召喚前夜編1
「随分と未開の惑星ですね」
これが、一週間ほどをかけて行った惑星調査の結果であった。
文明レベルは、まだ人類が地球にだけ居た頃の中世レベルで、人口も少なく貧しかった。
つまり、インドア派のイチローが、喜んで下に遊びに行ける場所では無かったのだ。
「困ったなぁ。他に、有人惑星は無いのかね?」
「艦艇を分割して、周辺の探索を行わせますか?」
「やってみるか」
イチローは、艦隊の軍艦を分割して様々な方面に送り始める。
更に、周囲にタキオン波通信を送ったりもしているのだが、それらの結果は一年近く掛かる予定であった。
何しろ、宇宙は無駄に広いからだ。
「拠点でも作りますか?」
「どこにです?」
フィアナは、イチローに冷静な態度のままで尋ねる。
「惑星上はまずいだろうな。何しろ、未開惑星の進化促成禁止条約に違反するから」
これは、銀河系内の国家全てが加入している条約で、つまりは、『例え、文明レベルが低い惑星を発見したとしても、それに色々と教えたり、自分が支配者とかになったりするのは禁止』という国際条約であったのだ。
ただし、その条約の適用がされた星は、いままでに一つも存在しなかった。
銀河系内に、地球人類以外の知的生命体が発見されなかったからだ。
厳密に言うと、生物は多数発見されたのだが、人間らしい生活をしている生物が発見されなかったのだ。
多分、今探索中の違う銀河系でなら、この有名無実化された条約が適用される可能性もあるのかもしれなかった。
「じゃあ、あの二つの月にする」
「わかりました」
それから一年、イチローは、軍人よりは工事の現場監督として精力的に働いていた。
とは言っても、主に命令だけであったが……。
意外と大量に各種資源が眠っていた二つの月を、無人艦隊に積んでいた工業用ロボットやナノマシンで発掘し、発掘が終わった部分から惑星改造を開始する。
ここから少し離れた惑星や、小惑星や、たまたま通りかかった彗星などから、水分の元となる氷塊や大気の元となる物質を採集して、それを元に大気と海の作成を開始する。
どうやら、この惑星の二つの月は、聖地地球の月と同じで重力が少なかったので、その調整は確実に行い、その増えた分の重力から計算した位置に月を移動させたのだ。
そうしないと、あの惑星で様々な変化が発生して、そこに住民に迷惑をかけてしまうからだ。
数ヵ月後、二つの月は海を湛えた綺麗な惑星となっていた。
まるで、隣の惑星のように。
「惑星改造セット。ようやく役に立ちましたね」
「倉庫で埃を被っていたからな」
既に開発され過ぎた上に、人口も緩慢にではあるが減少傾向にあった第七銀河帝国を始めとする各国では、今さら惑星改造などをする人は一部の個人を除いて存在せず、この惑星改造セットも、使われずに備品としてカウントされていたのだ。
「ところで、どうして備品になっていたんですか? 惑星改造セット」
「前線で苦労する将軍への癒しが云々とか言ってたな。まあ、アレだ。予算が余ったから購入したんだな」
「税金の無駄遣いですね」
「無駄も、時には経済を潤わせる。そういう事さ」
その後、二つの月には工場船の遺伝子ライブラリーを元に製造された様々な動植物が配置され、それはさながら昔の地球のような光景となっていた。
そしてイチローは、赤い月の方に(既に赤くは無かったが、惑星からはそう見えるように偽装していた。勿論、青い方の月もだ)自分専用の家を建築し、他には多数の娯楽施設や農業用プラント・畜産プラント・食糧工場などを建設する。
勿論、イチローは何もしていない。
ただ、フィアナに命令をしただけだ。
その後、余った艦艇で艦隊を組んで近くの人のいない惑星から各種資源を持ってくるように命令し(勿論、法的に有効な所有者が居ない事を確認してからだ)、更に惑星に様々な生き物の形をした生体偵察ロボットを送り込む。
「こんな未開の星、銀河系にあったんだな」
