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竜殺しの過ごす日々  作者: 赤雪トナ
番外2 三年の間にあったこと
70/71

4 二つの恨み

 人も獣も眠る深夜。魔法の明かりが照らす街を一つの影が行く。屋根から屋根へと常人から外れた身体能力で移動し、地上を歩く警備兵には気づかれていない。シルエットの細さから女だとわかる。肩を越す黒髪を風に流れるままに進み、やがて足を止めた。

 彼女の視線の先には屋敷がある。ここらを治める貴族の屋敷だ。それを見て、なにかを探るように半眼になる。すぐにあたりをつけたのか、再び動き出し屋敷の屋根から侵入していった。

 

「素晴らしいな! この色合い、このさわり心地!」


 五十手前の男がうっとりとして、手に持っているものを見ている。見始めて既に二時間経っているが、飽きることなく見続けていた。


「高い金を払ったかいがあるというものだ」


 男は貴族で、手に持っているものは黒竜の鱗だ。知り合いの商人が珍しいものがあると、購入を勧めてきた。世界に名高い黒竜の鱗とあって、コレクター魂をひきつけるものがあり、即座に購入を決めた。

 これは幸助やエリスが売ったものではなく、国が黒竜を回収する時にひそかに横流しされた物の一枚だ。


「あやつはよく尽くしてくれる。今度なにか礼をせねばな。取引で有利なようにはからってやれば十分だろうか」


 手の中の鱗を見て、男は笑みを浮かべた。

 もうしばらく鱗を見ていようと思っていた男は、離れたところから大きな物音を聞いた。なにかが壊れたような音だ。


「なにごとだ?」


 警備兵が走る足音も聞こえてきて、すぐに連絡がくるだろうと待つことにする。

 すぐにもう一度破壊音が聞こえてきた。今度は振動つきで、すぐ上の部屋でなにか壊れたのではと思えた。


「なにをしてるんだ。連絡はこないし。っ!?」


 顔を顰めて警備兵の仕事ぶりに文句を言っていると、天井が崩れ破片が男に降り注ぐ。

 土煙を吸い込み咳き込む男は、手を振って煙を振り払おうとする。

 その男に近づく者がいる。外から屋敷を探っていた女だ。年の頃は二十には届いていないだろう。赤黒の瞳を持つ表情の乏しい女だ。首から下を黒のレオタードのようなもので覆い、黒光りする胸当てや金属質なパレオを身につけている。


「何者だ!? 誰かっ誰かいないのか!」


 男は戦いなど経験したことはないが、目の前に立つ女が只者ではないとわかる。まとう雰囲気が尋常なものではないのだ。人の形をしてはいるが、人間や亜人とも違った別物ではと思えた。

 慌て叫ぶ男を無視して、女は男の手にある鱗を掴む。


「強盗か!? これは渡さんぞ!」

「もらう」


 一言呟くと男の手を握り潰して鱗を奪う。発せられたものは可憐とも思える声なはずだが、耳障りでしかない。

 屋敷中に響こうかという悲鳴が上がる。気にしない様子で、女は部屋の壁を破壊すると屋敷から出る。

 高く飛び、離れた位置の屋根に着地すると、持っていた鱗を口にもっていく。鱗に歯を当て動かすと、クッキーのように簡単に砕け、それを嚥下していく。

 すぐに胸当てが変化し、背中まで覆うブレストプレートへと変化した。


「これで五枚目。いくつあれば足りる?」


 そう言うと女は夜闇に消えていった。

 ここ三ヶ月で四つの貴族の屋敷が襲われ、今の出来事はその一つだ。


 このところアミューズメントパーク作りの準備で忙しかった幸助は手作りの土産を片手に、一ヶ月ぶりにリッカートへとやってきた。

 顔なじみに挨拶して、ギルドに寄る。受付に面会できるかを伝えてもらい、大丈夫ということなのでガレオンの執務室に入る。


「わりと久々だな」

「向こうが忙しかったので。土産のビーフジャーキー」

「ありがとよ。今日は酒が進むな」


 嬉しげにビーフジャーキーの入った布を受け取って、引き出しにしまう。


「そういや冒険者ギルドを置くって話はどうなった?」


 神が関わっているらしい村だ。ギルドとしても一枚噛んでおきたかった。


「今は必要なしですね。村として形になってないし。完成間近になって考えようということに」

「置くってことになったら知らせてくれ、荷物の準備とかもあるしな」

「了解です」


 一つくらいは仕事受ける時間はあるかと聞かれ、短時間ですむものならばと幸助は頷く。

 ならばと頼まれたのは別大陸への荷物運びだ。到着が早ければ早いほど助かるもので、他大陸へと転移できる幸助にはうってつけの依頼だった。運ぶ場所はホネシング大陸で、そこの大きめのギルドならば届けるのはどこでもいい。それでもセブシック大陸から船と馬車で送るよりも確実に早い。ついでに緊急性のないものも預かる。荷物はお重くらいの大きさの箱だ。


