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冷戦編5
「とっとと起きやがれ! このフニャ○ン野郎が!」

 タナカ辺境伯訪問の翌日、旅行の疲れもあり、しかもまだ夏休み中という事もあって惰眠を貪っていた才人達に、ハートマン軍曹の容赦のないカミナリが落ちる。

「ふぇ? 今日は、お休みなんじゃあ……」
 
 ハートマン軍曹のあまりの迫力に、まさかケツでも掘られるんじではないのかと内心で恐怖しながら、才人はベッドから急いで飛び起きる。
 まさかとは思うが、アンドロイドである彼がそういう機能を持っていないという保障もなかったからだ。
 
「事情が変わった! これからは、暫く特別カリキュラムだ!」

「特別カリキュラム?」

「ありがたくも、司令はお前達のような○ニャチンを司令官様にしてくれるそうだ! 嬉しさで漏らさないように、ありがたく俺の特別訓練を受けるんだな!」

 ハートマン軍曹の言葉に、まだ完全に覚醒していない才人の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。



 




 タナカ辺境伯領に滞在中、イチロー達が急に領地を訪れたイザベラ王女と極秘会談をした影響が、才人達にも現れていた。
 とりあえずは、ガリア侵攻時に楽に旧オルレアン公領を通過できる事が確認できたアンリエッタ王女が、帰路の船内でイチローに新しい任命書を発行したのだ。

『タナカ辺境伯、あなたを、私直属の実験部隊の隊長に任命します』

 アンリエッタ王女は、そう言いながらイチローに任命書とエキュー金貨五千枚を後で届けさせる旨をイチローに伝える。
 つまり、これは以前の魔法学院都市建設時と同じ手法であった。
 まだどの程度の規模の軍を用意しろとは言われていなかったが、イチローに役職と申し訳程度の金を与えて自分が自由に使える部隊を作らせ、他の貴族の干渉を防ぐのが目的であった。

 いまだにレコン・キスタが燻り続け、その再蜂起すら噂されている今、正直なところ、トリステイン国内でどの貴族が裏切るか判断が付き難かったので、余所者で、以前にアルビオンでレコン・キスタ軍を殺しまくっていて、まず裏切らない事が確定しているイチローに軍隊を確保させようという、アンリエッタ王女の策であった。
 名目を実験部隊として、渡した資金が一から軍を編成するには少ない額であるのも、同じく他の貴族達からの嫉妬や干渉をかわすためのものであった。
 とにかく、軍という組織を編成・維持するためには大金がかかるので、金貨五千枚程度を渡されて、『軍隊を組織しろ』と言われても普通の貴族は困ってしまうのが現実あり、『代わりに自分が!』などと言い出す貴族がいないのを見越してのアンリエッタ王女の行動であった。

 それと、イチローが無料働きをすると思うほど、最近は世間知らずでもないアンリエッタ王女なので、その代わりに与える利益としては、暫くの魔法学園都市周辺や王国直轄地での自由な商売と、関税や売上税などの優遇処置を続ける事であった。
 なお、この優遇処置は普通の貴族が貰っても大した利益にはならなかったが、イチローほどの大資本を持つ人物には莫大な利益をもたらし、同時にいくら税金を下げても、トリステイン王国の国庫には多くの分け前が行く仕組みにもなっていた。
 そして、この利益を失わないために、王女周辺や直轄地は常備軍の担当として、イチローは魔法学院都市周辺を守らないといけなかった。
 敵に侵入されて略奪でもされたら、それだけでイチローが大損をしてしまうからだ。

『(喰えなくなったよな、アンちゃんも。俺の領地で少しショックを与え過ぎたかな?)』

 そんな事を考えながらも、イチローは任命書を受け取り、一から軍を養成する事とする。
 一からとは言っても、元から魔法学院都市の警備隊を主体にして部隊を組織する事は決まっていたし、それにギーシュ達を加える事も決定していた。
 ただ、予定よりも少し早く準備を始めるだけと、本当なら部外者のイチローがそのトップに任じられただけの事であった。
 しかし、ゲルマニア貴族であるイチローが、実験部隊とはいえ軍の司令官に据えられて気分の良いトリステイン貴族などほとんどおらず、イチローは彼らの悪意で万が一にも命を落としたりしないように、その準備を急いで進める事になったのであった。





「というわけなんだけど」

「いかにも駒不足って感じだね」

 才人がハートマン軍曹に叩き起こされてから約一時間後、屋敷の食堂でイチローはハインリッヒと朝食を取りながら、これからの事を話していた。

「士官が不足しているよな。特に、司令官クラスといえば……」

 こう見えてもイチローは金持ちなので、必要な数の兵士は簡単に集められると思うのだが、問題は士官と指揮官の方であった。
 現状で指揮を任せられる人材といえば、ミシェルとハートマン軍曹とマチルダくらいなのだが、マチルダは妊婦なので戦争には使えなかった。
 今は大丈夫だが、戦争が始まる頃にはお腹が大きくて戦場には連れて行けないであろうから。
 それと、ゲルマニアやイチローの領地から人を連れて来る事も論外であった。
 そもそも、イチローはゲルマニアの貴族なので、そうそうアンリエッタ王女の言う通りに動くわけにもいかなかったからだ。
 正直に言えば、ここの優先順位は常に下の方なのだ。

「イチローは、どうなんだい?」

「俺は、楽して後ろで企むのが好きだから」

 一見すると、イチローがここに長期間いる影響で、トリステインは得をしているように見えるのだが、実際には、イチローの命令を受けて効率的に馬車馬のように動くタナカ辺境伯領とゲルマニア、アルビオンの方が成長が著しいのが事実であった。
 ここのように、イチローと僅かな人材がチョロチョロ動いているわけではなく、組織されたアンドロイド達とスカウトした人材で構成された家臣団が一団となって動いているからだ。
 イチローは、自分がここで注目を受ける事によって、周囲の特にガリアやロマリアの目を誤魔化していた。
 ただ、そのチョロチョロでも、魔法学院周辺は恐ろしい勢いで発展していたが。

「それは、僕も好きだけど」

「というか、総大将が前線に出ちゃ駄目だろうが」

「珍しく正論だね」

 しょうもない掛け合いを続ける二人を、カトレアは微笑ましく見守り、マチルダは処置なしと言った表情をしていた。

「そこで、サイト君なのかい?」

「あれでも、一応は士官としての教育を受けているらしいから。鉄の竜の操縦もあるけど、副隊長を置けば使えると思う」

 それに、各国のトップに伝説のガンダールヴであると知られている才人である。
 イチローは、才人を乱世の英雄にしてその注目を集める事を目論んでいた。
 そして、そのための訓練と教育を強化を命令していた。

「それと、ギーシュ君達か……」

 少し遅めの朝のコーヒーを楽しんでいるハインリッヒの耳に、怒鳴り声をあげるハートマン軍曹と、更に厳しさを増した訓練内容に悲鳴をあげるギーシュ達の声が入って来る。

「オールド・オスマンとも相談してね。夏休み明けも、正規の学院の授業に復帰させない事にした」

 本来であれば、学生を戦争に巻き込むのは反対のオスマンであったが、どうやら今回の戦争はハルケギニア中を巻き込む総力戦である事に気が付いたらしく、どうせ巻き込まれるのなら、生き残るための知識と技術を学んだ方が良いと考えたらしく、彼は特に反対もせずにギーシュ達のカリキュラム変更を認めていた。
 それに、彼も教育者である前に貴族であったので、戦争に負けた貴族の末路を誰よりも理解していた。
 王城内の権力争いで、無意味な戦争の駒に生徒達が使われるのは身をもって防ぎたいところであったが、イチローの下でここを守るための訓練なら致し方なしと考えたようであった。