「ところが、データ照合をしても条件に一致する星が一個も無いんです」
「じゃあ、他所の銀河に飛ばされたのか?」
「可能性は高いですね」
となれば、生きて元の銀河系に戻る事は絶望的であった。
なぜなら、他銀河移住プロジェクトは、到着に五百年でその後の開拓に二千年はかかると計算されていたからだ。
となると、イチローが先遣隊の連中に会うのに、最低で五百年ほどの時間がかかる事となる。
それに、他の銀河系は複数確認されているので、ここに来てくれる保証もない。
どう考えても、彼らと生きて会う事は難しい状況となっていた。
「それに、他の銀河では無いのかも」
「というと?」
「平行世界パラレルワールドとか?」
「おいおい、随分とSFチックな話だな」
イチローは、その説を自分ではなく、アンドロイドのフィアナが言った事に驚いてしまう。
普通なら、自分が夢みたいな事を言って、それをフィアナに窘められる事が多かったからだ。
「根拠が無いわけでもありません」
「それは、どんな?」
「はい、この惑星の大陸の配置ですが、実は聖地地球と大変に酷似しています。それに、我々のいる月も、地球には存在します。もっとも、本当の地球では一つで、ここは二つという差もありますけど」
結局、その場では結論が出なかったので、後は調査待ちという事で落ち着いていた。
そして更に一ヵ月後、各方面に送っていた軍艦が全て戻って来たのだが、全く人のいる星に辿り着かなかった事と、惑星を調査した結果、昔の地球と大分酷似している部分がある事が確認されていた。
「シナ帝国? 瑞穂島? 新大陸?」
「はい、昔の地球で言う所の中国と日本ですね。新大陸はアメリカなんですけど、ここはまだほとんど人がいませんね」
他にも、オーストラリアに似た大陸も同じであるらしい。
所謂ネイティブな人達だけで住んでいて、外の世界の事などどうでも良い状態なのだ。
「南アメリカらしい場所と、東南アジアらしい場所にそれなりの文化レベルの国を複数発見。王政国家ですね」
他にも、ロシアらしい国家と、中東に似た場所にいくつかの国家を発見していたが、彼らの基本行動は、外の世界にあまり興味が無いという事で一致していて、たまに外国と貿易を行ってる程度であった。
「しかし、おかしいな。あの貪欲なヨーロッパ人が、世界に進出していない」
「それなんですけどね」
フィアナは、ヨーロッパ大陸らしい場所の情報をイチローに報告する。
「トリステイン?」
「はい、オランダとベルギーを足した感じの国ですね。それと……」
単体国家では最強と思われるガリア王国、諸侯の寄せ集めで団結力には欠けるが、国力では随一と思われるゲルマニア、この大陸唯一の宗教の総本山があるために、政治的な影響力の強いロマリアと、何となく中世ヨーロッパに近い雰囲気であったが、一つだけイチローとフィアナを驚かせた国があった。
「浮遊大陸にあるアルビオンって、あれかな?」
「天空に城を浮かべていたラピュタの伝説ですか? 所詮、伝説ですよ」
ただ、国が宙に浮いているだけで、特に大した特徴も無い国でもあったので、二人の興味はそこで終了してしまっていた。
「しかし、始祖ブリミルだっけ? 六千年前の偉人の子孫が、貴族で魔法が使えて平民を生活費を稼ぐ家畜程度に思っているか。うわぁ、関わりたくねぇ」
一応、民主主義国家で温い子供時代を過ごして来たイチローらしい意見であった。
「まあ、所詮政治なんて、力ある少数による多数の支配って原則に変わりは無いと思うけど、限度って物があるよなぁ」
フィアナが集めた資料には、平民を娯楽のように殺す貴族や、綺麗な女性を見つけると手篭めにしてから出来た子供ごと捨てる貴族など、悪行のオンパレードが綴られていた。
少数は、まともな貴族はいるようであったが、六千年間魔法主体の社会であった影響は強く、どこか傲慢で鼻に付く部分があるようであった。
「社会病に近いな」
