エピローグ
「大銀河連邦共和国軍連合艦隊所属、第二十七外銀河調査船団兼護衛艦隊司令イチロー・タナカ中将より、軍本部への定期連絡。広大な暗黒宙域を抜け、本銀河系に隣接する別の銀河系への侵入に成功せり。これより、移民可能な惑星や資源埋蔵量等の調査を行う」
時はそれから三百万年以上も過ぎ、人類は再び宇宙への進出から全銀河系へとその生活範囲を拡大し、再び停滞期を迎えて、人口が徐々に減っていくようになっていた。
人類は完全に安定したこの世界であえて手間をかけて移動する事を拒み、ほぼ生まれた星の中だけで、ここ数万年間さして変わらない生活レベルを保持しながら生き、そして死んでいく。
他にも婚姻率や出生率の低下など、これは人類学者に言わせると人間という生物の進化の果ての滅びの入り口であるそうだ。
とはいえ、そのまま緩慢な滅びを人類が座視するはずもなく。
政府などにいる政治家達は人類に新たな刺激を与えるべく、外銀河探索と移民のために最初の調査船団を送り出していた。
ところが、その探索範囲は広大であり、そんな大規模な探索を民間で行えるはずもなく。
というわけで、普段は艦隊を並べて遊弋させる以外に能が無いと思われている宇宙軍から調査団を派遣する事になっていた。
この時代、宇宙に出て滅多に惑星の地表に戻れない宇宙軍の軍人は、『就職したくない職業第一位』であり、昔にアンケート調査でヤクザに負けたとまで言われるほどの不人気職でもあったのだ。
そんな理由もあって人手を多数出せない事情もあり、この何百も編成された探査船団には、司令である若い人間が一人と、あとはその補佐を行うアンドロイド達だけという構成になっていた。
しかも、別銀河ともなれば、移動に最低でも五百年はかかる計算であった。
要するに、目的地に到着するまでは艦隊の航行と管理をフィアナに任せ、イチロー自身はコールドスリープによって老化を防いでいたのだ。
正確には五百二年ぶりに、他所の銀河系に到着した直後に目覚めたイチローは、すぐに決められた定時連絡を行っている。
五百年も経っていて、自分の所属する政府が滅んでいないかと心配ではあったのだが、イチローが眠っている間にもフィアナがちゃんと定時連絡をしていたわけで、その心配は杞憂というものであったらしい。
ただ、やはりこの五百年で人類は余計に活力を失っていて、既にせっかく開発した有人惑星にも拘らず、住む人がいなくて放棄されてる惑星も存在するとの最新の報告であった。
「フィアナ、あの長ったらい定例文は何とかならないの? 打電でもいいじゃない。いつもほぼ同じ文章なわけだし」
「司令、唯一の仕事くらいはちゃんとしてください。しかも、五百年も眠っていたじゃないですか」
「コールドスリープだから実感無いんですけど……」
副官タイプの、黒い髪を靡かせた二十歳前後の女性型アンドロイドであるフィアナは、自分の上官であるイチロー・タナカ司令に文句を言っていた。
完全に本星どころか、別の銀河にいるせいで調査船団の司令であるイチローが生来の怠け癖を発揮していたからであった。
どうせ自分で通信しても、既に知り合いはこの世に存在しないという理由も大きかったのだが。
とはいえ、実は大銀河連邦共和国軍でも、そんな品行方正で、真面目で、有能で、任務に忠実な軍人などがいる事に期待などしていない。
軍人としてのスキルは、催眠学習や脳内に存在する補助脳の記憶力で、知識だけはどんなにバカにでも身に付くので、あとはアンドロイド達に迷惑をかけないで椅子に座っていてくれれば良い。
この時代、大昔の宇宙飛行士のように、外銀河探索を行う軍人の仕事に人気が出るはずもなく、彼らとしては身寄りがなくて何となく軍人にはなったものの、それなりに常識人で能力も並みより上のイチローをありがたい人物だとさえ思っていたのだ。
フィアナに言わせると、とても低レベルな人物考査ではあったのだが、その肝心の彼はあの人物に本当にソックリであった。
試しにDNAを取ってみたら、本来天文学的な数字でしか一致しないはずのそれが完全に一致していた上に他にも背丈や身長・体重から、性格や声の質まで同じであり。
