●一話の登場人物
飯沼正治:探偵
滝川悦子:依頼人
第一話 正治と依頼
「はぁ……ようやく仕事が終わったか」
夜の帳が下りた道を、猫背な飯沼正治はため息を漏らしながら重たい足取りで歩いていた。
深夜の帰宅。それ自体はいい。
たしかに飯沼正治は自らの意思に従い望んで前の会社を辞め、『我が家兼探偵事務所』を設立したのだが……まさかここまで精神的に追い込まれる仕事だとは想像だにしていなかった。
依頼される内容は浮気調査や素行調査、または張り込み等。体力的には大丈夫だが、どれもこれも人の粗を探し回る汚い仕事ばかりだし、大した面白みも無い。
現実的には、ドラマや小説といった物語の中にあるような殺人事件に遭遇する機会など一片たりとも無いと断言できる。
心の中では憧れ羨ましいと思いつつ、正治は『きっとそんな奴等は死神にでも取り憑かれているんだろう』などと結論付けた。
正直言って、“日常の刺激”や“人に誇れる仕事”に餓えている。もう大分、人から感謝されることが無くなった。依頼を成功させたとしても、怒られるか泣かれるかなのだ。しかし後味の悪い仕事は懲り懲りだと分かっていても、生活していく為には働かなければいけない。
後悔するのが遅すぎた――その反省すら後の祭り。これだけの資産を探偵業に投資した以上、途中で放り出す訳にもいかない。
「クソッタレ。今日も不貞寝してやる……」
などと恨み言を呟いて、寝支度を整え埃っぽい事務所の椅子で眠る。正治にとって、この座り心地だけが唯一の癒しなのであった。
次の日。
正治は「んぁ」と寝言を吐いて、メールの着信音と共に目を覚ます。
ピピピと鳴っている着信音を消し、寝ぼけ眼を擦りながら顔を起こした。腕を広げ、背筋を伸ばすと体が軋む。
やれやれ今週は仕事が多い。
正治の事務所はネットでの依頼のみなので、基本的に依頼内容はメールで来る。特に実績がある事務所ではない為、多くても月に2~3回程度の依頼だ。
頭をボリボリと掻きつつ、メールの内容を確認。
「件名:護衛依頼――――って、えぇ!」
ガタっと席を立ちつつ、慌てながら本文の内容を確認する。
依頼内容を要約すると、『近いうちに息子を殺す』といった内容の犯行予告状が届いたが、犯人の都合や家庭の事情で警察に連絡できず、家から一番近い探偵事務所を探したところ、正治のところに依頼が舞い込んで来た訳だ。
「……むぅ~、このテの仕事は是非とも経験してみたいが。さて……」
と、正治は依頼人に連絡するでもなく、椅子に座りなおして、ネットで検索を開始する。
正治の仕事は依頼人からのメールに始まり、一通り依頼人の調査を行い、依頼人との連絡や接触を取る。そこで改めて詳しい内容を直接聞いてから受託(前報酬)し、解決(後報酬)の流れで行われている。依頼人の調査は住所や氏名等が嘘であった場合、報酬が支払われるか否か信用できない為に行っているのだ。
「依頼人は滝川悦子さん。住所氏名等には問題なしっと……」
文明の力を借り、調べた結果は白。正治は軽く息を吐いて考え事をする。
「犯人の都合で、警察に連絡できないってのは何となく分かるが、家庭の事情ってのは何なんだ?」
手を顎にあて暫く考え込んだが、結局は依頼人に電話で確認することにした。
この時の正治は初めての『人に誇れる仕事』に浮かれ、人類史上初の『連続人格殺人事件』に深く関わることになるとは露ほども、気付いていなかった……。
初投稿です。趣味の一環として始めました。
見苦しい点等が多々あると思いますが、ご了承ください。
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