「ですね。うちのやる気なし病に似てます」
戦争は良くない事であったが、本来生存権を賭けて必死に行うそれをゲームにまでしているイチローの時代の人達も、どこか病んでいると言っても過言では無かった。
一部の学者や識者達は、『人類があまりに進化し過ぎて、進化の最終段階である滅びの入り口に入ってる』と声高に叫んでいて、それに耳を傾けた政府は、他の銀河系に移民船団を送り出して人類の種を残そうとしている。
そんな状態であったのだ。
「となると、身分を隠してでも接触は危険という事かな? でもねぇ……」
いくらフィアナ達、アンドロイドやロボット達がいたとしても、大気と海のある星に改良した二つの月に人間は自分だけ。
それは、あまりに不健康だと思ったからだ。
「ちなみに、宇宙から別の船が来る可能性は?」
「今までの調査の結果、ここは我々のいた銀河系とは全く違う銀河系か、次元流の規模からして所謂パラレルワールドに飛ばされたかの可能性があり、それを元に算出しますと……」
「七百九十八兆八千五百七十四億とんで七十二分の一です」
「終わったな……。宇宙パチンコのプレミア演出でも、そんな確率の物は存在しない……」
いきなり未知の惑星に飛ばされてから一年と数ヶ月、イチローはどうやらこの星で骨を埋める覚悟をしなければならない事を悟ってしまうのであった。
「それで、いかがなされます? これだけの戦力があれば、あの惑星の支配者になれますけど」
「支配者って事は政治家か? 却下!」
そんな面倒ばかり背負い込む仕事は、死んでも御免だと思うイチローであった。
「貴族にでもなれないかね?」
色々と問題ありまくりな連中ではあったが、魔法全盛の世の中が続く限りは支配者として優位に立てる貴族は、根がヘタレなイチローにとって非常に魅力的な物に見えていえた。
「そうですね。帝政ゲルマニアでは、貴族の位が買えるようです。魔法の有無は、あった方が良いですけど、実際には金が物を言うようです」
「貴族は、魔法よりも領地を無難に統治出来る方が良いはずだものなぁ。戦争の時はわからないけど……」
フィアナの説明を聞きながら、イチローはそんな事を考えていた。
「ちなみに、戦争のレベルってどの程度なの?」
「まだ中央集権が進んでいないようですね。王国が直轄地で養ったり徴兵する中央軍と、領地を持っている貴族が義務として差し出す諸侯軍といった感じです。武器は原始的な銃と大砲が出始めてますけど、発射速度などを考えると魔法が圧倒的に有利です」
つまり、領地さえ貰えれば、上納金やら軍役にさえ応じていれば後は好き勝手にできる。
武器は、今さら言うまでもないであろう。
こちらの駆逐艦一隻で、こんな惑星などすぐに破壊可能であったからだ。
「じゃあ、貴族の位を買おう」
「でも、いきなり何の実績も無い人が金を積んでも怪しまれると思います」
二つの月で採掘を行ったので、イチローは惑星くらいは余裕で買えそうな金・銀・白金・宝石類などを所持していたが、それをいきなりゲルマニアの皇帝に積んでも、怪しまれるだけだとフィアナは考えていた。
「商売をするかな」
「ですね。商人なら、貴族にそこまで無下にされないと思います」
実際に昔の日本でも、武士は偉かったが、商人に金を借りていた者は多かった。
という事は、お金さえ持っていれば、貴族もそう機嫌は悪くならないであろうという事だ。
「準備に入るとするか」
「はい」
二人は地球に似た惑星に降りて、そこで生活を始める事にするのであった。
一週間後の真夜中、イチローとフィアナはトリステイン王国の沿岸から少し離れた海上にある無人島に、秘かに降下部隊を降ろしていた。
二十隻あまりの降下舟艇が無人島の沖に静かに着水してそのまま無人島へと接岸し、そこから大量の工作ロボットと指揮をするアンドロイド達が上陸をする。
同時に大量の物資も揚陸されていて、ロボット達は急いで完全地下式の秘密要塞の建設を開始する。
