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召喚前夜編8
「イチロー・フォン・タナカ辺境伯。汝は、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌを妻とし、これを永遠に愛する事を誓いますか?」

「はい、誓います」

「カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。汝はイチロー・フォン・タナカ辺境伯を夫とし、これを永遠に愛する事を誓いますか?」

「はい、誓います」

 トリステイン王国の首都トリスタニアにある王城の王座の前で、イチローとカトレアは、多くの参列者達の前で、ロマリアから派遣されて来た神官の前で結婚の誓約を行う。

「イチロー・フォン・タナカ辺境伯とカトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌとの結婚が、両国の間に新しい絆となる事と祈りつつ、これをお祝いの言葉とさせていただきます。お二方とも、ご結婚おめでとうございます」

 続いて、アンリエッタ王女が二人に祝辞を贈るのだが、その表情は少し緊張しているようであった。
 大貴族達の横槍で引き受けた結婚式であったが、これほど大規模な結婚式で、多くの各国からの参列者達の前で祝辞を読むという事は、これは一種の政治的な行事であり、父王亡き後、国王位の空位が続くトリステインの政治をアンリエッタ王女が引き継ぐという事を、国内外の貴族達に印象付ける結果となっていた。

「続いて、指輪の交換を」

 イチローは、無人艦隊で太陽系中から採掘して来た宝石の中から最高品質のダイヤモンドを選び出し、それとプラチナの台座を組み合わせた指輪をカトレアの指にはめる。
 すると、その指輪のあまりの高品質ぶりに、参列者の女性達から溜息が漏れていた。
 それと、デザインの良さもだ。
 数百万年分の、ありとあらゆるファッション関係を含む各種の文化的なデータを蓄積している関係で、それをタナカブランドとして少しずつ世間に放出しているイチローの領地は、ハルケギニアの最新文化発信地としても有名になりつつあった。
 他にも、データを参考にするだけでは駄目だという事で、新しい人材も発掘し、貴族や王室などのパトロンの援助を受けられない多数の芸術家の卵達を援助していた。
 これは、多分財政的にみると大幅な赤字ではあったが、成り上がりのタナカ辺境伯の箔を付けるためには、こういう事も必要であったのだ。

「続いて、誓い口付けを」

 イチローとカトレアはそっと口付けをするが、その様子を見て機嫌を急降下させている人物がいた。
 カトレアの妹であるルイズであった。

「ちいねえさま、せっかく病気が治ったのに……」

 不治の病で、一生外にも出られないと思っていたカトレアが元気になった。
 とても嬉しかったのだが、それがあの馬の骨貴族との結婚とセットだと思うと、素直に喜べないでいたのだ。
 更に、ルイズの機嫌を急降下させる会話が、同じ式に参列している貴族達から聞こえる。

「ヴァリエール公爵は、とても上手くやりましたな」

「ええ、病気で役立たずだった娘を、あのタナカ辺境伯に押し付ける事に成功したのですから」

「それだけではない。何でも来週には、タナカ辺境伯領とヴァリエール公爵領とを直接繋ぐ、空中船の定期航路が出来るとか。あんな年増の病気女一人で」

 ルイズは腹が立っていたが、彼らに何かを言う事はできなかった。
 陰口を叩いている貴族達は、ガリアから招待された貴族達であったので、下手に喧嘩になると国際問題になってしまうからであった。
 それに、彼らの言っている事は、あながち間違っているわけでもなかった。
 今年二十三歳のマチルダが、既に《嫁き遅れ》だと世間からは認識されているように、今年二十四歳になるカトレアも、当然周囲からは同じように思われている。
 なので、『このような良縁にありつけたのは奇跡だ』と周囲の貴族達からは思われていたのだ。
 それと、この世界の女性の地位が、全体的に低いという事情もあった。
 男性貴族の妻や娘だから貴族という女性は多かったが、自身が貴族という女性は、本当に極少数であったからだ。
 大半の女性は、貴族の家に生まれると、その家のためにどこに嫁に行くか? という状況に追いやられる。
 更に、嫁いだ先で子供が産めないとなると、途端に扱いが悪くなって、下手をすると実家に戻される事すらあった。
 家の存続のために、他の家から子供の生める新しい女を迎え入れる必要があったからだ。
 ただし、これには一つだけ例外があり、その例外が、今ルイズが通っている魔法学院で恋愛をして結婚を約束する事であった。
 どういうわけか、これに関してはどんな大貴族でも口を出してはいけないという昔からのルールがあったのだ。
 
 ただ、カトレアは体が弱かったので魔法学院には通っていなかったし、一応はラ・フォンティーヌ家の当主ではあったが、これは彼女一代限りだという事で、王室から特別に許可を貰っているものであった。
 当然、結婚をする際に分け与えられた領地は、ヴァリエール公爵領に戻される事となったのだが、ここでヴァリエール公爵は一つの知恵を働かせていた。

『カトレアも、貴族の家の娘だからわかっていよう。子供が産めなくて、実家に戻される事もあるのだ。なので、旧ラ・フォンティーヌ領の管理を、そのままカトレアに任せて給金を払う事とする』