「促成養成の士官だけで軍を運用か……」

「俺の領地の兵は動かさないぞ。自領の防衛で精一杯だから」

「ガリアが、どうして強気なのかわかった気がするよ」

 新大陸開発や新領土開発と、同じ大国ながらも色々と手を伸ばしていて戦力を集中できないゲルマニアと、一国に集中してハルケギニア国家最大の人口と戦力を抱え持つガリア。
 ジョゼフ王は、長期戦にさえならなければガリアが勝ちを拾えると思って動いているのであろうとイチローは思っていた。

「うちは、兵器の質で勝負だな」

 指揮官であるメイジの力量に差がない以上、あとは一般兵士一人一人の質を上げるしかない。
 そう考えるイチローであった。

「となると、余計に彼らを鍛えないとね」

「経験のある傭兵出身者とかに舐められても困るからな」

 こうして本人達の与り知らぬ所で、才人やギーシュ達への士官教育はスタートするのであった。
 





「珍しく仕事をしているようですね」

「カトレアとマチルダに無茶はさせられまい」

「どうしたんですか? 急に?」

 その日の午後、無事に魔法学院都市に戻ったという報告を兼ねてフィアナに通信を送るイチローであったが、そのフィアナは珍しく真面目に仕事をしているイチローを見て本気で驚いていた。

「たまに、俺がフィアナの部下なんじゃないかと思う事がある」

「だったら、もっと働かせますから」

 フィアナのあまりに実も蓋もない答えに、イチローは決して泣くまいと一人心に秘かに誓っていた。

「まあ、冗談はおいといてだ。駒は何とかするから、あとは武器だな」

「銃と大砲を送ります」

「弾薬も多めに。訓練で沢山撃たせないと意味がないし」

 イチローは、アンリエッタ王女の命令に答えるべく、魔法学院都市の郊外に軍の駐屯地と訓練場の建設を行う事を決めていた。
 とは言っても、町の開発を怠るわけにもいかなかったので、夜中にコッソリとロボット型のガーゴイルに作業させて数日で完成させる予定であった。
 多分、ガリアの密偵は、『またタナカ辺境伯が大きな魔法を使った』などと盛大に勘違いをするのであろう。
 本当は違う可能性が高い事は十分に承知している彼らであったが、数百万年も蓄積された科学技術の成果であると知る事は不可能であったし、知ったとて解決策があるわけでもないし、そんなあやふやな報告を持って帰っても上に文句を言われるだけでしかない。
 結果、ガリアの上層部の大半は、どこかおかしいと感じつつも、イチローを魔法技術の大家だと思う他はなかった。

「地上の領地や管理地の方は大丈夫ですね」

「地上の?」

「あの、覚えてますか?」

 思えば、イチローは他所の宇宙から来て、最初はこの惑星以外の太陽系の全てを占拠して領有している状態にあった。
 ただ、その開発・管理は全てフィアナに一任していたし、一番最近に上にあがったのが新婚旅行の時だったので、イチローはすっかり忘れている状態であったのだ。

「……、勿論覚えているさ」

「本当ですかね?」

 フィアナは、イチローを疑いの目で見ながらも、上の宇宙に関する報告を行う。

「前の世界の宇宙と酷似しているので、ここも太陽系と呼称しますが、全ての惑星と大きな小惑星に、資源採掘基地とその作業を行う無人ロボット及びナノマシン散布機器の母艦である艦艇の補給・修理専用のドッグの建設が終了しました。それと、生産される資源・物資の倉庫がパンク寸前なので、太陽を挟んだこの星の裏側に、物資集積・貯蔵・供給用の人口惑星の建造を開始し、無事に完成したので先週から稼働中です」

 フィアナは、その人口惑星の倉庫内部の映像をイチローに見せるが、そこには、もしハルケギニアに流通させたら、一夜でハイパーインフレが起こるのが確実なほどの、金・銀・白金・各種宝石・レアメタル類・金属類などを中心とした物資がうず高く積まれていた。

「うわっ! こんなにあると全然ありがたくねえ!」

「ライバル不在で独占状態ですからね」

 補給はなるべく自前が建前であった、前の世界の軍に所属しているイチローであったので、良く侵攻先の無人惑星や小惑星で資源を採取する事が多かったのだが、既に完全に開発されし尽くした宇宙に豊富な資源を擁する星は少なく、大半は少ない成果にガッカリし、敵艦の残骸やデブリなどを再資源化する事が多かったのだ。

「最近、地道に地面で生きていたから忘れてたよ。明らかに、やり過ぎではないかと……」

 フィアナは、イチローを『自分でそれを言いますか?』的な表情で見ていた。
 ただ、適当に委任して放置したのはイチロー自身であったが、結果的には宇宙開発は進んでいるので、そこに文句を言う余地はないと考えるフィアナであった。

「方針転換をなさるのなら、次の指令をお願いします」

「……。ないな……」

 常に、最大効率で動く事が前提のアンドロイドやロボットなので、あとはこのまま突っ走らせて作業を完全に終わらせてから、保守モードに移行させるしか方法は存在しなかった。
 それに、他の肌理細やかな命令など、その手間を考えると奥さん二人の妊娠で忙しくなったイチローには度し難いほどの手間であり、特に問題がないのならそのまま放置という結論に至っていた。

「この星の連中は可哀想だな。数百年後に、必死に努力をして宇宙に上がっても、もう占有者が存在するんだから」

「加害者は、主に司令なんですけど……」 

「万が一にも、ガリアとの戦争に負けたら逃げる場所の確保って事で?」

 適当に誤魔化したイチローに、次にフィアナが見せた映像では、火星・金星・水星でのテラフォオーミング作業が開始された報告も入ったいたのだが、そもそも数年後にこの三つの惑星が居住可能になっても、そこに移民させる人間が存在しなかった。
 だが、宇宙にある膨大な艦隊と施設を遊ばせておくのもという理由から、そのままなし崩し的に開発が始まっていたのだ。
 
「ええいっ! 木星以外は、全部居住可能にしてしまえ!」

「わかりました。我々は、仕事をしていないと落ち着きませんからね」

 そういう目的で作られたので、仕方がないと言えば仕方のない事であったが、フィアナ達は感心するほど忠実で働き者であり、何も知らない他国の貴族が真剣にフィアナを引き抜こうとする様子は、真実を知っているイチローからすると、悪いとは思ったが相当に滑稽でもあった。

「それと、旧オーストラリアに相当する大陸と、ニュージーランドに相当する島なんですけど」

「だから、移住させる人間なんていないって」

「いえ、無人潜水艦から上陸させた兵士型ロボットがミスをしまして……」

 この二つの島と大陸には、やはりアボリジニーに相当する原住民族が生活していたのだが、彼らは現地を多数闊歩している亜人達に生活を脅かされる日々を送っているらしい。
 本当であれば、人口が増えるまで放置する予定であったのだが、陸地の植物や動物を採取しようと上陸させたロボット兵士が、自分に害を加えようとするトロル鬼の額の真ん中を銃で撃ち抜いて殺害した結果、それを目撃した原住民達に《神の使い》だと勘違いされてしまったとのフィアナからの報告であった。

「何? その何かの漫画か映画」

「亜人の脅威が相当な物らしく、定住が不可能で部族単位で放浪しているみたいで……」

 彼らは、『神の使いがいれば、毎日安全な寝場所を探して歩き回らずに済む』と、そのまま無人潜水艦の停泊している海岸線沿いに粗末な祠を建てて、毎日拝んでいる日々であるらしい。

