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幸助と冒険者たち

 次の日もそのまた次の日も幸助は雑事系依頼ばかり受けていく。

 犬のしつけや翻訳補佐や建築作業などの技術的なものは避けて、力仕事ばかりに偏るのはご愛嬌というものだろう。

 そういった雑事系ばかり受ける幸助のことを聞きつけた人が街中で声かけ直接依頼してくることもあった。

 例えば牛の大雑把な解体を手伝ったこともある。店主がリッカートにいる出産間近な娘に会いに行くため、手伝いを探していたのだ。

 これも技術的なことで無理だと思ったが、勢いにおされ断りきれなかったのだ。

 幸助の求められたのは牛の各部位を大雑把に切っていくこと。ほかの店員は仕入れや鳥などを捌くことに忙しいので、その作業だけでもやってもらえると助かるのだ。

 初日に指導を受け、手順の書かれたメモも準備され、六日間朝から午前九時頃まで切り続けた。おかげで腕は瞬く間に上がっていき、店主が帰ってきた頃には、牛の切り分けは店内でもトップクラスに入る腕となっていた。

 こんなふうに冒険者というよりは、街の何でも屋といった働きぶりとなっていた幸助を、ほかの冒険者たちは正規の依頼をこなす実力のない冒険者として見ていた。

 だから勘違いする冒険者も出てきた。


「おい」


 いつものように自分にあった雑事系依頼をみつけギルドから出て行こうとしている幸助に、見知らぬ冒険者たちが声をかける。


「なんですか?」

「一緒に来いよ」

「は? 俺今から依頼受けるんですけど」

「どうせ雑事系だろ。そんなものほっといて俺たちの依頼を手伝えよ。囮くらいにはなるだろうよ」

「いえこの依頼が楽なんで」

 

 じゃっと手を挙げてその場から去ろうとする幸助の肩を掴んでリーダー格の男が止める。


「離してくれませんか?」

「素直に承諾しとけよ。外に連れ出して安全に経験積ませてやろうって先輩の親切心なんだぜ?

 まあ授業料として報酬はなしなんだがな」

「鎧も着てない人を外に連れ出そうとしてる時点で、親切心からはずれたあほらしい考えですよね。しかも報酬もなしとかばかな考えも追加ですか」


 挑発気味に返したのは幸助がいらついているからだ。聞こえるように陰口を言われ続け、聖人ではない幸助は流すこともできず徐々にストレスが溜まっていたのだ。


「んだとっ!? ごちゃごちゃ言ってねーで大人しくついてくればいいんだよ!」

 

 男が怒鳴り気味の大声を出す。短気というわけではなく、少し脅せばついてくるという考えだ。

 ほかのメンバーも脅しにのっているようで、険しい目で幸助を睨んでいる。

 その脅しも魔物たちの殺気に比べるとたいしたものではなく、幸助になんの効果も与えていない。


「どうしたんですか?」

 

 大声を聞いた職員が近づいてきた。

 幸助が知っている職員だった。ギルドに来た初日に受付にいた女性職員だ。


「この人たちが依頼に行くのを邪魔してるんです」

「ギルドは冒険者同士の争いには関わらないんだろ。さっさと向こうにいけよ!」

「確かに冒険者同士の諍いには関わりませんが、依頼の邪魔となると話は別ですよ」

「いいんだよ! どうせ雑事系依頼なんだから!」

「雑事系というと、もしかしてあなたはコースケ・ワタセですか?」

「そうですがなにか?」

「いえただの確認です。あなたにはなんの問題もありません。

 問題があるとすれば、あなたたちレグルスパロウです」

「レグルスパロウ?」


 聞き覚えのない単語に幸助が首を傾げている。


「彼らのチーム名です。複数の冒険者が集まった場合、彼らは一つのチームとして名乗るのですよ」


 レグルスパロウ、そういう名の宝石があり、意味としては惹かれ合うというもの。彼らは惹かれ合った者たちという意味でつけたのだろう。


「俺たちになにか問題なんかあるのかよ。問題あるとすればそいつだろ! 冒険者として失格の小銭漁りが!」


 幸助が小口の依頼ばかりを受け続けたことで、ほかの冒険者たちは幸助を冒険者として当たり前の仕事もこなせないという意味をこめて『小銭漁り』という蔑称をつけたのだ。


「……小銭漁りですか」


 くすりと小さく笑い、話を続ける。笑みにはどこか嘲りが含まれていたようにも見える。


「知っていますか? ワタセさんの受けた依頼には偏りがあるんですよ? どれも力を必要とするものばかりです。普通ならば冒険者など鍛えた者が最低でも四人は必要な依頼をたった一人で、しかも短時間で終わらせているのです。

 しかもこの二十日間で受けた依頼は三十五件、一日休んだだけであとはずっと力仕事をこなし続けています。さらにはどの依頼も依頼者に満足してもらい解決しています」


 幸助がそれだけ依頼をこなし続けたのには深い意味はない。ただ疲れなかっただけだ。しっかりと眠れば、この街で受けた依頼程度ならば次の日の朝には疲れがとれた。一日休んだのは、疲れを溜め込んでいるのではと勘違いしたボルドスに無理矢理休まされただけだ。


「そ、それがどうした! 雑事系依頼なんかどれも取るに足らない簡単なものばかりだろ!」

「そうですね、はっきり言って冒険者が受けるには首を傾げるものが多いのは事実です。けれども冒険者でなければこなせない依頼があるというのも事実です。

 そんな依頼を短期間でハイペースで達成し続けているのですよ? そのすごさがあなたたち冒険者に理解できないはずはないでしょう? そして小銭漁りなどという二つ名をつけて、あなたたちの自尊心を満たすことの愚かさに気づかないのですか?」