「次来た時に報酬を渡す」

「わかりました」

「仕事の話はこれくらいだな。あとは雑談がわりにちょっとした情報でも渡すか」

「なにか特別なことでもありました?」

「この国の貴族が襲われているんだよ。そう多くはないんだが、全部同一犯らしいな。黒い女というのが証言として出ている」


 貴族や使用人や警備兵は顔を確かに見たはずなのだが、皆覚えていなかった。魔法かなにかで誤魔化しているかと考えられている。


「貴族に恨みでもあるんですかね、その人」

「どうだろうな? 結果として死んだ貴族はいるが、殺すことを目的にはしていないみたいだな。物取りかもしれん。襲われた貴族たちはコレクターらしいぞ? そいつらが持っているものを必要として貴族の屋敷に乗り込んだというのが国の考えだな」


 恨みという線も国は考えてはいるが、低いと見ている。恨みがあるなら殺すなり、日常生活が送れなくなるように傷つける。けれど貴族の中には無傷の者もいる。でかけていて留守だったとかではなく、貴族の寝ている寝室にまで侵入しなにもされなかったのだ。

 ガレオンの言うように物取りといった線で国は考えている。調査で竜の鱗が盗まれたとわかっているのだ。それは情報制限され、ガレオンは知らないのだが。

 今は商人ルートを捜査し、鱗の売買について探っている状態だ。その捜査でエリスの名前がでるが、どこに住んでいるのかわからず話を聞けない状態だった。


「犯人捕まえろって依頼がでますかね?」

「でないと思うな。騎士や上位の兵が動いているから、冒険者たちは邪魔だと思われるんじゃないか?」


 貴族が連続して被害を受けたのだから、動くのは国仕えしている者が妥当だ。冒険者に頼るのは相当に切羽詰った時か。


「この話はこれくらいだな。あと最近変わったことというと珍しい魔物を連れた冒険者がいるくらいだ」

「どんな動物?」

「リチュフォスって名前の魔物だ」

「絶滅したとも言われてたはずですよね?」

「だな。生きていたとは驚きだ」


 リチュフォスとは幸運の使者とも呼ばれる小さな魔物で、リスのような外見をしている。白地に淡いピンクの筋が入り、毛で包まれた三つの尾がある。力はなく、すばしっこいだけの魔物だ。

 絶滅しかけたのは欲に駆られた人々が原因だ。リチュフォスを殺すと、幸運時間という称号が手に入る。これは使い捨ての称号で、この称号に変えた瞬間から一時間後までに大きな幸運が一度訪れるのだ。この幸運を求めて人々に殺されていった。

 ちなみにリチュフォスを飼いならし、子を産ませれば何度も称号が手に入ると考え実行した国がある。その試みは失敗した。リチュフォスに雌雄の違いはなく、一度も子を産まずに死んでいったのだ。食べ物の好みや生活スタイル、生物として少しおかしいことがわかっただけだった。

 人間は知らないが、リチュフォスは生殖活動によって増えずに苔から生まれてくる。この苔は昔の神が作ったもので、リチュフォスを生み出すために作ったのではない。リチュフォス誕生は予定外のことだった。ならばなんのために作られたかというと、歪み対策の一つとして作られたのだ。歪みを吸収して時間をかけて無に返し、また吸収するという繰り返しを役割として持たせたはずだったのだが、どこがどうなったのか吸収した歪みをリチュフォスとして吐き出すようになってしまった。

 苔が吸収する歪みの量が微量すぎるため、苔の製作は中止されている。世界に残る苔は枯れて、残りわずかだ。

 絶滅したと思われたのは、リチュフォスがハイペースで殺される以外に、苔が減っていたことも一因だった。

 件の冒険者が同行させているリチュフォスも、残り少ない苔から生まれた個体だ。


「そんなの連れて街に入ったら大騒ぎになるんじゃないですか?」

「絶滅したと思われたおかげで、知らない者が増えたからな。知っている者はいるが、そういった者は密かに奪おうと動く」

「今無事でいるってことは、全部返り討ちにしたのか」

「だろうな。ここでも動いた奴はいるが、ボロボロになって生活に苦労する怪我を負っている。それが三度ほど繰り返されて、手出しするのは止めようと考えたらしいな。最後はちょっとした組織ぐるみで動いたらしいが、全員大怪我だ」

「それだけ強けりゃ守りきれるか」

「中にはD+上位の用心棒もいたらしい、それを倒せるんだからそんじょそこらの奴らには負けんだろうさ」


 ギルドとしては、強い奴は大歓迎なので嬉しげに笑って言った。

 雑談を終え、荷物を持った幸助は店に向かう。裏手から入り、倉庫整理をしていた店員に声をかけた。


「オーナー! ちょうど良かった、少しだけもいいので手伝ってください!」


 幸助来訪の知らせを受けたメリイールが、幸助を引っ張ってキッチンに移動する。落ち着いたことの多いメリイールの慌てた様子にどうしたのかと引っ張られるままついていく。

 キッチン担当の店員たちは助かったといった表情で、入ってきた幸助を見ている。

 キッチンには売るにしては多い菓子が並んでいる。


「どしたのこれ」


 手伝うのは構わないのだが、説明はしてもらいたかった。


「コルベス家でお茶会があるそうなのですが、たまにはいつもと違った菓子が食べたいということになり、うちに注文をだしてきたのです。以前からの繋がりやここで扱っている品物に関して借りがあるので、断ることはできず引き受けました」