つまり彼が、この世界の一般人のイチロー・タナカという事なのであろう。
彼が入隊後にすぐに准将に昇進して、『入社後一年で准将とか、軍はマジでブラック企業だな』などと呟きながら、艦隊を預かるフィアナと初めて挨拶をしたのだが、その時にイチローは『自分は、太古の昔に大貴族として有名だったイチロー・フォン・タナカ辺境伯と同姓同名なんだ。同じ名前の人は、三億人ほどいますけどね!』なとと自分を揶揄していた。
この時代には、既にタナカ辺境伯領など存在しないし、トリステインも、ガリアも、ゲルマニアも、ロマリアなどの国家群も残ってはいなかった。
ブリミル教も、一時は宗教改革に成功して信者を増やして全盛期を迎えたものの、その後は宗派が分裂し過ぎて、他にも新しい教義を掲げる新教徒なども出現。
新興宗教が新しい分派を名乗ったりと、混乱から没落を経て『信じたい奴だけ信じれば良い』という風に、完全に影響力を失っている状態であった。
もはや、ブリミルが何者かすら知らない連中がほぼ全員であった。
実は、現在の司教達ですら、ブリミルの事が良くわかっていなかったのだ。
昔にいた、何となく偉大なオッさんくらいの認識であった。
さすがに対外的な表現は、もっと修飾語句に彩られてはいたのだが。
「唯一の仕事って点で、余計にやる気が殺がれるんだよねぇ」
「では、他の仕事もやってくれるのですか?」
「みんなの仕事を奪ったら悪いものねぇ」
「それ、本気で言ってます?」
このようなやり取りを、フィアナは気が遠くなるほど昔に先代のイチローと行っていた事を思い出していた。
あのジョゼフ王との壮絶な大戦の後、イチローは一年ほどは戦後処理で真面目に働いていたものの、やはり自分の領地に引き篭るようになり、当然碌に仕事などしないので、良く奥方であるマチルダや、副官であるファアナに文句を言われていたのをであった。
とはいえ二人は、イチローが真面目に働くという事は世の中が色々と大変になっているのだという認識では一致していて、あくまでもコミュニケーションの一種というか、挨拶だけで文句を言っているに等しかったのだが。
「(司令の怠け癖ですか。本当に懐かしいですね)」
イチローの副官であり、彼の遺産を管理する責任者であるフィアナは、百五十六歳で大往生したイチローの死後、暫くはタナカ辺境伯領を裏で管理する仕事をしていた。
思えば、イチローが領地に引き篭もってからも色々と世間は騒がしくなる事が多かったからだ。
ジョゼフ王の死後、ガリアは領地がある程度縮小したものの、彼の娘であったイザベラ女王が無事に継承し、ロマリア侵攻の余波で蹂躙された小国群は纏めてオルレアン公国として独立した存在となり、そこはタバサからシャルロットの名を引き継いだジョゼットが大公として治める事となる。
だが、今まで修道院にいたジョゼットに政治など無理だったので、それは彼女の使い魔であるジュリオが宰相として面倒を見る事になっていた。
勿論彼も経験が無かったので、更にメイジでもない彼は最初は大きく苦労する事となっていたが。
ロマリアは、首都の一部の土地がブリミル市国という宗教国家としてロマリアから独立し、ロマリアは王が存在しないで国内の貴族や商人達などが議会で話し合って国家を運営する政治形態へと移行していた。
これが民主主義の走りなのかは不明であったが、これによりお飾りであったレイナールの後任の宰相としてエレオノール女史が就任。
軍のトップには、あの胡散臭いワイドボーンが就任していたが、そのせいでダルシアと共にその真の正体を曝す機会を永遠に失っていた。
更に、『軍務大臣閣下が独身なのは如何な物か……』という周囲の声でお見合いをして結婚する事になったのだが……。
『お互いに新鮮味に欠けますけど、宜しく』
『ウソだ! そうだ! これは、あのタナカ辺境伯の陰謀なんだ!』
『五月蝿い、黙れ! 諦めて結婚するんだ!』
『ダルシア! お前は、僕のお父さんか!』
ワイドボーンのお見合い相手は、あのエレオノール女史であった。
