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開戦編6
「あの野郎! 資材も、資金も、人手も、全部無駄になったじゃないか! 完成させて、難攻不落にしてやる!」

 決戦直前でガリア本軍に転進されてしまったイチローは、一人空に向かって吼えていた。
 そうでなくても、名誉侯爵などという功績やら褒美を受けたばかりであったので、周囲に、『タナカ辺境伯は、軍人としての資質に疑問がある』と陰口を叩く連中がいたからだ。
 主にトリステイン貴族達というか、ほぼトリステイン貴族達であり、人の嫉妬とは恐ろしいと考えてしまうイチローであった。

「でもさ、あんなの誰でもわからないと思うぜ」

 吼えるイチローの横で、才人がフォローを入れる。
 一応雇用主という事で気を使っての事らしいが、実際にあのタイミングでジョゼフ王が全戦力を転進させると思っていた人はゼロであろう。
 中には、『自分は見抜いていた!』と言っている人も主にトリステイン貴族に数人いたが、全員が彼らを胡散臭い目で見ていた。
 
 才人達は、ガリア本軍が無事に撤退できるようにと残してあったヨルムンガントを十体ほど格好良く粉砕し、他にもちょこまかと動いて鬱陶しいガーゴイル数十体を時間をかけて潰していた。
 あまり高性能な武器を使うと周囲に被害が出るのでそれを抑えた結果、小回りの利くガーゴイルの殲滅に時間がかかって、ジョゼフ王の思惑通りになってしまったのだ。

 それでも功績は功績だし、ヨルムンガント撃破の場面はまた絵本やアニメの題材に出来るので、イチローとしては文句も無かった。
 自分達の住んでいる土地を占領している外国の連中という事で、まだ現地住民達に警戒されているイチロー達であったので、ゴーカイザーの絵本や漫画の発行や、映画上映会の開催や、お菓子などのグッズの販売はモット伯爵と協力して急いで行われる事となっていた。
 
 子供という生き物は良くも悪くも勘が鋭いので、彼らに嫌われるようでは占領政策も上手く行かないからであった。
  
 だが、どうやらその心配は無いらしい。
 要塞建設の続く丘陵地帯の外に安置されているゴーカイザーの近くには、多くの現地の子供達が集まり、乗っていた才人達に握手やサインをせがむ姿が目撃されていたからだ。

「お前、こんな所で油を売っていてもいいのか?」

「休憩だよ! 休憩!」

 やはり、この手の話で赤でリーダーという生き物は一番人気で注目を集めてしまうものらしい。
 大量の子供達の相手に疲れた才人は、休憩名目でイチローの所に逃げて来ていた。

「モット伯爵からだけど、売り上げは順調だってさ」

「そいつは結構」

 ゴーカイザーの真下にある特設会場では、今までに製作された漫画や絵本の他に様々なグッズが売られていた。
 今日は特別に、才人達が買った本にサインをするというイベントが行われていたので、どこで聞きつけたのか? 外国からの大きな子供達を含む多くのお客さんで賑わっていた。
 ちなみに、売り子はモット伯爵のその手の同志兼部下達であり、それを管理しているのは勿論モット伯爵自身であった。

「どこの世界でも、オタクは最強だな」

「あの戦いの翌日に、こんなイベントを行うあんたもあんただ」

「バカだなぁ、最初にイベントの方が決まっていたんだよ。それを動かすなど、貴族の名誉としてあり得ないのだ」

「変に拘るなぁ……」

 イベントというのは、色々と準備に時間がかかるのでかなり前から企画される物で、むしろそれに割り込んで来たジョゼフ王こそが悪いと思うイチローであったのだ。

「それよりも、戻らなくて良いのか?」

「はいはい、行きますよ……」

 才人はイベントの会場に戻って行く。
 直立するゴーカイザーの真下では、多くの子供達とその付き添いの親達などが集まり、購入したグッズに才人達からサインを貰っていた。

 一番人気のリーダー格の才人。
 美男子なので、子供のお母さん達に人気のあるギーシュ。
 大きな男の子達からの圧党的な支持を受けるテファ。
 一番人気が微妙なのだが、なぜか父親達からのシンパシーで励ましの言葉を受けるマリコルヌ。
 そして最後に、子供の付き添いで来た老人達に人気のあるルイズと、それなりに住み分けが行われているようであった。

「(別に、テファみたいに男性の支持が欲しいとは思わないけど……。というか、私はどこに向かって進んでいるの?)」

 一人サインをしながら、自分の人生の行き先について考えるルイズであったが、とりあえずは周囲の人達は楽しそうなので良かったと考える事にする。

 両親や祖父母に連れられて多くの子供達が、安置されているゴーカイザーとの記念撮影をしてから、好きなグッズを購入して自分達からサインを貰ったり、握手をして貰ったり。

 このあからさまな人気取りに、一部トリステイン貴族達から不満の声が出ていて、それは、結局昨日は戦闘に至らなかったのでそれへの不満もあるらしいのだが、ルイズは戦闘にならなくて良かったとも考えていたのだ。

 あれだけの人間や強力な威力を持つ兵器を駆使して戦えば、また多くの犠牲が発生してしまう。
 もし必要とあらば、自分の身を守るために戦う事も辞さないルイズであったが、避けられる戦いは避けたいと願うのが本音でもあったのだ。

「(でも、これからこの戦争はどうなるのかしら?)」

 そんな事を考えながら子供達にサインを続けるルイズであったが、その近くでは彼女をゲンナリとさせるやり取りを、自分の義兄と幼馴染にして君主である少女がしていた。

「まあ、大盛況ですのね」

「客単価が低いから、それほど儲かりませんけどね」

「でも、客数ですか? それは多いようですね」

「あの大会戦騒動の翌日ですからね。それほどでもありませんよ」

「私には、大盛況に見えますわ」

「……」

 名誉が付いていたが、一応はトリステイン貴族となったイチローから、『何か、分担金のような物は取れないのか?』と考えるアンリエッタ王女と、それを阻止したいイチローの攻防が続いていた。
 ここ数日で、急に金に厳しくなったと評判のアンリエッタ王女であったが、彼女は彼女なりに国家財政の危機という物を真剣に考えているのであろう。

 だが、ルイズが彼女の気持ちに共感を持てるようになるには、もう少しの時間が必要であった。

 そして、同じく会場の端では……。

「僕は、いつから冷酷な殺人鬼になったんだ!」

「ワルド子爵……、いや! ワイドボーン君! 落ち着きたまえ!」

 ジョゼフ王の命令でヴィットーリオに仕えるべくここに到着していた変装済みのワルド子爵とゴンドラン伯爵であったが、参考までに購入した漫画に書かれていた、悪い意味で誇張された悪役である自分に一人激怒するのであった。






「これは、意外な人間が現れたようですね」

「では、僕やゴンドラン伯爵をトリステインに引き渡しますか?」

 イベントを観察した二人は、その足でロマリア義勇軍の義勇兵徴募受付に姿を見せ、秘かに正体を明かした二人にその辺の事情を察している責任者によって、直接ヴィットーリオと面会する事に成功していた。

「まさか、あなたは優秀な軍人ですし、ゴンドラン伯爵も優秀な政治家であり、軍においても後方支援を任せるに相応しい人物だ」

 既に、トリステイン王国に不興を買いつつも、数名の元トリステイン貴族達を雇っているヴィットーリオであったので、殊更驚くような真似はしなかった。
 自分には成し遂げねばならない事がある以上、変に清廉潔癖であっても無意味であったからだ。
 勿論、表向きは聖職者でもあったので清廉潔癖を演技する必要もあったのだが、権力者としては清濁合わせ飲む必要もあったので、特に考える事もなく二人を受け入れる事を宣言していた。