「店の仕事と平行してやらなくても」


 娯楽としての店なので、臨時休業があっても人々が困ることはないだろう。


「いつも通りなら平行してやれたのですが、今日はなぜか客が多くて」

「なるほど、俺はどちらを手伝えば?」

「お店の方をお願いします」

「貴族の方に回すかと思ったけど」


 メリイールは首を横に振る。たしかに幸助の腕はよく、貴族にも満足されるだろう。しかしその味をスタンダードだと思われて、今後の注文をされても困るのだ。幸助が毎日店にくるなら継続した注文は助かるが、たまに来る程度なので本来の店の味を提供しこんなものだなと思ってもらう。その上で継続注文がくるなら、それでいい。貴族からの注文は経営状況を上向きにさせるが、欲をかいてもいいことはない。

 説明を受けて納得した幸助は、店員と一緒にクッキーやカスタードを作っていった。

 出来上がったお菓子を店長のメリイールと他二名が持っていき、キッチンはようやく落ち着きを見せる。客の流れも少しずつ落ち着きを見せていって、幸助とセレナは二階に引っ込むことができた。


「今日は疲れたー」


 ようやく休憩が取れたとセレナがテーブルにうつぶせになる。

 そのセレナの前にお茶とお菓子を置く。


「お疲れ様」

「今日にかぎってどうしてあんなに客がくるのかなー。運が悪い? いや客が多いことは嬉しいことなんだけど」


 タイミングがなぁと言いつつ起きて、フルーツのせカスタードタルトを食べながら首を傾げた。口の中の甘さをお茶で洗い流し、一息ついたセレナは預かっていたお金や利益を金庫から出していく。

 お金の出入りやトラブルなどを話し、店員に呼ばれたセレナは休憩を終えて下に戻る。

 メリイールに挨拶してから帰ろうと思った幸助は、店長副店長の机にのっている書類を手に取って眺め始めた。

 そうしてコルベス家からメリイールが戻ってきた。事務所に入り、自分の机でペンを動かしている幸助を見て首を傾げる。


「オーナー?」

「あ、お帰り。書類勝手に処理してるよ」

「えっとすごく助かるんですが。帰らなくていいので?」

「時間はあるしね。今日は忙しかったみたいだから、早く休めるように手伝っていってもいいかなと」

「ありがとうございます」


 嬉しげに頭を下げた。


「もう少しやっておくから、後で確認はしておいて」

「わかりました」


 もう一度頭を下げて、メリイールは一階に下りていった。

 常にいるメリイールたちでないと手が出せない書類以外を片付けて、幸助は一階に下りる。

 メリイールたちに声をかけ、店を出る。街の外に出て荷物を届けるために転移しようかなと考え歩き出す。

 三分ほど歩くと小さな通りから騒ぎ声が聞こえてきた。なんだろうと思い、そちらを見ると塀の上を白い物体が走っていた。幸助側へと向かってきており、近くまでくると止まって幸助をじっと見る。塀から幸助に飛び移ってきて、器用に服を掴み手をくんくんと嗅ぐ。


「クッキーとかの甘い匂いが残ってた?」


 腕を上げて手のひらに乗りやすいようにしてやると、手のひらに座り込み匂いを嗅ぎ続けていた。

 観察するとすぐにガレオンから聞いたリチュフォスだとわかった。散歩でもしてたのかと幸助は首を傾げる。


「飼い主はどこだ?」

「いたぞ!」


 三人の男が角から出てきて、幸助を指差す。正確には手のひらに乗っているリチュフォスをだが。

 三人は凄みをきかせて幸助に近づく。効果はまったくない。ただのチンピラといった感じの三人だ。


「よう、そのネズミに似た奴、渡してくれねえか?」

「俺たちの獲物なんでな」

「できない相談だな。飼い主に返すつもりだから」


 この三人が襲ってくる者を全部返り討ちにできる実力を持っていないと見抜き、飼い主ではないと確信した。


「あっ? 痛い目見ないとわからないようだな」

「やっちまうぞ!?」


 言いながら殴りかかってくる。

 短気にもほどがあると思いつつ幸助は、近づいてきた三人の足を払って転がした。そのまま三人の頭を蹴って気絶させていく。そのあっさりとした手並みに、周囲の者たちは思わず感心した声を上げた。

 そんな人々の一礼した後、飼い主らしき者がいないか周囲を見渡す。

 路地裏からひょこりと、十七才ほどの緑髪の女が姿を現す。なにかを探している様子で周囲を見て、幸助を見つけた。途端に場の気温が氷点下にまで下がったような変化を、その通りにいる者たちは感じ取った。一秒に続かず、すぐに元の空気に戻ったが。