 勿論、給金を貰う以上はきちんと管理をせねばならず、カトレアが真面目に管理をしていたら、新婚早々なのに夫婦すれ違いの生活となってしまう。
 結果、旧ラ・フォンティーヌ領は、イチローが管理をする事となっていた。
 ゲルマニアとの国境地帯ではなく、比較的トリスタニアに近い領地では、空中船の発着する港とそれに付随する町の建設が始まっていて、他にも新しい農地の開拓や、河川の治水工事や、街道の整備、イチローの領地で行っている産業の下請け工場の建設、新しい治安維持用の警備隊の編成などが行われ、どちらかと言うと鄙びた農村地帯であったラ・フォンティーヌ領は、空前の特需に沸こうとしていた。
 そして、それをただ自分の領地で真似だけすれば、大きな利益が得られるヴァリエール公爵。 
 いや、管理をしているだけなので、旧ラ・フォンティーヌ領は法的にはヴァリエール公爵の物であり、いつでも取り戻す事が可能であった。
 カトレアへ渡す給金など、上がってくる利益に比べれば小銭にも等しい物であったのだ。

 そして、これらの事実を全て含んでの、上の貴族達の陰口であった。

「では、これより披露パーティーの方に移りたいと思います」

 マザリーニ枢機卿の言葉によって無事に式は終了し、次は王家主催の結婚披露パーティーが始まる。
 王城の中庭での立食パーティーが行われ、トリスタニアの町でも、今日に合わせて町中を掃除して飾り付けをした平民達に対する慰労の意味を込めた祭りが開催されていて、全ての食事と酒が無料で大量に放出されていた。




「アニエス隊長、こんな日に仕事なんてついてないですね」

「全員が酔っ払いでは、格好が付かないからな」

 町の警備に借り出されている、女性の平民出身者が主体の、アンリエッタ王女直属の部隊である銃士隊の隊長アニエスは、こんな日に仕事をする羽目になってぼやいている部下と一緒に、町の警備を真面目にこなしていた。
 



「あの時のお客さんが、タナカ辺境伯ねぇ。全然貴族に見えない人なのに」

「あら、あの時にお誘いを受けていれば良かったわ」

「お父さんは、誘われてないって……」

 本日は臨時休業の、チクトンネ街にある大衆酒場兼宿場《魅惑の妖精亭》では、ジェシカとスカロンの親子が町の人達に料理やお酒を渡しながら、自分達もお祭りを楽しんでいた。




「やあ、おめでとう。お二人さん」

 そして、場所は王城の中庭へと戻り、イチローとカトレアが式の参列者達に順番に挨拶に回っていると、そこに一人でフラフラとしていたハインリッヒと出会う。

「あれ? 我らの主君は、一緒じゃないのか?」

「あれでも皇帝だから、色々と挨拶に回らないと行けないのさ」

 それでも、自分達で式を行うよりは遙かに楽という事で、アルブリヒト3世は、久々の外遊を楽しんでいるようであった。

「それで、ウェールズは?」

「あそこに、決まってるじゃない」

 マチルダとテファを連れたウェールズは、アンリエッタ王女と楽しそうに話をしていた。
 多分、明日の式の打ち合わせも兼ねてだと思われるが、決してそれだけでは無いのも事実であった。
 
『アンリエッタとウェールズは、デキている!』

 これが、イチローとハインリッヒの共通した認識であった。

「あの、あなた。私、ルイズの元に行きたいのですが……」

 一通り、参加者達への挨拶を済ませたイチローとカトレアは、カトレアの発案で彼女の妹であるルイズの元へ行く事にする。
 イチローとしては、ルイズは少し苦手な部類に入る女の子だったのだが、『ひょっとしたら、魔法学院の同級生に期待のルーキーがいるかもしれない』と思って、カトレアに同行する事にしたのだ。

「ルイズ」

「ちいねえさま!」

 ルイズは、貴族の子女達という事で招待状が出ている魔法学院の生徒達と一緒にテーブルで食事を取っていた。

「おめでとうございます」

 ルイズは満面の笑みを浮かべながら、カトレアだけにおめでとうの挨拶をしていた。
 スルーされたイチローは少し悲しかったが、自分は大人で相手は子供だと思って、なるべく気にしないようにしていた。

「(やってくれるな。このちんちくりん)」

 ただし、考えている事は非常に大人気なかった。

「今までに食べた事も無い料理が一杯出ていて、どれを食べようか迷うなーーー」

「どうせ全部食べるのだろう? マリコルヌは」

「うるさいな。レイナールは」

 そしてルイズの周辺では、出された料理を大喜びで食べるマリコルヌという太目の少年と、それを呆れたように見つめる眼鏡が特徴的なレイナールという少年がいて、イチローとカトレアは彼らとも挨拶を交わす。
 
「これは、わざわざのお来し痛み入ります。私は、グラモン伯爵の四男で、ギーシュ・ド・グラモンと申します」

「モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシです」

 続いて、バラの形をした魔法の杖と胸の開いたフリフリの付いたブラウスが特徴の、せっかくの美形が台無しのグラモン元帥の息子と、縦ロールの金髪が特徴の、モンモランシ伯爵家の令嬢であるモンモランシーという少女とも挨拶を交わすと、今度は何とも比対称的な二人組を発見していた。
 
