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召喚前夜編2
「ここが、ウィンドボナですか。結構、大きな都市ですね」

「そりゃあ、ゲルマニアの首都だからな」

 数日後、イチローとフィアナは、数人の護衛と共に帝政ゲルマニアの首都であるウィンドボナに到着していた。

「それで、皇宮はどこなんだい?」

「へい、この大通りをですね……」

 今回、皇帝に初めて謁見するために、イチローは使節団を編成したのだが、そこに護衛隊長兼案内役に任命された一人の中年男性がいた。
 ケスラーという四十歳の男性で、何でも先祖は没落した貴族だったとかで魔法が使え、そのスキルを生かして今までは傭兵業で稼いでいたらしい。
 だが、歳も歳だしという事で、イチローの領地の警備部隊の隊長募集の求人に応募し、そのまま採用されたという経歴を持っていた。
 何でも、火のトライアングルメイジらしいのだが、傭兵歴が長い彼は魔法を道具の一つと割り切っている部分があり、部隊の指揮もとても上手く、軍政家としての才能も持っていたので非常に重宝している人物であった。

「ウィンドボナは、初めてなんですかい? 伯爵様は」

「言ったじゃないか。俺は、東方生まれだって」

 周囲の目を誤魔化すため、イチローはロバ・アル・カリイエで権力争いに負けて没落し、ここまで放浪して来た貴族の生き残りという偽の経歴で周囲を納得させていた。
 
「だから、あんなに珍しい品々を輸入できたりするんでしょうけどね」

 真相は違うのだが、まだそれを話せるほど彼を信用しているわけでも無かったので、イチローは嘘を付き続ける事となっていた。

「ところで、タナカ伯爵領警備隊の編成は進んでいるのかね?」

「進んでますけど、名前がベタですね」

「そんな、幻獣とかの名前を付ければ良いと言う物でもないでしょう」

 タナカ伯爵領警備隊は、ケスラーを隊長とする総数二千人程度の常設軍であり、普段は領地に散らばって訓練を受けながらその地域の治安維持を行い、有事の際には諸侯軍として出陣するのがお仕事な組織であった。
 イチローが前にいた世界で、惑星の治安を維持している治安維持軍を雛形に作った組織である。
 
 十発弾装式の三十八式歩兵銃に似た銃剣付きの歩兵銃、手榴弾、軍用拳銃、将校には軍刀、鋼鉄製のヘルメット、軍服、炭素素材製の各種プロテクター、自転車、バイク、ジープ、装甲車、迫撃砲、後装式ライフル大砲など、万が一裏切られて装備が盗まれてもさほど腹が痛まない装備を支給していた。
 一応、能力面と合わせて心理テストや過去の経歴なども調べてから採用しているのだが、物事に万全などありえないというのがイチローの持論であったので、こういう結果になっていたのだ。
 ただ、彼らは領地などは支給していなかったが、非常に高給ではあったので、よほど条件が良くなければスパイなどはしないであろうと思われていた。
 それと、他にも小型戦闘用艦艇を装備した沿岸警備隊や、同じく小型の空中船を装備した空軍など、見た目であまり警戒されない程度の、それでいて、イチローに言わせると小粒でピリリと辛い、防衛に特化した軍隊を整備していた。

 それに、もし万が一とんでも無い連中と戦争になっても、いつもは水中と秘密ドッグに隠れている潜水戦艦や潜水空母で編成された、アンドロイド達が運用している必殺艦隊がいたし、最悪宇宙に行けば、もっと敵に回すと後悔する宇宙艦隊があったので、特に問題は無いと思われていた。

 それと、一応念のために言っておくと、これだけの大量の仕事をしたのはやはりフィアナ以下のアンドロイド達と、一部下部の仕事をケスラーなどの新規の人材に任せていたので、やはりイチローはあまり仕事をしていなかった。

「ところで、仰々しい格好ですね」

「一応貴族だからさ。それに、皇宮に行くし」

「いえ、我々の事です」

 イチローの貴族っぽい格好と、フィアナの将官専用の儀礼服は良しとして、自分達まで儀礼用の軍服を着せられている事に、堅苦しい事が嫌いなケスラーは文句があるらしかった。

「ケスラー大佐なんだから、身奇麗にしなよ」

「宮仕えの辛さですな」

 領主であるイチローをトップに、警備隊の総責任者である中将の階級章を付けたフィアナと、その下にいる陸のケスラー大佐、海のミッターマイヤー大佐、空のミュラー大佐とこれが警備隊の全容であった。

「閣下は、すぐにお会いになられるそうです」

 皇宮に到着後、イチローはすぐに皇帝であるアルブレヒト3世に謁見する。
 お供は、フィアナとケスラーであった。

「アルブレヒト3世陛下におかれましては……」

「余は、陛下ではない閣下だ」

 アルブレヒト3世は、始祖ブリミルの血を引いておらず、他国の王と比べると格下の存在と見なされているため、他国の王が《陛下》と呼ばれるのに対し、アルブレヒトは《閣下》と呼ばれていたのだ。