 そのことに首を傾げつつ、人々は歩き出す。幸助は放たれたのが殺意だとわかったが、どうしてそのようなものを発したかまではわからない。リチュフォスを狙ったと勘違いされたかと推測するのが精一杯だ。


「あの、その子」


 女は近づいてきて、リチュフォスを指差す。リチュフォスは顔を上げると、女へ飛び移った。肩に座るリチュフォスを指で撫でる。


「急にいなくなるから心配したのよ?」


 リチュフォスは関心のないように、指を舐めている。そのことに苦笑を浮かべた後、ちらりと気絶している男たちを見て、幸助へと視線を向ける。男たちはリチュフォスを寄越せと言い寄ってきた者だと覚えていた。

 

「この子を助けてもらったんでしょうか?」

「助けたというか、なりゆきというか。飼い主でいいんだよね?」

「はい」

「間違いないならいいんだ。じゃあ」


 返すという目的は果たしたので、幸助は立ち去ろうとする。

 女は少しだけ焦った表情を見せ、口を開く。


「あのっお礼させてもらえませんか? でないと申し訳ないので」

「気にしなくていいんだけど、それほど苦労もしてないし」

「ですが」

「じゃあ……そこらの屋台で飲み物でも」

「では屋台のあるところまで行きましょう」


 広場にでも行けば屋台はすぐに見つかる。そこを目指して歩き出す。

 到着までに簡単に自己紹介をして、女の名前はレトティスだとわかる。目的があってあちこちを旅して回っているらしい。

 話しながら幸助は内心首を傾げていた。レトティスは強いと聞いていたのだが、歩き方などを見ると素人っぽさがあり、強いようには感じられなかったのだ。放たれた殺気の件があるので、見た目どおりとは思っていないが、違和感がある。


「ワタセさんも色々なところに行っているんですか。私の出身地はペレレ諸島なんですが、そこにも行ったことあります?」

「あるよ。四つの大陸と諸島に足を運んだ。足を運んだだけで行ったことのない場所はたくさんあるけど」

「そう、ですか。あ、あの屋台で買ってきます」


 ジュースを売っている屋台が目に入り、レトティスは駆けて行った。

 ブドウとオレンジを買ってきて、どちらがいいか聞く。幸助はオレンジをもらう。レトティスはスプーンももらってきていて、それでジュースをすくいリチュフォスに与える。


「その子連れての旅は目立つんじゃない? あいつらみたいに価値に気づいて追い回す奴らがいるし」

「ワタセさんもこの子のこと知っているんですか?」

「話に聞いたり、本で読んだりして」

「そのわりにはこの子を気にしてませんね?」

「称号に頼らなくても、十分満ち足りてるし」

「……いいですね」

 

 そう言うレトティスの声のトーンが一段階下がる。


「私は目的を果たすまで満ち足りることはありません。運よく目的を果たせそうな力は得ましたが、それだけでは無理そうだとあちこちに足を運びました。そして少しずつ力を蓄えてきました」

「果たせそうなのかな?」


 前向きな目的ではなさそうだと思いつつ聞く。

 レトティスは深呼吸して、雰囲気を元に戻し頷く。


「どうでしょう? でも探していたモノの一つは見つけましたし、手が届くはず」

「目的が果たせるといいね。無責任な激励しかできないけど」

「いえ、ありがとうございます」


 残ったジュースをいっきに飲み干すとレトティスは立ち上がる。幸助も同じように飲み干した。


「コップ返してきますよ。この子を助けてくれて、ありがとうございます」


 一礼したレトティスは二つのコップとスプーンを持って、屋台に向かう。

 そこから幸助へと一礼すると人ごみの中へ消えていった。それを見て幸助も街の外へと向かう。

 人ごみの中を歩きながら、レトティスは爪が皮膚を破りそうなくらい強く手を握り締める。頭の中には殺せ殺せという意思が湧き出ている。それを心の奥底に閉じ込める。意思を開放すると、周囲の人々も巻き込むことは確実だった。


「……覚えた。これでいつでも探せる。あとは力が届くかどうか……大丈夫だよね?」


 見ててお父さんという呟きは肩に乗るリチュフォスにしか届かない。

 肩を越す緑髪が黒さを増している。それに気づいたリチュフォスが尾で髪をなでると、髪は元の色に戻る。同時にレトティスの中にある物騒な意思も落ち着いた。


 竜装衣を使っての転移魔法で、ホネシングに飛び、荷物を渡して家に帰る。竜装衣の使い道が、戦いではなく上位の魔法を使うためになって久しい。素の状態でステータス平均Bになっているので、竜装衣は持て余し気味なのだ。


「ただいま」


 リビングにいた二人からとおかえりと返事が返ってくる。

 エリスはボルドスの子に送る手袋を編んでおり、ウィアーレは魔法の勉強をしている。

 