 だが、ヴィットーリオは、一つだけ確認をする必要がある事があった。
 
「ジョゼフ王の命令ですか? 埋伏の毒とか言うんですよね?」

「ええ、埋伏の毒ですよ」

 ヴィットーリオの質問に、ワルド子爵はあっさりと、ゴンドラン伯爵も無言で首を縦にふっていた。

「おや、隠し立てはしないのですね」

「隠しても無意味でしょうな。両者共にですが」

 二人は、変に隠し立てをしても意味が無いと感じていた。
 ヴィットーリオならば、自分達がここに来た理由など簡単に見抜くであろうし、ジョゼフ王は二人の真の目的がヴィットーリオにバレないとは思っていないし、そもそも自分の庇護を離れた二人が素直に言う事を聞くとも思っていない。
 
 それでも、アンリエッタ王女やイチロー達などの和を乱す事には有効であり、毒は毒なりに使い道があるという理由からであった。
 元トリステイン貴族で、レコン・キスタに参加した過去があり、聖地などとヴィットーリオと同じようにバカな事を言っている。
 
 それなりに優秀な戦士であり、軍指揮官や政治家でもあったが、今のガリアに加えても静かな鳥小屋を騒がしくするだけだと考えて、半ば見捨てられたと言っても間違いではない二人であった。

「猊下、僕はですね。聖地に辿り着ければ、それで良いのですよ」

 ワルド子爵は、今は亡き母が知った聖地に関わる重大な秘密に辿り着けさえすれば良く、そのために所属する組織に選り好みなどしないつもりであった。
 レコン・キスタだろうが、ジョゼフ王の庇護下だろうが、ヴィットーリオの配下であろうともだ。

「そういう事であれば、我々は協力できますね。ただ、今はその姿をトリステイン王国関係者に見せるのは危険ですね」

 そうでなくても、力を蓄える過程で彼らから色々と嫌われる事をしていたし、イチローへはかなり無理を言って集っているという自覚もあった。
 その代わりに、『東の地より来た人間にも関わらず、神の代理人の代表たる私が認める、敬虔な信徒』という評判をイチローは得ていて、それは何をする際に役には立ってはいた。
 イチローがヴィットーリオを排除を今のところは考えていない、最大の理由でもあろう。
 一年後くらいには、まるで保障はできなかったが。

「それもそうですね。今は無理に正体を明かす事もない」

 ワルド子爵とゴルドラン伯爵は、再びマジックリングで変装を行い、まるで違う容姿の人物へと変身する。
 マジックアイテムによる変装は、他の国の貴族や王族の人間と会う際には使わないのが常識である。
 なぜなら、暗殺やテロの道具として良く使われる事が多かったからだ。
 それに、ディテクトマジックで簡単に探知できるので、そういう席にマジックアイテムを使用した状態で行く人間は非常識だと言われる事が多い。
 
 なので、暫く二人は義勇軍の中でのみ働いてヴィットーリオを支える事になった。

 だが、大会戦が避けられたヴィットーリオは、再び各国関係者の頭痛の元となる一手を実行に移そうとしていたのであった。
 ただし、それはまた一ヶ月以上も先の事であったが。



「ほう、ジョゼフは我らとも決戦を避けたのか」

「考えてみると、兵站の負担は我々の方が深刻ですからね」

 ジョゼフ王のイチローからの大転進から一ヶ月あまり、戦争はこう着状態に陥っていた。
 あの後、ゲルマニア・アルビオン連合軍は、ロマリアとその周辺国を背にした地点でジョゼフ王率いるガリア本軍と大々的に決戦の後に、戦争は短期で収束する。

 大半の人達の予想を大幅に覆して、連合軍は完全な停止状態に陥っていた。

「よくよく考えると、まともに決戦などするはずが無いんですよね」

 ウェールズ皇太子も、己の考えの至らなさに気が付いていが、それはアルブレヒト3世も同じであった。
 空中船のスピード、搭載火器の威力、防御力、数と、全て劣っている艦隊と、歩兵の装備品や訓練度から数まで、全てが劣っている状態で正面激突などあり得ないのが常識であったが、『貴族だから』、『これしか手がないから』両軍の将兵達は視野狭窄となり、後にガリア歴代でも最強の凶王と言われる事になるジョゼフ王の頭脳に翻弄される事となる。

 年単位の長い準備期間を得たのは、別にゲルマニアやアルビオンに限った事ではなく、当然同じだけガリアにも存在していた。
 ガリアはこの一年で、ロマリアとその周辺国を背にしたガリア西部の山脈地帯とその周辺部に広大な地下要塞をガーゴイルなどを使って建設していた。

 ゲルマニア軍の新型大砲でも撃ち抜くが困難なほど地下深くに建設され、魔法を使った排気装置なども完備していて、しかも一部艦艇の大砲まで降ろして火力を強化していた。
 他にも、各所にヨルムンガントや小型のガーゴイルなども配置されていたし、例のロマリアが保持していた場違いな工芸品を運用するブリミルの盾も配置されて、それらの兵器類の研究や既存の武器の改良なども進んでいる。

 その他にも、サン・マロンにあったヨルムンガントや火石などの製造施設及び、武器弾薬の製造工場なども移転を完了していて、現在に至る要塞の完成率は八十%程度であったが、概ね稼動には何の問題も無い所まで進んでいた。

「これほどの要塞の建築を悟らせないとはな」

「イチローの諜報網にも引っかからないのか」

 イチローの持つ偵察衛星にこの要塞の存在が引っかからなかったのは、やはり魔法の便利さとでも言うべきか。
 極端なまでの、魔法による隠蔽工作の結果であった。
 さすがは、魔法大国の面目躍如と言ったところであろうか。
 それは、超科学を有するイチローの大きな油断とも言えたが、イチローは元々は普通の人に少し毛の生えた程度の能力しか持っておらず、ある意味仕方の無い部分もあったのだ。
 
 それと、メイジ比率ではトリステインの方が上であったが、元々の人口に大きな差があったし、魔法技術の研究ではガリアの方に一日の長があった。
 魔法アカデミーなどという組織を高額の予算で維持していながら、あまり現実世界で役に立っていないのとは大きな差があったのだ。
 アルビオンとゲルマニアに関しては、今更言う事もないであろう。
 イチローの供与する科学技術に比較的に早く飛び付いている部分で、魔法技術に関してはガリアにまるで歯が立たない事を自覚しているのだからら。

「無理に攻めるとして、勝てる確率はどれくらいであろう?」

「勝てますけどね。犠牲は、最低でも半数を覚悟しないと……」

 向こうは完全に地下に篭ってしまっている敵なので、当然それを排除しようとすると相応の犠牲を伴う事になる。
 要塞の最深部は、新型の大砲でも撃ち抜けないほどであり、兵士達を地下に送り込むと、そこでは新型銃の射程距離と威力もあまり役に立たない接近戦となる可能性が高い。
 なので、力攻めは危険であった。

「なまじ、新兵器や新装備ばかりなのが痛い」

 イチローの協力により、ゲルマニアとアルビオンは諸侯軍も合わせて軍の装備が大幅に変わっている。
 古来より、兵器や軍備というものにはとても金がかかるものであり、それは経済の発展で相殺されている部分もあったが、発展の効果が多額の金で出るのには時間がかかるものであり、両国は貴族達も合わせて今までの蓄えを崩してこれだけの装備を整えていた。

 それを沢山の犠牲が出そうな作戦に投入する事は、多くの者達からの反対が出るであろう。
 いくら二人が皇帝と王であっても、多数の反対者のいる作戦を強硬するのは拙かった。

「では、今までの占領地の領土化を進めつつ、ガリア本軍に対抗する持久体制を引くと?」

「どちらも大軍を動員した中での、総力戦に突入したわけだな」

 ウェールズ皇太子に、アルブレヒト3世がイチローから聞いた総力戦なる言葉の概念説明をする。
 一回の会戦で戦いの決着が着かずに、全ての国力を戦いにつぎ込んで先に力尽きた方が負けという、貴族の名誉からはほど遠い戦い方である事をだ。

「我慢比べですか」

「アルビオンは、お辛いですかな?」

「まあ、何とかなるでしょう」
 
 本音では財政の面でかなり厳しかったが、アルビオンとゲルマニアは同盟を結んではいても、お互いにライバル関係である事に変わりは無い。
 ウェールズ皇太子としては、弱音を吐くわけにはいかなかった。
 それに、後方に残している政治・経済担当の貴族達を働かせて後方の経済成長を促して税収を強化し、膨大な戦費に当てるという自転車操業も可能なはずであった。
 戦争をしながら、経済も発展させる。
 イチローが、現在トリステイン西部で実施させている事であった。
 彼に出来て、自分に出来ないとは考えたくない。
 これは、彼と同年代の友人であるウェールズ皇太子のプライドではあった。