「私は他国の人間だったので、いまいち理解できませんね」

「余は、始祖ブリミルの血を引いておらぬからな」

「何でも、古臭い物が好きな人はいるものです。それに、私のいた場所では王よりも皇帝の方が偉かったんですよ。皇帝が功績のある者を王に命じて領土を与えたのです」

「なるほどな」

 アルブレヒト3世は笑みを浮かべ、イチローは彼に自分を印象付ける事に成功していた。
 だが、よくよく考えると、『別に、そこまで彼の記憶に残らなくて良かったのでは?』という事に気が付いたのは、自分の領地に帰ってからの事であった。

「その方は、無人の土地を開発するのが得意らしいな」

「いえ、持ち主不在だから勝手に開発して占拠しているだけです」

「もう不法占拠ではないぞ。何しろ、余のお墨付きだからな」

「ところで、一つ疑問に思ったのですが、他の国は同じ事を考えなかったのでしょうか?」

 誰も住んでいなかったので、どこの国も領有を宣言していなかった島々であったのだが、今は状況が変わっている。
 もし、他の国がゲルマニアに追随する動きがあったら、国際問題にもなりかねなかったのだ。

「トリステインに、そなたのような得体の知れない男を貴族にするほど度胸は無いな。アルビオンのジェームズ1世も同等だ。古臭い男だからな。唯一、ガリアのジョゼフは警戒していたのだが、どうやら興味が無いらしい。そこで、今回の行動に踏み切ったわけだ」 

 イチローは、他の国の国王達が保守的で古臭い事に心から感謝していた。
 そして、今度もまた贈り物をいくつかする事にする。
 重ね重ね言うが、物を貰って喜ばない人はいないからだ。

「ほう、地図か」

「北方の海上の探索が終わり、正確な地図が完成いたしましたので。ついでに拠点を築いて領土に組み入れております」

「そうか、ご苦労だったな。タナカ辺境伯(侯爵)」

「あの、私は伯爵ですけど」

「気が変わった。そなたは、辺境伯だ」

 イチローは、デジャブを感じていた。
 過去に軍人の職を押し付けられた無能な先輩に代わって、初めて敵の艦隊から星系を奪取した時、軍本部から速攻で連絡が届いて、いきなり大佐から准将になった時の事をだ。

「(まあ、いいけどね……)」

 続いて、新領土から産出する鉄鉱石を少し安く売るつもりがある事と、ゲルマニアではコークス自体の使用が始まっていたので、高炉法の技術書と、昔の資料から探して来た高炉の設計図と、鋼鉄を作るための転炉の技術書をアルブレヒト3世に手渡していた。

「お手本があれば、真似は容易ですよね。それと、技術者を派遣する用意があります」

 とはいえ、それは魔法だけに偏らずに、便利であれば科学技術なども重要視するゲルマニアだからこそ役に立つ知識であった。
 多分、トリステインに持って行っても宝の持ち腐れであろう。

「それは、東方の技術かね?」

「そんな所ですね」

 他にも、自転車と人力車数台と予備の部品、コンクリート、日本刀や鎧兜、陶器、漆器、着物、お餅、乾麺、乾燥蕎麦、昆布、鰹節など、何となく東方な品々と合わせて献上していた。

「タナカ辺境伯は、本当に剛毅な事よな」

 イチローに沢山のお土産と技術を貰い、アルブレヒト3世はご機嫌であった。
 他の貴族や王家にではなく、自分にだけこれらの物を渡してくれたので、これらを上手く使えば帝政ゲルマニアの中央集権化に大きく役に立つからであった。
 それに、領土は広いが多くの領主の寄せ集めで臣下の忠誠心などに期待できない自分に、皇帝の庇護と身分の保証を求める使える男が現れた。
 お互いに利益があるからこその打算的な関係とも言えるが、権益を侵さないで利益さえ与えていれば、決して裏切る事は無いと容易に判断できるのか楽で良い。
 そんな風に考えていたのだ。

「今日は、タナカ辺境伯が主役のパーティーを執り行わないとな」

 それから数日間、イチローはウィンドボナ周辺の視察と称して遊びに出かけたり、色々とお土産などを買ったり、他の貴族達との交友を深めたりと、それなりに忙しい時間を過ごしていた。
 そして、イチローが領地に戻る事になり、アルブレヒト3世と別れの挨拶をしていると、彼は急にこんな事を言い始める。

「そなた、許婚とかはおるのか?」

「巨乳で昼は貞淑だけど、夜は娼婦のような女を紹介してくれるので? ああ、あんまり年下は嫌です」

「……。そこまで、女性の好みをあからさまに言える男は初めてだな。本当は、一族の妙齢の女性でも紹介したいのだがな」

 長い権力闘争の果てに、全ての親族を幽閉しているアルブレヒト3世なので、翻意のある一族の娘などをイチローに紹介して、その女に誑かされたイチローが自分に裏切っては堪らないと思っていたのだ。