「夕飯にしようかの」

「手伝う」


 テーブルに編みかけの手袋を置いてエリスが立ち、ウィアーレも本を置いて立つ。夕食はエリスが既に作ってあるので、あとは配膳のみだ。

 幸助はテーブルを拭いた後、上着を椅子に置いて手を洗ってくる。

 今日の夕食は大きめな魚を長時間かけて煮込んだものだ。しっかり味が染み込んでいていて、魚から出た出汁で一緒に煮込んだ野菜もいい感じだ。


「今日はなにをしてきたの?」

「朝言った人に会う以外なら、ちょっとした仕事を頼まれて荷物をホネシングに届けてきた。あと店の手伝いもやったね。忙しかったみたいで頼まれたんだ」

「繁盛しているようでなによりだ」


 グラスにコウマで買った清酒を注ぎながら頷く。


「珍しいものも見たっけ。リチュフォスっていうんだけど」

「ほう、本当に珍しいな」

「なにそれ?」


 ウィアーレは知らないようで首を傾げる。

 エリスが知っていることを話していく。一つだけガレオンから聞けなかった情報があった。

 それはリチュフォスを殺さずとも運が良くなったという話だ。エリスも詳しいことは知らないので、嘘かもしれないと付け加えた。

 夕食の後片付けを幸助がすませ、エリスとウィアーレはそれぞれやっていたことを再開する。幸助は風呂に入ることにして、風呂掃除にむかった。

 その夜、三人が眠り込んでいる頃、コルベス家に泥棒が入った。コルベス家にも竜の鱗はあり、それ目当てにやってくる可能性があると考えていた騎士たちは犯人を待ち受けていた。

 しかし捕まえることなどできず、騎士も兵も吹っ飛ばされて保管していた鱗三枚が奪われた。このことで街中を兵たちが走り回り、住民はなにがあったのかと不安を抱いた。

 犯人が捕まることなく時間が流れていき五日後の夜、家で寝ていた幸助は強い負の感情を感じて目を覚ました。

 位置的にはまだまだ遠い。一キロ以上先だろうと予測する。


「まだ遠いけど、少しずつこっちに近づいてる?」


 魔物ではなく、人しか発せられないような強い感情でなにかわからないが、エリスたちを起こしておいた方がいいだろうと身支度を整え、部屋を出る。

 エリスとウィアーレの部屋を叩いて、二人が出てくるのを待つ。


「まだ真っ暗じゃないか、何か用事か?」

「眠いよ」


 ガウンを羽織ったエリスとパジャマのウィアーレが眠そうに扉を開けた。


「南東の方から強い気配が感じられるんだよ。それが少しずつこっちに向かってきてる。なにかはわからないけど二人を起こした方がいいと思った」

「魔物か?」

「たぶん人間じゃないかな。ちょっと様子を見てくるから、二人は一応動けるように準備しておいて」

「わかった」

「気をつけてね」


 頬を叩くなりして眠気を払っている二人に見送られ、幸助は家を出た。

 空には雲はなく、星が瞬いている。半月の明かりもほのかに地上を照らしている。発せられる感情を警戒しているのか、鳥や虫たちは鳴くことすらしていない。

 木々の間を走りぬけ、近づくにつれこの感情は憎悪だとわかる。

 前方からなにかが着地する音が聞こえ、幸助は速度を落とし憎悪を発している主の前に立つ。


(顔がよく見えないな)


 暗さのせいではなく、顔にだけ乱視が発生したようにぼやける。わかるのは体つきで女だろうということだ。ほかに黒髪で黒いレオタードに、スマートな黒鎧一式と黒い翼がある。

 幸助の前に立つと憎悪はさらに増し、歓喜もあふれ出した。そこから感じられる力に幸助は近しいものを感じたが、それがなんなのか考える前に、女が突撃してきた。

 その速度は思ったよりも速く、幸助は一瞬反応が遅れる。ガードは十分間に合い、下がりながら衝撃を軽くする。


(ダメージはない。だけど……)


 幸助は食いちぎられたような感じがした腕に視線を落とす。そこには無傷の腕がある。


「攻撃はくらわない方がいいね。っていうかなんで襲われているんだろうな?」


 攻撃を避けながら、話しかけてみるが返事はない。

 女の動きは速く、力も強い。けれどそれだけで体の動かし方は素人に近い。よほど予想外の動きをされなければ避け続けることは可能だった。

 これからどうしようかと思いつつ、攻撃を避け続ける。女は諦めずに攻撃を続けた。

 接近してからの腰の入っていない蹴り殴りに、羽ばたいての上空からの体当たり、石を投げる。パターンの多くはない攻撃で、戦いに関して素人という予想は外れていない。

 変化のない攻防が続き、エリスとウィアーレが追いついてきた。ウィアーレの手にはリチュフォスがいる。

 女はやってきた二人を見ると、少し動きを止めた後にそちらに移動する。


「それはちょっとまずい」


 あの動きに二人は反応できないだろうと幸助も動き、女に追いつく。そのまま胴の部分を蹴り飛ばした。その時に触れた足の部分がまたなくなったような感じがした。


「力が削られてるのかな?」


 吹っ飛ばされた女は翼を動かし体勢を整え、エリスたちに接近する。幸助は再び胴を殴って突き放す。

 力が削れるという考えは当たっているようで、少しだけ疲労感を感じる。同時に女の動きが少し速くなった。


「削った力を吸収するのか、厄介な」


 接触を避けたいのだが、女がエリスたちの方へ行こうとするので吹き飛ばす必要があるのだ。与えたダメージは吸収した力で補えているようで、辛そうだとか痛そうな雰囲気はない。

