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青色吐息 作者:かいとーこ
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19話 子育て2



 カランが目を開くと、知らぬ部屋にいて驚いた。
 飛び上がり、身を起こしたところで思い出し、静かに息を吐く。
 筋を伸ばしてをして身をほぐし、着替えてそっと部屋を出る。
 人がいないので、足音を殺して歩く。
 ポケットの中にあるユイにもらった謎のスプーンは、柄がはみ出ていて少し邪魔であった。
 ここは何かの地下組織の内部だ。
 そうでなければ、わざわざ入り口を隠したりなどしないと、カランは経験で知っていた。
 だから自然と歩みが慎重になる。
「あ、待って!」
 背後から声がかかった。ハーティだ。
 彼女も竜であるとカランはウルから聞いていたので、油断はしない。
「だめだよ、一人で出歩いたら。知らない人に会ったら大変だよ」
「どうして?」
「乱暴な人もたまにいるから」
 カランが知る中で最も乱暴なのはミラだった。
 ミラに比べれば、他の人間は取るに足らない。呪文さえ完成させなければ簡単に殺す事が出来る。
 ミラ以外に厄介なのは、人でないアディスとその両親である竜達。
 彼等だけが、カランの脅威であった。
 ハーティも竜なので油断できない相手ではあるが、他の竜達に比べると脅威と言うほどではない。
「顔を」
「洗いたいの?」
「う……はい」
 アディスの言いつけを思い出して言い直す。それを見てハーティが笑った。
「カランはいい子だね。こっちだよ」
 ハーティに手を引かれ、見知らぬ人間と擦れ違う。
 洗面所にたどり着き、触れるだけで水の出る装置にカランは驚き、何度も水を出した。
 水がこんな所からいくらでも出てくるのが、不思議で仕方がなかった。
「おや、カラン。気に入りましたか?」
 アディスに背後から声をかけられ、カランは振り向いた。
「う……はい」
 カランの言葉を聞いて、アディスも吹き出した。
「くく、おはようございます、ハーティ、カラン。言いつけを覚えていましたか。いい子です」
「おはようございます、アーネス様」
「……おはようございます」
 カランはハーティを真似て挨拶した。
「カラン、そういう道具に興味がありますか?」
「はい」
「では、面白そうな道具も買いに行きましょう。
 安い物ではないですが、この国では珍しいと言うほどの物でもありません」
 カランはアディスを見上げた。
 まだ子供の竜。
「高いのに?」
「私はお金に不自由した事がありません。無駄な買い物は許しませんが、生活に役立つ物なら、惜しむ必要がありません。
 カラン、こういう時にどう言うか分かりますか?」
 アディスは首を傾げて問う。
 カランはいつもセーラに言われている事を思い出した。
「ありがとう」
 お礼は大切だと、よく言われるのだ。
「いい子です。顔を洗ったら、食事にしましょう」
「はい」
 カランは顔を洗うと、二人に手を引かれて入り口のバーにやってきた。
 そこではモリィと名乗るセーラが、カウンターの高い椅子に座っていた。
 この姿のセーラは、カランと近い年頃の子供だ。
 本来の彼女は、小柄だが大人に近い年齢の女で、子供の姿をしていると、見た目と精神年齢が釣り合わず周囲に違和感を与える。
「あ、カラン。おはようございます」
 セーラが振り返り、偽物の顔に笑みを浮かべる。
 顔は違っても、彼女は彼女だ。いつものように笑いかけ、いつものように働いている。
「おはようございます」
「顔は洗いました?」
「はい」
「じゃあ、朝食にしましょう」
 セーラは椅子から降りて、カウンターの上にある皿を持った。