「そなたは、女性にモテそうに無いからな」

「あの……。忠誠心下げますよ」

「冗談だ。我が一族は無理としても、それなりの格式の家の娘を見繕っておこう」

「巨乳がいいです」

「そんな事を素直に言えるそなたが、女にモテるとは思えない」

 アルブレヒト3世に駄目男認定された顔は普通のイチローは、決して涙は流すまいと心に誓うのであった。






「やあ、君がタナカ辺境伯だね」

「この性格軽そうな兄ちゃんは誰?」

「恐れ多くも、アルブレヒト3世のご長男にして、皇太子殿下であらせられますハインリッヒ様です」

 身長はイチローよりも五サント(五センチ)ほど高く、金髪、碧眼、美形と絵に描いたような男の敵が、皇帝の息子である事をフィアナが教えてくれる。

「いっ! これは、失礼をいたしました」

 ここで機嫌を損ねて領地没収とか言われると色々と大変になるので、気持ちを切り替えてから皇太子に媚び諂うイチローであった。

「ああ、そういうの嫌いだから。フレンドリーに頼むよ」

「無理でしょうな。それで、ご用件の方は?」

「つれないな、イチローは。君の領地の視察というか、勉強というか、遊び?」

「いや、親父を手伝えよ」

 あまり皇太子らしくないハインリッヒの態度に、つい素の感情が出てしまうイチローであった。

「それも、微妙な話でね。父上に、『早くから自分と一緒にドロドロな事をしていると、アルブレヒト4世になった瞬間から、貴族達の忠誠心ゼロスタートだから、独自に動けよ』って話になったのさ」

「あの陛下、かなり悪どそうだからな」

「それは、僕も感じたよ。実際にそうだし」

「酷ぇ息子だな」
 
 自分が先に酷い事を言っておいて、ハインリッヒをこき下ろすイチローであった。

「まあ、そういう事だから、君と仲良くして独自の交友網を作るってやつ? という事で、暫く厄介になるから」

 ゲルマニアお土産としては、非常に厄介な物を抱え込む羽目となったイチローなのであった。






「司令、ハインリッヒ様。朝食の準備ができております」

 領地に戻ってから一週間後、厄介で軽い皇太子ハインリッヒに押し掛けられたイチローは、以前のように自堕落な生活からは無縁の日々を送る事となっていた。

「おはよう、フィアナさん。ところで、どうしてイチローの事を司令と呼ぶの?」

「タナカ辺境伯警備隊の司令ですから」

 『本当は、第七銀河帝国宇宙軍の上司だからです』という言葉を飲み込んでから、フィアナが質問に答える。
 
「ところで、朝食は何かな?」

「今日は東方風です」

 食堂には、既にご飯、味噌汁、卵焼き、シャケの塩焼き、ほうれん草の御浸し、タクワンという定番のメニューが置かれていた。
 人類が宇宙に出て数百万年、日本風の文化はいまだに健在であった。

「ここの食事は、種類も豊富で味も最高。オヤツも酒も上等と言う事なしだね」

 ハインリッヒは、居候の癖に遠慮なしに大量の飯を食らっていた。

「あまり食べ過ぎないように。今日は、訓練ですから」

「頑張ってね、4世陛下」

「司令もです」

「やっぱり?」

 本当かどうかはかなり疑問であったが、公式にはここに勉強に来たという皇太子のために、フィアナは様々なスケジュールを組んでいた。
 領土内の様々な施設や町や警備隊の見学と、実際に経験できる事の実践など、漁業に出てみたり、鉱山で採掘をしてみたり、農業をしたり、工場で作業をしてみたり、そして三日前ほどからは警備隊で実際に訓練を経験してみるという事になっていて、忌々しい事にイチローも一緒に参加するようにと、フィアナに申し付けられていたのだ。

「俺、ご主人様なのにな」

「怠け過ぎて逆鱗に触れたんだよ。我慢して、訓練に参加しなよ」

 一般警備員の装備を借りた二人は、行進、行軍、体力強化訓練、射撃訓練、座学と様々な訓練項目を次々とこなして行く。
 ここの警備隊は待遇がかなり良く、多数の応募者の中から選りすぐられた精鋭達ばかりなので、その訓練はかなり過酷な物となっていて、二人はヒーこら言いながら訓練に参加していた。

「何? このスパルタ」

「でも、面倒臭がっているわりに、意外と無難にこなすよね」

 全て睡眠学習ではあったが、多才な能力を身に付けているイチローは、心情的に訓練が嫌なだけで、別に訓練に付いて行けないわけでは無かったのだ。
 ちなみに、ハインリッヒは間違いなく帝王学を受けたエリートだったので、同じく無難に訓練をこなしていた。

「へえ、意外とやりますな」

 警備隊の陸部門の責任者であるケスラー大佐が、珍しく二人を褒めていた。

「魔法第一の貴族の息子だから、体力が無いと思ったのかい?」

「まあ、そんな所ですよ」

「ケスラー大佐、不敬罪になるぞ」

「いや、ならんでしょう」

 傭兵としてゲルマニアの軍にいた事もあるケスラーが、言うと罰せられるような不用意な事を言うはずがなかった。

「そうだね。実際に皇宮にいるとさ。多くの貴族が、父上の悪口を言っているわけだ。それと、幽閉されている誰々を救出して、父上を殺して新しい皇帝に即位させようだとかさ。まあ、それくらいで一々激怒していたら、やってられないわけだね」

