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御徒町フィーバー2ndStation
作:工場長



第二十四話 頑張ってと頑張ろう


「どうして私が怒られなきゃいけないわけー!?」
 私は思いっきりしぃちゃんのベッドに腰を下ろした。そして仰向けに倒れる。天井にはイラケン選手のポスターが貼ってある。
 みんなでカラオケを歌って好きなとんかつを食べてせっかく最近溜まっていたストレスが解消したというのに、タカビーになぜか真剣に怒られてしまった。
 なんだか訳が分からないままはるちゃんとともにしぃちゃんの家にお泊りに来たが、落ち着くごとにタカビーのセリフ一つ一つが思い出されてきて腹が立ってきた。

「なぜお前は『頑張って』って言えるんだ」

「なによ、私は頑張っているからみんなも頑張ってって言ったのに、なんでそんなことで私が怒られなきゃいけないのよ。おまけに『おまえはそれほど頑張っているのか?』だって? 何を言っているのよ、あいつは」
「まあまあかっちゃん落ち着いてよ」
 しぃちゃんが私の右隣に座って私の腰の辺りを叩く。
「でも私……タカビーの言っていることも分かる気がするな」
「なによー、しぃちゃんは私の味方じゃないの」
 私は起き上がってしぃちゃんを見る。しぃちゃんの目はいつもと違い、私に対して厳しい。
「確かにかっちゃんは頑張っている。だけどかっちゃんが思っているほど、みんな頑張っているんだよ。タカビーはかっちゃんがみんなのことを見下したようなこと言ったから怒っているの」
 頑張っているって? 面倒なことはみんな私たちに任せるくせに。
「しぃちゃんの言うとおりだよ。みんな忙しい中文化祭の仕事頑張っているんじゃない。それに文句を言うのはかっちゃんのわがままってものだと思うな」
 はるちゃんが水滴がついた缶のオレンジジュース口にしながら私のほうを見る。
「はるちゃんまでタカビーの味方するのー? もう信じられない!」
 私はベッドを降りると缶ジュースが三本置かれている小さなテーブルを強く叩いた。ジュースの缶が音を立てて揺れる。
「忙しくなるのが覚悟の上で文化祭の実行委員になったんじゃない。それをテストがあるからとかバイトがあるからとか言って何もしない委員がいるのはおかしいよ。私はそんな人たちと一緒に扱われたくない!」
 しぃちゃんが私の右隣に座り、缶ジュースを綺麗に整頓する。
「確かにかっちゃんの言う何もしない人もいるけど、そういう人もまとめて一緒にイベントを企画していくのが私たちの仕事じゃない」
 そういう仕事が私たちにたくさん来ているからイライラしているんじゃない。
「あー、もういい。この話はやめやめー!」
 私は両手を大きく振って話を中断させる。
「確かにこれ以上話したらかっちゃん爆発しちゃうもんね」
 はるちゃんが私の腕にぶつからないように缶ジュースを避難させる。
「かっちゃんも今は分からなくてもそのうち分かるよ……。タカビーが怒っている意味が」
「しぃちゃんは分かっているというの?」
 私がしぃちゃんを睨むと、しぃちゃんは「うーん」と首を傾げて。
「ぴったりって訳じゃないと思うけど、大体は合っていると思うんだ……。これは人に教えてもらうより、かっちゃん自身が理解しないといけないことだから……」
 なんだか分からないけど、そのうち理解することにするよ。それで私のストレスが解消されるならね。
 私は再びしぃちゃんのベットに仰向けに寝た。ポスターのイラケン選手と目が合う。
「ところで、はるちゃん。亜由美から昨日明石先輩が教室に女の子を集めていた、って話を聞いたんだけど、何か知っている?」
 しぃちゃんは枕元から格闘家のぬいぐるみを取り出した。そして優しく抱きしめる。
 そう言えばカラオケに行く前に亜由美がそんなことを言っていたな。教室で女の子を集めるなんて明石先輩にとってはまさに天国だっただろう。
「うーん、知っていることは知っているけど、まだはっきりしたことじゃないので、これは明石先輩本人から聞いたほうがいいと思うな……」
 はるちゃんは飲み終えたジュースの缶をゴミ箱へ投げようと構えたが
「ダメ、はるちゃん。缶は専用のゴミ箱があるからこの部屋のゴミ箱には捨てないで」
 と、しぃちゃんに止められた。はるちゃんは口を尖らせて缶をテーブルの上に置く。
「でもまあ二人が困るようなことじゃないから安心してよ。むしろ喜ぶくらいかな」
 そう言ってはるちゃんは缶ジュースを倒さないように慎重にテーブルを部屋の隅へと運ぶ。これから私とはるちゃんが寝るための布団を敷くのだ。
「まあ私たちのためになることならいいんだけど……」
 押入れから青の敷布団を取り出す。それをさっきまでテーブルのあったところへ広げると、私は方角を確認する。
「南はあっちね!」
 御徒家の者はかつて徳川家が住んでいた場所と西郷さんの故郷の方向へ足を向けて寝られないのだ。自然と足が向けられる方角は北から西に限られる(東京にいる場合ね)。
「明日明石先輩に直接聞いてみるか……」
 枕を南において私は仰向けに倒れる。天井にはイラケン選手の後輩で、現日本チャンピオンの腹打木久扇……じゃない、腹打木久蔵さんのポスターが貼られている。
「話し戻して悪いけど、タカビーに大学であったらどうするの?」
 はるちゃんが隣に寝転んで私を見る。その表情はいつもの楽しそうなものではなく、どこか心配気である。
「避けるのは逃げているみたいで嫌だから、堂々とするわ」