「こういうのっていいよね。昔、テレビで見たよ」
「見つかるわけにはいきませんからね」
それから、毎夜宇宙から増援部隊と補給物資は投下され、一週間後には、地下要塞はほぼ完成と相成っていた。
「下に掘り進めるかね。艦船用のドックももう少し欲しいし、潜水艦用のドックももう少し増築したい」
更に、先の揚陸物資で建造された巨大潜水艦は無事に完成し、それらの船は次々と世界中の海に向けて出港し、海底地図の作成と海底資源の調査・採掘を同時に開始する。
この星の科学技術レベルでは到底採掘不可能な、海底の資源を独占するためであった。
「アルビオンとの貿易のために、空中船を後で建造しないと駄目だな」
「そうですね。反重力エンジンと超小型常温核融合炉エンジンの組み合わせで、十分だと思いますよ。外見は偽装する必要がありますけど」
あまりに技術差が隔絶している事が向こうにバレると色々と面倒なので、表立って人に見せる船には偽装が必要であった。
「もう、これだけでトリステインとかは落せそうですけどね」
「落としても、後の統治が面倒だからなぁ」
「司令は、一級軍政統括官じゃないですか」
「試験マークシートだよ。合格点六十点だし。民間企業じゃ、鼻にも掛けてくれない資格だ」
地下基地の機能の拡張、無人ドッグでの各種艦船の建造、海底資源の採集などを行いながら、イチローはこれからの事を考えていた。
「缶詰でも作って売るか」
イチローは、ロボット達に缶詰工場を建設させて、同時に沿岸漁業も開始。
サバっぽい魚や、サンマっぽい魚、マグロっぽい魚、イカっぽいなどを加工してサバ味噌やサンマのカバ焼、シーチキン、イカの煮物などの缶詰の量産を開始する。
更に、足りない分は上の月でフル稼動している食糧生産プラントから輸送し、大量生産を可能にしていた。
既に基地の奥に巨大な物質転送装置を設置していたので、いつでも簡単に月と惑星の間で、人と物資の送り込みが可能になっていたからだ。
「鯨肉と牛肉の大和煮、ソーセージと焼き鳥の缶詰も完成だな。あとはピクルスの瓶詰めはもう少し時間がかかるな」
イチローは、生産した缶詰を同じくこの世界の船に似せて建造した輸送船に積み込み、その足でゲルマニアの港へと向かう。
缶詰を定期的に降ろす商人を見つけるためだ。
「誰にします?」
「ゲルマニア皇室と取引のあるやつがいいな」
その結果、とある大規模に空中船を飛ばして各国と貿易をしている大商人とのアポを取る事に成功していた。
「どうも、ギュンターです」
ギュンターは、見た目は五十代で恰幅の良い、いかにも商人と言った風貌の男であった。
「食料品を買って欲しいとか?」
「ええ、独自の保存技術を開発いたしまして」
イチローは、ギュンターの前に缶詰や瓶詰めのサンプルを大量に差し出す。
「瓶詰めは見た事がありますから特に驚きませんけど、これは金属の容器に入っているのですか?」
ギュンター氏は、初めてみる缶詰を色々な方向から興味深そうに眺めていた。
「ええ。ですから、密封されていて中の食品が長持ちするんです。うちの商品は、五年の品質保証をしています。基本的には缶が膨れなければ大丈夫ですけど、五年経つと味が落ちる可能性があるから五年という事でして」
「試食は可能ですか?」
「はい。ここにあるサンプルは、全て試して貰って結構ですよ」
底に品質保証期限の刻印がされていて、更に缶切りを使わずに手で開けられるプルトップ式の缶詰にギュンターは興奮を隠せないようであった。
「ほう、変わった調味料を使った魚と肉の料理か。他にも、ホワイトソースとデミグラスソースを使ったシチュー、シロップ漬けの果物。おおっ! パンまであるのか!」
「パンだけは、三年の品質保証期間です」
「それでも、十分ですよ。ところで、これを他の商人には?」
「いいえ、まだ持っていってません」
「なぜ、私に?」