 職員は目の前の冒険者だけではなく、ほかの場所からこの騒ぎに注目している冒険者たちも眺めている。

 先ほどの嘲りは幸助に向けたものではなく、幸助を馬鹿にしていた冒険者たちに向けられたものだったのだろう。


「やけにそいつの肩をもつじゃねえか! 功績のないそんな奴を贔屓してなんの意味があるってんだ!」

「有望な冒険者に注目するのはギルドとして当然のことです」

「有望? そいつが? 冒険者らしいことをなんもしていないそいつが!?」


 おもいっきり馬鹿にしたように笑いながら幸助を指差す。指差された幸助も職員の言葉に驚いている。指摘されたように冒険者らしい依頼は受けていないのだ。評価されることが不思議だった。


「有望ですよ? すでにワタセ氏を指名して依頼が入るようになってますし。といっても雑事系依頼ばかりですけどね」


 職員のこの言葉にざわりと雰囲気が揺れる。雑事系依頼でも指名されることは多くはないのだ。このギルドに所属する者で指名されるのはボルドスをはじめとして五人だけだ。


「いい加減なこと言うなよ! そんな奴に指名!? そいつが受けた依頼は雑事系ばっかりじゃねえか! そんなんで指名なんかされるはずがないだろっ」

「雑事系だからこそですよ。雑事系依頼はこの街の住民が困っていること。それを解決し満足してもらえば、それだけ住民に良い印象を与えます。そして解決してもらった住民は近所の住民に話すでしょう。こういった冒険者に問題を解決してもらったと。それを聞いた住民に問題が発生したとき、話に聞いた冒険者ならばどうにかしてくれるかもしれないと思っても不思議ではありませんよ。そして問題を解決してもらえばまた評価は上がり、住民の間に噂は広まるでしょう。

 雑事系依頼というのは低めの報酬のかわりに、住民の好印象という見えない報酬を得ることのできる依頼でもあるのです。

 わかりました? こういった経緯でワタセさんに指名が入るようになったのですよ。

 ついでにいうとギルド職員の評価も高めです。それは溜まりがちな雑事系依頼をどんどん減らしていったからです」


 ギルドからの評価も高いという言葉に、その場にいる冒険者たちはさらにざわつく。


「依頼が解決されず長期にわたり残ってしまうということは、それだけそのギルドに解決能力がないということになります。そんなギルドに依頼をもってこようと思いますか? もっと頼りがいのあるギルドに持っていこうと考えるのが普通です。そうやって依頼を別のギルドに持っていかれたり依頼をされなくなると、ギルドの収入は減っていきます。

 ですから雑事系依頼であろうとも次々と解決していったワタセさんは、ギルドにとって嬉しい存在なのですよ。

 これで私がワタセさんを贔屓する理由がわかりましたね? ギルドと住民にとってありがたい存在であるワタセさんと、ギルドにとって迷惑なあなたたちとでは対応が違って当然なのです」


 レグルスパロウの面々は悔しげな表情で、職員と幸助を睨みつけている。

 幸助自身は現状を狙ったわけではない。楽なものを選び続けていっただけだ。それが小さなことからこつこつと、という状態に偶然繋がった。

 

「そいつが贔屓される理由はわかった。だが俺たちがギルドにとって迷惑なんてのは聞き捨てならねえ!」

「わかっていると思うんですが、とぼけているんですか?

 あなたたちが引き受けた依頼は実力にあわぬものが多く、達成率は四割をきる。

 本来ならば引継手続きは多用されるものではありません! それをあなたたちはここ一年半ですでに十回。この街に来る前とあわせると二十を超えます!

 ギルドが依頼達成できない者を送ってくると依頼者に思われてしまい、ギルドへの印象が下がります。正直いい迷惑なのですよ。

 そこでギルド職員たちによって話し合いが行われ、決められたことがあります。

 それは、あと一度でも引継手続きを必要とする事態になった場合、この大陸でのギルド使用を半年停止します。

 これは提案ではなく警告です! わかりましたか?」


 こういった話は普通は彼らを呼び出してからするものだ。今回のように多くの面前で話したのは二つの理由がある。

 一つは雑事系依頼の重要性を知ってもらい、もっと多くの冒険者に受けてもらうことを狙った。これはその場の思いついたついでみたいなものだ。

 本命はもう一つのほうだ。

 ギルドが本気ということを知らしめることを狙った。この場にはそれなりの人数がいて、彼らは証人となりうる。もしレグルスパロウが引継手続きを行えば、ギルドは本当に使用禁止を大陸中のギルドに知らせる。こうすることで今後のためにも一罰百戒となればいいと考えているのだ。

 あとはレグルスパロウにあとがないと知らせることで、成長を促すことも少しは考えられていた。


「ちっ分かりましたよ!

 行くぞ、お前ら!」


 ギルドを使えなくなることは冒険者にとって痛手でしかない。そのことをレグルスパロウの面々もよく理解している。

 だから今受けている依頼を確実にこなすため、これから仲間内で話し合おうと考え、ギルドを出ていった。


「これでましになってくれるといいのですが」

「えっと俺も依頼に行っていいのかな?」

「ええ、いつもどおりの働きを期待していますよ」

「できることを当たり前にやってるだけなんだけどなぁ」


 高すぎる身体能力あっての仕事量だと自覚はあるが、その自覚がまだまだ足りないゆえに現状がある。一般の冒険者は日に二度の依頼を受けないし、二三日に一度は休みをとるものだ。


「でしたら、そのままでいつづけてください。

 その当たり前ができていない冒険者は意外と多いのですから」

「あと十日間ほどマイペースで頑張ることにします」

「十日?」

「この街にいるのもあと十日ですから」

「そうなのですか。有望な冒険者がいなくなるのは残念ですが、いなくなるなとは言えませんからね。旅とロマンは冒険者から切り離せないものですし」

「旅というか実家に戻るだけなんですよ。ときどきはこっちにくるんじゃないかなぁ。お金稼ぎたいし」


 これを聞いた職員は安心したように笑みを浮かべる。優秀な冒険者の流出は避けたいのだ。

 その職員に見送られ、幸助は依頼者のもとへとむかった。今日の仕事は荷物の移動だ。


 この日から雑事系依頼を受ける冒険者の数が少しずつ増えだすことになる。

 