 身の蓋も無い現実に、イチローはただ呆れるばかりであった。
 
「それに、そんな事を言っていたら、イチローも十分に不敬罪だから」

「言えてますな」

 二人の意見がピッタリと一致した事で、イチローは精神的にも疲れてしまうのであった。






「外遊だな」

「4世。いきなり、何を言い出すんだ?」

 ハインリッヒが、タナカ辺境伯領に来てから二週間ほど、夕方のヤマト島で二人で釣りをしていると、不意に隣の皇太子がとんでもない事を言い始める。

「外遊?」

「そうだ。まだ自由に動ける内に他の国を巡り、為政者などの知己を得、様々な場所を視察して取り入れる部分は取り入れ、ついでに遊んで周り、出来たら綺麗な女性と仲良くなれると嬉しい」

 イチローは、『多分、後ろの二つが主な目的なんだろうな』と思っていた。
 何しろこの皇太子は、優秀な癖に自分と同じでサボり癖(イチローは自分を優秀だとは思っていない)があるらしく、更に行動心理なども似ている部分があって、今ではかなり気の合う友人同士になっていたのだ。
 ただ、唯一気に入らないのは、《美形である》という点であった。
 いつの世も、美形は男の敵であった。

「外遊は、公式的な訪問の事を指す。だが、外遊なんてしても面倒なだけだぞ」

 ゲルマニアの皇太子が訪問するとなれば、王族や有力貴族との会合や、歓迎の式典やパーティーなどと、肩が凝る行事に多数催されるからであった。

「お忍びにしよう」

「警備体制の事とか考えろ。アホ4世」

 もう既に公式の場以外で、イチローがハインリッヒに言葉で敬意を払う事は無くなっていた。

「駄目元で、フィアナに聞いてみようよ」

「そうだなぁ。一応、聞いてみるか」

 とは言いつつも、頼めば十分に可能な事はわかっているイチローなのであった。





「いいですよ。では、明後日に出発という事で」

 この一言で、アッサリと二人のお忍び旅行が決定し、二人は二日後の朝、ムサシ島の空中船専用港に到着していた。

「今回のお忍び旅行の、警備責任者を勤めさせていただきます。ルッツです」
 
 目立たない服装をした、ブラウンの髪の二十代半ばほどの男性が二人に挨拶をする。
 彼は、最近規模を拡大しつつある、諜報・情報収集部門(所謂汚れ仕事込み)でナンバー3を地位を持つ男であった。
 風のトライアングルメイジで体術や武器の扱いも上手く、それなりの修羅場も潜っているので、こういう任務にうってつけの男であった。

「うちも、新規の人が増えてるなぁ」

「そうですね。今、まともな暮らしがしたいなら、タナカ辺境伯領へというのが、平民達の噂ですから」

 恐ろしい勢いで開発が進んでいて、経済も鰻登りで、物資も豊富で物価が安定していて、仕事もあって治安も良い。
 実はハルケギニアには、貴族の領地や教会の荘園での生活の苦しさから逃げ出して流民となっている、戸籍にもカウントされていない人が多数いて、その人達をイチローは積極的に受け入れていたのだ。
 
 実は、その手の人達は武装をして犯罪を犯したり、流浪する過程で伝染病を広めたりする事があって、領主達の迫害の対象となっていたのだが、イチローは人口を簡単に増やせるという理由から彼らを積極的に受け入れていた。
 向こうは、防疫と治安維持に資金と手間がかからなくなり、こちらは簡単に人口が増やせと、双方に利益があったので、ほぼ黙認されている状態であった。
 
「それで、ルッツも同じ口で?」

「傭兵稼業ってのは、いまいち安定しませんからね。ちょうど、嫁さんを貰ったという事で」

 ハルケギニアでは、貴族は全員がメイジなのだが、メイジが全員貴族というわけではなかった。
 昔は貴族だったのに、家を取り潰されたり、次男三男で家を出されてから落ちぶれたり、更にそういう人物が平民になってから子供を作ると、その子は生まれながらに平民のメイジでありと、そういう人間が多数いたのだ。

「私は、祖父が家を潰されましてね。父は傭兵でしたけど戦死しましたし」

 貴族でないメイジは、普通の職に就く人は非常に少なかった。
 何しろ魔法優位の世界なので、変にプライドを捨てられない人が多く、平民より稼げる商売だという理由で傭兵をしたり、下手をすると犯罪に手を染める者が多かったのだ。
 そこで、イチローは貴族でない有能なメイジを、出来るだけ雇用するようにしていた。
 変にプライドが高くなくて、それなりに安定した生活を望む者で、何かしらの技術を持つ者。
 これが、採用の条件であった。
 
「イチローって、メイジを結構高待遇で雇うよね」

「だって、教育を受けているから読み書き計算が出来る人が多いし、軍人や傭兵の経験のある人もいるし」

 警備隊の幹部、辺境伯領内の行政・司法・立法などを司る官僚、毎日のようにどこかで大規模に行われている開発の指揮、農業(土)、治水(土)、土木(土)、医療(水)、工業(火)の技術者など。
 人はいくらでも必要で、毎日のように採用されていく彼らは、フィアナの下にいるアンドロイド(名目上は上司になっている)から様々な基礎的な教育を受けた後、各部署に配置されていた。
 勿論、汚職をしたり平民に対して高圧的に出る人物は全て監視されていて、すぐに罰せられるシステムになっていたが。