 燃えるような赤い髪と瞳と褐色の肌が特徴の、カトレアをも上回る凶悪な二つの頂を有しているグラマラスな女性と、青い髪と瞳を持つ小柄で細身の少女であった。

「始めまして、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申します」

「イチロー・フォン・タナカ辺境伯です。ツェルプストーのお嬢様ですか。お父上とは、面識がありましてね」

 イチローは、キュルケの父親であるツェルプストー辺境伯とは面識があり、その燃えるような赤い髪と褐色の肌に見覚えがあったのだ。

「父とは、大変に懇意にしているそうで?」

「先輩だからね」

 ツェルプストー家は、ゲルマニアでも有数の歴史が古い大貴族家であり、イチローは成り上がりの自分がいきなり同じ辺境伯になったので、軽く嫌味でも言われるのかなと思ったのだが、ツェルプストー辺境伯はそんな事は一切気にせずに、まだゲルマニアの宮廷に不慣れであるイチローに、色々と助言をしてくれたりしていた。
 海を挟んで領地が隣同士という事で貿易なども盛んで、その利益を含めての友好的な態度だとは思うが、ヴァリエール公爵家といい、ツェルプストー辺境伯家といい、長年名家を保ってきた貴族というのは、やはり一味違うなと感じるイチローであった。
  
「ところで、隣の子は?」

「タバサ」

 イチローは、ただ一言名前だけを言ったタバサの無愛想さに驚きつつも、彼女の正体については既に情報を得ていた。 
 ガリアでも人集めをしている関係から、彼女が暗殺されたオルレアン公の娘であるシャルロット姫である事を知っていたのだ。
 
「よろしく、タバサ」
 
 ただし、その事はタバサ本人が黙っているので、イチローはそれをみんなの前で公表しようとは思っていなかった。

「ところで、タバサは何歳なのかな?」

「十五歳」

 どうやら、彼女はルイズよりも一歳年下のようであった。
 
「そうか……。なら、まだ希望はあるな。希望を大きく持つんだよ!」

 タバサは、まさかイチローが自分の体の成長具合について言っているものだとは思わず、自分の境遇と母親の事について慰めているのだと、大きく勘違いをしていた。
 父であるオルレアン公の暗殺直後、パーティーの席でジョゼフ王の息のかかった貴族に、精神を病む毒入りの飲み物を進められ、それを代わりに飲んで精神を病んだ母。
 それ以来、オルレアン公の領地はガリア王家に没収され、精神を病んだ母は家紋に不名誉印を刻まれた屋敷で、人形を自分の娘だと思って暮らしている。
 
 英邁で有名な上に、今までに何度も情報を得ようとしてイチローの領地に諜報員を送り込むものの、誰一人として碌な情報を持って帰って来れないほどの、優秀な防諜組織を持つイチローの事だ。
 多分、自分の事など全てお見通しなのであろう。
 だが、タバサは、逆にイチローに期待している部分もあった。
 ジョゼフ王とその娘であるイザベラ王女の情報収集工作を何回も失敗させ、前者をその手強さから歓喜させ、後者のヒステリーを増大させているイチローに、大きな期待をしていたのだ。
 それに、自分の母親の事もある。
 あの精神を病ませる奇妙な薬は、今までにどんなポーションを投与しても治らなかったが、イチローの隣にいるカトレアは同じく治療不可能と言われていた病を、イチローの領地で完治させている。
 期待しない方がおかしかったのだ。

「希望を持つ」

「そうだ、希望を持つんだ(ルイズみたいに、ペッタンコのままでいるなよ)」

 タバサは、期待はしていたが、今はイチローとの過度な接触を避けようとしていた。
 今回の結婚式には、ガリア王ジョゼフの代理人としてイザベラ王女が出席をしていて、タバサとイチローの動きを秘かに観察していたからだ。
 魔法の才能に乏しいイザベラではあったが、タバサは彼女のその父親譲りの政治的才能を決して侮ってはいなかった。
 ここは、普通に魔法学院の生徒として対応すべきであった。

 タバサとの話を終えたイチローは、ほぼ全ての魔法学院の生徒達に声をかけていた。
 彼らは、次世代のトリステインや各国の政治を行う未来の支配者達であったので、今の内に顔見知りになって損は無かったからだ。

 トリスタニア全体で行われた豪勢な結婚式一日目は、こうして無事に成功裏に終了したのであった。







「結婚式二日目だ」

 昨日に引き続き、トリスタニアの王城ではイチローとマチルダの結婚式が行われる事となっていたが、今日の式は昨日とはまるで様子を変えての式となっていた。
 色々な力関係や式を仕切るトリステインの財政状況などから、昨日のような町を挙げてのという式は行わなかったのだ。
 だが、ただ規模を縮小しただけの結婚式では、マチルダを押すウェールズ皇太子の顔に泥を塗る事となり、それは政治的にも良く無いと思われたので、規模よりも質という事での決着が図られていた。