 エリスに指定された期日まであと六日という日。目標金額に届いた幸助は上機嫌に宿へ戻り、夕食も食べ終えて自室でのんびり過ごしてる。明日から依頼を受ける必要もなくどうやって過ごそうかと幸助が考えていたとき、部屋の外から誰かが走る音が聞こえてきた。その足音は扉の前で止まり、勢いよく扉が開く。


「コースケさんっ頼みったいことがっあるんです!」


 部屋に入ってきたのはウィアーレだ。息をきらして、汗だくになり、必死な表情で幸助を見ている。

 自身を見る視線の強さに幸助は押されてる。


「た、頼み?」

「街の外に出たコルングたちを連れ戻してもらいたいんです!」

「コルングって誰? とりあえず息を整えて、落ち着いて最初から話してくれる? 断るつもりはないから」


 水の入ったコップをウィアーレに差し出す。それをいっきに飲んでウィアーレは数秒間息を整える。


「えっとですね、以前幸助さんが風邪をひいてるって勘違いした子が本当に風邪をひいたんです。

 体力のない状態で病気になって、私たちが風邪になるよりも苦しい思いをしているんです。

 状態をよくするにはとある薬と魔法を併用すればいいんですけど、運悪く薬の材料がこの街にはなくて。

 転移魔法を使える人に頼んでよその街からとってきてもらおうと思ったんですが、その依頼料と薬の材料代金が高くてうちでは出せないんです。でもお金は近所に住む人たちに借金することができて調達できました」


 ここでウィアーレは一呼吸して続きを話す。


「頼みたいのは、うちにお金がなくて薬草が買えないと思い込み、取りに行った子供たちを連れ戻してもらいたいってことです」

「なるほど、その子供の一人がコルングってこと」

「はい」

「街の中にはいなかったんだ?」

「私たちもはじめは遊びまわってると思って探し回ったんです。そしたら街から出て行く荷馬車に乗り込むところを見た人がいて」

「その人は止めなかったのか?」

「出て行く馬車の関係者だと思っていたようで」

「それなら止めないね。

 子供たちはどこに向かってるんだ?」

「西のくぼ地です。徒歩で六時間くらいの近場ですが、ここらでは一番の危険地域でもあります。そこの泉にリルトートリネという薬草が生えているんです」


 幸助は薬草の名前を聞いたとたん表情が変わる。その薬草に関連したことをホルンから聞いていた。慌てて立ち上がり、立てかけていた剣を手に取る。


「そこってここらで一番強い魔物のいるところじゃん!?

 そんなとこに子供たちだけで!?」

 

 そこに行くまでも危ないが、到着しても危ない。

 急いで宿を出て、飛翔魔法を使う。一緒に宿を出たウィアーレのほかに、騒ぎを聞きつけたシディや宿泊客に見送られあっというまに幸助は街を出た。

 出せる最高速度で飛び続けた幸助は三十分を少し超えるくらいでくぼ地の淵に到着した。

 一心不乱に前だけ見続けていたので、月が雲に隠れていることもあって、もし道中に子供たちがいたら見落としてた。だがそうならずにすんでいた。暗い中二ヶ所明りがついている場所があり、その一つ幸助が着地したところから近い場所に冒険者らしき二人と子供たちが一緒にいたからだ。

 

「無事だった~」


 見覚えのある子供たちを見つけて、幸助は大きく安堵の溜息を吐いた。


「あんた、この子らの知り合いか?」


 突然やってきた幸助を警戒しつつ、冒険者の一人は問う。


「その子らの保護者と知り合いなんだ。その保護者に頼まれて連れ戻しにきた」


 冒険者は子供たちに幸助を知っているか問いかけ、子供たちはそれに頷いた。

 それで警戒心が解けたのだろう、冒険者たちの硬くなっていた表情がわずかに弛む。


「そうか。それなら連れ戻してくれ」


 ないか、と続けようとした男の言葉を遮って悲鳴が上がる。

 全員が悲鳴のした方向を見るが、遠くて暗く何が起こっているのかわからない。


「くそっヴァイオレントバルブに襲われたか!?」


 ヴァイオレントバルブ、このくぼ地が危険地域となっている原因の名前だ。

 地中に住む魔物で、本体である球根は滅多に動かない。かわりに硬く敏捷で鋭い牙を持つ口のある根が獲物を捕らえる。地面のどこから襲ってくるかわからず、また根の数も多い。根を攻撃しても本体にはなんのダメージもない、間違っても駆け出しには倒すことなどできない魔物だ。

 それがこのくぼ地には五体以上群れている。


「あんたはここで子供たちを守っててくれ」

 

 男たちは幸助の返事を聞かずに、悲鳴の上がった方向へと走っていく。

 二十分間、怒声や悲鳴や剣戟の音が聞こえ、走っていった男たちが仲間を連れて戻ってきた。彼らは全員傷だらけで、歩くのがやっとといった様相だ。


「こいつらを頼む」


 仲間を地面に寝かせて男たちはもう一度、くぼ地の中心へと向かおうと立ち上がる。

 無茶だと判断した幸助は彼らを止める。


「その傷じゃ無理だ!」

「仲間がまだ一人残ってるんだ! 俺たちをここまで逃がすために囮になった!」

「必ず助けると約束したんだっ、だから俺たちは行かなくちゃいけない!」


 体はぼろぼろなのに、気力は満ちている。

 仕方ないと覚悟を決めて、幸助は口を開く。


「……それでもあなたたちはここにいてください。俺がかわりに行ってきますよ」

「それこそ危険だ! 防具もみにつけず、剣一本でどうこうできる相手じゃ!?」

「大丈夫です。まあ信じろとは言いません。俺も強敵らしい魔物と戦うのは初めてですし。

 ですけど知り合いは大丈夫だと言ってくれました」


 リルトートリネの話を聞いたときに、もしヴァイオレントバルブと己が戦うことになったらどうなるかと聞いた。

 そのときのホルンたちの答えは、勝つのは難しいが負けることは絶対にないというものだった。

 勝つには地中にいるヴァイオレントバルブを攻撃しなければならないが、幸助にはその手段はまだない。そしてヴァイオレントバルブは幸助にほとんどダメージを与えることができない。幸助がヴァイオレントバルブの活動範囲から移動すれば、負けはない。