「アンは、この決定に泣くでしょうね」

「今のトリステインは、彼らのプライドは別として、半分イチローの金を当てにして生きているからな」

 ウェールズ皇太子とアルブレヒト3世が長期持久戦を決定してしまい、これを後に聞く彼女の嘆きが容易に想像がつくというものであった。
 元々金の無いトリステインに、更に余計な金がかかるのだから当然であろう。

「新婚早々、アンは不機嫌そうだな」

「本妻とは、本来政治的な意図が元の関係が多い。ウェールズ殿は、良き愛妾をお探しになるべきですな」

「それを、アンの前で言わないでくださいよ」

 まだ結婚もしていないのに、余計な騒動はゴメンだと考えるウェールズ皇太子であった。
 というか、彼女とは相思相愛の関係なので、噂にでもアンリエッタ王女に噂が流れるのが怖かったのだ。

「ほう、アンリエッタ殿の前でなければ良いと?」

「その辺は、私も普通に男ですので」

 だが、やはりウェールズ皇太子も普通の男であり、多少の邪な感情を抱く事もあった。

「しかし、余達が戦いの決着を着ける可能性もまだ捨て切れてはいないが……」 

「イチローですか? お荷物が多過ぎると思いますが」

「何とかするであろう。アレならば」

「ええ、ちょうどご子息もいらっしゃいますしね」

 二人の視線は、ガリア北部に兵力を展開しているイチローとハインリッヒへと向かうのであった。




「タナカ辺境伯のこれほどまでのご好意に、始祖ブルミルも多大な感謝を寄せているでしょう」

「いえ、それほどの事は(死んだ人間が、感謝なんてするか!)」

 ジョゼフ王の決戦直前での転進から、一ヶ月の時が過ぎた。
 現在の戦況を一言で説明すると、完全にがっぷり四つのこう着状態と見て間違いはないであろう。
 一部偵察部隊や密偵部隊との小規模な戦闘は発生していたが、北部はガリア貴族諸侯軍との睨み合いの状態に。
 ガリア西部では、現在も地下に向かって拡張中の要塞に立て篭もるガリア軍と、ゲルマニア・アルビオン連合軍がたまに小規模艦隊同士による砲撃戦や、ヨルムンガントやガーゴイルを使った防衛戦や、一部場違いな工芸品やそれを応用した新兵器を使った小規模戦闘など。

 大軍を貼り付けているがゆえの、大量の物資と資金を浪費する消耗戦闘に移行していた。

 そして同じく、イザベラ王女の協力でガリア北部の占領統治を担当しているイチローとアンリエッタ王女であったが、彼らには頭痛の種がいまだに存在していた。

 元なのか現なのかは微妙な線であったが、ロマリア教皇である聖エイジス32世ことヴィットーリオとその義勇軍であった。
 
 彼は、ジョゼフ王の仕業に見せかけたビラによる中傷合戦にもめげずにハルケギニア全土に聖戦発動の勅令を発して、大量の義勇兵を集めていた。
 本当は、ロマリア本土を取り戻してから発令する予定であったらしいが、さすがにこの状況で尻に火が付いたのか?
 ジョゼフ王とそれを支持するガリア貴族達を詳細に調べ上げて名指しで異端者認定し、同時に今ロマリアに居座っている聖ヨハンナ1世とそれに従う者達にも同じく異端者認定を出す。
 敵地であるガリアとロアリアにはあまり効果の無い異端者認定であったが、他の地域では有効で、この一ヶ月で新しい義勇兵達が多数集まっていた。

 今回の戦乱で発生した他国に逃げていた難民達や、食い詰めた流民達。
 しかも、今度は老若男女を問わずに募集をかけていた。
 非力な老人や子供や女性は、補給担当や炊事・洗濯などの後方支援に回すか、トリステインの銃士隊を真似て銃や弓矢の訓練だけをさせていたのだ。
 イチローから支給された新型銃の数は少なかったが、それでも従来の火縄銃やマスケット銃は数が集まっていたし、弓もクロスボーの設計図を入手して大量に作らせているようであった。

 そして、彼は周囲を驚愕させる決定をしていた。
 新教徒と呼ばれる人達との和解であった。
 彼らに従軍の義務を課す代わりに、現時点での彼らへの弾圧を教皇勅令で廃止し、将来に向けた教義の摩り合わせを中心とした話し合いを行うと発表したのだ。
 それと、これは極秘ではあったが、一部土着の神などを信仰していた異教徒達とも秘かに弾圧の禁止などを盛り込んだ協定を結び、同じく彼らから義勇兵を集めていた。

 イチローは、マキャベリストを地で行くヴィットーリオにある意味感心さえしていた。

「義勇軍の質の面をとやかく言う人もいますが、我らの士気はハルケギニア中で一番と自負しております」

 以前からの精鋭部隊は四千人ほどだと思われるが、練度では怪しかったが成人男性の部隊が二万人ほど存在し、他にも老人・女・子供などの支援部隊も存在していた。
 さすがに、女子供を前線に出すつもりは無いようであったが、訓練だけは効率的に行っているらしく、彼ら彼女達は前線部隊の将兵達のために食事を作ったり、服の洗濯や製造や修繕。
 弓矢や銃の玉や火薬などの製造と、聖地目指して懸命に頑張っているようであった。

 ちなみに、これを見た才人の感想は、『赤眉とか黄布の乱みたいだな』であった。
 確かに、家族まで引き連れて戦闘をする農民反乱の群に見えなくもないイチローであった。

「実際に義勇軍全体の士気を執っているワイドボーン君ですか? 彼は、優秀ですね。それと、ダルシアさんですか?」

「ワイドボーンとダルシアには、大いに働いて貰っていますよ」

 イチローの問いにいけしゃあしゃあと答えるヴィットーリオであったが、彼らの正体はマジックアイテムで変装しているワルド子爵とゴルドラン伯爵であった。
 ワルド子爵ことワイドボーンが義勇軍全体の指揮を、ダルシアことゴルドラン伯爵が人材・資金・物資の管理を。
 さすがは、トリステインで四万人規模の反乱を起こした中心人物達だけはあって、ヴィットーリオの勢力拡大に大きく貢献をしていた。

 しかも、彼らにはもう行く場所が無いのだ。
 背水の陣で臨んでいる彼らは、なるべく以前の関係者と接触しないように器用に与えられた仕事をこなしていた。

「優秀な人材は、いると楽ですからね」

「ええ、私も大いに助かっていますよ」

 彼らの正体については、さすがに何かがおかしいとはイチローも思っていた。
 だが、それに手を出すという事は、ヴィットーリオとの対立を意味するので、今のところは危険だと考えて一応の監視に留めているところであった。
 
 それに、彼らの目的はロマリアと聖地である。
 いくら数万規模の兵力を整えたところでその達成は困難であり、頑張って死んで来いと願うイチローであった。

「女性も、子供も、老人も。彼らも、聖地を取り戻すために懸命に努力をしています」

「はあ……」

 この、突然に意図的にイチローにわざとらしくこんな事を言うヴィットーリオの意図は明白である。
 つまりは、イチローにまた無心をしているのであった。
 だが、最近の彼は、決して自分からは何かが欲しいとは言わない。
 周囲の反発を一応は気にしての事であったが、イチローから援助を切り出すようにしている時点で大した違いは無いと良く言っているのは、イチローからの援助がヴィットーリオのように寄付扱いではなくて借金扱いになっているアンリエッタ王女であった。