 吹き飛ばされる女を見ていたウィアーレがなにかに気づいた様子で口を開く。


「コースケさん! その人歪みにとりつかれてます!」

「どうにかできそう?」

「今のままでは。気絶させてもらえればなんとか」


 実力差の関係で、落ち着いて歪みを制御する必要がある。


「……わかった」


 上手く手加減できるかなと少し迷いを見せる。だがこのまま吹っ飛ばし続けるのも不毛なので、やってしまうことにした。

 そういった考えを読んだか、エリスが足止めすると言い、魔法を使う。

 以前も見た鎖での捕縛魔法が女に迫る。ちょうど吹っ飛ばされたところを狙われたので、避けることはできず動きを制限された。

 逃げられる前に幸助はいっきに接近して、こめかみを殴る。少し強めにいったかと不安が湧いたが、血が流れ出すようなことはなく女は崩れ落ちた。吸収した力が上手く損傷を抑えたらしい。

 連続して力を吸われたため、幸助は久々に疲労を感じている。


「今のうちに処置しよう」


 ウィアーレは女に近づいて、手を額に当てようとする。


「あ、気をつけて力吸われるみたいだから」

「そうなの? できるだけ急いでやったほうがいいね」


 深呼吸をして、額に触れた。そこでウィアーレは首を傾げる。


「なにも起きないけど」

「ほんとに? 俺は触れるたびに力を取れられていったんだけど」


 ウィアーレは額に触れたままだが疲れた様子は見せず、言葉に偽りがないとわかる。


「どれ……私もどうもないな」


 エリスも触れてみたが、なにか吸い取られるような感じはなかった。試しに幸助が指で触れると、吸い取られる感触があった。

 どうしてだろうなと幸助が考えている間に、女の中の歪みが引きずり出される。だが胸の辺りで止まってそれ以上進まない。まるで紐か鎖で縫い付けているかのような手強さだった。


「おかしい。んーっ出てこない」


 不思議そうな顔でウィアーレが歪みを制御しているところに、リチュフォスが動いて女の鎖骨辺りに乗った。


「そういやその子どしたの?」

「こっちにくる途中で木の上からウィアーレの頭に飛び移ってきたのよ」

「何日か前に見たリチュフォスかねぇ」


 よく見てみると模様などが同じだ。


「その可能性は高いじゃろうな。ここらでリチュフォスを見たという話は一度も聞いたことないしの」


 二人が話している間に、鎖骨に乗ったリチュフォスは尾を女の顔に何度も当てる。

 その度にウィアーレは歪みが動くのを感じ取った。当てる回数が十度を超えると、強固さがなくなり今なら引きずりさせると、制御に力を込める。

 歪みが女の中から出て、空中に浮かぶ。同時に女から黒い部分がなくなった。顔の認識もできるようになり、レトティスだとわかる。

 幸助がそのことに驚くのと同時に、ウィアーレが別のことに驚いている。


「え、ちょ!?」


 本来ならばここで何かに使われ消費されおしまいなのだが、出てきた歪みはウィアーレの制御を脱し、四人から離れた位置で変化していく。

 地球の伝承やゲームには動く鎧、リビングアーマーというものがいるが、変化したものもそれに似た感じだ。ただし人型ではなく、普通車と同程度の黒い竜を模っている。鎧の隙間からは黒い靄が出ている。