「不用意な現地住民との接触は、ミスだぞ」

「ロボットやアンドロイドもミスをしますので」

 フィアナにしれっと言われてしまったイチローは、仕事が増えないような方策を僅か数秒で捻り出していた。

「しゃあない。そのロボットに責任を取らせろ」

「ロボット兵士に、責任の概念はないですけど」

「そのまま、《神の使い》をやらせとけ」

 イチローは、そのロボット兵士をそのまま神の使いにしてしまい、他にも応援を呼んで現地に駐留させ、集まった原住民を統治するようにフィアナに命令する。

「ハルケギニアの言葉と文字を教えろ。他にも、定住させるんなら、農業だの漁業だの各種産業だの、亜人の討伐を進めながら、ここと同じくらいの生活レベルにまで引っ張り上げるんだ」

「悪の帝国主義その物ですね。ああ、ちなみに、こんな物が祠へのお供えとして渡されたそうです」

 フィアナは、大粒のオパールをイチローに見せる。
 他にも、調査の結果、金、ボーキサイト、チタン、石炭などの埋蔵も確認されていた。

「そういえば、資源大国だったらしいよな。オーストラリアって」

 イチローのいた時代では取り尽くされていたが、過去のデータではオーストラリア大陸は資源の宝庫であった。
 なので、そう考えると先にツバを付けておくのも悪くないと感じるイチローであった。

「ただ、人が住めない土地が半分を占めます」

「そういう土地を開発して宅地や農地にすれば、環境に優しくない?」

 砂漠すら緑地にする技術を持っているイチローなので、少々荒廃している土地を農地にするくらい簡単な事であった。

「ここに、自然破壊にケチを付ける環境保護活動家はいませんけど……」

 軍人時代に、その手の半ばクレーマーのような連中に苦労させられて来たイチローは、今でも環境云々と言う事が多く、フィアナを呆れさせる事が多かった。
 そもそも、前の世界の環境保護団体や活動家は、既に世間ではキチガイ扱いされていた。
 惑星内の自然環境にケチを付けるならまだわかるのだが、宇宙空間内の小惑星の位置を勝手に動かしたとか、不必要な資源採掘をして少々の破片を飛び散らしてデブリを発生させただとか、環境修復能力技術が上がってしまったがために、しょうない事で因縁を付けていて、それを無視すると、懇意にしている騒げば銭になるマスコミや知識人を使って攻撃して来るのだ。

 彼らが、お上を攻撃して世論の関心を買って飯の種にするのは毎度の事であったが、おかげでイチローは、妙にこの手の事に気を使う事が多かった。
 職業病の一種であろう。

「ついでだから、その土地を弄って完成させるか」

「いいんですか?」

「どうせ、移民させるやつもいないからな。彼らの人口を増やして、国の形態を作る。幸いにして、こちらは神の使いだと思われているし」

 イチローの方針により、そのオーストラリアに似た大陸はヒュウガ大陸と名付けられて、ニュージーランドに似ているヒエイ島と、タスマニア島に似ているハルナ島と一緒に開発が始まっていた。
 島の原住民達は、その神の使いの命令で島の開発を行うロボット達を見て、『神の使いによる奇跡だ!』などと騒いで、与えられた知識や技術や農地などをありがたがり、勝手にシャーマニズムに似た宗教を作って、そのロボットを崇めたてるようになる。
 数十年後、適切な教育と指導を受けた彼らは、その頃には予言通りに姿を消していたロボット達がいなくても、独自に国を開発・運営できるようになっていて、後にハルケギニア各国と国交を結んで、資源や食糧を輸出するまでになっていた。
 
 フィアナは、『どうして、領土にしなかったんですか?』と後にイチローに聞いた事があったのだが、『人間には、多様性が必要だからだ』とだけ答えていた。
 本当は、正式に領土化すると面倒だったからで、そもそもハルケギニアには、前の世界の大航海時代ほど人口がいなかったし、ゲルマニアやアルビオンなどの急速な開発により、あまり好き好んで移民する人間がいなかった事も大きかった。

「それで、アフリカ大陸なんですけど……」

 イチローは、ここには部族単位で黒人でもいるのかと思ったのだが、北部地中海沖のロマリアの付近に幾つかの小規模な都市国家があるのと、あとは広大な砂漠を挟んでエルフの勢力圏であったので、あまり手を出すのが憚られる土地ではあった。
 なお、この都市国家群は、ガリアに朝貢してるような状態になっていたが、縛りはそこまでキツイ物ではないらしい。
 何しろ、海には巨大なサーペントや、巨大なイカやタコや、水竜などが多数生息していて、一年一度挨拶に来れば良い程度の認識であったからだ。
 危険を冒して来てくれたのなら、それで十分という事らしい。 
 それと、アフリカ大陸南部は、同じく様々な幻獣や亜人の闊歩する、普通の人間ならば一日で食われてしまうような場所であった。
 多分、エルフが本気になって開発でもすれば、非常に豊かな国になるのであろうが、彼らは長寿で強いが繁殖能力が弱くて数が少なく、しかも聖地の守護に拘っているので、赤道以南の土地に足を踏み入れた事がないようであった。
  
「この世界の未開の土地には、亜人とか幻獣の巣が多いよなぁ」

「それらを退治して、土地を切り開くのが大変だから、大航海時代にならなかったんでしょうか?」

「人口が増えないのも、生存競争がキツそうだからなぁ」

 いまだに、ハルケギニア各地であまり人が近寄らない方が良い土地や、地方の農村などが亜人に襲われて全滅するような事件も多かったので、他所に移民するなどという感覚すら持っていなかったのであろうとイチローは考えていた。

「陛下には、報告だけしておくか。南アフリカ付近って、やっぱり金とかダイアモンドとかが取れるの?」

「はい、鉱脈が確認されています」

「戦費の補填くらいにはなるか。試掘だけしておいて」

「はい」

 久しぶりの、二人だけの世界戦略会議は静かに幕を降ろすのであったが、いくら陰謀家と言われているジョゼフ王でも、イチローを相手にするには少し荷が重過ぎるようであった。
 正確には、イチローの所持している物なのだが、そんな事は多少の慰めにしかならないのもまた事実であった。








「タナカ辺境伯は、隠す事なく準備を始めたらしいな」

 それから一週間ほど経ったトリスタニアの王城の一室で、王国高等法院長であるリッシュモン伯爵は、次第に不利になっていく自分達に少し危機感を抱き始め、それを秘かに呼んだ同志であるワルド子爵に話していた。

「姫様を、タナカ辺境伯領にやったのはまずかったですな」

「ヴェリエール公爵め! 余計な隠蔽策を弄しおって!」

 ヴァリエール公爵が、アンリエッタ王女のタナカ辺境伯領訪問を助けるために、自分の長女であるエレオノールを影武者にして個室に閉じ込めたせいで、王城の保守派貴族達は、彼女がお土産を持って帰ってくるまでその事実に気が付かなかったという大失態を演じていた。

 しかも、彼女は帰国して早々に、保守派貴族達には我慢ならない新しい政策を次々と行う事を宣言する。
 当然、反対意見が半数以上の貴族達から出たが、もう彼女は彼らの意見など聞かなかった。
 ヴァリエール公爵と、最近イチローのおかげで領地の経営が上手く行っているバーガンディ伯爵とモンモランシ伯爵を使って、反対派貴族の切り崩し工作を進め、次第にリッシュモン伯爵達を追い詰めるようになっていたのだ。
 元々の資金力では相手にもならず、残酷な事実ではあるが、世の中ではお金の力を大きく物を言うからであった。