「ですが、彼らは体力が無い。徒歩は辛いでしょうな」

「……。中古の商業用の艦艇で良ければ……。武装は自衛用の少数の砲だけですけど、速度と搭載量はそれなりに……」

「それは、大変にありがたいですね」

 以前にも増して資金・物資・武器・食糧などを寄付させられ、今度は新型艦艇の配備で余っているとはいえ、まだ十分に使える中古の大型空中船を三十隻ほど寄付する事になり、イチローは心の中でコメカミをビクビクとさせていた。
 最近は、表に出さないようになっただけ、イチローは大人になったのかもしれなかった。
 本人は、まるで嬉しくなかったが。

「あなたの始祖ブリミルに対する献身は、その姿を大聖堂の聖人集合像に彫られるくらいでは足りないくらいですね」

「それは、ありがたい事です」

 イチローの頭の中には、金と名誉が天秤で上下に揺れている様子が浮かんでいた。
 つまり、『お金では返せないけど、名誉なら沢山あげるよ』という事らしい。
 確かに、ハルケギニアではまだかなり役に立つ物ではあったが、宗教にまるで興味に無いイチローには、本当にどうでも良い事であった。

 イチローは、自分の子供達には自分流の宗教との接し方を絶対に教える事を決意する。

「本当は、もっとその恩義に報いるべきなのでしょうが……。実は、私に出来る精一杯のお返しを受け取って貰えませんでしょうか?」

 それから約十分後、イチローはヴィットーリオの元を辞していたが、彼の怒りのゲージは既に満タン寸前の状態になっていた。





「ただいま」

「やあ、おかえり」

「いたのか。4世」

「やれやれ、また我らの教皇猊下かい?」

 イチローが、自分の部隊の指揮を執っている総司令部の建物に入ると、そこにはハインリッヒの姿があった。
 彼は、自分にも指揮する部隊があるのに、それを部下に任せて良くここでお茶を飲んだり食事を取っている事が多かったのだ。
 ここで出るオヤツと食事は、ゲルマニア軍よりも完全に上で。
 現在のゲルマニア軍は、イチローが最初に財を成すのに役に立ち、今でも本拠地であるムサシ島の重要産業の一つである多彩な缶詰が主流であった。
 これには、トリステイン軍が羨ましがっていたが、真空パックやレトルト食品から、生鮮食料品の大規模輸送までしているイチローにはまるで敵わず、彼が良く食事を集りに来る光景が目撃されていた。

「酷い皇太子だな」

「部下達は、納得しているよ」

「その心は?」

「僕がここで食事を取ると、僕用に準備された専用の食事が部下達に回る。しかも、僕はここでのお土産も持って帰るから、彼らの食事事情の改善には大きく役に立っているわけだね」

「微妙にセコい話だな」

「戦場では、食事の恨みは怖いんだよ。それで、今度は何を集られたの?」

「大型中古艦艇三十隻」

「それは、凄いですな」

 ハインリッヒの近くで書類の整理をしていたコルベールが、その援助品の多さに驚いていた。
 
 ガリア北部侵攻より時間が経ち、イチローは自分の部隊の実務司令官をコルベールに一任し、後方から呼び寄せたミシェルにその補佐を行わせていた。
 彼は、明らかに手造りなクッキーを食べながら作業をしていたのだが、それはミシェル作であった。

 それと、クルデンホルフ大公国との折衝も含めたトリステイン西部の統治はハートマン軍曹と、学院教師で貴族に知己の多いギトーに任されていて、彼らは西部の開発などを行いながら、タナカ辺境伯領から送られてくる大量の補給物資の移送に責任を持つ立場になっていた。

「ところで、船を動かす人材の方は大丈夫なのですか?」

 コルベールの疑問はもっともなものであった。
 元々空中船は動かすのには、ある程度訓練された船員が一定数必要であったからだ。

「さあ? 向こうが何とかすると思うけど」

「あれだけの義勇兵達……。船を動かせる人材もいるのか……」

「人の無心はされなかったから、いるとは思うんだけど」

 さすがに人はあげられないので、もし船が動かなくても関係ないと思うイチローであった。

「さあて、オヤツオヤツ」

「マリコルヌは食べる事ばかり早いな」

「うるさいな、レイナールは」

 そこに、最近はそれぞれに忙しい魔法学院学生組の面々が入って来る。
 ギーシュ、マリコルヌ、レイナール、ギムリなど。
 そして、ゼロ戦の整備を終えた才人も入って来て、すぐに司令部付きのメイドとなっていたシエスタがお茶を持って現れる。
 彼女は、才人と彼の屋敷付きのメイドになったのだが、この戦争で従軍にしている彼におかしな虫が付かないように、彼と一緒にいられるようにと志願をしていた。
 ただ、彼女に戦闘は無理であろうという事から、イチローは彼女を自分達司令要員用のメイドに任命していて、彼女にお茶や食事の面倒を見て貰っていたのだ。

「サイトさん、今日のオヤツはイチゴ大福ですよ」

「いいねぇ。イチゴ大福。大皿に頂戴」

「はい、わかりました」

 シエスタは、才人の注文を受けるといそいそと隣のキッチンへと走って行く。

「ところで、彼女はどうして先に来た僕達よりも先に、サイトの方に行くんだい?」

「今更、それを聞くのも考えるのも虚しいな」

 レイナールは、ギーシュの質問に、続けて入って来たミシェルがすぐにコルベールの所に行くのを見ながら答えていた。
 既に、自分の恋は終わっている。
 それはわかっていても、未だに目撃すると虚しくなる光景であった。

「あら、みんな揃っているのね」

「人は効率良く働くのに、適度な糖分が必要」

「はいはい。あなたの場合は適度かどうか疑問だけど、沢山食べて大きくなりなさい」

「全く! トリステイン軍の兵士の方が下品って何なのよ!」

「モンモランシー先輩、そんなに怒らなくても」

「テファ! 連中は、主にあなたを見てニヤニヤしているのよ! もっと怒りなさいよ! いいっ! 手を出して来たら、容赦なく魔法をぶっ放すのよ! その拳銃でも構わないわ!」

「モンモランシー先輩、怖いです。あっ! サイトさーーーん!」

 他にも、キュルケ、タバサ、モンモランシー、テファ、ケティと従軍している女子生徒達の主だった面々も、オヤツを食べに入って来る。
 なぜ一緒にオヤツや食事をするのかと言えば、その時に色々な話をして情報交換をしたり、不都合な事などを聞くのが指揮官としての役割という事で、イチローが命令を出していたからであった。

「しょうがないな。またトリステイン軍か」

「諸侯軍の連中は、何とかならないんですか?」

「勿論、文句は上にあげてるけどね」

 ここ数ヶ月、生まれて初めて戦争に従軍して、様々な後方支援任務を手伝って来たモンモランシーであったが、これだけの人間が集まっている組織で統制を保つのがいかに難しいかを実感していた。
 自分の実家や、グラモン元帥、モット伯爵、ヴァリエール公爵などは質の良い諸侯軍を持っていたが、他の貴族の中には質の悪い兵士達が多い部隊も多く、女性比率の高いイチローの部隊にちょっかいをかける連中が存在していたのだ。

 ただ、これには実害が存在せず、多分最近アンリッタ王女が重用しているイチローへの嫌がらせという面が強いのであろう。
 実際に貴族の子女である彼女達に何かがあったら、その実家である貴族家と険悪な関係になってしまうからだ。
 モンモランシーは、貴族の力関係やら人間の嫉妬の感情やら、ある意味勉強にはなっていると思っていた。

「同じトリステイン軍だけど、飯から給与から待遇も違うからな」

 才人の言う事にも一理あった。
 イチローが魔法学院都市で集めた部隊と、魔法学院の生徒達からなる志願兵達。
 これは、毎月の給与と最高の衣食住が保障されている。

 次に、これよりは劣るが、それなりの待遇を受けている常設軍。
 彼らは、高い練度と士気を維持している連中だ。
 
 最後に、諸侯軍の兵士達。
 彼らは税金の一種として従軍しているので、完全に無給であった。
 衣食住とて、ヴァリエール公爵のように給料で雇われている兵士達に比率が高く、今回は長滞陣という事で臨時に小遣いを与えたり、その待遇に気を使っている者もいれば、ほぼ最低限の待遇という可哀想な連中もいて、これが連合軍内の不協和音にも繋がっていた。
 特に、長滞陣ともなれば深刻な問題であった。