 どこにいても、ちょこちょこ動いて何かをしている。
「手伝う」
「じゃあ、これをその丸いテーブルに。アーネスは何を飲みますか?」
「ジュースを」
「カランはお水とジュース、どっちがいいですか?」
「……ジュース」
 カランはいつも水を飲むが、アディスを真似た。
「わかりました」
 セーラが笑い、再び細々と動き始める。
 カランはそんな風に動くセーラを見るのが好きだった。





 買い物に出ると、カランに様々な服を買い与えた。
 まずは普段着る古着。聖良はアディスと一緒にああでもないこうでもないと言いながら選んでいく。
 新品よりも生地がよれているため着やすく、汚れを気にしなくてもいいから、危険な森暮らしにはちょうどいいと、カランも喜んでいた。
 その店では聖良とハーティも薄手の服を買い込んだ。
 それをアディスがどこかに届けるように手配して店を出る。
 次の店ではカランの礼服を仕立てるために採寸した。
 使用人らしい姿に慣れる練習のために、必要だろうということだ。
 最後に普通のよそ行きの服を買った。もちろん白いシャツに、爽やかな青い春物コートである。
 その頃にはカランは何も言わなくなっていた。
 興味のない店を引き回され、疲れ果てていた。
 そのため昼食のときに美味しいデザートを注文し、それで機嫌を戻す。彼はミラと同じで、とても甘い物が好きだった。
「まるで、男の子のミラさんと一緒にいるようですよね」
 聖良の呟きに、アディスとハーティが頷いた。
 今日はフレアはいない。部屋に引きこもりすぎると心配されるから、昼間は図書室で大人しい子供達の相手をしているらしい。
 もちろん顔を隠し、人と目を合わせるのを恐れる男の子としてだ。
 甘味で少し復活したカランを連れ、次に入ったのは魔道具の店だった。
 ここに来て、初めてカランが喜んだ。子供らしく騒ぐのではないが、積極的に興味深げに見ているのだ。
「約束通り、生活の役に立ちそうな物を、何か一つ買いましょう」
 アディスが言うと、カランは聖良を見た。
 その視線を受け、聖良は戸惑い言葉を探す。
「えと……カランが役に立つと思う物を選んでいいんですよ。
 分からなかったらアーネスか店の人に聞けばいいんです。
 どういう物が欲しいかとか。
 それで役に立ちそうなら買いましょう。
 急いでいないから、ゆっくり見てもいいですよ」
 カランは頷き、店を見回した。
「壊さないように」
「はい」
 返事をしながらも、彼は夢中で店内をまわる。一通り見ると、次は気になった物から手に取って見る。
 分からない事は、店番をしている気難しそうな老人に尋ねた。
「そりゃあ魔術の使えない人のためのランプだ。アーネス様のお弟子さんにゃあ、意味がないよ」
「これは?」
「火をおこす道具だ。魔術の使えない人が使う」
「これは?」
「水を綺麗にする道具だ」
「これは?」
「包丁を研ぐ道具だよ」
「これがいい」
 保護者一同は脱力した。
「ほ、包丁は自分で研げばいいんで、もう少し考えましょう?」
「うん」
 聖良が言うと、彼は頷いて再び興味のある道具を手に取った。
 綺麗な水晶玉、ペン、札、照明などを見ていく。
 もし許したなら、分解までしそうな程隅々まで見ていた。
「カランはこういう道具に興味津々ですね。作ってみたいとか思いますか?」
 聖良が尋ねれば、彼は首を傾げた。
「どうやって作るか分からない」
 もちろん聖良にも分からない。魔術はアディスが側にいれば使えるが、呪文を正しく唱えているだけで、何か凄い力を感じるわけではない。
「では、初心者用のキットでも買っていきましょうか」
 アディスの提案に、カランは首を傾げた。
「キット?」
「材料が全部用意してあり、組み立て方も書いてあるセットがあるんですよ。いりますか?」
「うん。作る」