しかも、この見合いは成立する事が前提のお見合いである。
お見合いの席で一人叫び、それを同席したダルシアことゴルドラン伯爵に咎められるワイドボーンことワルド子爵であったが、結局彼はそのままエレオノールと結婚してその初夜で正体が見事にバレていた。
以後弱みを握られた彼は、見事にエレオノールの尻に敷かれる亭主となっていたが、それでも二人の子供に恵まれて、長男は無事にヴァリエール公爵領を継ぎ、次男は数代先のロマリア宰相となっていたので、まあ悪くない結果だったのであろう。
トリステインは領地は増えたものの、やはり暫くは次第に浸透するゲルマニアの影響力や資本などと、国家の存続をかけて戦う事となっていた。
血は流れないが、負ければトリステインという国が事実上ゲルマニアの属国となってしまう。
これも、戦争であったのだ。
アンリエッタ女王は毎日が苦労の連続であったが、さすがにそろそろ嫁に行けとマザリーニ枢機卿から言われて、後ろ髪引かれる思いでアルビオンへと嫁いでいた。
だが、彼女はとんでもない奇策を弄して、イチローとアルブレヒト3世を絶句させていた。
『トリステイン王国代王に即位したカリーヌ・デジレ・ド・マイヤールです。アンリエッタ様の御子息が即位するまで宜しく』
『あはは、お手柔らかに……』
ある意味、一番最悪な人選であった。
特に、彼女の義息であるイチローと、彼女の武勇に関する伝説を先の戦場で実際に見てしまったアルブレヒト3世には……。
結局最大の危機を代王の人選で乗り切ったトリステインは、国家の中枢に入った、モンモランシーと結婚してモンモランシ伯爵の爵位を継いだギーシュや、他にも領地と爵位を継いだレイナールやギムリなどの活躍によってどうにか国の独立性を保ち、数百年後には工業・貿易・金融立国として、小国ながらもその存在感を内外に示す事となる。
他の小国家といえば、クルデンホルフ大公国がベアトリスをゲルマニア皇太子であるハインリッヒの側室に差し出してその庇護下に入っていたし、ロマリア東方海域上に浮かぶエルフと勢力との境界線にあるロードス島は、ゲルマニアの紐付きながらもテファを大公とするモード大公国として独立し、時間をかけてエルフ勢力との友好関係を結ぶために活躍する事となっていた。
それと、才人が建国したヒラガ大公国であるが、彼は二人の妻の手伝いを受け、慣れない仕事に四苦八苦しながら何とか無事に大公としての仕事を務めているようであった。
そして……。
『オードリー閣下、我々はこの国を貰えるそうです』
『少し遠いけど、一国の主かぁ。夢が膨らむね。毎日ご馳走が食べられるし』
『司令は、子供ですか……』
イチローの作戦通りにジョゼフ王を戦場に引き摺り出す事に成功したオードリー中将とルザルは、イチローが以前に確保してアンドロイドに開発・統治させていた、前の世界で言う所のオーストラリアを領地として貰い、オードリー中将はそこの大公になる事が決まっていた。
俗に言う、『オードリー大公国』の誕生であった。
住民は、部族ごとに分かれた現地民が数万人程度であったが、先にアンドロイド達がハルケギニアの言語や文化などを教えたり、豊富に出る資源などを採掘させて、その資源の売却益を彼らに還元する仕事をしていたので、それをオードリー中将が引き継ぐ事になっていたのだ。
勿論オードリー中将だけでは不安なので、大半はルザルが宰相としてその辣腕を振るう事になるのだが。
『結婚もしないとね』
『そうですね。一代で後継者がいなくて断絶する大公家とかは問題でしょうし……』
『そういうわけだから、よろしくね。シェフィールドちゃん』
『……。拒否は出来ないのかしら?』
『どうぞ、ご自由に……』
ジョゼフ王に心臓をナイフで突かれて一時は仮死状態へと陥っていたシェフィールドは、偶然にもルザルに救助されて暫くは意識不明なままであった。
そして目が覚めた時には、既にジョゼフ王はこの世にはおらず。
彼女の心に色々と複雑な葛藤があったようであったが、ハルケギニアには居たくなく、かと言って故郷である東方に戻るもの嫌であり。