「ふーーーん、変わった衣装だね。東方のかい?」

「まあね」

 普通にロマリアから招待した神官による式を終えた後は、『タナカ辺境伯の出身地での結婚式のやり方だ』と言って、白無垢角隠し姿のマチルダと、紋付袴姿のイチローという組み合わせで披露宴を行っていた。

 昨日立食パーティーが行われた中庭の会場では、イチローの領地から動員されたメイジや技術者によって、屋根付き畳敷きの会場が僅か数時間で建設され、床の間には掛け軸やら活花やら高価な壷や置物が置かれ、アンドロイドの雅楽隊が曲を演奏し、料理は会席料理のフルコースで、他にも天麩羅を揚げたりソバを打ったりする料理人も置かれと、珍しい物好きの貴族達を大満足させる披露宴となっていた。

「なるほどね。参加する貴族達の度肝を抜いて、双方の印象に差を付けないか……」

 ウェールズは、打って貰ったソバを慣れない箸で食べながら、イチローのアイデアに一人感心していた。
 そして暫くすると、二人は東方の結婚式の時の習慣だという三々九度の杯の儀式を行い、その儀式に宗教性がある事など知らない貴族達は、面白い物が見れたと言って喜びの声をあげていた。

「新婦のお色直しの時間です」

 続けてイチローは、ネオニシジン織の高級着物に着替えたマチルダと一緒に、昨日式を挙げたカトレアの元へと移動する。
 すると、彼女もイチローから贈られた着物を着て二人を待っていた。

「そちらの式の方が、面白そうですね」

「カトレアの式は、豪勢にやらないと行けなかったんだから我慢しな」

 ところが、式の規模はマチルダの方が圧倒的に小さかったのだが、費用はと言われるとさほどその金額に差は無く、マザリーニ枢機卿を泣かせる原因ともなっていた。
 そこで、色々と必要な物資を安く売ってあげたり、いくつかの技術を格安でトリステイン王家に売却したりして、なるべくマイナス幅が小さくなるようには調整はしているイチローであった。
 そして、そのお陰なのか?
 マザリーニ枢機卿は、その事を伝えると歓喜の涙を流しながらイチローに感謝の言葉を述べていた。
 どうやら、本当に財政的に危険な状態になっていたらしい。

「婿殿、二日続けて結婚式とは、色々と大変だな」

「これが終わったら、明日からは新婚旅行ですよ」

「新婚旅行とは?」

 イチローは、結婚した夫婦が式の直後に二人で旅行に出かける風習が自分の故郷にはある事をヴァリエール公爵に教える。

「東方には、そんな気が利いた風習があるのか。ところで、君に紹介したい人がいてね」

 そう言うと、ヴァリエール公爵は三十歳前くらいに見える、貴族らしい髭を生やしたバーガンディ伯爵と、二十歳代半ばくらいに見える口髭が凛々しい長髪の美男子であるワルド子爵をイチローに紹介していた。
 
 バーガンディ伯爵は、王国軍の優秀な軍人としてヴァリエール公爵の覚えも良く、そのおかげでエレオノールの婚約者となったらしいのだが、イチローにしてみれば、それは一生をかけた罰ゲームに等しいご褒美であった。

 一方のワルド子爵は風のスクウェアメイジであり、僅か二十六歳でトリステイン王国に三つある魔法衛士隊の一つ《グリフォン隊》の隊長に就任しているエリートであった。
 
 美形でエリート。
 イチローにとっては、敵となる予定の人物であった。
 ちなみに、ワルド子爵とルイズは親同士が決めた婚約者らしいのだが、その点に関してだけは、イチローはワルド子爵に心から同情していた。
 この時代、いくら年齢差のある夫婦など珍しくも無いとはいえ、あんなちんちくりんの婚約者では、ワルド子爵が絶対にロリコン扱いされてしまうであろうからだ。

「タナカ辺境伯、御噂はかねがね」

「ただの田舎貴族ですよ」

 ワルド子爵とイチローの挨拶は、極めて儀礼的な物となっていて、お互いに差し障りの無い挨拶を交わすとそこにルイズが現れ、ワルド子爵の関心はルイズへと向かったいた。

「ワルド様!」

「やあ、久しぶりだね。僕の可愛いルイズ。君は、まるで羽のように軽いね」

「(そりゃあ、女として必要な部分が一切無いからな)」

「タナカ辺境伯、何か仰いましたか?」

 ワルド子爵に抱え上げられているルイズには、イチローの言った独り言が聞こえたらしく、ワルド子爵に見えないように般若のような形相をイチローに向けていた。

「いや、別に……」

 その後、二日目の式も無事に終わり、参加した貴族達には大吟醸の日本酒のセット、日本各地の焼き物や工芸品のセットなど、イチローが日系人という事でそうなった特産品などが大量に引き出物として渡され、今日は普通に生活をしているトリスタニアの平民達にも、和菓子などの記念品が手渡され、短いようで長かった祭りはようやくに終了の時を迎えるのであった。