 戦闘経験が少なく自身の実力を完全に把握していない幸助は、自身がヴァイオレントバルブとどれくらいやりあえるのかわからない。しかしホルンたちの言葉を信じることはできる。だからホルンたちの言葉通り負けないのだろうと考えている。

 ぼろぼろな自分たちよりも、臆することなく言い切った幸助のほうが仲間を助けることができそうだと判断し、男たちはその場に座って「頼む」と一言告げた。

 頷いた幸助は、明りの魔法を使ってから、剣を抜き緩やかな坂を駆け下りる。走ったことで起きる振動で、幸助の接近を察知したヴァイオレントバルブの根が、地面から飛び出てくる。ざっと見ても二十本以上あり、一本一本が綱引きの綱と同じくらいの太さで、先端には鋭い牙をずらりと持つ口がある。


「邪魔!」


 避けることのできるものは避け、無理なものは剣を振るいちぎられていく。並みの剣では切れない根は力任せの攻撃で両断されていく。

 十本ほど斬ったところで、根が密集しているところに到着した。吐き気を催す血の臭いとともに、弱弱しい声と肉を噛む音が聞こえてくる。


「このっ」


 剣を振るい根を次々とちぎりとばす。


「うっ」


 根を払いのけた向こうには血だらけの男が横たわっていた。

 手を口元に当て、吐き気を我慢する。手はそのままで話しかける。


「すぐ治療しますから」


 重傷用治癒魔法をかけようとして屈んだときに、新たな根が地面から飛び出してくる。

 幸助に襲いかかる根は少なく、ほとんどが血の臭いにひかれて男へと向かっていく。男に近寄らせないため、剣を振い追い払う。そして追い払い治療しようとすると再び新たな根が飛び出てきて、男を狙う。


「きりないな!」

「に、にげ……ろ」


 薄れゆく意識の中で男は幸助だけでも助かるように声を発する。


「喋っちゃだめだ」


 完全に治療することよりも、傷口をふさぐことを目的とし魔法を使う。こちらは重傷治癒用魔法よりも素早く使えるので、なんとか使うことができた。だが傷をふさいだだけで、流れ出して失った血と体力まではどうにもできない。


「これからどうしようか?」


 応急措置はできたが、動かしていいもの悩む。背負って移動するにしても、根は必ず襲い掛かってくるだろう。そうすると避けなどの動作で、激しい動きになることは必然。重体の身には大きな負担となる。


「襲い掛かってこなくなるといいんだけど」


 男はいまだ逃げろと言っているが、幸助はそれを無視して考えている。考えてる間にも根は襲い掛かってくるので、上手く考えがまとまらない。払っても斬っても次から次に出てくる。


「だあーっ! 邪魔だお前ら! 引っこ抜くぞ!」


 思わず口に出した言葉に幸助はそれだと手を叩く。


「引っこ抜いて本体叩けばいいのか」


 男が無理だろうと小さく突っ込みを入れたが、聞こえていない。

 思い立ったが即実行と幸助は根を一本掴んだ。両手で持ち、力一杯引っ張る。一瞬ピンッと伸びきり、次の瞬間にはちぎれた。ちぎれた根は少しだけビタンビタンと跳ねてすぐに動かなくなった。


「一本だとちぎれるなら、何本も掴んで引っこ抜いてやる!」


 今度は十本掴み力一杯引っ張る。以前岩を引っこ抜いたときよりもヴァイオレントバルブは重く抵抗があったが、引っこ抜けないということはなかった。

 土が盛り上がったと思うと、土砂を巻き上げヴァイオレントバルブが姿を現す。それは百近い根を持つライチのような見た目をした魔物だ。大きさは縦横一メートルを少し超えるくらいの球体で、本体には攻撃できるような手段はない。

 

「近づきたくないな」

 

 うねうねと蠢く多くの根に少し腰が引けている。

 だが近づかなければ目的を達せないので、覚悟を決め突っ込んだ。その勢いのまま剣を叩きつける。

 一撃叩きつけるごとに根が縦横無尽に暴れ、幸助の体を打つ。それを気にせず剣を振るい、十を超えて根の動きが止まった。


「止めのぉっ一撃!」


 放った突きはヴァイオレントバルブの中心まで届く。

 根がわずかに震え、完全にその動きを止めた。

 幸助は剣を抜き、ヴァイオレントバルブの体液を払う。体液は幸助の体にも降り注いでいて全身を濡らしている。それを触り顔を顰めた。

 

「気持ち悪ぅ。服もぼろぼろだし、買い換えんとなぁ」


 だがそうなったかいあってか、ヴァイオレントバルブの根はでてこなくなった。自分たちを殺せる者がいるとわかり、手出しすることをやめたのだ。

 これで落ち着いて治療できるようになり、男に魔法をかけていく。折れていた骨、つぶれていた指などが次々と治っていく。


「これで動かしても大丈夫、だよな?」

「……ああ、助かった。だが本当に引っこ抜いて倒すとは」


 痛みが消え、だいぶ楽になった男は今までよりも明瞭に話すことできるようになった。


「ただ血とか体力が減って動けそうにない。すまないが背負ってもらえないだろうか?」

「それくらいなら……俺汚れてるけどそれもいい?」

「贅沢は言ってられないだろ、かまわないさ」

「了解です」


 剣を鞘に納めようとしてできず、ベルトにはさむ。そして男を背負う。


「すまないが、もう一つ頼みごとしてもいいだろうか?」

「できることなら」

「泉に行って、リルトートリネを取ってもらいたい」


 男たちはリルトートリネの採取依頼のためにここにいたのだ。ヴァイオレントバルブが大人しくなった今ならば回収もできる、この機会を逃したくはなかった。

 少し寄道するくらいはどうということなく、幸助は泉でリルトートリネを回収し、皆の待つ場所へと向かう。念のため奇襲に対して周囲の警戒はしている。

 リルトートリネを回収したついでに、腕と顔についたヴァイオレントバルブの体液は洗い流しておいた。


「戻ってきた! レイコック無事か!」

「ああ、なんとか生きてるよ」


 レイコックと呼ばれた男の周りに仲間が集まっていく。怪我は自分たちで治したのだろう、傷のほとんどは治っている。

 