というわけで、命の恩人であるルザルに付いて行く事になったのだ。
『そんなぁ。シェフィールドちゃん、裸エプロンとかしてくれないの?』
『そんな事、するわけないでしょうが! 私は、残りの人生は仕事に生きるのよ!』
などと言ってはいたが、どういうわけか二人は結婚してシェフィールドは大公夫人となり、二人の子孫がオードリー大公国を存続させる事となる。
オードリー大公国は、資源の採掘や大規模農業、畜産などでそれなりに裕福な国へと成長していく。
『(思えば、一番の勝ち組であるはずのゲルマニアも大変でしたね……)』
前の世界で言うところの東欧地域や、他にも多くの海外領土を得たゲルマニアは、最初は物凄い勢いで開発にまい進し、その国力と人口を爆発的に増やしていた。
そして、それから二十年後。
『余は引退するぞ。ハインリッヒに皇帝の位を譲る』
既に七十歳近くなっていたアルブレヒト3世が、突如皇帝位からの退位を決意したのだ。
『おや、生前に退位可能なようにしますので?』
『ボケジジイが政治を見ていても、何も良い事などないからな。いい加減に、イチローにも中央に入って貰うからな』
『面倒だなぁ……』
『男は、年齢に見合った責任という物があるのだ』
『俺は例外って事で』
『そんなものは認めん。何しろ、余は暴君であるし。ハインリッヒの治世を安定化する手伝いをして欲しい』
アルブレヒト3世は宣言通りに退位し、その後を魔法学院を卒業したルイズを正妻に、クルデンホルフ大公国からベアトリスを側室として受け入れていたハインリッヒがアルブレヒト4世として即位し、イチローは財務卿として中央に召喚されていたのだ。
皇帝の名は、やはりイチローの予想通りにアルブレヒトであったが、これだけの功績を残した名なので、それは暫くは継承され続けていく事となる。
『うにゃあ、こんな面倒な仕事なんて! 部下に任せ過ぎてやる!』
『お義兄さん、真面目にやってください』
イチローは、とにかく部下に仕事を丸投げしてしまう財務卿ではあったが、人を見る目があったのと、意外と抜け目がなくて仕事の要点は押さえていたので、外部からはとても優秀な財務卿だと思われていたのだ。
勿論、付き合いの長いルイズにとって、イチローの怠け癖などはとっくにわかっている事実であった。
『イチローは確かに怠け者だけど、ちゃんと仕事は進んでいるみたいだから良いと思うんだけどね。結果論ってやつ?』
『陛下がそう仰るのなら……』
こんな感じで、皇帝に即位したハインリッヒと、フラフラと中央の要職を歴任するイチローと、アルビオン国王となったウェールズは終始友情を保っていた。
ところが、時が経って次第に不老・長寿化処置を取っていなかった二人が老衰で亡くなり、それを追うようしてルイズも亡くなってから、その子孫であるゲルマニア皇族とイチローとの間に緊張が走るようになっていた。
実は、イチローは一部の知り合いにはこの不老処置を行っている。
イチローの妻達は全員として、例えばルイズの両親であるヴァリエール公爵やカリーヌなどであったが、やはり処置を施した年齢が遅過ぎたらしい。
それでも百歳を超えるまで生きていたのだから、効果が無かったわけではないのだが。
ちなみに、ルイズとエレオノールにはこの処置は施していない。
何となく長生きされると怖かったという理由もあっての事であったのだが、主に後者の方はと特に切実ではあった。
ただ彼女もどういうわけか、百歳を超えるまで生きていたのだが。
話を戻して、それでも暫くは何も起きなかったのだが、ハインリッヒとルイズの孫にあたるアルブレヒト6世の代で事件は起こっていた。
突如、イチローに領地を移るようにと命令を下したからだ。
彼は為政者が良くかかる病である猜疑心を発動させ、イチローの力の根本である昔からの領地を奪って、自分の基盤を強化したかったようであっった。
ところがこの命令には、イチローだけではなくて他の大半の貴族達も首を捻るばかりであった。
既に一切の公職に就いていない、半ば引退したイチローに無理難題を吹っかけていたからだ。
しかも、イチローの子供や孫達も親の影響か?