「あの小娘が! 素直に嫁に行けば良いものを!」

「意外でしたな。彼女に政治能力があったとは」

 この国の貴族は、国民に人気のあるアンリエッタ王女に一定の敬意を払ってはいたが、政治能力には全く期待などしていなかった。
 自分達で政治は行うので、平民達の不満をそらす都合の良い飾りであって欲しい。
 そう考える者が大半であったのだ。

「ところで、ゴンドラン伯爵がいらっしゃるとの事で?」

「政治を動かすのは数で、それに派閥はつきものだからな。時に、離反集合が発生する事もある」

  ゴンドラン伯爵は、トリステイン王立魔法研究所の評議会議長でエレオノールの上司にあたる人物であった。
 銀髪で整った口ひげをした老紳士だが、覇気が感じられない顔立ちと気弱そうな性格から、人に与える印象を薄いものにしているのだが、トリステインでは権威のある魔法研究所の評議会議長の職に収まっているところからして、見た目以上に政治力を持っている人物でもあった。
 政治色も保守寄りであり、実は今まではリッシュモン伯爵と対立する派閥の長でもあったのだが、それは政治的な理由というよりは利権などでの対立が原因であり、ならばその利権の調整さえ行えればという事で、今日秘かに会合を持つ事になっていた。
 向こうもアンリエッタ王女の政策に反対の姿勢を表明していて、他にもイチローのせいで色々と割りを喰っているらしく、組むことは十分に可能だとリッシュモン伯爵は考えていた。
 あくまでも、一時的なのには変わりはなかったのだが。

「それで、私は護衛でも?」

「何を言う。君も、我々の同志ではないか」

 暫くすると部屋のドアがノックされて、そこに影の薄いゴンドラン伯爵が入って来る。

「お互いに忙しい身だ。単刀直入に話そう」

「それに異論はないな。リッシュモン伯爵」

 リッシュモン伯爵は、最近のアンリエッタ王女の暴走と、ますます増長するタナカ辺境伯に対する対策を協議し始める。

「何か、彼を失脚させる策はないものかな?」

「暗殺は、試したのかな?」

 密室とはいえ、いきなり暗殺の話をするゴンドラン伯爵に、ワルド子爵は彼の危険さを直接肌で感じていた。

「失敗したよ」

「何だ、試していたのかね。実は、私も失敗していてね」

 自分の陰謀の失敗を平気で暴露し合う二人に、ワルド子爵は今度は何か釈然としない物を感じ始めていた。
 
「何か、法に触れる行為とかはどうなのかね? 高等法院長殿」

「無理だ。毛一つほどの隙もない」

 高度な法治国家に住んでいたイチローにとって、トリステインの法律などザル法に等しく、たまに特許や著作権や契約に関する要綱で損をする事があったが、それ以上に法の隙を突いて縦横無尽に金を稼いでいる事を、リッシュモン伯爵はゴンドラン伯爵に説明する。
 それに、長年高等法院長の職権を乱用して不正に蓄財をしていた自分なので、下手に藪を突いて反撃されるのも面白くなかったので、その方面での策は没にしたのが本音であった。

「実は、一つ策があるのだよ」

「ほう、どんな策かね?」

 ワルド子爵は、呼び出された以上は自分が何かをするのだろうとは思っていた。
 いくら同志でも、自分は子爵で相手は伯爵なので、そういう差は確実に存在していたからだ。

「魔法学院には優秀な魔法の担い手が多く、そのせいで王城からの分と合わせてかなりの宝物や貴重な品々を預かっている事は知っていよう?」

 魔法学院の宝物庫は、スクウェアクラスのメイジの魔法でも壊れないとされる固定化の魔法がかけられていて、その信頼度と相まって多くの宝物が収蔵されていた。

「それを盗ませて、彼の責任にするのですか? ですが……」

「そうだ、ワルド子爵。それだけに成功しても、それは魔法学院を管理するオスマン学院長の責任になるだけだ。盗む事に変わりはないが、盗む物は明確に決まっている」

 それは、リッシュモン伯爵が噂で聞いた、魔法学院の秘宝の話であった。
 何でも、《破壊の筒》という物らしいのだが、その昔にオスマン学院長が外出先でワイバーンに襲われそうになった時に、それを使ってワイバーンを倒した人物がいたらしい。
 だが、その人物はなぜか大怪我をしていて、オスマンを助けた後に命を落とし、彼の持っていた筒が秘宝として学院の倉庫に眠っていると、そういう話であった。

「それを盗んで、タナカ辺境伯を暗殺するのですか?」

 ワルド子爵は、それも難しいだろうと心の中で思っていた。

「いや、暗殺するのは、ウェールズ皇太子だ」

 実は二週間後に、ウェールズ皇太子が先週にアンリエッタ王女と決めた数々の条約や協定の契約のためにトリステインを訪問し、その日程で魔法学院都市を見学する事になっていた。

「彼の外遊を狙うのですな」

「そうだ。彼の来訪の数日前に、魔法学院の秘宝が盗まれて、オスマン学院長の責任問題に発展する。そこで、彼と仲の良いタナカ辺境伯が、自分の手駒を使って捜索を開始するのだが、その分、ウェールズ皇太子への警備が薄くなるわけだ。タナカ辺境伯も人の子。自分の身は今まで通りに守るが、他は薄くせざるを得まい。あとは言わずともわかるであろう?」

 イチローの管理する魔法学院都市内で、魔法学院の秘宝が使用されたウェールズ皇太子が暗殺事件が発生する。
 当然、オスマン学院長とイチローへの責任は避けられない物となるし、両国間で締結予定の各種の条約と協定の締結は、完全にお流れとなるであろう。
 もし、アルビオンが報復で戦争を仕かけようとしても、それはパワーバランスの観点からゲルマニアが納得しない。
 一応、そこまで考えてのリッシュモン伯爵の策略であった。
 ちなみに、その際には、ある筋から王位継承権第二位のモード大公の息子に話が行く事になってた。
 ウェールズ皇太子の優秀さに押されていまいち影が薄く、実の父親であるモード大公にまで、『王としての能力なし』と言われて陰鬱な日々を送っている人物なので、その辺を突いて交渉すれば、安易な報復戦争は避けられると思っていた。

「そういう部分はお任せしますが、あんなに厳重な警備がされている、魔法学院の倉庫から盗みですか?」

「いや、固定化の魔法を過信しているらしく、警備は意外と甘いとの報告だ」

 本来であれば、衛兵の他に学院の教員達が交代で宿直をして警備をする事になっている宝物庫は、今まで一度も盗難被害に遭った事がなく、そのせいで宿直をサボる教師が続出しているとの情報であった。

「それで、破壊の筒を盗むのは私なのですか?」

「その手の連中を数名付けるので、指揮を執って欲しい」

 リッシュモン伯爵の計画では、ワルド子爵が盗賊上がりの部下数名を指揮して、今から準備を行って学院の宝物庫から破壊の筒を盗む。
 盗んだ破壊の筒の使用方法を解析し、ウェールズ皇太子の魔法学院来訪までに準備を整えてから彼の暗殺を実行するという、少し泥縄的な要素のある作戦であり、ワルド子爵は冷静にリッシュモン伯爵が予想以上に追い詰められている事を知る。

「まさか、盗んだ破壊の筒で暗殺を実行するとは思うまい。犯行現場から遠ざかるのが、普通の盗賊だからな」

「ですが、もし破壊の筒の使用方法がわからなければ?」

 何しろ未知のアイテムなので、本当に暗殺に使えるほどの威力があるのかも不明で、あったとしても使い方が期限までにわからなければ意味がなかったからだ。

「現場で破壊の筒が目撃されれば良いのだ。混乱するであろう現場で、『破壊の筒で、ウェールズ皇太子が暗殺される事』と『ウェールズ皇太子が暗殺された現場で、盗まれた破壊の筒が目撃された事』に大きな違いはないのだからな」