「タナカ辺境伯が、金と物資を出せば解決するじゃないか」

「サイト、そんな簡単に言うけど……」

 モンモランシーとてバカではないので、それをすれば先のような出来事は大分減る事はわかっている。
 だが、そのイチローが出した費用は全てトリステインの借金となるわけなので、最近書類を見て悩む事が多いというアンリエッタ王女の話を父親から聞いていたモンモランシーとしては、安易に賛成するわけにもいかなかったのだ。

「今さら、七十年ローンが百年ローンになっても同じだろう?」

「同じだな」

 才人の言葉を聞いたイチローは、その後笑顔でアンリエッタ王女に従軍している諸侯軍兵士達の待遇改善に関する上申を行い、それは認められる事となる。
 アンリエッタ王女は、それを笑顔で認める度量の広さを貴族達に褒められていたが、内心では増える借金の額の方がさぞや心配であったであろう。

「……」

「何だよ、えらく静かだな」

 そして最後に、少し集合が遅れていたルイズが疲労感一杯の表情で入って来る。
 
「そんなに、お義母さんのシゴキは辛いか?」

「お義兄さんも、一緒にいかがですか?」

「俺、忙しいから」

 イチローが魔法学院の生徒達も従軍させたために、必然的に戦場に出る事になったルイズであったが、今さらヴァリエール公爵は反対はしなかった。
 イチローの傍にいるという事で、安心したのも理由の一つであったが、もう一つ明確な理由が存在していた。
 自分の妻であり、ルイズの母親であるカリーヌのある一つの決定であった。



『ルイズ。戦場とは、何があるのかわからない場所です。そこで、私はあなたを鍛える事にしました』

 事実上の死刑宣告に等しい通達であった。
 ルイズは返答する間もなく、ガリア北部に進軍してからの二ヶ月以上の時を、彼女とのマンツーマンでの訓練に当てていた。
 通常の色々と割り振られる任務と合わせての、烈風カリンとの訓練。

 最初に話を聞いた、カリーヌの永遠のパシリであるマンティコア隊隊長のゼッサールは、ただ天を仰いで祈るだけであったという。
 それほど、大変な事であると彼は考えていたのだ。

『ルイズ、話は婿殿やアンリエッタ様から聞きました。虚無の魔法の使用を一切禁止します。これより、ルイズの使える魔法はコモンマジックだけです』

 カリーヌは、ルイズに一切の虚無の魔法の使用を禁止していた。
 理由は簡単である。
 今にもゲルマニアに経済的に侵食されそうなトリステインの独立が保てている理由の一つが、彼女の虚無の魔法であったからだ。
 彼女のエクスプロージョンで、侵攻軍に大損害を出してまで取るほどトリステインに価値は無いという事であり、ならば万が一の時に備えて余計な魔力の消耗は慎むべきというのがカリーヌの考えであった。

『ですが、それでどうやって戦えと?』

『婿殿のように、武器を多用する事です。ですが、あなたに今から剣を教えても遅いでしょう。銃を覚えなさい』

 イチローは、インチキ魔法よりも武器を使う方が好きで、暇があれば銃の訓練などを定期的に行っていた。

『メイジが銃を使うなんて野蛮です! それに、私には使い魔のサイトが!』

『では聞きますが、あなたは自分に差し迫った危機が訪れた時に、使い魔が守ってくれる事を期待して、その場で呆けているのですか? そんな理屈は、戦場では通用しません。嫌なら、婿殿にお願いして後方へと移動です』

『そんなぁ……』

 以上のようなやり取りがあり、ルイズはカリンからの手ほどきを受ける事となった。
 基本的な体の動かし方から、コモンマジックを用いた戦闘方法。
 それに、イチローが後から持って来た銃の扱いまで。
 カリーヌは、意外にも銃と言う武器を扱う事に抵抗感が無いようであった。
 すぐにイチローから、ヴァリエール家の家紋や装飾の施されたライフル銃や拳銃を取り寄せて、暇さえあれば射撃訓練を行うようになっていた。

『美しい武器とは、使い易くて威力がある物の事を言うのです』

 昔に、ブレイドの魔法で戦艦を切り裂いたという噂もあるカリーヌであったが、魔法以外にも、攻撃の手数は多い方が良いと考えているようであった。

『従来の銃に比べると、長射程で貫通力も高い。しかも、連射が利くのが素晴らしい。これでは、遠くから狙撃をされると魔法での防御は間に合わない可能性が高いですね』

 カルーヌは、ルイズをカリーヌ本人の基準では軽く扱きながら、自分も銃の練習をしていた。
 そしてその内に、更に装飾を施したり、銃剣と予備の杖を仕込んだりした銃を公に席に持って現れるようになり、『あの烈風カリンも使っているし』という事で、自分も銃を持つ貴族が少しずつ増える要因ともなっていたのだ。



「それで、少しは強くなったのか? 我が義妹よ」

「全然、実感が無いわ」

 イチローは、この二ヶ月カリーヌに扱かれ続けた人間が、自分が進歩したと感じる事が出来るのかを疑問に思っていたが、実際にカリーヌに圧倒され続けたルイズは、あまり自分に自信が無いようであった。

「いいんじゃないの? 本来は、後方支援人員なんだから。実際に戦闘に巻き込まれたら、それはある意味、負けなわけだし」

「とにかく、お腹が空いたわ」

 ルイズは、シエスタに持って来て貰ったイチゴ大福を貪るように食べていた。

「クックベリーパイは無いぞ」

「これも美味しいから、これでいいわ」

「随分と沢山食べるようになったのは良いけど、まるで成長しとらんな。主に体とか」

 才人は、ルイズをからかっていたが、次の瞬間には後頭部に冷たい感触を覚えていた。
 いつの間にか、才人の後に移動していたルイズが、拳銃を才人の後頭部に押し付けていたのだ。

「随分と口の悪い使い魔ね。その口の元を断っていいかしら?」

「いやだなぁ、ルイズさん。冗談ですよ。冗談」

 どうやら、烈風カリンに二ヶ月も鍛えられたのは伊達では無かったらしい。
 他にも、イチローから秘かに疲労軽減・肉体強化のナノマシンを投与されていて、寝ている間にもやはり極秘裏に睡眠学習の類を受けていた。
 ルイズは、あまりに自分の母の訓練が辛いので夢にまで出て来ていると感じたらしいが、おかげで、ここ二ヶ月の訓練は普通に訓練の二十ヶ月分には相当する物になっていた。

「ねえ、タバサ」

「おかしい。彼女の動きが見えなかった」

 魔法を使った気配も無いのに、ルイズの先ほどの動きが読めなかったタバサは、キュルケと二人で驚くばかりであった。
 
「(もう、タナカ辺境伯は余計な事をしちゃうんだから)」

 ライバル関係にあるルイズの強化に、キュルケは内心で舌打ちしていたが、別にイチローとてルイズが愛おしくて仕方が無いから鍛えさせたわけでもない。

『あまり公には出来ませんが、ルイズ嬢はトリステインの虚無の担い手。時が来れば、我らの聖女たる存在となるのです』

 今はまだ具体的に何かあったわけでもないが、ヴィットーリオはどうやって調べたのかは不明であったがルイズの虚無の情報を掴んでいて、アンリエッタ王女の前などでは、ルイズを将来の聖女であると讃えているらしい。
 明らかに自分の娘が利用されると考えての、カリーヌのルイズ強化策でもあったのだ。

 イチローは、それに協力させられたに過ぎなかった。
 護衛の負担が減るという観点から、しっかりと支援はしていたが。

「そうです。皿に盛れるだけ盛って来るのです。それと、新作のバナナ大福があるとか? それも、もう一皿。それと、お土産に二百人分を、帰りにすぐに持って帰れるように」

「なっ!」

「いつの間に!」

 イチローは、次の瞬間には自分の隣の席に座ってシエスタにオヤツの注文をしていたカリーヌに、心臓が止まるのではないかと思うほど驚いていた。
 あのコルベールすら気配を感じなかったので、彼も驚きを隠せないようであった。

