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●十七話の登場人物
飯沼正治いいぬませいじ:元探偵
光月闇こうつきあん:優の多重人格
第十七話 正治と殻
 雷鳴が轟き、外は本格的な豪雨となっていた。
「・・・・・・つまり、優ちゃんは雷の災害で、両親が死んだ現場を目撃したのか?」
「現場ではないですが、概ねその通りですよ。・・・・・・あれは、優がまだ小学生の頃でした。雷雨によって警戒警報が発令されている時に、両親は軽い気持ちで買い物に出かけたんです。家に優だけを残して・・・・・・」
 流し見るような細い視線に、正治の背筋は震えた。
 闇の瞳は光沢が無く、吸い込まれる様にどこまでも深い。
「優は一人だけの夜を過ごして、知らせを受けたのはその翌日でした。急いで病院へ行き、身元確認で親かどうかも分からないほど焦げた人間を見た時・・・・・・私が生まれたんです。」
 強い心的外傷。防衛機制として解離を起こすことがある。それが・・・・・・多重人格。
「両親は親戚と疎遠だったので、一時的にですが優は施設に預けられました。そして、幸いなことに早い段階で今の養父に引き取られました。その後、優は両親の死をただの事故死として認識し、私という記憶障害を抱えました。」
 淡々と話す闇に、正治は恐怖を感じていた。
 闇はまるで他人事のように、感情を込めないで語り続けた。

「養父は生活している内に私の存在を知り、一緒に病院へ行きましたが『完治』として診断されました。」
 常に冷静沈着、感情を制御できていて、日常生活に支障がない。
 たしかに、今の闇を見ていると、それも納得できる。
「勿論、私もまだ消えたくはないので、替っている時は『優のフリ』をしていたこともあります。まぁ・・・・・・優の記憶は持っていますし、私なりの処世術ですね。」
「ち、ちょっと待て。『まだ消えたくない』ってのはどういうことなんだ?」
 闇は話を遮られたにも関わらず、可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「それをお話しする為に、今日は呼んだんですよ。・・・・・・そうですね・・・・・・飯沼さんは、多重人格という存在をどう考えていますか?」
「どうって・・・・・・」
 普通だったら医学的なことを答えるのだろうが、闇が聞きたい内容とは違う気がする。
 正治は前回の事件を踏まえつつ、よく考えてから答えを紡いだ。
「殻・・・・・・かな。」
「殻? ・・・・・・いい表現ですね。えぇ、実際はその通りです。弱い自分を隠す為の殻・・・・・・その人格が私です。心の傷が深ければ深いほど、殻の重さも重くなります。まぁ、私の場合は軽いですけどね。」

「・・・・・・・・・・・・。」
 とても軽いとは思えない。
 小学生の時に黒焦げの両親と対面するなんて・・・・・・そんな事実は受け止められるはずが無いんだ。
 いや、心の準備があっても耐えられるかどうか・・・・・・。
「ふふっ・・・・・・そんな顔をしないで下さい。ですから、私もまだ優には知らせるべきじゃないと思っているんです。今のあの子に、その真実を受け止めきれるとは思えませんからね。」
 心配を掛けないように、闇は取り繕って笑ってみせる。
 その笑みは酷く場違いで、俺は鳥肌が立つのを感じていた。
 光と闇、人間にはその両面が混ざる様に存在する。だとしたら、多重人格は闇の部分なのだろうか? 弱い自分を守る為の殻。それが事実ならば、本当は光の部分なのかもしれない。
「ですから、改めてお願いです。優に『殺人書』を見せないで下さい。私は、まだ・・・・・・消えたくないんです。」
 懇願している闇に、正治は重々しく頷いた。
「それは・・・・・・分かってる。言われなくてもそうするつもりだったし、優ちゃんにも宣言していたことだ。・・・・・・俺を呼んだのは・・・・・・本当にそれだけなのか?」
「ふふっ・・・・・・分かりましたか。えぇ、ですから、本題はこれからです。」
 そう言って闇は姿勢を正した。
「下着泥棒のこと・・・・・・まだ覚えてますか?」
「・・・・・・あぁ、もう二ヶ月前になるかな。」
 時間が経つのは光の様に早い。
 結局、下着泥棒の犯人も空き巣の犯人もまだ捕まえていなかった。
「その犯人なんですけど・・・・・・たぶん近くに住んでます。」
「っ!!」
 なん、だって・・・・・・いや、ちょっと待て、何でそんなことが分かるんだ?
「これは優も気付いていないみたいなんですが・・・・・・私、ストーカーに遭ってるんです。」
 驚愕の連続で、正治は軽い目眩を起こしていた。
 震えた手でなんとかコーヒーを啜り、頭を回転させる。
「・・・・・・いつからだ?」
「随分昔からですね。飯沼さんが来た頃よりもっと前です。私、これでも視線には敏感なんですよ。」
 人の視線に敏感・・・・・・それは、闇なりの処世術だろうか、優を防衛する為のスキルなんだろうか。
 どちらなのか分からないが、説得力があるのは確かだった。
 正治は頭の中で今までの情報を整理した。時間、人物、行動、マンションの構造、その全てを関連付ける。
 ヒントは出し尽くした。答えは近い。

 だがその時、闇の体が微かに揺れた。
「・・・・・・闇ちゃん?」
「っ・・・・・・そ、そろそろ時間みたいです。」
 正治が耳を澄ますと、雨が収まりつつあった。
「わ、私の出番は終わりです。あ、後は・・・・・・宜しく・・・・・・お願いします。」
「あ、闇ちゃんっ!」
 闇は力尽きた様にバタンと机に伏してしまった。
 正治は駆け寄って確認すると、どうやら眠ってしまったようだ。
「・・・・・・ま、紛らわしいんだよ。あー、ビックリした。」
 静かに闇の体を抱え、ソファーに寝かせてやる。
 正治は優の部屋を出て急いで管理室に戻り、合鍵を使って改めて施錠した。
「ふぅー・・・・・・にしても、今度はストーカーね。」
 下着泥棒、空き巣、ストーカー、そして・・・・・・『殺人書』。
「いつからこんなに刺激的な展開になってんだか・・・・・・まぁ、やることは変わらない。」
 探偵がやることは一つ。

「全員残らず、警察に突き出してやる!」
短くてすいませんっ!
次回からは、第二章のラストスパートです。
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