「ケスラーみたいに頭角を現すと、待遇はグンとアップする」

 ちなみに、タナカ辺境伯領において土地を保有している人間は、イチロー一人であった。
 良く、自分の子供やお気に入りの家臣に土地を分配する貴族がいるのだが、イチローは決してそれはしない事に決めていて、功績に報いる時は全て金品で済ませる旨を最初に伝えていた。
 ただし、ケスラーくらいの人物になると、その給料の額はうんと跳ね上がっていて、下手な男爵など及びも付かない額の給料をもらっていた。
 勿論、総収入は領地持ちの男爵の方が多いのであろうが、領地を持っている貴族は税収の全てをポケットに入れているわけではない。
 領地経営に必要な経費を差し引くと、意外と大した額ではなかったりする事が多いし、貴族には色々とお金の掛かる付き合いがあったりする。
 ところが、タナカ辺境伯の家臣は、全て現金で給料が渡されていて、他にも退職金や年金まで積み立てられてるので、どっちが得なのか理解が出来る人ならば、大抵はこちらを選ぶシステムになっていた。
 
『土地を貰って貴族になりたいのなら、他所へ行け』

 この条件で、入れる人材といらない人材を振り分けていたのだ。
 
「現金の方が楽ですからね。猫の額みたいな土地を貰って、そこの管理までしてたら人生を楽しめません」

 決められた仕事だけして給料を貰って、残りの時間で余暇を楽しむ。
 これが、イチローのモットーであった。
 問題なのは、そう常々言っているイチローが一番仕事をしていないという現実であったが。

「というわけで、アルビオンに向かう際の船を紹介します」

 ルッツの案内で空中船の係留場まで行くと、そこには新造された全長百三十メイルほどの船が置かれていた。

「巡洋艦クラスかな?」

「詳しい事はわかりませんが、風石のエネルギーを効率良く使い、従来の1.5倍の速度で走る船だそうです。ちなみに、名前は《ナガト》だそうです」

 表向きはそうなっていたが、反重力エンジンと超小型常温核融合炉を搭載し、緊急時にはバリアーを展開可能な防御フィールド発生装置と、ホーミングレーザー砲二門とビーム機銃十六基を秘かに搭載しているこの船は、上の機密の部分は全てブラックボックスとなっていて、フィアナの命を受けたアンドロイド兵以外は侵入禁止区画となっていた。

「処女航海か」

「ええ。それと、アルビオンとの交易もです」

 新造の空中船には、多数の荷物が積み込まれていた。

「ああ、香辛料の販売だっけ?」

 ハルケギニアという場所は、やはり中世ヨーロッパに似ているらしく、コショウなどの香辛料がかなりの高値で取引されていた。
 たまに、極少量が東方から運ばれてくる程度だったので、同じ重さの金は誇張だとしても、同じ重さの銀よりは高く売れた。
 そこで、イチローは上の月の無地農場を巨大農業プラントに改造し、大量生産を開始していた。
 他にも、コーヒーや砂糖キビやゴムの木やタバコなど、嗜好品で利益率の高い物を中心に増産をしている最中であった。

「では、出かけるとしますか」

 ルッツの合図で全員が乗船し、特に何のトラブルも起こさなかったナガトは、無事にアルビオンのロサイスに到着していた。
 ロイサスは、アルビオン最大の港町であり、多くの商船で賑わっていた。
 他にも、軍港としても機能していて、鉄塔型の桟橋では船の係留のみならず艤装も行えるなど、軍港としての施設も整っているようであった。

「ただし、一度に多数の人を降ろす事は出来ないらしいな」

「軍港も兼ねているからね。防衛上の理由からだろう」

「それなら、もっと軍備を増やせばいい。港が栄えればそっちの方が利益になるのにな」

「僕達は、よその国の人間だから関係ないよ」

「そりゃあ、正論だ」

 その後、香辛料をロイサスにいる商人に卸す人員と別れたイチローとハインリッヒは、ルッツ以下十名ほどの護衛と一緒に一路、アルビオンの首都ロンディニウムを目ざして馬車で移動を開始する。

「あのジープとか装甲車は使わないのかい?」

「機密の塊を、他国で運用できるかい」

 ガソリンで動く車は、タナカ辺境伯爵国では普通に使用されていたが、その管理はかなり厳重に行っていた。
 イチローの時代の車といえば、水陸空兼用の超小型常温核融合炉搭載の万能車なので、別に外に漏れても全然脅威では無いのだが、『空気が汚れるでしょう』というイチロー独自の偽善エコ精神によって、その使用がかなり制限されていたのだ。
 
「確か、父上にも献上していたよね」

 イチローは、数台の車をアルブレヒト3世に献上はしていた。
 型式は、十九世紀後半から二十世紀前半レベルの物で、一部の予備部品やガソリンなども設計図と一緒に渡したのだが、やはり構造の複雑さがネックとなっていて、量産はかなり難しいとの事であった。
 ただし、一緒に渡した空中船や海上艦艇用の大型エンジンなどは、アルブレヒト3世をかなり喜ばせていたようであった。
 物が大きいので、部品の精度が多少低くても大丈夫であったからだ。

「自転車とか人力車で経験を積むんだね」

「技術は、一日にしてならずか」
 
 それでも、イチローから貰った技術をアルブレヒト3世は、自分の直轄地だけで行う事としていて、この技術力の差が、後のゲルマニアの中央集権化に大きく寄与するものと期待していたのだ。