「あれが、伝説の?」

「ああ、確か、ブレイドで万単位の敵軍兵士を切り裂いたとか?」

「僕は、暴れ竜の群を全滅させたと聞いている」

「戦艦を切り裂いたのは確実らしいな」

「艦隊を全滅させたんだろう?」

 ギーシュ達男連中は、ルイズの母親にして生きた伝説となっているカリーヌを目の当たりにして、小さな声でその過去の戦果を噂し合っていた。

「お義母さん、心臓に悪いので、いきなり来ないでください」
 
 まさか呼んでないとも言えないので、今のイチローに言える事はこれが限界であった。

「婿殿、今日のオヤツであるイチゴ大福は、姫様の大のお気に入りなのです。他にも、アニエス隊長や銃士隊員にも人気が高い。ですが、昨今のトリステインの財務状況を考えるに……」

「つまり、集りに来たと?」

「簡単に言うと、そういう事です」

 カリーヌの身も蓋もない発言に、トリステイン出身者から溜息が漏れる。

「噂によると、婿殿はヴィットーリオ様から褒美を頂いたとかで? あまり吝嗇な事は言わない事です」

「ほう、あのヴィットーリオ様がですか?」

 どこから聞き付けたのかは知らなかったが、カリーヌは僅か三十分ほど前の出来事を既に知っていた。
 そして、今のヴィットーリオにどんな褒美が出せるのか興味深々なコルベールが彼女の話に乗って来る。

「例の名誉称号と、将来の領地を下賜されたとか」

 簡単に言うと、先のアンリエッタ王女の名誉貴族称号をパクった物であった。
 ヴィットーリオは、多額の寄付や人員を送った者に対して、名誉称号を前に付けた神官の位を贈っていたのだ。
 功績度に応じて、司教、司祭、助司祭などの他に、昔に廃止されている侍祭、祓魔師、読師、守門の位階を復活させて、名誉称号として一代限り与えるという手法を用いていた。
 金の代わりに名誉を与え、しかもこれは貰った人物が死ねばチャラとなる。
 こんなに都合良い集金方法を考え付くヴィットーリオは、やはり非凡な男なのであろう。

 ちなみに、名誉枢機卿という名目で言えばマザリーニ枢機卿と同等の地位すら与えられている。
 アルビオンのジョージ1世、ゲルマニアのアルブレヒト3世、トリステインのアンリエッタ王女と、交戦国以外の国のトップにであったが、その裏には多額の寄付という物が付いて回っていた。

「俺も、名誉助祭枢機卿だったかな? ええ、任命はされましたけどね。あんな物は、飾りでしょう?」

 一番金は出しているのだが、国のトップと同じ名誉枢機卿職を与えるとバランスの問題が出るので、イチローはその一段下の職位を貰っていた。
 
「我が夫も、同じ物を貰ったようです」

「大分、寄付金を出したみたいですね」

「……」

 返事もしないで黙々とイチゴ大福を優雅に一個でも多く食べようとしている自分の母に、ルイズは自分の実家がどれだけの大金を出したのだろうかと考えると共に、以前は無条件に信じていたブリミル教に対する疑問を感じ始めていた。

 しかも、同じような考えに至る、特に若い世代は意外と多く。
 彼らが国や領地の政治を見るようになると、劇的にブリミル教の地位が低下していくのは皮肉と言えば皮肉であった。
 ただ、それはまだ十年以上は先の話であったが。

「あと、領地も貰ったんだよな」

「領地? 国を追われている教皇がか?」

 才人からすれば詐欺に等しい話であったが、イチローは確かに領地をヴィットーリオから下賜されている。
 というか、正確に言うと永久貸与の約束を貰っていた。
 ロマリアという国においては、土地の所有権は全て始祖ブリミルに帰する物であったからだ。
 ただ、使用権という名目で実質的な所有権が存在をしていた。
 
「どこを貰ったんだ?」

「ええと、ロマリア周辺の島を少々」

 前の世界で言うところのイタリアに相当するロマリアには、サルデーニャ島、シチリア島、コルシカ島に相当する島が存在している。
 だが、こちらの世界のこれらの島々は、少しロマリア本土から離れていたし、周辺の海にはサーペントなどの幻獣なども多く出没し、何よりエルフの根拠地である北アフリカや中東に類する地域と接しているという点が、島の発展を阻害し続けていた。

 ロマリアがエルフと和解して、貿易の中継点にでもすれば栄えるのであろうが、それは今のロマリアには絶対に不可能であろう。
 僅かな漁村と農業と牧畜が行われている。
 主に大きな島が三つと小さな数十の島で、人口は合計で二千人もいない。
 今回の内乱に気が付いていない住民がいるくらいの、文字通りの僻地で田舎であった。
 
「ロマリアを構成する都市国家群を渡すほど、教皇猊下もお人好しじゃないか」

 ハインリッヒは、更に幾つかのヴィットーリオの意図にも気が付いていた。
 都市国家に所属せずに宗教庁の管轄化にある田舎の島を、イチローに永久貸与する理由は、そこであればあまり国内から文句が出ないからという事なのであろう。
 それに、貸与しているので譲渡しているわけではないという面目も立つし、政治とは常に流動的な物なので、教皇が替われば発展したこれらの島々を没収する事も可能といえば可能であった。

 そして最後に、これらの島を聖地奪還のための補給・中継基地に作り変えるには、イチローを使うのが好都合という一番の理由が存在していたのだ。

「とはいえ、貰った領地に着任すら出来ないというのもね」

「着任なんて夢物語だな」

 現在のロマリアは、ジョゼフ王の傀儡である聖ヨハンナ1世を新教皇をトップとする連中に支配されているし、周辺の小国群も既に完全にロマリアに占領されていた。
 しかも、自分達が今いるガリア北部との間には広大なガリア領土も広がっていて、どう考えてもイチローがその新領土に着任できるはずもなかったのだ。

「そんな名目だけの領土、実際に着任する必要なんて今はないな」

 ハインリッヒにそう説明するイチローであったが、その考えが非常に甘い事を知るのは僅か数日後の事であった。




「すいません、今、何と仰いましたか? タナカ辺境伯」

 数日後、忙しい公務の合間にお茶を楽しんでいたアンリエッタ王女の元に、またヴィットーリオに呼び出されていたイチローが顔を出したのだが、彼の口から衝撃の事実が飛び出していた。

「教皇猊下が、三日後にロマリア本土を目指して出撃するそうです」

 多くの敬虔な信者達からの新たな資金・物資・人材の供与を受けて、イチローに言わせると、『ゴキブリのように復活した』義勇軍は、総勢六万という驚異的な数を持ってしてロマリア奪還作戦を実施するとイチローに通告していた。

「戦いは、持久戦で行くと決まったのでは?」

 アンリエッタ王女は、紅茶を入れたカップをプルプルと震わせながらイチローに質問をしていた。

「アルビオン、ゲルマニア、トリステイン、亡命新生ガリア軍の基本方針はそうですね。もっとも、亡命ロマリア義勇軍は連合軍には正式には入っていないのです」

「そういえば、そうでした……」

 いくら亡命者でも、教皇は王は勿論皇帝よりも上の立場にいる人間であり、下手に義勇軍を連合軍に入れると指揮権を奪われる可能性があったので、彼らだけは別枠の同盟者という立場に置かれていたからだ。

 ただ、いくら何でも何の相談もなしに出兵とは、穏やかな話ではなかった。

「正直な話、腹の立つ事ではありますが、私に止める権限はありませんね」

 アンリエッタ王女としては、義勇軍が、その注ぎ込んだ費用に見合う損害をガリア軍に与えてくれる事を祈るのみであった。
 むしろ最近では、ガリア軍の大軍と、相討ちにでもなって欲しいとすら感じていたのだ。