「ありがとうっそんなぼろぼろになってまで仲間を助けてくれて!」


 男たちが幸助に頭を下げる。


「これ、取ってきた」


 持っていたリルトートリネをレイコックの仲間に渡す。

 

「とってきてくれたのか」

「頼まれたし、余裕もあったからね」

「余裕ってそんなぼろぼろで」

「ぼろぼろなのは服だけ。怪我はしてないから」

「いやそれだけ服がぼろぼろってことは何度も攻撃受けたんだろう? それで怪我がないって」


 幸助は袖を上げて腕を見せる。根に噛みつかれ叩かれた部分は赤く腫れているがそれだけだ。骨折どころか切り傷一つない。痛みも少しひりひりとする程度だ。


「どんだけ頑丈なんだ」

「人一倍頑丈らしいよ。俺もここまでとは今日初めて知ったけど」


 頑丈にもほどがあるだろうと皆呆れる。こうあっけらかんと言われると、死にかけた自分たちがおかしいように感じられていた。実際は死にかけるほうが正常なのだが。

 幸助もレイコックたちも目的は果たし、あとは帰るだけだ。しかしレイコックをはじめとして大人たちは休息が必要な状態だ。なので夜明けまでこの場で野宿となった。子供たちが早くリルトートリネを持って帰りたいと騒いだが、そんな状態ではないと冒険者たちが諭す。しかし子供たちは納得せず、自分たちのみで帰ろうとする。


「打ち寄せる眠りの波」


 言葉で無理ならば行動で、と幸助が子供たちに眠りの魔法を使う。抵抗する間もなく子供たちはその場に崩れ落ちた。

 

「始めからこうするか、脅しつければいいのに」

「子供にそんなことはできん」

「優しいのか甘いのか」


 動ける者で野営の準備を始める。といっても焚き火のために枯れ草などを集めるだけだが。あとは子供たちを毛布で包んで終わりだ。

 剣以外なにも持ってきていない幸助は、レイコックたちに携帯食料をわけてもらい空腹を満たす。

 なにもすることがなく、幸助たちはぽつぽつと話しながら夜を過ごしてく。

 人間動物魔物なんでも喰うヴァイオレントバルブが近くにいるので、ほかの魔物が近寄ってくることはない。そのヴァイオレントバルブも幸助に近づくことがないので、気合を入れて見張りをする必要がなく、ゆったりとした時間をすごせている。

 暇つぶしの会話でレイコックらが死にかけた理由が判明する。

 彼らはすでにわかっているようにリルトートリネ採取にきていた。到着したのが日が暮れた頃だったので、夜明けを待って行動開始するつもりだったのだ。好きで夕闇の中を行動したわけではない。彼らが動いたのは彼ら自身の甘さが原因だ。

 野営の準備をしようかというとき、子供たちが到着し、ここにきた理由を聞いた。そして子供たちの「お願い」を断りきれず、危険だとわかっているのにヴァイオレントバルブの群生地へと足を踏み入れた。人としては素晴らしい判断だったのだろうが、冒険者としては下策もいいところだろう。

 それを幸助が指摘すると、申し訳ないと頭を下げた。年下で後輩な幸助に素直に頭を下げたところを見て、幸助はお人よしの集まりなんだなと彼らを評し、それならば子供たちのお願いを無視できなくとも無理はないなと納得した。

 ちなみにレイコックたちがここに来たもともとの原因は、レグルスパロウの引継ぎ手続きだ。レグルスパロウが採取依頼を受けて一度ここに来ていたのだが、ヴァイオレントバルブの強さを読み違え、退くしかなかった。あらかじめ警告を受けていたようにレグルスパロウは、この失敗でギルド利用が不可能になってしまった。

 その話を聞いて幸助は、レグルスパロウはこれからどうするのだろうと少しだけ考え、すぐに興味を失った。


 夜が明け十分休んだ一行はベラッセンへと戻る。

 その途中レイコックの仲間のガッチという男が話しかけてくる。


「ちょいと聞きたいんだけどいいか?」

「どうぞ」

「どうして剣を鞘に入れないんだ? 危ないと思うんだが」


 昨日、ヴァイオレントバルブを殺したときから剣は鞘に納まらなくなっているのだ。よく見ると刃のところどころは潰れているし、少しだが刀身が歪んでもいる。


「入らなくなったんですよ。無理に入れると鞘が壊れそうだし」

「ヴァイオレントバルブをぶった斬って、それだけですんだんだから運がいいと思うぞ。普通はあんなふうに斬れない」


 戦いの始終を見ていたレイコックが呆れを感じさせ言う。


「斬った?」

「根も本体もざっくざく」


 ガッチやほかの仲間たちが驚いた顔で幸助を見る。


「本当に?」


 幸助は頷いた。

 証拠の剣とレイコックの証言があるので、信じないという選択肢はない。


「強そうに見えないのになぁ」

「意識が朦朧としてたから俺も夢かと思った。でもリルトートリネを採った帰りに、転がって動かないヴァイオレントバルブ見たら夢じゃないってわかった」

「それだけ強いならなにか二つ名とかありそうだ」

「小銭漁りって呼ばれてたよ」

「はあっ!?」


 冒険者たちが驚く。


「小銭漁りって雑事系ばかり受けて、冒険者としての能力がないって噂だったんだが」

「雑事系ばかり受けてたのは楽だし安全だから」

「冒険者なら遺跡とかにロマンを感じないのか?」

「俺が依頼受けてるのは一定額のお金を貯めるためで、冒険者として身を立てたいってわけじゃないんだ」

「……ああ、なるほど。多くの冒険者と目指す方向性が違うから、依頼の受け方も違っていたのか。

 しかしそれだけの実力があれば大成できように」

 