 アディスが胸を押さえ、目を伏せた。聖良も彼の気持ちはよく分かった。
 ミラと違い、まともな事に興味を持っている。今ならまだ間に合うのだ。
「では、道具もそろった物を……」
 アディスが店主に注文をしようとした所、その言葉が途切れた。
 聖良の身体が浮いた。
 その脇には、聖良を持ち上げる手があった。
 聖良が首を回し、背後に立つ人物を確かめる。
 仮面の隙間から見える、不気味な灰色の目と視線が混じる。
「…………人形師さん」
 昨夜、アディスがフレアに人形師の所に行くと言っていたのを思い出す。
 だが、こんな場所にいきなり現れて、聖良を持ち上げる理由は分からない。
「あの……」
 聖良が声を掛けると、人形師は聖良を小脇に抱えた。
「ちょっ」
「待ちなさいっ!」
 アディスが人形師のコートを掴んで出ていくのを阻んだ。人形師は振り返り、不機嫌そうにその手を払う。
「掴むな」
「いきなり現れて、何を誘拐しようとしているんですか」
「うちに来ると聞いた」
 アディスの顔が引きつった。
 聖良はじたばた藻掻くが、抜け出せる気がしなかった。
「行くのはその子ではありません。拡大解釈をしないでいただきたい」
「男はいらん」
「何を無茶苦茶言っているんですか。ちょ、待ちなさい!」
 アディスは店主に商品をアジトに届けるように一言言い置き、出ていく人形師を追って走ってくる
「こらっ、とりあえずモリィを離しなさいっ! 無視して進むなっ!」
 しばし茫然としていたカランも、保護者達が出ていったのに気付いて、固まっていたハーティの手を引いて追いかけてきた。
 聖良はその姿を見ているしかなかった。





 人形というのは、常識の範囲内の数、普通の、一般的な素材である場合のみ、人々に愛でられる物だ。
 あまりにも大量にあれば不気味で、素材が人体であればホラーでしかない。
 聖良は人形師に抱えられ、暗がりの角を曲がった所でいきなり知らない建物の中にいた。
 生気のない整った顔立ちの人形が、壁一面に並ぶ恐怖の建造物の中に。
「ひいっ」
 不安よりも恐怖に心が支配され、全身が粟立ち、人形師の腕の中で手足をがむしゃらに動かした。
「危ない。じっとしろ」
 人形のように抱かれながら、聖良は目を伏せる。
 縋る物もなく、怖気が走った。
 あれらは死体だ。綺麗なだけの動く死体だ。防腐剤が入っている死体だ。
 数体なら平気だが、立ち並ばれると恐怖しか出てこない。アディスがいれば隠れることも出来たが、一緒にいるのはこの人形を作った犯人、殺人犯だ。
「あ……アーネスの所に帰してください」
「なぜ」
「なぜなんて思うのが、私にとってなぜなんですけど」
 保護者と引き離された子供は、泣いて親を求めて当然だ。
 若い娘ならば、怖い時に真っ先に出てくるのは『お母さん』であることが多いらしい。
「どうせ会いに来るつもりだったのに?」
「だから、私が来ても仕方がないじゃないですか。こんなお化け屋敷みたいな怖い所、私に用はないんですっ!」
 包み隠しても意味はないと聖良は判断し、はっきりと言った。人形師は周囲を見回す。
「お化け屋敷? ここは地下だから屋敷ではない」
「そういう意味じゃなくて、なんでこんなに並んでるんです!?」
「コレクションは飾らないと勿体ないだろう」
「子供が迷い込んだら間違いなく泣きますよ。私なんて予想してても泣きそうになってるんです!」
 手で顔を覆い、底冷えする空気に耐えている。実際に寒いが、気温だけの問題ではない。
 喚いていないと心が冷える。
 人形師の足音が響く、広く寂しく冷たい屋敷は、恐ろしい。
 気分は本当に『お母さん助けて』だった。お母さんとはもちろん魔王などと呼ばれる最終兵器の事である。
「これほど美しい者が並んでいるのに?」