「あなたが、皇室と取引きがあるからですよ。だって、考えてみてください。これが大量に売れる顧客ってどこですか?」
「軍ですね」
基本的に、この時代の軍隊の食事は非常に貧弱であった。
だが、これが普及すれば状況は大きく変化するであろう。
「問題は値段です」
イチローは、ギュンターに価格表と、今販売できる在庫量と、これから定期提供可能な量を書いた紙を渡す。
「安いですね」
それは、一部貴族が戦場で愛用している、高級品扱いであるビン詰めよりも圧倒的に安く、少し無理をすれば平民にも買える値段であった。
「全部買いましょう」
こうしてイチローは、ゲルマニア商人との商売を始める。
例の無人島(イチローにより、ヤマト島と命名)の海岸に、この時代に合わせた鄙びた港を建設し、そこから数隻の見た目は木造の大型商船を置き、ローテーション制でゲルマニアの港に荷を運び入れる。
勿論、船員は全員人間型のアンドロイドなのだが、それに気が付くこの世界の人間は皆無であったので、問題は特に無かった。
なお扱っている商品は、各種の缶詰と瓶詰から、日本酒、焼酎、紹興酒、ドブロク、泡盛、ワイン、ブランデー、ウィスキー、ウォッカなどの世界各種の酒、コーヒー、香辛料、干した海産物、砂糖、塩、醤油、味噌などの調味料類など、所謂今までこの世界では無かったか数が非常に少なかった物や、嗜好品の類などに限定していて、更に流通量を抑えて価格を下げないのと、他者の既得権益をなるべく奪わないように気を使っていた。
「もう少し、量があると嬉しいのですが……」
「缶詰と瓶詰はもう少し大丈夫ですけど、他のは東方の商人からの仲介を受け持っているだけですからね」
「そうですか。でも、東方からの物がこれだけ纏まって入るのは珍しいですからね。価格維持のためと思って我慢しますよ」
こんな感じのやり取りがギュンター氏との間で交わされ、イチローの商売は順調に進むのであった。
「ゲルマニアの商人ばかりに物を売るのは、正直いかがなものかと思いますけど」
ヤマト島の港の隣に建てた、一見すると純和風な邸宅内で(隠れた防犯設備と便利な機能が満載)イチローが儲けた金貨の数を数えていると(別に数える必要は無いのだが、単に命令するだけで暇だったからだ)、そこに島の警備をしているアンドロイドから連絡が入って来る。
何でも、一隻の大型商船が島の沖合いに現れ、十数人の商人が小船で島に上陸して来たとの事であった。
武器を持っていないとの事なので、仕方なしに家に入れると、そこでギュンターの紹介状と共に上のセリフが飛び出したわけであった。
「あなたも、ゲルマニアの商人じゃないですか」
「ギュンター氏ばかりに利益が行く事は、容認し難いのです」
生き馬の目を抜く商人の世界。
それを肌で実感するイチローであった。
「(しかも、紹介状は書いたからこれで俺は免罪ってか? ギュンター氏も食えないねぇ)」
そんな事をイチローが考えていると、そこにメイド服姿のフィアナが現れ、商人達に緑茶と和菓子セット(豆大福、イチゴ大福、羊羹、栗羊羹)をオヤツとして出す。
すると、彼らはそれを興味深そうに観察し、口に入れていた。
「東方のお茶とお菓子ですか」
「お茶は多少融通できますけど、和菓子はフィアナの手造りなので無理ですよ」
「ちなみに、一週間で出せる量はこれだけです。量の分配は、あなた達だけで決めてください」
自分で各商人ごとに卸す量を決めると、後で禍根になる可能性があったので、イチローは総量だけを提示してあとは自分達だけで決めさせる事としたのだ。
「缶詰は、全種類が絶対に欲しい! 俺は、アルビオン軍の担当者に『絶対に手に入れます!』って明言してしまったんだ!」
「強いお酒は、絶対に欲しい! 俺のお得意様のガリア貴族が、ゲルマニアに流通している事を聞き付けたんだ!」
彼らは、それから一時間ほど激しい口調で相談を続け、遂に合意に至ったらしくホクホク顔で沖合いの船に戻って行った。
