶん……ですけど、魔力の問題なんですよ。体内の魔力を上手く捉えているかどうかで変わるんです。
 ほとんどの竜は力押しでいけるぐらい魔力が高まってから成長するんだと思います。アーネス様は赤ん坊の魔力でも上手く……こう、上手く流していて、大人のような流れを作ってるんだと思います」
 ジェイが指を立てた。
「ああ、つまり魔力が子供の扱い方じゃないから、身体が大人になったと勘違いして成長しているって事かい?」
「そんな感じです。私ぐらいまで育つと、そこからはみんな同じぐらいになりますけど」
 アディスはハーティを見てからにぃっと笑った。
「つまり、この調子でいけばすぐにそれぐらいまでは育つと」
「そんな事より、方向はこっちで合ってるの?」
「そんな事って……ここからやや右寄りです」
 ピリピリしているフレアに、アディスは指で方向を示した。
「じゃあこっちの方が近くなるわ」
 フレアは左に曲がると足を止め、隠し通路を開いて道を短縮させた。
 そのように道を開いては走る事一刻ほど。
 ようやくセーラがいると思われる場所の周辺まで来た。それでもなかなか見つからず、臍を噛む思いであった。
「ここまで来ると、すぐ近くにいるという事しか分かりません」
「でも、私はこんな方の隠れ家は知らないわよ」
 フレアは壁に手を置いて言う。
「フレアが知らない隠れ家なのでしょう。ですがおおよその場所は特定はできました」
 ジェイがアディスにマッピングした地図を見せた。
「何か分かりましたか?」
「はい。ここから道がこうなってるじゃないですか。
 一周していないから何とも言えませんが、ここにでかい空白地帯がありそうなんですよ」
 地下であるため、通路の方が少なく、空白地帯、つまりは『土』のある場所が多い。
 そこにフレアも知らない別の何かがあってもおかしくない。
 フレアが苛立ち紛れに壁を叩いた。
 それを真似てか、カランがスプーンで壁を叩く。
 刃物もなく、いつも構ってくれているセーラもいないため、苛立っているのかもしれない。
「お兄さま! 私のセーラ返して! 誰かいたら開けなさい!」
 フレアが声を張り上げた。
「闇雲に探すよりはマシか……」
 ディが呟いてフレアについていくと、唐突に振り返った。
 カランがディの袖の肘当たりを掴んでいた。
「どうした?」
「ここ、空洞」
 カランは壁をスプーンでつついた。
「す、スプーンでつついて分かるのか?」
「蹴って壊す?」
 カランは片足を持ちあげて尋ねた。
 彼のブーツのつま先は普通ではなく、加工がされているが、それでも壁を蹴り破るのは不可能に思えた。
 だが彼は普通ではない。
 彼がどのような手段を持って壊そうとしているのかと考えると、アディスは薄ら寒くなり首を横に振った。
「破壊は最終手段です」
「そうそう、それはもう少し後な」
 ディがカランの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「開けないと壊されるわよぉ」
 フレアが声を張り上げながら再び歩く。女にしては低いが男にしては高い声が、狭い地下水路に響いてこだまする。
 しばらく進むと、壁にぽっかり穴が開いた場所があった。
「ここから入れって事ね。さすがに壊されるのは嫌だったのかしら」
 フレアが中に入り、ディがそれに続いた。
「んなっ!?」
 たった一歩でディの足が止まった。
 壁の両ふちに並ぶ人形、人形、人形。
 人形が立ち並び、その全てが音もなくすっと首を回し、一斉に視線を向けた。
 数え切れないほどの眼球に恐れを成し、ディは飛び退いた。
「……ひっ」
 声が出たのは、飛び退いてからしばらくたっての事だった。
 アディスは驚きを飲み込み、目を伏せた。
 セーラはこの中にいるのだ。恐がりな所のある彼女が、ホラーハウスのようなこの場所にいて、エリオットのトラウマの元になったこの人形達に囲まれて、あの変態と向き合っている。
 何をされなくても害しかない。
「進みなさい」
 アディスは命じた。
「いや、でも、怖いっすよぉ」
「たかが人形です」
「でもこれ、死体だろ?」
「私よりも死体が恐ろしいと?」
「…………」
 翼の骨で肩を叩く。軽いが硬い竜の骨。大人になるとこの骨が凶器だ。ネルフィアなど樹木を散らしながら低空飛行が出来る。
「見世物小屋に売り払ったら高そうな見た目のくせにっ……」
「つべこべ言わない」
「竜の姿に戻るんじゃなかったんすか?」
「狭い通路に人形が並ばれていたら竜の姿に戻れません。
 これを傷つけたらあの変態は怒り狂いそうじゃないですか。さすがにそんなくだらない事で本気でやり合うような事はしたくありません。
 それに着ているこのドレスも年代物ですが、良い物ばかりです。丈を詰めてセーラに着せたいぐらいです」
 アディスにとって、死んでいる中身などゴミに等しい。だが服は可愛らしいと思った。
「長、ハーティが固まっていますが」
 ジェイは腰が抜けてしゃがみ込んでいるハーティを指さした。よほど恐ろしかったのか、涙を流しながら呆けている。
「ジェイ、私達だけで行くので、彼女を見ていなさい」
「俺もこっちの方がいいんだけど」
 ディはハーティを指さして言った。
「お前とハーティを二人きりにさせると思うのですか? いいから行きなさい」
 最近、ディはハーティを狙っているようなのだ。
 アディスが頭を叩くと、ディは渋々前に進んだ。

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