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  お姫様と私。 作者:kemuri
お姫様と私、恋の病。
 お姫様は、近衛隊長のアレクサンドル・ジノア様に夢中である。
 これは、お姫様の現状に関わらず、列記とした事実であり私とお姫様だけの秘密なのだ。

「それで、レイチーは私にどうしろと?」

 いつものお庭で、お茶会復活である。
 まだまだ夏は遠いけれど、冬の名残はもうまったく感じられない日差しが小さな噴水に反射してきらきらしている。その眩しさも目に入っていないだろう真剣さで、お姫様は私に詰め寄っている。

「別に何もしなくて良くってよ。ただ、噂の侍女とアレク様が本当に恋仲なのかだけ!確かめてほしいのですわ」
「無理だよう…私、廊下で見かけたことさえないもの」
「大丈夫ですわ!」
「何が?」
「実は、アレク様は明日から王宮勤め、つまり内勤になるのです。王宮内をうろつく機会も増えているはずですわ」

 好きな男の人に、うろつくという言葉を使うのは果たして適切なのだろうか。まぁ、お姫様の恋愛観はいまいち分かりにくいから仕方がないのだが。
 それにしても私より噂に詳しいくせに、なぜ私に噂の真偽を確かめさせようとするのか。
 これが乙女心というものか。

「じゃあ、機会があれば、ね」
「ありがとう!!わかったら、すぐにお手紙ちょうだいね!」
「りょ、りょうかい」

 王宮内貴族だらけのお茶会事件から、もうかれこれひと月くらいになる。
 私がどこで働いているか分かったからといって、お忙しい殿下が何かしてくるはずもなく、初めこそびくびくしていたが今では何事もなかったかのような日常が戻ってきている。
 匂い袋やレモーネ・ケーキの噂も、すでに過去のモノだ。
 王宮の時間の流れがはやくて本当に良かった。城下町じゃ、一年前や下手したら数年前の話が昨日のことみたいに噂されている。たとえば、レイチーの下克上物語とか、私のお屋敷苦労話とかは、未だにレイチーの実家の食堂ではお酒の肴にされている。平和な証拠だ。
 そんな平和な日常に降ってわいた、近衛隊長の恋はなかなか刺激的なものである。

「近衛隊長ねぇ…」

 あの真面目堅物ストイックの権化みたいな人が、百戦錬磨の侍女さんたちと恋をするなんて想像もつかないのだけれど。優良物件として、本気で結婚を狙われているのかもしれない。
 そうなると、レイチーの危機である。

「コーネ?」

 どうやったってジノア隊長に直接確かめることはできないのだから、ここはひとつ同僚たちの噂を片端から聞いてみようか、などと考えていたおかげなのかどうなのか。
 同僚の女の子たちなんかよりも、ずっと信憑性のありそうな話が聞けそうな人と会ってしまった。

「…リアさん!なぜこんなところに?」
「そりゃ、どう見ても仕事だろーが」
「そうですよね。お勤めお疲れ様です」

 あまりにも出来すぎたタイミングに、つい変なことを聞いてしまった。
 近衛の方々は王宮が仕事場なのだし、いつものお庭から裏方に向かう途中には近衛の宿舎もある。ここでリアさんと遭遇するのは、全く不思議なことではない。

「ほんとだぜ。最近隊長がサボりやがるから忙しいんだよ、俺は」
「はぁ、それは…って!あの、ジノア隊長が仕事を休んだりするのですか?」

 これが噂の鴨がネギをしょってくるという状況だろうか。
 なかなかお目にかかれないほどの運の良さである。だがやはり、これはお姫様の知りたい情報を探っているわけなのだから、つまりはお姫様の運の良さが影響しているということなのだろうか。

「普通はしねぇけど、ほら、今ビョーキだからアノ人」
「ご病気ですか。それで内勤になられたんですね」

 とりあえずは、ジノア隊長の身辺調査からである。
 あまり唐突に噂について探っても不自然すぎる。しかし病気とは穏やかではない。お姫様も、内勤について知っているのに病気については何も知らないのだろうか。この情報があれば、周りに先んじてお見舞いという抜け駆け行為ができる。リアさん、ナイス情報提供である。

「…」
「リアさん?」
「お前は、またなんでそーやって普通は知らねぇ情報垂れ流してんだ…」
「え!?これって内緒なんですか」

 お姫様からの情報は、こういうことがあるから気が抜けない。いつも気を抜いた頃に思い知らされるので、あまりこの認識は役に立たない。
 しかも、これは例の匂い袋の一件についてチラつかされているのだろうか。
 あれは不可抗力の間抜けな顛末だったが、そういえばリアさんの中で、あの匂い袋はどのように解釈されたのだろうか。気になるところだ。