勿論、先に出したお茶と和菓子は全て食べるか持ち帰ったいたが。
「商人なんですねぇ……」
フィアナは、いつの時代の商人も同じである事にある意味安心するのであった。
「部長! この荷は、どこ行きですか?」
「ガリアだ! シャイム氏の船に乗せろ!」
「この荷は、どこです?」
「アルビオンだ! マレーヤ氏の空中船に乗せるんだ!」
それから数ヵ月後、イチローの商売は本人の思惑を超えて更に規模を拡大させていた。
次々と商人が訪れるようになったので、更に商品の販売量を増やしたのだ。
さすがに、自分が所持している表向きに出来る船だけでは運べなくなったので、商人達は自分が持っている船で商品を引き取りに来るようになり、小さなヤマト島では捌けなくなったので、少し離れた場所にあるかなり大き目の無人島に海・空共用の巨大な港と倉庫群を建設し、そこから荷の大半を運び出すようになっていた。
イチローがムサシ島と名付けたその島は、各種クレーンとガーゴイルに似せたロボットが、一部の人間の命令で倉庫から指定された荷を取り出して船に搭載し、荷を受け取った商人は港の事務所で代金を支払う。
更に、あまりに取引量が増えたために、生産している所を見せないと疑われる可能性があったので、隣に各種工場群も建設していた。
とはいえ、この時代に科学の集大成に近い完全無菌オートメーション工場を見せるわけにはいかなかったので、人間が作業可能な単純作業用の工程とブラックボックス化した部分に分けて管理し、ブラックボックスの部分は、『魔法技術の集大成で、イチロー本人にしか作れないし理解できない。そもそも、企業秘密だ』という事にして取引先の商人達には説明をしていた。
そして、本来であれば、月で生産した材料で全て賄えるのだが、現地の人間から食材を買い取る業務を開始し、開封した缶やビンの有償回収も実施。
工場や港や倉庫に勤める人達専用の住宅地や、商店や娯楽施設なども急ピッチで建造され、更に羽振りの良い彼らに娯楽品を売る商人なども現れと、次第にイチロー所有の二つの島は、ハルケギニアの経済の流れに乗って行く事となる。
勿論、人が増えた関係から治安・行政・機密保持・諜報などの仕事も増えていたが、それはフィアナ以下アンドロイド達に任せていれば安心であった。
「ところで、司令は魔法なんて使えるんですか?」
最近、タナカ商事と名前を正式に変えたこの団体の会長であるイチローは、フィアナと一緒にムサシ島内ある会長室で話をしていた。
「いんや。勿論、使えない」
魔法を使える云々は、超科学的な物を誤魔化すための方便でしか無かったからだ。
「それで、見せてくれと言われたらどうするんです?」
「そこで、俺の多過ぎる暇な時間を使って開発したこのリングを!」
イチローは、一個の宝石の入ったリングをフィアナに見せる。
日頃は駄目人間であるイチローも、たまに気が向くと一生懸命に何かに没頭する事もあった。
「物凄く昔に流行した、超能力リングですね」
「何だ、知ってたのか」
イチローのいた未来というか世界では、超能力は既に科学で解明されている物であった。
そこで、一時期はそれを活用した兵器などが開発されたのだが、すぐに強力なアンチフィールド装置が全銀河に普及し、すぐに無用の長物と化していたのだ。
「ここには、アンチフィールド発生装置なんて無いからな。これで、魔法だと思わせる」
イチローが指をクイクイと曲げると、少し離れた場所に置いてあった本が引き寄せられる。
「コモンマジックに見えますね。でも、系統魔法はどうしますか?」
「それは、この宝石に鍵があるのさ」
指輪をはめている本人の思考を読み取る思考結晶と、極小の物質転送装置がこの指輪の肝であった。
どんな系統の魔法でも、イチローが頭にイメージを思い浮かべると、物質転送装置から月で大量に生産されて貯蔵されている万能ナノマシンが送り込まれて作用する。