 どちらにしても、学院の責任者である、アンリエッタ王女寄りのオスマン学院長と、魔法学院都市を管理するイチローに大きな責任が行く事にはかわりはなく、それはリッシュモン伯爵にとって利益となるのは確実であった。

「支援は人手だけですか?」

「いや、こういう物もある」

 リッシュモン伯爵は、説明を続けながらワルド子爵に変装用のリングを手渡す。
 これは、例のシェフィールドも使用しているマジックアイテムで、実行犯の素顔を隠すために準備した物であった。

「最悪失敗して、私の素性がバレたらいかがしますか?」

「隠れ場所等の提供は行う。それに、名誉回復の機会も作る予定だ」

 名誉回復の機会とは、すなわち後のレコン・キスタ蜂起の際に軍の指揮を任せるという事であった。

「(予定ですか。知っていますか? 予定は未定で決定ではないのですよ)」

 とはいえ、ワルド子爵はその提案を受け入れるつもりであった。
 力を渇望するあまり、いつの間にか人生最大の目標になっていた《聖地奪還》を果たすために、ワルド子爵は猫の額のような領地を守るために下らない小競り合いで戦死した父のようにならないように、今まで懸命に努力を続けて来ていた。
 スクウェアクラスになるまで懸命に魔法の鍛錬を行い、魔法衛士隊に入隊して剣術と体術も収め、努力して三つある魔法衛士隊の一つであるグリフォン隊の隊長にまで登りつめた。

 だが、そこまで努力して結果を出しても、まだ聖地奪還は見えて来なかった。
 いくら個人の技量を磨いても、自分一人で聖地を奪還しに行くわけではなかったからだ。
 いくらグリフォン隊を預かっている身とはいえ、これは自分の私兵ではなく、自分の私兵といえば父の死後から家臣に任せている領地から徴収する諸侯軍のみで、たかが子爵である自分に集められる兵力などたかが知れている。
 それに、この閉鎖的な上の役職者が詰まっているトリステインで、自分が大きな力を握る事などまず不可能であった。
 自分はただの子爵でしかないのだから。
 それに、自分の亡くなった父とヴァリエール公爵は友人同士ではあったが、ワルド子爵は子供の頃から二人の関係の裏の部分を目撃していた。
 公爵と子爵が、身分の違いを超えて友人同士となるのがどれだけ大変な事か。
 ヴァリエール公爵は、自分が寛容で真に友情関係を構築していたと思っているらしいが、そんな事はまず奇跡でもなければ不可能であり、大抵は父がヴァリエール公爵を立てる事が多かった印象を子供心に感じていた。
 ただ、これはヴァリエール公爵が一方的に悪いというわけでもない。
 彼は領民に寛大な為政者であり、優秀な軍人でもある優れた貴族であったが、生まれ付き公爵となるべく子供の頃から教育を受け、実際に公爵になってからも公爵に相応しくあり続けた彼に、身分の差を超えた真の友情など期待するだけ不幸なのだから。

 そもそも、ルイズを婚約者にする時もそうであった。
 普通なら年齢の関係から、エレオノールかカトレアを婚約者にするのが普通であったが、たかが子爵に長女と次女を与えるはずもなく、しかも当時も今も、ルイズは魔法が使えない事になっている。
 よほど公爵家の血が欲しくてたまらない卑しい連中しか、自ら望んで嫁に欲しいとは言わないのが普通であった。
 だからなのであろう。
 ワルド子爵は、まだ海の物とも山の物とも判断のつかないレコン・キスタに早くから参加するようになっていた。
 この組織と自分の目的が合致していただけでなく、ここでなら自分の能力が大きく発揮できると判断したからだ。
 もう人生の全てが決まっている、この息苦しいトリステイン王国と違ってだ。
 自分が、この程度の身分で終わるはずはない。
 常々そう感じての、今回の陰謀への参加であった。

「わかりました。ですが、上手くフォローの方をお願いしますよ」

「おおっ! 引き受けてくれるか!」

「さすがは、ワルド子爵」

 リッシュモン伯爵とゴンドラン伯爵の嬉しさを隠せない声に、ワルド子爵は内心で唾を吐きたい気持ちであった。
 『自分の方が立場が上で、お前は手下でしかない』と、二人の目が語っていたからだ。
 しかも、この二人に本気でレコン・キスタに参加する意思などない事は百も承知であった。
 たまたま、自分がのし上がるための便利な道具として使えるのがレコン・キスタであっただけで、もし状況が変わればそれを捨てる事も厭わない。
 最悪、自分を生贄にして生き残りを謀る事すら考えかねない。
 だが、たかが子爵で貧乏貴族である自分が、伯爵であるこの二人に何を言えよう。
 ならば、自分は躍進するために、精一杯できる限りの事をするだけだ。
 魔法衛士隊隊長の職も、貧しい領地も、こんな歴史だけの息苦しい小国のそんな物に拘っては、大きな力を得る事など一生不可能だ。
 ワルド子爵は、自分の意思でリッシュモン伯爵の策に敢えて乗る事にする。

「ウェールズ皇太子か。運の良いだけの若造ですよ」

 本当であれば、レコン・キスタ軍に一族ごと滅ぼされていたはずの男で、たまたま、あのタナカ辺境伯に助けられたに過ぎない、血筋だけの若造など、自分の手にかかれば簡単に殺せる。
 そう考えるワルド子爵であった。

「では、最初に盗みから始めるとしますか」

「ふむ。健等を祈る」

 ワルド子爵は、二人が密談をしている部屋から辞して、リッシュモン伯爵の準備した自分の手駒となる部下達の確認に向かう。
 そしてそれから十日後、ワルド子爵はいつものように隙なくグリフォン隊隊長の任をこなしながら、無事に魔法学院の宝物庫から破壊の筒を盗み出す事に成功し、学院関係者を震撼させるのであった。







「タナカ辺境伯、助けて……」

「何で、そこで私に抱き付くんだい!」

 謎の盗賊により、魔法学院の宝物庫から破壊の筒と呼ばれる大切な宝物が盗まれた。
 犯行は夜中であったらしいが、そんな時間に叩き起こすと主人であるイチローの機嫌が悪くなる事を良く知っている警備責任者のルッツは、朝一番に寝ぼけ眼のイチローに事件の詳細を報告していた。
 もし、こちらに関わるような重大事件なら、ルッツも夜中にイチローを起こす事を躊躇しないのだが、魔法学院はオスマン学院長の管轄下にあったので、そこまでしなくて良いだろうと判断しての事であった。
 報告を受けて後、イチローが後で様子を見に行くかと考えながら二人の妻達と朝食を取っていると、そこにオスマンが現れ、彼はイチローに泣き付くふりをしながらそのままマチルダの胸に飛び込み、彼女の逆鱗に触れてその場で袋叩きにされていた。
 
 ちなみに、オスマンが可哀想なので助けようと思う人間は、そこには一人も存在しなかった。

「わが友タナカ辺境伯、このちょっとお茶目が過ぎた老人を助けて」

「わが友オールド・オスマンよ。ってよ! 人の嫁さんの胸を触るんじゃねえよ! これは俺んだ!」

「年寄り虐待じゃぞ!」

 イチローは、マチルダの胸に顔を埋めながら倒れているオスマンに器用に細かい蹴りを入れ続ける。

「それで、状況を聞きましょうか?」

 カトレアの取り成しにより、オスマンはテーブルについて昨晩の盗難事件について話を始めるのだが、同じくカトレアの胸に飛び込もうとして、小さなトルネードの魔法で宙を舞う事になるオスマンであった。
 懲りないというか、年齢の割りに元気な老人であるとイチローは思ったが、カトレアとマチルダは年寄りになったイチローもこういう風になるんだろうなと、少し諦めの表情で見ていた。