「そりゃ、隊長が恋愛にうつつ抜かして一時的にも異動なんて有りえないだろ」
「恋愛にうつつ!?」

 違うところにどきどきしていたら、度肝を抜かれた。
 あれ、いつの間に噂の真相に迫る流れになっていたのか。

「あぁ?」
「えぇっ?」

 ちょっと気まずい雰囲気が流れているのは、気のせいだろうか。

「…コーネ」
「……ハイ」

 気のせいではない。
 このすれ違った認識というか重要度の違いが、重くのしかかっている。

「仕事終わったら、俺んとこに来い」
「………ぅ、ハイ」

 こんなにも窓拭きが終わらないでほしいと思ったことが、未だかつてあっただろうか。
 いや、ない。
 そういう場合であればあるほど、時間は矢の如くあるのは不思議な真理だ。
 というわけで、すでに近衛の宿舎付近の噴水にて尋問中である。

「で?」
「と、言われましても…私も噂でお聞きしたくらいで、まさか病気が恋の病だなんて思いません」
「内勤の話は?」

 やはり、そこの情報経路が引っ掛かっているのか。
 確かにそう易々と近衛の人事事情が一般に流布していては、王族を守る隊としては大問題である。

「に、匂い袋のときと同じ経路です」
「王太子殿下絡みってことか」
「あ…ぅ、違うような違わないような…」
「はっきり言え」
「無理です」

 お姫様との繋がりは、私の中ではかなりの秘匿事項なのだ。
 そりゃあ、近衛やら内政府やらが本格的に調べたら一瞬で分かるような情報だけれど、普通に生活していれば漏れたりはしないのだ。

「チッ」
「他言無用ということで、無罪放免というのは難しいのでしょうか?」
「つーか、オマエって殿下と知り合いなのか?匂い袋、あれってお前の作った奴だろ?」

 リアさんの中では、そのように解釈されていたのか。
 まったく見当違いではないが、そのような恐れ多い事実はまったくないので改めてほしい認識だ。

「それには複雑かつ面倒な事情が…たぶん、もう殿下も持っていらっしゃらないのではないでしょうか」
「いや?中身は入れ替えてるけど、使ってるみたいだぜ」
「はぁ…そうですか。まあ、それはもう良いんですけれど。それより、ジノア隊長の恋の病というのは本当なんですか?」

 殿下は案外に庶民好みというか地味好みだったのか。要らない情報である。
 向かって欲しい話の展開は、ジノア隊長の恋の噂の方である。

「ア?お前、ああいうのが好みだったのか?あんなつまんねぇ男なんか、やめとけって」

 やはり、こう水を向けると私の興味の範疇なのかってハナシになってしまうのは分かっていた。
 だが、あまりジノア隊長に恋してる系統の噂は歓迎できない。なんといっても、お姫様の想い人である。

「いやいやいや!私は関係ないです。リアさんこそ、客室付の侍女さんとはその後如何お過ごしですかという感じですが、」
「いっちょまえに、妬いてンのかよ?お前が俺のモンになるなら、他の女切るの考えてやっても良いぜ」

 楽しそうで何よりなのだが、リアさんまで私に対してそのような態度なのはなぜなのか。いつの間にあの双子のスタンスを踏襲するようになったのか。いや、双子よりも性質が悪い。
 何より距離が近すぎます。
 この肩にまわされた腕が、私の寿命を縮めている気がしてならない。

「ややや、何の話ですか」

 仰け反るように後じ去れば、触れんばかりのご尊顔が遠のいた。
 ここだって人目が全くないわけではないのだ。知り合いの侍女さんの恋人(もしくは愛人)であるリアさんと、際どい距離で会話などしたいものではない。いくらミスリルさんのご子息という繋がりはあれど、この人は近衛の有望株様なのだ。
 噂になるなど、恐れ多いところである。

「は!冗談だ。そう焦るな、俺が苛めてるみてぇだろ」
「…」

 そういうつもりがなかったのなら、驚きである。
 むしろ人間性を疑いたい。

「で?」
「私の友達が、殿下と親しくされているだけです」

 ようやく本題であるが、全く助かった気はしない。
 この私の説明について、リアさんは納得するつもりがあるのかは謎だ。何を聞きたいのか、むしろはっきり言ってくれた方がすっきりするかもしれない。いや、やはりそれは困るか。

「ふぅん?友達、ねぇ」
「これ以上は言えません!もう何が何でも無理です、不可能です」
「…分かった。まぁそんなとこだろうな、お前って案外侍女連中と仲良いみてぇだしな」
「はい!仲良いです」
「ま、そーいうことにしてやんよ」

 にやり、と笑うリアさんは正しく悪者である。

「はは」

 笑うしかない、という状況を実体験してしまった。
 そしてジノア隊長の恋は、かなりの信憑性が高まってしまった。

 さて、どうするべきか。
一部、呼び名の誤表記を改めました。
ご指摘ありがとうございます!!


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