 そして、その日の夕方の帰りの小型空中船の中では……。

「あのワルドという男は怪しいな……」

 船の個室の中でフィアナからの最新の報告書を読んだイチローは、ルイズの婚約者であるワルド子爵という男に警戒感を抱き始めていた。

「どうして怪しいんだい?」

「ヴァリエール公爵の誘いを断ったらしい」

 ヴァリエール公爵は、自分の領地で今行っている数々の新しい経済政策に、自分の娘の婚約者達も参加させようとしていた。
 すると、バーガンディ伯爵は諸手を挙げて賛成して、すぐに担当者を送ると言って来たらしいのだが、ワルドは子爵は、『今は、グリフォン隊の任務で忙しく、適当な担当者もいないので』と断りを入れて来たとの事であった。

「ワルド様は、任務に忠実でいらっしゃるから」

 カトレアは、十年前に父親が戦死してから弛まぬ努力を重ねて今の地位を得たワルド子爵の事を知っていたので、本当に領地に感けている時間が無いのだと思っていた。

「いや、それはないね」

 カトレアの意見に、マチルダはすぐに反論をする。

「貴族にとっては、領地の経営は何よりも大切な物なんだ。足元が覚束ないで、どうして王城での任務に集中できるんだい?」

 それに、子爵ともなれば、王城に居れば色々な付き合い等も発生する。
 いくらグリフォン隊の隊長が顕職でも、その給料だけではやっていけないほどの出費が発生するのだ。
 なので、王城で役職を持っている貴族ほど、実は領地の経営状態を物凄く気にするし、役職を持っているからこそ、見栄を張って借金までしているグラモン元帥のような人物も存在していたのだ。 
 
「では、どうして?」

「領地内に、探られると困る事でもあるんじゃないのかい?」

 イチローやヴァリエール公爵と一緒に新しい経済政策を始めるとなれば、それなりに領地の中の事を曝さなければならない。
 マチルダは、ワルド子爵がそれを嫌って参加を断ったのだと思っていた。

「それは、フィアナに任せるとして、俺達は明日から新婚旅行だ」

「あの、どこに行くんです?」

「あの二つの月にさ」

 イチローは、夜空に浮かぶ二つの月を指差す。

「イチロー、私達を担ぐんじゃないよ」

 カトレアとマチルダが、イチローの言った言葉が冗談でない事を知るのは、明日の朝の事であった。
 






「では、ご案内」

「ご案内って、ここはヤマト島じゃないか」

 ヤマト島は、イチローが最初に上陸して拠点を建設した島であったが、今では上物はタナカ辺境伯家の別荘として、地下やその近辺の海底は無人潜水艦隊の基地や無人ドッグなどの、つまりはここさえ維持できていれば、すぐに復活可能な施設を大量に隠した最重要拠点となっていた。
 
「実は、地下室があるんだよ」

 公式的には、地下など存在しないはずのヤマト島の屋敷には、書斎から降りられる地下基地への入り口が存在していた。
 イチローが、自分とフィアナ達アンドロイド達にしか開けられない地下への扉を開けると、その始めて見る超科学的な作りに、カトレアとマチルダは驚きを隠せないでいた。

「これも、魔法なのですか?」

「カトレア、詳しい話は後でするから」

 続いて、地下二千メートルの最深部にある物質転送装置まで大型エレベータで移動した三人は、その装置を使って赤い月にある宇宙艦隊司令部にまで移動していた。
 二人は、初めて見る圧倒的な光景に言葉がでなかった。
 全長が三キロメートル以上もある、無人の統括旗艦ヤマトの勇姿や、その護衛をしている、小さいとは言っても全長一キロメートルを超える無人の駆逐艦隊。
 それに、赤い月の軌道上に固定されている全長十キロメートル以上の大きさの、巨大な無人工廠を兼ねた工作ドッグ艦など、全て赤い月の司令部にある巨大スクリーンからの映像であったが、二人を驚かせるには十分であった。

 そして、更に彼女達を驚かせる物があった。
 青く輝く、自分達が住んでいる惑星(地球?)の姿を初めてこの目で観察したからだ。

「さて、俺の本当の正体を明かそうか」

 イチローは、次々と凄い物を見せられて何も言えないままの二人に、半日近い時間を使って自分の正体を話し始める。
 全く別次元の、既にこの星の海を開拓し尽した、魔法とは違う科学が力を持った世界で艦隊司令官をしていた自分。
 そして、作戦中に異世界へと飛ばされ、そのままここに定住するしか無くなった自分。
 更に、フィアナ以下の子飼いの部下達が、アンドロイドというこの世界ではガーゴイルと呼ばれる存在の究極の形である事など、イチローは、話せる限りの話を全て彼女達に話していた。

「さて、どうする?」

 全てを話したイチローは、二人にこの一言だけを問う。

「どうするとは、どういう事でしょうか?」

「世界を全て征服して、二人を女王様にしてもいい」

 そんな事は赤子の手を捻るよりも簡単な事であり、イチローは二人が望むならそれを実行しても良いと考えていた。

「私は、今のままでいいです」

「私も、女王様なんて柄じゃないからね」

 二人は即答で、イチローの提案を拒否していた。

「意外と欲が無いんだね」

「それは、あなたもですよね?」

 カトレアの言う事は正しかった。
 もし、本当にイチローに野心があるのなら、最初からこの大戦力を持ってハルケギニア全土を占領していれば良かったからだ。
 無人の土地を開発して貴族になるなんて事は、どう考えても遠回りの策でしかないと思うカトレアであった。