「この感じは黒竜か!?」


 今となっては懐かしい気配に、エリスが驚いている。

 黒鎧竜とも呼ぶべきなのか、それは恨みと殺意を幸助に向けて突撃してくる。

 ウィアーレとエリスを伏せさせて回避し、旋回して再び突撃してくる黒鎧竜に幸助は立ち向かう。魔物のようなものなので倒して問題ないだろうと判断した。

 これも吸収能力を持っていれば厄介なので、一撃で終わらせることにして、竜装衣を発動させさらに右腕に集中する。

 幸助の拳と黒鎧竜がぶつかり、拮抗することなく黒鎧竜が粉々に砕け散った。

 ウィアーレは周囲に漂う歪みを掌握し、そこらに生えていた草を変質させて消費する。変化した草は引っこ抜いて燃やした。


「黒竜にしては弱かったのう。あれならば私でもどうにかできたぞ」

「たしかにあれなら、竜装衣使わなくてもよかったな」


 竜装衣を解いた幸助は、気絶したままのレトティスを見下ろす。


「なんであんなことになってんのかな」

「このままここに放っておくのもあれじゃ、連れ帰るぞ。起きたら事情がわかるだろうさ」


 ウィアーレが抱き上げて、三人は家に向かって歩き出す。

 レトティスを客室に寝かせると三人も自室に戻る。

 朝になって、朝食の準備をしていると客室から人の動く気配がして、一階に下りてきた。

 不思議そうな顔をしていたレトティスは、幸助の顔を見ると殺意と敵意でいっぱいとなる。だが初めて会った時の凍える殺意は感じられない。せいぜい中堅冒険者並だ。


「朝からぶっそうな気配をだすんじゃない。とりあえずこっちにきて座れ」


 あっさりと殺気を流してエリスがレトティスを呼ぶ。それに警戒した様子を見せるが、リチュフォスが動いてテーブルに乗ったことで、レトティスも椅子に座る。

 ハムエッグなどが並べられ、朝食が始まる。雰囲気の悪いレトティスを気にせず、朝食を済ませる。


「さて話を聞こうか。なんであんなことになっておったのか」

「……」


 無言で返す。


「恨まれるようなことをした覚えはないんだけど」


 そう言う幸助に、キッと鋭い視線を向ける。


「お父さんを殺したのによくそんなことを言えるわね!」

「殺した!? いや人を殺した覚えはないんだけど……」


 偽神を人とするなら一人殺したという覚えはある。しかし偽神は女だ。レトティスの言っていることに当てはまらない。それ以外に誰か殺したかと記憶を探る。

 まるで覚えがないといった幸助に、レトティスの怒りは増す。


「あなたの父親ってどこの誰なの? もしかしたら人違いかもしれないよ?」

「クワジット王国の兵だった! 仕事でエリガデン島に行って死んで帰ってきたのよ!」

「エリガデン島……もしかしたらあの時か。たしかにあれに巻き込まれたら死んでてもおかしくはないが」


 エリスとウィアーレの脳裏には、セクラトクスとの戦いや暴走する幸助の姿が思い出されている。たしかにあの時、倒れている兵がいて戦いの余波で吹っ飛ばされていた。


「あなたの仲間もこう言ってるじゃない! やっぱり殺したのよ!」

「いやあれは殺意あって殺したわけじゃないし、そもそもクワジット王国が悪いし」


 フォローするように言うウィアーレも睨みつける。


「落ち着け、お前さんはあの時のことをどんな風に聞いたのじゃ? クワジット王国がエリガデン島にある封印を解くため動いていたことは知っておるのか? そのせいでエリガデン島の住民が不自由させられたことは?」

「……私が知っているのは、英雄といわれているセクラトクスとぶつかり合った人がいて、その二人に父さんが殺されたってこと」


 父が死んだ時に理由は教えてもらえなかった。どうしても知りたいと思ったレトティスは、世話になっていた父の上司に酒を飲ませて聞きだしたのだ。

 その時に賞金首になっていた二人が殺したようなものだと聞き、恨みを抱いた。

 クワジット王国がやったことも聞き出せれば、また違った感想も抱いた可能性はあるが、酔わせすぎたせいで細かな情報は聞き出せなかった。

 殺されたと聞いた時点で視野が狭まっていたので、人質を取られていたといった幸助の側の事情は無視した可能性もある。


「自身の知りたいことだけ知って恨みを抱いたか。もう少し慎重に動いてほしいが、心などそう簡単に制御できるものではないしの」

「恨みを抱いてすぐに仇討ちに動き出したの?」


 ウィアーレの質問に首を横に振る。

 幸助は黙ったままでいる。下手に口を出すと、レトティスが反発して話を聞けないとわかっていた。


「そんな力なんてないもの。毎日悔しく思いながらすごしてた。私に力があったら仇をとるのにって。セブシックで大きな争いがあったと聞いた何ヶ月か後に、なにかが体に入ってきた。それ以降なにかを食べる度、誰かに手が触れる度に強くなっていった。これなら仇をとれるって思って、ある程度の力を蓄えて国を出た」

「歪みが入ったのはその時かな。力が欲しいっていう強い願いが歪みに作用して、力の吸収の仕方を歪ませたのかな。それにしても海を越えてペレレ諸島まで行ってるとは思ってなかった」


 ほかにも行っているのかとウィアーレは難しい顔となる。

 実のところそこまで悩む必要はない。大変な事態になりそうならば、神から連絡がくる。連絡がこないということは、人間で解決できるか、世界の運営に問題ない事態しか起きていないということだろう。今回のこともそうだ。


(歪みはきっかけじゃな。力そのものではない。どこで黒竜と関わった?)