 レイコックたちは羨望を込めた目で幸助を見る。その目に幸助は少し引け目を感じている。努力してではなく偶然手に入れたので、努力している人たちの視線が痛いのだ。

 パーティに加わらないかという誘いを断り、雑談しながら歩き続ける。

 子供たちの歩調に合わせたり、休憩したりで予定していた時間よりも遅くなったが無事ベラッセンへと戻ってくることができた。


「じゃ、俺はこの子たちを孤児院に連れて行くから」

「夕方頃宿に行く」


 無事に帰還した宴でも開くのかと思いつつ幸助は頷き、子供たちを連れて去っていく。

 彼らを少しの間見送って、レイコックたちも歩き出した。彼らは医者に診てもらったあと、ギルドへと向かうことになっている。


 孤児院に戻ってきた子供たちを待ち受けていたのは、ウェーイの拳骨だ。皆に心配をかけたこと、勝手に街を出て行ったことを叱る思いが込められていた。

 子供たちが叱られている横で幸助はウィアーレに頭を下げられている。


「コースケさんっありがとうございます!」

「お礼は俺だけじゃなく、リルトートリネ採取の依頼を受けていた冒険者たちに言ったほうがいいよ。

 俺は帰り道で護衛しただけ。くぼ地で子供たちを守って、わがままを聞いたのは彼らだし」

「そうですか。わかりました、その方たちにもお礼は言います。ですがやはりコースケさんにもお礼は言います。

 私の話を聞いてすぐに動いてくれたこと、すごく嬉しかったです」

「誰だって動くと思うけど」

「普通の冒険者なら依頼料を聞いてから動きますよ」

「あ、聞き忘れてたっけ。子供たちが危ないって思ってそこらへん忘れてた」


 しまったと思いつつ、頬をかいている。

 その幸助をウィアーレは申し訳なさそうに見る。


「報酬なんですけど、きちんと払うつもりはあるんですが、借金してしまって余裕がなくて。分割払いかお金が貯まった頃に一括払いでお願いできませんか?」

「それほど苦労……」


 ヴァイオレントバルブとの戦いを思い出すが、黙っていればわからないだろうと話さず続ける。余裕がないことは孤児院の外装からもわかるので、無理はさせたくないなと思ったのだ。


「苦労はしてないから報酬はなくてもいいけど?」

「駄目です! きちんと払わせてください!」

「でも本当に楽な仕事だったんだから」

「なにを話しているんです?」


 ほかの大人と説教を交代したウェーイが二人に近づいてくる。


「お父さん! コースケさんが依頼料払わなくていいなんて言うのっ」

「だって依頼料もらうほどの働きしたわけじゃ」

「ウィアーレから聞いた話だと、飛翔魔法を使って急いでくぼ地に向かってくれたとか。そしてこうして子供たちを無事に送り届けてもらいました。

 子供たちの無事を思い行動し依頼を達成した、報酬を払うには十分な働きだと私は思いますよ」

「でしたら命をかけた冒険者たちに、今回の報酬を払ってください。

 子供たちの願いを聞き届け、無茶をした彼らが受け取るべきだと思います」


 レイコックらも依頼を受けたわけではないと言って辞退しそうだと思いつつ提案する。


「子供たちを助けてくれた冒険者がいるのですね。

 彼らが行った無茶とは?」


 視界のきかない闇夜の中の危険なリルトートリネ採取のことを大雑把に話す。

 話を聞いたウェーイの表情に怒りが混ざる。説教が終わったあと、再び子供たちに拳骨が落とされることになる。子供たちの言動で他人の命が危険にさらされた、そのことをほうっておくことはできなかったのだ。冒険者全滅など起こりえた事柄を話して、子供たちに軽はずみな行動のまずさを教え込んでいく。


「あとでもう一回怒らないといけませんね」

「しっかり叱っといてください」


 家族のために子供たちだけで街の外に出る、その勇気と行動力は買うのだが同じことは勘弁願うので、幸助は叱るということに大いに賛成だ。

 

「それはそれとして、やはり報酬は払わないといけない」

「え、そこに話を戻すんですか?」

「冒険者にとっては大事なことでしょう?」

「うんうん、大事なことだよコースケさん」

「それはそうだと思うけど、今回にかぎってはねぇ」


 断る姿勢を崩そうとしない幸助を見てウェーイは、同情に近い感情を抱いているのだと見抜く。経営が厳しいのは事実で、見下されているわけでもないので、幸助の同情を不快には感じていない。そのくらい流す器量はある。


「ちょっと待っててください」

「はい?」


 ウェーイは家の中に入り、十分ほどして出てきた。手には黒い衣服を持っている。


「これは私が現役時代使っていたものなんですが、これを報酬としましょう。

 見たところ服がぼろぼろで買い換えどきの様子、ちょうどいいのでは? この服は少々のことでは破れませんよ」

「現役時代の思い出の品なのでは? そんな大切なものいただけませんよ!?」

「いえいえ、タンスにしまいこんでいるだけですから。どうぞ」

「……ではいただくことにします」


 衣服ならば、そう高くもないだろうと受け取ることにした。


「ありがとうございます」

「いえいえ依頼をこなしたことに対する報酬ですから礼を言う必要はないんですよ」


 もらった服はジャケットでどこにもほつれなどなく、何年も前のものとは思わせない。

 着てみると少しだけ大きいが、動くのに支障はなかった。

 似合いますよ、と言ってくるウィアーレの言葉に照れつつ、再度礼を言った幸助は孤児院を出る。

 