「私も、カトレアの意見に賛成だね。それと、こうも思ったんだ。人が野心を抱く時ってのは、その達成過程も大切なんじゃないかって。一人の人物が苦労しながら部下を募り、多くのライバルを蹴散らしてその結果天下を手にする。でも、イチローにはそんな事は必要ない。ただ、フィアナ達に命ずればいい。だから、意味が無いんだろう?」

「正解」

 イチローが、世界制服をしない理由はただ一つ。
 一言命じればすぐに簡単に出来る事を、わざわざする意味を感じなかったからだ。 
 それに、世界を征服するという事は、その征服した世界をちゃんと管理しなければならない。
 だが、そんな面倒な事は御免蒙りたいというのが、基本的に物臭なイチローの本音であった。

「でも、どうしてそれを私達に話すのですか?」

「そりゃあ、俺の死後にここを管理するのが、二人の子供になるからだ」

 イチローには寿命があり、ここの設備がその寿命の内に朽ち果てる事は絶対に無い。
 資源さえ一定数供給されていれば、これらの設備はほぼ永遠に稼動し続ける。
 というか、フィアナ達が永遠に維持し続けるので、イチローの死後に、ここを管理する人間が必要となるからであった。

「俺の死後に、前の世界から軍の将官クラスの人間が来れば指揮権は移譲されるが、移転前に軍籍簿に将官以上で記載されていないと無視される。それに、俺のように飛ばされてくる可能性はほぼ無いそうだ。という事は、カトレアかマチルダの子供が跡を継ぐ事となる。フィアナには、カトレアの子供を上位継承者として伝えてあるから、マチルダの子供は副将という事になるかな」

「一つだけ聞いていいかい?」

「どうぞ」

 マチルダは、先ほどから疑問に思っていた事をイチローに質問する。

「これほどの力があるのなら、吸血鬼やエルフのように長寿になったりしないのかい?」

 マチルダは、変に管理者の代替りをさせるくらいなら、『イチローが、ずっとこれらの設備を管理すれば良いのでは?』と思っていたのだ。

「俺は、不老化処理はされているけど、生きれても最高で百八十年ほどだ。永遠は不可能だね」

 イチローの時代の人は、平均寿命が大体百五十年から百六十年ほどであった。
 大抵の人は子供の頃に不老化処理を受けて、二十歳代半ばくらいまで成長したら、あとはそのままの容姿で百三十年ほどの年月を生き、その後は徐々に年を取っていく。
 ギネスブックの最高齢者が確か百九十歳くらいなので、普通に考えれば百八十歳くらいが限界であったのだ。
 
 それと、不死の研究も以前は盛んであったが、そちらの方は既に研究がストップしている状態であった。
 今までの脳内の記憶を全てメモリーに写し、自分の遺伝子を使って培養した新しい体の脳に移植をする。
 ここまで研究は進んでいたのだが、実際にそれを行った人は全て命を落す羽目になっていた。
 なぜなら、人間に必要な魂を他の体に移す作業に失敗して、そのまま二度と目を開ける事が無かったからだ。
 どんなに科学が進んでも、実在する事だけは確認できた魂をどうこうする事は、人間の手には余る。
 これが、百万年以上研究を行ってきた科学者達の結論であった。

 次に、発想を転換して老化した体のパーツを次々に移植交換していく方法が研究された事もあった。
 これは比較的上手く行ったのだが、同じくある壁にぶち当たっていた。
 それは、本来の寿命の何倍も長く生きる事に、人間の精神が耐えられなかったのだ。
 大体二百年を境に、脳がパンクして狂人となったり、精神を病んで生きる屍となる者が続出して、当時大きな社会問題になっていたのだ。
 いくら超科学を誇る文明でも、魂と同じく人の精神はまだ完全に解明されておらず、結果人間の寿命は、不老処置を施して二百年以内が限界という結論に達し、それに納得の行かない国家や科学者達は、更に無謀な挑戦を繰り返して新たな悲劇を生むという歴史を、イチローが生まれる二千年くらい前まで繰り返していたらしい。
 だが、今となっては、銀河の人々はそこまで生きる気力を失っていて、今では不老処理すら拒否して普通に人生を送る人々が、ナチュラリストとして一部で賞賛されたりしている有様であった。

「あんまり進化するってのも考え物なんだね」

「そうですね」

 イチローから全ての事情を聞いたマチルダとカトレアは、少し複雑な表情をしていた。

「なあに、ここはまだ二百万年以上の猶予があるさ。ところで、せっかくの新婚旅行だけど、お勉強をして行くかい?」

 お勉強とは、睡眠学習などを併用して半年も真面目に勉強すれば、二流とはいえ大学を出て軍に四年以上奉職しているイチローの、四分の一くらいのスキルを獲得できるという事であった。