「オールド・オスマン。私は以前に、宝物庫は強固な固定化の魔法をかけているから大丈夫だと聞きましたが」

「それがのぅ。宝物庫自体には、一切の被害がないのじゃよ」

 カトレアに淹れて貰った紅茶を飲みながら、オスマンは彼女の質問に答える。

「じゃあ、どうやってあそこから中身のお宝を盗んだんだい?」

「ある意味、奇策というか奇手を使ってじゃ」

 続けて質問するマチルダに、オスマンは昨晩に宝物庫の番をしていた衛兵の証言を話し始める。

「夜中に、いきなり王城からの使いが来ての。危急に必要な物があるから、急いで扉の鍵を開けろと言われたそうじゃ」

「それだけで開けるか? 普通?」

「それが、命令書に特に不備はなかったし、使いはあのグルフォン隊の隊長であるワルド子爵であったらしく……」

 しかも、衛兵がオスマンに報告しに行こうとすると、『本当に急いでいるのだ! もし間に合わなかったら、オスマン学院長だけでなく、お前達にも罰が及ぶ可能性もある! 覚悟しておくんだな!』と言われてしまい、平民出身の衛兵達は、貴族であるワルド隊長の言う通りに宝物庫のカギを開けてしまったらしい。

「魔力検知は、しなかったのですか?」

「その日の宿直当番であったミス・シュヴルーズは、宿直をサボっておったらしく……」

 魔法衛士隊の隊長という顕職にある人間が、部下を引き連れて直接命令書を持って任務だと言って現れる。
 魔法学院の衛兵達は、その手の実戦や騙しに慣れていなかったし、そもそもメイジでもないし、肝心の教師達は宝物庫にかかっている固定化の魔法に安心して宿直をサボっている始末だ。
 ハードは優秀でも、ソフト面に問題がある倉庫など、それに気が付けば簡単に開ける事が可能であった。
 そして彼らが宝物庫から立ち去った後、就寝しているオスマン学院長に衛兵から報告が行き、宝物庫の中を確認して事件発覚したのだが、あまりに杜撰な警備体制下での犯行でオスマン学院長への責任が大きくなる可能性があった。

「しかし、ワルド子爵ねぇ……」

「魔力探知の結果、変装用と思われるが、マジックアイテムを使用した痕跡が見られた。それと、渡された命令書も、同様に巧妙に作られた偽物であった」

 命令書を持って現れたのがワルド子爵という事で、イチローは少し判断に悩む事となる。
 彼には以前から怪しい部分があったのだが、それはあくまでもイチロー視点での心の引っ掛かり程度の物になっていた。
 一度領地に探りを入れて見たのだが、結果は標準的なトリステイン貴族が持つ貧しい農村がいくつかという程度であり、彼の怪しいは、自分の領地など意に介していないのかもしれず、しかも魔法衛士隊隊長がこんなに堂々と盗みをするわけもなく。
 ワルド隊長に変装した誰かが、同じく偽造された命令書でいまいち緊張感に欠ける衛兵を騙して宝物庫の鍵を開けさせたという結論に落ち着いていた。

「しかも、衛兵に予備の鍵を持たせているし」

「本当は、宿直当番の教師が持つ決まりなのじゃが……。それに、君の潜り込ませている衛兵達は、ティファニア嬢の護衛に徹していて手を貸してくれんしのぉ」

「痛い部分を突くなぁ」

 固定化の魔法と、王国から預かっている宝なども入っている宝物庫に盗みに入ったら確実に極刑を喰らうので、プロの犯罪者ほど躊躇するという部分と、今まで泥棒などいた試しがなかったので、衛兵達の認識が甘かったのと、とにかく相手はこちらの内情を良く理解している者の犯行であろうという事だけは理解できたイチロー達であった。

 それと、唯一使い物になると思われているイチローが潜り込ませた衛兵達は、テファの他に、秘かにゲルマニア皇太子の婚約者
となっているルイズの護衛だけに回される事が秘密の話し合いで決まっていて、彼らが宝物庫の警備をしていなかった事も、あっさりと秘宝を盗まれてしまった原因となっていた。

「破壊の筒でしたっけ?」

「そうじゃ。昔、ワシの命の恩人が持っていた物でな」

 オスマンの昔話を聞いたイチローは、その破壊の筒に警戒感を抱くようになる。
 
『ワイバーンに破壊の筒を向けたら光が出て、そのワイバーンは光の粒になって消えた』

 明らかにイチローが所持している兵器群と同じレベルの武器で、それを使ってテロでも起こされたら大変な事になるからであった。
 
「それで、犯人の目星は?」

「今のところは、なしじゃの」

 ワルド子爵に化けていたからと言って、そのままワルド子爵が犯人というわけにもいかず、しかも普通に考えれば、これは彼に罪を着せるう陰謀の類あろう。
 しかも、念のために彼の所在をオスマンが問い質したところ、彼はその日の夜は普通に自分の屋敷にいたらしい。
 手口からして、かなり魔法学院内部の事情に熟知している貴族が関与している可能性があったが、その特定にはかなりの時間を要すると思えた。
 それに、決定的な証拠がない限り、貴族を逮捕するというのは非常に難しい事でもあった。
 何しろ彼らは権力者であり、イチローのいた世界でも政治家がなかなか逮捕されないのと同じ理屈であった。

「とりあえず、捜査の基本だな」

「基本とな?」

「周辺の捜索ですよ。何か証拠でもあるかもしれないし」

「しかし、人手がおらんぞ」

 魔法学院詰めの衛兵達には、魔法学院の警備があるので外に出すわけにはいかなかったし、そもそも彼らに捜査などまず不可能でもあった。
 何しろ、そんな経験など今まで皆無であろうから。
 だが、ルッツを動かすという事もありえなかった。
 彼には、イチローやその周辺の護衛する任務があったし、そっちを手薄にして暗殺者の襲撃を喰らうのも嫌だったからだ。

「人手なら、いますよ。早速に集合させましょう」

 イチローは、ベルを鳴らしてルッツを呼ぶと、彼に小声で命令をくだすのであった。






「それで、俺達なんですか?」

「お前らくらいしか空いている人間がいない」

 イチローに急遽呼び出された才人は、あのハートマン軍曹の訓練から逃れられた事は嬉しかったが、イチローからの命令に明らかに嫌そうな顔をしていた。

「待ちたまえ、サイト。学院に侵入して秘宝を奪い去った賊の捜索と証拠の捜索は、重要な任務ではないか」

 才人の隣りで、ギーシュは名誉な任務を受けた事に喜びを感じているようであった。
 他にも、レイネール、ギムリ、マリコルヌなども、名を挙げるチャンスとばかりに張り切っているような表情をしていた。

「でもさ。本当なら、ミシェルさん達を派遣するのが筋なんじゃないのか?」

 スケベでナンパでバカな才人ではあったが、伊達に軍人としての訓練を受けていなかったのと、意外と鋭い部分があったので、自分なりに思った疑問を口にする。

「四日後に、ウェールズの訪問が予定されているからな。国家元首クラスの訪問だぜ。警備体制強化の準備で動かせるわけがない」

 イチローは、事件の起こったタイミングからもかなり何か臭い物を感じ始めていた。
 焦って人手を周辺の捜索に回す事こそ、向こうの思う壷なのではないか? と。
 だが、全く人手を出さないというにも、王城側から文句が出るだろう。
 そこでイチローは、まだ訓練中で猫の手程度の才人やギーシュ達を今回の捜索隊のメンバーの主力としていた。