「まずは、サウスゴータだな」

 馬車で一日走ると、一行はロサイスとロンディニウムを繋ぐ交通の要衝であるサウスゴータに到着していた。
 中心都市シティオブサウスゴータは、人口四万を超えるアルビオン有数の大都市で、円形状の城壁と内面に作られた五芒星形の大通りが特徴の、始祖ブリミルが最初にアルビオンに降りた土地とも言われる場所であった。
 馬車を預けてから、イチロー一行が町の中を探索していると、そこに一人の恰幅の良い中年の男性が現れる。

「始めまして。私は、ロイサスなどで荷を取り扱っているチェンバレンと申します」

「さすがは商人だ。情報が早いね。それで、何か俺から買いたいとか? でも、荷は持っていないな」

「いえ、実は逆に引き取って貰いたい物があるんですよ」

 イチロー達は、碌にアルビオン見学もしないままに、厄介事に巻き込まれて行く事となるのであった。






「始めましてだな。私は、ここの領主と太守を兼任しているサウスゴータ伯爵だ。それで、こっちは娘のマチルダだ」

 チェンバレンに案内されたイチロー達は、シティオブサウスゴータ郊外にある一軒の邸宅に案内されていて、そこで緑色の髪が特徴のサウスゴーダ伯爵と、その一人娘であるマチルダを紹介されていた。
 同じく緑の髪と眼鏡が特徴のマチルダは、着ているドレスの上からでもわかるほどスタイルが良く、イチロー好みのストライクど真ん中の妙齢の美女であった。 
 
「我々の事は、知っていると?」

「お忍びで遊びに来られたとか? ですが、我々も色々と切羽詰っているので、悪いですけど利用させていただきます」

 どうやら、チェンバレンはサウスゴーダ伯爵の御用商人らしく、彼から情報を得たという事なのであろう。
 そして、それを聞いたイチロー達の護衛であるルッツ以下の護衛達は、瞬時に臨戦態勢に入る。

「時間が無いようだから、話は聞く事にします」

「出来れば、ご協力をいただけると」

「無理強いは良くないですよ。ルッツなんて、そのせいで臨戦態勢ですし」

 双方が緊張したままの状態で、チェンバレンはイチロー達に詳しい事情を話し始める。
 何でも、サウスゴーダ伯爵の直接の主人であるジェームズ1世の弟であるモード大公に、命の危機があるという事であった。

「粛清か。良くある話だよね」

「そうだね。父上なんて、どれだけの貴族を殺したか」

 緊張感溢れる話なのに、イチローとハインリッヒの感想はそんな物であった。

「それで、公金の横領でも? それとも、王位簒奪を狙ったとか?」

「それなら、あなた達に頼み事なんてしませんよ……」

 更に、チェンバレンの話は続く。
 原因は、モード大公がエルフの愛人とその間に出来たハーフエルフの娘を隠していたのが、兄のジェームズ1世にバレてしまったとの事であった。

「エルフか。まずいな……」

 普段は陽気なハインリッヒの顔が、珍しく深刻で暗い物へと変化する。
 イチローも、色々とハルケギニアの事は調べていたので、彼らのとってのエルフという存在がどういう物であるかは理解していた。
 ゲルマニアの東にある砂漠を《我らの土地》と称し、その更に東方にある始祖ブリミルが光臨した聖地を守り、先住魔法と言う強力な魔法を使う耳の長い人々。
 イチローの知識では、伝説であったり、アニメの萌えキャラだったりする人々である。
 時々エルフ討伐・聖地回復のための軍隊が派遣されていて(最後の聖地回復軍は数百年前らしい)、エルフの十倍の兵力でもって戦ったとき以外勝てた試しは無いというほど強力で、ハルケギニアの人達に恐れられている存在らしいが、イチローは実際に会った事も見た事も無かったので、何とも言えなかった。
 
 ただ、始祖ブリミルを信仰するロマリア連合皇国が、いまだに聖地奪還を掲げている事から、あまり関わり合いにならない方が良いとも考えられる人達ではあった。

「それで、我々に何をしろと?」

「陛下は、その愛人と娘を追放すれば罪を許すと仰せなのですが、モード大公は頑として受け入れません」

 つまりは、近日中にジェームズ1世の怒りが爆発するという事であった。

「その二人を預かればいいのかい?」

「それが、モード大公は二人と離れたくいないと申しまして……」

「しかし、良くエルフとなんて暮らせるよね」

 ハインリッヒの言い方はかなりの暴言ではあったのだが、イチローはそれも致し方ないと思っていた。
 これが、このハルケギニアという世界の常識であったからだ。

「ちょっと! いくらゲルマニアの皇太子でも、言って良い事と悪い事があるんだよ!」

「えっ!」

 今まで静かにしていたマチルダの威勢に良い言葉に、ハインリッヒはタジタジとなってしまう。

「これ、マチルダ!」

「テファは、私の可愛い妹なんだ! 暴言は許さないよ!」

「まあまあ、落ち着いてお二人さん」

 マチルダはハンリッヒに食って掛かるが、それを止めたのはイチローであった。

「とにかく、時間が無いんだ。つまり、ゲルマニアの辺境伯で未知の土地を多数持っている俺がノコノコと現れたから、そこに匿って貰おうと考えた。そういう事かな?」

「はい、そうです」

「それで、人員と物資のリストは?」

 普通ならば、絶対に引き受けないであろうイチローであったが、あれほど忌み嫌われているエルフを愛人にする度胸のあるモード大公という人物に興味があったのと、綺麗なエルフを実際に拝んでみたいという欲望から、サウスゴーダ伯爵の願いを聞き入れていた。