あまりゲルマニア中央政府に近付くのを良しとしておらず、大半が領地内での仕事に従事している。
そういう教育環境だったのと、カトレアとの間に生まれた長男ジロウは、フィアナが管理しているオーバーテクノロジー類の守秘に忙しかったからだ。
なお彼は、イチローの死後にその名前を継いで次代のイチローとなる予定であった。
跡取りにジロウと名付けて、世襲後にイチローと改名するようにシステムを変えたのだ。
話を戻すが、この事件ではイチローが珍しく激怒して抵抗したために、その間に懇意にしているエルフ達や、モード大公国、トリステイン、クルデンホルフ大公国、オルレアン大公国、ロマリア、ガリア、アルビオンと。
ほぼ全ての国がゲルマニアに抗議を行い、その余波でタナカ辺境伯領はタナカ大公国として独立する羽目になっていた。
羽目になったと書く理由は、イチローが『この歳になって、今さら独立とは面倒くさい。俺をまた働かせるつもりか』とボヤいたからなのであったが、もしアルブレヒト6世が妙な事をしなければこんな事にはならなかったので、彼のボヤきに同情する人は意外と多かったのだ。
詳細に煮詰めた条件で、いまだに一部防衛と外交の権利はゲルマニアが有していたが、これがアルブレヒト6世の失政である事は明白であった。
これによりゲルマニアは、最盛期から国力と領土の停滞・減少、最後には分裂へと進んで行く事となる。
以上のような、全部話せば歴史書が何冊でも書けるような長い年月の果てに、長寿・不老化処置が切れて順調に老人となり、残りの時間を穏やかに過ごそうと二つの月にある別荘へと移住したイチロー、カトレア、マチルダ、タバサ、そして一番若いマリーカの三人は、数日に一回訪れるフィアナから報告を聞きながら別荘のバルコニーで日光浴を楽しんでいた。
『ガリアの問題は、取りあえずは解決したようだな』
『結局、ひ孫のシャルロットを女王にする羽目になってしまった……』
自分の本名まで捨てて、タバサとしてイチローの妻になっていたタバサであったが、この歳になってガリアの政争に巻き込まれていた。
既に亡くなっている先々代の女王であるイザベラの孫、ジョゼフ2世が跡取りを指名しまいまま亡くなり、しかも適任な直系の血縁者がいないという事態が発生していたからだ。
タバサからすれば、自分の双子の妹であるジョゼットの血縁者を呼び寄せれば良いのだと考えていたのだが、なぜかガリア貴族達はタバサの存在を思い出し、その直系のひ孫にあたるシャルロットが急遽女王候補としてピックアップされてしまったのだ。
タバサは懸命にその指名を撤回さようとしたのだが、ガリア貴族達の大半が既に別国扱いであるオルレアン大公国の貴族達が、我が物顔でガリア本国に現れて利権や要職を占める事態を恐れて、あまりそういう事にならないであろうシャルロットに目を付けたというのが真相であった。
『その辺のフォローはバッチリするよ。なあ、フィアナ』
『しますけど、建前くらいは自分でするって言ったらどうですか?』
『俺ももう年寄りだからさ。あまり動けないし』
『普通に毎日散歩とかしているじゃないですか……』
とはいえ、イチローも彼の真実を知る妻達も、この中では比較的若いマリーカを除いて全員の老化が既に始まっていた。
あと生きられても、二十年くらいが限界であったのだ。
『私は、まだ若いままですけど』
『それも、あと十年くらいだな』
『イチロー様は、何歳になっても少し意地悪です』
そんな四人の女と一人の男の和気藹々とした話を聞きながらも、フィアナは今まで通りに自分の役割を続けていたが、遂にイチローが最後の言葉すら無いまま帰らぬ人となり、続けて他の妻達も年齢順に次々と老衰で亡くなっていく。
フィアナは、常に変わる世界の情勢を冷静に分析し、時に裏側からそれをフォローをしながら、最後の一人であるマリーカの世話をしていた。
『フィアナさん、次のイチローさんには、ここを教えないそうで?』
『はい、他にもある程度の年数をかけて徐々に地球からオーバーテクノロジーを引き揚げます』
マリーカは、十八歳になってイチローの側室になってから、彼の本当の正体などを知らされていた。
それでも、さすがはあのアルブレヒト3世の娘という事で、彼女は特に動揺する事なく、イチローとその妻達の隠蔽工作に何十年と付き合っていた。
やはり彼女は、見た目ではわからないが女傑であったのだ。
実際に彼女の孫娘の一人は、拗れたタナカ大公国とゲルマニアとの関係修復のために、アルブレヒト6世の皇太子に嫁いでいて、その交渉で一番は動いていたのは彼女であったのだから。
『もう必要は無いという事ですか?』
『はい。今の人類であれば、これらのオーバーテクノロジーがなくても何百年かで宇宙に進出するでしょう』