「そういうのは、生まれて来る子供に任せるよ。それよりも……。ねえ、カトレア」

「そうですね。私達としましては、普通に女性として不老の方に興味がありますね」

「やっぱり?」

 『二人共、そういう部分はやっぱり女性なんだな』と思ったイチローは、二人の妻達と同じ時を生きるために不老手術の準備を行う事とする。
 とは言っても、特に大規模な手術とかをするわけではない。
 無針無痛注射で、老化物質の発生を押さえて細胞の代謝を活性化させるナノマシンを注射するだけであった。

「これだけなのですか?」

「これだけ。でも、副作用はあるよ」

 体内に入ったナノマシンが活発に活動を行い、更に数が減らないように増殖を繰り返す関係で、基礎代謝カロリーが二倍以上に上昇するので、よく食べないとすぐにガリガリに痩せるという欠点を有していたのだ。

「今までの二倍食べるのかい?」

「これの導入当初は、『簡単にダイエットが出来る』って事で大人気だったんだよね」
 
 ところが、食べないと本当に病的なまでに痩せてしまうので、イチローの時代の女性雑誌には、『こんなに量が少ないのに、高カロリーな料理特集』とか、『激高カロリーデザートを出すお店特集』とか、『これで迷わない。一日五食、一ヶ月メニュー』などの、遙か昔の人達が見たら卒倒しそうな記事が沢山書かれていた。

「でも、いいじゃない。マチルダって、甘い物が好きだし。太らないように、今までウェールズとハインリッヒを虐めてたんでしょう?」

 最近、例の無人島で部隊の訓練を行っているウェールズとハインリッヒは、自身の魔法の特訓の際に、マチルダの巨大ゴーレムに追い回される事が多くなっていて、訓練の途中で休憩をしている部下達の格好の暇潰しの材料となっていた。

「イチロー、一度その認識を改めて貰おうかね? 私は、二人が暗殺でもされないようにと親切でやっているんだから」

 本当にそうなのか疑問は残ったが、二人の不老処置を終えたイチローは、新婚旅行本番へと出かける事にする。
 まずは、二つの月の各施設を見学し、その日は久しぶりに訪れた別荘に宿泊。
 翌日は、別荘前のプライベートビーチで日の光に当たってから(まだ春なので泳げなかった)、近くの港に置かれているクルーザーで周辺の景色を見て回ったり釣りをして楽しんでいた。

「こういう事をしていると、本当に貴族になったような気がする」

「二つも星を持っている男の言うセリフじゃないね……」

 ところが、マチルダの言っている事は間違っていて、本当は既に無人艦隊を周りの惑星に派遣して、ここがパラレルワールドの太陽系である事を確認していたので、水星から海王星までの惑星や、その他衛星や小惑星などにも無人艦隊専用の基地や資源開発基地などが建設され、非公式にではあるがイチローの領有となっていたのだ。

「ある意味、太陽系を統一した男だな。俺は」

「他に知っている人は、ここにいる二人だけですけどね」

 カトレアは、こんな子供っぽい事を言うイチローの事が結構好きであった。

「ところで、秘密を共有する事になるけど大丈夫?」

 二人は、家族にも言えない究極の秘密をイチローと共有する事になるので、その辺は大丈夫なのか少し心配になって来ていたのだ。

「私は、母が言った通りにあなたの妻ですから、一緒に秘密を共有します」

「一緒に、墓まで持って行こうじゃないか。ウェールズやハインリッヒが、これを見て狂うってのも後味が悪いからね。せいぜい、一生騙し続けてやるよ」

 最近、一人で秘密を保ち続ける事に少しストレスを感じていたイチローは、二人の答えに素直に感動していたが、ここで余計な事を言うのがイチローらしいと言えばらしかった。

「そういう騙す系って、マチルダとか得意そうだよね?」

「……」

 イチローは、マチルダの魔法で作られたゴーレムの拳に殴られて意識を失いかけるのであった。





「これが、太陽……。火のスクウェアメイジの呪文にすると、何人分かしら?」

「天文学的な数字だと思う」

 二日ほどで二つの月を見て回った三人は、今度は足の速い無人駆逐艦に乗り込み、そのまま太陽から太陽系の端まで小宇宙旅行を楽しむ事とし、カトレアは初めて間近に見る巨大な太陽に、一人感心し驚いていた。

「これが、火星ですか」

 ハルケギニアでも、火星の存在は確認はされていたが、それが自分の達のいる大地と同じ丸い形をしている事に気が付いている人はほとんど存在しなかった。
 いまだに、始祖ブリミルが光臨したこの大地こそが全ての中心であり、その周りを太陽や月や他の星々が周っていると言う天動説が主体で、しかもこの大地は半球状になっていて、海の果に行くと落ちるなどという事がまともに信じられていたので、幼い頃からそう教わって来たカトレアやマチルダからしたら、宇宙の景色は驚きの連続であったのだ。