「何事も経験だ。ギーシュが隊長で、才人が副隊長だな。ハートマン軍曹をアドバイザーにするから、駄目元で行って来いや」

「わかったよ」

 イチローの命令で、才人やギーシュ達はいくつかのグループを作ってから、学院周辺での聞き込みや捜索を見よう見真似で開始する。
 別に成果なんてなくても良く、王城の貴族達に捜索をしていると思わせるだけで良かった。
 ところが、そこにイチローも予想しなかった事態が発生する。

「イチロー様。一部の女子生徒が、勝手に捜索に参加してますけど」

「ルイズとか混じってる?」

「はい」

「この人手の欲しい時にぃーーー!」

 イチローは、ゲルマニア皇太子ハインリッヒの秘密の婚約者として既にVIP扱いになっているルイズの警備状況を確認しないといけなくなり、珍しく心の底から不満の声をあげるのであった。







「ふむ。どうにもアンバランスというか、変な組み合わせというか……」

 捜索班の編成と捜索方向と範囲の指定をを行った才人とギーシュであったが、彼らの班はかなりアンバランスな構成となっていた。
 捜索隊の隊長であるギーシュは良しとして、副隊長である才人が一緒にいる。
 だが、これはある意味仕方のない部分もあった。
 才人がガンダールヴである事を知っている人間は少なく、となると、ただの平民でしかない才人が班長となって捜索を行う事に不満を述べる貴族出身の生徒も出るであろうとの判断から、そっちはマリコルヌ達に任せて二人は一緒の班となっていた。

 そして、本来はこれに数名の男子生徒を加えるつもりだったのだが、それに待ったをかけて来た人物がいた。
 どこからか話を聞き付けて来たキュルケとタバサが加わり、更にそれにルイズがロボに乗って加わってきたのだ。
 
「ルイズも参加するのか?」

「悪い? この大事件を解決すれば、シュヴァリエの称号を貰えるかもしれないじゃない」

 国に功績のあった人間に送られる称号で、シュヴァリエだけは本当に功績があった実力者にだけしか送られない物であった。
 他の勲章などは、どこぞの国の褒章みたいにそれなりの地位に長年いれば順番で贈られる物なのだが、シュヴァリエだけはそれは適用されない。
 そこで、ルイズはそれを手に入れたくてロボを連れて探索に参加していたのだ。
 ちなみに前回のゴブリン退治では、エクスプロージョンでアジトごと全て吹き飛ばしてしまって詳細な戦果の確認が出来なかったと事と、虚無の威力を表沙汰にしたくないという理由から、それなりの額の褒美しか貰えなかったので、今度こそはとルイズは思っているようであった。

「邪魔するなよ」

「使い魔の癖に生意気ね!」

「俺とお前は、ほとんど年が変わらないっての!」

 最近、イチローが兵員輸送用に領地から持って来た屋根なしのトラックを改造した兵員輸送車の荷台の上で、才人とルイズが相変わらずの言い争いを続ける。

「サイト、そんなうるさいだけのご主人様なんて見捨てて、こっちで楽しくやりましょうよ」

 将来のための練習という事で輸送車の運転をする、まだ慣れていないのでガチガチの体で運転をしているギーシュを蚊帳の外に置いて、キュルケとタバサは才人を自分達の組織に入れるための勧誘に精を出していた。
 キュルケは、他の人間を勧誘する時のように色仕掛けで才人を勧誘する。

「でも、俺は平民だし」

「そんなの関係ないじゃない」

「だってよ……」

 才人もバカではないので、メイジでも貴族でもない自分がガリアの内戦に参加しても、ただ使い潰されるだけであろうと思っていたので、一時の色香に迷って後先を考えないで返事をしないようにしていた。
 
 ただ、自分の腕に胸を押し付けてくるキュルケの女性特有の柔らかさと、その香りだけは秘かに楽しんでいたが。

「別に、メイジでなくても貴族になった人はいるわよ。数は少ないし、平時ではありえないけど」

 六千年の歴史を持つハルケギニアではほぼ国の数は固定していたが、それでも王位継承権争いによる内乱や、貴族同士の諍い、亜人や幻獣達の大発生と大攻勢、聖地奪還などによる出兵と、それなりに戦争は発生していて、その際に魔法の使えない平民出身者が大きな功績を挙げて貴族に序される事も少数ではあったが、実際に存在した。
 ただ、その際には配偶者は必ずメイジに固定されるし、その後は子孫代々に渡るまでずっとメイジと婚姻関係を結ぶので、結局はその人物の子孫はメイジという事になってしまう。
 平民の血が押し潰されてしまうのである。

「というわけだから、サイトは全然心配しなくてもいいわよ。そうだ! 私とガリアで伯爵家を興しましょう」

「えっ! それは……」

 更に強く抱き付いて胸を押し付けてくるキュルケに、才人はいらぬ妄想を抱き始める。

「(何かそう言われると、それが一番良いような気がしてきた。キュルケを嫁さんにすると、毎日これがベッドの中に……)」

 才人の顔が、次第に締まらない物となって行く。
 タバサが興した、亡命新生ガリア王国は来るべき戦争に向けて急速に勢力を拡大中であったが、それに一番貢献しているのがキュルケの勧誘テクニックであった。
 相手が男だと、キュルケを嫁に出来ると勘違いして勧誘しやすかったのだ。
 ただ、基本的に人手不足の亡命新生ガリア王国で、同じく忙しいキュルケをデートに誘うのも難しい状況であったし、使えない人材だとタバサに判断されると将来の出世に響くので、全員が戦争が終わったら、キュルケを嫁にするのだと勝手に思っているようであった。

「エロバカ犬……」

 だが、そんな才人にルイズの機嫌が良かろうはずもなく、最近威力を調整できるようになった爆発の魔法で、才人の髪の毛を爆発させる。

「うわっ! お前、俺がハゲたらどうするんだよ!」

「大切な任務なのに、遊んでるんじゃないわよ!」

「別に遊んでないけど、そんなに無駄に気張っても疲れるだけよ」

「どういう事よ!」

 再び才人の腕にしがみ付きながら不真面目な発言をするキュルケに、ルイズの怒鳴り声が飛ぶ。

「だって、こんなの形だけじゃない。ねえ、サイト」

「そこまで本音を言わなくても良いと思うけど……」

 確かにキュルケの言う通りで、この捜索はウェールズ皇太子来訪の準備で人手を出せないイチローが、王城側に見せかけだけでも仕事をしているように見せるための物であり、でなければ学生達だけの捜索など、まずあり得ない事であった。

「そんな事! やってみないとわからないじゃない!」

「タバサ」

 ルイズの感情的な発言に処置なしと感じたキュルケは、理論的な説明を、同じ荷台でロボのお腹に寄りかかって座っているタバサに求める。

「賊は三名で、全員が王城の衛兵の格好に変装していた。それに、主犯はワルド子爵に変装していたと言う報告。犯行後に変装を解いたのは確実なので、まず発見は困難」

 亡命新生ガリア王国の財務状況に関する報告書を読みながら、冷静に持論を述べるタバサに、ルイズは何も言い返せないでいた。
 それに、どうも色々とキナ臭い要素を孕んだ犯行であったので、ここで無駄に労力を使って動いてもとも感じているタバサであった。