「それで、私も行くみたいなんですよ」

「えっ!」

 次の言葉で、アンリエッタ王女の動きが一瞬止まってしまう。
 何か信じられないというか、あり得ない話を聞いたような気がしたからだ。

「ですから、私も出兵するそうです」

「そんな無茶な話がありますか!」

 アンリエッタ王女は珍しく声を荒げていたが、実は彼女の言動にそれを許す根拠がちゃんと存在していた。
 
「私の、ロマリア南部諸島部の領有を許可しましたよね」

「それは……」

 政治的状況からそれを断れない事情があったのだが、今回のイチローの従軍の根拠にもなっていた。
 『自分の領地なんだから、自分で取り返すように』という、貴族であれば拒否のしようもない理由を提示されては、イチローとしても断りようが無かったのだ。

 それに、本来はゲルマニア貴族であるイチローを、無理にトリステイン貴族にして利用しているのはアンリッタ王女も同じ事であり、ヴィットーリオに文句など言える立場になかった。

「アルブレヒト3世は、何と仰っているのです?」

「基本的に放任主義なので。あの人」

 アルブレヒト3世としては、イチローが義勇軍に参加させられる事の方が利に叶っていると思っていた。
 イチローというジョーカーが色々な場所に引っ張り回されて、そこで状況をかき乱せばかき乱すほど、ゲルマニアの利益になるのだから当然と言えば当然であった。
 それに、イチローは少し不幸なくらいが、周囲の嫉妬をかわすのに都合が良いと思っていたのだ。

「それで、どれほどの戦力を連れて行くのです?」

 アンリッエタ王女としては、イチローが指揮下にある全軍を連れて行くのだけは勘弁して欲しかった。
 特に、あの五機の鉄の鳥が合体するゴーカイザーというガーゴイル。
 あれが無いと、大量のヨルムンガントや新型ガーゴイルに負けてしまう可能性が高かったからだ。
 
「ギーシュ達を置いて行くしかないのかな?」

 ゴーカイザーを構成する各マシーンは、合体しなくてもヨルムンガントは十分に撃破可能なので、イチローはゴーカイザーとしての運用は諦めないといけないと感じていた。
 それと同時に、この状況をジョゼフ王が狙ってやっているのだとしたら、どれほど有能なんだろうとも思っていたのだ。

「全軍や全ての装備や物資を船で運ぶので、千人を連れて行くのが限界ですね。補給も船でするしかないですし」

 ヴィットーリオ的には背水の陣での、ロマリア本国への進撃。
 だが同時に、『また失敗しても、懲りずに義勇兵を集めるんだろうな。ヴィットーリオは』とも思うイチローであった。

「死んでいく人達が哀れですね」

「そこまで責任は持てませんね。それに、傍から見て不幸でも、彼らは始祖ブリミルのために死ねて幸せかもしれない。一か八かの人生の賭けなんだから、余計な口を挟むなと言うかもしれない。そういう物ですよ」

「タナカ辺境伯、あなたも自分に付いて来ている人達を、このように捨て駒として使うのですか?」

「アンリエッタ様、私の所に来ている人達は、普通に暮らしたい人達だけだと私は信じたいですし、そのように私も動いていますので」

 イチローは、アンリエッタ王女の半ば皮肉を込めた質問にそう答えてから彼女の元を辞する。
 これから関係者を集めて、出兵の準備を始めないといけなかったからだ。
 約一時間後、イチローの元には各所に散って仕事をしていた関係者達が集まる。

「この期に及んで、また出兵ですか? 兵站が持ちませんよ」

 最初に呆れながら発言をしたのは、部隊全体の統率を実質的に執っているコルベールであった。

「一見すると対抗戦力は少ないですし、行けると踏んだのでしょうね」

 ミシェルもコルベールに続いて意見していたが、なぜか彼女は何か裁縫のような事をしながら発言していた。

「ミシェル隊長、何を縫っているの?」

「あの、ミスタ・コルベールの軍服のボタンが取れていたので……」

 学院の教師であった頃と違い、彼は魔法学院警備隊の指揮官用の軍服を着用していたのだが、そのボタンが取れているのを見つけて、甲斐甲斐しく縫っていたようであった。

 イチローは、端でまたションボリとしているレイナールを見て、彼への好感度をまた少し上げていた。
 自分と同じ臭いのする人間であったからだ。

「ガリアの首都リュティス、ガリア北部、ガリア西部のマジノライン。ある程度纏まった戦力は、この三つに絞られるか……」

 トリステイン軍を中心とする連合軍ガリア北部方面軍は、二つの纏まった戦力と対峙していた。
 ガリアレコン・キスタでタバサに調略されなかった部隊と、元々の地元の貴族達が編成している諸侯軍とであったが、この二つは別部隊で本来は対立関係にあるはずなのに、なぜか防衛戦では共同歩調を取る事が多かった。

 つまり、ガリアレンコ・キスタは、完全にジョゼフ王の管理化にあったのであろう。
 しかも、この諸侯軍にもジョゼフ王からヨルムンガントやガーゴイルが支給されて、専用の運用員や整備員も派遣されていたので、双方は完全に睨み合いの状態となっていた。
 所詮はトリステインなど、ガリアの十分の一の国力も有さない小国だったという事であった。

「ロマリアの主力部隊も、マジノラインに大半が展開していますからね。辿り着ければ勝ちと教皇猊下は思っているのでしょう」

 コルベールは、戦力を少数精鋭に限定し、全て空中船で移動し、補給も全て空中船を使い、敵との交戦はこれを避けて脇目もふらずにロマリアに突入すれば、とりあえずは勝てるかもしれないと意見していた。

「そうだね。それだと、最初は勝てるかもね」

 たまたまここに来ていたので、オブザーバーとして会議に参加していたイザベラ王女が、コルベールの考える戦法についての評論を行う。
 
「ですが、補給か尽きると、現地で野垂れ死にです」

 飢える事はないかも知れないが、火力を重視した部隊を編成すると、武器弾薬の補給が尽きたらただの少数の通常部隊に転落してしまうので、出来ればその戦法は取って欲しくないコルベールであった。

「でも、その線で行くと思うね」

「イザベラ、その根拠は?」

 以前ほどの対立関係でも無くなったタバサが、ヴィットーリオがその作戦を取る根拠をイザベラ王女に尋ねていた。

「簡単な事さ。ヴィットーリオは、聖ヨハンナ1世だっけ? アレの身柄を押さえれば勝ちだからね」

 聖ヨハンナ1世こと聖女ジョゼットは、常にロマリアの宗教庁本部に詰めて教皇としての仕事を行っている。 
 おかげで、ロマリアは大規模な出兵をしている以外は、政治的には安定しているとの密偵からの報告であった。

「ヴィットーリオが聖女ジョゼットの身柄を押さえると、その時点で向こうはヴィットーリオに対する切り札を失ってしまうのさ」

「でもさ。向こうもバカじゃないだから、警護の部隊くらい居るだろうに」

「二千人規模の戦力を配備して警備しているね。ただ、距離的に考えて、聖女ジョゼットが我々に襲われると考えるのは難しい。素人戦術だが、理に叶っていないわけでもない」

 才人の疑問にハインリッヒが答えるが、どう考えても博打要素の強い作戦ではあった。

「でも、ヴィットーリオはこれで勝負を賭けるしかない」

「タバサ、その根拠は?」

 キュルケの質問に、タバサは簡潔に答える。
 つまり、戦いが長期持久戦に移行してしまったために、ジョゼフ王を討つという目的が達せられない可能性が出て来たのだ。
 このままズルズルと睨み合いを続けていると、今のラインでそれぞれの領有権を認めて停戦・講和という可能性が出て来ていたからだ。

 ガリアは西部のかなりの地域を失うが、実質的にロマリアは属国扱いで、教皇という政治的には切り札になる人物を押さえていて、しかも多数の周辺国を占領しているので、実質的には領土が増えている状態だ。
 しかも、事前に西部からかなりの人間や物資を動かしているので、彼らをロマリアなどに、ロマリアの貧民などを周辺国に移住させと、戦後の統治政策でガリアの支配力を強化させるのにそれほどの難儀は感じないであろう。
 それと、エルフの勢力圏との間にある、イチローが前にいた世界では地中海と呼ばれていた海。
 これを独占できるというのは悪い事ではなかった。
 ハルケギニアの国家で一番最初にエルフと交渉していたジョゼフ王の事なので、それが戦後に拡大して経済力の強化に繋がる可能性があった。
 