 次の日、私は大学の構内を珍しく一人で歩いていた。私だけが受ける授業が休講になっていたからである。
 他の授業を受けているしぃちゃんとはるちゃんはお昼に合流することにして、私はぶらぶらと大学の中を歩く。「ミス文京大学」の候補になりそうな可愛い、綺麗な女子学生を探すことも忘れない。
 そんなそばから綺麗な女の人発見。髪は耳まで伸ばしていて薄茶色でさらさらのストレート、背ははるちゃんと同じくらいかな。しかも胸が大きい。鼻筋がすらっとしていて目がパッチリ開いている。おまけに青い。日本人じゃないのかな?
 彼女の視線は女子トイレのほうに向けられている。友達がトイレに入っているのを待っているのだろうか? ならば声をかけるのは今がチャンスだ。
「あ、あの」
 私はとりあえず日本語で話しかけてみた。
「はい、私ですか?」
 相手はにっこりと微笑んで答えてくれた。よかった、日本語通じた。
「今、秋の文化祭で行われる、『ミス文京大学』の候補者を募集しているんですが、よかったらそれに参加してみませんか?」
 日本語が通じたのに安心した私は一気に自分の言いたいことを伝える。
「へー、『ミス文京大学』かー、今年もやるんだー」
 お、なかなかいい反応だぞ。
「ダメよ、かっちゃん。ヘレンちゃんは私のものよ」
 女子トイレから現れたのは明石先輩だった。ハンカチでしっかりと拭いた右手をカレンさんの左肩に乗せる。
「私のものってどういうことですか?」
 明石先輩の魔の手にやられてしまったのだろうか?
「ヘレンちゃんは私と一緒に文化祭で踊ってくれるんだもんねー」
 ああ、ダンスの意味か……。と私は安心した。
「ヘレンちゃんも私と同じく女の子だけのダンスサークルの部長さんなのよ」
「はい、経済学部三年の石川いしかわヘレンと言います。日本とアメリカのハーフです」
 石川先輩は、はきはきとした声で私に挨拶をした。
「ここでかっちゃんに問題です」
 明石先輩が石川先輩の肩に置いた手をぐっと強める。
「ここ文京大学には私やヘレンちゃんが部長を務める女の子だけのダンスサークルが幾つあるでしょうか?」
 うーん、いきなりそんな質問をされても分からないな……。問題にするぐらいだから三つとか四つじゃないのだろうけど。
「三、二、一……ブーッ! 正解は八つでーす」
 明石先輩は楽しそうに口を尖らせる。八つか、結構多いな……。
「それで、その質問と『ミス文京大学』に何か関係があるんですか?」
「いや、ミスコンとは関係ないんだけどね。今年の文化祭は八つのサークルが一つのチームになって、ダンスを披露することに決めたのよ。場所は文長ぶんちょう記念ホール。空いているでしょ?」
 文長とは我が文京大学の創設者である井上文長いのうえ ぶんちょうのことである。彼を記念して建てられたホールは、四百人の生徒を収容できる大きさだ。
「ダンスサークルのみんなが集まって一緒にダンスを踊る。全うな企画でしょ。これならかっちゃんたちが断る理由はないでしょ」
 明石先輩が昨日女の子達を集めていたのはこれが理由だったのか……。
「いつもは違う活動をしている私たちだけど、年に一度の文化祭だもん、みんなで一つになるのもいいかなーと思ってね。他のサークルのみんなも賛成してくれたし」
 石川先輩は、明石先輩の右手が彼女の頬を撫でているのを気づいていないようだ。
「そうですね……。あとで正式に企画書を文化祭室までに出してもらえませんか? 文長ホールの利用申請書も忘れずにお願いします」
「了解ー。そういうの去年も書いているから得意だよ」
 明石先輩は得意げな顔で石川先輩のおでこや髪を撫で回す。
「こら、真奈美。私の頭を撫でない」
 あ、やっと明石先輩の魔の手が伸びていることに気づいたようだ。
「ヘレーン!」
 不意に私の後ろから大声が響いてきた。振り向くとちょっと小太りの目玉のとても大きい男の人が私たちに向かって突進してくる。
「あ、彼だ。それじゃあ真奈美。これからデートしに行くねー」
「おーう、文化祭お互い頑張ろうねー!」
「うん、頑張ろう!」
 石川先輩は明石先輩の差し出した右手を勢いよく握ると、突進してくる目玉のとても大きい彼氏に向かって歩き出した。
「さて、ここで問題です」
 と、明石先輩は石川先輩を見送りながら私の左肩を強く掴んだ。
「さっき、私とヘレンは何と言ったでしょう?」
 今度の質問はすぐに答えることができた。
「えーと、『頑張ろう』ですか……」
 明石先輩は笑顔で私に抱きつき、頬を摺り寄せてきた。
「ピンポーン! 正解、答えは『頑張ろう』です。決して『頑張って』ではないのです」
 「頑張ろう」と「頑張って」を今なぜここで比較するのだろうか……。と、私は明石先輩の滑らかな頬を感じるのであった。












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