「その後はどのように動いたのだ?」

「仇の一人がピリアル王国にいるとわかっていたから、こっちに来て。探しながら力を蓄えていた。ある日、豪華な馬車とすれ違った。呼ばれたような気がして、引き返し暗くなってから馬車に忍び込んだ」


 ここで幸助は少し首を傾げた。貴族の屋敷に堂々と侵入したように馬車も襲ったのではないかと思ったのだ。


「そこにあったのは黒い鱗。感じられる力も多めだったから躊躇わずに食べた。ほかのなによりも体に馴染んで、その鱗を食べるのが強くなるのに一番の近道だと思って、それを探し始めた。近くにいけばなんとなく鱗のありかはわかるから、探すのに苦労はしなかった」

「同じ者を恨む同士、惹かれあったということかの。体に馴染んだのも同じ理由か。コースケだけ触れるだけで力を吸われたのは、竜という共通点が作用したか」


 馬車を襲わなかった穏便さは、鱗を取り込んだことで黒竜の凶暴性に影響を受け、表にでずらくなった。そのままならば凶暴性に引きずられるまま行動していただろう。けれどレトティスにはリチュフォスがいた。不幸を招く性質と幸運の使者と呼ばれる性質が作用しあって、凶暴性が抑えられるようになっていた。


「鱗を取り込んでいった後はリッカートで幸助と出会い、昨夜の争いに繋がったわけだな」

「はい」


 黒鎧竜が弱かったのは当然だ。黒竜の力そのものではなく、欠片を集めていただけにすぎない。さらに集めた力もレトティスから全て持ち出せたわけではない。そんな力で黒竜よりも強くなった幸助に勝てるはずもなかった。

 大体の流れに予想がつき、エリスは一つ頷く。


「お前さんを仇討ちにはしらせた力はなくなったわけだが家に帰るか? 近くまで送っていってやるが」

「なくなった? そういえば……」


 自身の体に触れ、昨日まであった力強さが感じられなくなったことを今になって自覚する。

 仇討ちができなくなったことにがくりと肩を落とし、表情から生気がなくなる。心配そうにリチュフォスが肩に乗るが、反応できないでいる。


「気晴らしになるかはわからんが、当時の話をしてやる」


 当時の話、後でゲンオウたちから聞いた話も合わせて、エリスはつらつらと話していく。

 偶然死んだこと、大きな責任は幸助とセクラトクスにないこと、故郷にも原因があることがわかる。だが心が晴れることはない。父が死んだことにかわりはなく、恨みの向けどころがわからなくなっただけだ。


「殴って気が晴れるなら、殴られるけど」

「……」


 少なからず責任はあると考えた幸助の提案に、レトティスはどうすればいいのかわからないといった表情を向ける。


「まあ、溜めたものを吐き出すにはいいかもしれん。完全にはなくなりはしないだろうがな」


 目の前に立った幸助に、拳を叩きつけていく。常人を超えた力だが、幸助に怪我は負わせられない程度の力だ。黒鎧竜が力を持って出たせいだろう。今のレトティスには平均Dほどの力しかない。

 力なく叩き始めて、力が篭っていき、そしてまた力が抜けていった。どうしてもっと周りを見て戦ってくれなかったのかと言葉もぶつけたが、最後には言葉はなくただ泣きながら叩くだけとなる。

 やがてその場に座りこみ、泣く。そのレトティスの背をウィアーレが撫でる。ウィアーレに抱きついて大きく声を上げて泣き始め、少しして気絶するように眠る。


「客室に戻してくるよ」


 抱き上げたウィアーレはリビングを出て行く。


「自分が悪いとは思わないけど、もうちょっと上手く戦えなかったのかなとも思うよ」

「今更言ってもどうにもならんとしか言えんの。それにあの状況で周囲を気にするのは難しい。あの時巻き込まれた者の冥福を祈るくらいはいいが、気にしすぎるな」

「ん、わかった」


 幸助は目を閉じて、死後の幸福を祈る。そういったものがあるかはわからないし、自己満足かもしれないが祈らずにはいられなかった。

 数時間して起きてきたレトティスは、ほんの少しは心の整理がついたのか、幸助に恨みを向けるようなことはなかった。

 エリスは再びこの後どうするのか聞く。故郷に帰るかと思ったが、家は旅費にするため売り払っていて帰るところはないということだった。どこかリチュフォスが安全に暮らせそうな静かなところを探すというレトティスに、幸助は隠れ里を紹介する。あそこならばリチュフォスを狙うような輩はいないと断言できた。隠れ里の村長に了解を取り、送り届ける。

 家に戻りふと思い出す。


「そういや貴族たちが襲撃犯を探してるらしいけど、これで迷宮入りになったのか」

「いいんじゃないかの。探せと依頼を受けたわけでもあるまい」

「そだね」


 思い出しただけで、幸助もレトティスを犯人だと突き出す気はなかった。

 こうして鱗強奪事件は幕を閉じる。誰もが消化不良なまま時間が経過し、忘れ去られていった。

感想ありがとうございます

3.5 どんなタイトルをつけたらいいかわからない に「IFmarriage」を追加しました


セクラトクスとの戦いでは巻き添えで死人が出てますし、恨みを持った人もいたはずと思い今回の話ができました

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