「等身大のお人形の群れってだけで怖いんです。それが動いてしゃべる。しかも原材料は人間。どこのホラー小説ですか」
「人間はそういう物が好きだったな」
「作り物が好きな人はいますけど、本物は嫌いな人ばかりです。
 私は作り物でもすっごく苦手です」
「そうか。並んでいるのが嫌なのか」
「並んでなくても嫌です。っていうか、フレアさんが視線恐怖症になった理由は全部そのせいです」
「そうか」
 さして気にした様子もなく彼は言い、足を止めてドアを開く。
 音が不気味に反響する。
「お前達出ていけ」
 人形師が命令すると、行進するように一糸乱れぬ足音が出口に向かい、最後の一体が出るとドアが閉まった。
 聖良は恐る恐る目を開き、自分がいる場所を確認した。
 様式など聖良には分からないが、見た目はアンティークの家具が置かれているだけの部屋だ。
 古びてはいるが、何もかも意匠を凝らした、値の張りそうな物ばかりだ。
「ホラーテイストなのは変わりませんね」
「…………そうか?」
「普通の人にとって、古くて暗くて寒い場所は怖いです」
「暗くて寒い場所でないと人形が痛む」
「あー、そうですよね」
 聖良はため息をついた。美しい物とは儚い物。気を使わなければ維持は出来ない。
「座るといい」
 ソファの前に下ろされ、聖良はそのまま倒れ込むように腰掛けた。
「私はアーネスがいないと嫌です。帰してください」
「そのうちに来るだろう。それまで可愛い顔を見せてくれ」
「そのうち?」
「そのうち見つけるだろう」
 聖良の背後で、がちゃりとカギの掛かる音が響いた。
 見つかるまでは──二人きり。



 アディスはセーラが連れ攫われてすぐにカラン達を箱庭のメンバーが経営するカフェに預け、別の場所で『アーネス』から『アディス』へと姿を変えた。
 滅多に使う事はないが、緊急時に姿を変えるために用意した家だ。最近では下水道に繋げて使っている。
 下水道からは、王宮の隠し通路につながっている場所があり、自分の部屋まで戻る事も、自分がさらに別の隠れ家から出る事も出来る。
 ただし滅多に使う事はない。
 特定の家に頻繁に出入りしていれば、いつか目撃されてしまう。
 墓の場合は出入りしている所さえ見られなければ、墓から出てきても不思議ではない。人が頻繁に訪れておかしくない場所だからだ。
 アディスは自分の部屋につくと、図書室に向かいエリオットを探した。
「ああ、アディス様。お帰りなさい」
 エリオットの向かい側にはジェロンもいた。二人を確保し引きずるようにして図書館を出る。
 子供達がじゃれついてこようとしたが、アディスの鬼気迫る表情を見て見なかった事にするかのように目を逸らした。
「兄さん、どうしたの? セーラは?」
「大変です。いつものアレです」
「いつものアレで見当がつくアレ?」
「そうです。人形師です」
「…………僕、部屋に行く」
 フレアへと変わるために部屋に行くようだ。
「で、どこに行けばいい?」
「北大通りの青いカフェにカラン達が。私達は走ってそこに向かいますから、お前は心当たりを探してから来なさい」
「分かった」
 エリオットは俯いて自分の部屋へと走っていく。
 何か嫌な事があって、引きこもる前兆のように見えた。
「ディアスは?」
「青に。おそらく既に連絡がいって捜索に参加しているでしょう」
 入れ違いだったようだ。彼等は常に二人で行動しているわけではない。頻繁に二人が抜けてしまうと怪しまれる。一人であれば買い物に言ったとでも言える。
 宮廷魔術師は成果さえ出していれば、行動に制限はないため、そのように誤魔化していた。
「とりあえず部屋へ」
「はい」
 二人はアディスの部屋につくと、着替えてからいつものように隠し通路を抜けて外に出た。

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