「モード大公は、正妻やその他の愛人は実家に戻すと思われますので、御家族三人と我々一族や家臣とその家族を含めた総勢三百人ほどです」

「伯爵、あんたもか?」

「大公を逃がした私がここにいて、無事に済むと思いますか?」

 確かに、サウスゴーダ伯爵の言う通りであった。
 大公がいなくて自分が残っていたら、いらぬ詮索を受けるだけでなく、共犯者として処刑される可能性もあったからだ。
 逃げる人数が多いのも、ここに残ると巻き添えを食らいそうな人達全てという事なのであろう。
 
「全然思わない。ほら、忠臣だから最後まで残ってとか」

「無いですね。それに、潮の流れが変われば国に戻れるかもしれませんし」

「わかった、船を回す。表向きは、我がタナカ辺境伯製製品の直接仕入れをここで行うという理由で、大型輸送船が登場。激安価格で大盤振る舞い。人が沢山集まって酒も大量に振る舞われ、みんなスヤスヤの内に荷が空っぽの船に全員が乗船。翌日の朝、そのままサヨウナラという作戦で調整するから」

「わかりました」

「ああ。それと住む場所は用意するけど、生活費くらいは準備してね。宝石とか金貨とか、かさ張らない物を中心に」

 簡単な作戦をサウスゴーダ伯爵に伝えたイチローは、ルッツを伴って屋敷の外に出る。
 そして、指にはめた指輪式の衛星携帯電話で、フィアナと連絡を取っていた。

「便利なマジックアイテムですね」

 指輪式というのが幸いして、ルッツは衛星携帯電話をマジックアイテムの類と勘違いしているようであった。
  
「というわけなんだが……」

「わかりました。大型の空中輸送船に、色々と物資を詰め込んでおきます」

「酒を多めに。なるべく酔い潰して、こちらが動き易くするから」

 そして一晩明けた翌日、シティオブサウスゴータの町に一隻の大型空中輸送船が到着し、次々と荷物が降ろされ始めていた。
 
「フィアナさんって、有能だよなぁ」

「だから、俺は遊んでいられる」

 ハインリッヒの感想をよそに次々と荷は降ろされ、同時にシティオブサウスゴータの太守であるサウスゴーダ伯爵から、町の住民に向けてこんな布告が出されていた。

「新しい貿易先から、この町に住む君達にプレゼントだそうだ。様々な種類の大量の酒と、変わった食べ物が沢山あるので夕方から祭りを行う。日頃の疲れを癒すために遠慮しないで参加して欲しい。ちなみに、酒と食事は全て無料とする」

 この布告に、シティオブサウスゴータの住民達は狂喜乱舞し、祭りの準備は急ピッチで進んでいた。
 なぜなら、こんな日に仕事に行くやつなど誰もいなかったからである。
 みんな大喜びで、町の大通りに酒や食事を準備していた。

「格安だけど、料金の予算は議会に認められたよ」

 実は、サウスゴータ地方の太守である伯爵はほぼ名目上だけの存在で、実際の行政は議会が請け負っていた。
 そこで、サウスゴーダ伯爵は、議会に掛け合って予算の中から今回の酒と食糧の代金を出させていたのだ。

「しかし、こんなに安くていいのかね?」

「まあ、初回という事でサービスですよ」

 実際は、反則的な方法で生産している物なので、これでも十分に利益は出ていたのだ。
 嘘も方便である。
 
「では、作戦開始前に腹ごしらえですね」

 町の中で祭りが始まったのと同時に、イチロー達は昨日の邸宅の中で食事と少量の酒を楽しむ事とする。
 イチローにとってのアルビオンは、イギリスと同じで食事がいまいちであったので、今日の食事を楽しみにしていたのだ。
 時間が無かったので大半は缶詰であったが、最近は種類をどんどんと増やして味も改良していたので、これはこれでなかなか美味しかったのだ。