そうなってからここが見つかると色々と面倒ではあったので、フィアナはそろそろ自分も表舞台から姿を消すと共に、時間をかけてイチローが広げたオーバーテクノロジーの品々を回収する予定であった。
領地の地下の基地や、無人兵器工廠、この二つの月に置かれた様々な設備や地球への移転装置。
他にも、太陽系に点在している無人資源採掘基地や、遊弋している無人艦隊など。
全部、昔にイチローが建造させた人工惑星型の防衛基地に集めて、それらを人類にバレないように少しずつ外宇宙へと移動させる予定であった。
『タナカ大公国は、少し他より科学技術に優れた小国になるのですね』
『財貨は大量にありますからね。暫くは大丈夫でしょう』
『タナカ大公国にも訪れる没落の時ですか』
『その時に滅ばなければ、もう何百年かは大丈夫ですよ』
フィアナは、マリーカの世話をしながら五代目のイチローにはここの存在を教えないように他のアンドロイド達と謀り、次第にアンドロイドを教育した人間と入れ替えて、回収したオーバーテクノロジーの品々を宇宙の人工衛星基地へと移していた。
そしてマリーカが老衰で亡くなってから更に百年後、フィアナはほぼ全てのオーバーテクノロジーの回収に成功していた。
そして自分は、いつかまたこの世界のイチローと出会うべく、人工惑星基地内部で活動を停止させ、しかもここの存在を見付けられないように外宇宙への移動を繰り返すようになっていく。
そして、それから約三百万年後。
ようやくイチローと同じDNAをも持つ人物が、前と同じくあまり何も考えないで軍人になった事実を、人工惑星が張り巡らせた諜報網によって知ったフィアナは、その後司令になったイチローの艦隊に他のアンドロイド達と共に紛れ込む事に成功していた。
幸い、この世界の科学技術は魔法があるせいか、前の世界に比べると劣るようで、フィアナは無事に本来配備されていた副官型のアンドロイドと交代する事に成功している。
同時に、軍本部のコンピューターをハッキングで弄って、副官アンドロイドに関するデータの改ざんに成功。
軍本部の担当者は、淡々と冷静にイチローの補佐を行うフィアナにまるで疑問を持たないでいた。
もしこの策が実行不可能であったら、先に送り込んだ人工惑星と同行して彼を待たなければいけなかったが、この時代の平和ボケした軍は、第七銀河帝国以上のようであった。
何しろ既に銀河国家が統一されていた影響で、軍の敵は予算を奪う他の惑星警備軍や警察などと、向こうも面倒なので無人艦艇を使う海賊くらいしかいなかったからだ。
「コールドスリープの後遺症だな。俺は眠いんだよ」
「いつも眠いのでは?」
「正解!」
そんな会話をしながらも、イチローの指揮?で徐々に新しい銀河系の探査が進んで行く。
だが、この五百年で余計に活力の落ちた人類に、新しい惑星を教えても移民などする人がいるのか?
イチローもフィアナも、その疑問で胸が一杯であったのだ。
「司令、前方に人工建造物が」
フィアナは、イチローのために事前に送り出していた人工惑星を今見つけたかのように報告していた。
「人工惑星? この銀河に他に知的生命体がいたのか?」
思案に深けるイチローであったが、すぐにそれをする事は出来なくなっていた。
なぜなら、艦隊の前方に巨大な時空嵐が迫っていたからだ。
「フィアナ! 回避を!」
「無理です! 避けられません!」
フィアナは、自分達の艦隊と人工惑星が時空嵐に飲み込まれるのを確認しながら、これから飛ばされる新しい世界について考えていた。
実は、こうなる事は大分昔に想定済みであった。
いくらここが前とは違うパラレルワールドでも、やはり未来にイチロー・タナカという人物は現れていたし、歴史の大まかな流れも大体同じ。
これを歴史の修正力というのか、因果律の共通性というのかは他人に任せるとして、フィアナはイチローと合流すれば、また時空嵐で別の世界に飛ばされる可能性が高い事を知っていたのだ。
「(司令、また二人で一から始めましょう)」
長年活動し続けたせいか?
既に普通のアンドロイドの枠から外れ、自我に近い物まで発生しているフィアナは、本来アンドロイドでは考えられない一種の勘のような物を参考に、この世界のイチローに副官として合流し、彼の向かう別の銀河に先代イチローの遺産の品を送り出していた。
それと同時に、他のアンドロイドではまず考えられない、過去の思い出に浸り、再びそんな幸せな日々を送りたいとまで考えるようになっていたのだ。
「(私の勘は当たりました。司令、またあなたは怠け者で、私ばかり働いて。それでも……)」
フィアナは、今までに見せた事がないほどの笑みを浮かべながら、時空嵐の恐れ慄くこの世界のイチローを見つめるのであった。
歴史は、また繰り返す。
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