「ここも、テラフォーミングしてから開拓すると、人が住めるんだよね」

「ここも、ハルケギニアのようになるのかい?」

「なる。技術的には、十分に可能だ」

 火星を越えた一行は、見えてくる木星の大きさに驚いてから次の土星へと向かう。

「土星って、輪っかがあるんだね」

「ああ、そうか。ハルケギニアの望遠鏡じゃあ、輪が確認できないのか」

 ハルケギニアでも土星の存在は確認されていたが、その年によって見え方が変わるので、『土星は一つではなく三つの星の集まったものです』とか、『土星には耳がある』とか、その正体が謎に包まれている星であった。
 
 そして小宇宙旅行は海王星を超え、冥王星を含むエッジワース・カイパーベルトという海王星軌道より外側にある天体が密集した穴の空いた円盤状の領域や、その外側にある散乱円盤天体などの天体や小惑星群など、様々な宇宙の神秘を観察するカトレアとマチルダであった。

「それで、ここが宇宙の果てかい?」

「いや、この太陽系は、銀河系という約三千億個の恒星を有する渦巻状の星団の極一部だから。ああ、恒星ってのは、太陽みたいな星の事ね」

「えっ! つまりは、これがあと三千億個もあると?」

「そういう事」

 イチローの説明に、カトレアとマチルダは絶句してしまう。

「それに、宇宙はまだ膨張を続けていて、銀河系もいくつあるのか、まだ正確にはわかっていないんだよね」

 そんな、マチルダとカトレアには想像も付かないような広い星の世界を、たった一人で艦隊を率いて戦っていたイチローだからこそ、変に人との縁を大切にしたり、己の縄張りである領地さえ守れて、人よりも少し贅沢に暮らせれば良いと考えていて、更にイチローは、野望にはキリが無い事に観念的に気が付いているのだと、二人は思ったいた。

「私は頭の古い人間なので、そういう事は、遠い未来の子孫に任せたいと思います」

「同感だね。面白い物が見れて良かったけど、私は地に足を付けていた方がいいね」

「じゃあ、ちょっと寄り道してから帰るか」

 三人は小宇宙旅行を終わらせると、そのまま月にあった降下用の特殊舟艇で最近発見して領土化した、前の世界で言うところのカリブ海の大アンティル諸島(キューバ、ハイチ、ドミニカ共和国、ジャマイカ、プエルトリコ)に寄る事とした。
 ここはなぜか無人で、特に害のある亜人などもいなかったので、そのまま開拓をしてから移民を開始し、砂糖、ゴム、コーヒー、バナナなど南方産の果物の大規模農業と、ステンレスの材料となるニッケルと、アルミニウムの材料になるボーキサイトが発見されたので、それらの採掘が主産業の島となっていた。

 ちなみに、隣の新大陸には、多数の部族に分かれた土着のネイティブアメリカンに似た人々がいたが、彼らは精霊魔法と呼ばれるエルフの先住魔法に似た強力な魔法を使えるので、下手に手を出す事は止め、油田開発の許可だけを交渉で貰い、採掘した原油の量と比例した物品を物々交換で彼らに渡す事としていた。
 彼らに人気があるのは、各種調味料、穀物類、陶器、磁器、絹の織物、宝石、ハルケギニアの言葉で書かれた書物などで、他にも近くの領地で材料の採掘を開始して精製を始めたアルミニウム製の食器や、錆びないステンレス製の刃物や、刀剣・鏃・農具なども人気であった。
 それと、最近原油を使ってナイロンの製作も始めていたので、これも彼らに渡す予定であった。
 ただし、これらの技術は、現状のハルケギニアではオーバーテクノロジーであったので、ブラックボックス化した工場での生産のみとなっていた。

「『ここが聖地です』とかロマリアの教皇が言ったら、遠征軍は上陸した途端に全滅だね」

 人口は少ないものの、ほぼ全員が強力な精霊魔法を使う現地の住民達に、マチルダは恐怖していた。

「だから仲良くしているんだよ。それに、ハルケギニアの国家群が外の国と普通に外交をするなんて、まだ百年単位の時間がかかる。今は、うちが交易で儲けて利益を各国に分配すればいいさ。足がかりは、《コンゴウ諸島》に築いたわけだし」

 イチローの領地で建造した船以外では、これらの島々や大陸は遠過ぎたので、ハルケギニアの人間がコンゴウ諸島と隣の新大陸に注目できるのは、もう少し先であろうとイチローは思っていた。
 それに、彼らの注目は、どちらかと言うと東方に向いていたので、こちらは全くのノーマークであったのだ。

『南方原産の作物と、一部鉱物資源を産する小さな西方の出先の島々』
  
 これが、アルブリヒト3世向けの、この新領土に対する報告書の中身であった。
 更に、新大陸の方もエルフを連想させる住民達なので、イチローの交易手段はアルブリヒト3世に支持されていた。

「長いようで短かったのか、その逆なのかわからないけど、我々の屋敷に戻りますか」

「そうだね。色々あったけど宜しく、イチロー」

「私の方も、よろしくお願いします。旦那様」

 こうして、秘密を共有する仲になった三人は、迎えに来た空中船ナガトに乗って、自分達の領地へと帰還するのでった。


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