例えば、火の魔法なら目標に向かって飛んだナノマシンが可燃物質や粉塵爆発を起すような粉に変換してその場で着火。
水なら大気中の水蒸気と反応して水に変換されたり、水分子を変換して氷になったり、風なら対流現象で風を発生させ、土ならナノマシンが錬金対象の物質に変化したり、ゴーレムの材料になったり、土木工事などを行ったりする。
思いっきり規模の大きい詐欺とも言える行為であった。
「いつの間にか、そんな事をしていたんですね。でも、魔法って効率が悪いですよね」
「そう言うなよ。この時代の人には、大変な技術なんだからさ」
確かに、科学の結晶とも言えるフィアナからすれば、この世界の魔法とは非常に効率の悪い物であった。
そもそも、火の魔法など使わなくても、イチローが指にはめている指輪式のレーザーガンならば、気絶・麻痺レベルから周囲十メートルの範囲の物を原子レベルまで分解という事も可能であった。
それと、自動的に展開される、核爆発さえ防げる防御フィールド発生装置付の指輪と、別に魔法などに頼る必要などは一切無かったからだ。
「ただし、これは役に立つ」
イチローが、ナイフで指を切ってから指輪をかざすとナノマシンの効果によってすぐに傷が塞がってしまう。
「本来の使い方だ。ところで、そっちの方は大丈夫なのか? 例えば人の採用とか」
「大丈夫ですよ」
フィアナが、会長室に置いてある強大なモニターのスイッチを入れると、そこではこれから工場で働く人への説明が行われていた。
「えーーーと、トリステイン出身なんですか?」
「はい、実はある貴族様の領地にいたんですけど、あまりに税金が高くて……」
「わかりました。特に、問題も無いようですので採用します。工場で上司の命令に従って作業をしてください。ええと、勤務は……」
昼夜二交代制、五勤二休、休憩時間の説明、給料の説明などを、アンドロイドである人事担当者は流暢に目の前の男性に説明する。
「あの、虚無の曜日の前日も休みなんですか?」
「基本は、そうですね。でも、最近忙しいので半分ずつ交代で勤務しています。ちなみに、出勤をすると休日出勤扱いとなって、その日の日給は三割五分増しとなりますので」
「凄いんですね! ところで、有給休暇って何ですか?」
「文字通り、給料が貰える休みです。基本給だけですけど、休んでも給料になる日が年に十日貰えます。年度末に翌年に繰り越すか、お金に替える事も可能です」
人事担当のアンドロイドの説明を聞いた男は、喜び勇んで新たな職場へと歩いて行く。
「みんな、良く働くよねぇ」
「司令ほど働かない人を、私は他に知りません」
司令官時代のイチローの生活は、朝というか昼に近い時間に適当に起きる。
朝食と昼食を兼ねたブランチを取り、少し昼寝をしてオヤツを食べる。
夕食を取ってから、適当に上に送る文面を考え(過去の報告書の日付を替える裏技を発見したので、時間は五分ほどしか使わない)、フィアナの報告を聞いてから、夜食を食べながらアニメを見たり漫画を読んだりゲームをして夜更かしをする。
稀に、週に一度ほど自己啓発活動をする(とはいえ、睡眠学習と電気信号を送る事による筋肉の強化とバーチャル格闘技訓練なので、イチロー自体が大変と言うわけではない)。
あの時代の軍人とは、まさに駄目人間に一番適した職業であったのだ。
「他の連中も、似たようなもんだろう?」
「ですけど……」
思えば、イチローの同僚や上司にも碌な人間がいなかった。
セクシャル用のアンドロイドを多数生産して、コスプレをさせてハーレムを形成している独身の中年艦隊司令官。
空いている時間で小説の懸賞に応募している、定年間近の大将閣下。
趣味に没頭して戦場に行く時間が遅れたり、休暇を勝手に延長してナンパに勤しむ若い少将など、挙げればキリが無かったのだ。
「まだ、船に引き篭もっているだけマシでしたね」
「酷い副官だな……」
フィアナの指摘に、半分涙目になるイチローであった。