「あ、お帰りなさい」


 受付で暇そうに肘をついていたシディが幸助に気づき、声をかける。


「ただいま~」

「どこに行ってたの? 急いで出て行ったときはただごとじゃない様子だったけど」

「ちょっと急ぎの仕事を頼まれて」

「剣を抜き身のままにしてるのは、その仕事関連?」

「うん。鞘に入らなくなって修理って買った店で頼めるのかな?」

「頼めるぞ」


 階段からボルドスの声が聞こえる。


「あ、ボルドス。久しぶりな感じが」

「まあ、最近会ってなかったしな。

 それで剣のことだが、クラレスに頼めばどうにかなるだろうさ。ただ程度によって費用も変わってくるが。

 剣を見せてくれないか?」


 ベルトから抜いてボルドスに剣を渡す。渡された剣の状態を見てボルドスは軽く目を見開いた。


「……予想以上だな。なにを斬ってきたんだ?」

「ヴァイオレントバルブ」

「くぼ地に行ってたのか。

 ヴァイオレントバルブは硬いって話だが、斬れたのか?」

「斬れたよ。力任せだけど」


 ボルドスはなるほどと頷きつつ、感心もしていた。力が馬鹿みたいに強ければ、品質が高いといえない武器でも無理を押し通せるものなのだなと。


「これからクラレスのところに行くか?」

「少し寝たいんで、明日行きます」


 昨夜は怪我人連中をきちんと休ませるために、幸助が一番長く見張りをしていたのだ。そのせいで、疲れはないが眠気がある。

 そのことを告げて、幸助は剣を返してもらい部屋に戻った。そのまま着替えずベッドに横になる。起きたのは部屋がノックされた、夕方頃だ。

 眠気を払い扉を開ける。ノックをしていたのはシディだ。


「コースケさんにお客さんよ」

「客? ああ、そういえば」


 レイコックたちのことを思い出す。


「下で待ってるんですか?」

「ええ」


 一階に下りると、ガッチともう一人ヒイロという名前の冒険者がいた。


「お待たせしました」

「そんな待ってないよ~」

「そうですか。それでどんな用事で?」

「これを渡しにきたんだよ」

 

 ガッチが小袋を幸助に差し出す。

 受け取って袋の中身を見てみると銀貨が三十枚入っていた。金貨一枚分だ。一般家庭ならこれで三ヶ月ほど暮らせていける。


「……どうしてお金を俺に?」

「いやな? 俺たちの依頼をかわりにやってくれただろ? だから依頼料はお前のものだ」

 

 幸助は耳を疑いもう一度聞くが、同じ答えが返ってきて聞き間違いではないと受け入れた。


「まさか全額持ってきたわけじゃ?」

「全額だぞ」


 ヒイロが胸をはって答えた。

 人が良すぎだと幸助は頭を抱えたくなる。


「あほだ、あほな奴らがいる」


 呟いた言葉はガッチたちには届いていないようだ。

 依頼を代行したのはたしかだが、全額受け取る気のない幸助は半分もらい、残りをガッチに渡す。


「依頼をかわりにやってもらったのはこっちも同じ。だから半分だけもらうよ」


 全額返そうにも受け取る気がしなかったので、半分もらいガッチに渡す。

 この申し出は彼らにとって助かるものだった。レイコックが怪我をした際に傷口から入ったばい菌が原因で入院したからだ。あいにくと魔法で簡単に治せる類のものではないので、二週間ばかり入院する必要があった。その間の入院費用や滞在費や修理費用で、彼らは頭を悩ませていた。

 

「今回のことで駄目になった装備とかの修理にお金かかるだろ? 俺もそうだし。

 だから全額はもらえない」

「こちらとしては助かるが、それでいいのか?」

「子供たちを連れ戻すための報酬はもうもらってるから。銀貨全部を受け取るとこちらだけに得がありすぎる」


 気にしないで受け取ってという幸助の言葉に、礼を言いつつガッチとヒイロは宿を出て行った。

 その背を見送り、あの人たちはこれから大丈夫なのかと幸助は考えていた。人が良すぎて利用されるのではと思いもしたが、駆け出しの自分が心配などするのは失礼かと思い、己の頭を軽く叩く。それとなく気をつけておこうと考え、幸助は部屋に戻っていった。


 翌朝、ボルドスに起こされた幸助は一緒に朝食を食べ、チェイン武具店にやってきた。幸助は一人でくるつもりだったのだが、ボルドスも用事があるようで一緒にきたのだった。


「いらっしゃーい」


 店内で出荷用の武器を箱詰めしていたクラレスは、足音で来客に気づく。


「おはよう」

「おはようございます」

「コースケは久しぶりね。来てくれなくて、おねえさん寂しかったのよ?」

「え、えっと。用事がなくて、すみません」

「謝る必要はないぞ。そんくらいで寂しがるような奴じゃないからな、からかっているだけだ」

「私だって寂しいときはあるんだけど? 特にあなたと会えない日は」


 目に情熱の炎を揺らめかせ、人差し指でボルドスの胸をつつく。


「繁盛してるんだろ? 人恋しいなんて日があるわけないない」


 ボルドスは笑いながら、すれた答えでクラレスの言葉を否定する。

 その反応でクラレスの情熱の色が消え去った。落ち込んでいるような雰囲気を幸助は感じ取るが、ボルドスは気づいていないようだ。

 