「あーーー、ビールとソーセージが美味しい」

「これから、大きな事をするのに暢気な人なんだねぇ……」

 食事と酒を本気で楽しむイチローに、マチルダは本気で呆れ返っていた。

「これから事を起こすからこそ、鋭気を養っているし、周りの目を気にしているんだけど」

「そうだね。明らかに態度がおかしいと、勘繰られる可能性もあるからね。でも、イチローは基本的にやる気が無いけどね」

 続けて、ハインリッヒのフォローしているのか、けなしているのか、良くわからない発言が飛び出す。

「うるさいよ、4世」

「あのさ。その4世って、おかしくない?」

「アルブレヒト3世の皇太子なんだから、4世だろう?」

「いや、状況によっては名前を変える事もあるし、そもそも絶対に皇帝になれるってわけでもないし」

「何でそう悲観的なんだろうねぇ。いつもは軽い癖に……」

 イチローとハインリッヒのまるで漫才のような掛け合いをマチルダが目を点にして見ていると、イチローの横にルッツがそっと近付いて来る。

「モード大公は、もう少しでここに到着します。表向きは、今回のお祭りをロサイスとロンディニウムでも行えないかというのを確認するためです」

 アルビオンの財務監督官であるモード大公なので、このような事を各地で行うための予算状況の確認という名目で、こちらに向かっているとの事であった。

「ジェームズ1世は、良く認めたな」

「アルビオンでは、今不穏な空気が広がっていますからね。平民達の支持を集めたいんでしょう」

 現在アルビオンの宮廷では、レコン・キスタなる組織の噂がまことしやかに噂されていて、一部の政府関係者は次第に危機感を募らせているらしい。
 レコン・キスタは、王家に対する宮廷革命運動及びその中心組織で、聖地の奪回と貴族による共和制による統治という大義を掲げ、国家の枠を越えたメイジ達の集まりであるといい、アルビオン王家は秘かにその組織の全容を探っている状態であるとの事であった。

「(レコン・キスタね。レ・コンキスタじゃないんだ)」

 前の世界では、イスラム教徒が八世紀に征服したイベリア半島を、(キリスト教徒の視点からすれば)奪回するための活動である事を知っていたイチローは、ふとそんな事を考えていた。

「人員の集合は、特に問題無いんだな?」

「問題無いです」
 
 現在、ルッツの部下達がそのフォローに回っているが、アルビオン王家の人間は、たかがエルフの愛人とその娘のハーフエルフのために、モード大公が亡命しようとしている事に、全く勘付いていない様子であるとの事であった。

「最後まで気を抜くなよ」

「かしこまりました」

 そして、大騒ぎであった祭りが終了し、多くの人達が酔いと疲労感で眠り込んだ夜中に、イチロー達は秘かに動き始める。
 荷を降ろした大型の輸送船に、次々と人が乗り込み始めたのだ。

「全然余裕だな」

「全長三百メイルクラスの大型船ですからね」

 輸送船ノトマルの船長室内で、イチローはハインリッヒやルッツや船長と作戦の進行状況についての話をしていた。
 すると、そこに例のモード大公が、エルフの愛人とその娘とサウスゴーダ伯爵とマチルダを伴って現れる。
 
「タナカ辺境伯、色々と協力に感謝する」

「気まぐれの産物ですから、お気にならさずに」

「気まぐれ?」

「はい。女一人のために亡命まで決意した、モード大公を一度くらい拝んでも損は無いかと」

「つまらんジジイだぞ」

「ですよねぇ……」

 モード大公は既に六十歳近い老人であったが、最近足腰が弱くなった兄ジェームズ1世とは違い、まだかくしゃくとしていた。
 ただ残念な事に、ジイさんなのでイチローの興味はここで終了していた。
 それよりも、その彼が連れている愛人と娘の方に注目が行っていたのだ。
 金髪で神々しいほどの美貌を備え、更に長寿であるエルフはなかなか歳を取らないので、二人は親子というよりは姉妹といった感じに見えていた。
 そして最後にイチローはおろか、男性陣全員の視線は一斉にある部分へと向かう。
 その着ているドレスの上からでもわかる、究極の胸の盛り上がり。
 そこに、神が光臨しているとイチローなどは思っていた。

「ハインリッヒ」

「何だい?」

「凄いね」

「うん、凄い」

 イチローとハインリッヒは、その双璧を余す事なく観察しようとしたのだが、それをモード大公に止められてしまう。

「モード大公。あんたは勝ち組なんだから、少しくらい俺に至福の時間を与えてくれても……。始めまして、現在独身のイチロー・タナカ辺境伯です。お嬢さんの名前は?」

 それでもイチローは、ティファニアという名前の娘の手を取りながら、自分を売り込む事に終始していた。
 年齢はまだ十五歳らしく、本来であればイチローの守備範囲外なのだが、それを気にしないで済むレベルの乳を有していたのが良かったらしい。
 いつの時代、どこの世界でも、おっぱいは正義であったからだ。

「ティファニアと申します。あの……、テファとお呼びください」

「私の事も、イチローで結構ですよ」
 
 イチローの頭の中で、父と母を助けた自分にテファが惚れ、更にモード大公が恩を感じて許婚にするというバラ色の未来予想図が展開されていた。

「じゃあ、朝になった事ですし、そろそろ行きましょうか? お義父さん」

「誰が、お義父さんだ! それに、私がタナカ辺境伯領にいるのは公式的には秘密なのだろう? なら、そんな事は不可能ではないか」 

 モード大公の指摘に、イチローは大きなショックを受けてしまう。

「そんな……。正妻がテファで、側室マチルダの俺の野望が!」

「誰が側室よ!」

「家は一人娘だから、婿しか認めん!」

 思わず口に出てしまった野望の一端を本人達に聞かれ、イチローはマチルダとその父親であるサウスゴーダ伯爵にまで怒られていた。 

「ルッツ、俺達は仕える主を間違えたのかな?」

「いや、フィアナさんがしっかりしているから大丈夫だろう」

 そして、その様子を見たノトマルの船長とルッツは、盛大に溜息をつくのであった。


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