「イチロー・タナカ。そなたは無人の土地を一から開拓し、帝政ゲルマニアに利益をもたらした。その功績を持って卿を伯爵に任命する。尚、領地としてはヤマト島とムサシ島他、北方海域の無人島の開発を自由に行える権利を与える。ただし、開発した島の報告を皇帝陛下にきちんと行う事と、利益の二割を皇室に収める事と、兵役に応じる事。以上だ」
ハルケギニアに定住して一年余り、遂にイチローの努力は報われていた。
何と、お金を払う事無くゲルマニアの貴族に任命されたからだ。
いまいち領有権が不明な島々を勝手に開発している男に、許可だけを与えてその領地を自国の版図に加えた上に、上納金と兵役を負わせるのだから、やり口はヤクザと同等のような気もしないでも無いが、思っていたほど条件がキツくなかったので、イチローとしては受けるつもりでいた。
そもそも、金を払って領土を買わないで済むというのが非常に好ましかった。
「ほう、自由に開発していいのですか」
「問題は無い。報告さえ正確に行えばな」
どういうわけか、このハルケギニアでは空中船は発達しているのに、普通の艦船の発達はいまいちで周辺の島の探索もいまいち行われていないようであった。
多分、大陸の広さに対して人口が少ないので、そこまで手が回っていないのであろう。
それに、空中船や飛竜などを除けば、ハルケギニアの交通手段は馬車と馬くらいしかなくて非常に貧困であり、外の世界に積極的に出てという事もあまり無いらしかった。
「皇帝アルブレヒト三世陛下の寛大な心に、臣は非常に感激いたしました。このタナカ伯爵、なるべく早くに陛下にご挨拶に伺うとお伝えいただきたい」
イチローは、軍ではかなり下っ端の将軍であった影響で、目上の人物に対するお世辞やおべんちゃらが結構上手いという、あまり表立っては人に褒められないスキルを持ち合わせていた。
「ところで、使者殿は今日のご予定は?」
「ふむ。泊まる所を探そうと思っている」
「では、是非にうちの屋敷でお泊りください」
その夜は、歓迎の宴で大量の山海の珍味と高級なお酒が大量に振る舞われ、夜はイチロー特製の究極のセクシャルアンドロイド数人による夜のフルコースのサービス。
最後に、事前に調べておいた、皇帝やそのお気に入りの貴族や有力諸侯達への大量の手土産の数々。
特に、使者を務めた貴族には、これでもかという程の皇帝に次ぐ量のお土産を渡す。
あからさまと言えばあからさまであったが、世の中に物を貰って喜ばない人間などいない。
現に使者であったウィンドナ伯爵は、大喜びで首都ウィンドボナへと戻って行った。
「ウィンドナ伯爵、大喜びでしたね」
「そりゃあ、あれだけお土産を渡せばね。きっと、俺の事をベタ褒めしながら皇帝陛下に報告しているさ」
「第二次の開発計画も込みですけどね」
実は、既に別の地球でいう所のアイスランドに当たる位置にある島の開発はかなり進んでいて、今はそこに住まわせる住民の募集を秘かに行っている所であった。
遠洋・沿岸・養殖漁業用の港と生産加工工場、企業的な運営をする大規模農場や、それに付随する町、更に温泉も発掘したのでそこを観光地にするなど、誰もいないのをいい事に好き勝手にやっていたのだ。
それと、北欧地域に当たる部分も発見していた。
本来の地球とは違って島としてかなり北方にあったのだが、有力な鉄鉱石と石炭の産地であったので、オーク鬼などの有害な亜人を駆除してから、鉱山と製鉄工場を建造する事にしたのだ。
他にも、金や銀や白金や宝石が取れる島も発見していて、特に鉄鉱石や石炭は、一部でコークスの使用が始まったゲルマニアに輸出すれば、大きな利益が期待できた。
「早速に、挨拶に行かないとな」
「そうですね。準備はしておきます」
こうして、イチローはゲルマニアの貴族に任じられ、ますますハルケギニアに溶け込んで行くのであった。
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