「もしかして鈍い?」


 幸助の呟きをクラレスは聞き逃さなかった。クラレスは小声を愚痴をもらす。


「気づいた? ほんとにこの人は私たちの想いに気づいてくれなくてね」

「私たちって、ほかにもクラレスさんのようにスルーされてる人がいるんですか?」

「ええ。私の知っているかぎりもう一人いるわ。冒険者なんだけどね、私より接点が多いのに、気持ちに気づいてもらえないのよ」

「えっと……いつか気づいてもらえますよ。いざとなったら押し倒せばっ」

「既成事実は最終手段。いい加減我慢できなくなったら、もう一人を誘ってするつもりよ。抜け駆けはしないって約束してるし」

「なにこそこそ話してるんだ?」

「なんでもないわ。ちょっとした愚痴に近いこと」

「なにか愚痴があるなら俺も付き合うが? 日頃世話になってるしな!」


 ほんとにこいつはと、溜息一つ吐く。


「機会があったらね。

 それで今日はなんの用事できたの?」


 気を取り直し、商売用の顔となる。


「俺は鎧の点検だ。コースケは剣の修理」


 持ってきていた鎧をカウンターに載せる。

 クラレスは載せられた鎧を眺めて、素早く簡単なチェックを終える。


「これなら今日中に終わるよ」

「いつもながら早い仕事で助かるぜ」

「それほど酷使されてないからね。

 次はコースケの剣を見せて」


 差し出された剣を見て、クラレスは大きく顔をしかめた。

 様々な角度から見て溜息を吐く。


「こっちは盛大に酷使されちゃって。こんなになるまでほったらかしちゃ駄目よ!」

「ほったらかしたっていうか、昨日の戦いでそんなになって」

「これそれなりに頑丈なのよ? たった一日でここまで劣化するのは無理よ」

「いやいや無理じゃないんだ。ヴァイオレントバルブを斬ったらしい。それなら納得できるだろう?」


 クラレスは思案気な顔つきになる。


「斬ったの? 戦ったじゃなくて?」

「斬ったんだろうコースケ?」


 問いかけに幸助は頷いた。

 ただ戦っただけではそこまでぼろぼろにならないと、鍛冶屋ではないボルドスでもわかる。


「だとするとこれは」


 クラレスは考えつつ、軽く剣を振るう。数回振って納得いったのか剣から視線を外す。


「力任せに叩き斬ったのね。そんな無茶したら、そりゃここまで劣化するわ。本当ならこの剣であの魔物を斬るなんて無理なんだし」


 様々な武器の状態を見てきたクラレスもこのような状態は初めて見たが、そこはプロを名乗ることのできる鍛冶屋、推測から正解へと辿りついた。

 よく折れなかったものだと、剣に賞賛の言葉を心の中で贈る。


「これの修理には四日かかるわ。私じゃ無理だから、お父さんに頼まないと」

「お金はどれくらいですか?」

「銀貨で……六枚ほどかしら」


 元値の半分以上という修理費に、無理したのだと幸助は改めて思い知った。

 昨日もらった報酬から六枚出して、クラレスに渡す。


「まいどあり」

「俺の用事は終わったから帰るよ。では四日後に取りにきます」

「あ、一つアドバイス」


 ボルドスとクラレスの邪魔にならないように、幸助は店から素早く出ようとした幸助を呼び止める。


「この剣は振るったとき叩きつけていたからここまで損傷したの。これが斬るということを意識して振るっていたら、ここまで損傷することはなかったと思う」

「次からは振り方を意識しなさいってことですか?」

「場合によっては今回のような振り方も有効ではあるんだろうけどね。長持ちさせたいなら意識して損はないわ」


 ボルドスが教えた剣術が叩き潰すといった方針なので、今回の劣化も無理はないのかもしれない。


「気をつけてみます」


 今度こそ幸助は店を出て行く。

 ボルドスはなにか用事があったのかと首を傾げ、クラレスは気を利かせてくれたのだと理解した。


「防具の一つでも見繕ってやろうと思って一緒にきたんだが」

「その必要はないと思うけど」

「どうしてだ? 初めてここに連れてきたときは防具のこと言ってたろ」

「だってあの子が着ていたジャケットはそこらの安物の鎧より上物よ」

「そうなのか?」

「ええ。あのジャケットはシルモン布っていう布で作られてて、耐斬耐刺耐燃に非常に優れているの。まあ熱は通すし、衝撃までも防ぐわけじゃないけどね。

 買おうと思ったら金貨三枚くらいは必要になるわね」

「あいつもきちんと防具を手に入れていたんだな」


 この話を幸助が聞いていたら、すぐにウェーイに返しに行っただろう。遠慮した報酬よりはるかに高い代物をもらっているとは思ってもいなかったのだ。

 そうとは知らずに幸助は長持ちするように作られた衣服と思い込んで、長く着続けることになる。

 

 剣を修理に出し五日が過ぎ、街を出る日となった。

 この間に幸助は農業と大工の仕事を手伝い、それぞれの基本的なことを教わっていた。エリスの家に戻ったとき、役立つ技術になると考えたのだ。

 畑を造り野菜を提供し、ちょっとした家の修理をできるようになる。居候の立場としては、無駄飯食らいは避けたかった。

 ほかにしたことはきちんと元通りになった剣を受け取ったり、農具を買い揃えたり、ギルドに行ったりだ。ギルドに行ったのはしばらくこの街にはこない予定なので、依頼の指名がきても受けることができないと伝えるため。

 ギルドに行ったとき、いろんな人から勧誘を受けた。ガッチたちがギルド員に依頼の顛末を話しているとき、近くで話を聞いた冒険者からヴァイオレントバルブを倒したことが広まったからだ。嘘だと疑う者もいたが、多くの者は信じた。それはレイコックたちが嘘を言うような人物ではないと、多くの者が知っていたからだ。


 持ってきた荷物と買った物を抱えて、幸助はボルドスとシディの三人で話している。


「もう一ヶ月経ったんだねー」

「お世話になりました」

「お客様だからね、お世話するのは宿の従業員として当然よ。

 次いつ来るかとか決まってる?」

「んー……最低でも二十日ほどは家にいるつもり。新しい魔法とか覚えたいし、畑作業とかもあるし。

 ボルドスはエリスさんなにか伝言ある?」

「特にはないな。元気でやってるとだけ伝えてくれ」

「了解。

 じゃ、もう行く。またね」

「ご利用ありがとうございました」

「またなー」


 宿の出て行く幸助を、二人は見送った。

 街から出た幸助は飛翔魔法を使う。

 振り返ると街の全貌が見えた。幸助が真正面を向きエリスの家へと飛び去ると同時に、街の景色がわずかに歪みを見せた。これが表面化し問題となるまでもう少しの時間を必要とし、その解決に幸助も関わることになる。

 今の幸助はそのようなことは予想もせず、高速で街から離れていく。一ヶ月ぶりの再会を楽しみにしながら。

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