「それにしても! 警戒くらいはするべきでしょう!」

「してる」

 タバサが立てかけていた杖で上空を指差すと、そこにはタバサの使い魔である風竜のシルフィードが周囲を警戒するように飛行を続けていた。

「そんな仕事をしているふりだけでは、全然意味がないじゃないの!」

「そうか? ギーシュの練習にはちょうど良いんじゃないの?」

 士官もそうだが、基本的に兵力の足りていないイチローは、現在増強中の部隊を多少機械化しなければいけなくっていて、ギーシュ達にもハートマン軍曹指導の元、車の運転の練習が義務付けられていた。
 イチローや才人のいた時代の感覚で言えば、車の運転は大したスキルでもなかったのだが、この時代の人間にはとても難しい物と感じられるらしい。
 イチローからすれば、幻獣や飛竜を操る方がよっぽど難しいようにも思えたのだが、飼い慣らされたそれなりに知性のある生き物は、慣れると操者のミスを補ってくれるし、息が合ってくると特に命令しないでも上手く動いてくれる物なのだが、車やトラックはそうはいかない。
 特にイチローが配備を始めた車は、極めて原始的なガソリンで動く車なので、操作をミスすればそのまま操縦者本人に跳ね返ってくる物であった。

 講習は数日前から始まっていたが、慣れない運転な上にマニュアル車である事が災いして、ギーシュ達はまるで教習所の生徒のようにエンストを頻発させながらハートマン軍曹に怒鳴られていた。
 他にも、重機やクレーン、フォークリフトなどの教習もあった。
 勿論、募集した兵士達にも訓練させていたが、使える人間は一人でも多いに越した事はないという理由で半ば強制受講となっていたのだ。

「いきなり人が出て来る可能性も考えて……」

「ギーシュ、こんな田舎道で緊張し過ぎだぞ」

 急遽教習所に指定された魔法学院都市郊外の空き地で、ハートマン軍曹に怒鳴られ続けた結果、やけに運転が慎重なギーシュに才人が声をかける。

「それに、もっとスピード出せよ」

「スピードは出てるじゃないか!」

「普通に六十キロくらい出せよ」

 基本的に魔法学院の生徒達は、馬車くらいにしか乗った事がないので、ギーシュ達は馬車と同じくらいの遅いスピードでトラックを走らせ、無駄にガソリンを消費していた。

「しゃあないか。その内に慣れるだろうし……」

 結局その日の捜索は、イチローの予想通りにまるで成果を見せないまま、捜索に出た予備隊に所属する生徒達が交代でトラックを運転して、その運転に慣れただけで終了していた。
 イチローにしたら、大量に備蓄していて既にタンクが一杯のガソリンを使って、ギーシュ達が運転の腕を上げてくれればそれでオーケーだったので特に気にしてはいなかったが、オスマン学院長からすれば、何も成果がなかったというのは非常に拙くもあった。
 
 だが、イチローはウェールズ皇太子来訪前日まで、この捜査体制を崩す事なく続ける命令をギーシュ達に下していた。
 王城にいる貴族達の目を気にしないといけないのと、ギーシュ達に色々と経験を積ませるのは良い事だと考えたからであり、実際に最初は運転がぎこちなかったギーシュも、数日で見違えるような運転をするようになっていた。

「ふーーーん、車ね。私も習ってみようかしら?」

 数日で鼻歌を歌いながら運転できるまでに進化したギーシュを見ながら、ルイズは自分も運転免状を取ろうかと迷っていた。

「お前の場合は、タナカ辺境伯が許可を出さないだろう」
 
 才人は、ルイズが事故死でもしたら大変な事になるので、絶対に許可は出ないであろうと確信していた。
 これが普通の貴族の子弟であれば、こんなほとんど車もない場所で事故死する人間など、もしかしたら馬から落ちて死ぬよりも可能性が少なかったので許可は普通に出たと思うのだが、ルイズは多少事情が違っていたからだ。

「そんなの、聞いてみないとわからないわ! 決めたわ! 私はこれの運転を習うのよ!」

 ルイズがムキになるのにもワケがあった。
 それは、車の運転に興味があったキュルケとタバサがイチローに許可を貰って、現在ハートマン軍曹に教習を受けているのだが、ギーシュよりも遙かに才能があるらしく、もうすぐ免状が貰えるまでに腕を上げていたからだ。

「私だって、日頃は乗馬くらいするわよ」

「習って損はないのかな?」

 ただ、才人の考えは杞憂に終わる事となる。
 トリステイン国内で蜂起する予定のレコン・キスタ軍の処置から、なるべく早期のガリア侵攻を行うためのマンパワーが圧倒的に不足しているイチローが、学院の女子生徒に車両運転免状取得者に補助金を出すお触れを出したからだ。
 女子生徒達は、一部を除いて正規軍としては辛いが、物資補給やインフラ整備、医療などの後方任務に使えると判断したからであった。
 そしてその結果、多くの生徒達が車の運転を習う事となり、戦後貴族達によるトリステイン国内の道路整備が大幅に進む事になるのであった。
 






「へへっ、旦那。見事に成功しましいたぜ」

 少し時間は戻り、学院の宝物庫から破壊の筒が盗まれた翌日の朝、リッシュモン伯爵の協力を得て所用で城を出たワルド子爵は、とある無人の森の奥で破壊の筒を盗んだ実行犯三人と待ち合わせをしていた。
 ワルド子爵は、それなりに腕と経験のある彼らに秘かに手に入れた衛兵の装備を渡し、更に変装用のマジックリングも貸し与えて自分に変装させ、あの強奪劇を行っていた。

「やはり、強行策で行かなくて正解か」

「あの固定化のレベルでは、あなたでも無理でしょうな」

 スクウェアクラスのメイジの攻撃でも壊れないが売りの宝物庫であったし、風の魔法は応用が利くが、固定化の魔法がかかった物を壊すには相性が最悪であったので、頭を使う策を実行したワルド子爵であった。

「それで、中身を見たのか?」

「いえ、まだです」

 ワルド子爵は、実行犯のリーダーから受け取った箱の蓋を開けて中身の破壊の筒の確認を行う。
 銀色で綺麗に輝き、他にも宝石とは違うらしいが、何か綺麗な丸や四角の宝飾が施されていて、秘宝と言うのに相応しい外見をしていた。
 多分、好事家であればいくらでも出す代物であろう。

「使い方はわかるか?」

「銃に似てなくはないですか?」

 指摘を受けた通りに引き金らしき物があったので、近くの木に筒の穴の部分を向けて引き金を引いてみるが、破壊の筒は何の反応も示さなかった。

「弾切れか?」

 ワルド子爵は、その後色々と試してみるのだが、やはり破壊の筒はうんともすんとも言わなかった。

「仕方がない。犯行現場で目に付くようにすればいいか……」

 今回の暗殺は成功させなければいけないと思うワルド子爵であったので、こんな使い方もわからない破壊の筒を使うよりも、ウェールズ皇太子の魔法学院都市来訪に随伴するアンリエッタ王女の護衛役を仰せつかっている自分が直接手を下した方が早いと感じていた。
 作り出した偏在にアンリエッタ王女の護衛を任せ、雇った腕利きの連中と一緒に、この破壊の筒を現場に残しながら襲撃を行えば良いと考えていたからだ。

 多分、自分の正体は割れてトリステイン王家に追われる存在となるであろうが、数ヶ月も待てばレコン・キスタ軍は蜂起するであろうし、合流して勝利を掴めば今以上の地位に昇りつめられるであろう。
 なので、ここで引く事は絶対にあり得ないと考えるワルド子爵であった。

「ところで、お前達はわかっているな?」

「へい、早めに魔法学院都市に潜り込んで襲撃地点を確保するんですね?」

「俺は、これでも色々と忙しいのでな。頼むぞ」

 ワルド子爵は、襲撃犯達に次の命令を出すと、そのまま破壊の筒を秘密の場所に隠してから、何食わぬ顔で通常の任務に戻る。
 この暗殺劇が成功するのか、失敗するのか?
 それは、まだ神のみぞ知る事であった。


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