 他にも、ゲルマニアやアルビオンが戦後に新大陸などの領土経営に力を入れるとなると、ガリア南東部の諸国家に対する警戒感が薄れ、その方面に進出して領土を稼ぐという方法もある。

 ガリアは今の状況を維持できて講和に移行できれば、その時点で勝利であった。

「トリステインは、人口密度の薄れたガリア北部占領地域のの経営とこの戦争の借金で戦後は大人しくせざるを得ない。戦争など無理」

「ラグドリアン湖の水運がお金になるには、かなりの時間がかかるか。ところで、私達はどうなるんだい?」

「現在ゲルマニア・アルビオン連合軍が抑えている、ガリア西部の一部を貰うとか。ガリアの王権奪還は、あくまでも私が行わなければいけない事。彼らは援助はするが、絶対に最後まで手を貸すなどというムシの良い話はない」 

「まあいいか。狭い国家でも、居場所さえあれば」

 イザベラ王女とタバサは、最悪今の時点での講和も覚悟していたが、絶対に納得できないであろう人物が一人いた。
 勿論それは、ヴィットーリオの事であった。

 戦後、ロマリアを失って流浪の教皇となった彼に、聖地奪還どころか将来の保障すら無いのは確実であったからだ。
 他にも、イチロー達はまだその正体を知らなかったが、現在義勇軍の司令官になっているワルド子爵に、補給や政務などを行っている執政官であるゴルドラン伯爵と。
 彼らは例え賭けに出ても、自分の居場所を確保する必要があった。
 負けたら、負けた後に対策を考えれば良い。
 そういう考えで、二度目の義勇軍の準備を進めていたのだ。

「というわけで、彼の最後の火遊びに参加するのは……」

 イチローは、その場に居る面々にそれぞれにこれからの任務を割り振っていた。
 コルベールは、ミシェルと残留して残留部隊の指揮を。
 それにギーシュとマリコルヌが残って補佐をしつつ、もしヨルムンガントが出たらそれを撃退する役割を与える。
 
 そして、イチローが千人の部隊の指揮を執り、前に竜騎士を二騎落としたギムリとレイナールに数人の学生組を付けて実務を任せる事にした。

「というわけで、出番だ。地味組諸君」

「「大きなお世話だ!」」

 余計な事を言ったイチローに二人のツッコミが入るが、他にも才人、ルイズ、テファの従軍も決まっていた。

「どうして、私なんです?」

 いきなりの特攻任務に、テファは不安で一杯のようであった。

「悪いけど、テファはアルビオンの代表扱いなんだよね。ちなみに、僕も従軍決定。ゲルマニアの代表って事で」

「私も、行く事になった」

「ロマリア観光とか出来るのかしら?」

 何しろ無茶にもほどがあり、駄目なら逃げ出さないといけない作戦なので、テファの他にもハインリッヒや、タバサ、キュルケなどの従軍も決まっていたが、それを喜んでいる人は少なくともここには一人も存在しなかった。

「お義兄さん、私はどうして何です?」

「そりゃあ、聖女ルイズ様ですから。教皇猊下の直接のご指名だ」

「そうですか……」

 既に、ヴィットーリオやブリミル教の裏側に気が付いているルイズは、それを名誉だとも嬉しいとも感じなくなっていた。

「イチローが足の早い船を出すから、駄目そうなら教皇猊下を置いて逃げちゃおうよ」

「ハインリッヒ様、それはあまりに……」

 自分の婚約者となっているゲルマニア皇太子の暴言に、ルイズは素で半分引いていた。

「別に、そうしても問題ないけどね」

「どうしてですか? ハインリッヒ様」

「彼らも駄目なら逃げるだろうし、万が一にも残って最後の一兵まで戦うって言うのなら、これは彼らの信仰心から出る殉教なわけでしょう? 邪魔しちゃ可哀想だよ。彼らは、死んで天に召されるのだから」

「お前、サラリととんでもない事を言うな」

「イチローには負けると思うけどね」

 ハインリッヒの半ば屁理屈にイチローとルイズが呆れていると、そこに再びあの女性が現れる。
 ルイズの母親であるカリーヌその人と、彼女の永遠のパシリにして、でもマンティコア隊隊長のゼッサールであった。

「トリステイン側の代表として、私とゼッサール君が従軍します」

「皆さんの足を引っ張らないように頑張りますので」

 かなりの年配で、地位も高いはずのゼッサールであったが、カルーヌと並ぶと本当にただのパシリに見えるのを、イチロー以下全員が感じていた。
 イチローは、彼となら友達になれるかもと思っていた。

「では、マンティコア用の厩舎を備えた船を用意しますので」

「タナカ辺境伯、ありがとうございます」

「では、我々も準備があるので。行きましょうか。ゼッサール君」

「はい」

 僅かな時間でイチロー達の元を立ち去るカリーヌと、それに付いて行くゼッサールであったが、イチローは中間管理職にある彼の悲哀を誰よりも理解していた。
 まるで、昔の自分を見ているようであったからだ。

「あの、マンティコア隊の隊長って、確か子爵で領地も持っていたような……」

 ゼッサールが立派な貴族に見えないのではなくて、カリーヌの威圧感に比べるとその存在がくすんでしまうからなのだが、彼の見事なまでのパシリぶりに、主に男性陣は心から同情の視線を送るのであった。



 そしてそれから一週間後、ヴィットーリオの指揮する義勇軍五千人と、イチローの指揮する千人、ゲルマニア軍二百人、新生ガリア軍二百人からなる部隊は、五十隻近い大型空中高速艦艇に乗り込んで出撃の時を待っていた。

 船の隻数に比べて人員が少ないのは、暫く補給が途絶えても戦えるようにするために食糧・弾薬・武器などを満載していたのと、敵地への降下作戦なので練度の高い将兵を選抜したためであった。

「本当に、こんな作戦……。一度、ヴィットーリオの頭の中を割って見てみたいわ!」

「お義兄さん、秘かに夜に出るとか、そういう作戦は取らなかったのですか?」

 ブツブツと文句を言うイチローに、珍しくルイズの方から話しかけていた。

「五十隻の船がワラワラと動いた時点でバレる。というか、あの義勇軍で機密を保つのが無理」

 不特定多数の人間が出入りする義勇軍なので、きっとガリアやロマリア新教皇派のスパイが多数入り込んでいる事が予想された。
 それに、ヴィットーリオもそれを見越して動いていると思われた。

「じゃあ、既に敵軍が……」

「準備していると思うけど」

 だが、その点に関しては問題はなかった。
 連合軍北部方面軍は、ただ今全軍を持ってして戦いの準備を始めていて、全軍攻勢に見せかけた中から五十隻の船団がフルスピードでロマリアに向けて南下をする予定であった。
 ガリア北部方面軍は、その船団に追撃をかけたいところであろうが、それをするために背中を見せれば、連合軍残留部隊に攻撃を仕掛けられるので動けない。
 当初の作戦案では、出発は普通に成功すると思われていた。

「問題は、途中に邪魔が入るのか? ロマリアに降下できるのか? ロマリアを占拠できたとして、孤立しているけどどうするか? マジで頭痛いわ」

「……」

 一時間後、連合軍ガリア北部方面軍は、かねてより準備していた全面攻勢に見せかけた陽動作戦を開始して、ガリア北部諸侯軍連合の全軍と小競り合いを開始し、その間に五十隻の空中船からなるロマリア解放部隊(仮称)の発進に成功していた。
 ガリア側は急いで本国に通報すると共に、敵の意図が全面攻勢で無い事を知るとその場から静かに撤退を開始し、双方に小規模の損害が出て戦いは引き分けに終わっていた。


「そうか! 焦ったか、ヴィットーリオよ! 悪いが、お前のクビは余が直々に取るとしよう。余の可愛いミューズよ。ヴィットーリオが思いっきり遊べるようにお人形を沢山準備してやってくれ。それと、足の早い船の準備も忘れないように」

「かしこまりました」

 ガリア西部の、通称マジノラインの地下深くにある王族専用の司令室内で、ジョゼフ王はヴィットーリオとの直接対決を決意していた。


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